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故パク・ヨンハが空の星になってからもう10年。 2010年彼の急な秘宝が聞こえたその日6月30日は空も泣いた。 パク・ヨンハはドラマ'見てまた報告'、'冬のソナタ'、映画'クリスマスに雪が降れば'などブラウン管とスクリーンを出入りして、訴求力濃い歌唱力で大衆を泣いて笑わせた。 それでさらに多くのこれの心に他人は俳優だ。◆相場陣"難しい時期に本当にありがたかった友達"彼が去ってから10年になったが、相変わらず彼を記憶する人々がいる。 最近俳優場セジンは芸能'ご飯は食べて歩くのか?'に出演してドラマ'男話'で一緒に作業したパク・ヨンハとのエピソードに言及した。 相場陣は"彼が去る3日前にもパク・ヨンハと酒席を持った。 あの時パク・ヨンハが私に'兄さん、(ドラマがよくならなくて)ちょっと損をしたんです? 兄さん損害護身ことは私が日本活動で解決する'と言っていたよ"と回想した。 続いて"それがなってもならなくても間に気分が本当に良かった。 '世の中にこうした友達がいるか'と思った。 (難しい時期に)とてもありがたかった"とパク・ヨンハを懐かしがった。◆ソ・ジソブ"そのやつが好きだったこと入ってしばしば訪ねて"パク・ヨンハの温和な心性は多くのこれらに大きい慰労になった。 そうだったから彼の親友はさらに大きい悲しみに浸った。 ソ・ジソブはパク・ヨンハの葬式で常駐を引き受けて、葬儀費用全額を負担したりした。 以後一インタビューでソ・ジソブは"そのやつが生前に好きだったことを必ず買って入って今もしばしば訪ねる"と"もちろん私一人こっそりと見て来る"と相変わらずな懐かしさを伝えた。◆パク・ヒョシン"実兄ほども大事な型"パク・ヒョシンもパク・ヨンハと特別な友情を分かち合った友達だ。 パク・ヒョシンはコンサートで故パク・ヨンハに言及して嗚咽した。 当時パク・ヒョシンは"私が公然な時面パク・ヨンハがこの席にあるとか舞台に上がる前必ず通話をした"と"どう思うかもしれないが実兄程大事な型である"と言った。 続いて"パク・ヨンハがいつも私に'君と君の舞台で一緒に歌うのが願いである'と言った。 その時ごとに私は'しても良い'と言ったが、(竜する)'私がさらに熱心に歌練習して立ちたい'と言った"と涙を堪えてパク・ヨンハの歌'愛という名前の地図'を呼んだ。◆リュ・シオン"一生を共にする友達だった"リュ・シオンも当時日本でコンサートを進行した中パク・ヨンハの秘宝をきいて涙を流した。 同年彼は一芸能に出演してパク・ヨンハを回想した。 彼は"竜するあまりにも善良な友達と、親孝行と、ベスト友達中でも私の右腕左腕と言うことができる友達中一つだ。 一生を一緒に行く友達だった"と言った。 続いて"その友達が実兄のようによった人中に一つだった私が'最近大変なことないの'して多くの話を交わさなければならなかったがその役割をできないようでとてもすまない"と後悔した。彼だけでなくいつまでも日本ファンとともにアフリカ田舎村に学校'ヨナスクル'を建立したパク・ヨンハの意味をつなぐために集まったこれらもある。 親友パク・ヒョシン、朴試演を始めとして同僚芸能人再臨、SS501キムヒョンジュン、FTアイルランドイ・ジェジンとソン・スンヒョン、耳漏、リーンなどが集まって'ヨナスクル'校歌を歌った。◆パクグァンヒョン·キムヒョンジュン·ユンヘヨン·キムギュリ…"パク・ヨンハ、いつも腹中に"彼の1周期には多くのスターが追慕メッセージを伝えた。 親友パクグァンヒョンは彼の1周期追慕祭で"君と嬉しさも一緒に分けて悲しみも一緒に分けて共にすることができたことは私の日常で最も大きい祝福だった。 ありがたくて愛する"と涙を含んだ。SS501出身キムヒョンジュンは自分のSNSに"常に私に力になってくれて惜しんでくれた愛する竜下型の1周期です"と言いながら"たとえ今は共にすることができないとしても私の腹中に、そして多くの人の胸の中に共にすると思います。 愛します。 空でも幸せで見守ってください。 一生忘れないです"と彼を哀悼した。ドラマ'見てまた報告'で演技呼吸を合わせたユンヘヨンはMBC'ヒストリー後'パク・ヨンハ1周期追慕特集で彼とのエピソードに言及して嗚咽した。 新人時代難しさを一緒に経験した二人。 以後パク・ヨンハが韓流スターになるとすぐに距離感を感じたと言った彼は"ある日偶然に竜下が撮影する姿を見たが、竜下が先に調べて'お姉さん'と言いながら嬉しく来て抱きしめてくれていたよ"と言いながらトップスターになった後にも自分を得てくれたパク・ヨンハの心性を回想して涙を注いだ。 