全106件 (106件中 1-50件目)
本当は別府に泊まってゆっくり温泉めぐりをしようと思っていたが、さすがに観光地だけあってGW中は宿が確保できなかった。そこで作戦を変更し、大分駅近くのビジネスホテルにとまり、そこから別府に遠征。15分ほど電車に乗って、別府の駅から徒歩10分の温泉へ。100円で温泉を満喫して再び15分電車に乗って大分まで戻り湯冷めするまもなく宿に到着。今回の九州旅行では「旅名人切符」という九州のJRおよび私鉄各線の普通列車が載り放題の切符を利用していたがこまわりのきくつかいかたやきままな途中下車ができるというこの切符の特徴を十分活用できたように思う。学生のころは青春18切符をよくつかったけど、この年になって緑の窓口で「青春18切符ください」という勇気はさすがにない。あと、長崎、熊本、鹿児島はちょっとした移動には路面電車が便利なので私鉄もつかえる旅名人切符が最適だったと思う。
2009年05月16日
コメント(0)
鹿児島といえばやはり西郷隆盛、ということで西南戦争の最後の激戦地であり、西郷隆盛の終焉の地でもある城山を歩いた。残念ながら天気が悪く城山展望台からは桜島の頂上がみえなかった。城山から降りていく途中で知らないおじさんが声をかけてきて近道を教えてくれたばかりか、当時の貴重な写真がどこにのこっているだとか、西郷さんの最後はどうだったとか生々しい話をいろいろと聞かせてくれた。一人旅のときに名所の解説を知りたい場合、案書きを読むか、ガイドブックに頼るか、はたまた団体旅行にコバンザメのようについていってガイドさんの話をきくといった方法しかないものと思っていたが、このように気さくに話をしてくれる人とあえたのはありがたいできごとであった。大河ドラマでおなじみになった島津家の庭園、仙厳園に足をのばそうかまよったが、先を急ぎたかったので、日豊本線に乗車。鹿児島湾沿いを走る列車の車窓から、ついに桜島の頂上が見えたときには気分が最高潮に達し、写真を何枚も撮ったのだった。
2009年05月16日
コメント(0)
熊本城築城400周年、一石城主制度の導入などによりもりあがりをみせる熊本。2008年度の熊本城への来場者は全国の城の中でもナンバーワンだったらしい。熊本城ほど城郭がきっちりのこっているところはなかなかない。城の周囲は5キロ以上あるらしい。建物そのものももちろん立派であるが、一番歴史的に最も価値があるとおもわれるのは、立派な姿に再建された天守閣ではなく、国の指定文化財になっている宇土櫓である。城そのものが国宝に指定されているのは、全国でも姫路城、犬山城、彦根城、松本城の4つしかないが、宇土櫓はこれらの国宝級の城の天守閣と比べてもまったく遜色がないくらいしっかりと建物が残っている。なにも私は城マニアというわけではないが、なにかの縁で国宝級の城址をいろいろとめぐる機会があったので今後も旅先で貴重な城をみてまわりたい。細川家の庭園、水前寺公園は非常にきれいに手入れされていて落ち着いたたたずまいを見せていた。蘇州にいたころはいろいろと庭園をみてまわったが、やはり日本人の感性では日本の庭園が一番美しいと感じられるのではないだろうか。熊本駅の周りは、九州新幹線の開通に向けた再開発の途中でやや寂しいが、繁華街の上通り・下通り周辺までいくとなかなかの賑わいをみせており、素通りしてしまったSが県やそのまんま東ががんばっているMやざき県と比べると大違いであった。日曜日には、インマヌエル熊本教会の礼拝に出席。天井の高い、教会らしいきれいな礼拝堂だった。熊本ラーメン、おいしいはおいしいけどあそこまでにんにくを大量に入れないといけないのだろうか?そんなあなたにおすすめなのは、エネループフレッシャー。
2009年05月13日
コメント(0)
今日から数回にわたり、旅行で訪れた街の印象を適当に綴ろうかと思います。長崎江戸時代には唯一の外国への窓口であり幕末から明治維新にかけては志士たちの活躍の舞台でありそして第二次世界大戦では2番目の原爆の被災地となった長崎。見所は多いけれど、今回歩いて回ったところで特に印象に残ったのは、グラバー園を散策中におもいめぐらしたグラバーという人の一生についてであった。スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバーは1859年の長崎開港と同時に来日、グラバー照会を設立し、造船、採炭、製茶貿易などにたずさわる一方で、幕末の志士たちの活動を影で支え、伊藤博文らの英国留学を手伝うなどしていたようである。また、三菱財閥の岩崎弥太郎、弥之助兄弟と交友があり日本の産業界の発展に大きく貢献したという。