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2020.07.11
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カテゴリ: 宇宙意識など


〇セミヤーゼの言葉
人間は創造的なるものを知らないため、誤った教え、すなわち意識を隷属させる教派や宗教に惑わされているので、非常に多くの過ちを犯し、間違った場所に真の宝を探そうとして、自然と創造のあらゆる秩序や法則のすべての規則を破る。
そのような人間は人間社会の法律をいかに厳密に守ろうとも、宇宙における創造的なるもののあらゆる法則と規則および秩序を破り続け、人間的で物質的な苦しみや不安、問題、恐怖、誤った教え、誤った指導、弱さ、不幸、霊的および意識的な無知、意識的な隷属および制約に囚われる。
現実から遊離した教派や宗教、人間的な無知のために、まさに最も価値あるものを把握できない。
このような無知と誤った道に導く宗教や教派その他の誤った教えが、すべての価値あるものの源泉、生命の中の生命、あらゆる知性の光、すなわち霊と創造を、人間の目から覆い隠している。
だから、日常生活とその経験の全領域を創造的なるものと考えなさい。
いつでも、どこでも、あらゆる事物の中に自分自身を見出しなさい。
自分自身が万物となって、万物の中に創造的なるものを呼び覚まし、それを認識し経験しなさい。
なぜなら創造は万物の中にあり、万物は創造の霊によって生かされているからである。そのため万物は万物において一つなのである。
ここで問われるのはもし人間が霊の道を知らなければ、どうやって自分自身を万物と同一視するべきかということ。
ただたいていの場合人間は、その肉体を自分自身と同一視している。
しかし人間が真理を取り組もうと心がけ、内面的に創造の存在と霊的な現実に合わせればどうなるでしょう。
全世界が自ずと本当の霊的な現実と真理へと溶け入る。
創造的なるもの、霊的なものの唯一の原理があまねく支配するのである。
では、人間はどうしたら自分自身を万物と同一視できるのでしょうか。

たいていの場合人間は、その肉体を自分と同一視する。
人間は自分の肉体を宝物のように大切に取り扱い、養い、献身的に世話をする。
誇らしげに安物のがらくたや、くだらない妄想で自分を飾り立てるが、一方で、自分の意識は痩せ衰えさせている。
ほんの少し痛いだけで、腹を立て不機嫌に他人に当たり散らし、それどころか嘆き、泣き始め、自分を哀れみ、あるいは自ら命を奪うのである。
自分の肉体をわけもわからず偶像視し、虚栄や不安、懸念やプライド、そして様々な問題を纏わせる。
何もかもが肉体中心なのである。
しばしば物質的な財産を自分の肉体と同一視することさえあり、周囲の人間がうっかりそれに触れると、腹を立てたりする。
それに比べて、意識と霊の真理を認識する人間はどうするでしょうか。
このような人間は、世界および宇宙のあらゆる事物や生物と自分自身とを同一視するでしょう。
創造と霊の英知に満ち、知識、真理、愛と認識に満ちた人間は、過去において万物は真理から生まれ、現在も未来も生まれ続けることを知っている。
それゆえ、そのような人間は自分をありとあらゆるものと同一視する。
彼はその意識的な存在の深奥において常に万物と一体となるでしょう。
彼は自己の深奥において霊的な意識および宇宙の万物と自分を同一視する。その一方、物質的に思考する他の人間は、自分の肉体、金銭や財産と、誤った言葉や教えと、自分の声の響きと自分を同一視するのである。
しかし、人間が自分を宇宙の万物と同一視すると、憎しみや欲望を自らの内に宿すことができなくなる。自己中心的な区別をしなくなるから。
彼は万物の本質と一体となったからである。
他の人間なら何かを自分だけの所有物にするでしょうが、霊的に思考する人間はそのものをその内にある真理と同一視する。つまり、すべてを内面的に所有する。
自分と真理を同一視することによって、彼から一切の恐怖が消え去る。
それどころか、彼が一体となっているこの創造と霊の真理は、彼に向かって振り上げた敵の手を逸らせて、その当人を打つことさえできる。
霊的に思考する人間は保護され庇護されており、自然全体も彼に対して好意的である。そして敵でさえも最後には彼に仕えることになる。
敵からの攻撃によって、霊的に思考する人間の中の意識的な理性の力はさらに大きな力へと発展し、邪悪で卑劣で堕落したすべての者を制圧する。
結局敵の行為は、意識的創造的に思考する人間の成長と真理の認識に役立つだけなのである。
