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夫は最近の電話での会話で 嫌んなったらしい。多分僕は、お前よりもっと弱いんだ。お前の言葉は厳しくて僕への愛情が感じられない。云々。離婚する。その後、言葉を続ける。僕は君を嫌っているわけではないし、これからも家族の世話はするつもりで... 云々。私は コイツを10年知っている。結論から言って、 その言葉は信頼に値しない。 というか、言葉がコロコロ変わるタイプなので、 その時の言葉を信じると エラい目に遭う。家賃も税金も払わないで 下の子が18歳になるまで この家に住んでいい。 家を僕オンリーの名義にするなら。飲めるかい、そんな条件。それだったら共同名義のまま、売っ払う方を選びますわ。夫以外の 知らない購入希望者に。家族を壊す結果になって ゴメンゴメンと繰り返す母親の私に、小梅は 割とあっさり言った。マミーちゃん、気にしなくていいのよお。パパと あんまり話さないほうが いいよお。はなすと よけい むずかしくなるでしょお。それに そんなのに じかん使わないで、ちがうことしたほうが いいよ。 5才と1ヶ月の年齢なのに、対等に私に話、かつアドバイスする小梅。ごめん、状況が君を変に成長させてしまったか。彼女の みょ~な内面の成熟ぶりに ビックリさせられる。でも、そんな小梅が 今夜、いっしょにねんねしてえ と甘えながら、ベッドの中で ちょっとつぶやいた。このいえに こうして、マミーちゃんと いおりちゃんと いられるのが いいのになあ。もし そうできなかったら いやだなあ。パパはいなくていいの、と聞いたら、 うん、それはいいのよお。なんで?パパときどき おこったりして、こうめ、パパに Stop! とか言えないのよお。こわいもん。この子なりに、娘と父の関係として 感じることがあるんだろう。小梅、 覚えといてね。なにをお?いつか 小梅が大きくなって、パパが年を取ってから 小梅に世話を頼むかもしれない。でも、小梅に パパへの責任はないからね。あなたは、自分の いい夫を見つけて、その人への責任を果たしなさい。パパは 自分の妻を捨てるわけだから、 後の事は 自分で自分の責任をとるしかない。特に食事を作ってとか 言われるかもしれないけど、それは あなたの責任じゃないからね。うん。 わかった。内面のいい人を、見つけてね。ハンサム好みの 小梅は ヘヘ... と笑った。頼むよ。母がしたような失敗は、 繰り返されないように。夫として、父親として責任感のある、 家族を守ることに誠実な、そして忍耐強い 大人の男を選んでおくれ。特に 絶対に暴力を振るわない。ちなみに、カトリック教会でのAnnulment(信仰上の 婚姻無効宣言)を取るつもりだからと言ったら、夫は不賛成の色を強くした。この無効措置が取れないまま、誰かと再婚でもしたら カトリック教会では破門扱いになる。おいおい。自分から離婚する上、切った相手の 将来の再婚の自由を許さないつもりか?もし この婚姻が 正式なサクラメント(婚姻の秘跡)と認めるなら、離婚そのものが イエズスの言葉に逆らうことになる。自分が妻に勝てないから 離婚すると言う夫に、本来のカトリックの教えは 耳に入らない。アンチ カトリックだからなあ。典型的な DIY(Do It Yourself)型の 自称クリスチャンだから、 こうなったんだろうけど。だからかなあ。何となく、ただ何となく、神様が もういいから彼を去らせなさい、と言われているような気がして、自分の中で結婚していたという感じが しなくなってきた。私の中の懸案は、家と車と 月々の経済だけよ。子供2人と3人の家族で、生きて行けますように。
2006.09.29
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前回の日記で 鍵が~! と騒いだが、 探し回って ヘロヘロになった状態でキッチンの食器棚の引き出しを開けたら... あった。嬉し~い! (時は 日付が変わった 夜中の1時過ぎだった) ゴミ箱に放り込んでたら、とか、ソファーの奥に突っ込んでたら、(これは本当に手を入れて探した。 ボールペンやら幼児用のジグソーパズルのかけらやら、いろんなものが出てくる出てくる...多分 小梅が おかたづけ のつもりで突っ込み続けたと思う)とか よからぬ推測で エラく苦労した。でも鍵って、大事だよなあ... と再度 実感した次第。 伊織にゴミと要る物の区別がついていて 助かったけれど、 どこに置いたかは簡単に忘れてしまう時期、 これから また気をつけ直そう。