明治維新時代というと、薩長を中心とする志士達が如何に古い体制を倒し新しい国家を築いていったかに焦点があてられることが多いが、産業の発展や、貿易立国の基盤を影から支えていた人たちに着目して歴史を振り返るのも面白いと思う。目先の損得勘定抜きで、日本という国にのめりこんだ外国人の存在が大きかったのではないか、ということを考えさせられた。2009/5/1二十六聖人殉教記念碑→ 原爆資料館 →平和公園 → 浦上天主堂→ 大浦天主堂→ グラバー園→出島うわさには聞いていたが、それにしても坂が多い。自転車は折りたたみ式の小さめのものを乗りこなしている人が多い。そんな坂の町長崎の皆さんには、エネループバイクがおすすめ。
2009年05月12日
コメント(0)
旅の総括はあとでするつもりですが、わすれないうちにメモを残しておきます。日程 5/1-5/4下車駅・訪問したところ長崎(泊まり)二十六聖人殉教記念館 原爆資料館 グラバー園鳥栖熊本(泊まり) 熊本城 水前寺公園新八代川内(泊まり)鹿児島中央 城山展望台 都城宮崎大分(泊まり)別府 竹瓦温泉食べたもの皿うどん ちゃんぽん 熊本ラーメン 鹿児島ラーメン とり天 だんご汁
2009年05月04日
コメント(2)
最近ビジネス書ばかりよんでいたので久しぶりに読み応えのある小説を読んでみたいと思って手にしたのが天童荒太の直木賞受賞作「悼む人」。主人公は、事故や事故で人がなくなった現場を訪ねて放浪の旅を続け、なくなった人を「悼む」行為をおこなう。悼む行為の動作自体がうす気味悪いのと、あかの他人であるのにかかわらず亡くなった人が「誰を愛し、誰に愛され、どんなことで感謝されていたか?」を聞いて回るうっとうしさとが重なって、本の中の登場人物の多くと同様、主人公に対してだれもが奇妙な印象をいだくだろう。ところが、読み進むにつれて、彼がどのような理由で、どのような思いをこめて「悼む」行為をおこなっているかがわかるようになると本のなかでも彼のまわりに理解者があらわれるのと同じくしてだんだんと自分自身の印象もかわっていく。また、自分の身近でなくなった人のことを思ってみたり、自分が亡くなった後のことを考えてみたり、いつのまにか重いテーマに引きずり込まれていくことに気がつく。最後に、この世に生きる証とはどんなものなのかといったことを考えさせられる一冊である。
2009年04月29日
コメント(2)
2年間契約すれば、NET PCがただ同然で購入できるということで、イーモバイルに加入しました。通信速度は7.2M bpsで、なかなかの快適さです。USBで接続でき、どのパソコンでもすぐに設定できるので複数のパソコンを使っている人や、出張の多い人には便利かもしれません。洲本から神戸までバスにのったときもとぎれることなく接続できていました。それでも、私の住んでいる寮だけ電波が届いていないという重大な欠点があります。前までは、廊下だとかろうじて接続できたのに。。。今は、これも最近購入したマイカーで近くのコンビニまでいき、ついでに車の中でメールをみるという微妙に不便な使い方をしています。
2009年04月25日
コメント(1)
自転車通勤をしています。運動不足解消のためです。でも電動アシスト自転車です。なぜかというと坂道をのぼるのがしんどいからです。2月に発売になったばかりのエネループバイクには円筒型リチウムイオン電池が21本使われています。アシストの制限が、こぐ力に対して1:1から1:2にまで緩和されたので上り坂もらくちんです。あと、信号まちからのこぎだしが爽快です。その他、エネループバイクの特徴は下り坂走行時に充電ができることです。でもちょっとお値段が。。。それはともかく、今の季節は自転車にのるのがとても気持ちよく、通勤時に楽すぎず疲れすぎず適度な運動ができるので気に入っています。
2009年04月21日
コメント(4)
いまさらですが、4年間の駐在をおえ、3月28日に帰国しました。勤務地は、、、再び淡路島です。そのうち日記のほうも再開したいと思います。
2009年04月11日
コメント(4)
西安2泊3日の旅。1日目は、市内の散策と城壁歩き。2日目は、兵馬俑、始皇帝稜、華清池ツアー。3日目は、歴史博物館、大雁塔。市街地を囲む城壁(明代のもの)を一周しよう、と思ったけど疲れたので4分の1周で断念。イスラム教の人が多い。城壁をはじめ、まわりの建物の景観がそろっていて雰囲気を感じさせる町並み。兵馬俑へは英語のガイド付きツアー45元。へんなおみやげやによるのが余計だけど値段と便利には納得。兵馬俑はやっぱり圧巻、でもちょっと人が多すぎてゆっくりみれない。華清池は昔玄宗皇帝と楊貴妃が温泉でくつろだところらしい。はるか昔、漢文の教科書で学んだ長恨歌の世界をちょっとだけかいまみる。歴史博物館は兵馬俑ほど観光客でごったがえしておらず、ゆっくりと西安付近の歴史を辿ることができる。遣隋使、遣唐使の目的地であり、シルクロードの窓口であり、三蔵法師が天竺から経典を持ち帰った場所でもある。その玄奘も記録があれこれ残っているのが大雁塔。蘇州に帰ってから、映画「神話」のDVDをみておしまい。
