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コミックモーニングに連載中の惣領冬美「チェーザレ」が面白い。かのマキャベリが「君主論」で題材としたイタリア・ルネッサンス期の政治・軍事の天才、チェーザレ・ボルジアを描いた漫画だが、この凝り方が半端ではない。 ダンテ学者の原基晶が監修、世界的に評価の高いサチェルドーテ版伝記(本邦未訳)を翻訳しつつ、それを漫画の原作に用いているというからすごい。登場人物の書き分けがはっきりしているし、何よりも圧倒的な歴史知識に裏付けされた台詞や描写が素晴らしい。 そして惣領冬子の押さえた筆致が、ルネサンス期イタリアの情景を見事に描き出してくれている。物語はまだ始まったばかりで、チェーザレ16歳、ピサのサピエンツァ大学が舞台だ。 この時代のイタリアはまだ王国が群雄割拠していた時代で、若きチェーザレはすでにその統一の野望を抱いて蠢動している。カノッサ、レオナルド・ダビンチ、マキャベリ、ラファエロら錚々たる天才達がこれからどんな物語を紡いでくれるのか本当に楽しみ。 チェーザレ・ボルジアをテーマにした連載は本邦初だろう。堅いテーマだが、打ち切り等の憂き目にあわず、連載が完結されんことを切に願う。こちらです!23日に発売されたばかり、私も早速購入しました!チェーザレ(1)ルネンサンス期のイタリア解説やキーワード解説など特典満載!チェーザレ(2)こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月26日
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さぁ列島大注目の「のだめ」、早くも第二回目。今回も面白かった~!今回最も笑えたのがティンパニの真澄ちゃんが第九の第一楽章で狂い咲きする?ところ。確か原作では第二楽章だったと思った(確かに第二楽章の方がティンパニが活躍する)が、こちらも十分面白かった。 真澄にせよ峰にせよ、どんな勘違いでもいいから自分が弾きたいように思いっきり弾いてみるって気持ちいいだろうなぁ。真澄ちゃんのようにティンパニを楽しそうに叩けたら、さぞ見ていて(聞いていて)面白いだろうに・・・ 今回は「ていきんど」さんから番組の登場曲に注目してほしいとのリクエストがあったので、この一時間の番組内で何曲が使われているのかを数えてみたらあれビックリ! なんと自分で確認しただけでも18曲もあった!(重複は除く)自分では分からない曲もあるのでちょっと怪しいが、ざっと以下のような感じだったと思う。覚えている限りでシーンも書いてみよう。それにしてもこれだけあるといちいち曲目紹介をすることも出来ないので、気になった曲はまた明日以降に取り上げてみたい。(早速ブラームスさん・えむさん・のり2さんから情報をいただきましたので、赤字で訂正・加筆しました!)☆(前回も登場)プロコフィエフ:ロメオとジュリエット1.マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」冒頭 ・・・ヴィエラのCDシーン2.モーツアルト:魔笛のパパゲーノのアリアによる変奏曲3.リヒャルト・シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら4.ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ「春」・・・峰の課題曲5.ベートーヴェン:交響曲第7番 ・・・千秋が部屋で聞いたヴィエラのCD6.クライスラー:美しきロスマリン 正解は「愛の悲しみ」7.うーん曲名が・・・アルペン踊りをさぁ踊りましょってやつ!? 「アメリカンパトロール」8.リムスキー・コルサコフ 熊ん蜂の飛行9.真澄の顔アップ、きらきらした瞬間の曲・・・わからず チャイコフスキー 弦楽セレナード10.ベートーヴェン:交響曲第9番冒頭 ・・・真澄とのだめの勝負11.ドヴォルザーク チェコ組曲12.サティ:おまえが欲しい13.ショパンのピアノソナタ・・・何番だっけ? ワルツOP69-114.