ティーゲル・アインス模型戦車の部屋
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夏休みの宿題私が小学生だった頃の夏休と言えば、一番真っ先に思い出すのは、うるさぃ位の蝉の声と、殆ど毎日の様に通ったプールや海水浴場。そして盆踊と同時期に行われる花火大会等の数々の夏祭りの思い出です。休み中の事故や怪我そして休み中の登校日や宿題やそれに付随した課題や注意等は当初から頭には入っておらず、連日連夜を全力で満喫するのが常でした。しかし、その楽しい日々も束の間の事であり、夏休みも残り僅かになってくると宿題の中心である「夏友」という名のワークブックの空白ページを埋める為の作業と図画や工作、そして自由課題としての定番である「昆虫採集」や「植物観察」等がありました。ワークブックの方は、成績優秀な友人を煽てたり交換条件を元に宥めすかしたりし、更には丸写しだと先生にばれるとまずいので、隣のクラスの友人にも応援を頼んで分担して何とか間に合わせましたが、残りの図画と工作は元々得意分野でしたので、それらが不得手であったり私と同様に計画せずに夏休みを過ごしてしまった常連組の同級生のお手伝いもしました。でっ、一番最後に残るのが、私の全く興味関心の持てない「植物観察」と言う事になるのですが、実はこの事に関しての一つのトラウマとなる切っ掛けがあったのです。動く物や機械、特にメカニズム的な物には強い関心わ持てても、花や植物に対しては全く興味も関心すら持てなかった私に、「顕微鏡」を与えてくれたのは私の父だったのですが、その頃の私は父母と妹の住む実家からは少し離れた母方の祖父母の家で殆どの毎日を過ごしていたのです。父は、器械ものやメカニズムに強い関心を持つ私の特性を理解していた事と、おそらくは父自身もそういう事に興味があったのだろうと今は推測出来るのですが、祖父や祖母からして見ればまだ小学生の子供に対して、全くの不釣り合いと思える様な高額過ぎる「玩具」を帰宅する都度お土産として与えるのか不可解に思えた様でした。父にからして見れば、一緒にいる時間が少ない私に対する父親としてのせめてもの愛情の代わりという事だったのかと。先程のトラウマに付いての話になりますが、その頃祖父母の家に一時期帰省していた母方の伯父がおり、その伯父というのは、文人としてネット検索すると多数ヒットする程の人物なのですが、変わった性格というか、子供の頃の私に取っては、自身の考え方を一方的に強制する厄介な大人としてしか映りませんでした。その様な伯父が、分解癖のある私に顕微鏡を預けるのはまだ早過ぎるとして、何とそれを仏壇の裏に隠して仕舞ったのです。祖父母も伯父の考えに同調し、結局顕微鏡の封印が解けた数年後の小5の時には、時すでに遅しで理科の時間に教室に持ち込んだ顕微鏡のレンズが黴まみれで全く使い物にならず、同級生の前で大恥をかいたという苦い記憶があるのです。6年時に代わった私に対して理解のある担任とは違い、常に上から目線で唯我独尊の5年時の担任は、伯父と同様に、その当時から結構多く見られた「自分は何処どこを出でいるから偉いのだ・・・・」タイプの人間の様で、最近の世の中も、その様な人間が増えている様な?という事で、今回は当時完了する事の出来なかった「夏休みの研究課題」の続きをする事に。教材顕微鏡 外箱中身スマホ 接続・顕微鏡搭載画像ニコンとアダプター Nikonが使える様にスペーサーアダプター スマホ装着Nikon スマホ装着Nikon 正面撮影画像Nikon 高倍率 画像追加画像 玩具の様な小さくて可愛いらしい顕微鏡 左日本製の証。製造元の大和科学教材研究所は現在も存在する大阪の企業です。サイズは小さくても、学習用顕微鏡としての基本機能の全てが備わっていて対物、接眼レンズの全ても分解可能であり、長い年月を経た今もレンズを主体とした各部清掃と調整で完全に蘇得らせる事が出来ました。
2026年07月26日
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