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お久しぶりでございます!こちらに書き込むのは、実に1年以上ぶり。他の所で繋がっているお友達もいらっしゃれば、ダウン症検索で、こちらを訪ねて来てくださる方もいまだにいらっしゃいまして本当に本当に、ありがとうございます!まずは、私とウーの近況をば。ただいま、私たちは大阪を離れて、東京に暮らしております。私の母を奥さんに迎えて(笑)、私は一家の大黒柱。愛と気合だけは忘れずに、母ちゃんがんばっております!ウーは支援学校の4年生。大阪とは異なる環境の中ですが、こちらに来てから、体調を崩すこともなく遅刻も病欠もなくゴキゲンにやっております。もうこちらへ来てから1年半が過ぎました。なぜ、上京したのって?息子の将来のためですよ~!なんて、優等生ぶった理由は申し上げません。私のためね!人生も後半戦に差し掛かって、やってみたかったことを色々と書きだしてみたのです。チャレンジしてみたい仕事や、生きていく上での、私にとっての楽しみ。それらを叶えてくれるのは大都会である東京だなあと思いました。若い頃の方がチャンスはもっとあったでしょう。しかし、肝心の自分の覚悟や準備が整っていなかったのね。もっともらしい言い訳をつけて、落ち着かなきゃって思ってました。でもね。落ち着くって、なに?何のために、誰のために遠慮するんだろう?やっと、私は自分の心を解放するすることができました。もちろん、さすがの東京はウーにとっても、素晴らしい支援が整っています。大阪時代に涙を飲んであきらめていたことが(知的障害者には紙パンツの支援はないですよ~とか、タクシーの補助制度はないですよ~とか、学校送迎のヘルパーは無理ですよ~とか)当たり前に制度として利用できます。シングルで子育てをする者にとって、そういう細やかな支援こそ、本当にありがたくって私のストレスが減りました。そして、大都会のよいところは、人種も性別も障害の有無もあらゆることを暮らす人が多い分、全て飲みこんでくれるところです。色んな人がいるからね~!って、感覚が普通にあるので、シングルマザーであることのきつさだとか、障害を持っているウーへの変な目線などが圧倒的に少ないわけです。この自由な気分は、東京に住まう何よりの良さかなあ~と、私の中では思っております。私の好奇心による「やってみたいことリスト」の項目も次々と叶えられております。私にとっての神のような素晴らしい表現者の方々に触れるというのがほとんどの項目を占めてるんですが(笑)。でも、愛する関西の事は、決して忘れてません。大阪で頑張っている、ウーの戦友たち。戦友の母仲間。お世話になった医師や療育関係や、保育園や学校の先生方。この出会いなしには、今の自分達親子の笑顔はなかったなあとあらためて、感謝申し上げます!そして、すっかり遠のいてしまいましたがこちらのブログで出会い、励ましてくださったお友達の皆様、皆様のお子さん方の成長と幸運を、お祈りしています!自分の目標は、障害を持つお子さんを育てる家族がどこに暮らしていても、自分らしく、文化的な生活を送れるようにすることです。ささやかでも、発信し続けていこうって、あらためて感じている、ウー、10歳を迎える年の晩夏です。
2015.08.26
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お元気にお過ごしでしょうか?私たち親子は、とっても元気に過ごしています。ウーは、体調も安定していて、2年生の3学期を迎えることができました。今では、朝の登校も、ヘルパーさんと一緒に行動しています!なんという成長でしょうか~。まったく、更新を怠っているにもかかわらず、今でもぽつぽつと、ダウン症関係の検索からこんな、私のブログにたどりついてくださる方もいらっしゃって、ご訪問ありがとうございます。今日は、久しぶりに「療育」についての考え方を書いてみよっかな。先日、自分も過去の日記を読み返してみたんです。もう、必死で、ウーの就学のことにしか頭が回っていない状況…。いや、乳幼児のダウン症のお子さんをお持ちの方、やっぱり、一番関心の高いのは、そこだと思うんですよね。