チャールダッシュ ・・・作者は誰だっけ? モンティ 15.ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー16.ヴェルディ:レクイエム17.ミルヒが口吻を迫るときの曲は?これは聞いたことがなかった!18.モーツアルト:フィガロの結婚 とまぁざっとこんな感じ。かなり不完全なので、分かった方は是非教えてくださいませ~それにしてもこれだけの曲をバンバン使ってくれるのは、クラシックファンとしてはうれしい限り。これは回を追ってどんどん新しい曲に切り替わっていくのだろうか?だとしたら選曲スタッフの苦労もかなり大変なものになるだろうが、ますます楽しみだ!! それと、個人的な関心事としては、ヴィエラの演奏とされているマーラーとベトベンは、誰の演奏を使っているのだろうか・・・?ベト7はバーンスタインのような気がするのだが・・・?まぁいつか分かればいいかな、ということで、次回も楽しみ、ギャボ~♪とりあずサティを、秋の夜長に。ロジェの名盤ですサティ:ピアノ作品集~3つのジムノペディ@〔あやなす前奏曲/4番目の夜想曲他〕□ロジェ(p)(D)こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月23日
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遂に「シグルイ」7巻が発売された。南條範夫「駿河城御前試合」を鬼才・山口貴由が劇画化。チャンピオンREDという超マイナー月刊誌に連載されているので全く目立たないが、その特異な描写によって数ある「侍」漫画史上空前絶後の作品である。 とにかくその画力に圧倒される。時には誇張されるが、人間の体組織、筋肉から内蔵までがまるで生物学の本を見るような異常なほどの緻密さで書き込まれる。先ずこの画力に驚かされるのだ。 そして南條物の特徴である「無惨劇」の恐ろしいまでの描写。しかしその描写には一遍の無駄もなく、必然なのだ。そこらの暴力物とは画の迫力が桁外れに違う、まさに達人が切ればこうなるのではないかという世界が次々に繰り広げられる。 私は漫画における暴力描写を決して肯定するものではない。しかし、時代劇、特に武士を主人公にしたものはどうしても斬撃シーンなどを避けては通れない。その恐ろしい描写を、芸術的なまでの「画」に昇華させたのがこの「シグルイ」なのではなかろうか、と感じている。 私が大好きな「侍もの」の第一人者平田弘史が、画面から熱気が迸るような熱き血潮の画家だとすれば、この「シグルイ」の作家山口貴由は怜悧にして静謐、緻密な画家である。全く正反対の描き手達が描く武士たちの生き様に、今後も注目していきたい。こちらが最新刊ですシグルイ(7)こちらは平田氏、江戸時代の実話「通し矢」を描きます!三十三間堂外伝こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月23日
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昨日から始まった「のだめ」、大いに楽しめました!冒頭のプラハのシーン、なんとビエラ先生を現役バリバリのマーツアル先生が演じているのにはビックリ!いきなりかましてくれました!! このお方は「本物」のチェコフィルの「本物」の常任指揮者。しかも最近はチャイコフスキーやマーラーの交響曲録音で非常に評価の高い方なのです。そんな方が、(俳優でも何でもないのに)ビエラ役をやってくれたなんて、どうやって口説いたんですかね~?ギャラなんかで動く人種じゃなさそうだし・・・まさか「のだめ」を読ませたんでしょうか? ということでのっけから強烈パンチを喰らってびっくり。あれは事前には報道されていなかったから、ホントに隠し玉でしたね~。 ドラマ自体も原作に忠実で好感が持てました。千秋の旅客機胴体着陸シーンのチープさにはちょっとのけ反りましたが、あれはあれでそういう狙いだったのかも・・・? 千秋はちょっとクールすぎるきらいはあるものの、のだめはもうピッタリ!