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ふぅ・・・やっと剣道が終わりました。今日はおりしんっていう僕の友達とウキちびさんが同じ塾になったことが大ニュースです。それではよい夜を
Mar 31, 2005
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今日は見にくくないと思います^^;三菱一式陸上攻撃機 昭和12年海軍の十二試陸上攻撃機として開発がスタート。昭和16年に制式採用された。 本機に対する海軍の要求はエンジン4基の大型爆撃機に相当するものであったため、三菱重工では従来の設計方針を根本的に変更し、さらに大量生産に適するように考慮した設計をした。しかし長距離を飛行するために機体重量を軽減する必要から防弾装備を一切省き、主翼内にも燃料タンクを搭載し燃料携行量を増加させたため、敵の攻撃を受けた際に一撃で火を吹くという有り様で、連合軍のパイロットからは「ワンショット・ライター」という有難くないあだ名を付けられていた。 また昭和18年2月ソロモン上空で本機に座乗した山本五十六連合艦隊司令長官が米軍の P-38戦闘機18機(実際に攻撃を行ったのは16機)に襲撃され戦死したことは有名である。 戦争末期には激甚な局面で使用されることが多く損害も多大だったため、2,400機以上が生産された当機も終戦時には約160機が残存するだけであった。 機体詳細データ(一式陸上攻撃機一一型[G4M1]) 全長 19.94m 全高 4.90m 全幅 24.88m 翼面積 78.12m2 自重 7,000kg 最大重量 9,500kg 最高速度 426km/h(高度4,200m) 上昇限度 8,500m 航続距離 2,852~4,288km プロペラ ハミルトン定速3翅 発動機 三菱「火星」一一型空冷複列星形14気筒 公称1,410馬力×2基 乗員数 7名 総生産機数 2,416機 武装 7.7ミリ機銃×4(前方、上方、胴体左右の各銃座)、20ミリ機関砲×1(尾部銃座)、航空魚雷×1または800キロ爆弾×1または250キロ爆弾×4等 主要タイプ 一一型(G4M1):初期生産型。一部の機体には「火星」一五型発動機搭載仮称一二型(G4M2):二二型の計画時呼称。機体改修も伴ったため二二型となった仮称一三型(G4M1):「火星」一五型発動機搭載の一一型機体の社内呼称二二型(G4M2):「火星」二一型(公称1,680hp)発動機搭載。4翅ペラ、搭載量増加二二甲型(G4M2):二二型に電探を搭載、側方機銃を20ミリに強化した機体二二乙型(G4M2):二二甲型の上方銃架機銃を長銃身タイプに変更した機体二四型(G4M2a):「火星」二五型(公称1,680hp)発動機搭載。仮称一四型とも呼ばれた二四甲型(G4M2a):二二甲型と同様の改良を組み込んだ二四型の呼称二四乙型(G4M2a):二二乙型と同様の改良を組み込んだ二四型の呼称二四丙型(G4M2a):前方機銃を13ミリ口径の物に強化した機体二四丁型(G4M2e):特殊攻撃機「桜花」搭載母機。爆弾倉を改造、防弾装備を強化二五型(G4M2b):「火星」二七型発動機搭載の実験機二六型(G4M2c):「火星」二五乙型(燃料噴射式)発動機搭載の実験機二七型(G4M2d):「火星」二五乙型(排気タービン付き)発動機搭載の実験機三四型(G4M3):二四型の防弾装備を強化した機体。航続距離減少三四甲型(G4M3):二二甲型、二四甲型と同様の改良を組み込んだ三四型の呼称三四乙型(G4M3a):二二乙型、二四乙型と同様の改良を組み込んだ三四型の呼称三四丙型(G4M3a):二四丙型と同様の改良を組み込んだ三四型の呼称三六型(G4M3c):二六型同様、「火星」二五乙型(燃料噴射式)発動機搭載の機体三六丁型(G4M3e):特殊攻撃機「桜花」搭載母機。三六型がベース三七型(G4M3d):二七型同様、「火星」二五乙型(排気タービン付き)発動機搭載機
Mar 31, 2005
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今から剣道があるけど、わけありで少し行くのが遅れてしまいます^^;今日のことはあんまり外出てないです^^;明日は友達と遊ぶ予定です。
Mar 31, 2005
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11111HIT記念でスクロールゲーム追加しました。世界一周をやってみてくださいね。
Mar 30, 2005
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今日は気晴らしに散歩に行きました。とっても気持ちよくて最高でした。明日は別の方面に行きたいです。
Mar 30, 2005
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明日からみんなに会うため散歩に出ることにしました。(昼から)そんだけです^^それと聖帝サウザーという人と、リンクxという人をチャットで見かけてエランシアが何とか~っていってたら管理人に言って下さい。荒らし行為ですから。\(`Д´)ノ
Mar 29, 2005
