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2012.04.30
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2012.04.29
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猫とバラの画像と記事はこちら
2012.04.29
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名古屋港ワイルドフラワーガーデンとジュエリー展記事と画像はこちら
2012.04.28
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2012.04.27
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2012.04.27
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2012.04.26
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2012.04.26
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有名な場所です。近くの温泉は何回も来ていますがここは初めて。皆さんびっくりの場所ですその他の画像はこちら拙ヤフーブログが今日は5000以上の訪問者、なぜ?脱原発デモや夜桜の記事でも三桁でしたのに。追記ヤフーの京都情報に京都の洋館の記事を紹介されたようです。ここは愛知県刈谷SAのデラックストイレです。温泉や回転木馬もあります。
2012.04.25
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画像はこちらお借りしてきた写真です。なんという美しさでしょう。東洋のモナリザ?それ以上?何年ぶりかでこの仏様に会いたくなりました。[[attached(2)]] [[attached(3)]]奈良中宮寺の伝如意輪観音像は女性的な美しさでしょうか。え、伝如意輪観音像?![http://www1.megaegg.ne.jp/~summy/miroku/miroku.html 二人の菩薩]{{{『仏像の見分け方』西村公朝、小川光三著(新潮社)にこのような記述がある。 中宮寺の伝如意輪観音は手が二本だが、平安時代前期につくられた観心寺の如意輪観音には、手が六本ある。その理由は? この問いに対して、 中宮寺の像は観心寺の六手のうち、思惟の右手と地を指す左手を本性としてつくられたのです。 と答えている。明治維新後の廃仏毀釈で、広隆寺は見る影もなく荒れ果て、乞食のすみかとなっていたこともあるらしい。この仏像もかなり傷んでいたらしいが、明治中期に修復され今に至っている。外国に持ち去られたり、薪にされなくて幸いであった。 この弥勒菩薩の美しさについてはこんなエピソードがある。 1960年、この像を拝観に来た京大生が、つい美しい姿に魅せられ、ほおずりしようとして右手の薬指を折ってしまった。恐ろしくなりその指を持ち帰り捨てたが、その後発見され修復された。}}}どの仏様も修復されているのでお顔が現代的といわれる方もあります。修復家の力量も侮れないのでしょう。[[attached(4,center)]][[attached(5,center)]]新霊宝殿の前の小さい池に写る木々も静寂のなかにたたずんで。以前、来たときは新霊宝殿はあったのか全然覚えていません。弥勒菩薩の他にも大勢の仏様がお迎えしてくれます。[http://kouryuji.style-xyz.com/ 広隆寺早分かり]京都府京都市右京区太秦蜂岡町32{{{最大の見どころであるこの霊宝館には飛鳥時代から鎌倉時代の貴重な仏像がずらりと並ぶ。その様子は壮観である。注目は2体の弥勒菩薩(国宝)。 ◎宝冠弥勒菩薩半跏思惟(ほうかん・みろくぼさつ・はんか・しゆい)像「東洋のモナリザ」とも呼ばれる。華麗な右の手指をそっと頬に寄せ、かすかに微笑み思索にふける姿。究極の美しさで気品あふれる姿を前にすると、心が満たされていく気持ちになる。像の高さは124cm、赤松の一本造り。像は603年に百済から伝来したとされる。◎宝髻弥勒菩薩半跏思惟 (ほうけい・みろくぼさつ・はんか・しゆい)像泣いているような表情から「泣き弥勒」と呼ばれる。木造で像の高さは90cm。この像は616年新羅から献上されたものだとされる。}}} [[attached(6,center)]][[attached(7,center)]][[attached(8,center)]]まるで仏様の手のような根。二本の木の根っこが繋がっていました!その写真はどこに行ったのか(苦笑)P,無料でした。
2012.04.23
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画像はこちら前回は[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33380073.html 二の丸庭園東庭]をご紹介しました。名古屋城東側から入るとこんな風景です。[http://tgi.landscapefarm.com/010254nagoyaninomaru.html 二の丸庭園]を見学しているとおもてなし武将隊のパフォーマンスがあるというので初めて生で見ることにしました[[attached(2,center)]]おもてなし武将隊が人気が出て昨年[http://www.nagoyakms.net/sp/sengokuhimetai/ あいち戦国姫隊]もできました。おもてなし武将隊は2009年、名古屋市の雇用対策としてデビューしなごや観光をPRしてきましたが五人が引退し新しいメンバーを募集しているそうです。お子さんや年配者は最前列で鑑賞することが出来ます。ショーの後は武将隊との記念撮影のため長い列が出来ました。そういえば、お子さんと武将隊の写真の年賀状を頂いたことがあります。[[attached(3,center)]][[attached(4,center)]]北庭築山?台風で石垣も崩れたところがあり修復中、ここも?わからないことばかりでじれったいです。重要文化財「西南隅櫓(せいなんすみやぐら)」と「旧二之丸東二之門(きゅうにのまるひがしにのもん)」の2カ所の工事も1月から始まってます。[[attached(5,center)]][[attached(6,center)]][[attached(7,center)]][[attached(8,center)]][[attached(9,center)]]天守閣ではなく東南隅櫓[[attached(10,center)]]ショーが行われるのは二の丸広場。ここは以前、勘三郎の平成中村座の公演があった場所です。残念ながら大人気で完売、私は観ることが出来ませんでした。[[attached(11,center)]]賤ヶ岳の戦いの年号1583をどう覚えるか、「苺は野菜か」などと笑わせてから演舞。今回は家康、清正、利家の出演でした。[[attached(12,center)]][[attached(13,center)]][[attached(14,center)]][[attached(15,center)]][[attached(16,center)]][[attached(17,center)]]庭園茶室にも水琴窟があります。ゆっくり水を円を描くようにかけると良い音がするそうです。水琴窟の音色のCDや水琴窟自体も販売されているのですね。私は噴水がほしい(^-^;)前に持っていた小型の噴水はひっくり返って壊れてしまいました。それだけの安物です。トホホ三の丸御殿再建現場に続きます。牡丹の蕾、牡丹といえば徳川美術館ですが、ここの牡丹もよさそうです。
2012.04.23
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画像はこちら[http://www.pref.kyoto.jp/qhonkan/ 重要文化財京都府庁旧本館]京都府庁旧本館は、明治37年(1904)12月20日に竣工しました。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室や会議室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものです。 平成16年(2004年)12月10日に国の重要文化財に指定されました。 ルネサンス様式に属する建物の外観は、正面の一段高くなった屋根を中心に左右両翼に対称に張り出した形となっており、西洋近世の大邸館をほうふつとさせるものがあります。建物内部には和風の優れた技術が巧みに取り入れられており、内部意匠は建築よりも、むしろ工芸品といった趣さえ感じられます。[[attached(2,center)]] 挙式も出来ます。[[attached(3,center)]] アカンサスはギリシャの国花。アザミに似た形の葉は古代ギリシア以来、建築物や内装などの装飾のモチーフとされる。wikiよりローマの[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/32830539.html パラティーノの丘]にも咲いていたアカンサス。モリスの意匠でも使われていますね。[[attached(4,center)]] 窓越しに桜が見えるでしょうか。夫を置いて大急ぎで夫のカメラで写してきました。[[attached(5,center)]] 知事室公開されていました。[[attached(6,center)]] [[attached(7,center)]] [[attached(8,center)]] [[attached(9,center)]] [[attached(10,center)]] [http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33368757.html 前回]載せ損なった京都文化博物館分館の立派なエントランス烏丸通りのみずほ銀行も近かったのに、佐川美術館に行こうとしたので見損ないました。その佐川美術館は展示替えでお休みでした。ショック。広隆寺や三十三間堂の記事はこれからです。
2012.04.22
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画像はこちら茶室が六もあったとは、[[attached(8,center)]][[attached(9,center)]]いつもは北側からお城を見るのですが今回は二の丸庭園からお堀を見ました。もうすぐ、藤の回廊が見ごろになるでしょう。城のほうは何ヶ国語も飛び交いにぎやかなのですがここは静寂でした。空掘りの鹿の姿に「Oh,my God!!」鹿がそんなに珍しい?[[attached(10,center)]][[attached(11,center)]][[attached(12,center)]]名古屋おもてなし武将隊や三の丸御殿再建現場の話に続きます。続きます。てんとう虫が。日付け無し写真は連れ合いの撮影です。
2012.04.22
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その他の画像はこちらこれからの名古屋城は{{{牡丹や藤、ツツジ}}} で又華やかになりますが昨日の[http://www.360navi.com/photo/21aichi/01nagoyaj/03ninomaru/10index.htm 名古屋城二の丸庭園]も静かで一歩はいると、さわやか気分になれました。木々や花はありがたい、慰めですね。普段はお城に行っても東門のすぐそばの{{{名古屋城二の丸庭園}}} は素通りでした。今回は{{{ 御 衣 黄(ぎょいこう)やウコン桜}}} が咲いているというので行ってきました。{{{名古屋おもてなし戦国武将隊}}} のパフォーマンスも見学、皆さん、ショーの後の記念撮影にずらりと並びました。三の丸御殿再建現場もヘルメット借りて見学しました。木の香り~戦争なんかしなければ空襲でお城も焼かれなかったのに。{{{レトロな名古屋市役所や愛知県県庁}}} は今も健在で映画ドラマのロケ地使用されています。城内では三の丸御殿の鮮やかな復元襖絵の展示、ジャコウネコの絵には(笑)トラの顔もおかしい。昔の人はトラを見たことないで描いていますね。まだ写真の整理が出来てないので猫の写真をどうぞ。[[attached(2)]] [[attached(3)]] 父ちゃん猫が娘ブランにちょっかい出したので、ブランは怒って飛び出ました。この子は姉妹猫のダブルや林檎と違いパパにべったりではなく、ママ猫にいつまでもおっぱいもらってるような子でした。ブランは4匹の猫のうち唯一次男とよく寝ています。女っぽいブラン、ダブルは少年っぽい。私の枕元で寝ます。リボンは布団の足元、リュウは横に寝ることが多いです。ブランは夕食後は夫に遊んでもらいます。「ブラン、ゴロンゴロン」と声かけるとお腹をこんな風にします。[[attached(4,center)]] [[attached(5,center)]] ちょっと前の父猫リュウとブラン、おもちゃで遊ぶ。[[attached(6,center)]] 4匹の子猫[[attached(7,center)]] 前にもUP下のですが、ママがパパの首を絞めている、のではなく爪がパパの首輪に引っかかってしまいました。[[attached(8,center)]] 子猫時代のダブル、まだ目がブルーっぽいでしょう。[[attached(9,center)]] ママの周りに子猫集合[[attached(10,center)]]昨夜の土曜ワイド劇場、京都が舞台なので見ました。物語よりロケ地が気になります。最近行った{{{南禅寺や京都府庁,明治村の教会}}} ?はわかりますが、瀟洒な洋館が登場、[http://4travel.jp/traveler/mayumama/album/10355806/ 神戸迎賓館須磨離宮旧西尾邸]その他ご存知の方、教えてください。ステンドグラスと外観の窓が印象的です。まだまだ知らない洋館がありワクワクします。