また、キムギュリはMBC'ダンシングウィズさらにスター'で亡くなったお母さんとパク・ヨンハを追慕して'初めてその日のように'を選曲、感性的なルンバを披露して拍手を受けた。◆キムウンスック作家·心指呼·キム・ヒョンジュ·キム・ヒョンソク作曲家も哀悼波2008年ドラマ'オンエア'のキムウンスク作家は"蜂使って一年だって、懐かしい顔と見に行くよ。 雨が降るという言い訳で抜いた焼酎も一杯することがなるかもしれない"と"たまには悪口も言う。 'この悪いノムア'して"と言いながら故人に対する特別な愛情と懐かしさを伝えた。 キム・ジュヌィも"竜下を一年ぶりに会いに行く道。 今日もその日ほどや雨が土砂降りで降ります"と言いながら"もう一年が過ぎました。 このようにした年二年、そのやつが去った今日が毎年帰って来るんだろう。 記憶してください。 そのように美しかった青年パク・ヨンハの、世の中での34年の時間を描いて永遠に"と言いながら追慕した。心指呼は4周期に"ヨンハ型が去った地図もう…。 数日前日本デビュー10周年と日本で追慕公演とアルバムが出たが今やっと受けて聞いてみる久しぶりの型声。 懐かしくなる。 見たいね。 型"と悲しんだ。 キム・ヒョンジュは2015年芸能でパク・ヨンハに対する話を用心深く持ち出した。 彼は"私が大変である時打ち勝ったものを振り返れば周囲に誰かあったが、友達に私はいざそうでなかった。 なぜ先に連絡をできなかったのか、私が不必要な自尊心を立てたのではないのかたくさん自分を責めた"と自らを咎めて周囲を残念にした。以後2018年JTBC音楽芸能'トユプロジェクト-シュガーマン'ではパク・ヨンハ側が放送された。 この日キム・ヒョンソク作曲家は'オールイン'OST'初めてその日のように'を呼んだパク・ヨンハを思い出した。 "竜する善良で純粋な友達だった"その現わした彼は"酒席で竜下嫁'型曲また使ってくれますね?'と言ったが、私が'他の作曲家曲をたくさん受けてこそ君の音楽性がずっと豊かになって'と言った。 竜下がその話を聞いて名残惜しい表情だった。 'それがではない'と(言ってくれたかったが)終えて言えなかった。 今もそれがとてもすまない"と心の荷物に言及した。いつまでも延期と歌で多くのこれを慰めたほど、今年10周期を迎えた彼の歌'便り'腹家事がもっと触れる一年だ。 'うまく行くはずであると信じます/幸せなはずであると信じます/遠い道振り返る思い出に涙がくすぶる事がないのを。'
2020年06月30日
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10周忌のニュース(翻訳機にかけたものはこちら)今年の6月は、去年までと違う気がしてた。けれども、早朝に目が覚めた。ヨンハ くんのお気に入りだったというウェスティンホテルへ行った。(ウェスティンホテルのエピソードは、こちらのブログに詳しく書いてくださっています。)ここに来れば、何かを感じられるのかもしれないと思ったのだ。でも、違ってた。新しい命に生まれ変わったのだと確信した。昨夜、偶然に動画に出会った。衝撃的だった。ときめきとも違う。曲そのものに引き込まれてていく。美しいハーモニーとキレの良さに心が震えた。Six TONESっていったい誰?…1月にCDデビューしたばかりのジャニーズのグループだった。作詞作曲はyoshikiだ。私にとって、もはやアイドルではない。彼らが紡ぎ出す音と映像の世界に心を奪われている。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月30日
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今年の6月は、去年までと違う気がしてた。けれども、早朝に目が覚めた。ヨンハ くんのお気に入りだったというウェスティンホテルへ行った。(ウェスティンホテルのエピソードは、こちらのブログに詳しく書いてくださっています。)ここに来れば、何かを感じられるのかもしれないと思ったのだ。でも、違ってた。新しい命に生まれ変わったのだと確信した。昨夜、偶然に動画に出会った。衝撃的だった。ときめきとも違う。曲そのものに引き込まれてていく。美しいハーモニーとキレの良さに心が震えた。Six TONESっていったい誰?…1月にCDデビューしたばかりのジャニーズのグループだった。作詞作曲はyoshikiだ。私にとって、もはやアイドルではない。彼らが紡ぎ出す音と映像の世界に心を奪われている。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月30日
