徒然萬成

徒然萬成

2011.06.14
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カテゴリ: 国内外問題




岩手県普代村は、周辺の市町村で多くの犠牲者が出るなかで死者ゼロ、全壊住宅ゼロという奇跡的な被害の少なさだったそうです。
この村を守ったのは高さ15mを超える普代水門と太田名部防潮堤だったとのこと。

被災地の復興計画では、住宅を高台につくるという案が出ていますが、普代村でも水門の建造当時は、高台への集団移転を求める声があったそうです。

しかし、当時の村長が、土地の有効利用や生活環境の整備を計画に進められるなどの効果の大きさを考慮して、水門と防潮堤の建造を推し進めたそうです。


昭和43年当時の2つの工事の総工費は約36億円。人口約3000人の村には巨額の出費で、15mを超える高さの必要性が疑問視されたが、当時の村長は「明治29年の大津波は高さ15メートルあった」という言い伝えに基づき、譲らなかったということだそうです。

そして、国の基準が6m程度なのに対して、15.5mを強力に推進したという話です。
その英断が町を救いました。




こういうことを先見の明というのでしょう。



周辺の町では、堤防の高さが低く、被害を受けているのと比べれば、天と地の差があります。


コンクリートは人を救い、そのための投資は無駄ではないのです。




堤防の内側に海水が入ると、堤防を乗り越え落下した時の勢いで、堤防の根元がえぐられると言われています。

乗り越えてこなければ耐えられるが、乗り越えてくると堤防が壊れてしまうということでしょう。


堤防が決壊した映像を見せて、堤防があっても無駄とするような論調もあるようですが、もっとしっかり検証してほしいものです。

堤防で助かった町を見ると、やはり、堤防の威力を感じます。




原発も同じく津波被害があるかないかの差でした。

より震源に近い所にある原発でも、津波が届かない高台にあったところは被害なしでした。
そこでもやはり建設時に低くすることに反対する人がいたようです。
福島第一は、本当はもう少し高台であったのが、現在の高さに削られて建設されたそうです。

先見の明の差は大きいですね。




それも原発そのもの事故と言うより、冷却水循環のための電源が落ちてしまったことによるものです。


管首相が停止させた浜岡原発では、震災を受けて、4月にはすでに電源を高台に確保していたというのですから、津波対策の動きは早かったのです。

現在の日本は、マスコミの誘導に乗せられ、空気に流れすぎているように思います。



日本は変わるべき時が来ている。
そう思います。


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最終更新日  2011.06.14 22:50:17 コメントを書く


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