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三菱零式艦上戦闘機52型~64型(下の性能見にくいですけど・・・)事実上、22型以降発展的余地を失った零戦だったが、22型が就役した頃にはラバウルとガダルカナルの中間に位置するブーゲンビル島に飛行場が建設され、32型でも侵攻可能になっていた。しかも戦線では速度と火力に勝る米軍戦闘機の一撃離脱戦法の前に零戦の損害は増える一方であり、用兵側はさらなる性能の向上を三菱に促した。仮称「零式艦上戦闘機22型改」の名称で試作された本機だったが、さらに出力の大きいエンジンには換装できず、22型と同じ栄21型のままで、機体の空力性能の洗練によって性能の向上を行うしかなかった。まず、速度を上げるために主翼幅は再び11mに短縮され、翼端折りたたみ装置は廃止された。しかし32型のように角形には整形されず、22型までと同様、円弧状に形取られた。これにより空力ロスを抑えるのが狙いだった。これにより補助翼の外側は翼端まで達し、逆に幅は切りつめられて内側は32型と同じ位置に戻された。もちろんバランスタブは廃止。離着陸性能を維持するため、フラップ幅は増大。外側はリブ1区画分延長された。そしてこれまでカウリング左右各1箇所ずつの集合排気管から排出されていたシリンダーのガスを、左側5本右側6本に分けて開口。推力式単排気管にし、ロケット推進効果による速度向上を狙った。(ただし、52型の極初期型(実戦評価機)は22型甲の主翼を短くしただけのもので、集合排気管である)なお、翼幅の短縮により急降下制限速度は32型と同様、667km/hに引き上げられた。それに伴ってカウリング形状が少し変化し、カウルフラップや前面に開口する気化器空気取り入れ口の形状も変更された。主翼の20mm機銃は22甲型と同様の長銃身タイプの99式2号3型。内部艤装関係では、エンジン部の消火装置を廃止し、主翼内燃料タンクに自動消火装置を設けた。しかし前線部隊から要望の強かった防弾装備は装備できず、このあとの52型の運命を悲劇的なものにした。雑音ばかりで聞こえなかった無線電話機も、96式から3式空1号無線電話機に換装され、これに伴いアンテナ支柱が短縮された。以上の改修を盛り込んだ52型の1号機(22型甲の904号機を改造)は、昭和18年6月に初飛行。計算通り最大速度565km/hを出した。エンジンが栄21型のままで、自重で13kg、全備重量では54kg重くなったにもかかわらず、速度が32型よりも20km/h、22型よりも25km/h向上したことは成功と言えた。水平面での旋回能力や航続力はやはり落ちたが(32型と比べても300kmほど落ちた)このころの戦局ではそれらはさして重要な項目ではなくなっていた。海軍はただちに有用と判断し、三菱に量産を命じるとともに、中島飛行機に対しても準備ができ次第、21型の生産を打ち切って52型の生産に入るよう指示した。量産は昭和18年8月から始まり、8月23日には零式艦上戦闘機52型(A6M5)の正式名称で兵器採用された。(三菱で747機生産)しかしこの時期、米軍は零戦に倍する2000hpエンジンを搭載する、艦上戦闘機F6Fヘルキャットを実戦投入しており、1000hpと2000hpの勝負では零戦がいかなる改修を行おうと、まともに対抗できるはずがなくなっていた。しかし零戦の後継機「烈風」は、まだ試作機すら完成していない状況で、用兵側は零戦を改造しつつ使い続けるしかなかった。18年秋には主翼の20mm機銃をベルト給弾式にし、携行弾数を各銃125発に増やした99式2号4型に換装して主翼外版厚を増して、急降下制限速度を740.8km/hに引き上げた52型甲型(A6M5a)が登場。三菱で391機あまりが生産された。さらに19年4月には機首上部兵装のうち右側を3式13mm機銃に換装し、風防正面に45mm厚防弾ガラスを追加。両主翼下面に150リットル入り増漕を懸吊できるようにした52乙型(A6M5b)が登場した。(三菱で470機生産)ここで零戦にもようやく防弾装備が取り入れられるが、米軍のそれと比較すると、申し訳程度のものであった。19年9月にはさらに武装と防弾を強化した零戦52丙型(A6M5c)が登場。20mm機銃の他に両主翼に3式13mm機銃を1挺ずつ追加。主翼下面に30~60kg爆弾、及び10kgロケット弾を懸吊できるようにして操縦席直後に55mm厚防弾ガラス、8mm厚防弾鋼板、操縦席後方には内袋式防弾タンクを追加した。(三菱で93機生産)だがこれらは言ってみれば苦し紛れの改造でしかなかった。52丙型に至っては、全備重量が3000kgを超えてしまい、速度は541km/hまで低下。見た目の勇ましさとは裏腹に運動性能は零戦各型最低の性能に落ちてしまった。前線部隊ではわざわざ重い防弾装備や13mm機銃をはずして出撃するほどであった。当然、対戦闘機には向かず、B-29迎撃や特攻機、もしくはオトリとして使われた。前線ではもはや零戦では戦えないことが明らかであり、零戦は完全に制空戦闘機としての姿を失い、単なる旧式戦闘機となってしまった。だが海軍は零戦を作り続けるしかなかった。最前線では次々と陸海軍機が消耗していくため、これを補充しなければ戦争を継続できなかったからだ。なお三菱での52型系の生産機数は計2131機。中島は3573機。両社合わせて5704機であった。零戦の総生産機数10370機の、実に半数以上を占めている。もう零戦の寿命も尽きていたが、依然として後継機が現れないため、海軍は三菱に対しさらなる性能向上を求めた。19年12月には52型丙型のエンジンを水メタノール噴射式の「栄31型」(離昇出力1130hp)に換装した53型丙型(A6M6c)が完成した。水メタノール噴射による瞬間的な出力アップで、52型丙型の低下した性能を蘇生しようとしたが、テストの結果、52型丙型よりわずかに5km/hしかアップしないことが分かり試作機1機のみで終わった。やがて特攻作戦が通常の攻撃手段として行われるようになると、戦闘爆撃機の需要が増した。これに伴い海軍では52型丙型のエンジンを、「栄31型」及び水メタノール噴射装置の併用を廃止した「栄31型甲」に換装し胴体下面に埋め込み式に爆弾、増漕の懸吊装置を追加。水平安定板、胴体下面外板厚を強化した零戦63型(A6M7)を昭和20年5月より三菱、中島両工場で量産させた。正確な量産機数は不明だが、この63型が零戦最後の量産型となった。なお、従来までと同じ栄21型エンジンを搭載した零戦62型というものも存在していた。