2007年10月08日
コメント(0)
話題のビリーズブートキャンプを入手したもののあまりに老化している体がびっくりしてしまったのか、仕事帰りにはハードすぎてできないという結論に達した。しかし、このままではますます老化してしまうので土曜日中国語の学校にかよったあとに前からいこうとおもっていたホテル内のジムに直行。五つ星のホテルだけあって、ジムもプールもシャワー室もサウナもとても広くてきれい。しかもめちゃくちゃすいているのでかなりリッチな気分を満喫できる。一応会員制らしいけど会員でなくても1日200元で利用できる。ちょっと高いけど「200元分運動しなくては!!」というせこい考えが働き結構みっちり運動できてしまうのだった。今日たいした筋肉痛になっていないのは、昨日のマッサージの効果かそれとも翌々日に筋肉痛になるだけなのか。。。
2007年06月24日
コメント(2)
連休も今日で終わり。連休中は6日で7冊本を読んだ。中学生のときに吉川英治の三国志を読んだとき以来のハイペースだ。といっても読みやすい短い本ばっかりだったけど。「死の壁」「超バカの壁」「さおだけ屋はなぜつぶれないのか」「国家の品格」「一瞬の風になれ 1^3」感想は、そのうち書くかも。「さおだけ屋」は、筆者が若い。内容そのものよりも、本を書くのが本業でない人がこういった切り口で書こうという気になることにまず感心する。結果的に150万部も売れてるし。「一瞬の風」は単純だけどひきこまれる。感動できる。
2007年05月06日
コメント(4)
今日は上海からの帰りに久しぶりに電車を利用。そう、新幹線型のCRHの一等座にのってみた。上海発常州行きで停車駅は蘇州のみ。二等座が左右3列、2列なのに対し、一等座は2列ずつで、日本のグリーン車くらいのゆったりとしたスペース。時間は蘇州まで30分で、料金は31元。上海ー蘇州間のばあい、社内の表示によると時速は206kmまででるらしい。もう少し本数が増えてくれれば長距離バスよりも完全に利用価値は高い。
2007年04月29日
コメント(0)
人事異動の季節。4月1日付けの新しい組織がだんだんと公表されつつある今日この頃。私の周りでもかなりの異動がありそう。「ひとごと」と書いて人事。「なんで?」という反応が多い人事。4月以降のことを考えるとどうなってしまうんだろうと不安につつまれるけど結局考えてもどうせわからないという結論に達する。
2007年03月15日
コメント(0)
先週は、大阪→淡路島→福岡と一泊ずつしてきました。めずらしく、まとめて買い物をしました。1 出張用かばんUニクロの3000円のかばんがだいぶくたびれてきたので今回は、M社製の30000円に大出世。選んだポイントは、スーツケースに挿せること、パソコンの収納スペースが頑丈なこと、1-2泊程度できるだけの荷物が入ること。欲を言えば手前に小物を区分けしやすいポケットがあるとさらによかったんだけど全部の条件を満たすかばんはあんまりないのでやめました。2 DSライト+ソフト4つ今更ながらかってしまいました。初日の脳年齢は20さいだったのにつぎのひやったら33さいになってしまいました。くやしかったのでもう一回やったら26さいに若返りました。っていうか、本当は「もっと脳を鍛える・・・」がほしかったのにまちがえて「脳を鍛える・・・」を買ってしまった自体、かなり脳が老化している気がします。3 本3さつ/CD3枚日本に帰るときは必ず本を買うようにしています。今回は面白い本にあたり、2さつよみおわりました。最近、じっくり読書をすることがあまりなかったけど、思っていた以上に読書に飢えていたように思います。CDは買ったけど、i Pod miniはこわれたまま。
2007年02月25日
コメント(0)
明日18日は春節の初日ということで、今日は大晦日っぽいことをしよう。ということで、ちらかりきった部屋の大掃除。賞味期限切れの食料品が大量に発掘されたのでした。こちらの正月がどんなかんじかみたくて今年は蘇州で過年をすることにしたのですが、やはり今日は休業のおみせや早く閉店するみせがおおくて、市街地に行ってもひっそりとしていました。そして今はというと爆竹と花火の音がとにかくうるさいです。そんなこんなで新しい年を迎えるのでした。
