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この日、1/4(土)は 本来 嫁さんの実家にてお正月をすごす予定が流れてしまい、1人で家を守る私が、ごく身近な親しい高校時代の友人達に 急な思いつきで声をかけて即席の新年会を開催することとなったのだった・・・。まぁ、さしずめ夏に やはり我が家で開催した『'80sのMTVコンテンツを酒の肴に盛大なホームパーティ!』の縮小版とでも言おうか・・・予定があったのは、OSMとMST、HR臣のお三方。15時半から三々五々集まってもらった・・・。今回のメイン食材は、OSMが新年1/2の夜に沼津沖でマークしたという大量の釣果『太刀魚』である!なんと、1人で45尾も上げたということだが、そもそも1尾が大きい大きい!(写真でみかんとの比較を見てもらいたい)あまりの釣果に、1/3の日に4~5尾を分けてもらっていたが、それらの太刀魚が まだ手付かずで残っていたので、これらを刺身やしゃぶしゃぶにして またも’80sのMTVコンテンツ他 多数の音楽ライブコンテンツと共に食そうという企画・・・。そんな中、場所だけの提供とはいかないので、私としても『さばの炊き込みご飯』や『餡かけ焼そば』等を作らせてもらった・・・。今回は全くの思いつき企画であったが、こうして気の置けない仲間が深夜まで何の遠慮もなく、飲んで食べて語らえる時間に感謝しつつ、この年末年始の休みの終わりをまったりと過ごした・・・。高校時代の地元の皆さん、またやりますし、今度はもう少し早めに声をかけますので、是非来て下さいね!※ 今回使用した写真のいくつかはOSM君からの提供を受けています。
2014/01/04
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皆さん、あけましておめでとうございます!今年も、どうぞよろしくお願いいたします。【写真】湘南江ノ島を前にした初日の出の様子です。
2014/01/01
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12月の末の3連休の初日(12/21)に、高校時代の恩師が数年前に買った山の一画に、おびただしい数のみかんがなったということで、お誘いをうけてみかん狩りに出かけてきた。嫁さんと息子の他、米国滞在時からの妻の親友が丁度我が家に泊まりにきていたこともあって、その3名と私が一団となって、まるで小さな探検隊でも結成したかのように、全くゴールが見えない急斜面かつ入り組んだ山道を20~30分進むと、恩師が頂上に建てたという小さなコテージにやっと到着した。そこで、やおら振り返ると、眼下には陽光に照らされた相模湾が広がっており、斜面にはみかんの北限というには信じられないほどの量のみかんが鈴なり。 しばし、大の大人も夢中になってみかんを取り、凄まじい量のみかんを持ち帰ることとなった。息子が大興奮だったことは言うまでもない。何でも、今後は年間に何回来てもよいから、あわせてメンテナンスもお願い!とのことだった。既にしっかりとした契約書まで用意されていて、そこに僕の名前が記されているあたり、さすが、恩師殿!やはりタダほど怖いものはないってか。(苦笑) でも、とっても充実した休日になりました。
2013/12/31
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もうアップせずに1ヶ月が経過してしまったが、2013年の忘年会の皮切りとなった、このお泊り忘年会@熱海のことは備忘録のためにやはり記録しておこうと思う・・・。この忘年会、とにかく野郎ばかりの全ての欲求を いまだに食欲にぶつけようという我侭な忘年会で、通算20回に及ぶ今年は(実は自身の入社前から始まっている・・・)、なんと『第20倍返し 男の園忘年会』という全く意味不明、かつ旅館がすっかり嫌がりそうなタイトルを銘打って開催された・・・。特に舟盛りにかける情熱と資金は底知れず、今回も写真のような通称『タンカー盛り』とも呼ばれる、まるでボディーボードのようなサイズの舟盛りが艦隊のごとく見舞われた・・・。嗚呼、かくして、この濃ゆい忘年会を中和してくれたのは、熱海の澄んだ夜空の星々と早朝のきらきらとした海だけなのだった・・・。永年幹事の大幹事長殿に大感謝~!
2013/12/30
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(この記事は 自身のFacebookの2013/12/8からの反映になります。)今日は 横浜のマリノスタウンで、今年最後の息子のサッカーの試合がありました。まぁ、それにしても朝のうちは寒い寒い‼子供は元気元気‼
2013/12/18
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(この記事は 自身のFacebookの2013/11/24からの反映になります。)11/5からの渡米時のスケッチ。 自身 初のB787は機内のLEDが無段階調光できて優れもの。また、噂通りトイレのファシリティの質が大幅に向上。Cクラス(Bizクラス)にUGが通ったので、和食をたのんでみたので、その一端も…。一方、よく泊まるホテルの前に、数日Aston Martinが停まっていたのには驚きました…。【写真左】サンフラン便のB787 Cクラス(ビジネスクラス)に装着されているのは『Shell Flat Neo』(シェル型シート)です。【写真右】ホテルの前に数日停まっていたAston Martin!【写真左右】サンフラン便のB787 Cクラスでサーブされた和食はこれです。【写真左右】宿泊する際によく使用させてもらうHilton系の某ホテルです。
2013/12/17
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(この記事は Facebookの2013/11/4からの反映になります。)晩秋ですねぇ…。少し前の清里・清泉寮周辺の様子です。そんな中、明日から米国です。今年はこれで最後かな、それとももう一回あるかな…?
2013/12/15
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(この記事は 自身のFacebookの2013/8/6からの反映になります。)8/4の日曜日に、自宅に残っていたインドで購入の本格チキンカレーを嫁がJapanize! スパイシーだけど、本場の味でやはり旨し!(あえてココナッツも外してもらったし…)
2013/12/01
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一昨日、JALから 国際線の通算フライトマイルが25万マイルに到達したとして、所謂、通称『亀タグ』の深緑色の彩色のものが、JALのお手紙と共に送られてきた・・・。(タグが亀の格好をしているので、皆さん そう呼びます・・・)確か、今年2013年初頭に、25万マイル直前だったので、おそらく現状は30万マイルに達しているはずだが、とにかく、しばらく前のチェックタイミングで規定フライト数への到達が確認されて送られてきたらしい。この緑色のタグは通算で国内線500回搭乗or国際線25万マイル搭乗を果たしたJGC(JALグローバルクラブ)会員(こちらはこちらで年に国際線で5万マイル飛ばないと会員とならない基準あり)を対象にして送られてくるもので、その後も通算搭乗レベルに応じて、次のようなラゲッジ・タグが送られてくる、というシステム・・・。これを至上の喜びにしている人も見かけたり、フライトの目的と手段が逆転しているような人も時折目にするけれど、いつの間にか自分もそれだけの距離を飛んだんだな・・・という小さな驚きがあります。・国際線通算25万マイルあるいは国内線500回以上 :緑色タッグ・国際線通算50万マイルあるいは国内線750回以上 :茶色タッグ・国際線通算75万マイルあるいは国内線1,000回以上 :ワインレッド色タッグ・国際線通算100万マイルあるいは国内線1,250回以上 :黒色タッグ1枚目の写真のが右側がJGC会員になったときにもらえる四角い紺色のタグに対して、左側が今回送られてきた深緑色の『亀タグ』。実は、2枚目の写真にあるJGC会員になったときに送られてきたタグのラッピングの方がはるかに立派に見えるのは僕だけかなぁ・・・。 これもJALの経営スリム化の影響・・・?
2013/10/18
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少し時間が経ってしまったが、嫁さんと子供を帰省させていた この日7/27(土)、夕方16時から高校の同期6名の友人を自宅に招いて『'80sの洋楽を聴きながらぐだぐだ飲もうぞ!食らおうぞ!友の会』を開催した。もう皆いい大人で、博士課程修了者もいれば、開業医の歯医者さんもいれば、大手企業の部長さんもいれば、海外を股にかける者、銀行マン、著名なTV雑誌で今をときめくタレント陣のインタビューを頻繁にこなすフリーのライタまでいて、それぞれの分野での活躍が頼もしい・・・。そんな野郎どもが、三々五々 皆好きな時刻に、好きなモノを持参して、所謂『ポットラック・パーティ』の形で集まってきた・・・。OSMとA原は 朝から茅ヶ崎沖に釣りに行って『アマダイ』『丸ソーダガツオ』『鯖』『シイラ(マヒマヒ)』を釣り上げ、自分達でさばいて持ってきてくれて一番乗り。後に、アマダイは『皮霜造り』、丸ソーダは『刺身』、鯖は『しめ鯖』と『竜田揚げ』に、シイラは『ムニエル』となった・・・。これらを、このおっさん達が女性の力を借りずに、我が家のキッチンでこなすのだからすごい!HR田は 昔のバイトの腕を振るって特製パスタを作ってくれた。旨い! その他、HR臣、TG野、KNKらが思い思いのギミックの利いたお土産をもって参加してくれた・・・。そんな中、僕が提供できるのは、がらん堂となった自宅のリビングとキッチン、’80sの洋楽を初めとした音楽DVD群に、プロジェクタや5.1chのシステム等。それに・・・う~ん・・・、大量に炊いた白米やらたこ焼きやらを含む簡易の食材群に大量のBeerやらワインやアイスクリームやCoffeeやら何やら・・・。そうした暴飲暴食上等!の傍ら、洋楽が最もキラキラしていた頃の80年代半ばまでのMTVのDVDを見ては、自分たちの高校時代のエピソードを重ねて語るは、卒業アルバムとのリンケージを手繰るは、大声あげるは、ソファで寝るは・・・もう何でもありである・・・。かくして、この崇高にして自由を謳歌する勝手きわまりないサロンから、夜中の1時過ぎに4名が帰っていき、朝方の4時すぎに残りの2人が帰っていった・・・。彼らが帰った後の7/28の日曜の昼は、まるで『強者どもの夢の後・・・』がごとく、食器や空き缶やボトル群がキッチンやリビングに累々と積みあがり、それを片付けながら、「嗚呼、あれはひょっとして、幻だったのかもしれないな・・・」なぁんて考えながら、現実にゆっくりと引き戻されていくのであった・・・。それでは・・・みんな、またやろうぞ! そして、合言葉は『愛と勇気と缶ビール』だよね!(OSM:写真提供ありがとう。)
2013/07/27
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土日も自宅で仕事という週が続いていましたが、梅雨も明けたということもあって、小さな庭の一角に置く『ルーバー・ストッカー』を組み立ててみました…。組み立てだけですから、以前の『立水栓づくり』などと比べると楽勝です・・・。ところが、パラソルの下の作業にも関わらず、暑い、暑い! この暑さで意外にも苦戦。・・・ですが、どういうわけか 今ひとつ寸法精度が悪いような…。 まぁ、それをいなしながら工夫を施すのも面白かったりするのですが・・・。
2013/07/07
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自宅で セキュリティを重視した所謂『シンクライアントPC(Thin client PC)』(HDDレスでデータはネットの向こう)環境で仕事することが多いのですが、そのモバイル性にも優れた小さなノートPCでプレゼン資料や細かな図表、英文資料などを扱うには その小さな画面と解像度に起因して しばしば辛い面があります・・・。そこで大きめの液晶ディスプレーとワイヤレスキーボードなどを購入して書斎の環境を少し改善してみることにしました。今や、23インチのLEDの液晶モニタなんて売出しで1万円を切るのですから、隔世の感があります…。おかげで、¥1万5,000もかけずに非常に快適な環境がいとも簡単に手に入ってしまいました…。でも、自宅での作業時間はほどほどにしたいと思っています…。
2013/07/01
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昨年同様、日産スタジアムに子供のサッカーの応援に来ています。Under 6なるセグメンテーションに笑ってしまう…。でも、4歳の昨年に比べると みんな確実に上手くなった!目下、二試合で、3-0、1-1で勝ち先行中…。頑張れ!
2013/06/22
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大変遅ればせながら、この夏の8/14(火)~8/16(木)にかけて山中湖半で行ったオートキャンプの様子をアップしてみたいと思います。子供がまだ小さいということで、かつて1シーズン半前から近場の山中湖で始まったキャンプも今回で3回目。初回は遊牧民のテントである円柱型の『パオ』が常設されたサイトに泊まり、その次はバンガローでアウトドア料理に重点を置いたが(その時の様子はこちら)、今回から本格的にテントを使った形に移行。私個人的には小さい頃から何度何度もテントを使ったキャンプを経験しているものの、嫁さんもまもなく5歳になる息子はテント初体験ということで、設営時からテンションは最高潮・・・。ここ数日の山中湖畔は 穏やかなことこの上なかったため、自然に囲まれたときに感じるキャンプの醍醐味でもある ある種の不安感とは まるで無縁だったが、それでも ときどきタープを濡らすような真夏のシャワーがあったりして、初回にしては まぁ良かったのではないかと思う。そのときの様子は以下の写真の通り。【上段左】今回のキャンプサイトの様子。オートキャンプ場ということで、テントすぐ脇に車を停められるということで、アクセスは抜群。Colemanのドームテントにプラスしたタープは張った形が美しいヘキサタープ。 ヘキサタープの一角ないしは一辺をステーションワゴンのルーフレールに結んだオートキャンプは憧れだったが、当然今回、それをV70で実現。【上段右】早朝の澄んだ空気の中の富士山。まだ湖面に各種レジャーの波が立つ前の静寂のとき。これもキャンプの醍醐味。そうだ、夜には天の川が肉眼でも見えたんだった・・・。【下段左】一方、夕日の山中湖の様子。夕日が湖面に差す様子は『ムーン・リバー』ならむ『サンセット・リバー』!。【下段右】今回、一大ワイン産地の勝沼までは足をのばさなかったものの、河口湖すぐそばにある『赤富士ワインセラー』には出かけて、2日目以降にサイトで飲むコンコード種の赤をGet!!
