All The Things You Are

May 13, 2007
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テーマ: Jazz(2023)
カテゴリ: Songwriter
数々のニュー・ジャズ・スタンダード・ナンバーのソング・ライターでありスーパー・スター。

Stevie Wonder

●スティーヴィー・ワンダー、スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)

1950年5月13日、アメリカ、ミシガン州サギノウ生まれ。57歳。
本名:スティーヴランド・ハーダウェイ・ジャドキンズ(Steveland Hardaway Judkins)として生まれ、
後にスティーヴランド・ハーダウェイ・モリス(Steveland Hardaway Morris)に改名。




スティーヴィー・ワンダーは、1950年5月13日にアメリカ、ミシガン州サギノウで生まれました。
しかし、生まれてすぐに保育器内の過量酸素が原因で、目が見えなくなってしまいました。

1961年、11歳の時、モータウン社長の前で歌と演奏を披露しレーベルに契約、
12歳でリトル・スティーヴィー・ワンダーという名前でデビューします。


初めての大ヒット曲「フィンガーティップス」がリリースされたのは1963年のことです。
この曲が収録されているアルバムの録音当時、ステーヴィーは12歳だったので、
『The 12 Year Old Genius(ザ・トゥウェルヴ・イヤー・オールド・ジーニアス)』、
日本語に訳すと「12歳の天才」というタイトルがつけられたアルバムからのシングルカットで、
アルバム、シングルともに全米1位になり、スティーヴィーは一躍有名になります。
それは、ちょうどビートルズ旋風が巻き起こりはじめたころのことです。
その後、ビートルズは短期間のうちに音楽界に大きな変革をもたらしましたが、
まだ10代で多感なときにスティーヴィーは、このロックの革新に身近に触れたということは、
極めて重要なことでした。
それと同時に公民権運動が広がり、ヴェトナム戦争も泥沼化していく60年代を、
若きシンガーとして、音楽界の先頭に立ってリードしていくという自覚を持って過ごしたということが、

ジョン・レノンやボブ・ディランと比べると10歳ほど若いスティーヴィーは、
持ち前の旺盛な好奇心で、様々な影響を吸収していきました。
スティーヴィーは、わずか12歳でデビューしたため、ビートルズのメンバーとは年齢が離れているにもかかわらず、
ほぼ同等のキャリアを持って音楽シーンを歩んでいくことになります。
(後年の1982年、スティーヴィーはポール・マッカートニーと「エボニー&アイボリー」で共演します。)


その時期は、ちょうどスタジオの設備や録音技術が大幅に進歩し、
シンセサイザーなどの電子楽器が注目されはじめてきたときです。
スティーヴィーも1970年の『涙をとどけて(Signed, Sealed And Delivered)』以降、
シンセサイザーを使った多重録音などの新しいサウンド的試みを、大幅に取り入れるようになっていきました。
1971年の『青春の軌跡(Where I'm Coming From)』は、非常に実験色の強い作品で、
次作で本格的に取り入れることになるシンセサイザーというものを所々で使用し、多重録音なども行っています。
また、モータウンに縛られることなく政治的で少し過激な歌詞も、これまでになかったものです。

そうした数々の試みは、続く1972年の『心の詩(Music Of My Mind)』で実を結びはじめ、
それは、3部作と呼ばれる、その後3枚続く傑作アルバム、
『トーキン・ブックトーキング・ブック(Talking Book)』(1972年)、
『インナーヴィジョンズ(Innervisions)』(1973年)、
『ファースト・フィナーレ(Fulfillingness’ First Finale)』(1974年)で、頂点を迎えました。
そして続く1976年に発表した大作の2枚組LPアルバム『キー・オブ・ライフ(Songs In The Key Of Life)』は、
3部作の音楽性を引き継ぎながら、よりポップな展開を示し、全米アルバム・チャートで初登場1位を記録します。
その後も14週間にわたり1位の座を獲得するという快挙を成し遂げ、
スティーヴィーは、アメリカ音楽シーンのトップに立ちました。

そして1980年代、特に「スリラー」に代表されるように、
よりダイレクトに映像と結びついた音楽が注目される「MTV」時代になると、
スティーヴィーは極めてイマジネイティヴな、美しいラヴ・バラードに真価を発揮するようになります。

また、慈善活動や平和活動に目覚め、南アフリカのアパルトヘイト政策に反対する歌、
公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング牧師に対し、敬意をはらう歌などを発表します。
1985年1月、USA・フォー・アフリカの「ウィ・アー・ザ・ワールド」に参加。
同年2月14日、南ア大使館前でアパルトヘイト抗議デモの先頭に立ち、逮捕されます。
同年9月、「パートタイム・ラヴァー」が全米1位を記録します。
同年11月、ディオンヌ&フレンズ名義のエイズ・チャリティ曲「愛のハーモニー」に参加、これも全米1位になります。

1989年「ロックの殿堂」入りをしました。

そして、現在に至っても、次々とかつてのスティーヴィー・ワンダーの曲が掘り起こされ、カヴァーされており、
彼の曲は純粋に「いい曲」、「いいメロディーの曲」として人々に愛され続けています。
スティーヴィーのサウンドにはジャズ的要素も多く、
クインシー・ジョーンズや、ハービー・ハンコックといったジャズ・ミュージシャンとの交流もあり、
スティーヴィーの曲の数々はジャズ・ナンバーとして取り上げられており、
スタンダード・ナンバー化していると言えるでしょう。

*****

●主なアルバム作品

The 12 Year Old Genius フィンガーティップス (1963)
With A Song In My Heart わが心に歌えば (1963)
Uptight アップタイト (1966)
Down To Earth 太陽のあたる場所 (1966)
I Was Made To Love Her 愛するあの娘に (1967)
Someday At Christmas 想い出のクリスマス (1967)
For Once In My Life フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ (1968)
Alfie アルフィー (1968)
My Cherie Amour マイ・シェリー・アモール (1969)
Signed, Sealed And Delivered 涙をとどけて (1970)
Where I'm Coming From 青春の軌跡 (1971)
Music Of My Mind 心の詩 (1972)
Talking Book トーキング・ブック (1972)
Innervisions インナーヴィジョンズ (1973)
Fulfillingness' First Finale ファースト・フィナーレ (1974)
Songs In The Key Of Life キー・オブ・ライフ (1976)
Journey Through The Secret Life of Prants シークレット・ライフ (1979)
Hotter Than July ホッター・ザン・ジュライ (1980)
Stevie Wonder Original Musiqarium I ミュージックエイリアム (1982)
Woman In Red ウーマン・イン・レッド (1984)
In Square Circle イン・スクエア・サークル (1985)
Characters キャラクターズ (1987)
Jungle Fever ジャングル・フィーバー (1991)
Conversation Peace カンバセーション・ピース (1995)
A Time To Love タイム・トゥ・ラヴ (2005)

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Last updated  May 16, 2007 12:04:11 AM
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