2007年02月17日
コメント(4)
この前、空港でまとめて買った本のうちの一つ。「営業がもっとしっかりしていれば」というのはどこの会社でもいわれることかもしれない。うちの会社では特に頻繁に口にされているかもしれない。営業関係の本というと飛躍的に成績を向上させるためのノウハウを綴ったものが多い。この本では逆に、愚直に営業時間/営業機会を増やすことが成績をのばすことの近道であることを強調している。営業センスが大幅に向上したり能力が後天的に急速に向上する確率は非常にわずかなので能力開発のための投資は非効率と割り切っている。参考になったのは、いかにも仕事っぽくこなしていても成果につながっていない「仕事もどき」の業務に時間を取られがとかちかということ。例えば、時間をかけてきれいな報告書を仕上げるよりも、上司と部下同士で直接話をして詳細を相互理解したうえで次の戦略を考えることの方が有意義であるという考え方には一理あると思う。
2007年01月18日
コメント(1)
せっかく蘇州にすんでいるので、蘇州関連の歴史を勉強してみよう!!ということで、陳舜臣の十八史略を読み始めました。まだ読み始めたばかりですが、はやくも蘇州を舞台とした故事が次々出てきます。この地域が歴史の表舞台に出てくるのは春秋時代の後半、「呉」や「越」の国がおこった頃のようです。中でも有名なのが、「臥薪嘗胆」。伍子胥という人が、楚の国をおわれ呉の都(今の蘇州あたり)にたどりつく。乞食をしながら後の呉王/盍閭(本当は門構えに)に巡り会う。やがて盍閭が越の国(今の紹興あたり)を攻めたときに、越の名将・はんれいの奇策で敗退し命を落とす。(「虎丘」はもともと盍閭の墓だったらしい)後を次いだのが、息子の夫差。父の恨みをわすれないため、毎晩薪の上に横たわったという。やがて国力を蓄え、父の敵である越王・勾践を破る。ここで伍子胥は呉王・夫差に勾践を殺すようにすすめるが、夫差は勾践を捕虜にするだけでゆるしてやる。その後夫差は、越から送られた絶世の美女・西施のいいなりになり、ますます伍子胥のいうことに耳を傾けなくなりついには自害に追いやり、伍子胥の死体を馬の鞍につけて揚子江に沈めてしまう。伍子胥をしたった領民が蘇州の胥口で死体を引き上げて葬ったという。その後、表向きは恭順を装っていた勾践は、毎日肝を部屋に吊るして嘗め、その苦さによって配線の屈辱を忘れずに機会を待つ。やがて夫差が遠征に行っている間に勾践は反乱を起こし、呉を滅ぼす。夫差はやはり伍子胥のいうとおりだったという自責の念とともに自害する。というわけで、伍子胥をまつった遺跡が蘇州にはたくさんあるようです。そういえば盤門にも伍子胥の像があったような。普段なにも考えずにとおりすぎていた通勤路や会社のすぐそばにも2500年も前の物語がつまった場所がたくさんあるということがわかり、少しだけ嬉しくなりました。
2007年01月10日
コメント(4)
あけましておめでとうございます、というにはかなりおそすぎますが中国にいると春節までは「年をこした」という実感があまりありません。今年は旧正月が2月18日とかなりおそめなのでまだまださきといった感じです。さらに、ことしは1月7日に試験をうけなければならなかったためつかのまの正月やすみは試験勉強に費やしました。こんなに勉強したのは学生以来でしたが勉強のための集中力/記憶力ともそうとう退化していることが実感できました。試験は9時から5時までの長丁場で脳みそがオーバーヒートしきったあとにTOEICがあるというもので、椅子に座り続けシャーペンを動かし続けるだけで相当疲れました。できのほうは。。。記述の試験は時間が足りなくなってしまいはたしてあの乱筆を試験官がよめるかどうかが最大の心配事です。英語力は相当退化しているはずですが、なぜかTOEICはできが良かったように思います。毎日大量のe-Mailの要点だけをななめよみするのが少しは役に立ったのかも。果報は寝て待てということでゆっくりやすみたいところですが仕事が大分たまっているのはまちがいなく、いちおうの開放感と、なんともいえない倦怠感がいりまじった感覚で明日を迎えるのでした。
2007年01月08日
コメント(2)
かばが乱獲で絶滅の危機にあるというニュースをやっていた。テレビをみながらうとうとしていると、かばの夢を見た。かばはでかい。口がでかい。近づくと結構怖い。でもずっと見ていると面白い。かば、絶滅しないといいな。
2006年11月30日
コメント(1)
今日の歯磨き粉はやたらにがい。と思ったら洗顔フォームだった。。。日曜出勤だったためやたら長く感じた今週も無事終了?