その前に、幼稚園や保育園という目標がありますが。そして、そこへ辿り着く前の「療育」。うちは、まず兵庫県立塚口病院の「赤ちゃん体操」教室からのスタートでした。心疾患もちだったんで、生後4か月までは、病院暮らし。その後も、何かあると入院でしたから、神経ピリピリして、過ごしていたなあって懐かしく思い出します。自分の親にも「まずは手洗いとうがいをしてからウーを見て」ってきびしく、お願いしていたものです。かなり「神経質」って思われていたわ。でも、今でも続けている、外から帰ったらうがい・手洗いはなんだかんだ言っても「一番効果のある感染症予防」だと自分は感じています。いくら身内だろうが、育ててる本人の切実な思い「絶対にこの子を守る!」っていうのはわかってもらえないものだとあきらめたほうがいいです。絶対に、健常ちゃんと比べたら育てるのに手間ヒマかかるのは事実ですからね~。きっと私も含めて多くのダウン症児の母ちゃんたちはおそらく1歳過ぎるころまでは、「病院以外のお出かけ」などめったにないという経験をなさってきたんじゃないかなと推測します。だから「赤ちゃん体操」に月に一度参加することができるようになった時、どれほどの達成感と開放感を味わったことでしょう。これは、ダウン症児に特有の「低緊張」そう、衝撃の柔らかボディによる様々な影響(姿勢の悪さや、そこから発生する弊害)を引き起こさぬように、筋力をつけたり、また親子でボディタッチすることでの、温もりの時間だったりします。そして、何より、「ああ、この子を産んで世界が広がったなあ!いっぱい仲間もいて楽しいなあ」と、親が思えるための場所だったりするわけです。ですから、迷ってる方がいらしたら、「赤ちゃん体操」検索なさってみて!療育デビューとしては、とてもいい環境ですよ。そして、うちは、赤ちゃん体操に行きながら、「肢体不自由児親子通園施設」に通い始めました。このブログで「マイタケ園」と呼んでいた場所です。歩けるようにあるまで、まずは身体訓練からスタートするのが当時住んでいたエリアでのやり方でした。理学療法、言語療法、作業療法の3つに加えて小集団での保育を体験し、プレ幼稚園のようなイメージもあります。さあ、集団に入ることで、当然ですが様々な価値観と出会い、うろたえたり、多数の意見に流されたりもするかもしれません。単純に、ママ友同士の交流での疲弊も出てくるかもしれません。しかし、わが子をひたすら観察しましょう!大事なのは、わが子の成長と、わが子の笑顔ですもの。「マイペース宣言」してしまいましょう。健常児の親と違って、持っている障害も様々、同じダウン症を持っていても当然ですが、個々に違うのですから、皆と一緒の行動とか、考え方が通用しないのはお互い様です。私自身に関して言えば、ウーに感謝してるのはそういう点かな。「うちはうちなの~、一緒に楽しめる所はぜひよろしくね。でも、自分たちのペースでいきますので~」って事をさらっと言えるようになったわ。さて。歩くという事でも、思いつめる母ちゃんらが多いですがね~~~。大事なのは「身体がしっかり育つこと!」ですからね~。あの子は早く歩いたのに、うちは…なんて絶対に比べない事!それよりも、ハイハイや高這いを、しっかりやらせてくださいね~!8歳になった今でも、その動作がいかに大事か痛感してますよ~私は。無理な姿勢で「形だけ歩行」したって、どこかで身体に負担がかかってきます。焦らず焦らず、長い目でみて、適切な姿勢で歩行が長持ち(笑)するようなイメージで育てる方が絶対にいいですよ。歩けるようになったウーは、その後「知的障害児母子分離通園施設」に入園しました。ここで…母ちゃんの苦悩が始まったわけです。バラエティ豊かな発達障害児に対するアプローチとダウン症児に対するアプローチ。視覚支援などは、共通して使えるものだと感じますが、音や光の調整となると…一緒の教室ではしんどいのかも~って、私の中で違和感が育って行き、そしてウーに影響が出てしまいました。「笑わなくなってしまった」のです。もう、この時期は、完璧に自分の失敗だと猛省してます。嫌がるウーを毎日、送って行き、帰宅後に、かまれたり、けられた傷を見て初めて、事の重大さを知った情けない自分でした。