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今の子ども手当はただのばらまき。もったいない。同じばらまくのでも考えようなのに。たとえば子供の才能に対する補助を目的とする子ども手当にする。水泳でもバレーでも英会話教室でもピアノでも子供がやりたいと思って習い事をするときに今の子ども手当の額までは国が補助するとか。将来の日本の税収を大きく担うような才能がどんどん育つ。これなら反対する人も少ないだろう。同じ子ども手当として渡すにしてもやりようで本当はもっと生かしようがある予算にできるのにそういうことさえ考えようとしないでただばらまいてるような今現在のばらまき以上のなにものでもない子ども手当ならさっさとやめたが国のため。
2011/06/15
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輸出品の放射能検査証を求めることが批判されてたりするけど見方次第ではそんな悪いことではないのにと思う。心配だから輸入はしませんよとされるよりずっと良心的かもしれない。大丈夫という目に見える保証証明がついているなら問題ないってちゃんと検査してあるし消費者に安全ですよと言って売れる。日本が発行する保証書でいいってのだからある意味ユルイとさえも思える。これでOKってのは暖かい、やるべきことを消費者に対して最低限やってるとそう思えないでもない。他国の販売者がそう思って検査証明を求める気持ちを被災国に対する風評だとか非人道的でひどい差別的な扱いだとかと批判するってのはそれも相手のことを考えずに敵ではない相手を敵にまわしてしまう言動になりかねないようにも思う。
2011/06/15
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学校の放射能基準が「20ミリシーベルト」とされたことで日本では珍しく文部省の前でデモが行われた。デモのあと、「1ミリシーベルト努力」という大方針転換が発表された。デモで何かが確かに動いた!?日本をもっとよく変えられる可能性を感じさせてくれる出来事だった。政治家変えて政治主導といっても政治家は専門家ではないから官僚にごまかされていいように使われるだけ。ほとんどの人がどうにかしろよと思ってる年金問題や高齢者の年齢に合わせた超高い健康保険料の問題とか。日本の政治ってどうしたら変わるのかほとんどの人がおかしいと思ってることでさえ政治家を変えてもどうしょうもなくて変わらないなんてと無力感を感じていたのは日本に直接民主主義が足りなかったからなのかも。政治家に任せたら変わると依存で思いすぎでさらには選んだらあとはその行動力を傍から批評してるだけだったから変わらなかったのだと。日本人は近代、与えられた幸せで生きてきた感があり主張や行動で何かを勝ち取らなくては変わらないという意識が低いのだろう。今後日本が変われる可能性はここにありというのが見えたようなデモだった。政治家まかせではなく国民が本気で怒って行動すること。これなくして国は変われないんだという気がした。皆がおかしいと思うだけでおかしいことが公になりながらも何も変わらないという状態はきっと変えられるのじゃないかなと久しぶりに明るい気持ちになった。
2011/06/15
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そいえばこういう本が昔でてちょっと興味持ったかなということを思い出した。菅総理は自分のために最高にこれを生かして総理の座にいれてるのかも。【中古】afb【古本】鈍感力/渡辺淳一※菅総理がこの本をもってるという意味ではありません全てに敏感な人もすべてに鈍感な人もいない。人それぞれに違う鈍感力があったりして鈍感だからやってられるとかあったりして鈍感ってある意味大事なのかも。
2011/06/15
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原発事故の1か月後くらいのころに毒入りリンゴを白雪姫にすすめる魔女の海外の風刺漫画が批判されていて根拠のない風評を広げる心無い記事だと騒ぎになった。心無いこととの批判がおき、日本領事館が抗議し謝罪記事を出して終わった。だけど今となっては、日本政府の面々の(放射能は確かに通常から考えられない数値だけどところどころ検査してるからだいたい基準値以下になってると思うよ。)くらいの前提で「とってもおいしいよ。みなさん支援だと思って積極的に食べて下さい。」いうあちこちでの連呼してるけど、その姿はまさにあの風刺画の魔女と重なるときがある。ほんとはここまでしっかり確認チェックする体制を政治的に講じたから本当に安心だから安心してくださいというのが政治家の仕事なはずなのにそのあたりは欠落気味。放射能汚染されていても味が変わるわけではないからもともとおいしいものはきっとおいしいだろうになんか論点すり替えてるなと感じてしまう。狂牛病の騒ぎの時もそうだった。