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2009.08.06
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in Pierre Boglioni et.al. ed., Le petit peuple dans l'Occident medieval. Terminologies, perceptions, realites , Paris, 2003, pp. 499-507.


『西欧中世の下層民―その用語、知覚、現実』 より、ポーラ・クラーク「15世紀のある古着商の心性」を紹介します。
 著者のポーラ・クラークは、カナダのマギル大学(McGill University)の准教授(Assitant Professor)で、イタリア・ルネサンス史を専門とされています。
 本稿は、短い論考(全部で14段落)ですので、ざっとノートを取りながら目を通してみました。原文には小見出しもつけられていないのですが、ここでは自分なりに小見出しをつけながら、簡単に論文の構成を紹介したうえで、感想を書きたいと思います。

ーーー
(1)問題関心と方法
 近年の民衆文化研究は、エリート文化と下層民の文化の関係を問題としています。そこで本稿は、一人の古着商に焦点をあて、下層民の心性を探るとともに、同時代の上流社会層の人々と彼の態度を比較することで、ふたつの文化の関係を検討することを目的とします。
 具体的には、古着商が書き残した作品を検討することで、社会的・経済的な違いによってふたつの社会階層のあいだの心性に違いが生まれるのか、またふたつの社会階層に共通する思想や意見の基盤はないのか、ということを考察します。
 なお、ここで、上流社会層として取り上げられるのは、「物書き商人」(marchands ecrivains)です。適切な日本語訳(定訳)があるのかもしれませんが、「物書き商人」というのはあくまで試訳です。商人として活躍しながら、有名な著作も残した富裕な人々です。


 本稿で取り上げられる古着商は、ヤコポ・ディ・クリストフォロJacopo de Cristoforo、通称パピPapi(14c末~15c前半)です。パピはヴェネツィアで貧しい古着商として生計をたてていましたが、やがて古物商としてお店をもち、成功した人物です。
 彼が58歳のとき、1435年に書き残した著述(子供たちへの助言など)が、本稿の考察対象となります。

(3)パピと物書き商人の類似点
 この部分は、現代にも通じるちょっとした実用書を読んでいるような、楽しい部分でした。
 パピは、特に経済的成功を重視します。子供への助言の中にも、ビジネスでいかに成功するか、という記述が多く含まれています。ビジネスについて、物書き商人と共通するのは、お金がからんでくる時は注意深くあれ、そして克明に記録をとろう、という考え方です。
 また、実際的問題を解決するためには経験がものをいうこと、金儲けだけでなく節約することも大事だということなどが強調されます。

(4)パピと物書き商人の相違点(i)
 この(4)と(5)は、結論を先取りしてしまえば、下層民文化とエリート文化のあいだに相違点があるということを前提として両者の相違点を示しつつ、実はその点についても両者は共通する心性をもっている、という議論のかたちになっています。
 まず、相違点(i)として、パピの深い道徳性が挙げられます。パピにとって、美徳、あるいは倫理は、ビジネスの成功のもとになります。
 彼は、自分が店主として成功した理由として、「忠実さと誠実さ」を挙げます。ズルをしてたくさんお金をもうけるのが誘惑になるのも分かるけれど、ウソをついたらいままでの信頼を失ってしまって、もう成功できないよ、だからもうけは少なくても正直に商売しよう、そうすれば結局長いこと商売が続けられるよ、というのですね。
 さて、こうしたパピの見解と異なり、エリート層はたしかに、なによりも利益を追求する「現代的」アプローチをとっています。とはいえ、彼らも不道徳な方法が成功への鍵とは考えません。いちばん大事なのはお客さんやビジネスパートナーを確保しておくことで、そのためには正直さが大事だ、と彼らも考えるのですね。


 相違点(ii)は、パピの深い宗教的心性、具体的には人間生活の出来事は神の意志によっているのだから、ビジネスで成功するにも神の意志に従おう、という考え方です。人間に起こることは、その行いに応じて神から与えられる報酬か罰なのだから、毎日ミサを聞いて、施しをして、神に従って生きよう、そうすればその報いとしてビジネスも成功するさ、というのですね。
 この宗教性は、エリート層との決定的な違いだと指摘しつつ、しかし物書き商人たちも中世カトリシズムの伝統的な考え方にしたがっています。彼らも、ビジネスの成功は自分の努力の結果と考えながら、その裏には神の力があると考えたり、不正に得た富は長続きしないから、宗教的実践は必要だと考えたりしたのです。

(6)結論
 以上の議論から、著者が強調するのは、社会的・経済的な立場の違いはあっても、ふたつの文化のあいだに異なる世界観があるわけではない、ということです。そこで著者は、商業的な諸階層に共通する文化が仮定できること、そして後期中世の国際的ビジネスマン(物書き商人)にも世俗的、「現代的」な心性があったわけではない、ということで本論を結んでいます。
ーーー



 それはそれとして、本論は短いこともあり、不十分な点があるのではないかと思いました。
 まず、著者による紹介によれば、パピは結局は自分のお店をもち、国際商人と比べるほどではないにしても、それなりに成功していた、という事実があります。そうであれば、彼は「下層民」の代表として取り上げるのに適切なのか、そして彼の考え方が、下層民の「心性」mentalityを代表しているといえるのか、このあたりが弱いように思いました。もっとも、本当にもっと貧しい人々は本稿で研究の対象とできたような書き物も残していないでしょうし、慎ましく暮らした人間の代表としてはパピを取り上げることことに正当性もあるでしょう。特に私が思うのは、パピの考え方を同時代の下層民(あるいは慎ましく暮らした商人たち)の代表としてしまって良いのかな、ということです。
 「心性」をどう捉えるかにもよると思いますが、どちらかといえばこの概念は、一定の時代に、一定の人々のあいだに広く共有されたものの考え方、感じ方だと認識しています。本論は分量も短いので仕方ない部分もあると思いますが、さらに具体性を強めるためには、パピと同じような階層の人々がどのような考え方を表明していたか、あるいは持っていたかを検討しておく必要があろうかと思います。

 そして、結論でもふたつの文化の類似性を強調しすぎているように思います。もちろん、両者のあいだに違いがあるといういままでの説や考え方への反論という意味が大きいのだろうとは思いますが…。

 面白そうなタイトルで、分量も短いので読んでみましたが、ちょっと物足りない印象でした。

(2009/08/04読了)





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Last updated  2009.08.08 11:33:58
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のぽねこ @ Re:銀色夏生『流星の人』(05/16) スパイシーチューリップさんへ コメント…
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