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夕食を食べながら、主人と話していたら「結婚するって本当ですか?」の話になる。主人は今、ギターの練習をしている。この歌のコードが明るい曲調らしいのだ。けれども、歌詞は別れた相手からの手紙を待っていたら、結婚するという手紙が来たという悲しい歌なのだ。悲しい歌にもかかわらず、ルルルル…とハモるらしい。私は主人に言った。「別れて半年経っても未練タラタラっていうのは、詞は男の人が書いてるんちゃうん。曲は女の人が書いてるから、スッキリして次へ行こうみたいになるんちゃうん。」夕食後、歌詞検索してみた。予想は見事にはずれていた。作詞が女の人で、作曲が男の人だった。さらに、面白いブログをみつけて爆笑してしまった。そして、ブログの作者と同じように、私も当時中学生だった。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月27日
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玄関先には、日本ハッカの植木鉢がある。近大の薬用植物で頂いたものだ。以前、花様で食事をした時、ミントの葉の入った飲み物を注文した。葉っぱを食べると、そのままハッカだったことに感動した。葉っぱ臭さも、他の味も無い、ミントガムから甘みを取ったような…今朝、葉っぱを摘んで沸騰後のお湯に放ってみた。瞬間にハッカの香りが鼻にツーンとくる。しばらくすると、緑茶のような色になる。飲み終えた時、口の中いっぱいに清涼感が広がる。あの瞬間をまた感じたいと思える不思議な感覚だ。冷たい緑茶を作るとき、「瞬間に冷却すると美味しい。」と、緑茶好きの友達が教えてくれた。このお茶も、保冷剤と新聞紙で囲って冷ましてみた。時間は経っても、ハッカの清涼感はしっかりと残っている。私たちは、日々を選択の中で生きている。自分が選び取ったものだから、全ては縁を運んできてる。今そこにあるものを生かして生きていこうと思う。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月27日
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毎朝、走るときはタオルを首にかけている。両手で引っ張れば、胸を開くのが楽になるなる。コロナ禍になってからは、マスクの代わりにしている。人と出会うのを避けながら、道を選んではいくけれど避けられないときには、瞬時に口と鼻を覆うことができる。緊急事態宣言が解除されてからは、歩き煙草が一番の悩みになっていた。煙草の煙は避けようが無いと、思い込んでいたからだ。ところが…今朝、タオルを二重にして口と鼻を覆ってみた。臭いも煙もタオルは遮断したようだ。走る時に限らず、小ぶりのタオルを持ち歩こうと思う。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月26日
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今年初めてのハイビスカス茶です。鮮やかな色ではないけれど、夏になると飲みたくなるお茶です。数日前から咲き始めたハイビスカス。やっと咲いても一日で終わってしまいます。大っぷりの大胆な花とは思えないような儚い命です。夕暮れ時には萎んでしまうので、茎ごと花をとって花びらを一枚ずつ剥がして洗ったら、そのまま陰干ししています。2個分の花びらが乾燥したら、お茶にして飲んでいます。初めの頃は、平たいトレーに広げてみたり、結構、面倒くさいことになっていたのですが、食器棚の引き出しを整理していたら、味噌漉しが余分にあったので、これをそのままベランダへ。ワンタッチでできることなら、長続きするんですよね。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月25日
