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孤独を癒そうとすることは不毛です。「深い悲しみ」や「真の孤独」というものはすべてを吸い込んで暗黒の世界を広げようとするブラックホールのように何をもってしても決して癒されるということがないからです。癒しを求めることはいつまでも孤独や悲しみによってもたらされる闇に心が支配され続けることと同じです。孤独も深い悲しみもそこから逃れるための癒しを求めるのではなくそれらを自分の中に受け入れそれらとともに共生することを腑に落とし込めばそれまで自分を襲いつづけていた闇の力が何故か感じられなくなって身が軽くなる。それは「克服」できたということではなく孤独も悲しみもすべてを自分の一部として同化してしまうということなのかもしれない。
May 31, 2013
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戦争も虐待も死別も貧乏も闘病の苦しさも経験したものにしかその悲惨さや悲しさや憤りや悔しさや喪失感は解らない。その経験の中でしか理解できない感覚というものがある。どんなに立派な経歴や社会的地位、経済力をお持ちであっても想像した憤りや落胆の大きさ想像した悲しみや喪失感は現実のそれとは質を異にしていることに気づかず憶測だけで相手に進言すればそれがどれだけ的が外れていてどれだけ相手を傷つけどれだけ自分の馬鹿さ加減やうぬぼれの大きさを示していることになっているか解らない。体感したものにしか解らない大きな災禍にはむやみに触れてはいけないものなのだということを知らない恵まれた環境で育った人は自分がただ恵まれていただけなのだということにも気づかず自分の実力であるかのような錯覚をし傲慢にそういうときにはこうすべきだったんだと批評するのはとても愚かで迷惑な行為だと知る必要がある。
May 18, 2013
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我侭であるがゆえに自分の意のままに成らない世界に疑心暗鬼する他人を信じられない人を飼い主に持つ犬は自分の犬を何とかしたいと思いつつも自分自身が厳しくされることに嫌悪感が強い厳しいことが出来ない、厳しいことが嫌いと感じる飼い主によって厳しくされたりこのやり方は間違いなんじゃないかとまた甘やかし褒め褒め満たしまくりの生活に戻されたりという行ったり戻ったりの訳のわからない生活を余儀なくされる。独り暮らしとか親元で楽に生きているとか自営業で上司に気を使うことが無いとか稼ぎの良い旦那がいるとかって楽な生活、周りに神経を使わなくて良い生活を送れる自分のわがままを指摘されもせず直す必要も感じない生き方から他人を信用できない状況にある飼い主というのはこういう行きつ戻りつを犬の一生の間中繰り返す。怠惰やわがままを許し至れり尽くせりされるのが当たり前という感覚の犬に仕上げた自分の落ち度は省みることなくそんな生活で出来上がったわがままで怠惰な精神構造ゆえにちょっと意に沿わないことを求められるとパニックになったり大げさに抵抗したりかる犬の様子を見てこのやり方は間違っているんじゃないか?なんて見当はずれなジャッジをする。問題はやり方なんかじゃなくてそういう犬に作ってしまった自分のかかわり方であり自分の心根なのだということ。それなのに、やり方のせいにしてしまおうとする責任転嫁や無知が原因なんだよね。
May 11, 2013
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