口をすぼめた表情とかピアノを弾くときの姿勢とか、役作りの丁寧さには頭が下がりました。 竹中直人のミルヒはどこから見ても怪しい東洋人でドイツ人の雰囲気は全くありませんが、まぁ彼の実力は折り紙付きですからこれからに期待、というところでしょうか。 ということで初回は十分に楽しめました。さすがTBSから放映権を奪ってまで制作しただけあって、制作陣の気迫が十分に伝わる内容になってます。民放のドラマは殺伐とした内容が多い中で、親子揃って安心して見ていられる、異例の月9ドラマの誕生ですね。次回も楽しみ~、ギャポ~!!このお方デス!マーツァル/チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月17日
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のだめ16巻読了!今回も十分面白くて満足できました~♪ 今号は常任指揮者としてマルレ・オケの大改革に挑む千秋の活躍が中心で、のだめのおバカな行動はちょっと小休止という感じ。 でもデシャンに対抗しての演奏会ポスター宣伝企画会議は笑える。確かに指揮者が上半身裸で洗濯してるポスターなんて見たこと無いから面白かったかも・・・あのナルシストのカラヤンでさえも上半身裸のLPジャケットはさすがになかったよなぁ。 現在のマルレ・オケはやる気満々の新団員とやる気無しの旧団員の相克が問題なのだが、こういうことは普通のオケでもよくあることなんだろうなぁ。結構シビアな問題を面白おかしく見せてくれるのが「のだめ」の秀逸なところなんだろう。 16巻で印象に残ったのが、マルレ・オケ演奏会当日、(167ページ)足の不自由な年配の客が登場し、席に座る。ティッシュをもらって見に来た若いアベックが「あのおじいさん、あそこが定位置なんだ」とつぶやくシーン。 そうなのだ。ヨーロッパでは、ちょっと大きめの町にはオーケストラがあって、その観客席は常連の客がずっと年間シートで押さえていることが多い。それがオーケストラの基礎的な収入源となっている。 昔、仕事でアムステルダムに滞在したとき、半年で10回ほどコンセルトヘボウに通った。そのうち半分は町のオケであるアムステルダム・フィルハーモニーの演奏会だったが、S席のあたりはいつも同じ年配の方達が座っていた。 おそらくは長い間、もしかしたら数十年に渡って同じ席に座り、アムステルダム・フィルを聴き続け、見守ってきた人達に違いない。あまり同じ人達が同じ席を占有し続けると、新しい客の開拓ができなくなる弊害はあるものの、まだまだチケット販売に苦労する日本のオケにこそ、そういうファンが増えてくれればいいのにと思ったものだ。 さぁ今夜からTVドラマも始まるし、しばらくはのだめフィーバーを楽しめそうデス!まだシャープ付きがありマス!のだめカンタービレ(16)こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月15日

ゲストさんから吉松隆の「朱鷺によせる哀歌」の紹介を、というリクエストをいただいているので今日はこの曲をご紹介したい。 このページでも度々紹介している吉松隆氏は現代日本を代表する作曲家である。バリバリの現役作曲家というと、殆どの人たちは「また難解な現代音楽か」と思うようだがさにあらず。自身は「難解音楽撲滅!」を叫んで実に分かりやすく親しみやすい旋律で数々の名曲を世に送っている。 日本人初のシャンドス・レーベルのレジデンス・コンポーザー(契約作曲家)となり、現在同レーベルにおいて彼の全作品CD化が進行している。ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」や交響曲全5曲等がすでにリリースされ、現代音楽は難解だという常識?を打ち破り、新しいクラシックファンを次々に獲得している。 「朱鷺によせる哀歌」は、1980年に完成、81年初演された事実上のデビュー作にして代表作。弦楽オケとピアノのための13分少々の小品だが、内容は極めて濃い。 題名のとおり、滅びゆく朱鷺への痛切極まる哀歌。ヴァイオリンが朱鷺達の悲しそうな鳴き声を模し、美しく宙に舞う姿をも想起させる。