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今年は、挑戦と変化の年でした。20歳を超えると一年が徐々に速くなり、もう50歳前になる今日ではその感じる倍の速さになっていく。どうしてだろうか?時は金成という言葉通り、時間を有意義に過ごさないといけない。でも、実際の生活の中では中々漠然とした時間を過ごしてしまう。来年は50歳を迎えるので、これを機に何か新しいことを始めたいなぁ!
2005年12月31日
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昨晩は娘の振袖の着付けを夜中にした。娘がアルバイトで帰っていたのが、夜の11時過ぎで風呂に入ってから振袖の着付けの練習をすることにした。綺麗な着付けをするには、何度も着物を着させることが一番である。まして、振袖ともなると変わり結びをするので結構時間とコツが必要である。娘も着付けOKしながらも、風呂から出来たのが1時過ぎだ。待っている私は、その間に必需品を用意した。珍しく着物を着るまではうまくいったけれど、変わり結びがうまくいかない。何度も繰り返して漸く出来上がったのが午前3時半だった。娘は眠気で朦朧だ。私も可也疲れた。
2005年12月30日
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今年も残り三日である。今日は、台所と部屋の掃除をした。完璧な掃除とまではいかないが、まぁまぁのキッチンになった。換気扇も掃除したいのだが、娘はアルバイトと小学生の不登校の子供のボランティアとして教育委員会の担当者のアドバイスを受けながら色々忙しいらしい。息子は京都から未だ帰って来ない。まぁ換気扇は来年になってから、子供に任すことにしよう!明日は、外回りを片付けたい。きっと来年は福の神が来ますようにとお願いしながら・・・・頑張ろう!!
2005年12月29日
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年末の押し迫り、私は会社を辞めて数週間が経つ。先日の大雪で娘が追突事故を起こしてしまった件が、先方の意向で人身事故になった。治療費は保険から出るが、来年からの保険料のアップが凄いと思うと頭が痛い。先方は、仕事も休まず万が一の後遺症が出るといけないので病院へかかってもらう事をお願いしたのが私の方からだから致し方ない。兎に角、先方も娘も大怪我にならず済んで良かったのだ。
2005年12月26日
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我が家のクリスマスは、なんと子供たちは其々友達?と過ごした!という事で、我が家の一人ぼっちの私はイブの日夜はサークルKの牛丼でクリスマスの日は叔父の三・七法要のパック料理を頂いた。これから、こんな年が毎年のように続くのだろう!!子供が中学時代までは、一応家族の団欒のクリスマスだった。小学校の時はクリスマスの飾りつけで面倒な思いもしたが、それも今では懐かしい思い出だ。日本の90%の家族はきっとイベント感覚なのだろうね!キリスト教徒の本当のクリスマスの過ごし方をよく知らない。もっと厳かな聖なる日なのだろう!今年は、我が町も来年1月1日に合併で市になる。そういう事で、今年は役場の前の大きな楠の木と小さな楠にイルミネーションの飾りが付いた。今年31日まで輝くようだ。
2005年12月25日
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先日、NTTドコモから不意に電話があった。ドコモと聞くと・・・・きっと新しい製品が出来たからという勧誘だろうと思った。しかし、「携帯を失われた事はありませんか?」と尋ねられる。我が家は、息子と娘と私の3台がある。私の携帯はあるから・・・・・・「携帯がどうかしましたか?」と聞き返す。すると担当の方が京都の下加茂警察署に私名義の携帯が届いているということだ。警察も持ち主が分からないのでドコモに問い合わせをして私の名義ということで知らせてもらったようだ。息子の下宿先には、電話回線がない!連絡は携帯電話が唯一の方法(手紙・葉書の方法もあるけど)だ。大家さんに無理を言って、兎に角警察署に届いていることだけでも息子に伝えてもらいたく大家さんに連絡をした。本当に携帯電話を拾ってもらえて、まして警察署に届けてもらえること自体が有難いことである。感謝します。でも、一端警察署に渡されると携帯電話を貰うのに可也の書類が必要なのだ。