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長嶋氏、遺体から離れられず…亜希子夫人が心不全のため急死 巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督(71)の妻、亜希子(64)さんが18日午前4時、心不全のため都内の病院で死去した。17日に長男・一茂氏の家族と夕食をともにしたが、帰宅途中に気分が悪くなり、病院に運び込まれていた。陰で支えてくれていた妻の急逝にミスターはこの日姿を見せず、自宅で遺体に寄り添って別れを惜しんだ。夏目雅子といい、長嶋亜希子さんといい、佳人薄命。美人はどうしてこんなにも早く逝ってしまうのだろうか!?球界のスターとして君臨する夫を陰ながら支え、とても勉強熱心で、93年以降はコーチや選手の夫人を集め、料理人や栄養士らによる講習会を開催。シーズン後には選手夫人達に、色違いのスカーフをプレゼントする気配りを見せるなど『巨人の母』的存在だったそうだ。長嶋氏が監督を退任した後は、2002年からは地球温暖化問題に関する政府の『環(わ)の国の暮らし会議』のメンバーとしても活躍し、洗剤等も使わず、家庭からの生ゴミなど一切出さなかったそうだ。私の父によると、女ながら、まるで武士のような最期に映るらしい。王監督夫人、星野監督夫人等、野球監督の奥さんというのも、ストレスや心労は大変なようだ。まさに『光と影』を改めて思わされた。ともかく、「ごくろうさまでした!」と、心からのご冥福をお祈りさせて頂きます。。長嶋選手と在りし日の長嶋亜希子さん
2007年09月17日
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先日来られた呉服屋さんのIさんが、春画はもともと江戸明治大正の頃までは、良家の花嫁道具には必需品だったとか言われていたのですが、当時は今のように性的なものが氾濫していない頃ですし、今のように進んでいない時代でしたから、なんだかその頃の風潮を思い浮かべますと、ほのぼのしたものを感じるのは私だけでしょうか。同時の当時の生きる真剣さというべきか、春画を見ましても、作品によっては命を懸けて睦合っているような表情に、時として思わず襟を正すような気持ちにさへなってしまいます。
2006年05月09日
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版画による挿絵家として活躍したドレですが、なかなか素晴らしい油絵の力作も残しています。「曲芸師たち」という作品は、悲しみが溢れていて、見る人の胸を締め付けます。曲芸師一家の幼子は芸にしくじったのでしょうか、瀕死の様子です。こういう時に、その愛犬は、しゃべれないぶんより一層、優しく振る舞おうとします。それが余計に涙を誘います。まるでミケランジェロのピエタ像のように、母親と思われる女性が、血の気も失せた我が子を必死に介抱しています。側のふくろうがその死が近いことを暗示しています。横にいる父親の哀しさに満ちた表情も、その怪しげな衣装に対比して、より哀れを誘います。観衆を楽しませ、貧しく、つつましく生きる「曲芸師」であるということが、より一層の悲哀さを感じさせるのかもしれません。しかし、とても悲惨な状況ではあるけれども、そこに諦観と不思議な静寂さと荘厳な慈愛を感じます。そして、僕的には、そこに我々自身の運命にも何か共通したものを感じてしまうのです。演じ、しくじり、血の気の失せた子供達とは、ほんの一握りの成功者を除いて、我々、一般人の姿ではないのかと思ってしまうのです。
2009年02月18日
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あいにくの雨でしたが、久しぶりに書写山の麓を散策した。山麓にある如意輪寺、ここにはかって僕の仕事を親身に手伝って頂いた方が住まわれているし、天台宗の名刹なので、僕が最も敬愛する今東光先生が何度か足を運ばれ、宿泊されたこともあったとか。。 東光先生のように成りたいものだと思って、約三十年近く経つが、まだまだ、先生の足裏にも到達していないように思う。せめて、願うらくはせめて、先生の爪先くらいにはなりたいものだと雨の中、先生が歩かれた辺りにたたずんで改めて思った。みみずく説法は先生が八尾の天台院におられた頃のエッセイである。森繁久弥の主演で映画化されたこともあったそうだが、かなり面白かったようだ。いつか見てみたいものだと思っている。。
2008年06月01日
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東郷平八郎元帥は日本海海戦に際し、有名な「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し」との一報を大本営に打電し、また、艦隊に対し、「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」とZ旗を掲げて艦隊の士気を鼓舞したことは広く知られていますネ。
2014年11月09日
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