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私
:今朝の朝日新聞では、昨日の夕刊の愛 知・豊川工高陸上部
の体罰の続報があり、 昨年2人が退学・転校した事実
があったという。
校長はこの事実を把握していたが、保護者や被害者本人に「 伏せておいてほしい
」と求められたという。
A氏 :「体罰」を通じて 指導者と選手・親の支配、依存の関係の典型 があらわれているね。
私 :この教諭は、 昨年4月 から 約30人 いる部員のうち 10人 に平手打ちや蹴るなどの体罰を繰り返しており、県教委で 今月調査 して発覚し、同校は 教委の指示 で、 この教諭を陸上部の指導から外した という。
A氏
:今朝の朝刊の「 スポーツと体罰
」連載欄は 11日目
だが、新潟大の 世取山洋介
准教授が、 1986年から87
年に、小中学校の教師 約580名
のアンケート結果を示しているね。
多くの教師は 体罰の教育的効果は薄く
、 否定的効果が多い
ことを理解していたという。
世取山
教授は、問題になった 桜宮高の顧問
が「 自分が間違っていた
」と言えるような冷静な議論の場が必要だと言っているね。
私
:話は「 体罰一般論
」になるが、例の 戸塚ヨットスクール
の 戸塚宏
氏が 1983年
に「 私はこの子たちを救いたい・" 殴らない父
"と" 愛しすぎる母
"へ
」という本を出しているという。
そこに「 日本の歴史が二千年あるとしても、体罰を否定しているのは、最近の三十年間だけで、あとの1970年間は、肯定されているのである
」と書いてあるという。
戸塚氏は、戦後の" 殴らない父
"に不満を持っていたようだ。
この戸塚氏の文で、 金沢学院大学の教育史の 江森一郎
教授
が体罰を歴史的に検証することを思いつき、「 体罰の社会史
」という本を 1989年
に出版している。
この本と戸塚氏の本とも、図書館にあるので予約したよ。
A氏 :実際に、体罰の歴史はそんなに古いのかね。
私 : 江森 氏の歴史的検証によると 戸塚氏の説は歴史的事実と違うね 。
「 体罰の社会史
」を読んだ人の 要旨
を引用すると、 江戸時代以前の体罰否定論者
はおそらく 最澄
と 道元
だろうということで、 江戸時代の初め頃
から 体罰が忌まれる
ようになったという。
水戸黄門
や 闇斎、素行、藤樹、蕃山
といった 儒学者
や 心学者
も 体罰を否定
。
A氏 :江戸時代は 寺子屋 があるが、 体罰 はどうだったのかね。
私
:寺子屋でも体罰はあまりなされていないそうだ。
興味あることに、幕末に 日本に来た外国人
の多くは、 日本では子どもに対する体罰がほとんど行われていないこと
を書き記しているという。
欧米のほうが 子どもへの体罰
は一般的だったようで、外国人は奇異に感じたのだろうね。
日本では 子どもが甘やかされ、大事にされている
ことに驚いていたという。
A氏
:日本は伝統的に「 子は宝
」だからね。
欧米人には、「 子どもは動物
」と同じで、子どもは ムチ
でしつけないといけないという考えがあるらしい。
日本人と逆だね。
私
: 日本の伝統思想
の中に国民の感覚として、 体罰を残酷
とみる見方が定着しているのが欧米と基本的に違うね。
フランス
では今日でも、 家庭での体罰は必要悪
と考えられ、そのために毎年 10万本
以上のムチが売られているという。
わが国の 近世(江戸時代)教育史 に比べると、「 西欧の教育史は体罰史である 」と言ってもよいほど体罰で色どられている(ちなみに、中国近世においてもそうだった)という。
日本で 体罰が肯定 される動きが出るようになるのは 日露戦争前後 が一つの節目だと、 江森一郎 氏は言う。
A氏
: 体罰肯定の
考えは、 欧米の影響と明治の軍隊の影響
だろうね。
だから、 明治後半
から 体罰肯定
の考えが出てくるんだね。
私
:子どもには厳しくするほうがいいという考えは 日本の伝統
とは違うようだね。
やはり、伝統は「 子は宝
」思想だね。
日本は" 殴らない父
"と" 愛しすぎる母
"の歴史のほうが長いというわけだ。
それと「 体罰
」は欧米と違い、本能的に嫌う国民性があるね。
膨大な若い特攻隊員の遺書には「お母さん」はあるが「お父さん」は少ないという。