2006年11月17日
コメント(2)
11月11日は電池の日である。こんなことを知っているのは業界の人ぐらいだろう。11を漢字で書くと+とーにみえるからとか、11の右側の1を短くすると電池の記号になるからとか。。。で、中国語の先生に「今日は何の日か知ってる?」ときかれたので「電池の日!!」と自信を持って答えると案の定「は?」と顔をしていた。中国では、11月11日は「ひとりもんの日」らしい。
2006年11月15日
コメント(1)
日本から出張にきている方が名刺入れをなくした。しかも社員証兼クレジットカード入り。数日立って、わたしの携帯に電話がかかってきた。どうやら、名刺入れに私の名刺が入っていて拾った人がそれをみて電話をくれたらしい。名刺入れがどこをどうまわってそこまでたどり着いたのかわからないが、車で一時間近く離れた会社までうけとりにいき、無事取り戻すことができた。中国に来てから、「人の親切などあてにできない」と、へんにつっぱっていたところがあったけれど、これだけたくさんの人がいれば親切な人もたくさんいて自分もすくなからずその恩恵にあずかっているはずだということがわかってきた。この前、タクシーでなくした携帯電話も帰ってきたし。
2006年11月08日
コメント(0)
蘇州にきていつのまにか1年たった。中国に来て1年半。長かったような短かったような。あんまり実感はないけど後ろを振り返ってみればそれなりにいろいろなことがあったんだと思う。仕事では未熟さを痛感することばかりだけれどそんななかでもできてきている部分とやっぱり全然できていない部分とをきりわけて先の目標を決めて行かなければいけない時期かなと思う。プライベートのほうもゴルフのスコアに象徴されるようにぱっとしたことがあんまりない。そんでも無事に生きて来れたことに感謝感謝。
2006年10月21日
コメント(2)
かえりも結局電車で。行きはたちっぱなしだったけど、帰りは軟座のチケットをすんなりゲット。でもこんなときには必ずと言っていいほど落とし穴がある。行きは上海から寧波まで無座で56元だったのに、帰りは寧波から蘇州まで軟座で56元。なんで距離が伸びて軟座なのに値段が一緒なんだ??おかしいとは思ったけど、深く考えもせずに翌日の朝電車のりばへ。8時半出発だからいくらなんでもその日のうちにはつくでしょうと楽観して乗車。なんだかやたら車体が古くて重そうに走る。案の定スピードが遅い。車内放送は声が小さくてききとれなくてどこに何時につくかもわからない。よくよく切符を見ていると普快と書いてある。やっぱり新快か特快じゃないとだめなのかなあ、と思ったときには時既に遅し。やたら停車駅が多いし、駅でもないところでとまって後続の電車につぎつぎと抜かされて行く。上海についたころには日が暮れかかっていた。行きは4時間弱のみちのりが帰りは9時間以上。けつが痛くなった。でもまあ無事についたのでめでたしめでたし。
2006年10月05日
コメント(0)
ニンポー2日目。今日は一日観光へ。郊外の観光名所の中では「ぜひいきたい」と思うようなところがなかったのでとりあえず街中をひたすら歩くことに決定。どうやら天一広場というところが一番の繁華街らしい。公園も多くあるいていて飽きのこないところだった。唯一、入場料を支払って入ったのが「慶安会館」。休日なのにぜんぜん客がいない。いつもなら日本人の団体ツアーをみつけてこばんざめのようにくっついてガイドさんの解説を聞くのだがそれもできない。慶安会館には、港町・ニンポーの歴史をたどることのできる民俗博物館が併設されていて、このまちと日本との古くからのかかわりを知ることができ興味深かった。古くは後漢の時代にこの地域の人が日本にわたって銅鏡などの技術を伝えたとか、唐や明の時代にも日本から中国への窓口はこの港が玄関口だったとか。展示されている資料にも鑑真(日本を目指して渡航に3度失敗したあとニンポーの寺にいたらしい)とか、最澄とか空海とかもう少し後の時代では雪舟とか、日本史の教科書に出てくるような人がいっぱいでこころの中の「へえ」ボタンを100回くらい押したのだった。だいぶあるいたので90元のやすもののくつのせいか足が痛くなり、ナイキの靴を衝動買いして今日はおしまい。
2006年10月02日
コメント(2)