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緊急事態宣言は解除されたけれど、誰かに会うことは躊躇してしまう。年齢的に、生活習慣病の人も多いからだ。主人が仕事で何箇所かを車で回るというので同乗させてもらった。ほとんど車乗ってるだけのドライブだ。そのうちの一箇所は、駐車場が無い。コインパーキングを探すけれど、満車ばかり。やっとみつけた係員のいる駐車場。「ここは、15分で200円やけど、さっきのところは20分やった。」と主人。「20分で300円やろう。20分しかかからんの?」と私。「うん。」と主人。結局、15分200円の所に止めて用事を済ませたけれど…20分を微妙に超過で400円ということに。「20分ところに止めてたら、600円になったね。何分止めるかで、どっちが得になるかわからんね。」と私。遠い昔、小学校の算数の問題には、日常の一コマがあったのだ。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月25日
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台所で使っていた冬物のクッションを洗濯することにした。かなり汚れていたので、簡単にはいかないだろうと思っていた。洗濯用洗剤で手洗いし始めたけれど、やはり、泡は一気に消えてしまう。ふと思い出した。もう何年も前に使い始めたままで放置しているシャンプーがある。手荒れがひどいので、今は石けんシャンプーしか使わなくなっている。環境のことを考えると、ゴミ箱に捨てることも、水と一緒に流すこともできない。洗剤の代わりに使ってみることにした。泡立ちがよく、汚れがよく落ちる。香りもいい。もちろん、ゴム手袋は必須アイテムだ。この強力な洗浄力が、私の手荒れの原因ではあるのだけれど… にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月24日
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「自分に起こる全てのことは自分が望んだもの」そんな風に言われても納得できなかった。いったい、私は何を望んだのか?人の気持ちを知りたかった。人が「なぜ、そんな行動をとったのか?」という疑問の答え知りたかった。一番簡単なことは同じ経験をすることだ。その度に似たような経験をする羽目になった気がする。一つの出来事が終わったあとに、気持ちが理解できたと思うことがあるからだ。今、私は母の病気と同じような体験をしている。同じではないけれど、似たような状態にある。娘がちょうど、母が発病した頃の私と同じような年齢になっている。娘の反応を感じながら、過去の私をみてる。子供の頃から「母の苦労」という荷物を心に持ってしまった。可哀想な母のために、母を泣かせてはいけなかったのだ。母を泣かせるのは妹だけで充分すぎたから。娘に「私だけ、幸せになってもいいの?」と聞かれたことは、青天の霹靂だった。私も娘に同じ思いをさせていた…と。初めて、自分自身を生きることに気付かされた。「自由」の心地良さにも初めて気づいた。生き方を選ぶのは自分だ。「これが楽!」と思って選んだ生き方にも、思わぬ苦労が付随する。天罰とかそういう類いものではなく、単なるセットものだと思う。「苦労」と呼んでいるものも、後で思えば「gift」でしかない。今、道の先にキラキラが見えるのも、辿ってきた道があってこそ。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月19日
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梅雨の中、ハイビスカスが咲いた。昨年の剪定で枝を切り過ぎて葉が一枚も出なかった時期が続いた。もうダメかも…?と思いつつ、粘って良かった。小さな芽を見つけた時の嬉しかったこと。今年は蕾がいっぱいついている。今度は虫との戦いだ。花と呼ぶのかはよくわからないけれどブーゲンビリアのピンクの花が一度は全部枯れてしまったけれど、また新しい花が色づきはじめている。小ぶりになっているけれど、ミニチュアみたいで私は好きだ。サンタンカの大きなオレンジ色の花は、重くてとうとううなだれてしまった。茎を切ったら、また新しい花が出始めた。ガーベラの季節は、もう終わりかな…と思っていたけれど。また、力強く蕾が持ち上がってきた。なぜか、一つの茎から二つに分かれてる。ずっと暗いと思っていた雨の日だけれど、いつの頃からか、雨が好きになっていた。雨音は外界を優しく遮り、心を包んで守ってくれる。雨粒の向こうにはいつも光が待っている。雨が止んだら、また歩き出そうと思えるのだ。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月18日