敵は真に思考する人々に災いや、不幸や、良くないことを望む。批判、知ったかぶり、虚偽、中傷、異議、誤った主張、誤った教え、嘲笑、非難によってそうした人々を絶滅できると思っている。しかし、彼らは自分を傷つけるだけ。なぜなら、彼らの行為は自分たちの愚かさと無知の証明であり、そして、創造的に思考する人間はそこからさらに多くのことを学び、その霊と意識はいっそう偉大で力強くなるでしょう。
このような真実が、単なる暗示だとでもいうのでしょうか。
そんなことを主張するのは狂気の沙汰でしょう。というのもそれは完全な誤りだから。
それは絶対的な真理なのである。
誤った考えをする者や、誤った道に導かれた者や、宗教に依存する者の場合、その生活はおおむね悪質な暗示、誤った思い込み、謬説や妄想に満ちている。
このような害悪を除去する唯一の可能性、唯一の方法は、これらすべての人間的妄想を一切無効にする真理を根本から認識し、それらに従い、そして創造と霊と自然の至高へ物質的意識の力を発揮させること。
人間が次のことを確認すれば、すべての非現実的な暗示や人間的な空想は正される。
私は創造の一部であり、創造の一部すなわち霊が私に生命を与えていると。
創造と霊の力、真理と現実の他は、すべて妄想と幻想であると知ることによって、生命を発展させようとする人間の熱意が減じることは決してなく、むしろそれは予期しないほどに高まるでしょう。
真理とみなすことができるのは、現在も真理であり将来も真理であるものだけである。それは永遠に信頼でき、いかなる場合でも決して修正を必要としない。
真理は、別の時代や新しい時代に適合させる必要がない。真理はあらゆる時代を通じて不変だから。
真理は永遠に同一であり、たとえ言い方は異なっても常に同じ響きを持っている。
真理とは、いつの世にもいかなる場所でもその上に構造物を構築できる岩盤である。
真理は生命以前に存在し、生命以後にも存在する。
短い期間しか存続しないものは危険であり、ひどい欺瞞であり、誤った教えである。
創造と真理は今日も明日も常に同一であり、常に変わることなく、永遠に同じ価値を持つものである。
その名も形も変わらない。なぜなら、創造と真理は名も形も持たないからである。
だから、創造的なるものにしがみつきなさい。創造だけが真理なのだから。
真理は創造そのものと同様に不滅である。真理は永遠であり、相対的に完全である。それは人間がすべてのエネルギーを使い、意志のすべてをかけるだけの価値を持つものである。というのも真理は決して人間を欺くことがないからである。
だから、真理にしがみつき、何事においても変わらぬ冷静さと喜び、知識と愛、そして強さと英知を持って泰然としていなさい。
創造的なるものだけが無限の英知と真理であり、そこには一点の誤りもあり得ない。
だから、創造の英知から力を得て、自らの霊と意識の中に英知の光を探しなさい。
真の人間は空間内で自分の手を動かさなくても、もう何十億回も創造的なるものに触れることになるとよくわかっている。なぜなら創造的なるものはいかなるときでも、どこにでも遍在しているから。
真に現実的な人間は、筆舌に尽くしがたい無限の力に満ちた創造的なるものがあまねく存在し、どこに行こうとも自分を取り巻いているという真理を知るとき、喜びにあふれる。
創造的なるものは果てしない平和に満ち、無限の認識に満ち、そして相対的に最も完全なものである。
それは、自己の内と外にあまねく存在する至高の霊的意識が繰り広げるあらゆる奇跡の泉である。
真の人間の喜びは、霊的生命そのものと同じく無限である。
霊的にも意識的にも急速な進化を遂げるために、創造的に思考する人間はあらゆるものを創造的とみなす。
彼は何かを見るや否や、そこに創造的なるものを見出す。
彼が見ているあらゆる事物の背後に、またそれらの現象形態そのものの内に、常に創造的なるものがある。
だから創造的に思考する人間は、至高の経験を手に入れようとして、あちこち走り回る必要がない。認識と経験を積むには、今いるところが常に最善の場所なのである。
霊と意識は彼自身の中で育まれるのであって、どこか別の場所で育まれるのではない。
彼は自分自身の思考と行動を通じて、霊と意識を育まなければならない。
これを認識することによって、その考え方は聖なるものとなる。彼とともにある万物も、足下の土でさえも聖なるものとなる。
創造的に思考する人間は、創造と自己の内部に宿る霊を経験すべき時を未来に見るのではなく、今この現在に見ている。それによって彼は、意識の貧しい普通の人間にとって遠くはるかな未来に生きているのである。が、多くの場合、それは全く理解されない。
