翔(はばた)く女性を応援する会社を目指します

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2025.10.08
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新聞配達の勤労学生時代(昭和53年4月〜昭和54年3月)

昭和53年4月 東海大学 に入学すると同時に新聞配達の勤労学生として働き始めました。

厳しい生活と環境

  • 住居: 新聞店が契約したアパートの二階にある六畳一間の小さな部屋。トイレは共同で、風呂はなく、夜は銭湯に通う生活。

  • 勤務時間: 朝は 3時半 に起き、多摩川沿いの坂道を新聞満載の自転車で漕ぎ出す。大学の授業後には夕刊の配達もあった。

  • 苦労: 手がかじかむ、風で新聞が飛ばされる、夕刊の配達が19時を過ぎることもあった。

「心」と「信頼」

  • 配達が遅れた際は、一軒一軒「遅くなりまして申し訳ございません」と お詫びの言葉を添えて 回った。

  • この経験から学んだのは、「 働くとは、人の一日を整えること 」という理念。

  • 「この新聞を待っている人がいる」という思いが、ペダルを回す唯一の力となり、 効率よりも心 スピードよりも信頼 を重視する姿勢を学びました。

ささやかな楽しみ

  • 夏の配達後の唯一の楽しみは、喫茶店で食べる かき氷 。いつもは イチゴ 、月に一度の 小豆ミルク だった(当時約350円と記憶)。

努力が実を結ぶ

  • 新聞店の所長や読者の支えもあり無事に契約満了。翌年 昭和54年4月 からは、 東海大学の無返済勤労学生奨学金 を3年間支給されることになった。

  • この新聞配達の一年は、単なるアルバイトではなく、「 人のために働く喜びを知った、人生最初の“ステージ”だった 」と振り返っています。

その後のアルバイト

  • 大学2年生(昭和54年4月以降)からは、デパートの清掃係や都議会議員事務所でのアルバイトを3年間経験しました。

使命感 誠実さ を持って働くことの尊さを学んだ、青春の一ページです。きつかったですが、愉しい毎日でした。
父親を大学3年の10月にガンで亡くしました。
#新聞配達勤労学生
#羽富 都史彰
#ロコレディ








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最終更新日  2025.10.08 12:34:01コメント(0) | コメントを書く


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