さて、教壇に立って三週間が過ぎた。子供たちに イタリアに関するリサーチを宿題に出し、8日間も余裕を与えた後提出させた。提出日を守る子、守らない子、きちんと調べて自分の形に仕上げた子、インターネットで印刷したリサーチをそのまま出してすましている子、適当にやった子、友達のを大慌てで写して出した子。ま、いろいろあって 笑える。提出日を守って、とりあえず 自分で調べた子にはAをあげた。遅れたらB評価にするしかない。遅れた上で相当いいかげんな(インターネットでローマの名所をチョコっと印刷しただけ。文章なし)ものを出した子には Cを与えて 「評価を変えたいと思う? アッシジの聖フランチェスコについて調べておいで。」とリカバーの機会を与えた。できないわ、コンピューターが動かないんだもん、うちで。 平然と提出日が過ぎてんのに そういった女の子もいる。でもそんな言い訳は通せない。 他の子供たちがきちんとやっているのだ。そのことに対して 私の方から敬意というものがある。やらなくてはいけない。出さずじまいになると、D(落第点)しか与えられませんから。そう言うと、できないできないと言っていた子も、提出する。いまだ提出していない 一人を除いた全員に、前に出て 調べたものを発表させた。あとで、 Grazie mille = Thank You very much と黒板に書いて、生徒たちに お礼を言った。本当に丁寧なレポートを出してくれた数人には、respect を感じるし、私もあなたたちをrespectしています。 私は、誰も落としたくない。 今回イタリアに関するリサーチを宿題にしました。 なぜなら、外国語を学ぶ時 殆どは boring(退屈)の連続です。もし 習う言葉の国について 興味が湧かなければ、 あなたたちにとって外国語を学ぶことは意味もなく つまらないことでしょう。てなことを、言った。幸い -本当に幸いだが -なことに、イタリアは とても魅力的な国なのだ。調べる甲斐があるではないか。 (←とは 生徒たちには 思えないかもしれないが。)子供たちの発表は水・木曜だったが、その週の月曜、(Mrs.ウォーレンがテストを行なったのがその日だった。月曜の朝からテストを与える無慈悲さが彼女らしい...とひそかに感じた。)生徒たちがゲンナリとした表情だったので、ちょっとポーズを置いて 生徒たちに向き直って、聞いた。Come stai? 調子、どう? コオオオメ、スタアイ、と特にCome(How?)にアクセントを伸ばして強調しながら。疲れてるんでしょ。月曜日は難しいよね、調子を取り戻すまで。 私もよ。で、難しいことを言うのをやめて、折り紙を出した。色 に関する言葉を 学びましょう。一人一人にいろんな紙の折り紙を配って、鶴を作らせようと 骨折った。10分か15分で できるだろうと タカをくくっていたら、みな おっそろしく不器用で、一つ一つの折り方でつまづいていた。一人一人にいちいち教えるより他なかった。なんと、鶴を折り上げるのに 翌日の授業半分まで時間を食ったのだ。色に関する単語を列挙して教えるだけなら、5分で足りただろう。自分の取った方法がよかったかどうか 自信はないけれど、(時間の制限を考えると、あまりお利口なやり方ではない) 色を実際に見た上で 説明した方が、楽しいんじゃないかな と思ってしまったのだ。折り紙をただ colored paper として渡して終わるのも芸がないし。子供たち、疲れてたし。(苦笑)そんなこんなで費やした3週目。さ、先の予定を立てていかないと。...GREの勉強、できないなあ。(涙)裁判所にも出向かにゃ ならんし。今日は San Padre Pio の日。告解とミサにあずかってこよう。運が好ければ、強くて信仰心の強い ○神父様にあたるかもしれない。(名前を存じ上げないのだ)家族の危機が救えるかどうか、サポートを頼めるかもしれない。...誰か見つけてこーい! と夫が騒いでいる。He's lost.(自分を見失っている) という感じだ、 夫は。 悩める癇癪持ちの仔羊が そこにいる。その妻でいるのも キツイことだけど、家族が救えたらそれに越したことはない。多くのカトリック信者仲間も、神父様たちも だれも別れるなと言わない。むしろ その反対で 別れろ、別れろというのが今の情勢。私の心の声は、イエズス様に依っているのみ。もしも赦しを乞われたら、7の70倍までも赦しなさい。夫が戻りたければ、私は赦す。戻らなければ、その現実の上で生きる。彼はどうしていいか、わからなくなっている。離婚訴訟を完遂するべきか、やめるべきか。He's very, very lost.