2012/08/31
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少し前の話になるが、暑さが本格化する前に我が家のステーションワゴンの次男坊であるVolvo V70のエアコンの効きが強烈に劣化するトラブルに見舞われた。コンプレッサーは回っているようなのだが、冷気が一向に出てこないことから冷媒に関するトラブルかと思いながらディーラーに預けた・・・。結局、数日のうちにトラブル原因が判明して対策がなされたが、少々興味深かったのは その修理の間の代車のこと・・・。(そっちかい!)当初のV60かS60が代車となりそう、というディーラーの予想コメントに反して、モデル末期の下位クラスのV50が回ってきて当初少々がっかりしたが、このV50のモデルは『T5』というVolvo特有の5気筒ターボモデルであり、NA(自然吸気)のV70とは加速時の挙動が全く異なり大変興味深かった・・・。【上段左】我が家のステーションワゴン次男坊のV70@自宅車庫にて【上段右】代車のV50『T5』@自宅車庫にて V70との全幅の差は歴然!コンパクト!【下段左】V70と言えば このバックが何よりものアイコン。【下段右】ただのV50でないことを示すのが この地味な『T5』エンブレム。NAのV70が ややもっさりとした加速で、クルージング域に入るとすこぶる安定で高速クルージングが楽しめるのに対して、V50『T5』の発進時の加速は あくまでリニアで数値面で現れる馬力数に反して、背中はシートにべったりと押し付けられるようなトルキーな挙動を見せる。日本の車事情において、V70が明らかにLクラスステーションワゴンと言ってよい図体であるのに対して、V50は明らかに小ぶりであり、きびきび感が際立っていた・・・。 それでいて5月の米国出張時に乗った現行のメルセデスのCに比べて 変なBusy感がなくて、好感をもてる挙動だった・・・。では、大事な客人を乗せるとなると、やはりV50の内装はプラスティッキーに過ぎ、V70のしっとり感に軍配が上がってしまう・・・。別に買うわけではないので悩む必要はないのだが、ときにこうした代車や米国出張時などに期せずして様々なレンタカーに乗るのは実に楽しいものである・・・。
2012/08/05
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ロンドンオリンピックの方は、男子女子サッカー共にベスト4進出という歴史的快挙で、すこぶる絶好調ですね!そんな中、先日6/23(土)に、そろそろ5才になろうとする息子が所属するサッカークラブに日本代表の岡崎選手が来訪された際のお話を私のブログに記載しましたが、そのエピソードが岡崎選手の方のブログにも載りましたので、リンクを貼らさせて頂こうと思います。こちらです。思わずこんなチャンスはないとばかりに、自分自身も飛び入りしたミニゲームは、やっぱり貴重な体験だったんだなぁ、と今更ながらに思います・・・。さて、酷暑の折、皆さんも体調管理にはご留意を!
2012/08/05
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今日6/23(土)は、まもなく5歳になる息子が通うサッカー・スクールの主催で、神奈川県内の某所で日本代表のフォワードを務めるオカちゃんこと岡崎慎司選手(VfBシュトゥットガルト所属)を迎えたイベントに参加してきた・・・。15時に現地に到着するとすぐに、およそ30名集まったスクールのちびっ子達の前にあの岡崎選手が現れた・・・。(う~ん顔が小さくて、膝から下のふくらはぎがすごい太さだ。)まもなく、体を慣らすための鬼ごっこのようなゲームが コーチ陣を交えて始まり、すぐに場の雰囲気は打ち解けたものとなった。 子供達のキャッキャッいう声が山間のグラウンドに響き渡ると共に、岡崎選手も本当に楽しそう・・・。確か、彼にも3歳と1歳の子供さんがいたはずで、子供好きなのがよく分かった。しばらくすると、その約30名の子供達を4チームに分けて、岡崎選手に3名のコーチを交えたチームとのミニゲームが始まった・・・。 大人チームが少しでも真面目に動けば、およそ子供達の相手ではなくなるが、そこは多数のおちゃらけプレーが入って、なんとなくそれなりにゲームっぽく見えていた・・・。 そして、次は急遽決まった父兄自由参加によるミニゲーム! すかさず挙手して、こんなチャンスはないとばかり参加してみたが、当然子供達のときとは打って変わって、岡崎選手の動きが速い速い!(当たり前か・・・)ドリブルする彼に自分含めて何人かの有志は積極的に絡んでいこうとするが、俄然スピードが違う。(当たり前か・・・)すごいスピード展開に息はすぐに切れ切れになったが 久々に興奮した。最後には、相手チームのロングパスが場外に出るのを拾おうとちょっと無理に追って体を切り替えしたところ、ボールは生きたが、勢い余って転倒したものの、なぜか見学の父兄からは喝采を浴びてミニゲームは終了した。【写真】岡崎選手の写真撮影は厳禁となっていたため、仕方なく先日6/10(日)の日産スタジアムでの写真を掲載するとします・・・。 最後に、岡崎選手にいろいろとプレゼントを渡した後、グラウンドの一角でサイン&握手会となった。 我が家も日本代表のレプリカユニフォームを持参して行ったので、その胸にシルバーのマーカーでサインをもらった。正直なところ、子供達よりも父兄が盛り上がっていたようにも思うが、先日6/10(日)の日産スタジアムでの試合と言い、今回の岡崎選手とのイベントと言い、子供達は本当に良い経験をさせてもらっており、このスクールのパワフルな運営には頭が下がりっぱなしである・・・。今回もどうもありがとうございました。 今後ともよろしくお願いいたします。
2012/06/23
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今日6/10(日)、地元でサッカーを習っている4歳の息子が初めてのサッカーの公式戦を、なんと『日産スタジアム』で経験させてもらうという、何とも贅沢な話があるというので、朝から子供をコーチ陣に預けてマイクロバスで移動させた後、我々も『日産スタジアム』へと向かった。このイベント、なんとも吹き出してしまうほど可愛い『U-6』(Under six=6歳以下のプレーヤに限定)規定の試合なのだが、正式には『第33回神奈川県幼稚園サッカー春大会』という名前の大会で、神奈川県下から約60チーム近くも参加している、というのだから驚く。日産スタジアムに着くと、スタジアム中央に計8面の小さなコートがセットされていて、それぞれのコートで6分ハーフのゲームが、炎天下多数繰り広げられる・・・。息子は結局、計3試合に出場した。皆 一丁前のかっこいいユニフォームを着てはいるものの、ゲーム内容はこれまた吹き出しそうになるほど可愛らしく、多くのチームで何人かはサッカーとは関係のない追いかけっ子になってしまっていたり、キーパーの子との憩いの時間であったりする中、ボールの行方に皆が団子になって右へ左へ前へ後ろへ集団移動し、ときにはあっさりオウンゴールが決まったりする・・・。こうして何とも微笑ましい光景の中、ときどき 妙に上手い、主に年長者で構成されたようなチームがいたりもする。今では、まだまだこんな感じですが、きっとこの広いサッカー人口の裾野から、驚くべき逸材が出てくるのでしょう。いずれにせよ、親だけではどうすることもできない貴重な機会と時間を与えてくれた協会とコーチ陣の皆さんに大変感謝している。 息子よ、今日なかなかかっこよかったぞ! またお父さんと練習しようね!
2012/06/10
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2月のインド出張、3月末のプライベートでのシンガポール/ビンタン島に続いての海外渡航として、今回は いつもの米国西海岸はシリコンバレー。当然業務内容は書けないので、どうしてもホテルやレンタカーの話や街の様子、食事の話題などに限られてしまうが、備忘録としてアップデートしておきましょう。フライトは JALが羽田空港の国際化拡張の一環で成田便からフライトスケジュール含めて変更をかけた 行きがJL002便で帰りがJL001便。米国現地での仕事の予定が、5/14(月)~5/17(木)であったため、日本出発は5/13(日)の24:05(!!)=つまり5/14(月)の0:05(!!)で、米国出発は5/17(木)の18:55で日本着は5/18(金)の22:25である。これから分かるように、現地の時間帯において、朝から夕方までみっちり仕事ができるのが、JALの売り文句。このフライトは確かに能率的なことこの上ないが、(従来はフライトスケジュールがそっくりだった)ANA便とのフライトスケジュールが全く異なってしまったため、同じ出張案件のANA組との時間あわせが困難になってしまったことと、いくら現地時間を能率的に使えるからといって、やはり時差には勝てないところ・・・。相変わらず、現地で日々の食事会が終わってホテルに戻ると、まずは22時頃から爆睡して、夜中2時頃にむくっと起きては朝5~6時までバックオフィスの日本と連携しながら仕事しまくる、という生活は変わらない。【上段左右・下段左】現行のメルセデスベンツCクラスはC250。【下段右】いつものEmbassy Suiteのホテル外観。 さて、今回のちょっとしたエポックは Hertzのレンタカーで借りた車が、なんのプライスアップもなく、メルセデスのCクラス(C250)だったこと。運転自体は私自身がするものの、同乗者が他に1名しか予定がなかったので、フルサイズ指定ではなく、スタンダードサイズとしたのが良かったのかもしれない。乗り味は極めてスポーティで、Freewayの走行の多い現地では 走行レーンに合流する際など極めて便利であるが、街中を走行するには少々Busyな印象。でも、所謂『走る・曲がる・止まる』が真面目にきちんと機能するところはとても好印象。個人的にはもう少し低速からのアクセル踏み込みと加速がリニアにマッチしていると更によいのだが・・・。【上段左右】ベッドルームと居室にあるデスクスペース。ここで夜中~朝方にかけて、時差の中 仕事をしています。【下段左】居室にあるソファとMiniBarコーナー。【下段右】今回のお土産一式。Stanford Univ.の新デザインの女性用Tシャツを嫁さんに。HERSHEY'SやGODIVAやSFが本拠地のGhirardelliチョコレートは定番中の定番。これに、Safewayでの定番購入パン生地の缶詰やガーリックチップやレーズン入りのホワイトチョコ、驚くほどリーズナブルに購入できるナパのRobert Mondaviのカベルネ・ソーヴィニヨンなど。 一方、ホテルはいつものEmbassy Suite(Hiltonチェーン)。 ホテルの名称にある通り、全室 居間と寝室がセットになっている構成。デスクがあるスペースにはソファやMiniBarコーナーもついておよそ12畳程度だろうか。ベッドルームも特大のキングベッドが入って やはり12畳程度。この他にバスルームが付く。ここが 夜な夜な翌日の各種会議準備の場として、時差を傍らに静かに仕事に燃え上がるわけである(ほんまかいな)・・・。 今回は滞在期間が短めであったこともあって、オフ的な時間は殆ど皆無であったが、それでも同乗者の土産物購入のために、ほんの少しだけ社費留学中に通っていたStanford大学のBookstoreなどに寄った。驚いたのは、その際居住していたPalo AltoとMountain Viewの境界エリアにあった一台ショッピングセンター San Antonio SCが まるで爆撃にでもあったかと思われるほど、辺り一帯リニューアルに向けた一大工事中であったこと・・・。大変人手の多かったSCだけに、これが全く別目的地に向けたクローズ工事ではなく、建替えに向けた工事であることを望んでいる・・・(大丈夫かなぁ)。
2012/05/27
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今日5/1(火)は連休中なのだが、我が家ではちょっとしたニュースがあった・・・。それは 夕方突然に起こった! 実は 別にそんなに大げさな内容ではないのだが、4歳の息子が突然、いとも簡単に、あっさり補助輪なしの自転車に乗れたのである・・・。確かに自分が幼い頃、補助輪なしの自転車に乗れたときも、それまでは毎日散々転んで乗れなかったのが嘘のように、ある日突然、ふっと乗れてしまった、という感じではあったが、いかんせん、最近の子供は それをサポートする自転車環境が大変に揃っていて、なんせ乗れる年齢もずいぶんと低年齢化している・・・らしい。これに関して、我が家の場合は次のような変遷をたどった・・・。 最初に嫁さんが、まだ4歳にも満たない3歳の息子に、半ば『格好良さ』と『大は小を兼ねる思想』で16インチの大きな自転車を買ってきてしまった・・・。たしかに格好いいものだから、息子は小さい体ながらも補助輪を使ってなんとか乗りはするものの、いつまで経っても乗り方に進歩が見られず、壁にぶち当たっている、といった風だった・・・。そんな折、周囲の子供たちは、もっともっと小さな14インチそこそこのペダルのない『ストライダー』と呼ばれる 地面をただ足で蹴るだけの自転車で バランス感覚をつけ始め、補助輪による不自然な体勢からは程遠い素速くバランスのとれた動きを見せるようになっていた・・・。これに焦った嫁さん・・・。 今からストライダーを買うのでは脳がないとのことで、あえてダウンサイジングした14インチのペダル付きの自転車を買い、着荷するなりペダルは一切付けずに練習を開始確かに、補助輪付きの大きな自転車のときとは打って変わって、周囲の『ストライダー族』のように姿勢が大幅に改善したが、今度はペダルを付けようにも、ペダルを踏み外した時の痛さや煩わしさから、一度盛り上がった息子のテンションは再び一気にトーンダウンしていった・・・らしい。それが、今日、適当に持ち上げてその気にさせた途端、自宅前の新興住宅区域内の公道であっさりクリア!iPhoneの動画で撮影してやると、これがさらに彼のやる気に火をつけて、撮影結果を一緒にレビューしながら、ものの1時間程度の間にぐんぐん上達し、すっかり上手になってしまった・・・。興奮冷めやらない彼は、比較的そばに住む私の実家の両親に雄姿を見せたいと言い出して聞かないので、Volvoにくだんの真っ赤な14インチの自転車を積んで実家へ・・・。かくして、実家の前の長い直線道路上で、私の両親にさんざんその雄姿を見せつけて、後は落ちるように眠りについていった・・・。いやぁ、それにしても今日はいいものを見せてもらった・・・。人間って ああいう風に新しいことにとっかかって、体と頭で一気に習得していくんだなぁ・・・。天晴れ、息子よ。今日はよく頑張った・・・。 ところで、君は ママがほっと胸をなでおろしていたのに気づいていたかい・・・?