農水大臣が「おいしいおいしいみなさん食べましょう」という形で安全をアピール。狂牛病の肉だっておいしい肉はおいしいだろうに安全のシステムを徹底的に構築した安心宣伝ならともかくも「おいしいおいしい」とおいしいから大丈夫農水大臣もおいしいって食べてるから大丈夫と食べてみせるのがメインというこういう宣伝が本当に有効なんだろうかありえないと思ったが・・・もしかするとこういう感情に訴える手法って日本では特に有効なのかもしれない・・・。毒入りリンゴを含みのある表情ですすめるあの風刺漫画は当時日本人を傷つける心無い記事という批判を受けたが今となってはそう見られても仕方のないような局面が後から後からでてきてるような。あまりにもそういう状態が見受けられるのであの記事に日本からの続編が目に浮かぶ。震災で苦しんでる日本人を傷つけるひどい記事だと叫ぶ政府、しかし本音で(これからやろうとしてることをばらしやがってとんでもないな)って落ち。あの風刺画は悲しいかな、ある意味ではリアルな風刺漫画なのかも。魔女が菅総理の顔をしてたなら反応がもう少し違ったかもとも思ったりする。政府の原発賠償を減らす努力の方向性が間違ってると下手すると生きるために誰もがすぐに影響ないなら背に腹は変えられないしある程度のすぐに死なない程度ならと毒入りリンゴをすすめるようになってしまう。あの漫画にひそかな続編が作られるなら仮面の下は優しい素顔の魔法使いが、できちゃた毒入りリンゴをもってうようよ発生・・・。優しい白雪姫はすべて分かっていてそれでも買ってあげる。そんな国にしないでくれ。しかし・・・基準値ではないから大丈夫だということで積極的に農産物を買う一部の動きでは生産者がなんとか助かってるように見えるけれど汚染された土壌で再生産を行い続け放射能の危険にさらされ続けながら健康被害者をさらに作り出すことにならないとよいが・・・とも思えるほど汚染はかなりやばい状況の数値があちこちででてる。農産物生産者が消費者と自分の健康を少し犠牲にしてでもなんとか今の生活を維持してくれたら生産者としての賠償対象から減らせるぞとほくそ笑む政府官僚が善意を利用して人助けのふりしてそろばん勘定してないか・・。
2011/06/14
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生産者に広がる不安。数値が出たら出荷停止や売れ行き不振で困るからできるなら検査しないでくれとた方が助かるという気持ち。大丈夫なのに規制するなという過去にない生き残りのための生産者からの圧力。生き残りのための産地偽装だってやりたくなるだろう。あれとこれ、天秤にかけて判断するとそうなるんだろうという気持ちは分からないではないけれど、でもなんだかおかしい・・。賠償金がスムーズに支払われて将来にも不安がない仕組みを国が提示できたら生産者の行動も判断ももっと違うものになっていたかもと思ったりもする。賠償金支払について政治対応の遅れというか決めてすすめることができない状態はあまりにもどうしょうもない経過報告を聞いているととにかく生産者はとにかく自分を守らなきゃと思うしかなくなる。払ってもらえるかどうかわからない、支払われるにしてもいつになるかわからないそれまでどうなるんだその先も保証なんてないだろうという不安ってとてつもなく大きい不安。多少の放射能汚染を我慢して買ってもらえるならそうしてほしいと生産者が思わざるをえないような政府の対応状態。賠償金の支払いは遅くて不安にさせるほどに放射能汚染の食品は浸透していき賠償支払金額は少なくなることを狙った政策なのかと思うほどに政府の対応はうだうだうだうだ。賠償金支払い遅延でひたひたと広がる汚染。把握さえされない状態で汚染食品の蔓延していき、見えない汚染拡大予感。海外消費者の日本商品の買い控え拡大しそう。政策対応の遅れで風評でなく実害が拡大再生産してる。
2011/06/14
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おばさん年齢が進むにしたがって以前とは意外なほどのおばさんへのイメージの違いを感じる。昔の記憶でテレビ俳優や歌手や知人でおじさん・おばさんだと思っていた人たちが今当時の映像や写真を見ると若いなあ~(若かったんだな~)と見える。冷静に考えるとかなりのジジイが入っている人でも中にかなりの少年が見えたりする(人によるが)。TVの再放送など同じ人を見て、同じ自分の感じるこの感想の落差が面白い。昔はおばさんになるなんて・・・とできるだけなりたくないと思っていたけれどなってみると人生慣れてきて多少のことなら解決できそうに思えて精神的にも楽だし、世界や価値観が広がったり狭く深まったりしてたりで結構楽しいものだと不思議にも思いのほか安心して状況を受け入れられていたりする。こういう感じならおばあさんになるのもなんとか大丈夫そうかな。
2011/06/14
