買書とつんどくの日々

買書とつんどくの日々

2010年02月08日
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ふと思い出した。
子どもの頃に読んだ心に残る短編がある。
寺の山門で、仏師が仁王を彫る話である。仏師は、実に無造作に鑿を使い、一打ちごとにたちまち眉が、たちまち鼻が浮かび現れる。
見物人がその手並みに驚嘆すると別の若者が次のようなことを言う。
「あれは木に仁王を彫りこむんじゃない。最初から木の中に仁王が埋まっているのを掘り出すだけだから、容易なものなのだ」と。
不思議なことを言う。
子ども心にも私は呆然として、のち何度も読み返したことを思い出す。

思えば私の仕事も同じようなものかもしれない。
点滴やら抗生剤やらを用いて、絶える命を引き延ばしているなどと考えては傲慢だ。もとより寿命なるものは人知の及ぶところではない。最初から定めが決まっている。土に埋もれた定められた命を、掘り起こし光を当て、よりよい最期の時を作り出していく。医師とはそういう存在ではないか。
(夏川草介さん「神様のカルテ」P144)




自分は此の時初めて彫刻とはそんなものかと思ひ出した。はたしてさうなら誰にでも出来る事だと思ひ出した。それで急に自分も仁王が彫ってみたくなつたから見物をやめて早速家へ帰つた。
道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、先達ての暴風で倒れた樫を、薪にする積りで、木挽に挽かせた手頃な奴が、沢山積んであった。
自分は一番大きいのを撰んで、勢ひよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当たらなかつた。其の次のにも運悪く掘り当てる事が出来なかった。三番目のにも仁王は居なかつた。自分は積んである薪を片つ端から彫つて見たが、どれもこれも仁王を蔵(かく)してゐるのはなかつた。遂に明治の木には到底仁王は埋まつてゐないものだと悟った。それで運慶が今日迄生きてゐる理由も略(ほぼ)解つた。
(夏目漱石「夢十夜」)

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Last updated  2010年02月08日 08時31分02秒
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