2012/05/01
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自身の誕生日だった今日4/8(日)の近所の桜の様子です・・・。あともう1週楽しめそうな雰囲気です。自宅からすぐそばにある住宅街の大きな大きな公園の桜です。その大きな公園でのピクニック(Day camp)の様子。桜の下で我が家のステーションワゴン2号の後姿をパシャリ。やはり後姿が好きです。もう一度最後に例の公園の桜です。
2012/04/08
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昨年の東日本大震災に端を発する大規模法人を対象とした夏季の節電時に、休みを大幅シフトしたため、昨日3/20(火)は普通に出勤日だったが、今日3/21(水)は人間ドックDayだった。この全くの普通の日が人間ドックに当たる意義は大きい。普段全く知らない日中の街の様子を見ることができるばかりか、朝から深夜まで内勤の開発業務ではどうにもならない様々な用事が済ますことができる『偉大なる小市民の日!』だからである。実際、今日は 朝一から『人間ドック』を済ませ、続けて『免許証の書替え申請』へ。そのついでに、休日には混んで大行列必至の人気のラーメン屋にふらっと入れてみたり(このふらっとが大事!)、丁寧に靴を選びに行けたり、普段から気になっていた新しい道に車を乗り入れてみたり、iPhoneの音声入力を本格導入してみたり・・・と、何とも小市民万歳!である。ところで、超多忙期にひと段落がついて、やっと2月のインド出張時の写真をアップしかけた最中ではあるが、今度はプライベートで 今週末3/24(土)~3/30(金)にかけて、勤続○周年に基づく褒賞休暇で家族を連れ、シンガポールとインドネシア領は常夏の島『ビンタン島』へと出かけてくる。この出発の日3/24(土)は、フライトが成田からで朝が早い。小さい子供を連れていくこともあって、電車で行くよりも、ステーションワゴンを駆って高速を疾走する方が楽で速そうである。事実、空港のターミナルで乗り捨て、帰国時は空港のターミナルでピックアップできるロングタームパーキング業者に予約を入れている・・・。今日が出発前のOffとしては最終日となるため、そうした旅行前の準備としても有意義な一日となった・・・。ほんと、1年に年休を取ることなど体調不良を除いて皆無だが、たまに こういうお休みは本当にいいですね。
2012/03/21
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JST 2/5(日)~2/10(金)のインド出張の後、今度は米国を中心とする海外対応が続いた後、自社会長さんへの新事業提案のプレゼンタスク等があり、その後ひどく体調が悪化してしまった。体調がよくなれば、また無理をせざるを得ない状況が続いたので、結果こじらせたように思うが、やっと持ち直してきたので、非常に遅ればせながらインド渡航の際の様子を少しずつアップしていきたいと思う。はじめは、成田からインド デリーに向かう機内の様子を少々。 今回も渡航直前が非常に多忙だったため、マイルでCクラス(ビジネスクラス)を文字通り買った形・・・。(最近、このパタンが多いなぁ。)冬の強い偏西風に向かう形で、9時間半もかかるフライト時間の殆どを食事と睡眠のみですごし、せっかくブロック最前列のシェルフラットシートで過ごす中(北米線等とは異なり、シェルフラットNEOではなかった)、モニタで映画1本すら見ることなく睡眠に落ちていた・・・。おそらくほぼ6時間程度は連続して眠れたのではないかと思う。(実は これ私の海外出張時の特技だったりする・・・。)結果、現地では 毎晩毎晩、飛行機で都市間移動(デリー→ハイデラバード→ムンバイ→デリー)をこなしていたにも関わらず、健康そのものですごすことができた。さて、以下は今回のビジネスの食事。人目を気にしなくて済む環境だったので、iPhone4Sを使って久々にビジネス飯を撮影してみた。(どうも640pics×480picsのサイズにはめ込もうとすると少々ひしゃげてしまう・・・。) 実は 今回のインド出張の写真は全てiPhoneにしただけでなく、電子コンパスとしてもオンラインの地図としてもグローバル環境で どこまで使い倒せるかをテストした面もある・・・。【上段左】まずは華やかにスタートを切るのは いつものシャンパーニュ。【上段右】洋食2種と和食1種の中から選べた今回の選択は、これから海外に出るということで和食はやめて『コンテンポラリー・フレンチ』。前菜は『子羊ロースの香草焼き/玉葱とピーマンのコンフィ添え』『ミックス茸のソテーを根セロリのムースに乗せて』『海老とブロッコリーのガトー仕立て』だそう・・・。これに、『フレッシュサラダ シーザードレッシング添え』と、パンか『魚沼産コシヒカリ』のどちらかが選べる。【下段左】 そして、メインは『特選国産牛フィレ肉のステーキ 玉葱と白ワインのまろやかデミグラスソース』。今回のフィレ肉、形は無骨なゲンコツみたいで格好よくはないが、10,000m上空で食すにはなかなかなのでは・・・?【下段右】デザートは『メープルシュガーと胡桃のシュークリーム、 バニラアイスクリーム アプリコットソース添え』だそう。
2012/03/18
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JST 2/5(日)~2/10(金)にかけて、初のインド出張でデリー(DELHI)⇒ハイデラバード(HYDERABAD)⇒ムンバイ(MUMBAI)⇒デリーと毎晩2時間程度のフライトを経て移動三昧の後に帰国したが、帰国した2/10(金)はNRTへ朝着だったこともあって、そのまま出勤した。加えて、翌2/11(土)は 週明け2/13(月)の新プロジェクト・キックオフ会議の取纏めの立場にあるため、その準備で朝から晩22時過ぎまで休日出勤をこなさざるを得なかった・・・。どうも そうした無理が祟ったか、2/12(日)に大きく そして突然に体調を崩した・・・。(まずい・・・!)インド現地の宿泊先ホテル群はFacebookでもアップしたように、いずれも最高レベルであり、うがいも歯磨きも全てにペットボトルが用意され、シャワー中のお湯が口に入ることさえ避けていたので、気温と湿度が日本よりもはるかに快適だったインド国内では体調はむしろ絶好調と言ってよいほどだった・・・。しかし、2/12(日)は 断続的に続く強い腹痛と吐き気で目が覚め、何年かぶりに繰り返す嘔吐を経験した・・・。翌日の2/13(月)の自分自身が取纏めの大きな会議は絶対に外せないため、緊急外来を訪ねたところ、お医者さんには『インドから帰国間際』というワードが、えらくキャッチーかつSexyだったらしく、即『最悪A型やB型肝炎への罹患を心配する』ということで、精密な採血検査とレントゲン検査を受けることとなった・・・。(このお医者さんの警戒反応(苦笑)は 2年前の鳥インフルエンザ大騒動最中の米国帰国時のインフルエンザ罹患時と同じだ・・・。)1時間程度の分析を待った結果、当然 肝炎などには罹っておらず、インド行き前後の超過密かつ緊張の続く状況下で、急性胃腸炎にでもなったものと思われる、との診断が下った。(この性格にして、そんな診断は初めてである。) ここでもらった痛み止めや胃酸を抑える薬を飲んで、2/13(月)のキックオフ会議は無事成功に終わったが、今度は明日2/20(月)~2/24(金)にかけて丸々1週間は World Wideのオペレーションを纏める米国勢を迎え撃ち(??)と延々と技術ディスカッションが続くこととなる・・・。こちらも自分自身が総取纏めで、当然 英語のみの1週間となる。ただ、こちらは相手側人数は非常に多いながらも、いつもの米国チーム相手の内容ゆえ、ある意味 慣れたもの・・・。極めてノーマルな英語でのコミュニケーションゆえ、インドでの『インド英語』とは異なり言葉上は遥かに楽だが、内容が込み入っていて、技術交渉のオンパレードである。 これが終わると、今度はここ最近での最もストレスフルなイベントとして、2/29(水)~3/1(木)で自社・社長or会長を相手に新事業提案のプレゼンがある。そう、これこそ先のインド行き他の取材他をベースにした外化イベント・・・。さて、こうして直近の2大イベントが終わるまで、まだまだこのストレスフルな2月は終わらない・・・。・・・ということで、このブログ上でのインド報告はもう少し先になりそうです。もう少しお待ちを・・・。
2012/02/19
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これまで幾度となく海外出張をこなしてきたが、ついに経済の勃興著しいインドへ渡航することとなった。ここ最近は、ひところのように年間5回も米国やら欧州に出張するようなパタンは減ってきたため、昨年はわずかに米国1回と欧州1回(イギリスとスイス)のみの渡航あったが、最近は回数は少ないものの少々珍しい渡航パタンが増えてきている。 今回のインドもその1つかもしれない。このグローバル化の波にあって、インドは確かに注目すべき存在である。なんと年間に6万人もの新生児が生まれ、年間2000万人も人口が増えている。総人口は既に12億人を超え、あの中国13億人に あと1億ちょいのところまで迫っている。おそろしいことに、この両国の僅差が ほぼ今の日本人口に相当する。この人口爆発だけでもGDPの急進を想像させるが、それに加えて、経済の勃興に不可欠な消費に旺盛な中産階級の占める人口比率がもはや50%に迫ろうという勢いである。これに加えて、英語を準公用語として持ち、IT中心のサービス産業の躍進やエリート教育制度や様々な経済の自由化政策を掲げる国柄は 今の閉塞感いっぱいの日本には脅威であるが、それでいてインドは大の親日家国家でもある。最近、米国人と話していると、彼らは(まぁ自明と言えば自明だが)明らかに中国ではなくインドを担ごうとしている。こうした中、かの地を見ない手はないであろう。2/5(日)に出発して2/10(金)には帰国する短期の渡航であるが、デリー(DELHI)、ハイデラバード(HYDERABAD)、ムンバイ(MUMBAI)を見てこようと思う。意外にもデリーへは10時間半ものフライト時間を要する。つまり、この偏西風の強い時期の米国西海岸へのフライトよりも長くかかり、むしろ欧州諸国へのフライト時間と1時間程度しか変わらないフライト時間となる。日本との行き来は いつものようにJAL便ゆえ、まだストックに余裕のあるマイルでCクラス(ビジネスクラス)にアップグレードしようかと思わんばかりのフライト時間である・・・。一方、インド内では 毎晩 都市間を飛行機で移動するハードな旅程となりそうである・・・。いずれにせよ、お腹の調子には気をつけないと・・・。実はここが最もクリティカルポイントかもしれない・・・
2012/01/29
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普段なら仕事で深夜帰宅の日々であるが、この日はWeekdayにも関わらず、地元で高校時代の悪友達と飲む機会があった。 ちょうど、上海に赴任にしているA原が一時帰国するとあって、これをトリガに集まったのである。中学時代からの同期であるOSMが発起人で、何年ぶりかのK下、H臣、これに高校時代からの友人A原、H田、K子に私の7名、実はこれにお店のオーナであるUちゃんも加わって8名といえようか・・・。まぁ、仕事盛りの男達がよくもこれだけ急な呼びかけに集まったものである。この ある種ゲリラ的な召集であっても、なんとか集まってしまうのが、このH陵同期の良いところである。かく言う私は、当初の集合時刻そのものには間に合わなかったものの、翌日の米国との電話会議の仕込みがあって、約1時間半遅れでの参入。それでも、久々の再開に楽しい時間をすごすことができた。皆、それぞれの道で、それぞれ一角のポジションや結果を築いており、同時に一家の主であったりするわけだが、会えば、一瞬で当時に戻ってしまうこの関係がKeepできているのはなによりだと思う。これも、今後も大事にしていきたい人間関係の一つである・・・。P.S. そういえば、その昔、今回の発起人のOSMとはお互いの米国への社費留学中(彼はUCLA、私はスタンフォード大だった)、L.A.で会計士をしていた高校男クラ同期のS藤も交えて、3人でL.A.のサンタモニカ・ビーチで やはり思いつきの同窓会をしたこともあったっけ・・・。懐かしい思い出である。
2012/01/25
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ここ最近の新年会2発の様子を記しておこうと思う。▼1/8(日):米国滞在時の仲間との新年会1/8(日)は 米国Stanford大社費留学時の 主に奥さん側 友人ネットワークの新年会に無理言ってお邪魔させて頂いた・・・。奥さん側のネットワークとは言うものの、旦那衆は皆、当時、各企業のVisiting School仲間であり、元々どちら側の知り合いであったかなど極めて曖昧になってきている・・・。事実、この日、我が家も 嫁さんと息子は 嫁さん側の実家に帰省していて、私だけが参加させてもらったのだから・・・。この日の話題は何故か、もっぱら『スマートフォン』の便利だったり、クールだったり、笑えるアプリの話・・・。旦那衆の職種が分野の差異はあれ、多かれ少なかれIT絡みなので、奥さん同士のユーザスタンスに徹した、過激で ときに噂レベルのアプリ談義を、冷やかしてみたり、苦笑してみたり、論理の飛躍にあっけにとられたり・・・。そうこうしながらあっという間に時間は過ぎていった。 会社の付合いのみに限定されないこうしたつながり、これからも大事にしていきたいものである。▼1/21(土):職場の仲間との『食彩の王国(??)』新年会 かわって、この日は職場の課の新年会に氷雨が降る中 参加してきた。 この会、いつもは職場の大先輩が自宅を大々的に開放して忘年会として開催するのだが、今回は諸事情あって新年会となった。この上司の方、独身の方で、悠々自適に生活を満喫されていて、自宅には超超豪華なオーディオが並ぶ。 そこで、この恒例の忘年会(今回は新年会)では、とくかくお金に糸目をつけず『おいしい物』を食べ、いい音を楽しもう!という主旨で開催される。ちなみに、ここで『お金に目をつけず』は、何故かホストである この大先輩の方がスポンサーとなるので、まさに参加者の気分は糸の切れた凧のごとく最高潮である!今回も無条件にウン10万円の軍資金を若手に提供下さり、若手がその軍資金を手に、国産のA5牛肉のステーキやらしゃぶしゃぶ肉、マグロの大とろ、中とろ、うにや、ワインやらシャンパン等を買まくってくる。それこそ、醤油やドレッシングやしゃぶしゃぶのタレにも拘りまくって買ってくる。 なんでも、今回はあまりの高額肉の出動に、購入元のデパート精肉コーナーのバックヤードがしばし おおわらわになってしまったというから呆れる・・・。 でも、いいのである! 日頃、いつも早朝から深夜まで多忙多忙でクレイジーに1年が過ぎていく我々の部隊、たまにはこういう風にお金も使わないと!(って、スポンサーはホストたるその大先輩によるなんだった・・・(失礼!))結局、今年も私は、ナパバレー・ワイナリの雄 BERINGERのホワイトジンファンデルのスパークリングワイン3本を持っていった・・・。 結局この『食彩の王国』(??)の会、今年は期せずして女性陣の参加がアクシデントで見送りとなったため、終始 野郎どもの『旨いっ!』の絶叫と共に、ヴォーカルの心のひだまで再現するようなハイエンド・オーディオに酔いながら氷雨の夜は更けていった・・・。Tさん、今年も本当にありがとうございました。そしてごちそうさまでした!