ましてや名義が親の私になっているから、息子である証明も必要になる。電話で警察署に訳を話すが、手続きは色々しなくてはならない。生憎、私の場合会社を止めて健康保険証を任意継続の手続きを行っていて、連絡を貰った時は、まだ保険証がなかった。慌てて会社の健康保険へ連絡して、早く手続きをお願いした。そして、息子への連絡が手紙で事細かく書かないと息子も拾得物を警察から貰う手続きを知らせないと息子も合点がいかないだろうから・・・・・・長々な手紙を書いて速達で送る。こういう時こそ携帯電話の有難さが身にしみる。なんだかんだで、漸く息子の手に携帯が渡った。落とした息子の不注意だが・・・・・・本当に拾って頂いた方にお礼を言いたい。
2005年12月23日
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今日も全国に冬将軍が襲来だ。三重県も北部を中心に大雪なった。雪の余り降らない三重県では5~10cmの積雪でも道路は渋滞になる。娘が通学する為に、最寄の駅まで軽乗用車を使っている。今日は10時半頃に家を出たらしい。私も痛め止めの注射を10時半頃に雪道の中病院へ行く。出る前に、娘に今日はくれぐれも注意して運転しなさいと注意して家を後にした。そして、11時頃に私のかかりつけの病院へ携帯がなった。娘からだ。なんと事故を起こしたと言う。相手と娘に怪我がないか心配になったが、電話の様子では、相手の方が色々手続きをとってもらったようだ。娘の話では、交差点で赤信号の為止まろうとしてブレーキを踏んだけど、タイヤが止まらずゆっくりとした状態で前に止まっていた車にぶつけたようだ。娘の方が100%不注意である。雪道の運転は、怖い!私の場合は、岐阜の高山まで冬に営業の為運転した経験があるのでアイスバンにならない限りは自信がある。けれど、娘は雪の怖さを全く分かっていなかったようだ。エンジンブレーキを使いながらゆっくりと止まるのが、基本だが娘はフットブレーキを使ったようだ。幸いにも、娘も相手の方も怪我がなかったことが一番だ。一応保険会社から相手の方に病院へ行って貰うようにお願いした。車もさほど酷い状態にならずに、塗料が剥げた状態だったので助かった。
2005年12月22日
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今日は、午後に届いた自分の着物を着てパソコンの前でブログを書いている。ちょっと気分を変えるのにいいなぁ~!ただ、着物も長襦袢もオークションで購入した古着である。両方ともしつけ糸がついていて、古着でも抵抗はない。しかし、着物は袷でいいのだが・・・・長襦袢は単衣である。それと、裄丈が短すぎた。後3cmは長い方がいい!でも、非常に安く落札出来たのだから仕方ない!失業中の身でこんな生活をしていること自体変かなぁ~!!まぁ、なんとかなるさと自分に言い聞かせている。来年は、今のメニエル症を治して職探しに翻弄することはひとまず置いておこう!!
2005年12月21日
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会社を退社して10日が過ぎた。本社より今日離職票が届いた。これまで、ずーと会社を休んで有給休暇の消化していた。さほど退職届を提出しても失業の感覚が薄れていたが、この離職票が届いて漸くこれで会社のとの縁も切れたのだとはっきり思えた。この先、子供がまだ社会人になっていないのでもう一分張りしなければならない。車椅子の障害の雇用がたぶん難しい状況なのだろうとは、わかっているがきっと実際にハローワークへ出向いて手続きする内にもっと心が乱れるくらい厳しさを知ることになるだろうと予想出来る。その一番の手続きとして国民年金の手続きを今日は役所にて行ってきた。今日は、比較的温かくなんの問題もなかったがこれからは厳しい寒さが身にも心にも荒れ狂うだろう。
2005年12月20日
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この寒波の中で、痛みは悪化している。深夜の注射も看護士さんから昨日降った雪が所々残っているので、深夜はアイスバンになる可能性があり危ないから出来るだけ我慢するように言われた。私も、なんとか座薬で深夜は通院を控えようと思っていたが、やはり痛みが強くなると座薬では辛抱出来なく病院へ真夜中に注射を打ちに行く。寒さは痛みが酷いので、通うときは気にならないが注射を終えて帰って痛みが楽になると寒さが身に凍みる。眩暈の方は、以前より可也楽になってきたが自動車で少し遠出すると気分が悪くなる。まだ、薬を切れる状態ではなさそうだ。