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以前、20代後半の頃におばあさんになるなんてという本のタイトルを見つけてああ、老齢といってもいつのまにかで考えたらおばあちゃんだけどなんだか昔思ったような実感がないというかそういう気持ちだとかあるんだろうなといういう状態が目に浮かぶような感じをはじめて想像したけれど。最近自分自身ふと思うには「おばさんになるなんて」。しかし、おばさんってなってみると予想と違って思ったより結構楽しい。面白い。なにより変な恋愛感情で相手が近付いてこないのですごっく楽。少し前に居酒屋とかで若い子におじさんが話しかけて楽しんでるのみてある意味懐かしさと、自分に声かけられないその状況差と以前見た光景を別の角度(立場)で見てるような面白さを感じた。同じシチュエーションの違う立ち位置で違う感情を抱く経験をするのは子供のころに読んだ本を大人になって読見直して違うもののように感じたのと同じような経験というか、そういう経験が生であって面白い。おばさんになってからガソリンスタンドでアルバイトの半分くらいが愛想が悪くなったのも面白かった。以前若くてきれい?だったころは若い男性の対応はみなかなり丁寧だったのに今は昔おばさん相手対応してる時に見たような表情がこちらに向いているのを感じる。自虐ネタとかはちょっと違って、まじめにその差を面白がって経験してる部分がある。おばちゃん扱いしていた若いこの半分は会話を重ねるとまた態度が違ってくる、思ったより会話が成立するからだろうがそれもまた楽しかったりする。親の世代とか見てても、年よりって昔思っていたよりずっとずっと若い。中身は子供のころの成長に比べるとかなり穏やかな成長だし環境も変わらない状況だと本当に中身は20年前もこんな感じだったのだろうなとそう思える人が少なくない。人生あっという間。実際11歳年下の弟が生まれて赤ちゃんだった頃がついこの間のようなのに弟は今や3人の子持ち。ついこの間のような記憶からなんて長い時間が流れていることか・・。もうあと30年とか生きてもきっと何があってもなくてもあっという間でじきに「おばあさんになるなんて・・」って思ってる未来がきそう。年齢を受け入れられるってなんて楽な気持ちなのだろう。子供のころとても受け入れられないと思ってたおばさんになるということがこんなにも心穏やかなのは不思議といえば不思議。周囲から見ればもう少し抵抗したら?って感じもあるだろうが(笑
2011/06/12
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今日夕方三重テレビにでるからとメールがあった。今も塾講師をしていると思っていたY君はなんと漁協に転職し過疎化する地元復興で楽しい取り組みをたくさん仕掛けていた。尾鷲は数年前に原発反対が通って数百億円の原発補助金でできるものと違う残したい未来を選択をした町という印象が強く残っている。原発に賛成とか反対とか以前に原発誘致するだけで数百億円が棚ボタでもらえるってのは私は人を狂わすように思えてならなかったからそんなものいらないという地域内の葛藤も含まれるであろう当時大どんでん返しのように聞こえた選択決断に拍手したくなったことがあったのを思い出した。Y君と出会ってから私はそう変わっていないが彼は会社やめて転職紹介して遠距離恋愛大失恋して結婚して子供ができてその時の自分にあった転職重ねて今とうとう一番自分らしいところに辿り着いたと感じた。なんだかとても長い長い時間が流れているんだなとふと思う。出会ったころがその人の20代後半頃の年齢って人は人生が目まぐるしく変わって流れが速い。自分もそうだだった頃を思い出したり今も同じ時間が本当は流れているのを思わせてくれたり若い友達ってのがいるのは時間の流れを確認できたりするもの。今日の放送はとても楽しく見れた。・・・きっとY君は早田の町でさだまさしコンサートをいつかやるそういう未来は遠くないなとふと思った。学生時代に好きなさださんのコンサートで警備係りをしたときに好きすぎて真横をすれ違っても声をかけれなかったといってたのを時々思い出す。好きすぎて声さえかけれないってそういう気持ちって結構悪くない。来ていいよと言われても好きすぎて舞台の楽屋においそれと行って初対面の短い時間で忙しい相手に何を話すのと思うととてもいけやしないと昔そういう思いで気持ちだけおいてきてしまったことがあったのを今ふと思い出した。
2011/06/12
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仕事を考えるときよく囲碁や将棋を思い出す。待ったもできない、放棄したくなるような現状。ここから始めるしかないと腹を決めたら違うものが見えてきたりする。もし断然不利でもそこにしっかり足つけて現状から勝てる方法を考えるのは自然体で無理がない分、もっと明るい未来にかえって近かったりする。よーくよく見て考えると思ったより断然有利とかある。思考を変えるか深めるかしないと見えない勝ちへの道とかもある。
2011/06/12
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