不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2004/11/19
XML
テーマ: 京都。(6429)
カテゴリ: 日本旅行記
京都旅行の167話目です。(六道珍皇寺と子育飴)

◇ 建仁寺 から小道を通り 六道珍皇寺 へ訪れました。
この道は、 六波羅蜜寺 へ向かう時に通りました。
その時は、拝観して良いのかわからずに通り過ぎました。


門の前には、岩に「六道の辻」と彫られています。
境内に入りますが、建物が少しあるだけですね。

本堂横に木の看板があります。
「篁の冥土通いの井戸」と説明が書いてあります。
場所も書いてあるのですが、戸を少しくりぬいた所から見ているので、遠くてよくわかりません。
井戸に竹で蓋をしているのがそうだと思います。
カメラの望遠で撮ってから、確認しました。
肉眼では距離がありすぎて、ほとんどの人がわからないと思います。

閻魔・篁堂があります。
そんなに大きくない小屋ぐらいの大きさです。
小さな穴が数箇所開いてあり、そこから中が見えるようになっていました。
なんだか、ちょっとたのしい(笑)。
この様に見せてくれるだけの気持ちがうれしいですね。

穴の位置が悪いと、見づらい場所も有りましたね。

お迎え鐘の堂があります。
中は見えなかったと思いますが、穴が開いてあって鐘の紐が出ています。
引っ張ると音がしたと思いますが、忘れてしまいました(笑)。

拝観料を取らないにしては、良かったと思います。
幽霊子育飴 が売っています。
ちょっと500円なのは高い気がしますが、京名物と書いてあるので買ってみても良いかなと思って買いました。
もう少し変わっている感じの飴かと思いましたが、そうでもなかったです。

清水寺方面へ向かいました。



六道珍皇寺  うんちく ☆☆☆


六道珍皇寺が建つ辺りは、その昔は鳥辺野(とりべの)呼ばれた京の葬送地(清水から今熊野辺りの東山山麓)の入口にあたる。
六道珍皇寺を西へ、次ぎの辻の角に西福寺があり、そこに「六道の辻 」と書かれた石標が立っている。
六道とは、仏家のいう地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六種の迷界をいい、霊は必ず そのどこかに行くといわれる。
六道の辻は、その分岐点で、冥土への入口といわれている。

「六道詣り」のとき、参拝者は堂の穴から延びた綱を引き鐘を鳴らし、ご先祖様が迷わず帰れるよう祈るのである。
鐘楼の向側(西)に多数のお地蔵様が並べられている。冥土へ向かう幼子が迷わず行けるようにお願いするのである。
また、境内には小野篁(おのたかむら)が冥土への入り口にしたといわれる井戸がある。ちなみに、冥土から 帰って来る井戸は嵯峨野・福生寺(大覚寺門前六道町辺り、今は廃寺となっている)の井戸と伝えられる。
福生寺は京の西の葬送地にあたる化野(あだしの) に建っており、篁は珍皇寺の井戸から冥界へ行き、福生寺の井戸から現世へ帰ってくるのである。


「お迎え鐘」の伝説
ここの鐘楼に架かる鐘は、毎年の盂蘭盆会にあたり精霊をお迎えするために叩かれるが、古来よりこの鐘の音は、遠くは十万億土の冥土まで響き渡り、亡者はその響きに応じてこの世に呼び寄せられると伝わることから「お迎え鐘」と呼ばれている。
「古事談」によれば、この鐘は当寺を開基した慶俊僧都が作らせたもので、あるとき僧都が唐国に赴く時、この鐘を三年間この鐘楼の地中に埋めておくことと、寺僧に命じて旅立った。
ところが、寺僧は待ちきれず、一年半ばで掘り出して鐘を叩いたところ、遥か唐国に居る僧都に聞こえたという。僧都は、「あの鐘は、三年間地中に埋めておけば、その後は人の手を要せずして六時になると自然に鳴るものを、惜しいことをしてくれた」と、大変残念がられたという。
しかし、そんな遥かな唐国にまでも響く鐘なら、おそらく冥土まで届くだろうと信じられ、このような「お迎えの鐘」になったと伝えられる。





◇あまり訪れる人がいないですが、近くは通ると思いますので、訪れてもいいと思います。
夏には祭りなどがあるみたいです。
少し話を知っていると、少し楽しいかもしれませんね。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006/02/05 03:33:23 PM
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: