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2026年09月16日
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カテゴリ: 政治
日本という国は、長い平和の中でゆっくりと体温を失った獣のように、変化への欲望を忘れてしまったのだと私は感じています。かつては荒々しい息遣いで未来を切り開こうとした社会が、今ではぬるま湯の中で目を閉じ、誰が政権を握ろうと「自分の生活が乱れなければそれでいい」とつぶやくだけになりました。その静かな怠惰の中で、高市早苗氏の支持率が妙に高いまま揺るがないのは、もはや必然に思えてきます。

高市氏が有能だから支持されているのではありません。むしろ、国民は「無能であるほうが安心できる」と感じているのではないかと私は疑っています。失言、公約未達成、靖国参拝の見送り――政治家としての傷跡は枚挙にいとまがありません。それでも支持率は50%前後を保ち、40%を割ることすらほとんどない。これは、国民が最初から高市氏に何も期待していないからです。期待されていない者は、どれほど転んでも失望されない。日本社会は、そんな奇妙な優しさと諦念の上に成り立っています。

自民党の支持率が低迷しても、野党がそれ以上に低迷しているため、国民は「他に選択肢がない」という理由で現状維持を選び続けます。沖縄で自民党が推した候補が知事になった際の露骨な財政支出が批判されても、政権の支持率はほとんど揺れませんでした。内閣改造や党役員人事が「ほぼ現状維持」と噂されても、国民はまるで遠い国の天気予報でも聞いているかのように無反応です。政治が停滞していることすら、もはや安心材料になっているように見えます。

この“変化嫌い”は、学校や会社のリーダー選びにも深く染み込んでいます。最近では、学校やサークルであえて能力の低い、あるいは積極的に改革を試みない“無害なリーダー”が選ばれる傾向が強いと言われています。優秀でやる気のある人は組織を動かし、周囲の生活を変えてしまう可能性があるため、むしろ敬遠されます。会社でも、逆らわず文句を言わないが待遇だけは求める人物が出世する例が増え、組織の“私物化”が静かに進行しています。私は、この傾向が政治にもそのまま反映されていると考えています。つまり、「何もしないリーダー」が最も安全で、最も都合がいいのです。

その一方で、若い世代からは藤井聡太氏や大谷翔平選手のように、世界的な才能を発揮する人物が次々と登場しています。スポーツ、音楽、芸術――アマチュアの領域ですら、驚くべき才能が湧き上がっています。この二極化は、明治以来続いてきた“工場型の学校制度”が時代遅れになり、平均化の機能を失っていることと深く関係していると私は感じています。学校が均質な人材を育てる装置として機能しなくなった結果、突出した才能はより突出し、平均的な層はより保守的になり、変化を嫌う傾向が強まっているのです。

こうして日本社会は、静かで、豊かで、そして変化を恐れる国になりました。国民は「大きな変化を起こさないリーダー」を好み、政治に大きな期待をせず、現状維持を望むようになっています。その結果、高市早苗氏が大きな成果を上げていなくても、能力に疑問が呈されても、支持率が高いまま維持されるという構造が生まれているのです。平和と豊かさが長く続いた国は、こうしてゆっくりと変化への意志を失い、無害なリーダーを求めるようになるのだと私は思います。

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最終更新日  2026年09月16日 15時17分29秒
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