栄エンジンによる性能の向上が限界と見た海軍は、昭和19年11月には52型丙型のエンジンをかねてから三菱側が提案していた大型機用「金星62型」エンジン1500hpの換装を受け入れ、仮称「零式艦上戦闘機54丙型」(A6M8c)の名称で開発を命じた。栄エンジンと比べて直径が103mm大きいため、カウリングは全面的に再設計された。胴体前部、風防前方も形状の変更が行われ、機首武装はエンジンの大型化と重量増加による重心位置変化を抑えるために廃止された。スピナーも彗星33型、43型と同じ先の尖った大型のものに変更されている。B-29による爆撃が激化して開発が難航したが、試作機2機が昭和20年4月、5月に続々と完成。テストの結果最高時速572km/h、高度6000mまでの上昇時間6分50秒と、防弾装備のない52型を少し上回るほどの性能を示し、海軍は即座に有用と判断。昭和20年7月に零式艦上戦闘機64型として量産を命じたが、すでに空襲により生産工場が壊滅しており、量産機は1機も完成しないまま終戦を迎えた。この64型では狙い通りに52型丙型の性能が蘇生されたが、たとえこれが実戦に間に合っていたとしても時速600~700km/hのF6Fヘルキャット、P-51Dムスタング、P-47サンダーボルトなどの大馬力戦闘機の前にはすでに時代遅れであり、色あせた存在でしかなかったと言える。52型登場時点で、もはやF6Fには対抗できなくなっていたわけであり、当時よりも燃料事情が悪化し、搭乗員の質的低下、米軍との戦力格差が開いた状態では、もはや零戦のちょっとした性能向上など、悪あがきでしかなかった。結果として零戦が本来の制空戦闘機としての性質を維持できたのは、22型までであり、第一線戦闘機としての性能を保持し得たのもこの22型までと言っても過言ではない。52型以降は零戦本来の格闘戦能力や航続力を犠牲にして武装を強化し、速度向上をはかり、重い防弾装備を追加していき、どんどんバランスを崩していった。だが戦局の変化を考慮すればこれは当然の措置であり、こうしなければ零戦は生き残れなかった。本来なら52型の登場時点で、次期主力戦闘機が登場しなければならなかった。諸元表 型式 零式艦上戦闘機52型(A6M5、a、b) 零式艦上戦闘機52丙型(A6M5c) 零式艦上戦闘機63型(A6M7) 零式艦上戦闘機64型(A6M8c) 正式採用年月日 昭和18年8月 昭和19年9月 昭和20年5月 昭和20年7月 生産機数 52型:747機甲:391機乙:470機 三菱93機 生産機数不明 三菱:試作2機 全幅 11m 11m 11m 11m 全長(水平静止時) 9.121m 9.121m 9.121m 9.121m 全高(三点静止時) 3.57m 3.57m 3.57m 3.57m 翼面荷重 128.6kg/ 147.6kg/ 141kg/ 148kg/ 自重 1894kg 2155kg 2050kg 2150kg 全備重量 2679kg 3150kg 3000kg 3150kg 許容過荷重 3083.07kg 3400kg 3800kg 3800kg 発動機(馬力) 栄21型(1130hp) 栄31型(1130hp)(水メタノール噴射式) 栄31甲型(1130hp) 金星62型(1500hp) 燃料搭載量 胴体内 60L 60L - - 翼内 510L 360L - - 落下増漕 320L 300L - - 最大速度 565km/h 540km/h 543km/h 571km/h 航続距離(正規) 1550km 2110km 1520km 1000km前後? 実用上昇限度 11740m 11050m 10180m 10780m 離陸滑走距離 179m 248m - 200m 武装 火器 胴体内7.7mm×2(乙型は右側13mm)翼内20mm×2(弾数100発×2)(甲型から125発×2) 胴体内13mm×1翼内20mm×213mm×2弾数(13mm:240発×2)(20mm:125×2) 胴体内13mm×1翼内20mm×213mm×2弾数(13mm:240発×2)(20mm:125発×2) 翼内20mm×213mm×2弾数(13mm:240発×2)(20mm:125発×2) 爆弾 60kg×230kg×2250kg×1
Mar 28, 2005
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明日からは何とゲームを追加していきます。戦闘機のゲームを作る予定です。今日も試作段階のゲームをつくろうかと思ってます。USJ一日目・・・5時に起きました。そしてさっさと準備し準備満タンになって、また寝ました(ぇそして、6時に家を出発し、7時35分に・・・(以下省略)10時30分ぐらいだったかな・・・?そのときにUSJにつきました。僕は早速ターミネーターに行きました。3Dで迫力満点でした。バックドラフトではすごい撮影シーンなどを見ました。ジュラシックパークにいったらものすごいものでした。最後の方の所に25.9mの高さからおちるとこがあってジェットコースターなどに乗ったことのない僕にはものすごく恐ろしく終わってみると放心状態になっていました。(本当に)そしてウォーターワールドがすんごく楽しかったです。水上要塞で激戦が繰り広げられました^^後はみなさんが行ってみてからのお楽しみです^^そして夜になりお土産を買って、ホテルに行き11時ぐらいに寝ました^^;
Mar 28, 2005
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ふぅ今帰ってきましたよ明日からまた書きますね
Mar 27, 2005
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今からUSJに行って来ま~す。日記は月曜まで書きません^^;では