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リーガロイヤルホテルのザ・プレジデンシャルタワーズに宿泊した。昨日、3時に到着してから寝るまでに口にした飲みもの以外のものだ。普段は、ビュッフェスタイルだけれども、コロナ対策で銘々盛りということになっている。もう一つ、楽しみにしていたのはライブラリーだ。こちらもコロナ対策で時間短縮ではあるけれど。今朝は、ハーブティをいただきながら茨木のりこの詩集と河合隼雄のこころの処方箋を読んだ。優雅なひとときがあって、また現実をひたすら生きることができる。人それぞれのリズムがある。一日にメリハリをつけるひともいれば、私のように大きな時間の中にメリハリの時を刻むのが性分に合ってる人もいる。自分を知って、自分のリズムで生きることが心地いい。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月15日
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先の微熱では無いが、心身共に疲れてくると、倦怠感に襲われる。そんな時はいつもより2、3時間早く寝て疲れを取る。その後、しばらくは減速する。コロナ自粛のようなものだ。買い物には行かない。乾物が色々あるので、料理は何品か作る。多めに作っておいて、使い回しながら食べる。じゃこ、海苔、糠漬け、らっきょう、梅干しなど、出すだけのものもフル活用する。結果、動物性のものが減るので身体も軽くなる。同時に、心も軽くなる。心も身体も自然に任せていると、自然に元気を取り戻していく。余談だけてど、イライラするときも、豆を食べるといいらしい。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月13日
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数年間、微熱に悩まされて病院をハシゴしたことがある。結局その時点では原因はわからなかった。あの頃、微熱を取りたかったのはしんどかったからだ。それまでは、じっとしている時間が耐えられないように、いつも「暇だ。」と言っていた。30代の頃だ。50代の今なら、これで一杯一杯だと思うくらいの量の倍以上の活動をしていたと思う。何気なく過ごしてる日常だけれど、続いていくわけではないのだ。微熱が出てから数年後、私は当たり前の日常を失ってしまった。今回のコロナの自粛に似ているけれど、もっと不自由な自分との闘いの日々だった。今にして思えば、微熱という現状をそのまま受け止めて半療養すれば良かったと思う。現状から抜け出したいという焦りが、返って心を蝕んでしまったかもしれないのだ。生き方を模索する中で、どうしても変えられない性格の本質の部分に気づく。私の場合、活動の歯止めが効かなくなくことだ。わかっているけどやめられないが続いてしまう。気づいた時にはふらふらになっている。最後の砦が、微熱なのかもしれない。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月12日
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主人が書斎にしている部屋がある。こう言うと、随分立派な家に住んでいるのだと勘違いされるのだが…この部屋は、洗濯物を片付けるスペース、米を保存するスペース、掃除機を保存するスペースなどなど、様々な共存場所なのだ。机も年代物で、姑が学生寮をしていた頃の卒業生から譲られたものだ。機能的なもので、テーブルの部分が収納できるようになっている。だから、本来なら場所を取らないものなのだ。けれども…面倒くさがり屋の主人の手に掛かると、テーブルは出しっ放しの椅子は引きっぱなしになる。私としては用事でこの部屋に入るたびに、動きづらさにイライラが募る。そこで…主人に通せんぼされる場所には主人のものを置くように入れ替えをした。それが、重いお米の缶だったりするので、椅子とテーブルを収納しなければ、自分も不便だと感じるという2次的効果も視野に入れた。主人には、事実をそのまま報告。さて、主人の行動は…相変わらず、変わらない。変わらなくても、私はイライラしないで済んでいる。主人がスリッパで布団を踏んだ日の諦めと覚悟が原点だ。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月07日
