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久しぶりに連絡をくれたミドリちゃんは、声が少し弱かった。病院から電話をかけてると言われて あっ、と思った。回復しきっていなかったのだ。先日の日本人の集まりにミドリちゃんを誘った時、どうしよう、という感じの声で話していた。無理強いもよくないと思って、行きたくなったら事前に知らせてくれたいいから。 そういってとどめておいた。でも今になって、無理にでも一緒に連れていってあげたらよかったと後悔している。ミドリちゃんは少しずつ、気持ちの上で落ち込んでいたらしい。誰に会う気もしない。何もしたくない。今夕あらためて彼女と話して、重大な心の危機だと思い知らされた。数時間後、受話器を手に 実家に電話をかける私がいた。どうしよう。ミドリちゃんが。おおごとで。何を言ってあげたらいい? どうしてあげたら助けになる?母はいつもののんびり口調で、くよくよ しなはんな、って言ってあげたいけどねえと言っていた。母が解決策を見つけるわけではない。でもこの人に話すと、私はいつも気が楽になる。生っ粋の大阪人で、戦中戦後を知っている母は、人生の山谷を生きてきた。そして淡々と生き続け、くよくよしがちな私の気持ちを軽くしてくれる。こんな母を親として与えてくれた神様に やはり感謝している。ミドリちゃんに必要なのは、こんな風に気を楽にしてくれる母親だったかもしれない。春になったらね。お日様が出て、人間ちょっと元気になるもんよ。ミドリちゃんに、そんな励ましかたでいいものかどうか、ちょっと考えてしまう。
2006.01.28
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先週末は夫の冷たい仕打ちに傷ついていたが、今週は彼の方から歩み寄りがあった。自分から子供の虐待防止協会のようなところに電話をかけて、自分にも教育なり有意義な情報提供を求めたらしい。何も頼まなくても自分から仕事帰りにスーパーに寄り、赤いチューリップの花束を買ってきてごめんと言った。言葉を足すと責めているようにとられるので、してくれたことに ありがとう、とだけ言うようにした。私の本当の目的は、体罰のない安全な家庭。家族が誰も欠けることなく。小梅と伊織に、屈託のない笑顔がこぼれるようであり続けてほしい。それだけ。あ、もちろん、日本人だからそんなに言わないけど...愛してるよ、夫よ。どうか わかってね。
2006.01.26
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Sunday, Jan 22 2006 9:25amWhy do I feel sad?Mi sento giù di morale perché mia moglie non mi fida con i figli.Ironically, sono io che la fido 8 ore di giorno mentre io vado al lavoro. Non oso di chiedere che si fida i figli alla mia cura mentre lei fa un altra cosa. No. Lascio a lei a mostrare che si fida di lasciare i figli con me, quando si sente pronta.Sarà inutile a dire questo però. E'un invito ad essere solo criticato e più ridotto che questi sentimenti non sono validi. Avrò colpa anche in questo.Mi sento triste, allontanato da quello che amo, un mostro senza voce, oppresso, negato a quello che sono, ridotto ad un asino che va al lavoro, impauriti, senza voglia, senza poter vocalizzare desideri, evitare socializzare, non affrontare, comunicare con gli altri, senza passato, senza futuro.Il marito senza voceこの背景に 夫の伊織への平手打ちと、DCFの母親への同意書の件とがある。