2006.09.23
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鍵、 だ 鍵。どうも、息子の伊織が 私の鍵束を持って どっかに置いちゃった...らしい。学校が終わって自宅に戻って、 家の中に入ってるんだから、それにその後どこにも出かけてないんだから 家の中に 鍵はあるはず...なんだけど。見つからないのよ、これが。私がどこかに置き忘れたかと 心当たりを探し回ったけど 見当たらない。伊織に「鍵 触わった?」と聞くと うん、と言う。でも どこ? と問うと、 トラックう... と言ったり、 イン・ザ・ハウうス と答えたり。ホントに触わったのかどうかも、かなり疑わしい。いおりはねえ、きっとしらないんだよお。 そう、お姉ちゃんの小梅は サラッと言うのだ。小梅が 今の伊織くらいの頃、 同じ事が起きて ない、ない、と探した覚えがある。あの時は 小梅が鍵束を、 ダイアパーバッグ(オムツ替えセットを入れた 持ち歩き用のバッグ)の中に、一番上に チョコンと入れていたのだった。翌日見つかって、ホっとしたことを今でも覚えている。またかい。おかげで勤め先の学校の オープンハウス(父兄への 学校公開日)の催しに 一人だけ遅れて到着する羽目に。 (ギリギリまで探した)それでも鍵は 延々今に至るまで 見つかっていない。あ~、困った。鍵や~い。スーパーのメンバーカードも そこにごっそり一緒に付いているから、なくなると買い物に行けなくなる。か~ぎや~...。子育てって こんなことの連続。伊織よ、おねがいだから 鍵をひっぱりだしてきて おくれ。家中 探したけど、 ないのだよ。(涙)わたしにゃ、わからん。
2006.09.15
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一日遅れでつけているけれど 昨日9月11日、 生徒たちにと 祈りの言葉をプリントアウトして渡した。で、授業開始の5分間、みんなで一緒に唱えた。 Remembering September 11, 2001 Come, Holy Spirit of Love and Peace, ... we long for your healing touch. On September 11, 2001, our country was scarred by hatred and revenge ... we long for your healing touch. Hearts were broken and lives were lost, and fear and anger prevailed ... we long for your healing touch.Awaken in us, Holy Spirit, a deep and respectful remembrance ... that you are a God of love, not hatred, that you are a God of forgiveness, not revenge, that you are a God of peace, not war.Remembering these things, we ask you to bless our country and all those defending its ideals of freedom and liberty and bring them safely home.May your gifts of peace, love, and forgiveness transform our hatred, anger, and fear, so that peace on earth will be possible once again. Come, Holy Spirit of Love and Peace, ... we long for your healing touch.Gesù mio, perdona le nostre colpe, preservaci dal fuoco dell'inferno e porta in cielo tutte le anime, specialmente le più bisognose della tua misericordia.(O my Jesus, forgive us our sins, save us from the fires of hell, and lead all souls to Heaven, especially those in most need of Your Mercy.) Our Lady at Fatima, 13th July 1917L'eterno riposo, dona loro, o Signore, e splenda ad essi la luce perpetua, riposino in pace. Amen.(Eternal rest grant unto them, O Lord, and let perpetual light shine upon them. May they rest in peace. Amen.)英語の special prayer(特別の祈り)は 9月11日の前日、 10日の日曜に教会のペーパーに載せられていたものを使わせてもらった。2つのイタリア語の祈りは、前者が ポルトガルのファティマで 聖母マリアが3人の子供たちの前に出現された際に 教えられた祈りの言葉、 後者は イタリアで 死者のための祈りとしてポピュラーに使われているもの。昨日、 学校の入口の前のアスファルトの上に 一面、 当時の記事や 犠牲者の氏名リスト、 ツインタワーの被害の様子を伝えるイメージ、 そして ある州のカトリックスクールの一生徒が 燃えさかるツインタワーと上空に昇った人々(の命)、そして天上でその魂を両腕を広げて包み込むイエズスの姿を 描いた絵があった。授業が終わって帰る前に そんな一面の記事の真ん中に立って じっと見ていた。犠牲者の名前が細かく、細かくぎっしりと書かれている新聞記事を目で追いながら、 つい そこにうずくまって泣いてしまった。 アメリカ人も、日本人も、イタリア人も 国籍に関わらず そこにいる。地元の隣町で、たまたま あの日 ビジネスカンファレンスが そこであって居合わせ、命を落とした人もいる。生きたかったでしょう。あの時、あんなふうに死にたくなかったでしょう。言葉にならない痛みを覚えて、神様にただ祈るしかなかった。皆の魂があなたの元に引き寄せられて 永遠の安らぎの中にいられますように、とだけ...。
2006.09.12
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カトリックスクールで、 アメリカの中学生相手に 初めてイタリア語を教える。最初の週が、過ぎた。...教わる側も びっくりしてるとは思うんだけどね。 英語が下手な アジア人教師で。でも壇上に立って説明してる私の方が、 内心ではドキドキなのよ。(笑)しかも大御所から Thanksgiving(感謝祭)が過ぎる頃までは 教科書使うな、って司令も出てるしね。自分で前もって準備して、 これとあれと、と説明をする。そうなると、緊張しすぎで 子供たちを観察しそびれる。 ...その上、 名前までまだ覚えきれず、 頭の中でごちゃまぜに なってる。ごめんよお、生徒たち。みんな かわいいというか、まあ純粋なクリスチャンの子供たちで おとなしいです。それなりに 頑張ろうとして 私にアピールしてくるのがわかる。でもこんなとき、一人だけ 無関心な男の子が 気になる。ストーリーテリングやってた時も そうだったけど、熱心に聴いてくれる10人の子供たちよりも、 心そこにあらずってのが見えてる1人の動きが すごく気になるもんだ。無関心でもできるんなら いいんだけど。ノート取ってるのに Come stai? が読めない(授業中延々説明したぞ)で つっかえてたしなあ。ああ、気になる、気になる。私は誰も落としたくないのだ。11才の子供に 「不可」 を突きつける度胸なんかない。トラウマになっても 困るし。頼む。 がんばっておくれ。これから先は長いのよ。 だんだん文法に入っていくし。どうやったら その子の気持ちを イタリア語に持っていってあげられるのかなあ...。
2006.09.09
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ラッキーなことに、 パートタイムの イタリア語教師のポストを 手に入れた。一日1クラス、 40分の授業で 20ドル。 だから 週で80ドル、 ささやかな収入なんで 偉そうに言えることは何もない。(笑)でも相手は 6th grade の子供たち17人。日本でいえば小学6年生だが、アメリカでは中学1年にあたる。というのは 過去は 小・中・高 6-3-3制 だったのだけど、今は 5-3-4制を取っているから。そしてアメリカの新学年が9月に始まるため、日本の子供たちに比べて6ヶ月早く その分子供たちの年齢も低くなる。ということで、私が教える子供たちは 10・11才。大御所(というか、私にポストを紹介し、推薦状を書いて 仕事をゲットさせてくれた)ジョーさんが 指導の方針 または 彼女の教え方、を説明してくださった... ふん、ふん、と聞きながらも、 まだ私にはその年頃の子供にとっての適切なやりかたが つかめない。 子供なんだけど、 少し大人の世界が判って来る時期で、 はたしてジョーさんの言うように Frere Jacques のイタリア語版、Fra Martino を輪唱させられて うれしいのかどうだか。個人的には10才の夏休み、 アンネの日記を○○文庫で読んで 一気に内省的になった覚えがある。2つ上の姉が アンネ・フランクが日記を書きだした13才で、 姉が真剣に読んだ後、私も通読してしまったのだった。 隠れ家で息を詰めるような生活、 自由の抑圧、 戦争の酷さ、 ホロコーストの存在、理不尽さ、そして命って...。夏休みが明けて 新学期、 クラスの同級生が キャッキャ言ってふざけたりすることが 何だか自分の思考と別世界で、 なんでこんなに意味のないおしゃべりをするんだろうなあ、でもそんなふうに感じる自分がまわりと違ってるんだろなあ、 なんて妙に悟っていたのだった。多分、 子供たちは大人が思うほどに こどもこども しているわけではないのだ。「こどもらしく」してくれている方が、 大人が安心するだけで。あんまり古い童謡を持ち出すのも その年の子供に向いているのかどうだか、 よくわからない。子供たちに対面してからの話だなあ。あと、ジョーさんは ヴェネッツィアのカルナバーレ(ベニスのカーニバル)のフェスタを父兄と生徒で盛大に企画して毎年催していたらしい。すごい。...けど、私に同じ事を勧められても...。(大汗)お~い、私は子育ての合間の パートの教師なんですったら~。(ほとんど涙。 パーティーの企画運営まで引き受けらんないよお)あくまでこれは アイディア、ということで。というか、私が本職のイタリア語教師なら、 そこまでやってもいいと思うけど。まずは、教え方を私が実地で学ばなきゃ ならんのだ。Labor Day 明けに始まる、 お仕事。ま、やってみっか。
2006.09.02
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