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屋敷を出たところで比翼は倒れた。すぐに血が止まったとはいえ、貧血を起こしているに違いなかった。傷口をハンカチで押さえ、道の脇にある芝の上に横たわって休んでいると顔を真っ赤にして連理が怒鳴り散らし始めた。
「まったくなんて無茶をしたんだ!いくら僕たちエルフの生命力が強いといったって、心臓に剣を突き刺すだなんて無謀にもほどがある!」
「ちょっと静かにしてくれよ・・・傷に響く・・・。」
「さんざん僕のことを勝手だのなんだの言って怒っていたけど、お前のやっていることが一番先走りじゃないか!」
「でも、こうでもしないとあのオバサンから話を聞けなかっただろ?」
比翼はブルボン公爵夫人に面会を申し込むため館の護衛に、『奥様にこうお伝えください。セラチアやフィロウィについて知っている事をお話しいただければ、エルフの血を差し上げます。』と囁いた。不老不死の妙薬といわれるエルフの血は生きた心臓から直接取ったもののみ効力があるとされている。しかし抜群の敏捷性を持つエルフを生きたまま捕らえ、その血を得る事は至難の業だ。もはや手に入らなくなったフィロウィの薬の代わりにそれを欲しがるはずとふんで、比翼は夫人に取引をもちかけたのだった。
「だからといって認めることは出来ないよ、こんな・・・!」
「まあいいじゃん、こうして無事だったんだしさ。それよりなんか飲みたいなぁ。あと食べ物も。血を作らなきゃ動けねぇよ。」
比翼の悪びれない笑顔に負け、連理はぶつぶついいながらもビスルを出るときに持ってきた干し肉と水を袋から出した。
「これも飲んどけ。」
「持ってきたの?これ。プッチニアが目を覚ましたら怒るぞ~。」
高いからとなかなか飲ませてもらえないフルヒールポーションを連理はこっそりプッチニアの鞄から失敬してきたらしい。暖かい薄橙色の瓶を傾けて中の液を口に含むと瞬時に食道から胃までカッと熱くなり、そこからじんわりと熱が広がって全身がポカポカとしてきた。
「ところで俺の貴い献血分の話は聞けたんだろうな。」
「ああ、僕の推理が間違ってなければ、だけどね。」
しばらく休むと青白かった比翼の顔に赤みが差し、問題なく動けるようになった。裏町に向かってゆっくりと歩きながら、連理がこれまでに考えたことを話し始めた。
「公爵夫人から是が非でも話を聞きたかったのには訳があるんだ。」
春の日差しが暖かく降り注いでいたが、裏町には人一人見当たらない。寂れているのはバリアートも同じだが、建物が粗末なだけにより一層荒んだ雰囲気を醸し出していた。
「セラチアに協力者がいてビガプールから実験に必要な人間を運んでいると推測したとき、最初僕は黄金色の小麦畑亭の通路を使ったと考えていた。しかし月に一度とはいえ人の出入りの激しい旅館の敷地内にある地下室へ何人もの人間が潜るのは目立つし、危険すぎる。したがって流れ者を人目に立たないように集め、送り出すことが出来る場所がこの裏町にあるはずだと考えた。
そしてそれがもし地下室を持つ古い建物であるなら、そこが昔フィロウィの家であった可能性が高いと。」
「裏町に移動装置があるって考えたとこまでは分かったけど、何故地下室があればフィロウィの家になるんだ?」
「比翼、お前がもし人に見られたくないものを隠すとしたら、どこに隠す?」
突然の質問に変な顔をしながら比翼はうーんと首を捻って、
「え・・・?ん~、そうだな。誰も来ない山奥とかかな。」
「そう、普通はそうするよね。秘密の施設なんていうものは街中よりも、比翼の言うように人気のない辺境の地に作る方がいい。どんな場所でも転移装置があれば特に不便はないからね。周囲に強いモンスターでも配しておけばまず一般の人間は近寄れないし、冒険者だって用もないのにそんな所はうろつかない。
しかしフィロウィは実験施設をわざわざバリアートの真ん中にあるメディチ家の地下に作らせた。セラチアの目が届きやすいというメリットはあるだろうけど、それ以上に屋敷の召使や出入りする村人など関係のない人間に発見されるかもしれないというデメリットの方が大きいはずだ。それなのに何故あんな場所に作ったのか、これといって合理的な理由が見当たらない。そこで僕はそれがフィロウィの癖のようなものじゃないかと思ったんだ。」
「癖?」
「意識せず行っている行動パターンといえば分かりやすいだろうか。たとえば僕たちが一緒に歩くとき、いつもこんな風に僕が左、比翼が右を歩いているだろう?特に意味はないけれど、なんとなくいつも自然にそのポジションを取っている。それと同じようにフィロウィはこれまでもずっと街の地下に住んで実験を行っていて、だからバリアートでも自然に地下に施設を作らせるこという選択をしたんじゃないかとね。」