真に創造的に思考する人間にとって時とはいつかではなく、いつもこの現在を指すのである。
真理を見るために、彼に肉眼は必要としない。
彼は自己の内部を探求し始める。すると真理は彼にとってますます現実的なものとなる。なぜなら彼の物質的意識に代わって彼の霊がこの現在においてすべてを観るからである。



基本的に地球人の間では心霊術が非常に盛んに行われている。でもそれらは非常に素人っぽく、取るに足る知識や成果はない。いわゆる心霊治療の99.7%以上は詐欺、自己欺瞞、ペテンによるものである。
全く意図的に誤ったことが主張され、それが魔法めかしたトリックで強調されている。
極めて多くの場合、自己欺瞞が見られる。なぜなら心霊術者は、あの世の存在者や死者が自分たちの呼びかけに答えると思い込んでいるから。
そのような種類の霊媒師はテレパシーによる潜在意識の波動に対して非常に敏感であり、その能力によって他人の潜在意識や記憶のデータバンクとつながり、過去や未来の出来事を経験する。
内情を知らぬ人々や無知な人々は、霊媒師が本当に霊媒能力を持っていると信じている。
だから彼らは霊媒行為によって、自分自身や親戚やあるいは自分でもとうに忘れて思い出せない他の人のことについて語られるとよくびっくりする。
無知で非論理的な人間は、単なる口寄せも本当の心霊術も行うべきではない。
それらは第一に、意識の混乱が生じる恐れがあるので、実施する人間にとって、精神的、意識的に非常に危険である。第二に、彼らはありとあらゆる可能性によって騙されたり、茶化されたりする。でもそれは死者によるものではない。
死んだ生命体があの世の境域においても総意識体の形で持っているのは、自分が物質的な世界で集めた知識だけである。
もしこの死んだ生命体を物質的な世界から呼び出せたとしても、その生命体はまさに自分が物質的な世界で習得したことしか説明することも語ることもできないでしょう。
とりわけ宗教的ドグマや狂気は、最も重大な要因となる。死んだ生命体が出現するのを見たとかその声を聞いたとか称して、再三再四、生きている者を惑わす。
なぜかと言うと、人間の物質的な思考に含まれている狂信的宗教的な要素が、多くの場合人間の人生において支配的な役割を果たしているから。
多くの死者はその存在が呼び出されることに納得しないでしょう。だから呼び出されていたとしても、生きている者を悪質なやり方で騙す。
多くの死者は悪意をもって茶化し、偽りの予言をするでしょう。でも、そうした予言は的中することもあるでしょう。無知な人間はそれを信じ、まるで磁石のように事件を引き寄せるから。
ところで、真の形態の心霊術もあるにはあるが、それをなし得るのは私たちが知る限り4人だけである。しかも彼らは自分たちの能力を隠している。
けれどもこの形態において呼び出されるのは死者ではなく、より高次の存在者や他の境域の存在者である。
それらは往々にして意識の面で非常に高度なレベルまで発展を重ね、多くの誤った教えを離脱して賢者となった。
そしてこれらの霊形態もしくは存在形態は、まだ生きている者のどんな質問にも正しく答え、決して騙したり茶化したりしない。
根本的に言えば口寄せなどの形態の心霊術は、何よりもまず死者にとって望ましいものではないでしょうし、生きている者には何の益にもならず、凶事しかもたらさないのが真相である。
すでに言ったような偽の形態の心霊術まがいも同様である。
だから人間は決して死者に呼びかけようとしてはならない。それは全くのナンセンスであり、意識障害を起こす恐れがあるから。
この、人を惑わす邪悪な偽心霊術を禁止するだけで、あなた方の世界から非常に多くの困窮や悲惨が取り除かれることでしょう。
価値があるのは高次の形態の心霊術だけであり、この場合は死者ではなく、より高い霊の境域や高度に発達した存在者に呼びかけたり問いかけたりできる。
先ほども言うが、地球には現在(1975年6月16日現在)そのようなことができる人間が4人しかいない。
いわゆる全欧州圏には、現在この4人の真の能力者のうちたった一人だけ住んでいないが、その名前を挙げることはできない。



もう一つ知っておいてもらいたいのは、すでに一度話したことのある宇宙の変革に関すること。要するに水瓶座時代のことで、これは黄金の時代とも言われている。
まず、最初にはっきりさせておかなければならないのは、この時代に関する宗教的な解釈は絶対に事実ではなく、故意に誤って解釈したものだということ。
水瓶座時代が宗教的に告示された終末の時代だという主張の背後には、無責任な狂信がある程度潜んでいる。