2005年12月19日
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朝が目が覚めるとやけに静かであった。部屋はとても冷たい空気になっていた。カーテンを少し開けると銀世界に変わっていた。小雪もまだ回っている。12月の半ばで雪が積もるということは、記憶にないくらい前だ。子供の頃は、12月の雪も結構あったと思うが20年前からはそんなにない。子供の頃の氷柱もよくあって、学校へ行く途中で友人たちと遊んだ記憶ある。しかし、この十数年氷柱は見たこともない。今年は寒波が早い!そした中、今日は叔父の法要と本山へ骨収めをした。あっという間に時は流れてしまう。
2005年12月18日
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叔父が亡くなり毎晩19時よりお勤めをしている。私だけなのだろうか?重誓偈・文類偈・和讃・念仏・回向文を読み上げるのに30分くらいである。無心にならなければならないのだろうが、色々なことが頭をよぎる。僧侶がいないので、代わって私が僧侶の代わりの導師務めををしている。もっと年上の人がいればお願いするのが、あいにくいない。私も、祖父母と父を亡くしているのでお経は嫌が上でも頭に入っている。でも、導師勤めをしながら色々なことが頭をよぎるとはまだまだ修行が足りないのであろうか。重誓偈の冒頭に、我建超世願・必至無上道・斯願不満足・誓不成正覚・・・・・・・と書いてある。これを、真宗高田派の節回しで読み上げ(地域で振り回しは可也違う)文字通り言葉が綴られなんとなく意味も分からないないでもないが・・・・・・この世の中に生まれそしてあの世へと旅立つあたりこの世の儚さと正しく生きることを誓うことによって阿弥陀様が導いてくださるように思う。功徳を積み上げることがこの世の中に生まれた以上物事を考え生きなさいと言っているようだ。それに比べ、今回の耐震構造偽装の国会喚問を受けている張本人の人たちの答弁を聞く限り、己の保身ばかりが目立つ。きっとこういう人たちは、あの世で可也後悔するのだろうと思う。私も、同じく念仏を読み上げている最中に色々な俗世間の事を考えているようではいけない。亡くなった叔父も飽きれた甥っ子だなぁ~と見ているように思う!
2005年12月16日
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今日は朝は結構寒かったが、お日様が高く上がるにつけて本当に暖かい。この私は窓際に車椅子を止めて、育てている胡蝶蘭の手入れをし話をする。数株のうち三つの花芽が出てきたので、とても愛おしく感じながら丈夫に育ってと祈る。そして、窓際から見える風景(以前は田んぼと小山があった素朴な風景であった。)は様変わりして、新しい団地の大きなコンクリートの壁が目の前に聳え立つ。でも、私の窓からは親父が残してくれた小さな日本庭園風は見える位置ではない。でも、私が健康だった頃に買い求めた黒竹が私の窓から眺められる。無機質なコンクリート壁と対比的に黒竹が元気に風に揺れる風景を見ていると心が落ち着く。そうした時間を過ごしていると、ついついウトウトと瞼が落ちてくる。昼下がりの平穏な時間に感謝する。
2005年12月15日
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年の瀬もあっという間に過ぎて行く。今年は、色々な出来事あった。まず、8年近くも在宅勤務が個人情報保護法の施行で会社出勤に切り替わった。これまで、一人きりの仕事から多くの職場の中で働くことの緊張感と久しぶりの出勤の楽しみが出来た。そして、思わぬ病が出て完治に時間がかかることで職場を去る決心をした。もっと大きな出来事は、娘の振袖の件で着物や帯にとても関心を持つことになりオークションという未知の分野まで出て着物の世界に興味を持つことが出来た。今は、自分の着物まで作ろうしている。ただ、車椅子生活なので着物が便利なのかどうか未だ分からない。そして、着物の件から娘と話を持つ時間が多くなった。娘は私が余りにも着物にのめり込むことが心配みたいだ。ただ、来年より娘と一緒に茶道を習うつもりである。今日近くの茶道の先生のところに電話を入れて、色々話をして足の不自由な私でも挑戦すること勧めてもらえた。来年1月の初釜という行事にお誘いを受けた。見学のつもりで誘われた。娘にその話をするとOKとの返事があった。悲しかったは叔父の急死があった。今も毎日夜勤めを行っている。冥福を祈るばかりだ。もっと驚くべきことに、娘が数日前に財布を落としたということでカード会社などに使用禁止と警察へ紛失届けを出した。なんと、昨日名古屋の警察から一枚の封筒が届き娘の財布が同署に届いているという内容の文が来た。既に諦めていたのに、この世の中には奇特な方もいらっしゃる。特に名古屋駅で落としていたらしく・・・・・本当に拾って頂いた方に感謝したい。お名前も名乗らずに去られたようだ。クレジットカードと大学の身分証が入っていたので、とても心配していたのだが・・・・・感謝です!もう少し残っている今年を大事にし、来る年を良き年にしたい。