Mar 25, 2005
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明日から二泊三日でUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)に行って来ます。だから日記は明日はかけるかも(朝4時ぐらい)あさっては無理です^^;
Mar 24, 2005
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前から思うけど一番下の性能って見にくくない?三菱零式艦上戦闘機22型32型の航続力があまりにも低下したため海軍は、即座に航続力延伸型の開発を三菱に命じた。これは32型の翼幅を再び12mに戻し、翼端折りたたみ装置を復活、外翼内に新たに45リットル入り燃料タンクを追加した、航続性能向上型であった。正式な型式名はA6M3のままだが機体名称は零式艦上戦闘機22型(A6M3)とされた。本来なら32型からの改良版なので零戦42型となるはずなのだが、42型は「死に」につながり縁起が悪いとして、21型のエンジンだけ換装したものと解釈され、22型という名称になったわけである。記号のA6M3も、本来ならA6M4になるはずだったが、これも「死」につながるとしてA6M3のままになったのだ。航続力だけを見るなら、21型をそのまま使えばよいのだが、やはり190hpとはいえ出力の大きいエンジンを積んだ方がいいわけで、本型の開発は進められた。22型では、21型でフラッターの原因になるとして廃止された補助翼修正舵(バランスタブ)が復活し32型で短縮された補助翼幅も21型と同じに戻された。どのようなフラッター改修策を講じたのか不明であるが、これにより補助翼の効きをよくして32型で得られたロール率の向上を保持したいための措置であった。これと同様の理由として、方向舵の固定修正タブも、切り欠き式の修正舵に改修され、垂直安定版の付け根近くの左側に、操作部を点検するためのハッチが追加されている。22型は狙い通り航続力2600km程度には回復した。速度性能は主翼が長くなり、32型よりも自重で56kg、全備重量で135kg重くなったため、32型から4kmほど低下して540km/hとなったが、水平面での運動性能あ向上し、総合性能では21型、32型よりもアップしている。逆に言えば、速度低下は4km/hに過ぎず、32型の角形翼端が空力上さほど速度向上に適切ではなかったことが証明されたわけである。開発当初、零式3号艦上戦闘機と呼ばれたこの試作機は、昭和17年10月に完成。ただちに量産発注が開始され、12月には部隊配備が始まった。そして翌年昭和18年1月29日づけで、零式艦上戦闘機22型(A6M3)の正式名称で兵器採用された。量産はこれまた三菱でのみ行われ、17年12月から18年8月まで560機が生産された。量産の途中からは、主翼の20mm機銃が長銃身の99式2号固定銃3型に換装され、零式艦上戦闘機22型甲(A6M3a)と称された。主な配備先は空母部隊で、17年末から就役した。昭和18年1月から陸上基地部隊支援のためにラバウルに進出した1航戦航空母艦「瑞鶴」戦闘機隊は、21型/22型の併用だった。諸元表 型式 零式艦上戦闘機22型(A6M3) 正式採用年月日 昭和18年1月 生産機数 三菱560機 全幅 12m 全長(水平静止時) 9.06m 全高(三点静止時) 3.57m 翼面荷重 119kg自重 1863kg 全備重量 2679kg 許容過荷重 2884.24kg 発動機(馬力) 栄21型(1130hp) 燃料搭載量 胴体内 60L 翼内 465L 落下増漕 320L 最大速度 540km/h 航続距離(正規) 2600km 実用上昇限度 11050m 離陸滑走距離 187m 武装 火器 胴体内7.7mm×2翼内20mm×2(弾数100発×2) 爆弾 60kg×2
Mar 23, 2005
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このごろ日記書く事が少なくなってきました。明日は必ず書きます。
Mar 22, 2005
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なんと明日のギリギリになって余震(震度3)がありました。ハァ・・・もう地震はいやだ~
Mar 21, 2005
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今日は博多のヨドバシカメラでプラモデルを買いました。その間なんとプラモを取ろうとした瞬間に地震発生!!正直言ってむちゃくちゃビビりました。10時から行ってなんと夜10時まで博多にいました。そのわけは、電車が運転見合わせだからです。本当にそん時はヤバイと思いました。んなわけで僕は1/32サイズの零戦を買いました。本当にでっかいです^^今度出来上がったらその写真をこのページに載せたいと思います。それではよい夜を・・・
Mar 20, 2005