ウーは、通園時間になると顔にチック症状が出るようになり、夜も寝なくなってしまいました。まあ、この時期は、ウーの父親との離婚というのが控えていたこともあり夫婦の問題は、ウーの前では一切見せていなかったつもりですが、子どもをなめてはいけませんね。今はよくわかるんだけど、きっと、あの頃息子の手を繋ぎながらも、心は閉じた状態だったから、母の距離が「遠い遠いもの」だったに違いありません。あ。今はね、ちょっと仕事で辛かったりすると「ウー!お母さんしんどいのよう~いい子いい子してよう!」って堂々と言っちゃったりします!何となく不機嫌な母でいるよりも、感情はさらけだして伝えようって思っています。いっぱしにね、私を抱きしめて、「お母さん、いい子いい子」なんて胸をとろかせてくれる存在に育ちましたよ。話はそれましたが、その施設を、思い切って退園して良かったです。離婚を機に、自分にとっての理想の環境を調べて、現在住んでいる街に転居しました。そして、再度、ウーと私の信頼関係を結びなおすためにも、親子訓練の通園施設に入りなおしたのです。本当に、納得のいかない事ですが、住む場所変われば、障害児への取り組みや、支援、制度が激変します。A市の常識が、B市では非常識。なんて極端に価値観も変わったりします。今の市では、障害のある子は3歳になったら保育園に入ることができ、(もちろん就労してる親は健康面に問題がなければ0歳から入れます)4歳までに、もし親が就労したらそのまま保育園、就労しない場合は幼稚園に移ります。なので、新しい環境で、私は、前の市ではあきらめていた保育園への切符を手に入れたわけです。保育園に向けての、親子通園での数か月は、今、振り返っても温かい思い出ばかり。ウーに笑顔が戻り、私への信頼も戻り、この時期は、仕事もかなりセーブして、ウーとの時間に費やしたので悔いのない日々です。ここでも、理学療法、作業療法、言語療法を受けました。そして、保育園。確かに健常ちゃん達とのふれあいは、影響大でした!私自身、健常ちゃんを育てた事が無いので、へえ~、こういう事ができるのか、すごいなあと感心したり、健常児の親御さんの考えや、逆に悩み事も知ることができていい体験でした。しかし。うちの保育園のカラーもあるんでしょうけれど、私立幼稚園が母体ゆえ、カリキュラムがかなり幼稚園ぽかったのね。制服、制帽、制カバン。英会話にサッカーに、鼓笛隊にドリル(ふふふ、支援学校での課題より難しい)多国籍で楽しかった面もあるけれど、ウーには、のんびりとしたタイプの園があっていたかもと、今は思います。でも、保育園難の今日この頃、入れただけでも御の字でしたし、多少ハードな環境でもまれたのはウーのためにはなっている部分もありですからね。年長さんで、就学を頭において、当時大阪府がやっていた素晴らしいプログラムである「自閉症児支援」の療育に通えたことは、一番よかったことかもしれません。ともかく、素晴らしい早期療育施設が、地元にたくさんあって良かった!その一言に尽きます。私の考えですが、療育は、子どもだけのものではないです。むしろ、親のそれまでの考え方や経験から得た価値観を大きく揺さぶり、新しいものの見方や考え方を取得するチャンスの場所だと思います。目からウロコのアイデアや、素晴らしい理論。そして頼もしい成長を見せるお子さんたちの姿にこちらもワクワクさせられることでしょう。でも!自分も陥りそうになったけど、「自己満足のための療育ママにはならないで」。なんのために訓練するの?それは、わが子が少しでも生きやすくなり、日々の暮らしで困らないようにするため。わが子が、自分をありのまま認めて自信を持ちながら人生を楽しむための力をつけるため。私の目的は、こんな感じです。ついね、目的のための「手段」なのに「手段」をがんばりすぎちゃって、本末転倒になってる母ちゃん達、多い気がするんですよ。「公文にいっても、座れない」「ケンケンができないからスポーツ教室へ」ちょっと、待って!知的発達は、体の力があってこそのものじゃないですか。姿勢を保てないのはなぜ?って考えてみてください。体幹をささえる力がないから…ですよね。幹が安定してないのに、枝葉が茂るわけないでしょう。ケンケンができないのも、同じ。靴を補強する!とかだけじゃなくて、そもそも、土踏まずができあがってるか?