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毎日走っていると、あっちこっちが痛む。歪んでいるんだと思う。そんな時、関節をクルクル回したり、上下左右に動かしたりする。すると、ボキボキと音が鳴る。不思議なことに、ずっと同じ動作をやり続けていると鳴らなくなる。これで、取り敢えずは痛みも取れる。ひどい時は、身体のあちらこちらがいっぺんに痛む。あるいは、湿疹が出たりする。こんな時は、丹田呼吸をきちんとする。呼吸がなぜ? と思うのだけれど、やっぱり、ストレスなのかなあ?そういう時は、必ず、呼吸が浅くなっている。深呼吸でも随分違うと思う。呼吸で歪みまで取れたりするんだから、心って大切だ。辻仁成のパリ滞在日記を読んでいる。子育て中の主夫でもあるので、まさに主婦の代弁者でもある。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月06日
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10日ほど前、土付きのらっきょうを買った。甘酢漬けの作り方は、毎回、鳥取JAのホームページで見てる。二つの方法があるけれど、二週間の塩漬けをしてから漬ける方法にした。らっきょうを塩水に漬けることで、乳酸発酵するそうだ。いつもは、漬け汁を捨てていた。けれども今年は…豆乳ヨーグルトを作ってみようと思い、試しに少し漬け汁を掬い取って、豆乳と砂糖を少し入れて放置してみた。ちょうど、お茶を二つのやかんで沸かしたところだったので、間に挟んでおいたら、半日程でヨーグルトらしくなった。台所は実験材料だらけで、毎日、新しい冒険をしている。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月04日
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裁縫が苦手なのは、きちんと出来ないからだ。刺繍も同じだ。図案を写し取るという作業は無理だ。だから…図案を見ながら自由に刺繍することにした。絵を描くような感覚で色を選んでいく。図案はあっても、参考程度に考えている。大まかに完成させてから、色を加えていく。絵を描きたいとずっと思っていたけれど、刺繍しながら、絵を描くときの心地良さが甦ってきた。苦手の中に 新しい楽しみ方を見つけた。私が初めて刺繍をした日、「完成!」と喜んだのもつかの間だった。 座布団が一緒にくっついてきたのだ。 それ以来、刺繍は恐怖の連続作業だったのだけれど… にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月03日
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ぬか漬けを何年も作っている。当然、ぬか床ももう数年経っている。ついに…今年、ぬか床がピンチに陥った。酵母菌なのか、アルコール臭を放ち始めた。茹でタマゴのぬか漬けを作り過ぎたのかもしれないと思い、にんにく、しょうが、ヒジキなど色々なものを入れてみたり、しつこいくらいかき混ぜたりもしたけれど、なかなか改善されない。それでも諦めきれず、思い立ったのは…新しい漬け物材料とぬかをどんどん加えていくことだった。ちょうど、キュウリも安く出回るのと重なったので、崖っぷちではあるけれど何とか維持することができた。一役買ってくれているのが、この精米機だ。ぬかさえ手に入ればいいというので、5年保証を付けて13550円という破格で買った。玄米の状態にもよるのだろうが、一回目の時、ぬかにコメのかけらが混ざるのでガッカリしかけた。けれども、茶こしでふるいにかけ、残ったものは洗って一緒に炊飯した。二度目は、問題なくぬかが取れた。家で精米すると、捨てるところが無いことに気づく。ぬかを食べるといいとかで、北九州ではぬか煮という料理の仕方もあるらしい。ぬか袋を作ってお風呂に入れることも、床を磨くこともできる。食器を洗うことも、顔を洗うこともできる。ただの精米機だけれど、後からどんどん付録のように使い道が湧いてきて、ワクワク気分でおぼれてしまいそうにもなる。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2020年06月01日
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