ピアノはかよわい朱鷺の生存を許さない世界の状況を冷たい音色で描写し、朱鷺の未来を暗示する。 冒頭、数羽で戯れる朱鷺たちの声はすでにどこかか弱く物悲しい。それでも彼らは集い、空を飛ぼうとするが、人間を含めた邪悪な力が彼らを次第に追い詰めていく。クライマックスでは朱鷺たちの切なく美しい鳴き声が幾重にもこだまする。まるで何かを訴えるかのように・・・ 吉松には鳥をモチーフにした曲が多いが、この曲の朱鷺の描写は思わず息を呑むほど切なく、美しい。この曲が作曲された81年にすでに朱鷺は全て保護されていたが、その後残念なことに繁殖に失敗し、純粋なニッポニア・ニッポンは永久に日本の空からいなくなってしまった。(中国での生息は確認されている) あの優雅に宙を舞う朱鷺たちは今もこの曲の中に生き続けている。是非一度、その姿を確認していただきたい。こちらです! 「鳥たちの時代」吉松隆作品集カメラータ25CM-178-95150円(二枚組み)(収録作品)・朱鷺によせる哀歌・チカプ・鳥たちの時代・デジタルバード組曲・鳥の形をした4つの小品・ランダムバード変奏曲・交響曲第2番「地球(テラ)」にて(91年版)こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月12日

1996年、今は亡き朝比奈隆が単身渡米、シカゴ交響楽団とブルックナーの交響曲第5番を演奏した。私はそれをNHKで観ることが出来たのだが、これはすごい演奏だった。一期一会に賭ける両者の想いががっぷり四つに組み、巨大で濃密、劇的極まりない演奏空間を創り上げていたのだ。 この演奏、NHKでの放映後ずっと市販化されず、きっと日本中の朝比奈ファンが歯軋りしていたに違いないのだが、今回ようやく(考えてみればもう10年も経っている!)NHKエンタープライズから発売される。 12月22日発売予定で、DVD2枚組みのみ、CDの発売はない。シカゴ響の猛者共を前に全く見劣りせず屹立する朝比奈は、いつにも増して古武士然としグイグイとオケを引っ張る。負けじと咆哮するその金管群の凄さは、TV画面からも十二分に伝わってきた。これは絶対に見て損のない、5番の素晴らしい演奏記録だ。※当然?まだ楽天での扱いはありません。以下HMVレビューより抜粋。朝比奈隆没後5周年特別企画ファンが待ち望んだシカゴ交響楽団との共演!1996年5月16日、シカゴ交響楽団の定期演奏会に朝比奈隆が客演した際の貴重な記録。この客演はシカゴ響の当時の支配人であるヘンリー・フォーゲルが、朝比奈隆指揮するアルプス交響曲を聴いて感激したことにより実現したというもので、世界最高の金管セクションを相手に、自慢のブルックナー・フォルムをリハーサルで徹底的に仕込んだその演奏は、聴衆、批評家の両方から大きな賛辞をもって迎えられたとのこと。 リハーサルでは終楽章コーダの金管を倍管にするよう要求する朝比奈に対し、シカゴ響は、「そんなことは必要ない、自分たちが大きな音で吹けばよいだけだ」と言ってのけ、実際に、完璧なクレッシェンドとアンサンブルで大伽藍というべき巨大な迫力のコーダを響かせたというのですからまさに驚くほか無い肺活量とテクニックです。 特典映像は、シカゴへの出発から朝比奈に密着し、演奏会の舞台裏を追ったドキュメンタリーとなっています。解説書執筆:宇野功芳。 こういう作品も楽天で予約できるようになれば良いと思うのだが・・・いつ出来るようになることやら。※購入御興味のある方は、以下でHMVのページに飛べます。http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1224537 こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月11日