2005年12月14日
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私は家にいることが多く、そのほとんどがTVの時間である。もう少し趣味を作らなければならないと自分でも思う。来年娘が20歳になるので、茶道でも習わせようかと娘と話している。娘が茶道が続けられれば、私も娘のアドバイスを受けて茶道を習ってもいいかなぁ~なんて考えている。ところで、こんな趣味のない私が最近報道番組を見て悲しい事件が多い。小学校の児童が魔の手にかかり尊い命を奪われている。こうした事件を聞く度に何ともいえない悲しみにくれる。ご冥福を祈り、残された家族の悲しみを想像すると言葉もない。それ以外に怒りの報道は、なんと言っても偽装設計の件の報道だ。黒幕とされる人物も出ているが、金欲の為に多く人の夢と財産が失われようとしている。国会質疑も見ていたが、腹立たしい答弁に厭きれるばかりだ。速くこういった悪質な業者には、それなりの刑罰を与えてほしい。そして、被害にあっている住民の方のも何らかの救いの手を・・・・!ただ、東京都の知事も言っていたが坪単価から見て安いと思う物件にはそれなりのデメリットがあることをマンション購入の方も反省してほしい。今回はビジネスホテルも多く含まれているが、ニュースを詳しく聞いているとオーナーの方にもやはりコスト節減を望み過ぎて、その弱い点をうまく利用されてホテル事業されているケースもあるようだ。うまい話には裏があると疑い建設業者の言いなりで経営してはならないと思う。
2005年12月11日
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今日をもって会社という組織から抜ける日になりました。車椅子になり会社を辞めた頃は、まだ40歳前と若くもあり子供たちを養うこととそれ以上に自分が社会から取り残されてしまうという思いから凄く心が乱れ、うつ病までなった。しかし、今日の日はその頃の思いとは正反対に穏やかな一日となった。まだまだ、子供二人は大学生で金のいる時期なのだからもっと焦ってもいいのかもしれないが・・・・・平穏な日を過ごせたことに自分でも意外である。人はその日の体調やバイオリズムなどで安定な日は少ない。今日はこう思っても、数日~数週間経つとやはり以前と同じように心が乱れるかもしれない。ただ、これからは自分探しをしようと思っている。
2005年12月10日
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今月に入って叔父が急死して早くも一週間が過ぎた。私の地域では忌明けが済むまで毎晩夜勤め(お経を読むこと)する。私の家も祖父母と父が亡くなった時に今回死んだ叔父が毎晩お経を勤めくれた。法事の時は、お寺から僧侶を招くが普段の時は親近者の中から導師を出す。私の家も叔父の家も真宗高田派なので、叔父の冥福を祈るのとこれまで私の家の導師を勤めてくれたお礼を兼ねて私が導師役になって勤める。重誓偈・文類偈・和讃・念仏・回向文と読み上げる。私の覚えている節まわしで読む。僧侶の節とは可也離れている。でも、素人だから仕方ない。亡き叔父が教えてくれたお経を仏前に贈る。
2005年12月09日
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久しぶりにブログを開けてみました。このところ自分に弱い部分が支配して、心がふさぎ込むことが多かった。仕事を止めて、そして直後に叔父が急死して日々の安定を望むことの難しさを改めて分かったように思う。人生苦しいことが多いものだと頭の中では理解しているが、なかなか心の切り替えは出来にくい。それでも、時間だけは等しく過ぎていく。過ぎ去りし時間は取り戻すことは出来ないが、これから来る時間は自分の使い方次第だ。
2005年12月08日
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