異論・極論・直言――マスコミが言わない解説、提言

異論・極論・直言――マスコミが言わない解説、提言

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

東聖山

東聖山

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

Iさん@ 違和感に同意する者として 解かります。 安倍元総理が、長期に政権…
873@ Re:納得出来ない日本のカーリング・チームの作戦・戦術(02/22) 昨日今日の韓国戦以来の連敗を見て、 つく…
ええええ@ Re:いじめられっ子の親に責任はないのか(11/01) 親の責任というが、すべての親が対処法を…
『昆布茶と塩麹』 @ 初めまして 私も危惧する一人です。 テレビも新聞も情…

Freepage List

2026.03.12
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
(「告白の国」、日本)

見ると、今の日本では男女が結婚したり、付き合い始める時に、どちらか一方
(多くは男性)が告白をすることから始まるのが一般的なようで、海外からも
「日本は『告白の国』」と言われている。

 しかも、告白の際に婚約指輪や結婚指輪を用意し、ケースをパカッと開けて、
告白をする。更に、告白する場所も、高級レストランや有名ホテルなどで花束
まで用意する人も少なくないようだ。

 筆者は今80歳だが、筆者の若い頃は男性が女性と付き合い始める時に、今
のように告白するという習慣はなかった。勿論、当時も今のように告白する人

以心伝心だった。

 高校、大学の同級生や職場の同僚、仕事の取引先で知り合った人などで、気
になる人がいて、声をかけ、食事やお茶に誘い、相手がそれに応じれば、相手
も自分に悪印象は持っていない事がわかる。相手が自分に関心がなければ、
断ってくるので、そこで、線引きは出来た。

 食事やお茶に相手が応じて、話をする内に「この人、良いな」と感じて、何
回か会って話をすれば、相手が自分をどう感じているかなどは、やりとりで理
解できる。

 そして、相手も自分に好印象を持っていれば、それは反応から理解できる。
相手も良い印象を持っていれば、より近づくような話をする。結婚や恋愛の事
を話題にしたり、相手の価値観を聞いたりする。そして、相手も自分に悪くな


 そして、これは大丈夫だと思ったら、散歩の際に手を握ったり、肩に触れた
りする。そして、相手がそれを拒まなければ、OKだと理解し、ハグをしたり
し、それで感触が悪くなければ、キスをしたりする。

 キスをしようとして、相手がそれを避けようとしなければ、スマートにキス
をし、その先に進んでいく。筆者が若い頃には、交際の時に、ABCの段階が

する事である。

 ABはOKでCはノーなどという事は勿論、あった。そんな時は、相手に理由
を聞けば、「結婚を約束してからでないとダメ」と相手が言ったりする。では、
「結婚前提で付き合おう」と言い、相手も「約束してくれる?」と確認して、
Cに進むというような感じで、結婚前提の交際となった。

(結婚指輪も団塊の世代から) 
 筆者の時代、余程のブ男や、コミ障でなければ、多くの男性は筆者と同じよ
うな行動をして、恋人を作り、結婚していた。

 逆に筆者に言わせれば、一か八かで告白をするという発想が理解できない。
何回か会って話をし、相手の様子を見れば、相手が自分に好意を持っているか、
ただ、知人として接しているだけか、異性として興味を持っているかなどは、
会話のやり取りで、理解できるはずで、一か八かで告白する必要などないはず
である。

 一か八かの告白という習慣は、筆者に言わせれば、感性が鈍ってきている
証拠ではないかとさえ、感じられる。男女の付き合いは、言葉のやりとりの
ある種のゲームだと思う。それを体験、経験して人間は成長していくものだと
さえ言える。

 ただ、こうした男女のやりとりだけでなく、色々な習慣が年代とともに変わ
ることはあると思う。

 筆者の時代には男性は結婚指輪はつけなかった。男が結婚指輪をつけるよう
になったのは、筆者の3歳くらい年下の団塊の世代からで、年配者から「男が
指輪をするのか?」と、冷やかされながら、団塊の世代は結婚指輪をつけ、
以降、男性も指輪をするようになった。

 だから、筆者は結婚する時に、妻になる人にサイズを聞いて、女性用の結婚
指輪を買って、プレゼントした。男の指輪など最初から存在しなかった。

 ちなみに、今の若者を見ると、婚約指輪や結婚指輪で、かなり高額な物を用意
する事が珍しくないようだが、筆者が若い頃は、余程の富裕層などを除いて、
結婚指輪は24金の「かまぼこ」と言われたシンプルな指輪だった。

 今のように、何十万もする宝石がついた指輪などまず、なかった。宝石がつい
た婚約指輪や結婚指輪は、宝石業界が使っていた広告代理店が大々的にCM展開
をして、人々の意識に残るようにしたからである。

 「給料の3か月分」や「ダイヤモンドは永遠に」などは、ジェー・ウオルター
トンプソンなどの外資系の優秀な広告代理店の人間が考えたキャッチコピーで
ある。

 筆者の世代と団塊の世代は年齢は3、4歳の差だが、認識や行動様式に大きな
差があった。男性が楽器を買って持ち出したのも、団塊の世代からである。

 歌手であり、作曲家でもある小椋佳は、筆者と同じ年だが、楽器を持ち、曲を
若くから作っていた珍しい例である。

(信号がない横断歩道でも車は止まるのが常識に)
 年代とともに変わる事は恋愛など男女交際だけではない。車を運転していても、
筆者が若い頃と、今では常識がかなり変わって来た。