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ティーレマン指揮ミュンヘン・フィルの新譜はモツレク。このコンビのブルックナーを待望している私としてはどうにも待ちくたびれているのだが、大好きなモツレクをこの復古主義者はどうやってみせるのかと期待して聴いてみた。 これはなかなか味がある演奏だ。カラヤンの演奏に馴れてしまった耳にはオケの音が非常にソフトというか、抑えられて聴こえる。その代わり、合唱には細心の注意が注がれ、全篇に渡って合唱陣の卓越した技能が味わえる録音になっているのだ。その音の強弱の付け方やクレッシェンドのうまさには舌をまくばかりだ。 本来モツレクというかレクイエムという種類の曲は、どのように演奏されるのが「正しい」のだろうか? カラヤンのモツレクは明らかに曲の劇的側面を強調して、聴くものに強い感動を覚えさせる。曲の構造と言うか、骨組みを重量級のオケでガッチリと演奏し、その上に合唱が乗っかっているように(私には)聴こえる。合唱はあくまでオケの旋律に合せている、ようするに順番としてはオケの次なのだ。 対するこのティーレマンの録音は、オケの迫力はむしろ抑え気味であり、声楽曲の本分である合唱陣の「声」がまず第一に来て、その横で控えめにオケが鳴っている。もちろん不足という意味ではないのだが、明らかにカラヤンの設計思想とは異なり、合唱をより美しく聴かせるためのオケという構造になっているのだ。 もしかしたら(もしかしなくても)レクイエムのような種類の曲は、このティーレマンのような指揮の方が「本当」なのかもしれないな、とは思いつつも、ちょっと物足りなさを覚えたのも事実であった。※まだ輸入盤しかありませんので、HMVのHPでどうぞ ↓http://www.hmv.co.jp/news/newsdetail.asp?newsnum=608120002ティーレマン/ミュンヘンフィル時代を告げる名演奏!ブルックナー:交響曲第5番これもかなり評価が高いです!ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月10日

昨日は滝川市教育委員会への抗議電話の内容を紹介したので、今日は簡単な考察を付け加えておきたい。 この事件は二つの絡み合う要素からなっている。1.三年に渡るクラスメートのいじめに耐えかねて小6女子が自殺したこと2.女子が遺書の中でいじめを指摘していたにもかかわらず、滝川市・市教育委員会・学校はいじめの存在を一年間に渡って否定、遺書も公表せず、従って市・学校等行政側に責任はないと言い続けてきた 1.のいじめは残された7通もの遺書に詳細に書かれている。いじめは3年生の頃から始まっていたといい、キモイと云われ、席替えでもつまはじきにされ、修学旅行の班編成の時にも仲間はずれにされていた。 この学校は小規模校で、女子の学年は一クラスしかなく、3年から(1年から)6年までクラスは持ち上がりでずっと同じメンツだった。これが結局、いじめをより陰湿化・長期化させた最大の原因だといえるだろう。なにしろいじめる側の顔ぶれはずっと一緒で、おそらくそれは多数を形成していたにもかかわらず、外的要因が介入する要素が極端に少なかったからだ。 担任教師がずっと同じだったかどうかは判明していないが、たとえ毎年変わっていたとしても、このいじめに誰も気づかなかったはずがない。席替えや班編制時はホームルームの時間に行われるはずで、教師がその場に居ないはずが無く、子供達が一人を集中的に攻撃していることに絶対に気づいたはずだ。 女の子は3年の間同じ連中からいじめ抜かれ、ついには首を吊った。場所は悲しみと恨みがこもる教室だった。そして遺書はきちんと教壇に置いてあったという。女子の字は非常にしっかりしていて、また文章も簡潔で頭の良さを感じさせる。もしかするとその利発さが他の凡庸な連中の攻撃の的になったのかも知れない。 2.の滝川市(学校、教育委員会)はこの事件での責任から一年間も逃げ続けてきた。私がかけた電話では未だに「調査中でして」などとふざけた事を言っている。女子が亡くなったのは昨年9月、加害者達はとっくに卒業してしまって捜査権のない調査など出来るはずがない。でも誰も責任を取りたくないから「一生」調査中にしようとしていたのだ。 小さな町だから遺族に対するプレッシャーも相当なものがあったと推察される。