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三菱零式艦上戦闘機32型零戦21型の量産が順調に進む昭和16年はじめ、海軍は2速過給器を備えて、出力が190hpアップし1130hpとなり、高空性能が向上した(高度6000mでも980hpが得られる)「栄21型」エンジンが実用検査をパスしたのを受けると、三菱に対しすぐさま、本エンジンを搭載した零戦の大規模改修型の開発を命じた。A6M3(零戦32型)開発の根拠は、設計サイドはエンジン換装に伴う高空性能の向上、用兵サイドでは翼端折りたたみ装置の廃止によるロール(横転)率の向上、速度性能の向上、整備、生産性向上などにあった。エンジンが換装されたため、胴体前部とカウリングが再設計され、空力的にさらに洗練された形になった。これによる大きな変更点は、気化器取り入れ口が下方から上方へと移動したことである。これに伴いプロペラも変更。直径が15cm大きいDシャンクつきの住友ハミルトン恒速式(直径3.05m)となった。スピナーも長くなっている。また補器類も複雑、大型化し、重くなったため、取付架の構造が変更され、胴体の取付部(防火壁を兼ねる第一隔壁)が18.5cm後退した。したがって第一隔壁の直前にあった潤滑油タンクは58リットルから54リットルへ、胴体内燃料タンクは145リットルから60リットルに減少してしまった。特に燃料タンク容量の減少は半分以下と、かなり大きい。速度向上と翼端折りたたみ廃止は、両翼端の折りたたみ部分を撤廃して角形に整形するという、もっとも安上がりな方法で処理した。これによって翼幅は左右50cmずつ短縮され、全幅は11mになった。主翼幅の短縮に伴い、バランスをとるため補助翼幅も短縮。フラップとの間隔がリブ1区画分あけられた。あと、胴体内燃料タンク容量の減少を補うため、主翼内燃料タンクの容量を380リットルから420リットルへ増やした。これに伴って助材(リブ)が低くされている。武装では、これまで弾数の少なさ(1銃60発)がネックだった99式1号20mm機銃を、同じドラム弾倉でも100発入りの3型に変更した。その弾倉をクリアするために、主翼下面の着脱/点検パネルに涙滴状突起(バルジ)が張りだした。こうした改修を行った零式艦上戦闘機32型(A6M3)1号機は、日米開戦を5ヶ月後に控えた昭和16年7月に初飛行した。しかし、その性能テストはあまり芳しくなかった。設計スタッフはA6M3の高度6000mで551km/hと見積もっていたが、実際には544km/hにとどまり、零戦21型からわずか11km/h向上しただけであった。ロール率、急降下速度向上(制限速度667km/h)には効果があったが、反面、旋回性能は主翼幅短縮のため落ちてしまった。そして燃料消費率も、燃料タンク容量の減少と「栄21型」エンジンの燃費のアップが重なったため、大幅に落ちた。零戦21型が増漕付きで3350kmも飛べたのに、32型では2380kmと、一気に1000kmも低下してしまった。堀越技師は、速度性能が11km/hしか上がらなかったことを、エンジンメーカー側の高々度性能研究の計算の甘さと指摘したが、32型は21型に比べて自重で53kg、全備重量で114kg重くなっており、この点も考慮すべきである。しかし、いずれにしてもたいして性能が上がらなかったことは確かである。大東亜戦争も始まっていないこの時期に、海軍側が本型のテスト結果をどのように見極めたか分からないが有用と判断され、開戦後5ヶ月たった昭和17年4月から、零式2号艦上戦闘機として三菱に量産を命じた。航続力の大幅低下を見て、空母部隊への配備は考慮されず、ソロモン方面の陸上基地での近距離作戦や要地防空任務(局地戦闘機)として使うつもりだったと思われる。だから中島には21型の生産を続行させて32型は三菱でのみ量産させたのであろう。あまり多くは必要としなかったと思われる。しかし32型が第2航空隊を皮切りに、台南空、ソロモン戦域などの実戦部隊に配備されるや、パイロットからは不評続出であった。一部でロール率や速度向上が喜ばれたものの、それまで21型に乗り慣れたパイロットは旋回性能や航続力の低下を嫌い、折しもガダルカナル攻防戦が始まって、ラバウルから往復2000kmにも及ぶ長距離侵攻を余儀なくされると、32型ではお手上げであり、早々に内地(日本国内)の訓練部隊に回されるなど、不本意な実用結果となってしまった。海軍では急いで航続力延伸型の開発を三菱に命じるとともに、32型の量産も昭和17年12月をもって終了となった。総生産機数343機であった。なお余談ではあるが、昭和17年11月の海軍航空隊の改編に合わせて、実用機の型式名称基準も改訂された。これまでの1号、2号という名称にかわり、末尾に漢字2桁を用いる方式が採用された。1の位はエンジンの変更回数、10の位は機体の改修回数を示すもので、最初のA6M2aは零戦11型となり次は機体の改修が行われたため21型。次はエンジンも換装されて機体も改修されたため32型、といった具合である。なお、本文中では、読む人に分かりやすくするため、あえて最初lから11型、21型と呼ばせてもらっている。諸元表 型式 零式艦上戦闘機32型(A6M3) 正式採用年月日 昭和17年4月 生産機数 三菱343機 全幅 11m 全長(水平静止時) 9.06m 全高(三点静止時) 3.57m 翼面荷重 117.7kg/自重 1807.08kg 全備重量 2535kg 許容過荷重 2884.24kg 発動機(馬力) 栄21型(1130hp) 燃料搭載量 胴体内 60L 翼内 420L 落下増漕 320L 最大速度 544km/h 航続距離(正規) 1800km 実用上昇限度 11050m 離陸滑走距離 187m 武装 火器 胴体内7.7mm×2翼内20mm×2(弾数100発×2) 爆弾 60kg×2
Mar 19, 2005
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今日はおこられました・・・(ぇ時間通りに帰ってこなかったからです。今日はなんとおみすのブログに投票欄に投票して好きなタイプを明かしてしまいました^^
Mar 19, 2005
