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2019.02.03
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カテゴリ: ブログ村
「お父様、有原罪(堕落圏から)」は原理講論と矛盾しないについて​​


「篤実なクリスチャンの家系でもなかったお父様が無原罪のメシヤ・再臨主?」⑵

堕落圏からメシヤ・再臨主は、原理講論と矛盾するような内容だ。
クリスチャンでもなかったお父様がキリスト教に改宗したなり、どうして「独生子」「再臨主」になることができるのか? 
私たちはこれまでの「因習的な信仰観念と旧態を脱けでられないかたくなな信仰態度」があったればこそ「無原罪のお父様」と信じ、なにも矛盾を感じてこなかったということか。

原理講論の後編1章3節のアブラハム家庭「信仰基台を復帰する中心人物」(P.316~)から、
​ノアがサタンに奪われた第二の条件は、信仰の祖の立場と、アベルの身代わりであったハムの立場であった。ゆえに、アブラハムは信仰の祖とハムの立場を蕩減復帰しなければ、ノアの立場に立つことができなかったのである。したがって、アブラハムがノアの代わりに信仰の祖の立場に立つためには、ノアが信仰と忠誠を尽くして、箱舟をつくったのと同様に、アブラハムも、信仰と忠誠を尽くして、「象徴献祭」をささげなければならなかった。また、 神が一番愛するアベルの身代わりであったハム(彼らはみな次子として「実体献祭」の中心であった)を、サタンに奪われたので、蕩減復帰の原則によって、神もその代わりに、サタンが一番愛する立場にいる存在を奪ってこなければならなかった。ゆえに、神は偶像商であるテラから、その長子アブラハムを連れだしたのである(ヨシュア二四・2、3)。
神様がアダムの身代わりであったイエス様をサタンに奪われたので、蕩減復帰の原則によって、神様もその代わりに、サタンが一番愛する立場にいる存在を奪ってこなければならない。
したがって、儒教からキリスト教に改宗したお父様を神様は引っ張ってくることができた、ということだ。
これからも原理原則に則ったものであり、原理講論とは矛盾しない。






<続く>




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

奇知の外の凡人 が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2019.02.06 21:44:18
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