いじめ側が多数派なのだし、行政も隠蔽しようとするから何の進展もなく、「なんだあの野郎、騒ぎ立てやがって」「ムラの恥をさらす気か」「死んだやつにも責任がある」等の誹謗中傷があったに違いなく、「地域の安定のために泣き寝入りしてくれ」のような圧力もあったに違いない。 そうした圧力があったればこそこの事件の発覚が遅れたのだと思うが、最終的に遺族は泣き寝入りせず、地域からの「ムラはちぶ」になる恐怖を超えて、少女の遺書をマスコミに公開、今回の騒ぎに発展。ようやく市長・教育長が遺族に謝罪するに至った。 しかし当然ながらこれで一件落着ではなく、全ての始まりである。行政側はいじめという行為があったと認めて謝罪をしたのであるから、そのいじめの原因と犯人を究明しなければならない。それがはっきりしてこそようやく少女の無念も少しは晴れるというものだ。 そして遺族に対する補償。これは誰が負うべきかというと、優先順位としては少女を自殺に追い込んだ犯人、そしてそれを黙認した行政ということになるだろう。そのためにも、何年かかっても犯人を特定すべきだ。子供達に、いじめによる自殺は「殺人」だという意識を植え付けないと、このような事件は決してなくならない。 だが前途は暗い。マスコミ報道が一過すれば、市側の対応はまたもやスローダウンするだろう。滝川市のHP、教育委員会のHPにはどちらも今回の事件について全く触れていない。僅かに市長の動静コーナーで10月5日、「遺族に謝罪訪問」とあるだけだ。市長が謝罪しなければならないほどの大事件を全く広報に載せない行政など、到底信用できるはずがない。 かくなる上は、遺族側はこの事件を司法の場に持っていくべきだと私は思う。市側に自浄能力などあるはずもなく、全てはその場限りの言い逃れに過ぎない。司法を介入させて責任の所在を明確にさせ、裁くものは裁く。そうしてこそ、ムラ社会に一筋の光明を当てることが初めて可能になるのだと考える。皆さんも是非、この事件の顛末に注意していていただきたい。こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月07日

殆どの方がニュースでご存知だと思うが、昨年9月に北海道滝川市の小学校6年生女子が、いじめを苦にした自殺事件。一年間に渡って学校も市教育委員会もいじめが原因とはせず頬かむりして来た。 女子は通っていた学校の教室で首をつり、それがもとで四ヵ月後に亡くなった。その際、教壇に7通もの遺書を遺していた。そこには3年間に渡っていじめられていた事実が克明に記されていた。 私にも6年生の子供がいる。まだ幼いわが子がいじめれていると考えるだけでもはらわたが煮えくり返るが、教育委員会も市もこの問題を一年間も放置していたことに心底怒りを覚えたので、滝川市教育委員会に電話した。 電話に応対したのは社会教育課 課長のコウノ氏(50歳)。私は名前を名乗り、クレーマーではないので住所・電話番号を名乗ろうかと言ったが先方がその必要は無いと言ったので、名前のみ伝えた。以下要約。会長0804(以下:会)NHKの7時のニュースを見て電話している。この問題の責任者または係をお願いしたい。コウノ課長(以下:コ)今担当が他の電話に出ている。私は担当ではないので分からない。会)誰が担当なのかコ)教育長と室長の二人だ。会)全国放送までされている重大問題なのに担当が二人とは一体どういうことか。教育委員会というのだから他にも人間が大勢いるだろう。コ)・・・もちろんこの問題について認識はしているが私は担当ではない会)一体何故この問題を一年間も放置していたのかコ)放置していたのではなく、調べていた会)ことは死亡事件だ。普通、人が死んだ場合、死因について究明するのに一年間もかかると思うか?コ)他の児童へ配慮しなくてはならず時間がかかってしまった。会)他の児童に配慮?自殺した人間を放って置いて、いじめた方に配慮してたのか?コ)いじめが原因かどうか特定できなかったので・・・会)あんたさ、自分の子供があんな遺書を遺していても、原因はいじめでないと思うのか?コ)・・・・会)市長・教育委員会が今日、いじめが原因で自殺したことを認めたんだよね?コ)そうです会)ということは、いじめた人間がいるということも分かったから認めたんだよねコ)そうです会)じゃあ、その連中に対してどういう処罰とか処分が下されるの?