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零式艦上戦闘機21型上写真の21型は、アンテナ支柱が切り取られている。役立たずの無線機を取り外し、アンテナはノコギリで切ったようだ。 最初の配備先が陸上基地になってしまった零式1号艦戦だったが、もちろん本来の働き場所である空母上での運用テストも並行して行われた。その結果、空母エレベーターに載せると、全幅12mが空母エレベーターギリギリで余裕がないことがわかった。これではヘタすると周囲に接触して、翼端を損傷するおそれがある。そこで11型の65号機から、主翼両端を50cmずつ折り畳めるようにした。昭和15年11月から量産が始まった本型は、零式1号艦上戦闘機2型(零式艦上戦闘機21型)と命名され、旧型は零式1号艦上戦闘機1型と改名された。もちろん、艦上戦闘機に必要なクルシー無線帰投方位装置や着艦フックも装備。細かい変更点では排気管が第5カウルフラップ位置に開口となり、20mm機銃発射口がむきだしの四角形から、カバー付きに変わったことがあげられる。この時期はちょうど、日華事変が泥沼化し、アメリカとの関係もいっそう悪化しており、日米開戦が現実味を帯び始めた頃でもあった。海軍はすぐに空母部隊への零戦21型の配備を急がせたが、三菱工場での量産体勢は月産20機程度であった。そこで海軍は、三菱のライバル会社であった中島飛行機にも21型のライセンス生産を命じ、三菱に対して製作図面の引き渡しと技術指導を命じた。中島での21型1号機完成は昭和16年11月。大東亜戦争勃発まで1ヶ月あまりという、きわどいタイミングだった。それでも中島製21型も、昭和17年6月までは月産20機程度で、どうにか100機を超えるようになったのは18年2月のことだった。海軍の思い描いた大量生産は理想通りにはいかず、大東亜戦争開戦時に空母、陸上基地に配備されていた21型はすべて三菱製。その数400機(資料によっては590機ともある)であった。もちろんその数も十分とは言えず、真珠湾攻撃時の正規空母6隻すべてにはなんとか行き渡ったものの小型空母、陸上基地の一部では、旧式の96式艦戦装備のままだった。海軍はこの400機足らずの零戦で開戦に踏み切ったわけだが海軍は本機の配備状況を見て開戦を決定したとも言われており、零戦への期待がいかに大きかったが分かろう。ちなみに陸軍の1式戦闘機「隼」は開戦時、40機足らずしか配備されておらず、実戦部隊のほとんどが旧式の97式戦闘機だったことは有名である。これに比べれば海軍は十分準備していたと言える。本型も量産が進むにつれ細かい改良が加えられ、三菱では早い段階から右主翼付け根前縁の操縦室内空気取り入れ口が楕円形から四角形に変わった。127号機からは高速飛行時の補助翼操作をスムーズにするため、それまでのマスバランスに代わり内側後縁に槓桿操作の修正舵をつけることにした。この改修は三菱ではなく海軍工廠で行われたが、4月17日に横須賀空にて修正舵付きの機体でテストを行っていたところ、機体が空中分解して墜落。下川万兵衛が殉職している。これは急降下時におけるフラッター現象が原因だったが、修正舵も好ましくないと判断され、廃止された。三菱工場では327号機(16年11月完成)以降から、前述のマスバランスを廃止し、補助翼前縁内部のそれを増量することに変更した。中島製21型は、なぜか少し長めのスピナーがついていたが、エンジン及びプロペラ・ハブ周りに変更がない限りスピナーを変える必要はないはずである。胴体日の丸に白フチを追加したのと同じく、単に三菱製との差別化をはかっただけだったのだろうか?三菱における21型の量産は昭和17年6月をもって終わり、すぐに32型の量産に切り替わった。三菱での21型生産数は740機だった。一方、中島では32型の量産は行われず、昭和19年2月に52型に切り替わるまで、21型を量産し続けた。それまでの生産数は、実に2700機。したがって昭和17年後半以降に、前線部隊が新規装備した零戦21型は、すべて中島製だったのである。諸元表 型式 零式艦上戦闘機21型(A6M2b) 正式採用年月日 昭和15年7月 生産機数 三菱740機中島2628機合計3368機 全幅 12m 全長(水平静止時) 9.05m 全高(三点静止時) 3.525m 翼面荷重 107.9kg自重 1745kg 全備重量 2421kg 許容過荷重 2757kg 発動機(馬力) 栄12型(940hp) 燃料搭載量 胴体内 145L 翼内 380L 落下増漕 380L 最大速度 533km/h 航続距離(正規) 2222km 実用上昇限度 10300m 離陸滑走距離 198m 武装 火器 胴体内7.7mm×2翼内20mm×2(弾数60発×2) 爆弾 60kg×2
Mar 18, 2005
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今日わぁ卒業式がありました。僕はめちゃくちゃ緊張して、歩き方が変って言われました^^;無事卒業式を迎えられて、とってもよかったです。僕はカメラを持っていって、50回ぐらい録りました。終わってから先生が泣いていました^^;そんだけ悲しかったのかなぁ~でもみんなと別れるのは本当に寂しいです。またいつか会うと思いますがみんな本当にありがとぉぉぉ!!d(^∀T◇ゞ)
Mar 18, 2005
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あああ・・・明日はなんと卒業式だむちゃくちゃ緊張します!!ちゃんとできるかが心配です。今日の戦闘機零式艦上戦闘機11型12試艦戦がかなりの高性能を見せ、試作機のまま現地でテストを続行しながら戦線配備という海軍としては異例の採用となったが、これが制式に兵器として採用されたのは昭和15年7月24日。零式1号艦上戦闘機(A6M2)の名称だった。のちに零式艦上戦闘機11型(A6M2a)となり、中国戦線で大活躍を演じることになる。12試艦戦からの主な変更点は、エンジンが瑞星13型(780hp)から、栄12型(940hp)となったこと、気化器空気取り入れ口と潤滑油冷却空気取り入れ口が下方に集中し、カウリング(エンジンカバー)が再設計されたことなど。分解、輸送時の便をはかるため風防後端に金属板が追加され、ガラス窓部分が減少している。