 筆者は30年近く前に、仕事でスイスに行った。スイスは余程大きな交差点で
ないと、交差点に信号がない。それで事故がよく起きないなと思って、街を歩く
と、信号がないが横断歩道がある所で、道路を横切ろうとして、車が途切れるの
を待とうとすると、車の方が止まってくれた。

 当時の日本では、信号がなく、横断歩道のマークが道路に書かれている場所で
道路を横断しようとすると、歩行者が車が途切れるのを待つのが常識だった。
それなのに、スイスでは車が止まってくれるのを見て、関心したのを覚えている。

 でも、いつの頃からか、日本でもスイスの常識が、今の日本の常識となり、信号
がない道路でも横断歩道のマークが道路にある場所では車が止まるのが当たり前に
なってきた。

 そして、車が止まってくれるのは当然と思う人が増えたためか、信号のない道路
で横断歩道を渡るのに、車の方を全く見ずに渡って来る人が増えてきた。筆者など
は自己保身からして、危険だな思うが、今の若い人は「車は当然止まり、歩行者
優先」と思っているので、ほとんどの人が車に注意もしない。

 でも、これも親の育て方だと思う。何年か前に事だが、神楽坂下の大きな道路の
交差点で、近くの小学生が道路を渡る様子を見ていた時、近くの公立学校の生徒は
青信号になったら、車を一切見ずに、走って渡って行った。

 これに対して、近くの有名私立の小学生は青信号の横断歩道を渡るのに、右手を
挙げ、首を振って、左右を見て、危険な車は来ないか確かめながら、歩いていた。
この子供の親は、子供頃から自分をいかに守るかを教えているのだろうと感心した。

 スイスの話をもう1つ書くと、大きな交差点には勿論、信号があるが、車は赤信号
になると、運転手は車のエンジンを切る。そして、青信号になると、エンジンを再
スタートさせて、進む。

 スイス人に理由を聞くと、「排ガスをできるだけ出さないため」と言った。筆者は
凄いなと関心をすると、スイス人が「国や州が、それを徹底するために、初めは、
信号にエンジンを切るように図で示す印をつけ、エンジン切りが徹底したら、その
装置を信号機から外した」と説明してくれた。

 スイスに滞在した時、観光客がよく通る道路沿いの家の2階には、どの家も植木鉢
の花が咲いていた。これも理由を聞くと、道路沿いの家では、2階のこうした植木鉢
の花を置くように、行政が指導していると説明してくれた。

 観光立国であることを国が理解し、その方針で国民を指導していく国なのだと感心
したのを覚えている。

(55歳の挫折と立ち直り)
 スイスや横断歩道の話になってしまったので、恋愛の話に戻すと、筆者が55歳位
の時に、それまでのように、女性と食事をして、会話をして、これは男女の関係に行
けそうと感じたので、それではホテルに行きましょうかという話をしたところ、「〇
〇さん(筆者)は人間としては尊敬しているけど、男と女との付き合い、恋愛対象で
はないのよね。ごめんなさい」と断られる事が2、3回続いた。

 正直、ショックだったし、なにより、これまでのやり方が通じなくなっている事に
衝撃を受けた。「ああ、自分も男性卒業なのかな」「時代が変わったのかな」と思っ
たりした。

 自慢をする訳ではないが、筆者は背も高いし、顔も並み以上に親に産んでもらえて
いたし、仕事も大手マスコミの記者をしてきたという事もあり、正直、かなりもてて
来た。だから、付き合った女性は両手、両足くらいの数にはなっていた。

 それが、55歳くらいで、もう男性終了という感じの対応をされたのである。

 そんな時に、仕事で20歳くらい年下の女性と知り合い、親しくなった。もうダメ
かなとも思ったが、数回の食事をしての会話の後に、キスをしたら、彼女は受け入れ
てくれたので、男女の関係になった。これで、これまでのやり方で良かったのだと、
自信を取り戻した。

 その女性とは3年くらい付き合い、彼女が転勤で遠くに行くことになり、自然消滅
となった。そして、その後、もう1人の女性とこちらは25歳年下の人だったが、
60歳過ぎまで付き合い、7、8年、彼女が親の介護で関西の実家に帰るという事で
付き合いは終了となり、筆者の女性との付き合いは、これで終了となった。

 だから、基本、女性とは喧嘩別れはしていない。相手や自分の転勤や、親の事情で
分かれるというような事で、自然消滅してきた。

 筆者の特徴は一時期に女性一人と決め、しかも、一人の人と長い付き合いをする
ことだ。だから、付き合いが終わっても、喧嘩別れはないし、年賀状のやりとりも
続く。妻以外の人とだ。

 筆者の考え方は、男と女の付き合いは、精神的に何を与えられるか、人生で困った時
に良いアドバイスができるかだと思う。だから、別れる時も、「何年も有難う。人生に
ついて色々教えてもらったわ」と言われることが多い。筆者にとっても、人生の活性剤
という感じの付き合い方だった。

 筆者の女性との付き合いの事はどうでも良いが、筆者は今、普通となっている「告白
文化」には、今でも、違和感を禁じ得ない。

 恋愛は言葉のチャッキボールで、ある意味、ゲームである。だから、相手の言葉の
返しから、相手の心を理解し、こちらも返すというやり取りを楽しむのが男性と女性
が付き合う事の醍醐味だと思うが、どうだろうか。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.03.13 07:19:50
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: