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2025.07.04
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私はついさっきまでかわいい幼児だったのに、朝起きたらかわいくないおっさんになっていた。時間の流れは速いものだと思ったので、徒然なるままに流れについて考えることにした。

●様々なものが流れている

時間は概念として流れているともいえる。万物は流転して環境の変化から様々な生命が生まれてきたので、必然的に生命にも流れがある。人体は絶えず血液を循環させないと細胞に栄養や酸素が行きわたらなくて壊死してしまうので、意識しなくても寝ている間でも心臓と肺は動いている。細胞も流転して死んだ細胞が新しい細胞と入れ替わっていて、細胞のコピーが正常にできなくなると老化やがんで身体の機能が衰えて死に近づいていく。脳は神経細胞から電気信号やらなんやらが流れるので五感を感じる。
人間が作った様々なものにも流れがある。インフラは電流、水流、物流が滞らないように整備されている。空気の流れも家や都市設計では重要で、一戸建ての屋根が風を受け流したり、オフィス街でビル風が強くならないようにデザインにしないと、台風のときに屋根が飛んだり看板が飛んだりして被害が大きくなってしまう。家の中の空気がよどんでいるとカビが生えやすくなるし、料理の煙やたばこの煙が室内に充満すると肺がんの原因になる。
企業はいくら売掛金が多くても現金が足りなくなって支払いができないと帳簿上で黒字でも倒産するので、現金が不足しないように入出金のキャッシュフローを管理している。
服や音楽とかの流行も流れるように伝播して移り変わるもので、特定のスタイルが他よりも優れているわけではなくて、なんとなく皆が真似することで時勢として勢いづいて、次第に飽きられて他の流行に取って代わられる。
流れに乗れる人はITブームの時にプログラミングをしたり仮想通貨ブームの時に億り人になったりSNSブームの時にインフルエンサーになったりして稼ぐ一方で、生きづらい人は様々な流れに乗れていないのだろう。ただし流れに乗ることと、流されることは似ているようで違う。世間の流れが自分の主義と違うなら、安易に流されずに抗うほうがよい。新型コロナワクチン接種の同調圧力なんかが典型的で、テニスのトップ選手のジョコビッチはワクチン接種を強制されることに反発して大会出場を諦めてでも未接種を貫いた。結局は新型コロナワクチンは感染予防効果はなかったので感染防止目的で接種するのは無意味だし、専属のトレーナーをつけて体調管理に一般人以上に気を付けている若いトッププロのスポーツ選手は重症化予防の目的で接種するメリットもあまりないし、他人に強制されて接種するようなものではなかった。サッカー選手や野球選手はワクチン接種後に死亡したり心臓疾患で引退したりした選手がいるけれど、チームが逸失利益を補償するわけでないし、体が資本だからこそ安易に他人に決定をゆだねてはいけない。