2012.04.22
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転載記事です。福島第一原発4号機の使用済み燃料プールのカタストロフィーを回避するために、世界中が動き出しました。 ・福島4号機使用済み燃料プール即効の対策・・・・まずは、原発全停止(残り一つ泊原発が5月5日です)・野田どじょうを筆頭に、原子力ムラたちの逮捕(二度と権力を持たせない)この3点は、外圧でもなんでもカマワナイ、この対処は不可欠!!です。
2012.04.20
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画像はこちら昨日はウン十年ぶりで友人と再会しました。彼女はフルタイムの仕事を持ち二人のお子さんを育てたのでお忙しくてなかなか会えませんでした。北陸から知多に行く途中に名古屋へ寄ってくれました。駅で階段降りてくる彼女、すぐわかりました。ある職業のしっかりしたお顔しています。それから高島屋のレストラン、カフェ、名鉄のフェアリーガーデンと場所を変え4時間ぐらい話しこみました。原発事故の話も出ました。彼女は家族親戚で外国に逃げたいとお連れ合いに言ったら「俺は日本で死ぬ」と怒られたそうです。私も出来たら逃げたいけど無理でしょう。この情けない国でがんばっていらしゃる方も多いのです。映画「タイタニック」の年配夫婦や楽団の人たちが覚悟して沈んでいく場面思い出します。何組も和装洋装のお嫁さんを見かけましたが前撮りらしいです。[http://allabout.co.jp/gm/gc/23381/3/ 京都さくら散歩]インクラインは「傾斜鉄道」と訳され、水運において流れが急な場所などで船を台車に乗せて移動させることができる仕組みを持ちます。琵琶湖の水を京都に引き込むために作られた琵琶湖疏水ですが、もう一つの目的として、大津から京都の間を移動する荷物や人を船で運ぶ物流ルートの開拓がありました。水位の差があった蹴上地区と伏見地区にインクラインを設けることで、船が行き来できるようになり、明治時代末期には13万人もの人を運ぶまでに発展しています。ところが大正時代に入って鉄道や道路が開通したことで、時間のかかる水運は衰退し始め、昭和20年代にはインクラインは廃止されてしまいます。しかし琵琶湖疏水とインクラインが京都の近代化に残した大きな功績を未来に渡って語り継ぐために蹴上のインクラインについては当時の面影を残す形で保存されました。 [[attached(2,center)]] 琵琶湖疏水記念館[[attached(3,center)]] [[attached(4,center)]] 巨大な耀き[[attached(5,center)]] [[attached(6,center)]] 旧第2蹴上発電所日本初の事業用発電所です。1912年 5月第二蹴上発電所運用開始[http://puchitabi.jp/feature/cat2384/post-366.html 旧第2蹴上発電所]日本で最初の水力発電所は、京都・蹴上の琵琶湖疎水を利用した「蹴上発電所」(明治24年竣工)。12月からは京都電灯会社に電力の供給を開始し、3年後に開通する市街電車もこの発電所の電気で走りました。旧蹴上第二発電所は明治45年に完成。現在は関西電力蹴上変電所として現役です。明治45年には蹴上浄水場も完成し、京都市内に上水道の供給が開始されています。[[attached(7,center)]][[attached(8,center)]] [[attached(9,center)]]ランチしたレストランの有名作庭家の話は次の機会に。
2012.04.20
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画像はこちら二日間で映画三本(ヘルプ、アーティスト、ピナ・バウシュ 夢の教室)観て科学館を見学したので京都記事やRコメが遅れてすいません。映画は三本とも良かったのですが特にヘルプはお勧めです。バラはイングリシュローズのセントオルバン、冬でも咲いていました。ツルバラでもないのに、どんどん成長し、何百も咲いてくれます。この冬はあまりにも寒くて退院後も剪定も世話もおざなりでした。このバラは建物の北にあり冬はあまり日があたりません。[[attached(8,center)]] 世界一の○○[[attached(9,center)]] ー33度を体験してきました!寒いの苦手なのに。ちょうど極寒ラボの整理券配っていたので。手袋持っていて良かった。ひざから寒くなりました。防寒コートや靴は貸してくれましたがコートはもうマジックテープも止まらない、20日に新調されるそうです。京都では友人が心配してホテルまで会いに来てくれましたし、明日は別の友人が北陸から来てくれます。ありがたいことです。[[attached(2,center)]] [[attached(3,center)]] ヘボイ腕とカメラなのです。白川公園に咲くヒメシャガ[[attached(4)]] [[attached(5)]] 最近山崎川沿いに植えられたハナカイドウ?とライラック。ライラックは蕾が出てきました。楽しみです。[[attached(6)]] [[attached(7)]] 白いツバキと桜のカーペット[[attached(10,center)]] この二枚は先日の[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33368325.html 枝垂れ桜]の東谷山(とうごくさん)フルーツパークに咲いていた花です。[[attached(11,center)]] [[attached(12,center)]] 昨年のセントオルバン[[attached(13,center)]]朝10寺からの映画を見る前に9時15分に白川公園に行きました。プラネタリウム予約しようと思ったら長蛇の列!これでは映画が間に合いません。あきらめて映画鑑賞、ランチしてから行ったらすぐ1時50分のチケットが買えました。バラバレリーナ、セントオルバン、ピエールドゥロンサール、ウィズリーが植えてある花壇は朝は東から日が照って、午後は西日も浴びています。はじめは北側とだけ認識、こんなに咲くとは思いませんでした。
2012.04.20
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画像はこちら{{{井上章一著京都洋館ウォッチングは京都生まれの著者がかなりイケズな視点で案内する驚き必須の建築ガイドです。}}}本の帯より引用その表紙は私がバイトした南座北側のレストランです。私が担当したのは二階、今の仁左衛門丈のお父様の13代目の仁左衛門がお一人でこられたのを覚えています。私はまかない食で太ってしまいました。さて京都三条通りウォッチング第二弾です。前回は[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33361336.html 歌舞練場・TIME'Sビル・1928ビル ][[attached(2,center)]]これはちょっと驚き[http://japan-geographic.tv/kyoto/kyoto-yabetoku.html 旧家邊徳時計店]。{{{1888年(明治23年)竣工の国指定有形文化財。中京区三条通富小路東入中之町25. 明治23(1890)年の建築 煉瓦造2階建、 瓦葺、. 街路に北面して建つ煉瓦造2階建の店舗建築で,内部には 螺旋階段や金庫室}}}があるそうです。次回はもっとゆっくり中へ入りたいです。現存する民間の洋風建築では、全国で最も古い建物とされています。[[attached(3,center)]]三条通りと、柳馬場通りの交差点に建つ[http://www.arcstyle.com/kyoto/233_nisseibuild.html 日本生命京都三条ビル旧棟]{{{設計辰野金吾ほか設計 : 辰野・片岡建築事務所 施工 : 山本鑑之進※やまもとかんのしん 竣工 : 1914年 用途 : オフィスビル 規模・構造 : 煉瓦造2階建(保存部分) 所在地 : 京都府京都市中京区三条通柳馬場北西角}}} {{{石張りの外観は、大正に入ってからの(設計者の)片岡安の作風です。耐震性を高める為に、内部に鉄骨が入れてあり、純粋な煉瓦造とは違っているのが構造面の特徴です。現在の建物は1983年(昭和58年)に改築されましたが、塔屋を含む東側部分はRCで補強した上でファサード保存されています。}}}[[attached(4,center)]]SKURAビル旧不動貯金銀行京都支店。補強改装され現在はテナントビル。[[attached(5,center)]]このビルは最近の建物でしょうね。[[attached(6,center)]]京都文化博物館別館、旧日本銀行京都支店だけあって凄い存在感です。残念、月曜日なので入れませんでした。{{{1906年辰野金吾ほかの設計 赤煉瓦に花崗岩の白いラインを横に走らせ多彩な塔を配した辰野式といわれる外観は今も三条通りのランドマーク的存在。}}}[[attached(7,center)]][[attached(8,center)]][[attached(9,center)]]{{{ルネサンス様式の端正な外観の中京郵便局旧京都郵便電信局. 設計:吉井茂則 所在地:京都府京都市中京区三条通 東洞院北東角 用途:郵便局 竣工:1902年(明治35年) 構造:煉瓦造2階建. }}}[http://www.mediawars.ne.jp/~m921320/a_map/map_of_kyoto_25.htm 中京郵便局]]{{{昭和48年(1973年)に郵政省は機械化が進む現代の郵便業務に適応できないと、改築計画を発表。やっぱり出てくる景観保存の問題。「土地の所有者が何を作ろうが勝手だ!」という考えが横行する経済成長の時代、保存する側が提案した「外壁だけ残す」という意見を取り入れ、昭和51年に着工し3年後に内装だけ新築する「ファサード保存」の郵便局が完成したのである。}}}この付近に住んでいた方が知らなかったという建物。ここは中に入ってATM使用してきました。[[attached(10,center)]]三条通りは江戸時代からの東海道の起点。洋館といわれる建物もまずはここに作られた。ところが道幅が狭く(幅6メートル、歩きやすい)、すでにレンガ建築が出来たため道を広げる事も難しくなりこれらの建築も残されたようです。それでも日本生命京都三条ビルは一部しか残されなかった。みずほ銀行はよく残されているように見えるがほぼ全面的に立て替えられた。{{{中京郵便局は内部はすっかり帰られたが外壁のレンガづみをそのまま保たせるという面倒な工事を成し遂げ1978年度の建築学会章を受け評価されました。}}}元々二階建ての建築が今は4層のオフィスになっている。[[attached(11,center)]]ここまできてあと一歩だったのですが小雨が降ってきたのでホテルに帰りました。蹴上ではお天気だったのに、雷注意報が出ていたらしく舟は乗船禁止になっていました
2012.04.19
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南禅寺の次に[http://www.city.kyoto.jp/bunshi/bunka/murin_an/murin_an_top.html 無 鄰菴]を訪れました。画像はこちら以前は非公開で女性雑誌で見て以来行きたかった庭です。いつから公開されるようになったのでしょう。[http://www.city.kyoto.jp/bunshi/bunka/murin_an/about_murin_an.html 無 鄰菴]は京都市左京区南禅寺近くにある,明治の元勲山県有朋ゆかりの池泉回遊式庭園です。山県はあまり好きな人物ではありませんが[[attached(2,center)]]{{{敷地の大半を占める庭園(面積約3,135平方メートル)は,有朋自らの設計・監督により,造園家・小川治兵衛(おがわ じへえ)が作庭したもので,ゆるやかな傾斜地に,東山を借景とし,疏水の水をとり入れ,三段の滝,池,芝生を配した池泉廻遊式庭園です。}}} [[attached(3,center)]]{{{ 建物は,簡素な木造2階建の母屋,藪内流燕庵(えんなん)を模してつくられた茶室及び,煉瓦造2階建ての洋館の三つからなります。}}} [[attached(4,center)]][[attached(5,center)]]お菓子すはま付き、300円[[attached(6,center)]]洋館の外観は地味ですが内部はやはり{{{洋館は明治31年の建立です。2階には江戸時代初期の狩野派による金碧花鳥図障壁画で飾られた部屋があり,ここで明治36年(1903)4月21日,元老・山県有朋,政友会総裁・伊藤博文,総理大臣・桂太郎,外務大臣・小村寿太郎の4人によって,日露開戦直前のわが国外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれています。 今日でも,この部屋には花鳥文様の格天井,椅子,テーブルなどの家具が残り,当時の趣を伝えています。}}} [[attached(7,center)]][[attached(8,center)]][[attached(9,center)]]南禅寺から無鄰菴へ来る間の蹴上インクラインや鴨川沿いでも和装洋装のお嫁さんの前撮りに遭遇しました。ウェデイングの女性は二人とも靴はスニーカーでした![[attached(10,center)]][[attached(11,center)]][[attached(12,center)]]無鄰菴隣は有名な[http://hyotei.co.jp/ 瓢亭]、ここに車入れてランチしたかったです。でも無理無理、ランチで23000円~店先にはお値段など書いてありません