性能比較型式 12試艦上戦闘機(A6M1) 零式艦上戦闘機11型(A6M2a) 正式採用年月日 - 昭和15年7月 生産機数 2 64 全幅 12m 12m 全長(水平静止時) 8.79m 9.05m 全高(三点静止時) 3.49m 3.525m 翼面荷重 104kg/ 104.2kg/自重 1652kg 1695kg 全備重量 2343kg 2338kg 許容過荷重 - 2674kg 発動機(馬力) 瑞星13型(780hp) 栄12型(940hp) 燃料搭載量 胴体内 518L 145L 翼内 380L 落下増漕 330L 最大速度 490km/h 533km/h 航続距離(正規) - 2222km 実用上昇限度 - 10080m 離陸滑走距離 180m 198m 武装 火器 胴体内7.7mm×2翼内20mm×2 胴体内7.7mm×2翼内20mm×2(弾数60発×2) 爆弾 - 60kg×2
Mar 17, 2005
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今日は二時間卒業式のリハーサルがありました。むちゃくちゃ緊張して、歌を失敗したり、大きい声が出せなかったりして自分的にはちょっとショックでした。しかも、明日は通知表をもらうので、とっても緊張します。明後日が、卒業式です。今日の戦闘機分析99式艦上爆撃機機体詳細データ(九九式艦上爆撃機二二型[D3A2]) 全長 10.20m 全高 3.90m 全幅 14.40m 翼面積 35.00m2 自重 2,570kg 最大重量 3,800kg 最高速度 430km/h 上昇限度 10,500m 航続距離 1,350km プロペラ 定速3翅 発動機 三菱「金星」五四型空冷複列星形14気筒 公称1,200馬力×1基 乗員数 2名 総生産機数 1,492機 武装 7.7ミリ機銃×3、250キロ爆弾×1または60キロ爆弾×2 主要タイプ 一一型(D3A1):初期生産型。「金星」四三型または四四型(公称1,080hp)発動機搭載一二型(D3A2):発動機を「金星」五四型(公称1,200hp)発動機に換装した試作機二二型(D3A2):一二型を改設計した生産型。カウル形状変更、スピナキャップ追加練習用爆撃機一二型(D3A2-K):二二型に複操縦装置を付けた練習機型。名称は仮称
Mar 16, 2005
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今日のお別れ会はうまくいきました~めちゃくちゃうけたようです。(桃太郎改)でも途中で歩兵部隊から、犬3匹に変わりました^^;97式戦闘機(陸軍)機体詳細データ(九七式戦闘機乙型[キ27乙]) 全長 7.53m 全高 3.25m 全幅 11.30m 翼面積 18.60m2 自重 1,110kg 最大重量 1,790kg 最高速度 460km/h(高度5,000m) 上昇限度 10,000m 航続距離 800km プロペラ 固定ピッチ2翅 発動機 中島九七式(ハ1乙)空冷星形9気筒 公称610馬力×1基 乗員数 1名 総生産機数 3,386機 武装 7.7ミリ機銃×2 主要タイプ 甲型(キ27甲):風防後部の胴体がハイバック式となっている初期生産型乙型(キ27乙):風防形状を改修し後方視界を改善した後期型九七式練習戦闘機:第一線を退いた機体を練習戦闘機に転用後の名称
Mar 15, 2005
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明日はお別れ会が学校であります。あと卒業式の練習があります。卒業式の練習ってめっちゃきついんですけどみなさんはどう思っていますか。いろいろ卒業式の思い出などを教えてください。
Mar 14, 2005
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今日はホワイトデーでした。昨日にも言ったように手作りで作ったから女の子達にも喜んでもらえました^^でもやわらかくておいしくないかも^^;戦闘機分析97式艦上攻撃機全長 10.30m 全高 3.70m 全幅 15.51m 翼面積 37.70m2 自重 2,107kg【2,200kg】 最大重量 3,650kg【3,800kg】 最高速度 370km/h【378km/h】 上昇限度 7,400m【7,640m】 航続距離 1,090~2,260km【1,282~2,280km】 プロペラ ハミルトン可変ピッチ3翅【ハミルトン恒速3翅】 発動機 中島「光」三型空冷星形9気筒 公称710馬力【中島「栄」一一型空冷複列星形14気筒 公称970馬力】 乗員数 3名 総生産機数 1,250機(三号艦攻含む) 武装 7.7ミリ機銃×1、航空魚雷×1または800キロ爆弾×1等 主要タイプ 一号(B5N1):「光」三号(公称710hp)発動機搭載。後に九七艦攻一一型と改称一号練習用攻撃機(B5N1-K):一号艦攻に複操縦装置を搭載した練習機型三号(B5N2):「栄」一一号(公称970hp)発動機搭載。後に九七艦攻一二型と改称
Mar 14, 2005
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今日は友達の妹(赤ちゃん)を見に行きました。とても小さくてかかわいかったです。肌などプニプニしていました^^あと、今日は明日ホワイトデーで返すマドレーヌを作りました。とってもおいしいデスヨ。
Mar 13, 2005
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今日太平洋戦争時の戦闘機集の画像を追加しました。ここですhttp://plaza.rakuten.co.jp/sengokumusoumaru/20000ぜひみてください。フリーページからいけますよ。明日は戦艦と、空母を追加します。ちなみに画像とって行ってもいいです。