●理解の流れ

物事には因果関係があるので、人間は何かを理解するときは何かの出来事に基づいて別の何かの出来事を説明付けようとする。例えば科学がない時代は雷が落ちて木が燃える現象を理解しようとして、雷や火を司る神の力だとかの原因をでっちあげて理解しようとした。そんで火が付くには条件があって、どうやら発火点や酸素や水分とかが関係しているらしいぞと実験でわかるようになって、じゃあ原子が他の原子とくっつけばいろいろな物質になるやんけ、AならばBやんけ、BならばCやんけ、CならばDやんけという流れで事実をもとに他の事実も芋づる式に理解できるようになる。いまでは科学的教育を受けた人は共通の理解を持てるようになった。我々が事実を科学的に理解すれば物事の認識が異なることはないはずだけれど、実際は世界中で認識の齟齬があって、様々な物事に対して理解が異なっている。
数独(ナンプレ)は最初に用意された数字を基にして残りの数字を論理的に推測して埋めていくけれど、どこか一つの数字を間違うと他の数字もあちこち矛盾することになるように、理解のどこかの段階で間違いを含むと最終的に間違った認識が出来上がる。その認識の相違の根源を辿っていくと宗教が間違いの大きな原因になっていて、宗教の経典は科学が未発達な時代に書かれて間違いだらけなので必然的に現実の理解も間違うようになる。
例えば一神教の宗教では全知全能の神がいるという概念をあらゆる思想の根源にして、神の教えを説いた経典を基にして世界の理解を発展させているので、そこから物事の認識が狂っていって、事実と矛盾するところが出てくる。神に祈れば苦しみがなくなるはずだと勝手に期待して、なぜこんなに祈っているのに神は助けてくれないのだと期待通りにいかないことを嘆いて、これは神が自分に課した試練なのだと勝手に解釈して納得して、神の教えを記した経典に従えば天国に行けるのだということを希望にして、宗教を広める目的のためならどんな手段でも正当化して、経典に異教徒を殺せと書いてある通りに異教徒を殺したり奴隷にして改修させたりするし、同性愛は男女を作った神に反するので異端として殺そうとする。神は正しい、経典は正しいということを前提に世界の理解が出来上がっているので、世俗化して宗教の影響から抜け出さない限り間違いが正されることはないし、倫理観が修正されることはない。自分と異なる宗教の人を殺したところで自分の正しさが証明されるわけではないことを理解していおらず、神の名を騙って蛮行を正当化する愚か者となる。
神道では『古事記』や『日本書紀』は神典という扱いになっているけれど、昔話のようなもので教義があるわけではない。古代に天皇が実在したことを信じる人はいても、現代にイザナギやイザナミとかの神々が日本列島を作ったと信じる人はいない。仏教では幽霊という概念はないけれど、日本人に幽霊を信じる人が多いのは、子供のころから初詣とかをやってきて八百万の神々とかの超自然的なものや霊的なものを受け入れているからだろう。
物事の因果関係を論理的に理解して説明できる人は理性があると言えるし、物事の抽象的な因果関係を直感的に理解できる人は悟性があると言える。例えば宮本武蔵は悟性があって、現実的な合理性を軸にして特定の武器や構えにこだわらない戦術を組み立てたので、非合理的な構えや小手先の技にこだわる人と戦ったときに有利になったのだろう。
ただし人間にとって理解したように感じられるからといってそれが事実というわけではない。例えば統合失調症の人は関係ない物事を結び付けて理解したつもりになっているし、地球平面論者も本人はそれが正しいものだと理解したつもりで主張している。第三者が検証可能な形式にすることで自分の現実の理解が正しいかどうかがわかるので、理解することよりも検証することのほうが重要である。ITなら開発環境でテストしてエラーが起きないか検証してからシステムを実装するけれど、人間の場合は知識が正しいか間違っているかあやふやなままダイレクトに継ぎ足していって認識の体系を作るので、理解が間違っている場合に流れを遡って原因を突き止めて修正するのが難しい。宗教的な間違いを受け入れない人もいるし、学者とかでキャリアを気にして間違いを認めようとしない人もいる。