から答え探しをする方がいいです。土踏まずができてないと、安定歩行ができないし、長時間歩くこともしんどいわね。じゃあ、どうしたらいいか?なるべく、裸足ですごさせる。そのためには赤ちゃんの頃から感覚過敏にならないように色んなモノに触れさせる…などなどね、私が、自分の迷走から気づいた事がいっぱいあるのよねえ。停滞感をおぼえた時ほど、遠回りしましょう!鉛筆を持てるようになるためには、握力がいる。でも、その筋力は、まずは大きな力のコントロールができるようになってから。そのためには、しっかり身体を動かせてやらなきゃ!いっぱい散歩することから、親子で楽しもうっと。そんな風に思えるようになってから、ウーの精神的自立が一気に進んだ気がするんです。エラそうにごめんなさいね!でも、次々と生まれてくる新しいダウン症の赤ちゃんたちにはもっともっと、可能性を広げて欲しいから。英才教育とかじゃなくって、その子らしさを損ねない生き方と言う意味ね。小さなうちから、カードとか見せなくてもいいのよ!まずは親子が、まったりと寄り添って楽しい安心できる時間を過ごしてくださいね。たまには、母ちゃんのお楽しみタイムも、堂々と実行してね。普段の暮らしを丁寧に紡いでいたら、ちゃんと子どもは見てるし感じてるように思えます。訓練に走り回る親の心もわからないでもないですが、膝の上での絵本タイムや、一緒に寝そべって触れ合いながら我が子の名前を呼ぶ、そんなささやかな経験の積み重ねをおろそかにしないで。自信をもって言えるのは、私が、やる気とか、満たされた気持ち一杯に過ごしていると、確実にウーも笑顔なんです!つい、皆さんがんばって情報収集したり、知識をたくわえたりすると思うんですが「うちの子に、今、必要?」ってモノサシを忘れないでいたら、心地よいマイペースな育児を楽しめるんじゃないかなあ~。
2014.01.19
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また、ひとつ季節が通り過ぎて行こうとしてるわね。ホントに、いい加減バタバタな生活を何とかしたいものなんだけど、時間は限られているわあ。そして、自分の体力や気力も、くやしいけれど限度があるしね。さて、こちらではお久しぶりです!ウーも無事に8歳を迎え、母ちゃんもまたひとつ年を重ねた秋。この一年、とっても早かったなあ~。ちょっと自分の過去日記を読み返したりして胸がね、きゅ~ってなったりしてるんだけど、親子ともども、元気にやっておりますよ~。ウーがね、いっぱしに小さな彼氏みたいになってきたんだわよ。荷物とか持ってくれようとしたり、お買い物の時にもカゴを持ってくれたり、ふとした時にね、「お母さん、頭かして」って母ちゃんの頭をいい子いい子してくれたり~~~。「お母さん、かわいいね~」って必ず一日一回言ってくれたりするし、何だか何だか、ささやかな家庭内トキメキを味わってます。ウーは、私の最終ストッパー。この子がいなかったら、とっても自堕落で、めんどくさいこと避けまくりのババアになってたなあって感じてます。ウーに限らず、子どもの存在って、待ったなしだし、予測はつかないし、思い通りになる方が奇跡だし、気が付くとね、対峙する大人の方に「待つスキル」やら「あっさりあきらめるスキル」が身につくようになっているのよね。で、これって、恥ずかしながら、若い時の自分には欠けていた要素なもんだから、ウーにはとっても、感謝してるの。行動が多少不自由な方が、うまく時間をやりくりしようと工夫するし、時短のアイデアが降ってくるし、メリハリ付けて、自分の楽しみも味わうし、きっと私は、常に最新版の私が一番いけてると思ってる次第なのよ。ひとりで子育てするようになって、いっそう、家事の要領も良くなった気がするし、案外、こういう今の暮らしはいいものですのよ~。さびしくないですか?って、訊かれることもあるけど、イエスだったり、ノーだったり。ごくたまにね、大人と会話したいわ~って感じることはあるわね。ご飯食べたり、お酒飲んだりしながら、バカ話したいわねえ。でも、自宅でやらなきゃいけない作業や勉強を抱えてる時には、ああ、旦那とかいなくて良かったわあ~、思う存分、打ち込めるんですもの~って感じるしね。