Mar 13, 2005
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今日は剣道のお別れ会でした^^今日はなんと木刀をもらいました。しかもおもちゃでみんなでチャンバラしました。戦国武将になりきってやりました^^でもこれが最後というのが残念です。それでは戦闘機分析です。昭和8年に試作命令が出た近距離複座水上偵察機(中島、愛知、川西の競争試作)。中島はE4N2(90式2号水上偵察機、アメリカのボートO2U水上観測機をライセンス生産)をリファインした旧態依然の機体で挑んだが性能は全般で向上し他社の機体よりも実用性安定性も高く昭和10年9月にE8N1(95式水上偵察機)として制式採用された。本機は偵察はもとより小型爆弾による急降下爆撃や空中戦など活躍は多岐に渡り昭和17年にF1M型(三菱零式観測機)が部隊就役するまで第一線にとどまり、その後は練習機として終戦まで活躍した。 発動機 :中島「寿」2型改2 空冷星型9気筒 630HP(離昇出力) 寸 法 :全幅10.98m、全長8.81m 重 量 :自重1320kg、総重量1900kg 最大速度:299km/3000m(300kmの資料もある) 航続距離:891km(最大で1681kmの資料もある) 上昇時間:3000m/6分31秒 武 装 :7.7mm機銃×2、爆弾30Kg×2
Mar 12, 2005
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今日はめでたい日です。ここだけの話です。幼なじみの友達の妹が生まれました。それ以上はいえませんまだ極秘なので、とてもかわいい女の子だそうです^^今日は96式陸攻の紹介です。(画像は↓)海軍が誇った96式陸上攻撃機。航続力は22型で約4500kmに及んだがその長い航続距離を随伴できる戦闘機がなかったため敵戦闘機に捕捉され、かなりの未帰還機を出した。中国戦線では戦闘機無用論が通っていたものの最大速度348km/hの攻撃機でも、空戦能力に優れた戦闘機にはかなわないということと、攻撃機は戦闘機の援護を必要とすることの教訓を得た。なお、この機体の後継機が1式陸攻である。すべてで1048機生産されました。
Mar 11, 2005
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今日は日本の戦闘機の分析をします。日本の戦闘機の96式艦戦のことを書きます。この96式艦戦は日本軍の航空機の格闘戦の始まりともいえる零戦の前の戦闘機です。では次の情報で日本海軍の傑作機、96式艦上戦闘機。中島製「寿」エンジン600hpを積み、海軍の要求を100km/hも上回る、最大速度430km/hを出した。武装は7.7mm機銃2丁だったが、自重1トンあまりの軽い機体で、速度性能と運動性能の両面に優れ主に中国戦線で活躍した。機体に超ジュラルミンを採用。空気抵抗を減らす沈頭鋲も採用し、軽量化と空気抵抗軽減を追求。艦上戦闘機は陸上機よりも性能が劣るとされていた当時の常識を覆す傑作機となった。しかし、2年でその性能は抜かれてしまった。すべてで982機生産されました。
Mar 9, 2005
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明日からまた太平洋戦争書くぞ~(多分)じゃあ期待しておいてください。今日は遅いのでここまでです^^;
Mar 8, 2005
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今新しいゲームを見つけました(オンラインじゃない)とても楽しいシューティングゲームです。零戦を使って倒したりもできます。TWBという名前のゲームですみなさんもぜひやってみてください(無料体験版)
Mar 7, 2005
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今日の朝起きたらなんと雪が積もってました。家族みんなはアタヽ( ̄△ ̄ゞ=ヾ ̄△ ̄)ノフタやらタイヘンダァ!! ヾ(゚∀゚○)ツ三ヾ(●゚∀゚)ノ タイヘンダァ!!って感じでした。雪合戦したり大きな雪だるまを作りました^^後したのは今日追加した。大日本帝国海軍旗の画像です。
Mar 6, 2005
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今日もハンゲームで戦国ハンゲームをしてます。
Mar 5, 2005
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昨日についに10000HITしました。ついに念願のこのときが来ました。(#゚Д゚(#゚Д゚(#゚Д゚【ゴルアァァッ!!!!】゚Д゚#)゚Д゚#)゚Д゚#)みんなありがとうございました。本当に感謝しています。m(_ _)mキリ番9999人目と10000人目は☆★☆5777さん とゲストさんで~す。次のキリ番は11111人目ですまたまたよろしくお願いします^^∩o・Å・)∩★ゎぁ-ぃ★∩(´Å`o∩
Mar 4, 2005
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今日は誰かキリ番GET!!しそうです^^ぜひ来てください。
Mar 2, 2005
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今ハンゲームで戦国ハンゲームやってます。ちなみにオセロ。僕はさっきから負けっぱなしす。orzではみなさん気軽に声をかけてきてください(ぉ
Mar 1, 2005
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