2012.04.16
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2枚目3枚目は昨日行った名古屋市中川区の荒子観音です。昨日は月に一度の円空仏公開日でした。この仏像はレプリカです。東谷山は名古屋の一番高い所です。平日に来たいです。素晴らしい垂れ桜が千本、ほかにも梨や林檎の可愛い花が咲いています。温室では熱帯フルーツや花や実が見られます。
2012.04.15
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2012.04.14
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http://blog.goo.ne.jp/sunafukin-0101/e/7c46bacfb54b0c732549b05cc0202da7悩む力 やってみたいのは役者、戦争中の731舞台の地も涙もない軍人でなおかつ家庭ではよき父親をやってるような偽善的悪人または中堅的なたちばにいる中途半端なファシストやってみたいのは映画を作ること女性ジャーナリストのニム・ウェールズが革命家キム・サンの人生をつずったアリラン之歌を何歩区統一の暁に日中韓米ロ共同で製作すること、シリアスにすると当たり前になってしまうのでミュージカル仕立てに オープニングで満州の原野のロングショットで一人の男があり欄の唄を口ずさんでいあmす、これは勿論私です。もしお金があったら全部つぎ込んで悩む力を経て最強になったミュージカルスターと編集者にからかわれ間やむ三条通りの洋館ウォッチングはまだまだ続きますが昨日は観光客が一杯の京都で悲惨な事故が起こってしまいました。いつ誰が巻き込まれるかわかりませんがお気の毒でなりません。交通事故はほとんどすぐ加害者がわかりますが原発事故ではまだ誰一人逮捕もされないなんて、なんと言うことでしょうか。{{{南禅寺}}} は何年振りでしょうか。地下鉄蹴上などない時代です。赤レンガの発電所や無隣庵も記憶にありません。南禅寺では(2012)四月一日より同十一日まで創建開山南院国師の七 百年大遠諱法要を奉修で「虎の子渡し」で有名な方丈庭園は見学できませんでした。法要はとても大勢のお坊主さんがお勤めされていました。山県有朋の別荘[http://www.city.kyoto.jp/bunshi/bunka/murin_an/about_murin_an.html 無鄰菴]は,{{{明治27年(1894)から明治29年(1896)にかけて明治・大正の元老である 山県有朋(やまがた ありとも)が京都に造営した別荘です。その名は,有朋が長州(山口 県)に建てた草庵が隣家のない閑静な場所であったことから名付けられたといいます。}}}
2012.04.13
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2012.04.13
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桜舞い散るなか散歩しました。賑わっていた桜の名所もすっかり静けさ取り戻しました。
2012.04.13
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画像はこちらです{{{井上章一著「京都洋館ウォッチング」}}} を参考に主に三条通りを歩きました。学生時代は四条や東山を歩いたけれど狭い三条通りはあんまり記憶がありません。この日は12キロぐらい歩いて、夜桜見物もパスしました。年取ったのか、昨年の[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/32465719.html 平安神宮紅枝垂れ夜桜コンサート動画]も夢のような美しさでした。やはり京都は格別です。[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/32448497.html 平安神宮紅枝垂] 最初は鴨川沿いの[http://www.arcstyle.com/kyoto/188_kaburenjyo.html 先斗町歌舞練場]です。{{{先斗町通と鴨川の間に建っている劇場で、劇場建築の名手、大林組の木村得三郎の設計です。非常にレトロな感じで、六角形や八角形と言った幾何学模様の窓枠や、スクラッチタイルの外壁が印象的です。1927年 用途 : 劇場 構造 : RC造 階数 : 地下1階、地上4階 所在地 : 京都府京都市中京区先斗町通三条下ル}}} 勿論古いお寺、庭園、仏像も大好きで10代の頃から京都奈良古寺巡礼はしました。数年前から明治からのレトロな建築にはまっています。[[attached(2,center)]] {{{安藤忠雄のTIME'Sビル京都市中京区三条木屋町西南角}}} 改装中なのか、お店がやっているのか良くわからない。コンクリート打ちっぱなしは寒そうで苦手な建築です。迷路のよう高瀬川沿いなのに手すりもない。日本では劇場でも舞台を二分するような無粋な手てすり(最悪なのは愛知県のオペラ劇場)があります。ここは浅いといっても川、お役所はここにも手すりをつけさせようとしたのです。その証拠にこのビルの後に北側に出来たビルはやはり高瀬川へ向かってプラットホームを設けているのだがここには手すりが作られている。それを安藤氏は役所の要求をはねつけて、ヴェネチア、やアムステルダムのような空間をつくったと井上氏は語る。同じ安藤氏の{{{京都府立陶板名画の庭}}} 、一度行きましたがやはりコンクリートに水、まがい物のミケランジェロの壁画展示です。井上氏は安藤の雄たけびがうるさいと(笑)[[attached(3,center)]] [[attached(4,center)]] [http://www.artcomplex.net/ac1928/about.html 1928ビル]{{{(1928年)武田五一氏の設計により、大阪毎日新聞社京都 支局ビルとして建築されました。 社章をモチーフとしたバルコニーの形状や玄関左右の ランプカバーのデザイン等に、アール・デコの影響が認められ、意匠史の上からも注目に意匠史の上からも注目に値する建築物として、京都市登録有形文化財に登録されています。 歴史的な建造物が次々と姿を消していく中で、一時は老朽化による解体も心配されましたが、建築家・若林広幸が買取り、耐震壁を補強するなどして保存されることになりました。そして現在、八十年を経た今も建築当時の姿をそのままに残す当ビルは、時間の堆積と共に、独特の文化的雰囲気を醸し出しています。 中でもアーチ型形状をもつホールは、旧くより演劇公演や講演会等、広く市民に利用され親しまれて参りました。 }}} [[attached(5,center)]] 階段降りていくと沢山の宣伝ビラにタイル。謎のカフェに?[[attached(6,center)]] [[attached(7,center)]] コーヒーと抹茶ケーキを頼みました。某有名レトロ喫茶のチーズケーキより美味でした。ランチもここで取ったほうが安くて面白そうだったのに。[[attached(8,center)]]この奥にはCDや服を売るお店があります。[[attached(9,center)]] [[attached(10,center)]]概観は綺麗に塗り替えられています、内部はあんまり綺麗にしなくてもこのシャビーな感じがいいかも。このビルを若林広幸が買い取って生き残ったのです。新京都駅の計画が公になったとき。若林は岡の下に通された駅舎の思案を発表。岡に覆われた駅舎!景観を損なわない駅。これが実現していればあの寒くて巨大な京都駅を見ることもなかったのに。[[attached(11,center)]]三条通り京都洋館ウォッチングは続きます。
2012.04.12
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下の動画あっという間のの23分、最後泣けてきます。お若い頃の小出先生のお顔、こんなに誠実に反原発貫いてくださった、皆さんに見ていただきたいです。http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=9FiwgKYdwrg教えてくださったみみさんの記事もどうぞ。http://blogs.yahoo.co.jp/sayuri2525maria/29817533.html広瀬隆「第二のフクシマ・日本滅亡」東海原発廃炉から始まる新時代 http://www.youtube.com/watch?v=xU8kegbSG30&feature=related
2012.04.11
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うんと古いものとちょっと古いもの http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33358410.html一枚目、[http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=6000127 南禅寺水路閣]1890{{{琵琶湖疏水の分線(蹴上以北)にある水路橋で1888年(明治21)完成。南禅寺境内を通過するため、周辺の景観に配慮して田辺朔郎が設計、デザインした。全長93.2メートル(幅4メートル、高14メートル)レンガ、花崗岩造り、アーチ型橋脚の風格ある構造物で、静かな東山の風景にとけこんでいる。市指定史跡。}}}{{{井上章一著洋館ウォッチングによると南禅寺から召し上げた土地}}}にローマの水道橋をまねた水路閣が作られました。もう、規模も綺麗さも今に残るローマ帝国の水道橋とは大違いですね。フランスやスペインでも観ました。とはいえこういう、レンガの建物好きなんです。[http://homepage2.nifty.com/TOMZONE-S/stwr_folda/OBtabi_folda/Btabi_34.html 京都おちこちぶらぶらよそ見旅]{{{毎回感じることだが、明治時代のネーミングセンスというのはどうしてこうも粋なのだろうか。もし現代にこうした建造物ができたとして、果たして漢字語式の名前など誰が考えるだろうか。また考えたとしても絶対にこういう格好良いものは考えつかない。 水路閣は琵琶湖疎水という、琵琶湖と京都の間に立ちはだかる山々をぶちぬいて流れる長大な運河にしつらえられた水道橋である。 しかも驚いたことに、北垣国道知事は当時全く無名の若干21歳の青年技師・田邊朔朗にこの国家プロジェクト並みの大事業を一任する。オマケに彼は大学で疎水の理論と設計を論文にまとめたに過ぎず、実体験もなければ土木工事の経験もなかったと言うから無謀とも言えるものすごい大抜擢である。現代なら保険会社もしっぽを巻いて逃げてゆくだろう。 }}}二枚目[http://www1.kepco.co.jp/e-patio/category/living/1236223472/ 蹴上発電所]{{{日本で最初に水力発電事業が始まった「蹴上発電所」が設置されました。この発電所の原動力となったのが琵琶湖疏水でした。}}} 三枚目、これはわからなくて当然です。平安神宮に見えますが三十三間堂とお庭の間にある新しい門です。[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/32123019.html 初夏の三十三間堂]四枚目、五枚目、京都府庁舎と中庭の桜今回は参上通りのレトロ建築なども見学しました。後ほどupします。六枚目南禅寺三門急勾配の階段を登り絶景を、500円で。京都府庁舎と中庭の桜以外は夫の撮影です。
2012.04.11
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南禅寺七百年大遠諱法要していました。 無燐庵、蹴上、疎水の桜、お嫁さん、三条通りのレトロ建築見学しました。12キロぐらい歩きました。
2012.04.09
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転載記事です。その無力感を、これからの日本を守るための力に、どうにか転じてください。政府は原子力村の言うがままです。 野田首相をはじめとした閣僚の目のうつろさ、尋常ではありません。専門家のすべてが、辞表をたたきつけ、原子力村へ抗議してください。彼らは、日本の将来などどうなってもいい。目先のお金と社会的地位といった下らないものに、大きな価値観を持っているのです。それは、野田総理のうつろな目を見れば歴然です。総理は、原子力村の意に反すれば、殺されると思っているのでしょう。でも政治家は、それが仕事のはず。専門家もその地位を考えれば、Noblesse Obligeに基づく行動を起こさねば、日本を本当に滅ぼすことになります。バンダジェフスキー博士は、放射能の本当の怖さを知らないことが、どれだけ人類は、高いコストを払っているか、そしてその無知が悲劇を招いていると、3/18の医師向けセミナーで配られた冊子の「あとがき」に書かれていました・・・・。 日本が存亡の危機に立っていることは、専門家はみな知っている青木正美医師のフェイスブックノートよりhttps://www.facebook.com/notes/%E9%9D%92%E6%9C%A8-%E6%AD%A3%E7%BE%8E/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%8C%E5%AD%98%E4%BA%A1%E3%81%AE%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E5%B0%82%E9%96%80%E5%AE%B6%E3%81%AF%E3%81%BF%E3%81%AA%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B/327725567289145先日のNHKの『MEGAQUAKE2』を観ていて、震災直後の日本地震学会において、地震学者たちが大きな戸惑いと無力感を曝け出した場面を見て、私は急に、昨年4月初旬の災害復興学会の研究会での出来事が鮮やかに思い出されたのだった。