まあ、こんな感じで過ごしてるのだけど、今年も、てっちゃまの命日が巡ってきて、彼が夢枕に立ったわ~。ねえ、今年はね、本当に感傷的にならずに秋を迎えてね、彼のことを、普通に懐かしんだりできるようになっているの。だからね、現れた彼に「もう!一体なんなん?」って、エラそうに言ってしまったわ~。余裕ね。「元気そうやね~」と彼は笑い、ウーを見て、大きくなったなあ~と驚いていたわ。で、さっそく、あの世からのダメ出しをいただいた私。「まだ、ちっとも目標がかなえられてないやん。どうしたの?」私が、なりたい自分に近づけていないと、厳しく指摘されて、しゅんとしてしまったのよ。「アカンで。時間は限られてるんやから、やるべきことは、わかってるはずやで。」うう~。でも、私一人じゃどうにも出来ないことだってあるねん!と、夢の彼に逆ギレてみたんですわ~。「言い訳すんなよ~、いつも自分でも言うてるやんか!動けよ~、動かな始まらんし、状況は常に変わってるもんやねんで。全てにおいて、臆病すぎるねん!イライラするわ~」すみませんねえ。出来の悪い友のために、化けてでてくるぐらい心配かけて。もう、情けないのと、チックショー、あんたが生きてる人なんやったら、マジであれこれ手伝わせたるのに~って思いやら混ざって、ふてくされて泣きながら目覚めたのでした。で、私、ちょっと思い立って、前にウーに関するヘルプの事でよい返事がもらえてなかった用件を思い出し、もっかいチャレンジしてみようと、仕事帰りに役所に寄ってみたわけ。そうしたらね、ウソみたいに、こちらの希望がアッサリ通って、希望していた制度を使えることになりました!うわあ~、てっちゃま、この事を予言してくれていたのかしら?おかげでね、少し私は気持ちにゆとりが生まれて、今後の親子の暮らしの事、自分自身の目標にどう向き合っていくのかじっくり思案できるようになったのよ。今年は、何もしなかった誕生日でしたけどね、すごすぎるプレゼントを手にしたのと同じ気持ちよ!やっぱり、この季節はもの悲しいけれど一番アナタを身近に感じるわ。なかなか、アナタが期待してくれるような私には遠くてごめんね。気長に、待っていて。私だって、アナタが望んでくれているような未来が欲しいもの。
2013.11.24
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いやなお年頃だわ~。同世代の人の訃報や、闘病の話に触れる機会が増えてきたみたい。もちろん、自分だって、いつ何があるかわからない。自分の中では、死に向かう覚悟は、アタマではできているつもりなのだけど、こればかりは、その時になってみないとわからないのよね、多分。ただ、ウーがまだ命の危機にさらされていた時期に抱いた「大切な人とお別れをする覚悟」については、アタマではなく、ココロの方に、定着している。あの時に、自分の感情はいっぺん死んだのだろう。もう、出し切ってへとへとになって、何にも無くなったから、ココロの風通しができたような気がする。愛おしい日々とは、いつか、さようならしなくてはいけない。なんて切ないんだろうね。さて。余命宣告を受けた友人がいて。とても明るく自分の死生観を語ってくれる。カウントダウンを迎えたから、好きなものに囲まれて、好きな人だけと交流したい。これまでは、義理だとか世間体なんかに縛られて、とてもしんどかった。死んだら自由なのはわかってるけれど、今、自分のわがままを自分で感じておかないと本当に意識を失う時に、後悔しそうだから。と、その人は言う。それにしても、「死ぬ瞬間て、こんな感じやでって報告できんのが残念やなあ」私も、思わず一緒に笑うんやけど、本当にね、運命というものがあるのなら、あまりにも、ひどいと思ってしまうわ。一方で、大病から生還した喜ばしい話も聞く。生きるか死ぬかという体験は、人の価値観をも変えてしまうと、よく聞くのだが、果たして本当なのか?そう本人が語るケースがほとんどなので、病気や事故などが、その人の生き方を考えさせる大きなきっかけになっているのは間違いないのであろう。しかしながら、と、私は思う。そういう人はね、元々、善き気質を備えてらっしゃるのよ。たまたま、表出しなかっただけでね。だってね。