伊織の顔は、男性用トイレから夫と出て私と小梅の前に姿を現した時、 右半分がハムのようにまっピンクだった。そんなことから 昨日の日本人友人たちと集まりに、子供たちを連れて出た。夫にも来たければ 一緒に来る? と聞いたが、 完全にこじれた様子でノーサンキュー状態だった。夫に子供たちを任せて出られる状況では全くない。 自分を信頼しない妻、と責めるが、 ...誰が子供に手を挙げたんだよ。知ってるよ。 夫はまともに自分の問題に向かう強さがないのだ。カッとなって手を挙げる本人が自分の非を認めなければ、 DVは改善もままならない。DCFサイドは「それで2才半の子供に手を挙げたってこと?」と簡潔に夫側の非を指摘し、夫のいう躾と私のいう躾、 どちらがこの国の常識ですか、と尋ねた私にこう答えた。 「彼は○州の法を犯しています。」(○は在住の州)ウワッ、こわっ。と私は思った。夫には後日DCFから、子供に触れるな、という同意書へのサインが求められるそうな。それで彼が責める対象は...私。 夫よ、間違ってるよ、 根本から。
2006.01.23
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DCFというのは、Department of children and families のこと。夫がどう受けとめているのか知らないが、各州に設けられた政府機関だと考えるのが正しいと思う。 極めつけは両親から子供を取り上げる権威がここにはあるのだ。(子供は里親に引き取られるという...こわい)子供や子供の母親(父親ってケースもあるかも。でもまれなケースだと思うが)が万一虐待を受けている、という疑惑が出た時には ここから屈強そうな調査員が取り調べに自宅を訪れる。 女性の調査員だったけど、 見るからに頑強そうなのばかり揃えてある。 うちは2回あったのだ。(涙)そこから担当職員がケースに応じてつき、事態の改善に乗り出す。今回、8ヶ月以上職員さんとアポを取りながら会い続け、夫が改善されてきて3月にもDCFが手を引き、めでたく平和な家族に(というか、ごく普通の家庭状況に)戻ることになっていたのだ。それなのにそれなのに。夫の伊織への平手打ち。泣くぞ、私は。しっかりと同意書にサインさせられました。母親として、子供の安全を守るべく 必要と感じられたら restraining order の手続きを取ることまで。これは夫の自宅からの強制退去を意味する。裁判所の命令による法律上の規制だが、これをされると怒り狂う男たちは多い。だけどね。何にでもカッカする男たちに問題があると思うけどね。怒るな。 手を挙げるな。あああ。再び家族の危機。でも母親として当然、子供たちの安全を守らないと。
2006.01.21
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まただ。まただよ。夫がやってしまった。伊織にスキアッフォ。(平手打ち)1月19日の夕7時過ぎ、マクドナルドでのことだ。男性用のトイレの中で平手打ちなんて。こちらから防ぎようがない。ディーシーエフには担当職員に留守電で事実を報告することに。また家庭内暴力、振り出しに戻ったか。話したがらない夫にそれでも話し合いを求めて、最後は彼の口から、叩いたのは謝った方法だったという結論を引き出した。黙って見過ごすわけにはいかんのだ。何か起きる度に表に出すようにしている。意地悪じゃない。こうすることで夫の暴力にブレーキがかかるのだ。でもな、夫よ。心を本気で入れ替えないと、取り返しが着かなくなるぞ。
2006.01.20
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映画館に足を運ぶということが、アメリカに来て以来ほとんどなかった。結婚してすぐの頃、 義理の姉たちが連れていってくれたのがディズニーのファンタジア2000だった。あれは特に長姉の趣味。 英語がわからなくても分かる内容だけど、 大人向けではないよなー。 その後一度夫が連れていってくれたのは老人4人が主人公で何かする、という 内容もわからず、華やかな女優もないストーリーものだった。上映中まぶたが重くって仕方なかった。今回はasaさんがイタリアで見た、という Memoires of a Geisha。彼女のブログでのこの映画のコメントを見て、 なんだかとても見たくなってしまった。 それに在外日本人としては京都の風景がとても懐かしく感じられる。 最初は一人で、と思っていたが(小さい子を連れて行くのは 当然まわりに迷惑がかかる)小梅は自分も行きたいと頑張る。 夫は自分は乗り気ではなさそうだったが、もともと日本への関心は高い。 見ればきっと気に入ることをどこかで知っている私は、みんなで行こうと言ってしまった。 問題は伊織。2才児の子供に映画館の大音響と大画面、 大丈夫だろうか。 でも君だけ置いていくわけにもいかないのだよ。伊織は 映画の予告編でこわがってしまった。トリスタンとイゾルデ。 いいよ、壮大なクラシックもので。 ママ、 ビッグハグ。 それから ママ、おうちかえろ。おうちかえろ。 日本語で一生懸命説得を試みるのだが、どっこい、映画を見たくて来たのは君のママだよ。 大丈夫よー、としがみつく息子を抱きかかえながら 本編が始まるのを待った。いざ始まると、映画館の映像と音響の迫力に 最初ギョッとしていただろう息子は日本の雰囲気に引き込まれていった。小梅は着物が大好きなので最初からジーッと見入っている。夫はひたすらクールに、3度ほどポップコーンを買いに行ったり、子供のトイレや飲み水を調達しに出たり入ったりしていた。それでもストーリーが一番わかっているのは彼だった。桃花、って誰?と聞く私に、えっ、と絶句するほど私のヒヤリング能力は乏しかった。ガクッ。大体の筋は映像の流れでわかるけれど、細かいところは聞き取れないとやはり無理。映画が終わって映画館のロビーで Allora signora、と夫のレクチャーが始まった。 えっ。あっそう? あ、そーいうことだったの、としきりに感心する私。(勉強不足がたたった。英語やらないとなー。) ただ水揚げ、というような日本語は私たち日本人にはすぐピンとくるけど、外国人にはわからない。その辺は私が彼に説明した。お互いに、へー、ふーん。あ、そーお。映像はハリウッドのセットが大部分だろうけど、本当にゴージャスに、美しく出来ていた。主演3女優が中国人だといっても、大画面で見てあれほど美しければ何の不満もなかった。 純粋にきれいで、ため息が出た。そして日本人の私には、桃井かおりの演技に引き付けられた。イタリアの吹き替えでは声の感じが御本人とは違うとasaさんが書いておられたので、ぜひ御本人の本当の声を聞きたかった。すごい迫力。オーディションで役を勝ち取った人の、堂々たる演技だった。 渡辺謙の声は優しく、柔らかい。強面のタイプの俳優さんだが、この声でいい人役の印象が強くなる。内容には触れておかないけれど、見てよかったと満足した。ジャポニズムが溢れていて、日本から離れている日本人には 何か切ない郷愁を感じさせる映画かもしれない。DVDが出たら買うだろなー。Geisha は自分たちにはミステリーだ、とつぶやいた夫に言った。うん、一般の日本人の私たちにもミステリーよ。だからこそ私たちにも不思議な感情を起こさせる。立ち入ってはいけないような、でも怪しく美しい。主人公のちよちゃん、が さゆり へと変貌を遂げる時がいちばんせつなかった。(ちよちゃん役の女の子がまた愛らしく、きれいな子だった)花街の世界に、少女の時から入れられて やがて自分がそこの花になる。きれいだけれど、純粋な白い世界とは離れてしまう。それでも、ちよちゃんがさゆりになっても 愛しい人の白いハンカチを大事にしまって持ち続ける姿がいじらしかった。
2006.01.19
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卒業式。だって。小梅のPreschool(保育園)のだ。アメリカの学校は9月に始まる。 保育園は学校毎に異なるけど、 小梅が通う公立の保育園は9月後半にゆっくり始まった。 ところが、10月中旬になって一通のletterが届く。 公立の高校がnursery classを高校生の保育実習の一環で開いていて、そこからのお誘いだった。事前に申込用紙を取り寄せて申し込んであったものの、何の返答もないので2年目も同じ公立の保育園に手続きを取って、週3回午後に小梅は通っている。スケジュールは...3日とも同じ曜日。 そして朝。 費用は35ドル。 へっ? そんなに安いの? なんで?実はこれは子供のスナック代。実習のモデルとして集める子供たちなので無料なのだ。小梅は行きたいといい、夫は乗り気だったので私は運転手を務めた。朝高校に連れて行き、また2時間半後に引き取りに、その足で午後の保育園に30分前くらいに着いて準備し直し、送った後家に戻ってまた2時間半後にお迎え。伊織と2人きりの時間も増えるから、その方がいいかと始めたが何だかすごく慌ただしく、忙しくなった。午後の公立の保育園はスナック持参型。いつもお手製であまりジャンクでないものをと考えて作っていた。 今回はダブルスクーリングで小梅はお昼を食べる時間がない。朝学校に行っている間に小さいサンドイッチをこしらえて午後の学校でのスナックにと用意することが多くなった。朝食にミルクやココアを飲んだら午後の飲み物は紅茶や緑茶。スナックが糖分がなければジュースにしてもいいけれど、なるべく砂糖を取りすぎないよう工夫した。てなことを続けて、だんだん疲れがたまってきたなと思った矢先、卒業式のご案内、というのを受け取った。おー、12週間だけのクラスだったんだあ。高校生の実習用のクラスだもんなあ。半ば肩の荷が降りた思いで、小梅の生まれて初めての卒業式、その案内の紙ををくすぐったいような感覚で読み返していた。そして当日。夫は休みを取って参加するという。小梅にはクリスマス用に買ったサファイアのように濃い青のドレスを着せてあげた。実習生のstudent teacherたちは全部で30名。2人の高校生が親と教師のカンファレンスに小梅の発達の詳細を伝えてくれた。 高校生たちは皆 simpaticissimi、なかなか感じの良いしっかりした学生たちだった。3人の学生が報告書を作成してくれて、そこには小梅がどんなだったか、どんな発達を見せていたか、みんなと仲良くできていたか、きちんと書かれている。いい子ですよ、4才児としてしっかりしていますよ、と誉め言葉ばかり。夫は相好を崩しっぱなし。で、セレモニー会場に。 ステージになっているところにかわいい子供用の椅子がずらっと並べてあって、そこに子供たちは座る。習ったお歌を身振り手振りと共に歌う...小梅はやっぱり、家ではすごく歌って動くのに、 すっかりもじもじして(内弁慶)ろくに声も出ていなかった。 恥ずかしいんだろうなあ。 わかるよ。自分がそうだったから、君の気持ちはよーくわかる。でもここアメリカだよ。 好き勝手に自分を解放して、パーっとやってみな。子供たちは一人一人、カーネーションを渡されて(女の子はピンク、男の子は黄色)、筒状の卒業証書を名前を呼ばれて受け取りに行く。 渡してくれるのは男性の先生。案の定、小梅は無愛想だ。(女性でないと気を許さないのだ、もともと)Thank youも言わずに、むすっとした顔で片手で受け取り、さっと身を返して戻っていった。ガクっ。セレモニーではスクール時のクラスの様子の写真映像をコンピューターからスライドにつないで見せてくれた。ハロウィーン、クリスマス、折々の機会の子供たちの表情。かわいかった、どの子供たちも。甘い気持ちが会場を覆う。私はといえば慣れないデジカメで賢明に写真を撮るものの、やはりうまくいかずじまいで終わってしまった。その後atriumでrefreshmentといって持ち寄りのお菓子やジュースを食べたり飲んだり。普段のクラスの目の前なので、小梅のロッカースペースになっているところに賞状とお花を伊織の小さいバックパックに差し入れるようにして置いておいた。お祝い用のケーキも食べ、身も心もスイート尽くしで一家族、また一家族と去っていく中、私たちもと帰り支度をすべくバックパックを取りに行くと...エエッ!?...ピンクのカーネーションが、ない。 花を差し入れていた賞状はそのままある。バックパックの中のファスナーが、こころなしか少し開いている。 嫌な気分だ。一瞬思った。 デジカメや私の鞄を置いておかなくてよかった。夫も花が消えたことを告げると、顔を曇らせた。 花が曲がりなりにもその辺に落ちていてはくれまいかと(そうなら誰かが盗っていったと思わずに済む)のろのろ支度をしていると、 クラスの責任者の先生が「あ、これ、子供たちへのプレゼントだったんだけど、あげるの忘れてたわ。 はいこれ。」とギフトパックをくれたのだった。複雑な気持ちだった。 花を抜き取ってそそくさと帰っていった親の子供は、 かわいいクレヨンセットや星型のポストイット、キャンディなどが入っているこの贈物を受け取ることなく去ったのだろう。でもあの花は、セレモニーのステージ上で子供一人一人に手渡された意味のあるもの。他人のものをその状況で持っていく神経がわからない。自分の子供に何を、どう教育するのだろう。小梅は夜寝支度をする前に賞状と花を見せてほしいとねだった。花は? 仕方なく、なくなったことを説明した。 イヤアーーー! 思ったとおり、泣き出してしまった。私もベソ状態になる。ごめんねえ。 小梅はわかるね。ひとのもの、持ってっちゃ駄目だよ。もっていかれた人の気持ち、わかるよね。小梅は泣くのを止めて私の顔を見て、言った。そーだ!マミーちゃんに小梅がお花、作ってあげる。そしたらマミーちゃん、泣かないよねー。薄いピンクとグリーンの紙を持ってきて、テーブルの上で紙をちょきちょき切り、長い茎と短い葉っぱ、ピンクのカーネーションに見えなくもない花の形を作ってのりで茎の部分を、花と茎はホッチキスでチョンチョン、と止めて ハイ! できたよー。まじまじと娘の顔を見てしまった。この子の心に、こんな優しさと柔軟さが育っていたなんて。ありがとう。That's wonderful! ほんとー?よかったあ。この時のことは、きっといつまでも覚えているよ。そして翌日の今朝に、今度はマミーちゃんが小梅にお花つくってね、とピンクとグリーンの紙を持って来た。お返しに、ピンクのバラを作ってあげた。ふたりでにっこり、にっこりほほ笑みあった。これでみんなしあわせ。
2006.01.13
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時差があるので、日本時間のブログの日記上では今は6日になっているけれど、こちらはまだ5日の夜。明日の1月6日がEpifania(エピファニア);日本語では主の御公現の祝日。3博士が贈物を携え、星に従ってキリストを見つける、という出来事から来ている。イタリアではベファーナ(魔女のようなおばあちゃま)が良い子にはプレゼントを、悪い子には石炭(だったかなー?)を配ると言い伝えられている。イタリア版女性のサンタさん、ですね。この日までクリスマスの祝い日としておくのが何となく習慣になって、うちでもクリスマスツリーやデコレーション、プレゼーピオもそのままにしてある。(だからこのブログもまだクリスマス状態)訪れた3博士(3 Magi)は黄金と乳香と没薬を捧げたと伝えられる。没薬はイエズスが贖いを果たして十字架で死に就いた後、その復活まで遺体が守られるように、その時のためのものとして供えられる。母マリアは生まれたばかりの我が子を胸に、その悲しい預言を受け入れる。ヨゼフは謙遜に、その側にいる。イエズスの御受難という神の御計画は人知れず、ただ一つ一つがきちんと意味を持って図られ、進んでいく。母マリアの苦しみはもう始まっている。その場面を思い巡らすだけでも、何か近寄りがたい、崇高なものを感じるのは私だけではないと思うけれど。 エピファニアを祝うミサは、乳香の香りとともに荘厳さを秘めている。その香りを感じると、なぜか私は泣きそうになる。
2006.01.06
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う、嬉しい...。昨晩は何事もなかったのに、 早朝にはもう雪、雪、雪。どうやら雨と雪が混じりあっているようで、外の道路状況は雪オンリーよりすべりやすく、あぶない。TVでStorm情報を見て、殆どの地域がclosedになっているのを確認。Preschool(保育園)はもちろんこの場合、ない。小梅は学校に戻りたがっていたからちょっとかわいそうだけど、日本人の母は大喜び。これで今日の予定(他にもソーシャルワーカーさんみたいな人が来ることになってた)は全部白紙。三ヶ日を取ることができて気分的にゆったり。夫は昨日から仕事。今日もゆっくりめにだけど、それでも仕事に出ていった。偉い。こういう時、働いて家族を養う役割を担う側は やはり重い責任を果たしているのだなあ、と思う。ありがとう、夫よ。12月30日、スーパーの生花コーナーでピンクのバラ1ダースを見つけた。15ドルのところが8ドルになっていて、新年用の食品でいっぱいのカートに加えていた。もともと小さい鉢植えの花を買おうと思って、ヒヤシンスやチューリップを眺めていたのだけど。小梅は紫のチューリップに専心して、これが欲しいと手放さないので結局バラとチューリップ、両方買った。新年に、どちらも見事に開いてきた。ピンクのバラは香りも豊かだ。(もう長いこと香りのあるバラにあたらず、その都度ちょっとがっかりしてバラを買うのは控えた。ほとんどが枯れやすく、日持ちしないこともある)私の家に来てくれてありがとう。 心からこの愛らしいピンクのバラを、マリア様に捧げます。 そんな祈りを込めて、キッチンのテーブルに置いて眺めている。チューリップは イタリア生活中に知り合った、オランダ人の友人を思い起こさせる。もうこの世で会うことは叶わなくなったのだけれど。でもこの花を見ると、私は彼女の笑顔を、アドバイスを、驚くべき彼女の語学力とともに思い出す。
2006.01.03
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明けてニューイヤーズデイ、 ちょっとみんな不機嫌で(苦笑)起きる。子供たちは夫とともにカウントダウンパーティーに行ったもんだから、それはそれでえらく楽しんだと見えるけど明らかに寝不足。私は一人で行こうかな、ミサ...と思ってもみた。ただ事前に夫から、新年のミサは自分も一緒に行くから、とクリスマスデイの埋め合わせをしようと自ら申し出てくれていたのだった。子供たちも疲れてそうだし...どうする、どうしてほしい、と聞いてくる夫に、私は何も言いたくない、あなたが決めて。 この言い方はいつも夫が私に向けてくるものだった。 決断の責任をいつもこっちに渡してくるので私はこの言い方、嫌いなのだが 今回は敢えてこの言い方を使った。彼といえば苦い顔をしている。Meno male, se capissi il sentimento quando qualcuno ti dice così.(ま、悪くないわね、誰かにこう言われた時の気持ちがあなたに分かるんだったら。)優しくないぞ、妻。でも時にはこれが薬になることだってある。15分くらいの遅刻で教会に着いて、それでもミサにあずかれた。教会はガラガラ。いつも見慣れた教区の人たちの姿も殆どない。でも、1月1日、日本では元旦だがカトリック教会では 天の元后マリア、と聖母に捧げられた大切な祝日にもあたる。心から、御祝いの気持ちを込めてこのミサにあずかりたかった。午後になって新年のディナー作りに励む。感謝祭はターキー、クリスマスイブはバカラ、クリスマスデイはロースとポークにローストチキン、と(バカラは干し鱈で魚なんだけど)肉肉したものが続いて食傷気味なので、新年は魚と野菜にした。sugo rossoで食べる4種類のチーズラビオリ(ブイトー○の生パスタのラビオリ)マグロのステーキホタテ(と思う)の貝柱をバターでソテーしたものスモークサーモン(できあいです)ほうれん草をオリーブオイルとガーリック、塩、胡椒で調味して醤油をかくし味にしたソテーアスパラガスを茹でたものスクワッシュのグラッセグリーンピースの煮込み(本当はレンティッキエ;レンズ豆を料理するつもりでいたのにすっかり忘れてた)グリーンサラダ(ボストンレタス、赤ピーマン、フィノッキオ、モッツァレッラ、苺)フィノッキオだけ別に切っといたもの(清涼剤みたいな役割を果たす)サルシッチャイタリアーナ(イタリアンソーセージ)は魚を好まない場合のこどもたちへの主菜としてパンドーロパネットーネアイスクリームロールあとサクランボや苺、イタリアから輸入された栗もあったんだけど、...手を付けずじまい。ペルジーナのBaciチョコや スイス製とイタリア製のリンツチョコレートもあったな。何だかいつも食卓に責任を感じて、せっせせっせと作ってしまう。祝日の食卓を豊かにするもしないも、自分の肩にかかっている気がするのだ。で、今日(1月2日)は さすがに作らなくてもいいよな... と思ったけれど。クリスマスのローストポークの残りで豚玉タイプのお好み焼きを夕食にこしらえた。明日から小梅の学校も始まる。 ああ、短い。 短すぎるよ、 お正月。 三ヶ日が欲しいよー。(涙)
2006.01.03
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国外にいるといつも感じることだけど、 お正月の三ヶ日っていいなあ、ほんとにいいなあ、と思う。 特にアメリカには振り替え休日というシステムも公務員関係以外にはないし、クリスマスとニューイヤーが今回は日曜だったため、余韻もへったくれもない その日のみの祝日、という形になった。イタリアでは12月26日は聖ステファノの日で祝日。 第一エピファニア(主の御公現の祝日)までは 続けて休むところが多い。 イタリアばんざい。大晦日に雪降る中 最後まで買い出しに走った私。夜のカウントダウンパーティーに 夫の友達(豪邸に住んでいる)に呼ばれて、 じゃあこれでも着ていくか...フォーマルな黒のワンピースを着ようとしたら夫が言った。 Vai a funerale? 思いっきりの嫌みにすっかりげんなりして、いいわ、それなら行かない。最初は気軽な服装でいけばいいやと思っていたのに、 小梅にクリスマスの深青のドレスを着せて、 夫が嫌に張り切って半ばスーツ姿のように着飾っている。伊織は普通にセーターとジーンズ。 バーベキューパーティーやピクニックじゃないんだからな。 だけど、外の零下にあわせた冬用の厚手の生地のドレスは意外と持っていない。 結局私一人、行くのはやめた。夫の意地悪な言葉が嫌だった。お祭り事が命の夫は 私のことなど放っておいてさっさと子供を連れて出ていった。どんちゃん騒ぎより除夜の鐘が恋しい。とはいえ一人でポツンと残るのはいかにも寂しい。衛星放送をつけるとRAIでコンサートをやっていた。アーティスト名がでていないが、これは...多分 Lucio Dalla. 50代とは思うけれど、 穏やかな落ち着いた声で休むことなく持ち歌を次々に繰り広げる、fisarmonica (アコーディオン)を弾きながら。彼は名作 Caruso の作者である。Andrea Bocceli のカバーでイタリア国内だけでなくアメリカでも愛されているメロディーだが、イタリアに古くからある美しいカンツォーネと全く同類の古典的な響きのあるこの歌、現代のアーティストが作った比較的新しいものだとは 長いこと知らなかった。日本でいえば おやじ、という感じの Lucio Dalla、そのコンサートは彼らしい人間性に富んだ暖かいものだった。観客も一斉に唱和する。演奏仲間を紹介して、とうとう字幕にも Lucio の名は出ないまま(ナポリでのコンサートのライブだった)放送は終わった。アメリカ、午前0時ちょっと前。少しだけNYのカウントダウンとお祝いムードを国内の放送に切り替えて見て、ああでも、Lucio さんの声と音楽にすっかり救われた思いで穏やかな新年を迎えた。いい演奏だった。
2006.01.02
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