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「鈴木藤三郎伝」鈴木五郎著 71~73
このようにして、氷砂糖工場も、福川の援助で、一昨明治十七年六月に第一工場、昨十八年四月には第二工場が完成した。また、今年正月からは、吉川長三郎の協力を得て全般の支配を任せ、その下に工場員としては、身内の鈴木竹次郎、鈴木喜代司、太田文平たちが、吉川の弟の安間熊重、中根太吉とともに中堅となって働き、その下に相当多数の職工を使用するようになった。それで藤三郎は、これらの人々に、単に仕事ばかりではなく、彼が、この事業を経営する根本精神を会得させる必要を感じて、毎月10の日の夕方には、作業が終ったあとで全員を一室に集めて、報徳の教えについて講和したたり、ともに研究したりすることを始めた。これは、上京したずっと後まで続いたのである。
※ 鈴木藤三郎顕彰第3集、、山中真喜夫氏の序文より抜粋。
「藤三郎は21歳のとき、初めて報徳の教えを知りました。1年足らずではあったが、夜学にも通い必死で勉強もしました。氷砂糖の製法研究も始めました。
報徳の面では森町報徳社に加入し、家業改善5か年計画を立てて、毎日早朝から精出しました。翌年、周智報徳社発会に伴い(以下報本社文書より)、幹事の一員に推され、毎月の常会の折には、100~150人の参集社員を前にして、報徳記・二宮翁夜話・報徳富国論など報徳の原典ともいわれている書物の読み聞かせや、生活改善に必要な講話などを担当して、熱心に報徳の深化・普及に努めました。このような活動は、東京進出の前年まで続いています。」
藤三郎をはじめ全従業員は、この新事業のために協力一致して努力したので、たちまちに従来輸入していた清国福州産の氷砂糖を、全く市場から駆逐してしまった。したがって事業の成績も予期に違わず、明治19年(1886)以来は、毎期の利益が1万円に上るに至った。
そのころのことである。職工の一人に、後藤某という者があった。これは、以前ルンペンしていたときに、フトした機会から藤三郎が知り合って、気の毒に思って森町へ連れ帰って、工場で働かせていたのである。小才がきいてまめまめしく働くので、次第に信用して、母親まで呼び寄せさせて、身内のようにして氷砂糖製造については何もかも手伝わせていた。ところが近ごろになって、他に内通していろいろな秘密を知らせているばかりでなく、時期を見て他に走って氷砂糖製造業を起そうとの陰謀を企てていることが分って、その証拠までもあげられるようになった。
藤三郎は、これを知ると、ますますその者を大事に扱うようにしたので、家内の者も工場員達も不審に思って、中にはわざわざ藤三郎に、早く彼を解雇したほうがよいと、忠告に来る者などもあった。けれども、藤三郎は、首を強く振って、これに耳をかす様子もなかったので、その真意を解しかねて心中不平に思っていた者もあった。
ちょうど、そのころに、この後藤の母親が病気をしたので、藤三郎は養母に、
『後藤の母親が病気をしているそうですが、いっぺん、見舞いに行ってやって下さいませんか?』と頼んだ。すると養母は、
『後藤のような恩知らずの裏切り者の母親の所へ、見舞いに行けといいなさるのか?いくらお前の頼みでも、私には、そんなことはできません。』
と憤りを含んで拒んだ。それで藤三郎は、
『お母さん、あなたまでが、それ程までに私の心の中を了解して下さらなくては困るではありませんか。この仕事は、もともと私がくふうをして始めたものですから、他から少しくらいまねられても恐れはしませんが、十分この仕事に熟練した者が、いまほかへ走って、相当に資力のある人と組んで競争者となられては、まだなんといっても、こっちが二葉の時代ですから厄介です。
後藤のことは、私もよく知っています。奴は今、何かの機会があったらここを飛び出そうと、その折をねらっているのです。私が、このごろ、特に彼を大事にするのは、その機会を与えないためです。もう少しすれば、この事業の基礎も確立します。そうなれば、後藤の一人や二人出たって恐れることはありません。それまでの間、彼を恩愛のきずなで縛るのです。またそれほどまでにされたなら、彼も人間です。その慈悲に感じて、間違った考えを思い直さないものでもありません。そうなればお互の幸福です。どうか、お母さん、私の心の中を察して、お気も進まないでしょうが、見舞いに行ってやって下さい。お願いです。』
藤三郎のこの言葉を聞いて、気丈な養母も涙を落とした。そして、自分の浅い心を詫びて、後藤の母親の見舞いに行った。
このようないろいろな困難はあったけれども、それは他からうらやまれるくらいに事業が繁栄したからの結果であって、藤三郎の事業は、年々非常な勢いで伸びて行ったのである。
明治20年4月29日には、長女みつが生まれた。
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