大下宇陀児『烙印』
~創元推理文庫、 2022
年~
大下宇陀児 (1896-1966)
(351
頁 )
した、傑作短編集です。探偵小説8編と、エッセイ2編が収録されています。
表題作 「烙印」
は、亘理子爵による証書を偽造した由比さんが、子爵を陥れようとする物語です。しかし、子爵家に訪れるようになった農学士や、自分のまわりに現れる謎の人物などに翻弄されていき…。犯人がどこでミスをしたのか、という倒叙ものの醍醐味もさることながら、「誰が探偵か」というスリリングな展開も面白い1編です。
「爪」
は、気弱な文士が友人の殺害を決意し、意外な方法で成し遂げようとする物語。こちらも倒叙もので、文士が何を間違えたのか、謎解きの妙はもちろん、その他の大下作品同様、犯人の心理描写が秀逸です。
「決闘街」
は、友人たち3人がスキーに訪れるところから物語が始まります。うち1人に嫌な思いをしていた2人は、ある事故をきっかけに、彼の殺害を試みますが…。場面展開後の2人のすれ違い、謎の男性など、必ずしも真相がはっきり示されるわけではありませんが、心理の動きとともに、余韻を残す物語です。
「情鬼」
は、赤色恐怖症という性質を持ち、さらに女性に裏切られたことから女性不審に陥り、犯罪に手を染めるようになった長尾新六さんの視点で物語が進みます。自殺を試みる女性との出会いから、少しずつ好転するかにみえた彼の人生は果たして…という物語。なんともいえない読後感が残ります。
「凧」
は、神童と言われながら、母や自分に暴力をふるう父に育てられ、やがて悲惨な運命に翻弄される少年が主人公です。ある日、殺された父。その後に母と再婚した役者は、果たしてあの父を殺した犯人なのか…。疑心暗鬼に陥る主人公の描写とその後の展開が痛ましいです。そして、タイトルの「凧」が秀逸。痛ましくもありますが、好みの物語でした。
「不思議な母」
は、元夫を事故(事件?)で亡くしたある母親の手記です。急に変わってしまった彼女の態度を、2人の子どもたちが不思議がるところから、夫が亡くなった事件と、自分が犯人と告発した人物の関係、さらには現在の夫を疑い…とめまぐるしく心が揺れ動きます。彼女が変わってしまったその理由とは…。
「危険なる姉妹」
では、お酒を出す店に訪れた紳士に、女将がある姉妹の話を聞かせます。その姉妹は美貌で有名ながら、その周辺の男性たちに次々と不幸が襲うと悪評もたっていました。後に芸妓となる2人のその後は…。女将の一人語りが意外な展開に進みます。
本書収録の小説の末尾を飾る 「蛍」
は、弟が誘拐された姉の推理が中心です。無事に身代金を届けたはずが、その後に待ち受ける意外な事件。果たして真相は…。
エッセイ2本 「乱歩の脱皮」「探偵小説の中の人間」
は、傑作短編集第1弾 『偽悪病患者』
所収の2編のエッセイと同様、謎解き重視の本格探偵小説に対して、トリックは次第に底を尽いてしまうのではないかと批判的態度を示し、「人間を書く」ことを重視する自身の立場を明確にします。前者では「化人幻戯」を批判しつつ「十字路」を絶賛し、後者では、松本清張さんたち「人間を描く」ことを重視する作家を評価する点を興味深く読みました。
傑作短編集ということで、気になっていた大下宇陀児の主要作品に触れることができ、良い読書体験でした。
(2026.03.08 読了 )
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