2012/01/22
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この日、12/28(水)は仕事納めということで納会があった。この納会に先んじて少々驚くできごとがあった。自身の仕事や関わるプロジェクトが、大小問わず何かしらが年末表彰の対象となることは例年よくあることなので そうそう驚かないが(その表彰金のほとんどは通常 納会寄付となり手元には残らないけれども・・・)、今回は様子が違った・・・。それは特許の褒賞金ランキングが社内でベスト100に入ったとかいうことで、社長表彰があったことである。これにはさすがに驚いた。勿論、仕事柄 特許は折々のタイミングで執筆し、国内外問わず出願するのであるが、それらによる報奨金算定ルールが少々変更になったことで12月の給与明細額に驚かされるのと共に、その算定額がくだんの100位以内になったということらしい・・・。目下、何万人も従業員がいるため、これにはさすがに驚いた、というわけである。もともと、インプリ(実装)とは別に アイデアをある種の理想形にできる『特許執筆』という仕事は決して嫌いではない(むしろ好きと言ってよいと思う)ので、今回の受賞と褒賞金は励みとなると同時に、これからも自社にとっての競争力と戦略性のために、そして自身のやりがいのためにも継続して力を入れていきたいと思う。ちなみに、これまで国際的な批判に晒されてきた米国の『先発明主義』も、いよいよ各国にならって『先願主義』に移行するようである。益々、企業活動において、特許の重要性が増すことは まず間違いない・・・。
2011/12/30
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ひょんなことから、今度は 2011年12/19号の『日経ビジネス』誌(No.1621)に 私がふとどきな後ろ姿をさらして掲載されている・・・。その掲載理由は、この号において『グローバル人材欠乏症』なるタイトルで日本大手各社の取り組みが特集されているためで、以降 このダイアリに記す内容を受講する私が 机に置いた自分のネームプレートの一部と共に写っているのである・・・。(苦笑)見る人が見ると思わずニヤッとしてしまう内容なので、思わずここに書いてしまった。詳細は2011年12/19号の『日経ビジネス』誌(No.1621)のP.55~P.56を読んで頂き、P.56の写真を見て頂くのがてっとり早いが、自分流に書くと以下のようになる・・・。-------------------------------------------------------------------------10月初旬から来年の3月下旬にかけて、断続的に5回に渡って、とある経営研修に出席することになっているが、その中間の山場講座が、10/30(日)~11/8(火)に渡って都内某所であった。この手の経営研修にはこれまでも何度となく、出席するよう指示があって出席してきたし、それに基づいて新事業提案などを最終回次に経営陣に向けて実施する重たいプレゼン等もこなしてきたが、今回は少々勝手が違った・・・。・・・というのも、今回は所謂、若手経営層向けのMBA(経営修士)受講となっていたのだが、それが米国のペンシルバニア大のMBAコース(これを『Whartonスクール』と呼称する)を抜粋して受講する、という内容なのである。わざわざ米国からペンシルバニア大はWhartonスクールの教授を分野毎に招聘して、実質8日間 当然 全編英語で講義(というよりセッションに近いか?)が行われた。参加者も、半分は国内からの推薦受領者で、一方の半分はWorld Wideに展開された会社・事業所からの出席者が占める。 その構成は 米国は元より、中国やドイツ、果てはルーマニア等からも参加者があり、共に約10日間に渡って切磋琢磨した。もっとも切磋琢磨するとは言っても、英語を母国語とする国からの参加者や第2外国語とは言えども非常に高い頻度で英語を使う国々からの参加者が多いため、日本側も英語の使い手であることを参加条件にはしているものの、どうしても言語面では彼らが優位であることは否めない。おまけに、中国からの参加者などは、世界的にも評価の高い『北京大学』卒だったりして、極めてポテンシャルが高い参加者が目立った。ちなみに、上記MBAからの抜粋カテゴリは『戦略論』と『リーダーシップ論』と『技術イノベーション論』についての3分野である。恥ずかしながら、受講直前まで認識がなかったのが、このペンシルバニア大のWhartonスクールは米国の特に金融・証券業界等を中心に非常に評判が高い、ということだった。世界のMBAランキングなどと言えば、東のハーバード大や社費留学でお世話になった西のスタンフォード大または東部アイビーリーグのエール大等が定番だと思っていたところ、勿論、それらの雄は上位にひしめいているものの、ペンシルバニア大のWhartonスクールを最上位にランキングする調査結果(例えばWallストリート・ジャーナル誌等、文字通り金融・証券のメッカ)なども非常に多いということを、比較的最近知った次第・・・。(我ながら情けない・・・。)その自信のせいか、ペンシルバニア大学が有するこのWhartonスクールのMBAプログラムは 抜粋化(ダイジェスト化)されたり、世界各国の大手企業の若手経営層育成向けにモディファイして再パッケージング化される等、それ自体が彼らの商材・Bizモデルとして確立されており、なんでも年間40カ国もの国々で講義開催するというのだから全くもってしたたかである・・・。そんなこんなで、朝から晩までどっぷり英語漬け、かつどっぷり経営論とグローバルBizのケース学習とディスカッションに浸かった知的刺激に満ちた8日間が終わった・・・。これが終わると、今度は 今後経済が勃興するであろう新興国をあえて狙った海外取材の出張企画が始まる予定・・・。 それはそれでまた楽しみである。-------------------------------------------------------------------------・・・なぁんて言っていたら、『日経ビジネス』誌のグローバル人材育成の特集に掲載されたというわけなのでした・・・。
2011/12/26
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さて、我が家のクリスマスも終わった・・・。12/24(土)は、午後から近くに住む両親が妹を伴って、我が家にクリスマスケーキを届けに来てくれた。勿論、我が家に4歳になる(少々恵まれすぎた環境で調子に乗りすぎの)息子がいるから行われるイベントなのだが、幾つかのプレゼントとケーキを囲んでアットホームな時間が流れるのは なかなか楽しい。来客好きの息子がご機嫌なのは言うまでもなかった・・・。一方、12/25(日)は 少々変わった企画・・・。息子が所属しているサッカーチームの初の遠征試合(??)が朝から小田原であるため、そこまで車で出かけて行ったものの、この日の朝までに風邪で体調を大きく崩した息子は見学の憂き目に・・・。その後、屋外から小田原アリーナの屋内に移って『湘南ベルマーレvsエスポラーダ北海道』のフットサルの試合を観戦。 試合は大盛況で接戦そのものだった。我々が応援するベルマーレが後半戦でやっと4対2で2点のリードを確保し、このまま逃げ切るかと思われるや否や相手チームに3点目が入り、あろうことか最後は終了間際残り3秒というところで、ゴール前でフリーキックを取られ、あっけなく4点目が入ってドローで終了・・・。応援団はしばしあっけに取られて帰途に着いた。・・・でも、この大盛り上がり、とても20分ハーフの試合とは思えないほど熱くなった。その後、眠り込んでしまった息子を連れて、釜飯で人気の『釜くら』によって舌鼓を打った・・・。行き帰りは ステーションワゴン2号でシルキードライブ。特に渋滞がなかったのがよかった。ちなみに、今年の息子のクリスマスプレゼントは 所謂 戦隊モノの『ゴーカイジャー』のロボットと宝箱。それをお願いするサンタさんへの手紙の内容が可愛かった・・・。 ちょっと紹介すると以下のようなもの。(ちなみに、なんでも 我々もお世話になった『ゴレンジャー』を祖とする戦隊モノは今年で35周年だそうで、お父さん世代も巻き込んだマーケティングのために、番組では第1作から第35作まで全シリーズが登場するエポックありで驚く。)▼『ゴーカイジャー宝箱』がほしいです(1) ようちえんでゴーカイごっこします。(2) おやさいをちゃんとたべます。(3) おおきくなってかいしゃにいってもなかない。(←おいおい、これってすっごい先の話だぞ。)▼『DXゴーカイオー』がほしいです(4) おかたづけをします。(5) ママとのやくそくをまもります。(6) おともだちとなかよくあそびます。いつまでも、こういう風に無邪気で可愛いままだとよいのだけれど・・・。
2011/12/25
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この夏休み、まだ子供が4歳前ということもあって、GWに続いて またも近場でゆっくり過ごすこととした。 行く先は 山中湖畔のキャンプ場とホテルで計2泊。子供の体験を優先することとした。初日はキャンプ場内のログハウスで息子の大好きな(ライトな)キャンプをこなし、2日目はゆっくりとホテルで過ごした。初日、湖畔のキャンプ場にチェックインする前に1つ興味深いアトラクションに挑戦した。それは『KABA BUS(カバ バス)』なる水陸両用バス(!!)で、なんでもつい最近2011年のGW頃から山中湖畔で運行を始めた企画という・・・。【上段左】こちらが山中湖の新名物 水陸両用の『KABA BUS』!! 車の底面は車体とモノコックの鋼板でシールドされ、後部には1つ大きめのスクリューが付く。【上段右】湖畔の夜明けの様子。湖面を渡る朝もやとたわめく水面が美しい・・・。【下段左】今回のキャンプ場のしっとりとした朝の様子。【下段右】我がステーションワゴン。緑の中に佇むの図。気付いてみればもう名何年乗ったことだろう。さすがにそろそろ買い替え時か。それにしても美しい傾斜したピラーは健在。この『KABA BUS』がすごいのは、しばし湖畔の林間コースを爽やかに走った後、やおら湖に向かい、その後 ためらいもなく湖にダイブし、そのまま20分もの間、湖をボートよろしくスクリューで巡航する潔さである。大人もちょっとびっくりな この企画を楽しんで、バスを降り、お土産センタをかねた発着所の建物に入ろうとすると、目の前にTVで見慣れた顔が・・・。「おおっ!」とさすがに驚いていると、気さくに目の前で手を振ってくれたのはタレントの柳原加奈子氏。 あまりに真正面だったので、さすがに驚いたが、どうもロケハンに来ていたようだった。この後、キャンプ場にチェックインして、ログハウスのデッキスペースでいつものようにBBQを楽しんでから、夜の帳と共に花火をして、クローズ間際の『紅富士の湯』へ車を飛ばして湯浴みに出かけた。初日はこんな具合。2日目は かなりスパルタン。やや湖東に位置する今回使ったキャンプ場『フォレストコテージ』で自転車を借りて、一路、西(河口湖方面)へ向かい、『花の都公園』と、大好きな富士山の伏流水による湧水の里『忍野八海』を続けて訪れた。盛夏の日差しは凄まじかったが、それでもどこか爽やかさと涼しさを感じるのは この標高のおかげだろう・・・。子供を乗せて、帰りは河口湖側から山中湖側に向かってアップロードが続く中、トータル20kmは走っただろうか。自転車を返却した後、疲労した体に 2日目はホテルを予約していてまさに正解だった・・・。ホテルでは、好感のもてるレベルに凝った品数の多い夕食に癒されて、食後は館内ホールでさらにひと運動して、またも小さな花火セットを消化。部屋に戻っても、息子の大興奮は冷めやらず・・・。心地よい疲れの中、夜が更けていった。【上段左】早朝、湖畔から夏の富士を臨む・・・。【上段右】豊かな水量で荘厳にしてどこか女性っぽい『白糸の滝』の華やかさ。【下段左】富士の伏流水が育む 大好きな『忍野八海』の湧水群。とにかくどこまでも透明度が高く、冷たい冷たい水は 心を洗い流してくれる。【下段右】『花の都公園』にほど近いエリアにある一大ひまわり畑の様子。圧巻!!翌日、3日目は よく知った山中湖・河口湖周辺をそのまま帰ったのでは面白くないとばかり、普段は とらない駿河湾側に降りていくルートを通って、楽しみながら、ゆっくりゆっくりと帰ることにした・・・。まずは、この残酷なまでの日差しから逃れるべく『鳴沢氷穴』へと向かったが、世の中、皆 考えることは同じで、正午前に氷穴に着いたものの、既に大渋滞!車を停めるにも、氷穴に入るにも待ち時間が発生したものの、氷穴に入ってみると、そこは別世界の摂氏0度の世界・・・。夜間や朝方の湖畔の散策を考えて持っていって行ったフリースが活躍するほどだった。氷穴を出ると、今度は『道の駅』や牧場を順次辿りながら、『白糸の滝』へと到着した。しかし、この日、実は職場の社外対応当番にあたってしまっていて、海外を含めて 何件もの電話を数時間に渡ってさばく羽目となった・・・。それでも この『白糸の滝』に着く頃にはひと段落していて、公用携帯によるディスターブなしに、水量がほぼMaxに至った荘厳にして、華やかでどこか女性的な『白糸の滝』を満喫することができた・・・。なんでも、この『白糸の滝』の全幅は200[m]にも及ぶのだそうである・・・。あまりの迫力と美しさに 随分と長い時間そこに留まってシャッターを押し続けた。その後は 富士宮方面に標高を下げて行き、車のナビの周辺情報検索機能を使って、B級グルメの覇者『富士宮焼きそば』が美味しそうなお店をターゲットに この小旅行の締めくくりを図った。いくつもの大きな鉄板を並べた清潔な店内で太めの麺をコクのあるソースで心ゆくまで満喫して、この小気味よい夏のひと時の休息を終えた・・・。こうした まるで小学校の絵日記に描いたような夏休みが、まだまだ幼い息子の記憶に うっすらとでも残ってくれたら、と思う。
