異論・極論・直言――マスコミが言わない解説、提言

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2026.03.18
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(「親切の国」日本の理由、背景を探る)

人が助けてくれる事を挙げる。

 持っているカバンがはだけて、中の物のが周囲にばらまかれた時など
に見も知らない通りかかりの人々が、落ちた物を拾ってくれる。突然の
雨に遭って困っていると、見も知らない人が傘を差しかけてくれて、
雨宿りができる場所まで連れて行ってくれる。

 突然、具合が悪くなって、うずくまったり、倒れたりすると、何人も
の人が集まってきて、ある人は自分の服を脱いで、体にかけてくれる。
他の人は頭の下に自分の服や持ち物を敷いたりしてくれる。別の人は

なく、それぞれの人が自分ができる役に立ちそうな事を分担する。

 駅でどうしたら良いか迷っていると、わかる所まで一緒に歩いてくれ
て、助けてくれる。そして、誰もお礼を期待せず、名前も告げず立ち去っ
ていく。

 欧米で同じような困った事があっても、まず、誰も助けてくれない。
欧米だけでなく、アジア、中国、韓国でも、まず、ほとんどのケースで
誰も何もしてくれない。下手に面倒に巻き込まれるのは御免という姿勢
である。

 以前は、ただ単に「親切の国、日本」という感じだったが、イギリス
の公共放送BBCなどが、こうした日本について、「何故だ」という分析
を始め、いくつもの放送でその背景や理由を解き明かそうという努力を


 BBCがそうした事を始めたきっかけは、15年前の東北大震災での
被災地で、暴動や略奪がほとんど起きず、配給の列におとなしく並ぶ
人たちを見て驚き、「何故だ」と関心を持ち、背景を研究し始めたのが
はじめと言われる。

 イギリスの報道機関の凄さは、その徹底したリサーチ能力と、何故、


 日本が戦争に負けた時、原爆を2回落とされただけでなく、東京、
大阪など大都市は何回も爆撃されて、粉々に破壊され、各地の主要工場
も再起不能の言われる状態まで破壊された。

 そして、戦争後、日本に来た占領軍、GHQは飛行機製造工場、造船工
場などを徹底的に解体して、二度と製造をできないようにした。更に、
GHQは日本に来た真っ先にした事は、日銀の金庫を吸収し、そこに置か
れていた金などをすべて持ち去った。

 だから、戦後、日本の再生には、百年はかかると言われた。それが、
不死鳥のように短期間で蘇り、20年もしない、1964年に東京五輪を
開催するまでになり、それに合わせて新幹線や高速道路網を建設した。

 これを見て、イギリスの経済紙「エコノミスト」は徹底的にその理由
を調べ、紙面で、日本復活の理由、背景を特集した。その内容は「日は
昇る」という本までなった。

 筆者も大学生の時にこの本を読んだが、そこで書かれていたのは、
日本人の勤勉さ、貯蓄率の高さ、戦後復興の指揮官的な役割をした官僚の
優秀さなどが取り上げられていた。

 この分析は素晴しいものだが、それでは、「親切な国」日本の理由は
わからない。だから、東北大震災の後のBBCの日本研究、分析では、日本
の歴史、文化にも光を当て、1300年前に日本人女性が素晴らしい随筆
を書いていた事や、これも女性の筆によるものだが、世界最古の小説まで
書かれていた事などの光を当てだした。

(日本人を分析し、解析した「緑の日本列島」) 
 BBCのリサーチはまだ途上という感じだが、日本人の「親切の国」など
の背景は日本人の手で解明されている。それは林房雄氏の「緑の日本列島」
という本で記されている。

 今や読む人もほとんどいなくなり、本も絶版になっているが、筆者は大学
生時代にこの本を読んで、感心し、納得した。

 林氏の分析では、日本は地理的に台風の通り道であり、毎年のように大型
台風に襲われ、土砂崩れや河川の氾濫で、大きな被害が出て来た。更に、
地震や火山の爆発などの自然災害に襲われ続けて来た。

 こうした自然の猛威の前には人間の力はか弱いもので、立ち向かい、被害
を少しでも少なくするには、周囲の人々と団結、協力して立ち向かうしか
ない。そこに共同体、団結という事が自然と生まれて来た。

 協力して土嚢を積み上げれば、被害は少なくて済む。自然の猛威の前には
人間1人、1人の力などたかが知れている。しかし、多くの人が協力すれば、
被害はかなり食い止められる。ここに助け合いの精神が生まれた。

 それと同時に、被害は努力で被害は少なくてできても、自然の力の前には
人間の力などはかないものだという価値観が出て来た。それが自然を恐れ、
敬う心から、「八百万の神」という発想が出て来た。

 海や天だけでなく、川にも山にも、大きな樹木、大石にまで神が存在し、
畏敬の対象になった。

 欧州でも中東でもかつては多神教だった。しかし、途中から一神教になり、
その唯一の神を信じ、祈れば、救われるという発想になっていった。更に、
世の中の混乱、問題は、神を信じて行動すれば、克服できるという発想になり、
やがて、科学の発達で、問題点は克服できるものだという発想になって行った。