関西の災害復興学の名だたる研究者たちが、東日本大震災の報告をしながら皆、男泣きに泣いていたのだ。私も含めてだが、ずっと積み上げてきた学術的な知見も経験も、この巨大な震災に対しては何もかも役に立たなかったという、どうしようもない無力感に押しつぶされそうになっていた研究者たち。それをひたすら実感した昨春の研究会だった。 あれから一年。研究者はみな少しづつ立ち直って、巨大なる課題を残した震災に対し、また歩き始めたところだ。東日本大震災というのは、あらゆる専門家から大きく学術的な自信を奪い取り、ひたすら無力感と向き合うことになってしまった震災だった。その大きくて重い事実を、番組は思い出させてくれたのだった。 今週中に大飯原発を再稼働する決定をしようとしている政治家は、日本の名だたる災害の研究者たちのこの大きな無力感を知っているのだろうか。同じように地震学や原子力の研究者たちの、どうしようもない無力感を知っているのだろうか。 はっきり言おう。私たちの国は、大きな地震活動期の只中にあり、あらゆる専門家の専門知識を持ってさえ予見が不可能な状況になっている。この時点ではもはや、次の大災害に対してどうリスクを減らして行くべきなのかを、日本中の頭脳を集めて考える段階にあるだろう。少なくとも、原発のリスクだけでも減らしておかなくては、この国には実質的に未来はない。恐らく、災害にかかわっている全ての専門家はそう思っているはずである。専門家ならずとも、そう考えている人は多いことだろう。 もう一度言おう。一年前の桜が咲いていた関西学院大学での研究会では、どうしようもない無力感を抱きしめながら途方に暮れた研究者たちは、一日中、泣きながら研究会を過ごしたのだった。それが、本当の日本の姿なのだ。ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。ご協力お願いいたします。 ↓をクリックいただくだけで結構です。http://philosophy.blogmura.com/rinri/にほんブログ村 倫理・道徳 転載元: 言葉の体験記
2012.04.08
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松重閘門・名古屋城・山崎川の桜2 夜桜も
2012.04.08
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先日古民家レストラン鬱花さんに行く途中の[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33351849.html 成海神社]にお参りしました。垂れ桜が咲いています。友人が教えてくれたお店です。上品なお料理、お庭、店内にいつも癒されます。今回のお料理は塩豚、筍、春巻き、ナスの揚げ浸し、アスパラ、あさりのお吸い物、しょうがご飯などです。とても美味しかったです。お腹にも優しい。コーヒーは別料金でお好きなカップでどうぞ。アンテティークや洋服も売っています。[[attached(2,center)]]ボケています(→o←)ゞ[[attached(4)]] [[attached(5)]][[attached(3,center)]][[attached(6)]] [[attached(7)]][[attached(8)]]小さなデザートがついて1500円です。[[attached(9,center)]]洗面ボールやステンドが素敵っ[[attached(10,center)]][[attached(11,center)]][[attached(12,center)]]夫も鬱花さんはお気に入り。友人にも教えてあげて感激されています。これは二月のランチです。大きなトマトとキャベツロール[[attached(13,center)]]ここのサンドイッチやコーヒーも美味しいです。その他の画像はこちら
2012.04.08
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山崎川夜桜松重閘門・名古屋城・成海神社・山崎川の桜
2012.04.07
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記事と画像はこちらです。
2012.04.06
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世界記憶遺産、炭鉱画家山本作兵衛
2012.04.05
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格安フレンチビストロ・ル・ボルと薔薇舘 のランチはこちら
2012.04.05
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映画観に行くと気になっていたミッドランドスクエア3F の[http://www.santamarianovella.jp/ サンタマリアノヴェッラティサネリア]初めて入りました。今日から3日間、[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/folder/944307.html 大名古屋温泉]では招待券や粗品、格安回数券等がゲットできます。朝風呂に入り、名古屋駅にまわり、サンタ・マリア・ノヴェッラ・ティサネリアへ。[[attached(3)]] [[attached(4)]]落ち着いた店内には他にお客はいませんでした。食事の値段するので、いつも入るわけにもいかないのですが。800年の歴史を持つ世界最古の薬局の癒しのハーブティーをいただいてきました。以前はハーブティーは苦手でしたが年取ったのか、花粉症その他の病もちだからでしょうか。お水もただの水ではなくアックア・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラというハーブ水。スペアミント、ペパーミント、セイロンシナモンのエッセンスとコストマリーのフレーバー。セットメニュープリマベーラ 謎のある美しいボッティチェリの『春』プリマベーラ、思い出しますね。甘くないオリーブケーキとラベンダーのクッキーにはタイムも入っています。野菜も付いていいて嬉しい(*´∀`*)お茶は三種類から選べます。私は春を香りを呼び戻す効茶癒しの春茶・効アレルギーを和らげるブレンド血液を浄化し、体質改善に役立つネトルとくしゃみ、鼻水等の症状を沈めるのに有効なエルダフラワーに炎症で消耗されるビタミンCを補給するローズヒップを合わせたもの。色々な薬草がたっぷり、全部飲んでしまいました。ケーキなのに甘くないし、後味が爽やかで、こんないい気分になる食べ物もあるんですね。お店の切り抜きにこの薬局と関係深いカトリーヌ・ド・メディシス の話がありました。