●芸術と流れ

宗教が物の認識に影響を与えることで、芸術観にも違いが生まれる。イギリスの美術評論家のジョン・ラスキンは神の創造物である自然に完全さを見出して、自然をありのままに再現すべきだという考え方をした。その一方で日本画は中国の絵の影響を受けていて風景を忠実に描こうとしなくて、尾形光琳の『白梅図屏風』は余計な背景をそぎ落として梅の枝ぶりのぐねった感じと川の流れのぐねった感じをドヤァと描いて主題を強調して、梅の木の周りのどうでもいい雑草とかの気が散るような細部はいちいち描かない。
芸術には文脈の流れもあって、作者は自分が生きた時代の思想の影響を否応なく受けて、思想や技法の流れを継承したり、あるいは反発して別の流れを作ったりしてきた。だから明治時代の日本画の画家が文脈を外れていきなり精緻なリアリズムの西洋画を描けるようにはならなくて、ヨーロッパに留学して油絵の技術だけでなくて西洋思想自体を学ぶ必要があった。明治時代は西洋画が最先端の思想だということで、小説家志望の人でも絵を勉強させられたそうな。現実世界をどう理解するかという思想が独自性の根源になるし、既存の作品が作られた背景とかの文脈をどう理解するかが差異を作るので、芸術家は創作技術だけあればいいというわけではなくて歴史や哲学や他のジャンルの芸術の教養も必要になる。
芸術は時間と関連していて、たいてい時間の流れを表現するか、あるいは一瞬の出来事を表現している。例えば横山大観の『生々流転』は山中の木の葉の霧の雫が渓流になって支流と合流して大河になって海に流れ込んで雲を呼ぶという水の一生を描いていて、絵としては一瞬の場面だけれど、概念としては移り行く時間の流れを表現している。音楽は時間の芸術で、初めから終わりまで連続した時間の流れを鑑賞する形式になっている。
小説や漫画や映画は物語を必ずしも時系列順に展開する必要はなくて、回想シーンで過去に戻ったりすることもある。因果関係が物語の流れの中心になって、そこに感情の抑揚が加わる。例えば推理小説では誰かが殺されて犯人を推理して突き止める流れになるけれど、淡々と捜査して犯人を捕まえるだけでは読者は共感できないしたいして面白くないので、恐怖や憎悪や悲しみや驚きや安心や憐憫とかの登場人物の感情の変化が描かれる。登場人物の感情に共感してスッキリするだけなら娯楽作品だけれど、犯人が殺人に至った理由とかの登場人物の思想が読者にも理解できるように描かれれば読者の認知に影響を与えうる芸術作品になりうる。特に小説は言葉の意味が直接読者に伝わるので、作者が理解していないことをあやふやに書いても読者も理解できないし、作者や登場人物の物事の理解の仕方を読者が追体験できるような流れで書く必要がある。芸術家は自分が生きた時代を観察して作品を残して、良い作品は古典として歴史の流れの中に組み込まれて、未来の世界でも参照されるようになる。

