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(郵便受け 砂浮琴撮影)大手流通が地方に進出すると、正直ロクなことはない。町並みも変われば、人の流れだってすっかり変わる。だけど、変わるのはそんな見た目だけじゃない。雇用と利便性をアピールして進出する大手流通は、実は地方を食い物にする。地域の雇用と、暮らしを支えた小売業は疲弊し、暮らしが影響を受ける。大手流通がもたらす雇用とは、申し訳程度の非正規雇用だ。それに、大都市に本社を持つ大手は、地方には法人税を落とさない。雇用や町の発展を期待し誘致した自治体は、まんまと一杯食わされた。 商店が消えた町からは、少しずつ人も減るし、地方産業は衰退する。こうして、地方の雇用環境は悪化し、地域の人口は急激に減少しはじめる。大手流通は心得たもので、メリットがなくなればさっさと手を引く。職を求め人は都市へ流出し、地方産業が滅ぶと町は暮らせなくなる。全人口に占める65歳以上の割合が70%近く、町の財政は限界を超え、福祉予算も尽きて、老人の孤独死が年に約四十件余り。でも、こんな町はもう珍しくはない。置き去りになった民家に、錆びついた郵便受けが一つ。今は忘れ去られたこの家も、ここに暮らした人にとって喜びでもあったろう...かつて、賑わった通りを抜ける間に出合ったのは、杖をつく老婆と猫一匹。人の死は三度あると思う...一度目の死は、未来の希望を失ったとき。二度目の死は、心臓が機能停止し、命が消える物理的な死で、二度目の死は、自分を知る人から自分が忘れられるとき。自分が生きていた事実が、人の記憶から消えたとき本当の死が訪れる。砂浮琴は、物理的な死より、むしろ一度目と二度目の死の方が怖い。
2013.01.22
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酔鯨酒造株式会社(高知県)≪四国地方高知県の地酒≫≪日本酒≫ 酔鯨 純米吟醸 兵庫山田錦...価格:3,570円(税込、送料別)聞けば、平松可奈子とか小木曽汐莉とか、SKE48のメンバーの子たちが、今春にも大量卒業するとか。実は、砂浮琴も1月末で職場を去ることになった。 何48?(笑)歳が歳なので、職探しや暮らしを考えると前途の不安は語るまでもない。だけど、考えられる事はすべてやり尽くしたし、少なくとも悔いはない。何をするにも反対され、邪魔され、陰口を叩かれながら、それでも三年延命した。嫌われ役に徹し、何度も乱脈経営を改めさせようと試みたけど、古狸たちの、身に染みついた悪習は絶ち難しということだろう。五十五で引退するまで、あと二年は頑張ると決めていたけど、自分が思い描いたような、そんな風に都合よく事は運ばないもんだ。真っ先に、苦労を共にしてきた課長に「退く」と告げ、自分の無力を詫びた。課長は、晴れ晴れとした表情で「自分もお供します!」の一言だった。近いうちに、誰かがこうして幕引きをしなきゃいけない状況だった。最終的に、砂の部門はほぼ全員が辞めることになった。外国人スタッフや、若いスタッフの後々を考えれば、むしろ、これでよかったんだと思う...あら楽し 思ひは晴るる身は捨つる 浮世の月に かかる雲なしそんな心境で、課長とははじめて二人で酒を酌み交わした。
2013.01.17
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夕べは寝つけず、夜を明かした...今日のこの空の下で、きっと大勢の人があの日、あの時を思い出したろう。この思い出は、この命が尽きるまで決して消えることはない。正直にいうけど、あの頃は人の励ましや慰めの言葉が余計辛かった。「頑張ろう」とか「元気を出さなきゃ」という自分への言い聞かせすら、自分自身を傷つけたと思う。18年の想いを込めて合掌...
2013.01.17
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昨夜、自宅で風呂あがりに歯を磨いてたとき、背中に視線を感じてゾッとした。気になったけど、独りっきりだし、振り返ったり鏡越しに後ろを確認するのが怖くて、大きな声で歌ったりしてシカトした。(笑)もう随分前のことだけど、砂浮琴にはイヤな体験がある。古い木造アパートだと、設計上の都合で仕方のないことだけど、陶製の洗面台が部屋や廊下の隅にあって、お決まりのように鏡がつけられている。そして、洗面台の真後ろが窓やドアという構造って珍しくない。あれは、1993年7月のとある週末だった。友人と待ち合わせて映画を観たあと、モトコーの食堂で食事をしたり、他の仲間の近況やら、噂話やらをしたりしながら遅くまで夜遊びした。その夜は、その友人のアパートに泊まることにしていた。アパートは、阪神電車の新在家駅から徒歩10分。六甲山の方向を向いて、ゆるい坂を登った古い住宅街の一角で、造りは古いが、風呂がついて2万5千円は魅力だったそうだ。友人は、「小腹が空いた」といい、少し離れたコンビニへ買出しに出掛けた。待つ間、鞄に入れっぱなしの出張セットを出し、歯を磨いたり顔を洗ったりしていた。ガチャっと、洗面台の真後ろでドアが開く音がした。戻ったと思い、顔の石鹸を流しながら声をかけたが返事はない。ドアが開き、友人が戸口に突っ立ってる感じはしていた。「どうした?」と顔を上げ、鏡越しに戸口を見た。「あッ!」としか声が出なかった。確かに、友人は戻って戸口に立っていた...立っているけど動かず、口を半開きにして精気がない。誰かの手が、後ろから彼の両肩をぐっと掴んでいて、右の肩口から、その誰かがにゅっと顔を覗かせた。仰天して、振り返って直接見た。「うわぁ~!」と、自分の口から出たと思えない大きな声が出た。皮膚がただれ、髪は抜け落ちて、目だけギョロっとした顔だった。それが、千切れた上半身だけで友人の肩を鷲掴みしてしがみついていた。必死とか、無我夢中ってのは、あんな感じだろう...とにかく、マグカップとか、石鹸とか、指に触れた物は全部投げつけ、彼の腕を引っ張って、部屋へ引き入れドアを閉めた。へなへなと、畳に座り込んだ友人は手ぶらだったし、ヒザから下は濡れて、腰の上まで泥が跳ね、片方の靴は脱げている。呆けたような顔をして、肩を揺すっても何の反応もしなく、頬を二、三発叩くと気がついたみたいでホッとした。部屋中、焦げたような、腐臭ような、イヤな匂いがした。何があったのか判らないけど、でも尋常じゃない。自分も落ち着き、何があったのか彼に訊ねた。彼がいうには、コンビニで肉まんとか柿ピーとか色々買い、店を出て、小さな川沿いを少し歩いたまでは覚えているそうで、その直ぐ後、急に足が重くなって記憶が途切れたそうだ。砂は部屋を片づけ、彼に風呂に入るよう勧めた。彼の両肩は、指の形に赤黒く内出血して腫れていた。次の休日を待って、その友人の引越しを手伝った。その後、彼は体調を崩して一度入院したけどそれ以上は何事もなく、1995年1月17日の地震後の火災で亡くなるまで、長田区で暮らした。享年29才だった。あの出来事の後、砂はすっかり夜の鏡が苦手になってしまった...あの日から、明日で18年...あの日、彼だけじゃなくほかの友人や仲間たちも大勢亡くなった。砂は、こうして思い出すことぐらいしかできない。
2013.01.16
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(初冠雪 砂浮琴携帯撮影)昨夜から、こちらは雨模様で、今日は荒れた天候になった。関東甲信越では、大雪になったとかニュースでも流れていた。夕方近くになって、こちらも雨から雪に変わり、みるみる積もった。南近畿では、年にニ、三度ほどしか降らないし、積もるなんてことは滅多になく、ここらでは数年に一度のことだ。今日は、晴れ着姿の新成人も、不意の雪で難儀をしたことだろう。そういえば昔、成人式は1月15日と決まっていた。成人式が、1月15日でなくなってからどれくらい経つだろう...そもそも、成人式とは、戦後間もない昭和21年11月22日、埼玉県蕨町の青年団長だった高橋庄次郎が企画した青年祭がルーツだそうだ。敗戦が、暗く影を落としていた時期に、社会を担う若者に希望を持たせ、激励しようとしたのがはじまりだったとか。60年以上経った今、成人式は振袖のクラス会か合コンの場と化し、煙草を吹かし、酒を呑み、傍若無人に振舞う解禁日になったように感じる。砂の気のせいかな?