[[attached(5,center)]]オルレアン公アンリとカトリーヌの結婚式。ジョルジョ・ヴァザーリ画。1550アンリ2世と結婚し最近までは悪女扱いされていた[http://www.dokodemo-bessou.com/france/catherine/catherine.htm カトリーヌ・ド・メディシス ]カトリーヌ・ド・メディシス は早く父母を亡くしアンリと結婚。そのアンリ2世には19歳年上の愛妾ディアーヌがいて、カトリーヌは10年も妊娠できなかった。離婚が議論され、絶望的な状況に置かれたカトリーヌは妊娠するために当時知られるあらゆる手段を用いた。WIKIには牛の糞と雄ジカの角を彼女の「生命の源」に貼り付けたり、騾馬の尿を飲むことまでしたとあります。 メディチ家の薬剤師に不妊治療をしてもらっていたのでしょう。彼女は知識が深く、芸術や科学やあらゆることを理解できたという。手づかみで肉を食べていた粗野なフランスに、カトリーヌは、繊細な料理、フォークを持ち込んだ。 バレエをフランスに広めたのもカトリーヌ。薬屋、銀行家と陰口をたたかれ、おまけに毒殺者の汚名。サン・バルテルミの虐殺も彼女の仕業にされてきましたが最近では見方が変わってきたようです
2012.04.03
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2012.04.03
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ソメイヨシノ・コブシ・モクレン、画像と記事はこちらです
2012.04.02
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渡辺あやの「カーネーション」が終わりました。最終回ってあんまり面白くないことがありますが「運命の人」と「カーネーション」は感心しました。それまで登場人物の臨終場面は見せませんでしたが、最終回の一日前に主人公は死ぬし、最終回では幽霊になって本人が「死にました」と報告((-^〇^-))綺麗な棺に収まって、外国から旅行者はもって帰れないはずのカーネーションの花束を入れてもらいました。造花ですか。五年後、だんじり祭りにゆかりの人々が集まります。思った通りの場所に遺影と花を飾ってもらい、末期ガンの女性にも奇跡が訪れたようです。主人公が望んでいたドラマを病院で観る奈津?の後ろ姿で終わりました。心憎い脚本でした。初期の頃はレトロな風景や、デパート等のロケが楽しめました。子役の二宮星(あかり)さんの川の中でのけんかシーンは忘れられません。商売下手の父親が主人公に代金回収させるのに、女だからと殴るシーンは見るのが嫌でした。あの頃の父親には多かったのかもしれません。入院中も携帯で観て元気づけられました。スタッフ・キャストの皆さんありがとうございました。渡辺あやは映画{{{ジョゼと虎と魚たちやメゾン・ド・ヒミコ}}}の脚本家でこんなに長いテレビドラマの本は初めてのようです。{{{第62回(2007年度)毎日映画コンクール 脚本賞(『天然コケッコー』)第36回(2010年度)放送文化基金賞 脚本賞(『火の魚』、『その街のこども』)第61回(2010年度)芸術選奨新人賞 放送部門(『その街のこども』)第33回(2011年度)ヨコハマ映画祭 脚本賞(『その街のこども』)※2011年以降、一切の個人賞の受賞を辞退している。}}} なかなか骨のある方ですね。毎日の着物、洋服も様々で楽しい。洋服作ってるのにいつまでも着物ばかり来ているのもユニークで。有名なデザイナーの娘さんたちもすごく特徴を掴んでいましたね。夏木さんの衣装はご本人のドレスだそうです。以前、夏木さんの新劇等を見た懐かしい思い出があります。家の中がどんどん改装されて現代になっていく様子も良く出来ていましたね。昔の古い家がこんなに広く?とも思いましたけど。60歳までの主人公を演じた尾野さんは「しんどかったし辛かったけれど皆のおかげで楽しかった」と三人の糸子でくす玉割わって(´;ω;`)下の動画[http://www.nicovideo.jp/watch/sm17071289 カーネーション]仲良しの美容師に言わせた言葉も朝ドラでは初めてでしょうか?「戦死した息子はひどい目にあったと思ったがあの子もやったんやな」日本軍の加害の番組を見て。
2012.04.01
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画像はこちら昨日は朝から久しぶりに玉様を拝見出来て嬉しいひと時でした。(*´∀`*)お抹茶を立てていました。お手のものですよね。佐渡の自然に生えているタラなどが美味しくて蜜蝋や椿油が乾燥しているヨーロッパではよかったと。お部屋も拝見できました。窓から大きな木々が見えるのはいいですね。お隣のお庭だそうです。お風呂場に飾ってある世界の綺麗な貝殻、伊万里の鷺のお皿、藤娘の絵やロタ島での素潜りを絵にしてもらったもの、ご自分の鏡獅子の獅子になってからの写真などが見られました。意外な友人として玉置浩二さんが紹介されました。ザ・スターというNHKの特番でも玉木さん、登場しましたね。玉木さんの結婚式の着物を作ってあげたそうです。2月、3月はイギリス(レ・ミゼラブルやリトルダンサー等を観劇)パリ(シャトレ座での打男の演出公演)ベネチア、アメリカ等を周遊されていました。[http://www.tbs.co.jp/act/event/tamasaburo2012/ 赤坂ACTシアター]パワー漲る太鼓芸能集団“鼓童”の精鋭メンバー打男が、坂東玉三郎の演出のもと新たな舞台をつくりあげる{{{■ 坂東玉三郎からのメッセージ皆様いかがお過ごしでしょうか。いよいよ春がやって参りました。先日、ヨーロッパに1ヶ月余滞在し、各国の芸能文化を観て、様々なことを感じてまいりました。歌舞伎俳優としてはもちろん、演出家や芸術監督として活動していく上で、世界の文化にふれることは大変よい勉強になりました。そして、その旅で自分が大好きだった音楽について思いをはせていました。小さい頃はアメリカンスタンダードを良く聞いていましたし、大人になってからはシャンソンやカンツオーネ、ボサノバといった世界中の素敵な音楽が自然と流れて来る時代でした。今回の旅を経て、名曲は色褪せないということを改めて感じましたし、自分流の表現方法で、歌の世界一周をしてみたいと思ったのです。昨年、赤坂BLITZでチャリティコンサートを実施させていただいたことをきっかけに、その後3回ほどコンサートを開催させていただきました。今回はライブハウスではなく、赤坂ACTシアターに会場をうつし、皆様に馴染みのある、一緒に歌いたくなるような曲の数々をお贈りしたいと思います。世界恋歌の旅、素敵な夏のひとときを皆様と…。会場でお待ちしております。2012年3月坂東玉三郎}}} 太鼓芸能集団“鼓童”とのアマテラスの舞台はご本人がカーテンコールでとても楽しそうにしていられました。
2012.04.01
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