●文明の発展の流れ

人間は食事をしないと死んでしまうので、まず食料を得るための道具が発展してきた。骨の釣り針や石の斧や黒曜石の槍とかで獲物を効率よくとれるようになって、そうすると調理器具や保管容器とかも必要になってかまどや土器が作られて、余った獣の皮で服が作られる。荷物が増えると移住しにくくなって、農業を始めて定住するようになると家の住み心地が良くなるように頑丈で雨漏りしなくて洪水とかの災害に強い家に発展して、家具や寝具が発展していく。大きな家に食料や財産を蓄えるようになるとそれを奪おうとする人が出てきてより強い武器を求めてかまどで金属を溶かして青銅器や鉄器が作られるようになって武器や防具が発展して、周辺の集落を征服すると大勢をまとめる必要がでてきて、身分や掟とかの社会制度が発展して、人間同士で殺し合うようになって苦しみが大きくなるとこの生き方でよいのだろうかと道徳や宗教が発展していく。集落の人数が増えると分業で効率よく作業できるようになって、手工業や兵士とかの専門職が発展していく。征服や交易の距離を広げるために馬を捕まえて乗るようになって、馬が荷物を引けるように荷車や馬車が作られたり、船が作られたりするようになって、乗り物が発展していく。乗り物は人力で動かしたり動物に引かせたりしていて動力不足がボトルネックになっていたものの、蒸気や電気で動く機械が発明されると生産効率が良くなって余った労働力は知的労働をするようになって学問が発展していく。大型船で外国と貿易をするようになると難破するリスクを分散させるために株式会社ができて、銀行ができて融資したり保険会社ができて損失を補填したりするようになって大規模な設備投資が可能になって経済が発展していく。起業家が出現して貧富の差ができると個人の幸福を追求するようになって、医療や福祉が発展していく。機械を動かすために木炭、石炭、石油が大量に使われて環境破壊や環境汚染が深刻化していくにつれて省エネ技術が発展して、乱獲や環境破壊で絶滅する種が出てくると植林・養殖技術や動物の生態研究が発展していく。
先進国ではすでに衣食住やインフラや医療が充実していて、飢える人はあまりいなくてむしろ肥満が健康上の問題になっているし、生活を便利にする家電もいろいろあるし、モノはこれ以上いらなくなっていて省エネ効率を高めるくらいしか発展性がない。じゃあこれからは文明はどういう方向に発展していくのか。
科学の発展という点では、スーパーコンピューターやAIの演算能力が増えることで科学的真理の発見や社会問題の解決とかにつながるかもしれない。製品開発の際には加速試験をして数カ月かけて劣化具合をチェックするけれど、もしコンピューター上で正確なシミュレーションができるようになれば製品開発のスピードが速くなって、不良品も出にくくなって、技術的理由による事故や損失が起きにくくて効率がよい社会に発展するかもしれない。
個人の幸福の追求という点では、いくら生産効率を高めても消費者は限られていて経済成長には限界があるので、金やモノを増やすよりも面倒な作業を機械やAIに任せて労働時間を減らしてストレスを少なくして健康を追求したり、労働時間が減った分の余暇で芸術を鑑賞したりスポーツやゲームとかの娯楽をしたりして精神的充足を得てQOLを高める流れになると思う。今は仕事をしないと収入が得られないので仕事が人生の中心になっていて「アタシと仕事のどっちが大事なのよ」がベタなカップルの喧嘩のセリフになっているけれど、今後は何の仕事をして生きるかよりも、誰とどう生きるのかを追求して個人の幸福と他人との共感を発展させていくと思う。2010年代にSNSが発展して素人の絵師や歌い手やダンサーやなろう作家とかが金儲け目当てでない作品を投稿するようになったけれど、今後はさらに増えるだろう。SNSはインフルエンサーが派手な言動をして金儲けする個人主義的な使われ方をしていることが多いけれど、最近は政治系の動画が共有されているように、共同体を強化する方向に発展していくだろう。
個人主義の価値観で一対一の勝負をしたら貧乏人はどうやってもスーパーリッチには勝てないけれど、年収200万円の人でも10万人集まればスーパーリッチと対抗しうる資本力を持てるし選挙でも有利になるので、放っておけば格差が拡大していく資本主義社会の中では共同体で結束することが庶民が自分の居場所を作って幸福になる効果的な手段になる。アメリカの大統領選挙がまさにその流れで、民主党のグローバリストの金持ちエリートに反発した貧乏人たちがトランプに投票して不法移民を共同体から追い出した。個人主義から共同体主義に移行して、原始時代と同様に獲物を仕留めたら皆で分けて、子供が生まれたら皆で子育てを手伝って、死者が出たら皆で葬儀を手伝って見送って、共同体に貢献しないで自分だけ得しようとするフリーライダーは排除するという生き方に回帰していくのではないかと思う。もともと人類はその生き方で原始時代を数万年生き延びてきたので生存方法としては安定していると言える。共産主義は個人の権利を抑圧したせいでアイデアが出てこなくなって発展が止まって失敗したし、資本主義はモラルがないサイコパスのスーパーリッチが力を持ちすぎて労働者から搾取して少子化に向かって失敗したけれど、共同体主義では個人の権利と共同体での義務を折衷する形でさらに社会制度や福祉が発展すると思う。
そんで際限なく欲を持つと他人と利害が衝突したり搾取したりするようになるので、欲を制限する方向に発展すると思う。例えば皆が自宅にプールを作る必要なんかなくて共同体で公営プールを共有すれば十分で、物を私有して共同体に還元しない金持ちは強欲な奴として蔑まれるようになる。