同じような、生き死にに係わるような出来事に遭遇しても、まったく、変わらない人もいるもの。その体験をイヤな武器にして、自分の思いをかなえさせる手段に使おうとしたり、(もう先が短いから、ぜひ一度あってほしいと昔の彼女につきまとうとかね)やけになって、生活が乱れまくるとかね(もともと乱れてるけど)。だからね、最近はこう思うの。死なんて、その人の心根なんか変えたりしないわ、と。ただ、その人の世界を強めるきっかけになるのかもね。あと、健康な人には病気の人の気持ちがわからないという決めつけも、ウソだと思うわ、私。健やかな人は、精神的にも健やかだわ、たいていね。健やかなココロってのは、相手を思いやれる気持ちや、想像力があるということ。自分が体験してなくとも、相手の気持ちに寄り添える能力はあるのよ。狭い意味でね、「この立場になってみなきゃわかんないわよ!」って思う事もあるけどさ、何が言いたいのかっていうとね、ホントに、内面なんか、そう簡単には変わらないということよ。自分をふりかえっても、子どもを産もうが、私のまんまだ。「出産て、すごいわ~人生観が変わる」って思った方は、それでよろし。きっと、その人にとっては出産が今までの中で大きな出来事なんであろう。私も、一瞬、子どもを産んだら人生の第二幕が始まるのかと思ったが、そうではない。生活のペースは激変し、仕事も制限される。しかし、それは行動の問題であって、自分の内面の事じゃない。ただ、自分の人生に深くかかわる存在が加わったということだけ。一気に母性が噴き出すわけでもなく、分別くさくもならず、私のままで、母親という役割を果たすのみ。だからね、井戸端会議でね、「誰々さんて、確かスゴイ手術をしたらしいけど、その割に、自分勝手よね」「ほんとほんと、フツーさ、そういう経験したら悟りを開いたようになる人多いのにね」な~んて、残念そうに語り合っても無駄なのよん。生き死にを超えて、そこにあるのが自我ってことな気がする朝なのよ。
2013.08.23
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さあ、まずはざくっと近況報告をば。ウーは7歳。支援学校の小学部2年生。相変わらず、熱を出したりして、皆勤賞には程遠いんだけど、それでも、去年よりは確実に身体も丈夫になってます。音楽とダンスが大好きで、家でのお楽しみはyoutube観賞。ドライブも大好きなので、休日には母ちゃんと気ままに神社仏閣巡り。以前ほど甘えてくれないのがさびしいけれど、お手伝いなんかもやってくれるようになり、頼もしい存在になってきましたよ~。夏休みは、学童と児童デイサービスを併用して、過ごしています。で、私は、隣県の未就学児の児童デイサービスの指導員と、前から勤めている専門学校の講師業にプラス単発のお仕事やりながら、なんとかかんとか、世帯主がんばっております!お金はなくとも、ありがたいことに、人の宝にはどっさり恵まれて、間違いなく、億万長者なんでありますわよ~。相変わらず、忙しいわあ~って言いながらも、好奇心と探究心のおもむくままに、あっちこっちと、きょろきょろ観察の日々。もう、最近の私の楽しみはね、お酒を飲みながら部屋でのんびり~。少し前までは、ウーの体調が急変したらどうしよう!?私が車を出せなくなっちゃうやんか~と、心配して、家飲みすら自粛していたわ。でもね、まあね、オンナだってお外に出れば、いろ~んなストレスにさらされるわけですわよ。それこそ、息子連れてバーに行くわけにもいかないでしょう。だから、息子を寝かしつけた後に、以前からストックしていたワインや、心ひかれて購入した美味しそうなビールやお酒をね、少しだけ楽しむことにしているの。本を読みながらだったり、音楽聴きながらだったり、ネットをブラブラしながらだったり、自分を緩める時間なのよね。でね、贅沢かもしれないけど、発泡酒じゃなくって、ビールを飲もうって決めてるわ!数はいらないんですもの~。それに、毎晩飲むわけじゃないしね~。ちょっとずつだけど、私の心にもゆとりができたんだわ。ウーとの2人暮らしのペースも形になってきたし。今年の夏は、初めてウーと3日間離れて過ごしたのよ。彼の父親の実家に、ウーは単独でお泊り面会に行ってきたのです。