忙しかった9月をなんとかのりきり、1日から待望の国慶節休暇。といっても4日カスタマーがくるからつかのまのやすみになってしまった。とはいえ、あいまをぬって旅行に行こう!と思い立ってやってきたのは寧波。最初は世界遺産の黄山にいこうとおもったんだけどチケット取るのがめんどうなのと観光客がうようよいそうなところにいくのもつかれそうだからやめにした。というわけで、あんまり観光地っぽくなくて手ごろにいけそうなにんぽーに決定。午前中上海にでて午後、寧波行きの電車に乗る。経由の駅は杭州東、紹興、東虞、余兆、そして寧波。無座の切符しか取れなかったので、4時間近くたちっぱなし。こんなに時間がかかると思っていなかったので少し後悔。ホテルには迷わず着くことができ、初日はこれでおしまい。明日はどこへいこうかな?と地図をみながら考えるのは久しぶりに味わうなんともいえない楽しみな時間で、これだけでも来てよかったと思う。
2006年10月02日
コメント(0)
舞台は中国ではなくて日本のはずであった。時代設定は昭和初期ではたなくて平成のはずであった。でも、なぜか1円のおつりがお札で来た。「はあぁ?」と驚いていると、5円玉には穴があいていなかった。なんじゃそりゃ?と思って目が覚めた。いったいどういう意味なんだろう?
2006年09月04日
コメント(0)
広東省の中山市というところに出張に行った。広州から南に車で1時間半くらい。孫文の故郷だから「中山」らしい。上海や台北などいろんなところに「中山公園」があるけど全部孫文からとったのかな?サンプルを届けに行ったのにわざわざお客さんに空港まで迎えにきてもらい、ホテル代をねぎってもらい、しかも食事までごちそうになってしまった。お客さんなのに。仕事がおわれば友達どうしということらしい。なかなか見習うべきところの多いお客さんだった。
2006年09月03日
コメント(0)
昨日、タクシーの中に日本で使っていた携帯電話を忘れた。タクシーの領収書ももらわなかったから、タクシー会社に連絡のとりようもない。あきらめて解約手続きしようと思ったけど、番号がわからなくてめんどうになってほうっておいた。夜になって、日本から電話がかかってきた。どうやらタクシーで電話を拾った人が携帯電話の番号に入っている番号に電話してくれたらしい。しかもその人は日本語がぺらぺらでしかもその人は私と同じマンションに住んでいたのだった。タクシーを降りたのはマンションとは全然違う場所だったのに。というわけで今日奇跡的に携帯電話は帰ってきたのでした。ありがとう、ありがとう。
2006年08月14日
コメント(6)
マクドナルドに行った。メニューは間違いのないように、「これこれ」と写真を指で指し、飲み物は「コーヒー」。ところがコーヒーがないと言う。そんなわけないだろうといぶかしがりつつもしかたがないのでオレンジジュースをたのんだ。オレンジジュースと一緒に人形が出てきた。よくよくみたらこどもむけのスマイルセットだった。苦笑いがこみあげてきた。
2006年07月16日
コメント(3)
最近ワールドカップの見過ぎで頭がおかしくなった。ふと目が覚めると、いつの間にか試合は終了していた。テレビがつけっぱなしだったため、テレビを消そうとリモコンを探したがみつからない。部屋中探しても見つからない。さては、オーストラリア戦で3点目をとられたときに怒って壁に投げつけたから逃げ出したのかと思い、あやまるからでておいでといってもでてこない。30分探してでてこないのであきらめモードになったころに出てきた。ゴミ箱から。今日のクロアチア戦後にリモコンはどこにいるのだろう。
2006年06月18日
コメント(0)
この前の日曜日にBSのニュースをみていたところ、アナウンサーが「てんあんもんじけんから17年、、、、」と原稿を読み始めた瞬間にテレビの画面がプチッとまっくらになった。どこかでずっと外国のニュースを監視しているひとがいて、都合の悪い情報がながれないように統制しているのかもしれない、と想像すると寒気を感じた。なんていう悪口はこの辺で。。。
2006年06月08日
コメント(1)
昨日は大学時代の友人の結婚披露宴に参加するために日本に帰国した。友人の披露宴に参加すると、思いで話でもりあがる。今回も、久しぶりの面々と終止和やかムードで時間がすぎていった。そんな中、一人顔をこわばらせていたのは、代表でスピーチを頼まれていた友人。スピーチが終わるまでかたまっったままだった。でも、そのスピーチが新郎の人柄をよくとらえた本当にいい内容のもので、自分も彼の底抜けの明るさによくはげまされたことなどいろんなことが思い出された。寝不足であくびをかみ殺していたのと、スピーチに感動したのが重なって不覚にも目がうるうるしてしまった。うだ、結婚おめでとう!!