2013.01.14
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これは、今から二十年ほど前の出来事...寒の入りとはいっても、風呂あがりは喉が渇く。同僚に捕まって、愚痴を聞きながら少し呑んだせいで余計に喉が渇いた。銭湯の外は、湿った雪がちらついていた。自販機で買おうにも、持って出た小銭は銭湯で使い果たし、小銭入れは、5円玉がある以外ほとんど空っぽだった。小銭を取りに、一旦アパートへ戻ろうと近道をした。通ったことのない路地を歩くと、小さな公園があって、公園の隣に、古そうなマンションが建っていた。遠めの距離だったけど、ベランダに女が立っているようだった。少し近くなると、三階...? 真ん中辺りの部屋ベランダだとわかった。さらに近づくと、若くて半袖のワンピース姿だ。女は、外を向いてるんじゃなく、部屋の方をじっと見ていた。この寒いのに半袖かよっ?と、その程度の疑問は感じた。腕時計の時刻は、午前00時少し前だった。間近になって、女がつぶやいてるのがわかった。「開けて... 開けて... 開けて... 開けて」という声が耳に入った。マンションの正面まで来たとき、はっきり有り得ないと感じた。ない、ない、駄目、駄目、有り得ない... 絶対有り得ない!全身に鳥肌が立った。石鹸やシャンプーを落としたけど、構わず走った。一刻も早く、この場から離れたくて必死に走って逃げた。どんな風に、アパートまで戻ったかなんて覚えてない。帰り着くとドアに鍵をかけ、部屋の明かりを全部点けた。ラジオも、テレビも点けて少しは落ち着いたけど、恐ろしくて、気がどうにかなりそうだったんだ。結局、あの夜は喉が渇いたまま、眠ることもせずに夜明けを待った。女が、部屋に向かってつぶやいてた理由なんかわからないけど、あの女がいたマンションは、荒れた廃墟だったんだ...
2013.01.11
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砂浮琴の故郷では、鯨のことを勇魚(いさな)と呼んでた。無論、鯨(くじら)では通じないというワケじゃない。(笑)【くじらベーコン食べ比べセット】鯨ベーコン食べ比べ!お試し特価!価格:1,000円(税込、送料別)捕鯨は各地にあったけど、とりわけ盛んだったのは壱岐と紀州と土佐だ。勇魚は鯨の古語で、かつて鯨を捕獲する者はいさなとりと呼ばれた。日本人が、鯨肉を食した歴史は驚くほど古い。館山市にある、紀元前6000年頃と推定される稲原貝塚からは、イルカの骨に刺さった黒曜石の銛先が出土しているらしい。鯨一頭で七浦潤うといわれた通り、鯨一頭で近隣の集落まで満たせた。日本人の素晴らしさは、恵みに対し感謝と崇敬を表わす心だ。人々は、贄(にえ)となってくれた鯨に感謝と畏敬の念を込め、鯨墓や鯨塚、祠、神社まで建てて供養し、感謝の祈りを捧げた。こうした、鯨に纏わる文化は色々と伝承されている。さて、積極的な捕鯨は奈良時代で、銛一本で鯨を仕留める突き捕り式だった。その後、安土桃山の頃から専門的な捕鯨集団が水軍から生まれ、捕鯨法は、網で鯨を絡め銛で仕留める網捕り式へと発展した。砂浮琴の少年時代は、牛肉なんて滅多にお目にかからず、肉といえば鯨肉が主流だった。カレーだってシチューだって鯨肉だったし、照焼きもあったし味噌漬けもあった。カツレツや佃煮、筑前煮や関東炊き、コロッケにだって鯨肉を使っていた。そんな、低コストで給食でも定番だった鯨は、今やマグロより高い。(笑)それでも、鯨を使った故郷の味は、今でもときどき食べたくなる。鯨の刺身やベーコンには、辛口の日本酒がとてもよく合う。オススメは、土佐の司牡丹か越後の上善如水、南部美人もイイ♪
2013.01.09