「あ~、確かに地下の穴倉を好みそうな暗~いやつだったしな。」
「フィロウィは昔ビガプールの地下のどこかに暮らしていた。醜い火傷の跡を気にして人目を避けていたことから、それはおそらく明るく人通りの多い表通りではなく、こうした裏通りや裏町あたり・・・。」
裏町の南東のはずれに着くと、扉に板を十字に打ち付けてある家が目に入った。屋根が所々腐り落ち、一見したところもう何十年も手入れされていない廃屋のように見えた。
「扉を開けるより、壁を壊したほうが早そうだな。」
家の裏に廻り、壁の木が腐りかけた部分を剣で穿り、人一人通れるほどの穴を開けて中に入った。家の中は薄暗くひんやりとした空気が重くたれこめ、埃と黴の匂いに満ちていた。ロープや擦り切れた袋が散乱しているだけで家具らしきものは一切見当たらず、唯一元は人家だったらしいと分かるのは北側の壁際に作られた竈だけだった。
公爵夫人が言っていたように竈の灰をのけると地下へ続く黒い扉が見えた。闇の中を手で探ると金属の梯子らしきものに触れたので、それを伝って慎重に下へ降りた。ランプをかざして周りを見回すと10人も入ればいっぱいになる程度の小さな空間になっていた。
「そこにあるスイッチが転移装置みたいだね。」
連理は部屋の隅にある金属で出来た円盤状の物体を指し示した。
「ああ、夫人が言っていた家に間違いないみたいだな。けど、ここに来てどうするつもりだ?もしお前の言うようにここが昔フィロウィの家だったとしても、何十年も前に引越しして荷物は全部バリアートに移したはずだろ?見たところ何にも無いみたいだしさ。」
比翼の問いには答えず、連理は懐から短刀を取り出し、その柄を使って地下室の壁をコツコツ叩き始めた。
『また説明なしの独走が始まったよ・・・。』
呆れながら比翼はどかっとその場に腰を降ろした。
「もう一つ質問だ、比翼。お前なら大事なものを隠すとき、どういう場所を選ぶ?」
「大事なもの?そうだな・・・身近だと分かり易過ぎて見つかる危険が高いとは思うけど、かといってあんまり遠い場所だと不安だし、結局自分が目の届く範囲に隠すかなぁ。」
「そうだね。それが当然の心理だと思う。」
柄は少しずつ右から左へ進み、隣の壁へと進んだ。
「何故僕がここを探そうとしていたのか。
前に裏町を訪れたとき、ある流れ者がこんなことを言っていたんだ。
『数日前にベッドの下で変な音がしたんですが、ある冒険家のやつが原因を調べるとかいって、床を壊して入ったきり連絡がないんです。』と。
そのとき探していたのは炎のモンスターに関する情報だったから特に気にしてなかったけど、これはとても重要な事を示していたんだ。」
コツコツと一定のリズムを刻み、その音を注意深く聞き分けながら連理は話を続けた。
コン・・・。
3つ目の壁からは今までと違う軽い音がした。
連理は壁面に敷き詰められた石を一つ一つ押したり、また上下の壁の音を確かめたりし出した。
「転移装置を使って来られるここは、フィロウィにとって近すぎず、且つ目の届く範囲だと言える。大事なものを隠すのには最適の場所だ。
フィロウィにとって大事なもの。失いたくないもの。それは今までに積み上げてきた実験データとその元になった本、そしてこれまでに調合した薬の作り方だろう。しかし膨大な時間を費やした貴重な情報の全てを、紙という脆く儚い媒体一つに託しておくのはあまりにも危険だ。ほんの数滴の水やわずかな火で失ってしまうかもしれないからね。それにもし忌まわしい実験のことが外部に漏れて身一つで逃げなければならなくなったとき、これまでの努力の結晶を全て置いて来なくてはならなくなる。あれほど悪知恵にたけた奴なら必ず別の場所にバックアップを取っておくはずだと考えた。」
ごりっ。
連理ははっとした表情で一つの石を撫でた。
「新たに作らせるのではなく、自分の棲家だった場所をそのまま使えば隠し部屋の秘密は自分だけのものになる。」
剣の柄を使ってその石を押すと、ガガガガガと地響きがして壁全面がぐるっと回り、隠し部屋への道が開いた。そこには粗末な木のテーブルと椅子、そして奥の書棚にはたくさんの本や紙の切れ端がぎゅうぎゅうに押し込まれているのが見えた。
「ここにプッチニアの飲んだ薬の作り方を書いた本かメモがあるはずだ。合成法が分かれば解毒薬が作れるかもしれない。」
あっけに取られた比翼が思わずまじまじと連理の顔を見た。
「・・・惚れるぜ、相棒!」
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つづき
ネタがないから小説第七弾~翼の行方編そ… August 21, 2009
ネタがないから小説第七弾~翼の行方編そ… August 21, 2009
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