2006年06月04日
コメント(4)
今週は土曜日が出勤日の上に、日曜日は午前中上海でミーティングということで、つまらない週末が終わろうとしていた。ふと思い立って、午後、蘇州に帰る前にひさびさに国際礼拝堂にいってみた。今日の礼拝には、なんとクリスチャンアーティストのSteven Curtis Chapmanがゲストで来ていた。彼の歌は、i-Podに何曲かいれてたまに聴いていたけれど、こんなかたちで生演奏が聴けるとは思ってもいなかった。英語の聞き取りに間違いがなければ、Steven Curtis Chapmanは中国うまれの女の子の養子が3人いて、以前から、中国でのチャリティー活動に力を入れているらしい。意外なところで中国との接点があったことを知ってなんだか嬉しくなった。休日出勤の後の予想外のご褒美。
2006年05月21日
コメント(0)
今日の午前中は、スタッフ採用のために久しぶりに人材市場へ。いろんな企業のブースがあって、職をさがしている人でごったがえしていた。いろんなタイプの人がいて、観察しているだけでも面白い。募集要項をろくに確認せずにとにかく自分を売り込もうとする人、面接を申し込もうか迷ってなかなか言い出せない人。上着はスーツなのに、ジーパンをはいている人。カップルでいちゃつきながらうろうろしているやつ。デートしながら職探しすんな!メールアドレスがhaohaohaohao@の人。今日も、いろいろな人がいた。しかし、採用したい人はいなかった。。。
2006年05月13日
コメント(5)
最近は、帰宅後のBSのメジャーリーグハイライトと出勤前の生中継ほんのちょっとをみるのがささやかな楽しみ。今朝はヤンキースの松井がけがをしてしまったショッキングなシーンを生で見てしまった。巨人は大嫌いだけれど、松井選手は結構すきだった。インタビューでの丁寧な受け答えに人柄の良さがにじみ出ていた.スターだけれど、偉そうなところがない。メジャーリーグに移籍してからも、勝負強いところをみせていた松井だが、日本にいたときほどには数字面で目立った成績をのこせずにいる。そんな中で、連続試合出場が勲章であり順調に行けば大記録も夢ではなかっただけに、今回のけがでとぎれてしまったのは残念だ。早く怪我を治して元気な姿を見たい。
2006年05月12日
コメント(1)
やすきちさんじゃなくて、地名。昨日は会社の遠足で安吉というちょっとマイナーな観光地へ。3時間ほど車にゆられたあとにあらわれた風景は、滝と竹だらけの山だった。日頃の運動不足を解消し、マイナスイオンをあびまくって一日を終了。
2006年04月23日
コメント(0)
杭州に観光に行った。杭州に行くのは、12年ぶり2回目。前回は真夏に行ったので。暑かったことくらいしか覚えていないけど、今回は、緑がまぶしくてそれだけで行ってよかったと思う。西湖におしせまっている市街地を5kmくらい押し戻して、西湖にうようようかんでいる船を10分のいちくらいに減らしたらもっと雰囲気が出るんだけど。まあ、しょうがないか。
2006年04月16日
コメント(0)
先週、さいふ君が家出をした。彼は一言も言わず、スラックスの後ろポケットからそっと姿をけした。タクシーをおりるときに家出を決心したらしい。血眼になって探す気力もなかった。「中身が減ってもいいから帰っておいで」とささやかにねがって待つこと数日。彼は再び私の前に姿を現した。洗濯物の山のなかから。なんでだろう。
2006年03月07日
コメント(1)
先日久しぶりにゴルフをした。初心者の私は、あいかわらず初心者のままだった。となりのホールにうちこんでしまったときは、「ファーッ」と叫んで周りの人に注意するものだが、中国では「看球(カンチョー!!)」と叫ばなければならない。ドライバーを握るとどこに球がとんでいくかわからない私としては、ティーショットはどきどきものだ。ミスショットをして悔しがる暇もなく叫ばなければならない。「カンチョー」。
2006年02月23日
コメント(2)
中国でみる日本語には、訳がまちがっていたり、意味がわからないものが多い。今日とまっているホテルの日本語訳も傑作。火災発生時の緊急対応のはずが。。。1.落ち着いていることを維持する。2.潜入したスパイの”0”をつないで交換手に知らせる。3.もっていって札を取る。4.最近の緊急な輸出を探す。5.金属扉に触れることに注意して鍵をかけて、 熱くて、くれぐれも玄関を開けないように。6.浴槽を水にいっぱい放す。7.できるだけいじってシーツが濡れて それからふさいでたばこの要路を噴き出す。全部実行したら面白そうだけど、その前に焼け死ぬよ、きっと。
