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2008.09.01
植物と変化
(4)
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日曜の朝、八時過ぎにベランダへ出て、プランターの朝顔を眺める。今年植えたのは「暁の光」という大輪の苗だが、このところ毎朝のように2~3輪の花を咲かせてくれる。葉は小ぶりだが、それに比して花は大きく、朝顔というよりむしろ夕顔を思わせる。花弁は純白でつややかであり、中心部にはほんの少し紅を含んでいる。まことに涼しげな風情である。
仕事の日には草花の手入れも怠りがちになる。花がらを摘む作業もついなまけてしまう。ふと見ると、昨日咲いてしぼんだ花が、そのすぐ下にあるつぼみの上にぺたりと貼りついてしまい、開花を妨げている。すでに手遅れかと思いながらも、つぼみに貼りついた花びらを指先で慎重にめくって取り除く。でも、つぼみはそのまま、折りからの風にさびしげに首を左右に振るばかりだ。
なんだか悪いことをしたな。そう思って、渦巻き状に巻きこまれているつぼみの先端を指先でそっとほぐしてみる。すると先端がかすかに口を開け、ねじりがゆるやかにほどけていく。ねじれたひもがもとに戻るように、花弁が身を震わせながら、少しずつ少しずつ開いていく。
思えば、朝顔の開花する瞬間を見たことはない。毎朝、6時に起きる頃には花はすでに開いている。ちょっとしたアクシデントのおかげで、朝顔開花の瞬間を間近で見ることができたわけである。
しかし、最初にねじれがほどけた瞬間を除けば、花はほぼ静止状態を保っている。見る見るうちに花弁が開いていくということはない。風に揺られ、首をかすかに上下に揺らしながら、風をうまく花びらの奥に取り込んで、その力を利用して花を広げようとしているようだ。しかし、花弁そのものの動きを視覚でとらえることはできない。そのくせ、目を離して、周囲をひとわたり見回してから、再びつぼみに視線を戻すと、先ほどよりは少し開いているように見える。なんとも微妙な動きである。やや時間を置いて二つの静止画像を見比べると、そこには変化が感じられるのだが、肝心の動きそのものを視覚でとらえることはできない。
ふと視線を背後に向け、ベランダの反対側のプランターにある黄色のポーチュラカを見る。昨日の朝、咲き終えて黒ずんだ花がらを摘みとった。その時には花はつぼみのままだったが、2~30分後に戻ったら、いっせいに数十の花が咲き誇っていた。こんなに短時間のうちに咲くものなのかと驚いたことを思い出す。
いま目の前にあるポーチュラカは、細長い紡錘形の小さなオレンジ色のつぼみを無数につけている。しばらく見ていると、そのいくつかの先端は少し口を開いているようである。小さな壺の口のあたりがかすかにゆるみ、中の空洞が見えている。時刻は昨日開花した頃とほぼ同じだ。よし、ついでにこの花の咲く瞬間も見届けてみるか。そう思って、部屋から新聞紙をもってきて、プランターの前に広げる。中腰ではつらいので、そこにあぐらをかいて、よっこらしょと長期戦の構えをとる。
しかし、昨日あれほど急激に開いたと思えたポーチュラカのつぼみはいっこうに開かない。そのうちに、ひとつのつぼみを見続けることに耐えられなくなり、ふと目線をそらす。しばらくして、また元に戻ってくると、かすかに花弁が開いているように思える。なんだかポーチュラカと「だるまさんがころんだ」ごっこをしているみたいだ。こちらが目を離した隙に、少しだけ花を開かせているんじゃないかという気がしてくる。
考えてみると、目の前で花びらが華麗に開いていく瞬間というのは、科学番組かドキュメンタリーの早送りの映像でしか目にすることがない。自然のスピードはもっとゆるやかで、ひそやかで、しなやかである。私の目にはそれはほとんど静止画像にしか見えない。それでも飽くことなくつぼみを見続ける。そして、生物の変化とそのスピードについて思う。
しかし、変化は確実に、不可逆的に進行している。考えてみると、静止と運動、安定と変化の間に境界線を引くのは、意外なほど困難だ。一見静止しているように見えて、実は不可逆的に進行している変化。そのあり方は、生命体の本源につながるものであるように思える。むしろ動物の目がとらえる「変化」のほうが特殊であり、植物的変化のほうが本質的なものではないだろうか。
たとえば四季の変化を見てもそれはわかる。夏から秋へ、秋から冬へと一直線になだれをうって季節が変わるということはない。涼しくなったと思ったら、また暑さがぶり返し、そのうちまた涼しい日が訪れ、また暑くなり、というような小刻みなジグザグ運動を繰り返しながら、でも、ふと気づくと確実に季節は推移している。今日から明日へ、明日から明後日へと、直線的に変化していくのではなく、のろのろ、だらだら、ぐずぐずとしているように見えて、しかし確実に変化は訪れる。逆行することのない確実な変化は、むしろゆっくりと静かに訪れるのではないか。
気がつくと、目の前のポーチュラカの花びらはさきほどよりもずいぶんと開いている。しかし、いつ広がったのかは肉眼ではとらえられない。振り返って、先ほどの哀れな朝顔のつぼみを見る。こちらもずいぶんと広がっている。でも目の前にあるのは、どこまでも静止像。まったく動いているようには見えない。
人間やそのこころの変化、あるいは社会やその意識の変化も、このような軌跡をたどるのかもしれない。たとえ目の前でめまぐるしく状況が急転しているように見えても、実はただ単にあっちのものがこっちに、こっちのものがあっちへと移動しているだけで、本質的には何も変化していないということもありそうだ。
目の前の草花の小さなつぼみの開く様さえ、人間の目ではうまくとらえられない。それは動きというよりも、むしろ静止画の連なりにしか見えない。植物は動物の前ではどこまでも静止している。風や雨などの自然現象によらない限り、それらは不動の姿勢をとっているように見える。しかし、その静止画と静止画の間にはほんのわずかの差異が認められる。しかし、その差異と差異の間の動きを見ようとしても、うまくとらえられない。見ようとすると見えなくなり、目を離すと変化を感じる。本質的な変化というものは、こういう形をとって現れるものなのかもしれない。
30分ほど、私はマンションのベランダで新聞紙の上にあぐらをかき、朝顔とポーチュラカのつぼみを交互に見る。そして、変化について考える。何もない日曜日の、何もない朝の、何の目的もない時間。
そして、変化を感じとるためには自らは静止していなければならない。そういう、あまりにもあたりまえの結論を得て、腰を上げ、ひとりリビングに戻るのだった。
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Last updated 2008.09.01 22:05:47
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和久希世@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
>「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@
Re:「チャンドラーのある」人生(08/18)
新しいお話をお待ちしております。
あああ@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03)
非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03)
良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@
Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01)
まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@
Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01)
文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@
Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01)
キャロルキングの訳詩ありがとうございま…
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