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2009年12月26日
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 風早の教育のよさなのか、千尋が疑うことを知らないのか。
 千尋は未だに、サンタクロースの存在を信じていた。
 クリスマスイブの夜、良い子で早くやすんだ子には、サンタクロースがプレゼントを持ってくる。

「……まったく、千尋は単純なんだから。」

 とっくの昔に葦原家のサンタの正体を見抜いている那岐が、ふふんと鼻先で笑う。

「千尋が幸せな証拠ですね。」

 風早が微笑む。

 そして今年も、千尋はサンタクロースの訪れを待っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




(知らない歌だ……。)

 中つ国の楽とも異なる、しかし、心が浮き立つその調べ。千尋を介して聴く遠夜の歌とも異なるようだ。しかも、それを口ずさむ千尋はとても幸せそうで、道臣の心も一緒に浮き立ってくる。
 声をかけようかどうかためらっていると、千尋と目があった。

「道臣さん。」

 楽しそうな歌声が止んで、笑顔が道臣の目の前にあった。

「楽しそうですね、姫。今のは何の歌ですか?」
「やだ、聞こえちゃったんだ。」

 照れて赤くなる千尋を、道臣は心から愛おしいと思った。さっきの笑顔をもっと見たいと思った。

「教えていただけませんか? もし、よろしければ。」
「うん、いいよ。」

 千尋が口ずさむ調べについて歌う。目と目が合う。心がほっこりと温かくなる。


 懐から笛を取り出して覚えた調べを奏でた。千尋が更に嬉しそうな顔をした。道臣が奏で、千尋が歌う。

「おや、楽しそうですね。」

 聞きつけた風早が竪琴を持ち出した。

「ねえ風早。鳥船にもサンタさん来るかな。」

 ひとしきり3人で楽しんだ後、千尋が聞いた。



 千尋が見せたとびきりの笑顔を、道臣は見逃さなかった。しかし、サンタとはいったい何なのだ。来ると言うからには、人なのだろうか。

「風早、鳥船に客人なのですか? サンタさんというのは……」

 千尋がぷっと吹き出して、しかし、すぐに、しまったと顔を改めた。

「ごめんね、道臣さん。知らないよね。」
「中つ国の風習ではありませんからね。千尋のいたあの世界の催しですから。」
「催し事なのですか。」
「ええ、クリスマスという、ね。」

 サンタというのは夜中に訪ねてくるのだと聞いて、道臣は眉をひそめた。

(妖の類ではあるまいな。)

 千尋のいた世界では、安全なものだったかもしれない。風早が千尋に近づけるのだから、きっとそうだったのだろう。しかし、もしそれが、荒魂に変わっていたらどうするのだろう。風早は脳天気に笑っているが、そういう危険がないとは言い切れまい。
 道臣はその夜、千尋の部屋の前で寝ずの番をすることに決めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 深夜。

(そろそろ、サンタとやらが現れる刻限のはずだ。)

 道臣の視界の端に、赤と白の見慣れない衣服を身に纏い、白ひげを長く伸ばした老爺が入ってきた。

「何者だ!」

 誰何した道臣を、老爺は指を立てて制した。

「何者であろうと、姫の部屋に立ち入ることは許されない。早々に立ち去りなさい。」

 言いながら道臣は老爺に近づいていった。やけに背が高い……金色の瞳……?

「あなたは……!」
「俺です。どうか千尋には内緒にしてください。夢を、守ってやりたいんです。」
「しかし……!」

 心にむくむくとわき上がる黒い感情。それが嫉妬と気付くのに時間はかからなかった。道臣はうらやましかった。当たり前の顔をしてあっさりと深夜の千尋を訪ねられる風早が憎かった。従者としての立場からそれは当然のことだったが、道臣が今、心から欲しかったのは、その、いつでも自由に姫の側にいられる権利だった。
 風早の金色の瞳が、道臣をじっと見た。心を見透かされているようで、道臣は少しひるんだ。嫉妬などという武人にあるまじき感情を抱いている自分を恥じた。

「……代わりたい、ですか?」

 道臣は首を振った。風早がにっこりと微笑んだ。

「代わってください。その方が千尋はきっと嬉しいでしょうから。」

 風早は赤白の衣服を脱ぎ、道臣に差し出した。

「どうしてですか?」
「わかるんですよ。千尋のことは何もかも、ね。」

 寂しげな微笑み。道臣は断らなかった。赤白の衣服を身に纏った。風早が差し出す贈り物を預かった。

「……内緒にしてくださいね。」

 道臣はうなずいた。千尋の部屋の扉を、音がしないようにそっと開けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 穏やかな寝息に、道臣の心は高鳴った。
 心臓の音が聞こえて、千尋が起きてしまわないかとドキドキしながら、道臣は千尋の臥所に近寄った。
 目覚めさせないようにそっと、枕元に贈り物を置く。千尋がほしがっていた、温かい毛の上着だった。ふわふわとした長い毛足が千尋の頬をかすめて、眠っているはずの千尋が顔を顰めた。道臣ははっとして、上着を手に取り、枕元ではなく、千尋の横たわる体にかけた。

(この方が温かいですね、姫……)

 よほどぐっすり眠っているのだろう。千尋は目を覚まさなかった。寝顔を、道臣はじっと見つめた。長い睫毛が愛らしい。ふっくらと柔らかな唇が……悩ましい。
 道臣は自分を押さえられなかった。
 眠り姫の眠りを妨げないように、そっと……唇に指先を触れた。
 そしてその指を、静かに自分の唇に触れた。

 道臣は静かに臥所から離れた。それ以上は、道臣の武人が許さなかった。

(姫が目を覚ましたら……)

 外はしんしんと雪が降り始めていた。見渡す限り広がる雪野原に、この上着を纏った姫を連れて馬を駆ろう。誰もいない遠いところまで出かけて、そして……。

 体の芯が熱くなり、あらぬ情熱があふれそうになるのを感じて、道臣はあわてて姫の部屋を後にした。





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最終更新日  2009年12月26日 13時26分54秒
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