●政治の流れ

政治の流れは歴史の流れともいえる。古代から世界各地で王国ができて権力や領土をめぐって争って、大航海時代に移動範囲が広がると文明の発展度合いに差がある南米やアフリカの王国を植民地として支配下に置いて勢力を拡大する帝国主義になって、第二次世界大戦がおきて帝国主義が終わって旧植民地が独立して武力による国境の変更が国際社会で認められなくなるとヨーロッパでグローバリズム新自由主義が始まって欧州共同体(EC)ができて欧州連合(EU)になって加盟国が増えて範囲を拡大して国境はそのままで人を移動させて移民の労働力で儲けるようになって、キリスト教圏のEU内の人の移動で満足せずにアフリカや中東からもイスラム教の移民を入れたら治安が悪化して多文化共生が失敗して、またナショナリズムが台頭して欧米で不法移民や偽装難民を排除する流れになっている。一方で中国やソ連とかの共産主義の計画経済は失敗して共産主義国家は自由貿易をするようになったもののまだ領土拡大の野心を持ったままで、NATOの拡大に反発したロシアがウクライナに侵略戦争を仕掛けてからは西側と東側が決裂してブロック経済に向かう流れになっている。
じゃあこれからどうなるのかというと、AIの自動翻訳やリモートワーク環境の発達で生まれた国や言語や人種の違いはたいした問題ではなくなって、AIがいくら発達しても変わらない部分である宗教的価値観の違いが対立の原因になって、イスラエルとパレスチナやインドとパキスタンのように宗教の違いで争ったり、同じ宗教でも世俗派と保守派の違いで共同体が分かれたりする流れになると思う。どんなに文明が発展しようが戦争やテロで家屋や生産設備が破壊されてしまうのでは文明を発展させてきた意味がなくなるし、敵国を倒して得られる土地や資源とかの利益よりも失うもののほうが多いので、たぶん同盟国同士で連携を強めたり、敵対する国や共同体とは不干渉にしたりして平和を模索する流れになるだろう。イスラエルがイランの核施設を攻撃して反撃されてアイアンドームの弾が切れたらさっさと停戦したように、イランと戦争をして勝てるとしても核兵器で攻撃される可能性がなくなったことでイスラエルの目的は達成していてそれ以上攻撃を続けるメリットがないし、膨大な費用をかけて建設したインフラやビルが被害を受けないことのほうが重要なわけである。
帝国主義時代は植民地でブロック経済圏を作ったけれど、今後は宗教がブロック分けの基準になるかもしれない。そうなると日本の存在意義が際立ってくる。バフェットが日本の商社の株を買ったのは、たぶん商社が世界各国で資源の権利を持っていて移民の移動が制限されようがブロック経済になろうが契約を守る法治国家が相手なら長期的に利益を出せるからかもしれない。LGBTQゴリ押しのGoogleとかのアメリカのグローバル企業と違って日本企業の経営陣は単なるビジネスマンで宗教観に抵触するようなイデオロギーがないし、日本の仏教や神道は他の宗教を否定するものではないのでキリスト教圏でもイスラム教圏でもヒンズー教圏でも反発を招かずに世界中で商売できるし、日本国内では宗教や人種を理由にしたヘイトクライムやテロがあまりないので無宗教や世俗派の外国人にとっては安全な移住先の選択肢になりうる。
日本の政治家や経営者が単に宗教的に無関心なのでなく、世界中の宗教を理解したうえで距離を取ったり仲裁したりできるようになれば今後の日本の発展の可能性は十分あるだろう。日本が見返りを求めずにアゼルバイジャンを支援してアゼルバイジャンが親日国になったのが典型的で、中東の石油利権をほしがって干渉する欧米のキリスト教国家よりも礼儀をわきまえている日本のほうがうまく中東で外交ができると思う。中国も無宗教なので世界中に進出しやすいけれど、相手を騙したり賄賂を贈ったりして搾取しようとする魂胆が丸見えなので、長期的な信用を得られていなくて一帯一路やAIIBもうまくいっていないし、そこに日本がアジア系の比較対象として信用を得るチャンスがある。しかし日本には文系の教養や文系の大学に価値はないと主張する新自由主義グローバリストが未だに大きな影響力を持っているので、世界の流れが読めずに労働力目当ての移民を入れて周回遅れで多文化共生に失敗して自滅するパターンになる可能性も十分にある。今度の参院選が日本の未来の分岐点になると思うので、よく考えて投票してほしいものである。





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最終更新日  2025.07.06 00:26:09
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