2006年02月13日
コメント(4)
この前、会社からの帰りのバスにのりおくれそうになり、事務所からバスまで全力疾走した。息切れがおさまらなくなった。バスの中で電話がかかってきて、息が続かなくて死ぬかとおもった。最近、ぞっとするほど運動していないため、老化が急ピッチですすんでいるみたい。
2006年02月11日
コメント(2)
のび君からまわってきた、『B型バトン』。 >1.あなたはBBですか?BOですか? BO(多分)。>2.B型だと言った時の周りの反応はどうですか? ちょっとしか知らない人にはA型に思われていることが多いため、少し意外な反応をされる。>3.B型の性格は自己中心的と言われていますが、自分に当てはまりますか? うーんそうでもないような。まあ、B型はよくマイペースともいわれるのでそういう点では当てはまるかも。>4.初対面の人には何型に見られやすいですか? 初対面の人の血液型って予測不可能でしょ、普通。 >5.自分がB型だと思う瞬間ってありますか? 整理整頓ができてなくても気にならないとき、「A型ではない」と感じる。人付き合いが面倒なとき、「O型ではない」と感じる。消去法でB型。>6.自分は何型の人と相性がいいと思いますか? とくにありません。>7.友達で一番多い血液型は何型ですか? AB型が結構多いような。。。でも人の血液型あんまりしらない。>8.B型で良かった、得をしたという経験はありますか? 部屋がちらかっていても、「A型じゃないし」と自分に言い訳できる。 >9.B型で嫌だった、損をしたという経験はありますか? 特にない。でも、B型を結構嫌っている人が多い気がする。 10.生まれ変わるなら何型に生まれたいですか? なんでもいいです。11.次に回すB型の人。 B型の人いたらやってみてください。以上
2006年02月04日
コメント(2)
今日から春節休み。結局日本に帰ることにした。週末は淡路島に行って、月曜日は出社。その後はさらにあったかそうなところに行きたい。
2006年01月28日
コメント(1)
今年は旧暦の正月が1月29日のため、今が忘年会のシーズン。会社全体や部署毎やいろいろあるけれど、年を忘れるのは一度で良いと思う。忘年というのは、広辞苑によると三つ意味があるらしい。1.年を取ったことをわすれる。老年を気にしない。2.年齢の差をきにしない。3.その年の苦労をわすれる。そもそもなぜ忘年しなければならないのか。嫌なことはきれいさっぱり忘れて新しい年をむかえるということかな?確かに忘れてしまいたいようなこともいっぱいある。一年無事に終わったことを感謝する気持ちもある。
2006年01月15日
コメント(2)
新年早々、同じアパート内の新しい建物に引っ越した。部屋はせまくなったけど、一人暮らしには十分。新築はやっぱりきもちいい。グレードアップした点・道路と反対側にむいているから 前より静か。・ウォシュレット付き!!・眺めがよい(7階)・セキュリティーが高い(らしい)・NHKとBS1/2が全部映る。でも一番ポイントが高いのは、シャワーのお湯のでがよいところ。やっぱり冬場にあったかいシャワーはかかせません。
2006年01月04日
コメント(2)
2006年は、意味不明の初夢で幕を開けた。なぜかサッカーの試合をみていた。しかもドイツ対リヒテンシュタイン戦。リヒテンシュタインとは、地図によっては省かれるか点の大きさにしかならない小さな国だ。当然、ワールドカップは地区予選で敗退しているはず。でもなぜかリヒテンシュタインがドイツに勝っていた。ドイツ人は怒っていた。夢というのは自分の心理を反映したものとおもっていた。でも今回の夢は、普段考えていることとあまりにも関係なさすぎる。なんでリヒテンシュタインがでてこなければならないのか。この持って行き場のないつっこみを抱えたまま、なんともすっきりしない元旦を迎えた。
2006年01月01日
コメント(0)
久しぶりに本を読んでいる。信長の遺骸は本能寺からどこへ消えたのか?あと50ページくらいでわかるらしい。
2005年12月29日
コメント(2)
何年ぶりかに、子供たちのやる聖誕劇をみた。懐かしい気持ちになった。緊張しながら演じている子もいればちょっといやいやながらやっている子もいて、自分の幼い頃を重ね合わせて見ていた。いつの間にか忘れてしまった感覚、クリスマスを単純に喜ぶということを教えてもらった気がした。
2005年12月25日
コメント(0)
全106件 (106件中 1-50件目)