2011/08/28
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さて、前回に続いて 続編の始まり始まり~・・・。▼現地7/6(水)~7/7(木)この日より本番。朝からOfficeに詰めて、昨今のフィールドでの案件やこの日から始まる多数の技術セッションの打ち合わせを午前中に集中して実施。午後から、敷地隣りにある『エグゼクティブ・ブリーフィング・センタ』(下の写真 上段左)に移って、欧州全土から集まった参加者 数10名とのセッションが始まった。勿論、その内容については書けないが、この欧州地区の『エグゼクティブ・ブリーフィング・センタ』は確かに評判通りすばらしくて驚いた。なんでも、かつて建てられた貴族のお屋敷を買い取って、内部のインフラ部分を大幅改修した経緯があるとのことで、外装と内装(下の写真 上段右)は当時のまま豪奢なのだが、ITのセッションに使用するのに何の不足もなく、むしろインフラは十分洗練されていた。イギリスのお城や荘園地区にあるように、その建物の前にはあきれるほど広大な緑地がどこまでも続いていた・・・。セッションは 本セッションの他、所謂『Side-Barミーティング』(ちなみにアルコールが出るわけでも何でもない!)と呼ばれるAs isの個別話題に基づくセッションが、大会議室とは別部屋で開催され、和んだ雰囲気の中にも熱っぽい議論が多数展開され、充実の内に終わった。その一方、7/5(火)の深夜に話が持ち上がった別案件でのスイス行きの件が現実となったことを受けて、7/8(木)2日目のセッションが終わると、大急ぎでHeathrow空港に向かい、そこから一路、空路で2時間程度かけてチューリッヒ(Zurich:現地読みでは、あきらかにズーリッヒ)へと向かった。▼今回の出張先のブリーフィング・センタ(英国)と英国ロンドンPaddington駅▼スイス7/7(木)~7/8(金) スイス チューリッヒ(Zurich)に着くと、同行のスイスの纏め者(彼は私よりずっと年長者だが、6年以上一緒に戦火を潜り抜けて仕事をしてきた中、もはや大親友と言ってよかった)の運転で、雨の高速をVWの濃紺のステーションワゴン『パサート』でぶっ飛ばして、郊外の目的地へと向かった。現地に到着する頃には、とっぷり陽がくれていたが、滞在先のホテル(下の写真 下段右)のある小さな街『Lenzburg(レンツブルク)』は まるでおとぎ話の世界のごとく、まるでドールハウスが現実の世界に並んだようななんとも可愛らしい街であることが すぐに分かった。なんでも翌日からお祭りが始まるとのことで、丘の上にある教会からは大きく印象的な鐘の音が鳴り響き、石畳が残る街並みのあちこちから、若者や子供の華やいだ声が聞こえてきており、前夜祭の高揚感がこちらにも伝わってきた。まるで宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のカンパネルラになって、その世界に飛び込んだような印象を受けた・・・。その後、夜10時という時刻ではあったが、そのスイスの同僚のお宅に、同行者と共に、お邪魔することとなった。奥様は日本人で、日本語に何の不自由もないそのスイス人の同僚と共に、赤ワインと奥様の作られたオードブルを頂きながら大いに盛り上がった。帰りしなには、スイスでは各家庭がもつと言われる大変広い地下の『核シェルター!!』を見せてもらい、その個人所有とは思えない立派な設備群に大変驚くと共に、スイスの独特の文化の一端としたたかさを見たように思った。最終日は、宿泊地のLenzburg(レンツブルク)から目的地であるBern(ベルン)まで、そのスイスの同僚の車で約90km程度移動して、午前中に2時間半ほどかけて、とある超重要案件をこなした。幸いお相手も大変喜んでくださったこともあり、わざわざ英国から移動して案件対応をした甲斐があったと共に、大きな充実感を得ることができた。そしてごく短時間、世界遺産(文化遺産)に登録されているBernの旧市街(下の写真の上段および下段左)を流した後、Bern駅に乗りつけ、英国はHeathrowでトランジットして帰国すべく、まずはスイスのチューリッヒ空港を目指すこととなった。巨大なダブルデッカーの特急列車に乗って一路チューリッヒへと向かうため、1時間半の列車の旅が始まった・・・。この車両がとにかく巨大で、日本の2階建て列車に比べて なんせ大きいこと!▼スイスでの案件処理後、英国へのフライトまでの間のスナップ集チューリッヒに着と、ソフトピギー(ソフトスーツケース)を英国Heathrowではなく、成田で直接ピックアップできるよう依頼して、Airlineへのチェックインを済ませた。英国Heathrowまでは 約2時間のフライト。Heathrowでは、約3時間ほどトランジットのWait時間があり、その後、夕方に日本の成田に向かって飛び立った。帰りは 偏西風に乗るものの約12時間をかけたフライトとなった。結局、現地5日間の滞在において、決して近くない英国とスイスの2カ国を行き来する強行軍となったが、いずれの案件でも参加者に喜んで頂くことができたのが何よりの充実感となった・・・。また、そうした濃密な時間の中で、駆け足で見た英国とスイスの景色はいずれも大変美しく、その湿気のない涼しい天気と共に、大いに命の洗濯となったことは間違いなかった。なにせ歴史があり、印象的な美しい街並みと豊かな自然は特筆もので、米国西海岸はシリコンバレーばかりではなく、やはりたまには欧州(ヨーロッパ)はいいなぁ、と心底思った次第・・・。
2011/07/11
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日本を7/4(月)に発ち、まずは予定通り英国London近郊のWindsorエリアに入り、そこで5日間を過ごすかと思いきや、急遽 後半にスイスに飛ぶことになった今回のヨーロッパ出張。さて、さて詳細は、以下の通り・・・。▼7/4(月)の出発~英国現地到着7/4(月)の様子7/4(月)は 英国London(Heathrow空港)への渡航ということで、普段の渡米とは異なり、午前中のJAL便(JAL401)へと乗り込むため、普段の出勤とほとんど変わらない時間帯に自宅を出た。同行する年長者の方が、日頃ほとんど海外出張経験がなかったので、搭乗まで様々なアテンドをさせて頂いた。その中で自分自身も少々新鮮だったのが、これまでの欧州への出張時とは異なり、英国出張向けに通貨をポンドとしてもつ必要があったことだった。英国は EUには加盟しているものの、ユーロを通貨として導入していないため日常生活では使う貨幣獲得のために久々に換金をしたのだった。(米ドルは わざわざ円に換金せずに相当な額を有しているのとは対照的。)同行者を JALグローバル会員の権利でサクララウンジに招き入れて しばし時間をすごした後、約12時間のフライトを経て英国London Heathrow空港(LHR)へと到着した。機内は非常に混んでおり、フライトが確定した時期も渡航間際であったこともあって、Cクラス(ビジネスクラス)には24名にも至るWaitingが発生しており、望むべくもなかった。結局Waitingはできないものの、空きのあったプレミアムエコノミー席に滑り込んで搭乗した。渡航時はいつも事前の準備に明け暮れてやっとの思いで搭乗するため、機内は睡眠にあてるのが常であるが、今回は例外的に 都合3本も映画を見てしまった。現地に到着すると、自社のブランチが用意してくれた車でホテルにチェックインした。この点も、到着するなり すぐに自分で車を借りて、フリーウェイを自力運転でぶっ飛ばしていく米国出張とは大分異なる・・・。現地到着は夕方だったため、路線バスで行ける『Slough(スラウ)駅』まで出かけて簡単に夕食を摂った後、帰りは幹線道路沿いに徒歩で40-50分かけてホテルまで帰ってきた・・・。気候は涼しく やや曇りがちだったが湿度も低く、非常に心地よく長時間歩いて帰ってくることができた。道すがら、幹線道路の両側には、延々と可愛らしく洒落たブリックハウス(レンガ造りの家屋)や、石造りの教会と共に豊かな緑が続き、本当に瑞々しい夏の夜の散策ができた・・・。時間帯は もう21時を回って、22時になろうとしていたが、まだまだ残光があり、日本の同時期の19時くらいの印象を受けた。▼宿泊ホテルすぐそばに位置する現役のWindsor城▼現地7/5(火)この日は 当初 事前打ち合わせを予定していたにも関わらず、前日の7/4(月)の夜になって、今回の纏め者の1人であるスイス人の同僚から『事前打ち合わせは本番のある7/6(水)の午前中に集中実施するので、急で申し訳ないが7/5(火)は 自分たちで時間を自由に使ってほしい。 周囲の観光情報なども添えて、後で改めて連絡するから。』というなんとも拍子抜けするような事態が発生した。(それならばフライトを1日延ばしていたのに・・・。)普段は こうした海外出張の全般のスケジューリングやAgenda策定含めて、私自ら取り纏めるのに対して、今回の案件では そのタスクが欧州チーム側にあり、我々は技術的な分野での後方支援に集中すればよい立場にあった・・・。したがって、このような状況になってしまうと案件をコントロールできないため、7/5(火)はやむなく、朝から比較的近辺を散策することとした。結果的に、10時から15時くらいはホテルから『Slough(スラウ)駅』を経由した近所に位置するWindsor城まで 不慣れな路線バスに乗って出かけ、3時間ほど時間をかけてじっくりと見学した。このWindsor城(上の写真参照)は 築後900年以上が経過するお城であるが、いまだ現役であり、今でもエリザベス女王の公式行事に使用される他、床面積が45,000平方メートルもあり、現存する居城としては世界最大であるという。外装および内装は いずれも豪華絢爛としか言いようがなく、当時の大英帝国の勢力がいかに絶大であったか、いやでも思い知らされるといったところだった。このWindsor城見学の後『Slough駅』に戻り、15時半から17時半くらいまでは、快速で20分ほど離れたLondonはPaddington(パディントン)エリアに出かけてみた・・・。この後、ホテルに急いで大返しし、18時からホテル1FのBarで 合流した そのスイス人の同僚と米国人と事前確認のためのラフな打ち合わせを開始した。続きは また続編にて・・・
2011/07/10
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いやぁ、暑い! やっと7月に入ったが、それまでの6月の暑さを見ると、例年の6月とは比較にならないほど暑かったと言って間違いないだろう。私のOfficeは 大口契約者(当然、法人)であるが、館内の装置を大幅に止める施策を敢行しているために、執務室の冷房はまだ比較的好調に効いているが、それだって当然、タダで手に入るものではなく、暑くなる前に様々な組織的な手を打ってこその涼しさであると言える。 その実、インテリジェンスビルでは一般的な『開かない窓』に対し、一様に遮光フィルムが貼られ、巨大な執務室の天井に埋めこまれた蛍光灯は半分が撤去され、エレベータのサービスも大きく間引かれたり、止められたりしながらの操業であるが、今のところ、皆元気である。・・・そんな中、7/4(月)~7/9(土)の日程で、イギリスはロンドン近郊に海外出張に出かけることとなった。しょっちゅう出かける米国西海岸はシリコンバレー・エリアとは異なり、ヨーロッパへの海外出張は 1999年のドイツ・マンハイム、2005年のスペインはマドリッド、2008年のフランスはモンペリエに続いて、4回目となる。ヨーロッパのご多分にもれず、飛行時間は長く、行きは偏西風に対して向かい風となるため直通で13時間もかかり、偏西風に乗る帰りだって12時間もかかる。救いは、そのわずか1週間ではあるものの、今の日本よりも大幅に涼しいことと、出張先のBizパーク一帯が美しい(らしい)ことくらいだろうか・・・。いずれにせよ、頑張ってこようと思う。 皆さんも暑さに負けず頑張って下さい!
2011/07/02
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今日6/19(日)の日没直後を狙って、鎌倉鶴岡八幡宮へと蛍を見に出かけた・・・。以前には湯河原温泉の『ほたるの宴』に出かけたこともあったが、やはりこの湘南の地にあって蛍にふさわしい見所はないか・・・?と考えたのが今回の思いつきの発端。しかし、このように発想するのは簡単である一方、湘南という土地柄、当然海が至極近いわけで、蛍が好む緑豊かな自然や清流とは縁が薄いというのが実情・・・。そこで思い出されるのが、海と山の表情を同時にもつ鎌倉の土地柄である・・・。かくして、自然の中の自生とは言えないものの、鎌倉八幡宮の広い境内にある柳原神池に鎌倉の地で育った蛍を放つイベントがある、ということでこれを見に出かけたわけである・・・。今日6/19(日)は 蛍の最盛期にあわせたわずか1週間のイベントの最終日。静寂極まりない広い八幡宮の境内に夜の帳が降り、季節柄 やや湿気を帯びた空気が 今日においてはやや涼しすぎるように感じたが、池の周囲の緑の香りがぐっと強くなった一帯に踏み入れるやいなや、一気に視界に 明滅する蛍の心地よい光が幾つも入ってきた・・・。しばし、夢見心地で 静かな闇夜と新緑の深い香りの中、時間を忘れて蛍があちこちに優しく飛び行く様を見ていると、いつしか、まるで深い森林の中にでもいるような落ち着いた気分になり、いつまでもその場に同化していたい気分になった・・・。もうすぐ4歳になる息子も初めて見る蛍の淡い光を前に興奮しきりだった。どうか、こうした印象的なシーンを 純粋な幼い頃の記憶の中に留めておいてくれたら、と思う・・・。日本には四季があり、その移ろいの中に梅雨もあるわけだが、菖蒲や紫陽花のように こうした儚い蛍の明滅する光と残像も またなくてはならない風物詩の一つなのだ、と改めて思い返した次第・・・。
2011/06/19
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昨日6/17(金)のダイアリに書いたように、小さな小さな腹部の手術を行ったが、激しい運動や水に濡らす行為を避ければ、日常生活を普通に行ってもよい、ということだったので、予め予定されていた、8月で4歳になる息子の幼稚園の参観日へと十分注意を払いながら出かけてきた。基本的には父の日を意識したイベントと推察されるが、個々の家庭の事情や、何よりも最近のジェンダーフリーの流れにのっとって、『父親参観日』とは呼ばないようである。普段、伝聞でしか知らない幼稚園での子供の姿を目の前で見るのはやはり新鮮である・・・。日頃 仕事まみれで詳しい様子を知らない父親をよそに、いつの間にか子供は目覚しく様々なことを、実に活き活きと覚えていることが分かった。お遊戯は元より、英単語まじりの様々な挨拶のパタン(子供は単に記号的にしか理解していないのかもしれないが)や、神様への感謝のお祈りのパタン等、いかにも男の子らしく、照れながら丁寧にはやらないものの、あっさりとこなす息子をちょっと頼もしく思った。屋内のウォーミングアップの後、外に出て ごくごく簡単な親子ペアのイベントがあった後、再び室内に戻って、くじ引きで指名されたお父さんをいじる(??)イベントが催された・・・。その1つで最も興味深かったのが、保護者の皆さんのお仕事を、子供たちに分かりやすく自己紹介する、というイベント。ある方は、IT系の職種と見られ、ネット通販のフレームワークの設計をされているようなのであるが、それを実にうまく子供に説明されているのに感心するかと思えば、ある方は いきなり「えっと、○○ちゃんのお父さんの△△ですが、私の仕事はマーケティングで・・・」と切り出して、瞬時に皆の大爆笑を誘っていた・・・。今どきの子供たちと言えども、さすがに、3歳児に『マーケティング』は理解不能である・・・。 でも、何とも微笑ましい光景であった。いずれにせよ、普段の仕事一辺倒の生活とは全く違う生活の一端を切り出した興味深い一日となった・・・。
2011/06/18
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6/14(火)の夜だったか、ふいに下腹部のやや右の股関節側に近いところにしこりを見つけた。触ってみると、ピンポン玉よりやや小さいサイズを押しつぶして引き伸ばしたような形で、硬めのしこりがしっかりと存在するのが分かった。気味が悪いのでネットで調べてみると、勿論 リンパ性の腫瘍などではないものの、『鼠径ヘルニア』かもしれないと思われた。ちょうど、1週間強に渡る米国チームとの集中テクニカル・ディスカッションが終わった直後だったこともあり、職場にも相談の上、急遽 年に1日取るか取らぬかの年休を取得して、まずはかかりつけの内科で調べてもらうことにした。それによると、触診の具合から 柔らかさがないことから、『ヘルニア』ではないだろうし、あまり悪い類いのしこりとは思われないものの、気持ちが悪いのも事実だから、ということで すぐにそばの外科に紹介状を書いてもらうこととなった。その足で初診となる外科に出かけて診てもらうなり、すぐにその場で切除することとなった・・・。少々驚いたが、週末を挟んで養生できることもあり、うってつけと思って応諾した。かかりつけの内科の先生同様、大変感じのよい男の先生だったが、いかんせん初対面ですぐに横になって、それなりの格好をするのはさすがに照れくさかったが、そんなことは関係なしに、麻酔を経て小さな小さな腹部皮下の手術が行われた。どうも、原因はニキビのようなものらしく、普段であれば毛穴などから対外に排出されるはずの膿が皮下に何らかの原因で溜まってしまい、急速に肥大化してしまったようだ、とのことで、特段心配はいらないとのことだった。術後はそのまま車を運転して帰ったが、腹部のつれたような緊張感と痛みは結構なもので、その後飲んだ痛み止めが本当によく効いた。職場の皆さんには一時、少々心配をおかけしたが、大事に至らず何よりである。実は、もう間もなく7/4週になると イギリスはロンドンへの海外出張が控えている・・・。皆さん、本当に健康には気をつけましょう! 何事も早め早めの処置が大事ですね。
2011/06/17
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今日は、米国社費留学中に知り合いとなった某ご家庭にお邪魔させて頂いた。都合、あえて詳細は記載しないことにするが、こちらの奥さんが非常に気さくでクリエイティブな方で、お米を原料とした米粉によるパン作りに大変凝っておられていて、最近それが高じて本を出版されたほどである。その本は 共感を呼び、売れに売れて増刷を重ねている真っ最中で、NHKのお昼の番組で取材がなされたほどである・・・。その初回のレパートリーとカバーレンジを大幅に広げて、拡大版とも言うべき企画を進めておられるようで、その試食に気の置けない我々友人達をご自宅に誘って頂いたのだった。私個人的には 相当な量と時間をかけて『米粉パン』を頂いたのは今回が初めてだったが、様々なメニューバリエーションに共通する米粉パンは なんともキメが細かく、もっちりしっとりとしていて何とも美味。特有の質感にともなう重量感があって、腹もちがよいものの、まったくしつこくなくて小麦アレルギーのような懸念にも応えるヘルシーさをもちながら、退屈しない飽きの来ない味である。これに様々なトッピングを加えてバリエーションを楽しむだけでなく、米粉パンの方も様々な形や薄さに焼きかえることで、エスニック色豊かな様々なメニューに作り変えていくことができる。久々にお邪魔させて頂いたが、そのいつまでもクリエイティブなスタンスに脱帽すると共に、好きなこと・得意なことにいつも嗅覚が利いて、確実にモノにしていくプロセスについても見習うべきことが多いと思った。おかげさまで、豊かな時間が流れる日曜日の午後となった・・・。ありがとうございました。 また、ごちそうさまでした。今回の成功もお祈りしています。
2011/06/12
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長い海外出張経験の中でも(もっとも米国出張が圧倒的多数を占めるが)、今回の米国出張は少々特別なものとなった・・・。当初、現地2泊という超短期で いつものシリコンバレー・エリアに出かける予定を組んだものの、資料の最終準備を日本でするか米国でするかの利便性を考慮した結果、最終的に もう1泊前泊を付けて現地3泊 太平洋標準時(PST)で4/17(日)~4/19(水)の出張予定に決定した。【写真】いずれも、今回宿泊したカリフォルニアのシリコンバレーエリアはSanta ClaraにあるHilton系ホテルの『Embassy Suites Santa Clara』。Suiteという名の定義通り、大きな2部屋で構成されており、相変わらず広いに尽きる。にも関わらず、日本に比べると価格は非常にリーズナブル。今回の部屋のタイプは『Diplomat suite』という部屋で、直訳すれば『外交官用のスィートルーム』ということになってしまうが、実際には部屋にしっかりとした書斎スペースがあるのが特徴と見え、滞在中とにかく ここでよく仕事をした。この旅程を実現するには、日本時間(JST)で4/17(日)未明0:05(!!)発の 例の新生JAL便羽田発(HND発)サンフランシスコ便(JL002便)で渡航し、4/20(水)の22:30HND着(!!)のサンフランシスコ→羽田便(JL001)便で帰ってくる必要があった。この便で4/20(水)の夜中に帰宅すると、今度は翌4/21(木)~4/22(金)の間、都内で今度は宿泊付の経営研修に出席する必要があったため、非常にタイトではあるものの、以下のようなスケジュールを組んでいた・・・。-------------------------------------------------------JST 4/17(日) 0:05 羽田国際空港(HND)発(JL002便)PST 4/16(土)17:10 サンフランシスコ国際空港(SFO)着~ 3泊4日PST 4/19(火)18:55 サンフランシスコ国際空港(SFO)発JST 4/20(水)22:35 羽田国際空港(HND)着(JL001便)JST 4/21(木) 経営研修~ 1泊2日JST 4/22(金) 経営研修-------------------------------------------------------【写真】本格的に国際空港の役割を取り戻した羽田空港の国際線ターミナルの展望デッキからの眺め。右上の写真には、新生JALの『鶴丸』が尾翼に復活しているのが分かる。右下は館内にあるメガスターで満点の星空を見ることができるCafe『PLANETARIUM Starry Cafe』。・・・ところが、である・・・! いざ帰国となってSFO(サンフランシスコ国際空港)で帰国便のJL001便に搭乗してみると、飛行機が一向に飛び立つ気配がなく、『機材の点検が続いております。申し訳ございませんが、今しばらくお待ち下さい。』というCAのアナウンスが続くばかりだった・・・。いつからか座席で寝込んでしまい、搭乗から1時間くらしてから周囲の様子で目が覚めると、どうもエンジントラブルが解消せず、降機しなければならない模様・・・。やむなく降機し、JALのグランド・スタッフから20$のミールチケットを受け取って同僚とSFO内で食事をとった後、日本オフィスと様々な連絡を取り終えてから、JALのSFOラウンジで待つこととした。結局、ラウンジで出張報告を纏めたり、仮眠をとっていたところ、AM1:30に搭乗可能という連絡が入った。それによれば、日本の羽田(HND)着は、4/21(木)の早朝5時頃とのこと。自宅に帰って出直したのではとても次の宿泊研修には間に合わなくなるため、急遽、自社の担当者と国際携帯で連絡を取り合ったところ、『サザンビーチさん、そういう事情でしたら、是非 前泊扱いで、ホテルにチェックインしてシャワーを浴びたり、仮眠をとってから出かけて下さい。』という機転と融通の利いた回答を得ることができ、到着の時刻に若干の不安を覚えながら再搭乗となった・・・。勿論、エンジントラブルを抱えた機材に乗って日本まで冒険する気はないが、いずれにせよ、JAL側の問題で乗客の予定は大きく狂ってしまったのである。・・・にも関わらず、とある事情について問い合わせ・依頼をした際の、SFOのJALラウンジ・スタッフの態度にはさすがに腹が立った・・・。(通常、私はこの手のことでは まず滅多に腹を立てない。)これでは、長らくJALを使ってグローバルクラブ会員になった甲斐も薄れるというものである。JALさん、もう少し考えた方がいいよ。さてはともあれ、搭乗してからは超短期の強行スケジュールの疲れもあってか5~6時間眠りこんでしまったようで、最初の機内食はスキップしてしまっていた・・・。その後、今や飛ぶ鳥を落とす勢いfacebookの創始者であるマーク・ザッカーバーグらの活躍・葛藤・成長を描いた映画『ソーシャル・ネットワーク(The Social Network)』等を遅ればせながら見つつ、羽田に着いた。(この映画、物語は米国東海岸のハーバード大でスタートするが、Biz拡張の目的で、途中からはスタンフォード大のある米国西海岸シリコンバレーへと舞台は移るので、スタンフォードを始め馴染みの場所やエピソードが多数登場して楽しめる。)【写真】新生・羽田国際空港の国際線ターミナルの内部の様子。右上の写真からは、フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港や韓国の仁川空港に似た新しいすっきりとした空港のイメージを受けるものの、対照的に右上・左下の写真のように江戸の街並みを模した一角に各種店舗が並ぶ日本らしさもあり、なかなか面白い。右下はいつものように 今回購入したお土産シリーズ。今回は滞在期間も短く非常に少なめ。結局、日本到着は予定とされた早朝5時よりも少々早い4時半すぎとなった。研修の前泊として用意されていたホテルは 京急沿線であったが、羽田に乗り付けている京急とは言え、始発は5:26。当然、始発を待ってホテルへ向かうが、京急に乗ってわずか11分でホテルの最寄り駅に到着。到着してすぐにシャワーを浴びて1.5時間ほど仮眠をとって、徒歩ですぐそばの研修先へと到着した。その研修とは『グローバルビジネス・リーダ研修』という内容。講師の方がメディア等でも活躍される大変著名な方で、面白いことこの上ない講義が、まるでF2F(Face-to-Face)のセッションのごとく進む・・・。その講師の方に、この強行軍の海外出張をネタにさんざん いじられながら2日間はあっという間に終わった。まさにグローバルBizの渦中で活躍する若手から中堅の参加者が多く、いろいろと刺激を受けた研修が幕を閉じた・・・。 次回は1ヶ月後に後半の研修が控えている。4/23(土)は文字通り泥のように眠ったが、この超多忙な海外業務をやりくりする少々スリリングなTime managementと、On/Offの切り替えの落差がたまらなく痛快だったり刺激的だったりするのも事実・・・。困ったものである。後日談として、この研修は ほぼ1ヵ月後の5/23(月)~5/24(火)に後半が開催されて終了した。上記の通り、まさに今、グローバルBizの渦中で活躍する優秀な若手から中堅の参加者が多い中、講師の方と共に、非常に自分自身をインスパイアしてくれる参加者に出会うことができた。今後とも、お互いに高めあっていけるといいな、と素直に思える思いがけない素晴らしい出会いとなった。
2011/04/24
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こういう状況でも、大好きな桜は 今年も例年と同じように咲いた・・・。ただ、その桜を見に行く私たちの側が、例年と同じように・・・ という気分になれなかったというのが正直なところだろう。通勤の道すがら、あちこちに美しい桜が目に入ることはあるものの、週末に桜を見に行こうという気持ちになかなかなれなかった中、この日は週末の買い物のついでに、比較的近所の 広大で静寂きわまりない桜の名所にふらっと寄ってみたのだった・・・。写真の桜は いずれもソメイヨシノ(染井吉野)。桜が開花した頃に流れ込んだ寒気のおかげで、例年よりも1週程度遅い推移のように見え、開花の最中も花の硬い時期が長かったように思う・・・。(ちなみに、昨年2010年の桜のブログは4/4にアップしていて、こちらとなる。)この健気な桜が北上し、震災に遭った皆さんの心を癒してくれることを願ってやまない・・・。
2011/04/23
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被災地域の皆さんに比べれば、何にもない平時と同じような生活だが、私達の生活にも『計画停電』やら『買占めによる物資の不足』や『給油難民』『(列車の間引き運転による)通勤/帰宅難民』といった言葉があふれている・・・。そんな中、我が家はしばらくの間、まだ幼稚園入園前の3歳半になる息子と妻を、妻の実家のある大阪に帰省させている。なぜ そのようなことになったか、というと、日頃 底抜けに明るい息子が 震災を境にずいぶんと落着きをなくしてきたからだった・・・。余震やTVの緊急地震速報にやたら敏感になって食卓の下に一目散に走りこんで潜るようになったり、生まれてこのかた殆ど夜泣きなどしたことがないのに、最近は夜中にぐずって起きてしまうようになっていた・・・。そんな息子が、地震直後から やたらおなかの周りに直径5mm程度の少々太めの紐を幾重にもぐるぐる巻きにしている姿が目に付いた。こんな中でも きっと何か、また新しい遊びを発見したのだろう、と大して気にもせずに見ていたが、震災の津波の様子を繰り返し放送しているときに、その原因が分かったのである・・・。「○○ちゃんがねぇ、この紐でママとパパを助けてあげるんだよ。」(←いつも妻が先・・・(苦笑))「お水がザブ~ンって来てもねぇ、大丈夫なんだよ・・。そ~だよね。そ~なんだよ!」勿論、そんな紐で あの悪夢のような津波をやりすごすことなど出来ないのは自明だが、3歳半にしてなんとも健気である・・・。彼なりに一生懸命不安な気持ちと戦っているのであろうが、夜になるとやはり心細くなってしまうのだろう・・・。こうした息子の挙動の変化を見て、妻と息子の帰省をすぐに決めたことは言うまでもない。かくして、私は自宅を離れる気にもなれず、様々な節電や節約に知恵を巡らしながら、にわか独身生活を送っている・・・。※ 3/21(月)春分の日の後日談として、帰省中の息子が、今でも体の周りにぐるぐる巻きにした、くだんの紐を今でも外したがらず、寝るときには邪魔だろうと外そうとすると泣いて嫌がる、という少々ショッキングな話を聞いた・・・。やはり、こんなに小さな子供であっても いろいろと刻まれた怖さやショックというものが明確にあるのだな、と思った次第・・・。小さなお子さんをお持ちの皆さん、どうかケアしてあげて下さいね。
2011/03/20
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被災地中心の皆さんの経験などととても比べられるものではありませんが、自身の職場での様子を記録しておきたいと思います。それは 3/11(金)の15時頃に突如発生した・・・。いつものちょっとした揺れだろう、とある意味 土地柄 地震に慣れっこの感覚でやり過ごそうとしたところ、明らかに揺れの時間が長く、その後 突如 予想を遥かに越えた大きな横揺れが襲った・・・。真剣に机の下に潜った身に両脇のキャビネットが激しく当たり、目の前にあるキャスター付の椅子が激しく南北に行き来し、手で押さえようにも押さえられず、これも体に激しく当たった。これはまずい!と阪神大震災の自身の経験から直感し、ある意味覚悟した瞬間、揺れは益々大きく、周囲からの様々な落下音と共に、自分の机上にも『ガチーン』といったな高周波で金属音を含む音と共に衝撃があった。揺れの後、机から出て見てみると、強固な耐震専用テープで止めてあった自身のPCが、固定先の事務机のパネルもろとも電源ケーブルを引き離して机上に倒れこんでいたことが分かった。(後日、このデスクトップPCは 液晶が内部から数箇所割れ、繋いでいた電源ケーブルが大きな振動で外れたことで電断したことが分かったが、全職場を担当するシステム担当部署に残っていた同型の液晶パネルを流用交換することで、普段通り使えるようになった。)その後は、職場の床から天井まで届く大きなスライド式スチール・ラックが外れて(もげて?)床に倒れこんでいたり、階段の内壁がはがれたり、ひびが行っていることが分かった・・・。その後、オフィスの外に非難して、屋内の安全確認が完了するまでの1.5時間ほど屋外に滞在し、寒さが増してきた夕方に改めてビルに入り、すぐに解散となった・・・。しかし、電車が全て止まっていたこともあり、その日はビル内の巨大なアナトリウムの中で大勢の同僚達と滞在することとなった。その中に位置する超巨大なミーティング・スペースがメインの滞在場所として指定されていたため、丁度 事前に予定されていた我々の会議で使用する200インチはあろうかというプロジェクタ・スクリーン×2枚を使って、丸々一晩、徹夜でNHKのニュースが延々と流れ続けた・・・。そして、職場から真新しい毛布や飲み物、社食をまかなってくれている系列の関連会社からのカレーの差し入れまであった。翌日は、なんとかいろいろな手を使って帰宅することができたが、こうして安心して滞在できる場所が確保されていて本当に良かったと思う。家族とは翌日に会うことになったが、上記のような手厚いサポートに、自社と職場の総務をはじめとした対応メンバの皆さんに心よりお礼を言いたい・・・。そして何よりも、これまでに経験の無い広域な被災地で、極寒の中、絶望と戦っておられる皆さんに おこがましくも心よりエールを、そしてお亡くなりになった方々に心よりお悔やみを申し上げたいと思います・・・。日本は また必ず復活します。
2011/03/14
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先週2/21週は とにかくすごかった・・・。いつものように数ヶ月に1度開催される米国チーム代表者達10数名との文字通り顔を付き合わせたFace-to-Faceミーティング週だったのだが、その実施セッション数がすごかった・・・。2日間に渡る全体会議で計20本以上の議題をこなし、その後3日間に渡る個別セッションを加えて総計60本以上のセッションを、諸事情によりほぼ自分1人でメインを張ってこなさなければならなかった。当然、すべてが喧々諤々の英語でのディスカッションとなる・・・。全体会議は2日間とも、朝の8時半から始まって、勿論、何回もの休憩は挟むものの夕刻19時半まで続くのだから呆れる・・・。英語でのコミュニケーション自体は特段苦にはならないが、彼らと異なる立場・価値観の中で、いかに納得してもらえるように思考しながら、PowerPointによる事前準備のプレゼン資料をベースに、ホワイボードなども多用しながらライブ感いっぱいに その時々の論理展開に応じて各方面の戦略をホット・ディスカッションすることに脳がジンジンするような疲労を感じる。(ある意味では充実感でもあるが・・・。)これに、彼らとのこれまた英語づくしの会食が2回入って1週間が飛ぶように過ぎて行った・・・。まぁ、こんな具合だから、この1週間をこなした2/26(土)は疲れて果てて、まさに泥のように眠った・・・。そして、今日2/27(日)は やっとリカバって、予定されていた家族サービス。片瀬海岸周辺と鎌倉・大船周辺を散策した。息子には どうも初めて見る懸垂式モノレール(厳密にはサフェージュ式)の『湘南モノレール』が、"空を走る電車"として衝撃だったようだ。この週末、本来は1昨年前に受講した某研修仲間によるゴルフの予定があったが、そちらには 家庭の諸事情で参加できず残念だったが、暖かな春の陽光にあふれた湘南の日曜日を充実してすごすことができた。このギャップがたまらない・・・。
2011/02/27
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3歳半になる息子が大のいちごフリークで、先日、ちょっと『いちご狩り』の話をしたところ、目を輝かせて『いちご畑』に行くと聞かなくなってしまった。『いちご狩り』と言うと、伊豆の付け根の韮山などが思いつくが、正直『いちご狩り』だけで、韮山まで行くのはどうかと思うし、息子がその間、おとなしく車に乗っているとも思えなかった。そこで、少々まじめに調べてみると、いまや神奈川県下にもあちこち『いちご狩り』が楽しめる場所があることが分かった。意外にも横浜近辺から三浦一帯、県央の平塚、県西の小田原一帯などで楽しめる。そこで、大磯との境界に近い平塚の西端を北に上がった場所を目指すこととした。そこは、最近の地産地消ブームを強く意識したような野菜や果物、花、牛乳、農業公園などを中心とした農作物をシステマティックに収穫・陳列・販売・宣伝・プレゼンをしている『花アグリ』と呼ばれる新しい施設。驚くような安価で新鮮な上記の農産物が購入できるとあって、その大型直売所である『あさつゆ広場』は 早朝から大変なにぎわいだった。そんな『花アグリ』の一画で、1月にオープンしたばかりという『湘南いちご狩りセンター』で『いちご狩り』を楽しんだわけだが、息子の反応が面白かった・・・。彼にしてみれば、あたり一面に種類の異なるキラキラしたいちごが生っており、それらは時間制限はあるものの、どれでも食べ放題という『信じられない嬉しさ』を前にして『へぇっ~』という情けない感嘆の声を上げて、しばし立ち尽くして、それからは 到底食べきれない無数のいちごを前に、どれから摘んで食べてよいか真剣に迷いながら至高の時間をすごしているのが笑えた。【上段】初の『いちご狩り』にご満悦の3歳半になる息子・・・。【下段】春のきれいな白ギス。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆いちご談義はこんなものだが、同じ週末に、大学の直系の後輩で職場の後輩でもあるT君が、早朝、県西の小田原近くの早川港を出て、相模湾中央部でキス釣りをする、という話を聞いていた。その彼の「今度こそ、釣果を必ずお土産に持って行きますね!」という言葉に対して、「今回も全く期待せずに、連絡を待っているよ。」なんて言っていたところ、夕方になって連絡が入り、白ギスがかなり釣れたとのこと。自宅そばで待ちあわせをし、釣れたてのきれいな白ギスを10匹ほど頂いた。息子と取りに行ったが、その際、わずか3歳半の子供が30歳も年上のT君に「T君、いっぱいお魚ありがとう~!」なんて言っているのが笑えた。かくして、この新鮮な白ギスは、初日はきれいなお刺身になり、2日目はやさしい塩味をまとった塩焼きとなった。こうして、フードマイレージを意識しながら、地産地消で春を食すとは、なんと気持ちよく、幸せなことか・・・。息子が本当に嬉しいときに言う「シワワセだねぇ。(シアワセと言えない)」が耳に残る。実は、正直なところ、こうした話題自体、このブログには珍しいことなのではないか?と思った。やっぱり、年とってきたのかな? でも、それだからこそ実感できる季節の楽しさがあるではないか・・・。
2011/02/13
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この日1/29(土)は、米国への社費留学時代に妻側の関係で知り合いとなったKご夫妻宅での少々遅い新年会へお呼ばれに出かけた。この企画が定例化し始めたのは、まだ昨年からなので、まだ通算2回目なのだが、年末の職場仲間内での忘年会とあわせて『食材にかけた』イベントなのである。年末の職場仲間内での忘年会は、ある上司の方のお宅で開催され、高級和牛を△△萬¥と買い込んで大騒ぎするのに対し、今日の話題の新年会の方は北海道産の蟹を これまた△△萬¥と空輸で買い込んで頂き、各参加家庭が様々な料理やスィーツを持ち寄る所謂『ポットラック形式』で騒ごうといった企画なのである。今年も函館に水揚げされ、海水のまま軽く塩茹でされた新鮮なタラバガニと毛ガニを、とにかくお腹いっぱい食べる!というシンプルにして豪華なイベントが よく冷えたシャンパンで幕を明け、新年会の前半を飾った。ホストファミリーのKさんご夫妻は、我が家よりも10歳以上年上の人生の先輩であり、広い視野ときわめて柔軟な価値感をもって、いつも楽しい話題を提供して頂いている。また我が家を除く他2家のお宅は、いずれもご主人は私よりも やや年上で いずれもお医者さん(脳外科医と内科医)である。当然ながら、普段の私の仕事とは また違う世界であり、それぞれの奥様もそれぞれの世界観をもつ方々なので、専門分野は違うものの、それゆえに興味深い話が多い。各家庭の共通点を見つけるとすれば、ホストファミリーのKさんのお宅を除いて、それぞれの子供の年齢が比較的近いことと、何よりも 帰国してから結構な年数が経つのに、環境の違いを越えてこの関係を維持していこうという心意気だろうか・・・。いずれにせよ、年齢も職業もバックグラウンドも違う間で こうした良い関係を保たせて頂けるのはありがたい限り。今後も大事にしていきたいと思うと共に、いつまでも声がかかるように、こちらもいい意味での話題が提供できる立場でありたいと思う次第・・・。ちなみに、帰宅してからはリビングで 夜中の24時直前から始まった あのアジアカップ サッカーの決勝戦を大興奮の中 観戦し、すっかり元気なリフレッシュの休日となった。Kさん、皆さん ご馳走様でした。大変楽しかったです。また、今後ともよろしくお願いいたします。
2011/02/06
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みなさん、あけましておめでとうございます。本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。今年も 元旦から今日1/4にかけて多くの皆さんから年賀状が届き、ありがたい限りです。そこで、今年2011年初のブログは 年賀状について少し書いてみたいと思います。お子さんがいる方は、家族での写真付き年賀状が圧倒的な割合を占めるわけですが、本当に各ご家庭の子供さん達の成長が早くて驚くばかり。特に、自分に子供ができてからは、そうした よそのお宅のお子さんの成長にも関心をもって目が行くようになったため、なおさらそう感じるのでしょう。一方で、海外赴任している同期が増え、文字通りグローバル・ステージでの働き盛りが見てとれるだけでなく、その赴任先が従来の欧米からアジア地区に相当数移ってきていて、グローバル経済のパワーバランスが明らかにアジアにシフトしつつあることを今更ながらに感じます。自分自身を振り返ってみると、かつての社費留学時代の米国人の方々や、日々仕事で議論を繰り広げる米国・欧州の自社販社のネイティブの皆さんとはChristmasカードをやりとりするのですが、今年はどうしたわけか、双方多忙だったのかNew Yearカードをメールでやりとりすることとなりました。そんな中、届いたのが上のなんとも洒落た写真。これはかつて米国Stanford大学に社費留学中、『English in Action』という英会話のプログラムを実施していたときの会話パートナであったTさんとその奥さんCさんの写真。Tさんは、シリコンバレーで2つの会社を起業した経験をもつ、国際感覚豊かなインテリジェンス溢れるジェントルマン。お子さんがいらっしゃらないTさん夫妻は、多くの子供達を支える基金の設立メンバであり、その運営にあたるボードメンバでもあります。私とは裕に一回り違う年齢と、『Mr.シリコンバレー』と呼びたくなるような"彼の地"での豊かな起業家と投資家の経験をベースに、私の滞在中、実に興味深い話を沢山話してくれ、時に異なる価値観をベースに熱く議論したパートナです。シリコンバレーには 多ければ年に4回も出張に行くことがあるものの、なかなか会えないもの・・・。でも、こうして大の写真好きにして、大の冒険好きの彼から思わぬ世界のどこからか突然に届く粋な写真は いつも自分に何かをInspireしてくれ、『僕もまだまだ頑張らなくちゃ。』という強いモチベーションと勇気を与えてくれます。皆さんがくれる年賀状にも、言葉には表現されていなくても そうしたものが多いように思います。そうした様々な元気をもらいつつ、今年も元気にスタート・ダッシュしていきます。
2011/01/04
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この年末年始の連休を利用して、12/29(水)~12/31(金)と 押しも押し迫った年末に軽井沢プリンスホテルスキー場へ子連れスキーに出かけてきた。 夏の軽井沢には過去に何回か訪れたことがあるが(Vol.01、02)、冬は初めてである。3歳4ヶ月になる息子も、既にこれが3シーズン目のスキー行きとなる。もっとも一昨年と昨年とも 息子はゲレンデの寒さに瞬時にくじけて、スキーはおろかキッズゲレンデでの遊びもままならなかったが、今年は持参したミニスキーとソリにすっかり興奮した様子。特にソリは、約50mの傾斜をすぐに1人きりで滑るようになり、体重の軽さも手伝って、エンドラインに設けられた停止用の上り坂もあっさり上りきってしまう程のアグレッシブさを見せていた。わずか3歳の子供を連れて行くのだから、親の方はそろってゲレンデに出ることはできないものの、是非とも続けて行きたい我が家の冬のイベントである。【写真】今回の軽井沢プリンスホテルスキー場とホテルから見たうっすらと雪化粧した景色の数々。少し贅沢なスノーリゾートの雰囲気は、米国滞在時に訪れたHeavenlyスキーリゾートを思い出させてくれる。軽井沢への行き帰りは いずれも自車のステーションワゴンを使い、行程的にはわずかに中央道を走り、メインは圏央道と関越道を走った。高速道路の走行はわずか1時間40分程度で、全行程を通しても4時間をわずかに切る短時間で自宅のある湘南某所-軽井沢間を移動することができた。現地は 夕方から夜にかけて小雪が舞うような日があったものの、日中はよく晴れ、市中の道路が雪で困るようなこともなかった。宿泊先は軽井沢プリンスホテルウエストという軽井沢中心部に位置するプリンスホテルの御三家(ザ・プリンス軽井沢、軽井沢プリンスホテルイースト、同ウエスト)の中でもカジュアルな部類。しかし、最近全国的にリニューアルを果たしたプリンスホテルにならって、清潔でサービスも行き届いており好印象をもった。この軽井沢の中心部に圧倒的な勢力を張るプリンスホテルは、各ゲレンデや軽井沢ショッピングプラザ、フォレスト・スパ等と各ホテルを20分毎にシャトルバスを循環させ、便利なアクセスを提供していた。【写真】いずれも最近できたばかりの軽井沢ウエディングの『フォレスターナ軽井沢』の夜景。イルミネーションの新名所でもあるらしく、一面雪に覆われた2日目の夜に訪れた際にはご覧のように幻想的で美しい限りの夜景が満喫できた。今回驚いたのは、年間において最も高額であるこの時期において、中国及び韓国の富裕層と見られるお客さんが非常に多かったことである。我が家の場合、年末年始の連休中にも何日かは休日出勤で潰れる私の予定を見越して(無視して?)、妻が早い時期にホテルを押さえてしまっていたから価格的にも まだリーズナブルで良かったから良いようなものの、12/30にもなると これらプリンスホテルのあちこちで1泊5万¥はするというのだから驚く。これに海外旅行としての移動費用まで含めると相当高額なレジャーになると容易に推測されるため、そうした富裕層と思しき中国・韓国の皆さんがとにかく多いことには とにかく驚く。何はともあれ、大晦日の夜に紅白が始まる頃には自宅に到着できたのだから、上出来としましょう。楽しいスキーリゾートを満喫して1年を締めくくったのでした。
2011/01/03
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ついに、この禁断のテーマでダイアリを書く日が来てしまった。。。(苦笑)本当は、このネタで軽く一晩は語れるくらいうるさい自分を自負しているので、実はブログに書くのは長年封印してきた・・・。何せ、止まらなくなってしまうので(苦笑)。もう10ヶ月程度も前のことになるだろうか。そのシステム手帳は突然、目の前に現れて、以降 その深いNavyの外装と美しいなめし革の色彩は 決して記憶から薄れることはなかった。こちらが探しあぐねて、やっと手にした紺碧の『MORPHO(モルフォ)社CYPRIS(キプリス)シリーズ』のコードバン皮革製の6穴バイブルサイズのシステム手帳。下に添えたボールペンはfILOFAX時代を通して使っているお気に入りのParker社Sonnetシリーズのブルー・マーブル。こちらはそのまま使用続行予定。そんな書き方をすると随分と大袈裟に聞こえるかもしれないが、IT野郎にして、その一方で文具になみなみならぬ(?)快適性・機能美にこだわりをもつ(いや、もつつもりの)自分にとって、システム手帳のもつ意味とは 単に手帳の枠を遥かに超えた意味をもつのだから仕方がない。長年、もうかれこれ15年もの間使い続けてきた『fILOFAX社製のDundee』と呼ばれる重厚なシステム手帳をそろそろ切り替えようと思い立って、早2年程度経つ気がするが、どうしても自分の欲しいイメージにあうものがなく、本当に長らく探しあぐねていた・・・。その探していた条件とは、バイブルサイズであり、リング径はどうしても25mmであること。そして、皮革の最高峰コードバン製のシステム手帳であること。コードバン特有の あの垂直方向に並んだ緻密な単層の皮革繊維が発する光沢に出会ってしまうと、もうそれ以外は考えられないのである。・・・はい、私 病気です。(苦笑)上記の条件で探すとなると、まずコードバンを検索キーにして探すのが探しやすい。そこで、コードバン製のシステム手帳で最も知られているやはり(1)Brelio(ブレリオ)か (2)ASHFORD(アシュホード)のCHEVALIERシリーズあたりが真っ先に候補に挙がる。これに加えて、標準6穴ではあるもののリフィルの横幅が少々大きい『7つの習慣』で有名なFlanklin Coveyの(3)Flanklin Plannerや、日本の(4)Davinci GRANDEシリーズや、コードバンによく似たグレインレザーを擁した(5)BLITHOUSE等もあるが、いずれもリング径か内外装のカラーリングが主なネックとなり、購入には至らなかった。(Flanklin~の場合は やはりその横幅に少々抵抗があった。)ちなみに長年愛用してきたシステム手帳の王様にして、そのオリジネータであるfiloFAXは意外にもコードバンのラインアップを出しておらず、最近は どうにもこうにもアバンギャルドなデザインに振りすぎの傾向に見え、早々に敬遠していた。さらには、常時保持するリフィルが増える傾向にある中、リング径がfiloFAXオリジナルの23mm径であることが今ひとつ頼りなくなってきていた。もう読み手の皆さんにとっては 極めてどうでもよい この選択基準によって(大苦笑)、10月の中旬過ぎの良き日に購入に踏み切り、やっと先週 私の日々のビジネス戦線に参戦したのが、個人的にはため息が出るほど美しい紺碧の機能美に満ちた『MORPHO(モルフォ)社CYPRIS(キプリス)シリーズ』のコードバン製システム手帳である(上の写真の通り)。リングは堅牢性で定評のあるドイツ KRAUSE(クラウゼ)社製。リングがこれでASHFORDのCHEVALIERシリーズ同様、KRAUSEのゴールド鍍金なら 更に『はらたいらさんに全部!』って感じなのだが、まぁ、99.88点ってとこで、とっくに自己満足のK点を楽勝突破しているので問題なし。ちなみに4萬円也。・・・まっ、いっか。昨年末から今年にかけて、大きな特許の賞も頂いたし、JapanTimesにも載ったし。自らの記念品としましょう。# 11/6のダイアリに続き、またも趣味に走りすぎました。。。ごめんなさい。
2010/11/21
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この日、都内某所にて、ある技術講演を実施しなければならないというタスクがあった。自身が講演すべき内容は約30分の内容であったが、主催者側から、受講対象者が某・有資格者であることを考慮して、事前に「マーケティング的要素やスペック(仕様)を中心に話すのではなく、今回はあえて技術面にかなり振った話にして頂けると嬉しいです。」という やる気満々の依頼を受けていたこともあり、相当 硬派な技術論に振った内容としてみた。聴講者の皆さんのご感想は後日また集計されて見ることになると思われるが、主催者側の皆さんからは「確かに、相当 技術寄りに振ったお話で、一部少々マニアックな面もありましたが、あそこまで話してもらえると迫力です。」との評を頂いた。(それっていいのかな・・・??)細かなことを言えば、同じIT業界・同じ製品を扱う世界にいる人達を対象にするとは言っても、少々英語的な言い回しが多かったようで、実は自分も話しながら気づいていた。やはり、そうした面は 国内講演会向けに 意識の上にも意識を重ねて留意しなければならないだろう。少々、言い訳をさせて頂けるならば、今回とよく似た内容をこれまで今夏に数回、米国で英語講演していることもあり、その際に使った言い回しが無意識のうちに一種の高揚感の下 表面化してしまった部分があること。一方で、我々が主戦場とする真のWorld Wideマーケットを念頭に置くならば、その程度は 正直なところ『ありきのもの』と捉えなければ、その先の有意な議論をするにしても単に基本的なスキルセットが足りない、ということになってしまうことにも気付いてもらいたい、という少々挑戦的な意味合いを意図していたこと、等が挙げられる。私が言うのはおこがましいが、もはや日本を取り巻く急伸著しいアジア諸国の貪欲な知識欲はそんな生温いものではないのだから。何にせよ、こうしてまた年内の大きなイベントが1つ終わって、今年が終わりに近づいていくわけですね。あと大きく残すのは年内の海外販社を招いての技術ミーティングくらいかな。急な米国出張が入らなければよいけれど・・・。皆さん、もうこんな時期になってしまいましたが、今年もあと少し。頑張りましょう!
2010/11/20
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ときには勢いにまかせて思い切り趣味に振って、メタファーいっぱにダイアリを書いてみるのも悪くないでしょう。実はこうした書き方は この長いブログ歴の中でも初めてのような気がします。さて、それでは始めましょう。今日は 相当癖ありの世界です。覚悟してお読みください。(苦笑) この日2010/11/03(Wed.)、かつて高校時代 一緒に『Media Bahn』なる一時的な企画結成したGrpに所属していたUSYM君(key@DX)と彼の奥さん、HiROHMy(key@JUNO)と私(key:POLY)の4人は都内某所にいた。目的は 約50k人もの人達と同じロケーションで、ある同じ目的のためにシンクロする(Synchronize)ためであった。当該イベントが終わって振り返ってみると、あの時間と空間は何だったのだろうか?と思う。最新のTechnologyを駆って、あえてレトロフューチャーのフレバーをまとわせたCyberpunk的空間とでも言うべきか。今よりも もっと映像の比重が大きかった頃の黎明期のクラブカルチャーを思い出す。延々と続くキョーレツナリズムとシーケンスパタン・・・。一方、低音・低周波特有の 音の『粒』が聞き取れる形で 第2、第3のメロディラインにも足るアナログSynthesizerをイミュレートしたBaseラインが何度もフロントエンドに現れてはバックグランドに回り込んでいく。ハードコアTechno/Acid Technoあり、Digitalパンクあり、トランスありの世界。生声の長音にレゾナンスがかかって陶酔は進み、脳内にドーパミンが大量に分泌される中、ときにEpoch-Making的に『Jenny in a bad mood』などが挿し込まれたりして、妙にキャッチーだったりする・・・。当時、僕らを興奮させて止まなかったものと類して同じDNAが存在するかのように・・・。しかし、まずいなぁ・・・。このままでは この陶酔の無限ループからExitするのは難しそうだ・・・。Self-Controlが効かないのだから。日ごろ、EnterpriseクラスのMission Critical ITシステムやグローバルBizの世界にどっぷり身を浸して、知的好奇心を刺激され続けながら脳を消耗していくのも楽しいが、たまには 多感な時期に後天的に深く刻み込まれたTechnoなDNAを呼び覚まして享楽に酔うのも悪くない。それにしても天晴れ哉!YSTK氏。イベント後もYouTubeとWikipediaでどこまでも時間軸を逆に深く深く進行してReviewと新発見は続く。嗚呼、それは まるで頭クラクラ、みぞおちワクワク~の世界・・・。めくりめく電脳のElectro City/Electro World・・・。こんな調子では 近く『TRON:LEGACY』でも見て、Cyberpunkな3-Dimensionalな世界に身を投じて、もう一度自分を開放しなくては この高まったHeartbeatは鎮められそうにない・・・。今日はすっかり意味不明ダイアリでごめんなさい。でも、同嗜好の方が見れば、思わずにやっとするギミックをリンク以外にも沢山詰め込んであります・・・。さて幾つお気づきになりましたか?
2010/11/06
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