コ)・・・わかりません会)形は自殺だけど、要は周りのガキ共が殺したのも同じでしょう?ということはそいつらが加害者でしょう?なぜそいつらを糾弾出来ないの?コ)なにぶんまだ皆子供なので・・・会)死んだ子は子供じゃなかったの?子供だったら人を殺していいとそちらの教育委員会は教えているの?コ)そうではないが・・・・会)自殺した子供の親に対して何か補償はあるの?コ)わかりません会)ようやくいじめが自殺の原因だと認めたのだから、その原因になった連中に対してなんらかの責任追及の予定はあるのか?コ)わかりません会)あのさぁ、わからんわからんって、これだけの大問題になっているのになんで「分からない」のよ。死んだ子供が可哀想だと思わないの?コ)もちろん可哀想だとは思うが、なにぶん私は担当ではないので・・・ いやぁ、もうものの見事な小役人の応答ぶり。でもまだ報道されていない重要なことが氏の口からわかった。 小さな町の小学校なので、この女子が在籍していた学年は、ずっと一クラスしかなかった。三年前からいじめられていたと遺書にあったが、ということは哀れこの子は、三年間ずっと同じクラス、同じ面子に苛め抜かれていたのだ! 学年が変わるときにクラス替えがあったなら、まだいじめは止んだかもしれない。しかし過疎の町ゆえ、クラスはそのまま持ち上がっていき、いじめ体質もそのまま「持ち上がって」いったのだ。 来る日も来る日もいじめられ、学年が変わってもその体質は決して変わらず温存される。一体女子の心中はいかばかりであったろうか・・・ さらに驚くなかれ、コウノ氏の話では、そのクラスの面々はほぼそのまま中学の同じクラスに持ち上がりになっているそうなのだ!・・・・ 滝川市のキャッチフレーズは「みんなでつくり みんなで育む 健康文化の町」とあるが、たちの悪い冗談だ。これは直ちに、「みんなでいじめ みんなで殺す いじめ文化の町」に改めるべきだろう。 小さな町の典型的な「ムラ意識」がこの陰湿な事件の原因だと感じる。標的をみつけ、いじめる。他所と交流がなく、澱んだ体質はそのままずっと温存され、見ざる、聞かざるの風潮が蔓延しているのだろう。 最後にコウノ氏に対して、「遺族への補償と犯人追求を要求する」と市長に伝えてくれと言ったら「必ず伝えます」とのたまったが、果たして伝わるのやら・・・ もう一つ、このコウノ課長に対し、「私はブログを持っていて、明日この会話をブログに記録するがよろしいか?」「・・・・」「コウノさん、あなたブログって知ってますか?」「いえ、知りません」(即答) ・・・滝川市の教育委員会ってこんな程度。 最後に、自殺した女子のご冥福を心からお祈りしたい。こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月06日

9月23日から10月1日まで行われた「ローマ歌劇場来日公演」で詐欺だの悪徳商法だの醜聞が乱れ飛んでいる。 この来日公演の主催が朝日新聞社で、今週の週刊新潮が「詐欺!悪徳商法!朝日新聞主催・ローマ歌劇場公演」という広告を朝日新聞に掲載しようとしたところ新聞社側に拒否されたという。 騒動はようするに、S席5万5千円(!)も取っておきながら、当日いきなり指揮者や看板歌手が次々キャンセルし、しかも払い戻しにも応じなかったというもので、これは確かに見に行った人は気の毒。 例えば27日の公演はいきなりバリトンとテノールと指揮者の三人ががキャンセルになり、全て「健康上の理由」ということだったが、これが調べてみると他の歌劇場公演に元気に出演していたというから客の怒りは収まらない。ようするに契約がきちんとなされていなかったようなのだ。 凄いのはテノールのフィリアノーティーは出演契約がきちんと締結されていないのに「出演する」とチラシに掲載されてしまったり、指揮者のカンパネッリにいたっては、本人は正指揮者だと思っていたのに代役扱いされたのに腹を立ててキャンセルした、とかもう滅茶苦茶。 何故こんなことが起きたかと言うと、最近はオペラも世界的に有名な歌劇場の来日が続き、有名指揮者や歌手たちが出演していないとさすがに客が呼べなくなった。