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2010.12.14
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 「こんにちは」

 カウンター奥の事務室から女将さんが出てみると、若い女性と60代の和服の女性が玄関に立っている。

 「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださって、有難うございます」

 「金沢市内から来ました有田美代子と義母(はは)の房江です」

 「私、紅柿荘の女将の啓子でございます。どうぞ、お上がり下さいませ。あ、あら」

 女将さんは美代子さんの顔を訝(いぶか)しげに見つめた。

 「うふふ、金沢武蔵町のほくてつエルザデパーとのアルバイト店員だった・・・」

 「ああ、そうよ、そうだわ。このお念珠をデパーとで失くしたかと思って探して頂いたのよね。そしたら、なんと、私の部屋にちゃんとあって、ご迷惑をおかけして・・・だけど、親切に対応して頂いて嬉しかったわ」

 「その時、女将さんからいただいた名刺を義母(はは)が見て、行ってみたいって申しましたの」



 夜。

 宿泊客の食事の後片付けを終わって女将がカフェ レッドに降りて来ると、間もなく美代子さんが降りてきた。

 「さあ、美代子さん、ここはあの時のお礼とお詫びに私がご馳走するからゆっくりしてよね」

 「あら、そんなこと、かえって悪いわ。それより女将さん、今日のお膳に添えられていた山中塗の黒柿の銘々皿は佐竹康宏先生の作品じゃありませんか」

 「ええ、良くご存じで。佐竹は私の弟なのよ」

 「そうですか。私は金沢の美大で染色を専攻していたんだけど、亡くなった主人が漆器をやっていたものですから、佐竹先生の作品もよく見せて頂いたの」

 「え、亡くなった・・・」

 まだやっと30になったかと思うような美代子さんなのに未亡人なのか、女将さんは改めてしみじみと美代子さんの顔を見つめる。

 「たった5年の家庭だったけど、優しい主人と子供と3人で幸せだったわ」

 「そう・・・5年間」

 「海の事故で、私を置いて二人一緒に逝っちゃったの。私だけを置いて。それで、49日の法要を済ませて納骨して、海岸に行って死のうとしたんだけど、子供の声が聞こえてきて『だめだよ、ママ、こっちに来ちゃダメだよ』って」



 「私、もっともっとあの子と遊んであげたかった。あの子とお風呂に入りたかった。あの子を抱っこしてあげたかったのに」

 俯(うつむ)いた美代子さんの両の眼がしらから涙が二筋(ふたすじ)こぼれ落ちた。

 「そう、辛かったわねえ。寂しかったでしょうね。いいのよ、ここは、思いっきり泣いていいのよ」

 美代子さんの胸の奥に長い間たまっていたものが堰を切って流れ出て来る。

 女将さんは美代子さんの肩を優しく抱いている。



 「栗原さんという男性がそちらの有田美代子さんを訪ねてみえているんだけどねえ」

 「え、栗原さんが・・・ですか。アノ、亡くなった主人の美大の時の同級生なんです。輪島塗の職人なんですけど。でも、なんなのかいら、こんな時間に。すみません、通して下さい」

 やがて、作業着姿の栗原さんが現れた。

 「キミのお義母(かあ)さん、有田のお母さんから電話をもらったんだ。もっと早く来るつもりだったんだけど仕事が立て込んでしまって、こんな時間になってしまった」

 栗原さんは緊張した面持ちでドアから少し入った所に直立している。

 「義母(はは)が、栗原さんを呼んだんですか」

 「そうだ。美代子さんは有田が亡くなった後も自分によく尽くしてくれた。充分過ぎるほどやってもらったと。今度は自分が美代子さんのことを考えてあげなければならないと。電話の向こうで、恐らく涙を流しながら話された。それで、オレに美代子さんと新しい所帯を持ってくれないだろうかと。3年忌の喪もあけたし、キミに幸せになってほしいって」

 「義母(はは)がそんなことを申しましたか」

 「だけど、美代子さん、オレは有田のお母さんに頼まれたからキミにプロポーズするんじゃないぞ。有田が亡くなってからこの3年間、オレはキミをずっと見続けてきて、キミのことを好きになってしまったんだ。有田に対する遠慮もあったんだが、昨日のお母さんからの電話で有田が許してくらたんだなと思ったんだ」

 美代子さんは項垂(うなだ)れていた顔を上げて女将さんを見つめた。

 女将さんは『ウン』と頷(うなづ)いて栗原さんを見やった。

 「オレは有田ほどにはキミを幸せには出来ないかもしれない。職人としても駆けだしだし、才能があるかないかもわからん。苦労ばかりかけるだろう。メシもまともに食えないかもしれない。良い所なんかちっともないオレだけど。こんな男だけど」

 栗原さんは両手に拳(こぶし)をにぎりしめ、肩を震わしている。

 栗原さんの眼から涙があふれ出した・・・時。

 「栗原さん、有難うございます。私、あなたについて行きます」

 板長が女将さんの手をひいてレッドからそっと出て行った。

 翌朝、紅柿荘のフロント。

 雲の切れ間から差している朝日が想い出石を明るく照らしている。



 『生きていて良かった。あの人を幸せにするために私はまた生きて行きます。美代子』






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Last updated  2010.12.14 08:34:26
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