決して、この新しい時代は終末の時代ではない。この時代こそ真に現実的な生命をもたらすのだから。
この時代になって初めて、すべてが最高の水準に引き上げられ、自然の摂理に従って霊および意識を発展させることが可能となる。
でもそうなるには、この時代が始まってから数百年もかかるでしょう。
この時代本来の真価が発揮されるのは、2029年2月3日中部ヨーロッパ標準時の11時20分からである。
しかし、新時代がもたらす変革の力はすでに1844年2月3日から始まっており、それ以来地球ではすさまじい変化が矢継ぎ早に起きている。
新時代は犠牲も強いる。宗教的狂気、コンピューター技術やその他の技術、宇宙航空技術、遺伝子技術およびすべての科学の急速な発展、犯罪の激増、絶滅戦争など、これらはこの時代特有の典型的な現象である。
水瓶座時代への過渡期の前半は1844年から1937年まで93年続いた。この間に地球は、魚座時代の一番外側の放射域へと脱した。
1937年2月3日、中部ヨーロッパ標準時の11時20分に、本来の水瓶座時代への過渡期後半が始まった。
この日から、急激な革命的事件、発明、発見、戦争や暴動などが日常的に相次いで起こった。他の時代にはないこと。
しかしまた水瓶座時代の始まりとともに、真に霊的で意識的な生命の始まりも保証する。
地球の太陽系全体とそこに生息する無数の生命形態は、この新時代の影響を受けることになる。
ありとあらゆるものがその影響を受ける。なぜなら、それが宇宙の法則だから。
全宇宙のすべての惑星の動きとあらゆる生命形態を支配するこの法則によると、地球は宇宙の様々な出来事を経て1844年に新しい時期に入った。この時期には、創造と自然に由来するものを除き、それまで存在し効力を発揮していたすべての秩序が進化に伴って変化したり消滅したりする。
新時代の訪れとともに、地球人によってつくられ、それまで効力を持っていたあらゆる秩序が立て直され、変更され、進化し、変化し、あるいは廃止される。
このような画期的な変化の起源は、私達が中心太陽と呼んでいる巨大な中心星の放射線領域にある。地球の太陽系もしくはゾル太陽系はこの中心太陽の回りを25860年かかって一周し、あなたがたの言う横道十二宮に相当する十二の時代を通過する。
地球もしくはゾル太陽系は、銀河およびその中心太陽を約3億1800万年かけて一周し、すでに銀河系中心太陽の黄金の放射線の外側の縁に進入したところである。それは全銀河領域で変化や変動をもたらす最も強力な放射線である。
水瓶座時代は、この放射線にちなんで黄金の時代とも呼ばれている。それは巨大な進化をもたらす革命の時代、新しい時代、偉大な時代、奇跡の時代なのである。
しかしそれは多くの災禍も伴う。特に宗教の面で、および新しい発見や成果の応用の面でそうである。
地球人は数百年を経て初めて無分別と無思慮に打ち勝ち、すべてを創造と自然の法則に従って整えるでしょう。
水瓶座時代は、偉大で刺激に富んだ時代なのである。
この非常に高貴な黄金の時代はその後の時代にも作用し、通過する横道十二宮すべての時代に影響を及ぼす。
この黄金の時代に人間は自然な霊的で意識的な進路を見出すが、そこに至るまでには幾多の混乱を切り抜けなければならない。
無数の人間が教派や宗教に惑わされて命を落とし、悲惨な最期を遂げるでしょう。
しかし宗教や教派の誤った教えを逃れ、霊の真理と知識と英知の中に身をおく者は幸福になることでしょう。
地球上ですさまじい革新が起きるでしょう。
知性のみが尺度となることはなく、霊の知識と霊の能力がはるかに重視されるでしょう。
霊的なるものの高い領域を感受し、これと調和を保って歩んで行けるほどには、霊と意識が充分に発達していないものはすべて、抹消されて取り除かれる。なぜなら、それはあらゆる形で生命をむしばみ脅かすものだから。
すべてが頂点を極めたとき、霊を妨げるものや霊を隷属させるもの、意識を妨げるものや意識を隷属させるものはすべて破壊されるでしょう。
その筆頭に挙げられるのは宗教と教派である。それらは意識とその発展を最も邪悪な形で抑圧するものだから。
新時代の到来により、純粋な陰の力と純粋な陽の力はすべて地上から一掃され、それによって健全で中立的な均衡がもたらされうる。
この変革の道を切り開くものは、宇宙の法則、万物を生み出す創造と自然の法則である。





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最終更新日  2023.04.01 15:41:23


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