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ヴィクター・ラズロと聞いて、直ぐに『カサブランカ』が頭に浮かぶ人って、相当な映画通の人だと思う。ヴィクター・ラズロは、ハンフリー・ボガード主演の名作『カサブランカ』の中で、ポール・ヘンリードが演じた反ナチ活動家の役名だ。そういえば、ベルギー出身の女性JAZZヴォーカリストにも、映画にちなんでヴィクター・ラズロと名乗った歌手がいたね。こちらも、ちとマニアックだったな。(笑)ちなみに、「君の瞳に乾杯」というキザなセリフは、カサブランカの劇中のセリフなんだ。さてさて、今年は元日から映画三昧の正月だった。『第三の男』、『駅馬車』、『ベンガルの槍騎兵』、『キリマンジャロの雪』、『雨に歌えば』、『深夜の告白』、『遠すぎた橋』、『アラビアのロレンス』、『イヴの総て』、『太陽がいっぱい』、『わが谷は緑なりき』、『鳥』などなど。もう何度も、繰り返し観ているのもあるけど名作は飽きない。古い映画はモノクロが多いけど、白と黒の世界の中に色彩を感じさせるほど、脚本には秀でた表現力を感じるし、俳優は存在感があって魅せられてしまう。最近のCGを駆使した映画にはない味わいがある。
2013.01.08
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一応、今朝は6時半に起きて粥を食べた。ただし、レトルトの白粥だし、中身は味つけ海苔とほうれん草だけだから、七草粥でもなんでもありゃしない...(笑)京都雲月 白がゆ 一人前 250g/京都雲月/お粥(おかゆ)/税込\1980以上送料無料京都雲月 白がゆ 一...価格:252円(税込、送料別)「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」七草粥には、邪気を払い万病を除くという呪術的な一面だけではなく、青物の収穫が困難な冬に、栄養を補うという実利もあった。正月明けに粥を食べる習慣は、奈良時代にはすでにあったそうだけど、七種類なかったり、雑穀類だったりと、当時は一貫性や規則性が見られず、七草として確定したのは、平安時代の半ば頃からのようだ。原点の一つは、"子の日の遊び"や"若菜摘み"という古来の風習で、雪の間から、勢いよく芽吹く若芽を尊んで摘みとったらしい。もう一つの原点は、四世紀頃の中国の"七種菜羹"という行事。古代中国では、一月七日を"人日"といって人を処刑しない日とし、汁物に、七種の野菜を入れて食べ、その年の無病を祈ったといわれる。こうした、古代日本と古代中国の習慣がジョイントして、七草粥ができたんだね。さてさて、実は一昨日のblogで七草粥に触れたけど、七草粥は、今日七日の行事だからちょっとフライングだったな~(恥)
2013.01.07
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(秋乃麒麟草 砂浮琴撮影)"寒の入り"の今日になって、今さらだとも思うけれども謹賀新年。(笑)blog仲間の皆さんすべてにとって素晴らしい一年となるよう、心から願ってる。小寒は、立春からはじまる二十四節気の第二十三番目の節で、寒の入りの日から、次の節気となる大寒前日までをいう。明日は、正月七日で七草粥を食べる人も多いだろうね。気温0℃の早朝、しばらく遠ざかっていたフィールドに出掛けた。秋乃麒麟草(あきのきりんそう)の立ち枯れた佇まいが印象的で、久し振りにカメラのシャッターを切った。命を終え、蒼く冬の彩りに包まれる花骸(はなむくろ)は、切なげであり、寂しげであり、また生を繋いだ誇りに満ちているようでもあり、寒の入りの、凍てついた空気とともに愛しくさえ思えた。
2013.01.05
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