 明治維新後、欧米の進んだ科学を取り入れながら、依然、「八百万の神」と
いう考えに立つ、日本人とは大きく異なって行った。

(「お天道様が見ている」)
 日本人には「お天道様が見ている」という考え方がある。そこここに神が
いるので、他の人が見ていないから、ごまかしても良いだろうという発想に
はならない。そこが、欧米や中東、アジアの含めた他の国とは大きく違う
のだ。

 この自然の猛威の前の団結と、「お天道様が見ている」という意識が日本
人の行動に大きな影響を与えているというのだ。

 日本の行政側も、この地域住民の団結力や「お天道様が見ている」の心を
促進する制度を古くから作ってきた。江戸時代では、大店で犯罪人が出ると、
店主にも刑罰が与えられた。経営者は店舗経営だけでなく、従業員の私生活、
行動までに目を光らせないといけなくなった。

 都市の長屋では、大家にその役割が課された。長屋の住民に犯罪者が出る
と大家にもお咎めがあったのだ。これは店主や大家を縛るだけでなく、奉公人
や住民側にも、自分が何か悪い事をしたら、店主や大家にも罰が与えられる
という意識が自制心を生むようになった。

 また、日本では世界でも珍しく、落し物の8,9割が返ってくるという現象
がある。現金の入った財布を落としても、金はそのままで、9割近くが返って
くる。

 これは「お天道様が見ている」という意識と同時に、行政の制度もこの考え
を補強する役割をした。江戸時代の奉行所には今でいう「遺失物取り扱い」の
部門があった。

 落し物を拾った人間は、そこに遺失物を届けると、落とし主が見つかった時
に、1割くらいの謝礼がもらえるという制度にした。更に、3か月など落とし主
が一定期間出て来なかった時には、奉行所から遺失物、それが現金であろうと、
拾って届け出た人間に与えられるという制度まであった。

 また、寺子屋では今でいう道徳教育がかなり徹底して行われ、人の道を教えら
れた。江戸時代の教育普及率は6,7割で、国民の識字率は6割を超えていた。
この時代、欧州では、識字率は1,2割だったのと大きな差だが、教育でも
徳育教育がなされたのである。

(相互扶助の無尽講)
 地域集団主義の拠点の1つになったのが神社、仏閣だった。神社や寺の敷地は
広く、地域の子供たちの遊び場だった。また、地域でなにか相談事があるときは、
神社や寺の本堂などが集会場の場となった。

 住民同士を支えるという制度として無尽講というのがあった。これは今では
ほとんどなくなってしまったが、筆者が子供の頃にはまだあった。

 地域の人々で一定金額の積み立てをする。今の感じで言えば、15人が1人、
月に2万円づつ積み立てれば、毎月30万が積み上がる。これをその時に、金
が必要な人が受け取り、もらうのだ。

 急に金が要りようになっても、貧乏人だと、金融機関は貸してくれない。そ
こで、住民同士が相互援助をする制度を作ったのだ。30万円もらい、都合を
つけてもらった人は、その金を返す形で、その後、毎月2万円積み立てに参加
すれば良いだけである。

 また、これも今ではなくなってしまったが、子供同士の自然の決まりがあっ
た。筆者が小学生の頃、学校の授業が終わった後、その学校の子供達が夕方に
なるまで、近くの公園で遊ぶのだが、その子供の中で6年生の誰かが、他の
子供達に問題や怪我はないように、自分は遊ばずに、目を光らす監視役をする
のだ。

 誰かの命令でするのではなく、自然発生的に、今年の監視役は誰と決まる。
筆者が育ったのは東京の下町だが、筆者自身、6年生の時に、この監視役を
していたので、よく覚えている。

 江戸時代はドラマなどでは批判的に描かれる事が少なくないが、良い精度も
かなりあった。でも、その多くが明治維新と、敗戦後のGHQの指導方針で
なくなって行った。

 明治維新は司馬遼太郎などの本でプラスの面が強調されているが、マイナス
の部分も多くあった。その一つが欧米の進んだ技術を習得しようとして、学ぶ
人間を分担させ、技術を習得させ、全体を俯瞰する人間を育てなかった事で
ある。

 明治維新を中心になって推進した人間は江戸時代の教育を受けて人たちだっ
た。だが、分業体制の教育の明治期に育ったエリート達には全体を俯瞰的に見
る人間がほとんどいなかったのである。これが負けがわかっている戦争に突入
した大きな原因の1つである。

 そして、今もリーダーをどう育てるかということが疎かになっている。だか
ら、政治家も官僚も、全体が俯瞰してものを見て、考える人間が圧倒的にいな
いのだ。

 ただ、国民に染み付いた団結力、協調体制や、「お天道様は見ている」精神
は健在なので、「親切の国、日本」は存在しているのだ。





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Last updated  2026.03.18 10:46:21
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