だから契約途中でも有名人の名前を乗っけて取り合えずチケットを販売してしまう、というやり方がうまくいかなかったらしいのだ。 それにしてもとんでもないのは、それらキャンセルの告知が当日や前日で、払い戻しにも応じなかったというところ。特に歌の場合、特定の歌手の声に魅力を感じてチケットを買う人が大半だろうから、それがキャンセルになったら普通は払い戻しに応じるべきだ。 こんな大問題が、主催の朝日新聞がダンマリを決め込んでいるのであまり大事になっていない。もしこれが他メディアの主催だったら朝日は必ず取り上げるだろう。儲け至上主義で詳細な契約問題にきちんと対応しなかったのが原因のようだが、新聞社主催行事にしてはあまりにもお粗末な出来事だろう。こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月05日

昨日紹介した貴志康一は、兵庫甲南高校の出身であった。 甲南高校では偉大な先達を記念し、「貴志康一記念室」を設置して各種資料を展示しており、なんと郵送での申し込みで「貴志康一作品集」を購入することが出来る。 私も購入したが、湯川博士のノーベル賞受賞晩餐会で演奏された「竹取物語」の楽譜も収録されているので、興味のある方は是非申し込んでみると良いと思う。 また、その生涯や作品、新聞・雑誌記事、CD情報などの豊富なコンテンツを備えたHPもある。 是非この日本が誇る夭折の天才の生涯に触れてみていただきたい。夭折の音楽家・貴志康一←こちらです!こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月03日

トップページを少しいじって、「知られざる名交響曲」「名協奏曲」をカテゴリー群の先頭に持ってきてみた。無名とはいえ初心者の方にも十分楽しんでいただける曲を厳選しているので、機会があれば是非聴いてみていただきたい。それにしてもこういう曲は絶対に楽天内には存在しないので非常に残念だ。 で、久々に「知られざる名協奏曲」のご紹介。夭折の天才作曲家、貴志康一のヴァイオリン協奏曲だ。貴志康一 私が連載している「復活」の中に登場する貴志康一は、まぎれもない実在の人物。1909年、大阪で生まれ、僅か28歳で亡くなっている。しかしその短い生涯は非常に劇的だ。 1925年にジュネーブ国立音楽院に留学、28年に首席で卒業。30年ごろから作曲をヒンデミット、指揮をあのフルトヴェングラーに師事したというからただものではない。そしてなんとBPOで自作の交響曲まで指揮しているのだからその活動力には恐れ入る。 このヴァイオリン協奏曲は1934年に初演されているが、日本古来の旋律があちこちに散りばめられ、聴いていて思わず微笑みたくなる佳品。古典的な三楽章形式だが、第二楽章の叙情的で夢見るような旋律が特に美しい。作曲者がヴァイオリニストでもあったので、第三楽章の超絶技巧も聴きもので、ヴァイオリン協奏曲の要件を完全に満たしている。 残された作品は決して多くはないが、なかでも歌曲は今もなおあちこちの演奏会で謳われている。また、ヴァイオリンの小品「竹取物語」(演奏時間約5分)は、湯川秀樹博士のノーベル賞授賞式に、ストックホルムで演奏されたという逸話も持つ。 昭和の初期、多くの日本人音楽家がヨーロッパに渡っていったが、その中でも貴志康一は燦然と輝く巨星である。28歳で亡くならなければ、必ずや日本の音楽界を背負って立ったに違いないのだが・・・あまりにも惜しい。 80年以上前にBPOを指揮した日本人の作品を、是非一度聴いてみていただきたい。幸い、生誕80周年記念コンサートを収録したディスクを中心に貴志康一作品集がビクターから出ており、この夭折の天才の作品を確かめることが出来る。 こちらです! 貴志康一;生誕80周年記念コンサート@数住岸子(vn)小松一彦/東京都so.こちらもクリックいただけましたら幸いですこちらも始めてみましたので、お願い申し上げます
2006年10月02日
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