で、私はその間に、東京へ遊びに行ってきました。もう、久々に、遊びまくりました!飲んで飲んで食べて食べて喋って喋って!中学時代、大学時代の友達と交流してきたのよ~。野外フェスにも参加してきたし(ワールドハピネスね)んでね、秋葉原でメイドのコスプレしたり、渋谷で執事喫茶へ行ったりと本気でバカバカしい遊びに取り組んできたわあ。そうそう、初めて、まんが喫茶で始発を待つという経験もしたわ~!いやあ。スッキリしたのなんのって。久しぶりに、自分のための自分を取り戻したって感じよ。バカパワーって大事。私の場合はね。おかげさまで、2学期はシャキ~ンと頑張れるわあ!ウーもね、たくましくなってるし。必死にじいちゃんばあちゃんとコミュニケーションとらなきゃって、彼なりに頑張ってたようだしね。あ、私にとっては、ターニングポイントの夏になった気がするの。また、それは、別に書くけどね。
2013.08.18
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ああ、ドキドキするわあ!ずうっと、空き家にしていた我が家に、帰ってきたわ~。「ただいま~!」こんなに放置していたのに、それでも、訪ねてくれていた方や、メッセージをくださっていた方があるなんて、ほんまに嬉しいわあ~私。すっかりね、facebookの方がメインになってしまっていたんだけど、あちらでも、「私の世界をガッツリ楽しみたいからブログは辞めないで」とメッセージを頂戴したりと、ありがたいことですわ。ええ、こちらは、私の部屋。あらためまして、ようこそ!新しいお友達の方、ここは、私の息子ウーの育児記録も兼ねた私の日記です。お暇な方は、過去ものぞかれたりなさるでしょうね。まだ、私が結婚していた頃の日記も、そのままに置いています。全部、愛おしい自分の過去の日々だから。で、私は、趣味で妄想小説を書き散らしています。私自身がモデルかも知れないし、そうじゃないかもしれません。好き勝手に、それこそ各自妄想していただけたら幸いです。ふふふ、じゃあ、ぼちぼち更新していくわね~!
2013.08.18
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ヤンスカ様は、手錠をつけたまま、着替えを済ませ、マルセルの話を始めた。「エレノア、言っておきますけどね、彼は素敵なかたよ。どうか盗らないでね」私の中では、「あれは錯覚だった」というオーナーの言葉がリフレインしている。ヤンスカ様をはじめて抱きしめた夜明けのこと、私を追いかけて来てくださった公園で、雷を怖がったあの方と寄り添った午後のこと、どちらも、はっきりと、好きだとは確かに口にしていないが、確かに、そこにあった感情は、恋の始まりではなかったのか?カーステアーズ、しっかりしろ!勘違いだったらしいぞ。だけど、あまりにも、心にささったトゲが深く深く入り込みすぎて、私はうかつにも表情に出してしまったらしい。「ウィル。女って怖いでしょう?ふふっ」かわうそは、泣きじゃくっている。私の代わりに。「さあ、着いたわよエレノア。まあ!マルセルが待っているわあ」ヤンスカ様はウキウキと出口へと向かう。「カーステアーズ、ドアを開けて頂戴。で、あなたはここで待っていてね」「ヤンスカ様!それはいたしかねます。私もご一緒いたします」「野暮な男ね、ウィル。もうここまで来たら、私だって変なマネはしないわ」黒のタキシードに身を包んだマルセルが、ステップのところまでやってきて、わがオーナーの手をとろうとするが「どうなさったのです、マダム・ヤンスカ。あなたの片手はすでにどなたかと つながれているではないですか」と柔らかな口調で問いかける。「おや、こちらのご婦人は?」「マルセル、今日はお招きいただいてありがとう。こちらはエレノア。ちょっとね、 会いたい方がいらっしゃるからという事で、一緒にいらっしたのよ」「なるほど、先日お問い合わせいただいた方ですね。ようこそ、エレノア。 マダム・ヤンスカのお客様なら、私のお客様でもいらっしゃいますよ。 どうぞ、中へ」「エレノア、今日は喫茶はお休みをしているんです。 しかし、事情がおありならば、このマルセルにお聞かせいただけませんか? おっと、その前に、手錠は外していただきましょうね」「じゃあ、マダム・ヤンスカ。あちらでミモザでも楽しんでいらっしゃい。 カーステアーズには、そうですね、彼はお堅いから、決してお飲みにならないでしょう。 コーヒーをお出しするように言いつけましょう」前に、テッチャマとお会いになった、懐かしいテラスで、ヤンスカ様は、カクテルを飲みながら、時折物思いにふけっている。「あの日の事を、思い出していらっしゃるのですか?」ハッとして、こちらを見、「あの茂みから、カーステアーズが飛び出してきたのよね」と顔をかしげておっしゃる。「マルセル様とは、うまく進展なさるとよろしいですね」「……」ヤンスカ様は、何も返さない。その時。銃声が起こった。私はとっさにヤンスカ様をひっぱり、物陰に彼女をおしこめて、庇うように構えた。「チクショウ!騙したわねっ、ウィル、出てきなさい」「行ってはダメよ、カーステアーズ」小さな声でヤンスカ様が訴える。何が起こったのだ?エレノアが怒り、罵りながら、私を探している。そして、マルセルと、男たちが追いかけて来て、エレノアに停まれと声をかける。あ!いけない、マルセルが危ない!私が立ち上がったのと、マルセルに向けられた銃が音をたてたのは同時だった。ヤンスカ様は、目をつぶって地面に伏せている。「うそ!うそでしょ~!」というエレノアの声と、悲鳴。そして、信じられない事だが、無傷のマルセルが笑いながら立ち上がった。私は、薄れゆく意識を感じながらも、ヤンスカ様の声を聞いた気がした。「よかった。気がついたようですね」とマルセルが私を見おろす。「カーステアーズ、ごめんなさい」とヤンスカ様の声も聞こえる。「私は気を失っていたのでしょうか?」「無理もないことです。カーステアーズさん。あなたのおかげで、国際的指名手配犯を捕まえる ことができましたが、あなたに秘密で進めてしまったことを謝らなくてはいけませんね」「エレノアが何を?」「彼女とその愛人は、詐欺や強盗で蓄えた財産を隠し持っていたのですよ。 もっとも、愛人の男は彼女に黙って半分以上を持ち逃げしてね、 運悪く殺されてしまった。エレノアは、何とか死んだ男から 財産のありかを訊きだそうと必死だったんですよ」それで、冥土喫茶に…。「マダム・ヤンスカからお伺いしましたよ。貴方の昔の恋人なんだそうですね。 さぞやショックでしょう」「すまない。私には、まだよくこの話が呑み込めていないんだ」ヤンスカ様が、私をのぞきこんでおっしゃった。「カーステアーズ。マルセルはね、こういう特殊な場所にいらっしゃるじゃない、 よく、警察に協力なさるんですって。今回も、エレノアをおびきよせるために、 冥土喫茶の話を広めて、マルセルに辿り着かせたの。そして私の列車でないとここには くることが出来ないと情報を吹き込んで、あなたの連絡先を教えたってわけよ」「では、ヤンスカ様は最初からこれが仕掛けられたものだとご存じだったのですか?」「マダムを責めないで。うまくいったから良かったものの、万一失敗したら、 マダムの命だって危なかったのですから。 エレノアには、私とヤンスカ様がちょうど食事を共にするので、運がよければ乗せてもらえる のではないかと知恵をつけておいたのですよ」「まさかね、カーステアーズがエレノアの頼みを断るなんて思わなかったのよ」「確かに、トレインジャックとは、予想外の展開になりましたね」「まったくね、エレノアったら私をバカ女だなんて!」いやいや、ヤンスカ様、怒るところはそこじゃないだろう。しかし、私は、おとりだったという事か。て、事は、マルセルとヤンスカ様のディナーデートも、作戦ということなんだろうか?考えたタイミングで、マルセルが私を見て、ニッと微笑み言った。「せっかくだから、お食事をなさってくださいよ、マダム、カーステアーズ。 作戦のためとはいえ、なかなかのメニューをご用意したのですから。 では、私は先に行ってますよ、ごゆっくり準備なさい」二人きりになった部屋で、私は自分の心臓の音がやけに大きい気がして恥ずかしくなった。エレノア…。私は、心の小部屋にかけてあった彼女の肖像画を外した。燃えるような赤毛と、緑の瞳。あんな女性だが、私は確かに彼女を心から愛したのだ。「カーステアーズ…エレノアのことを考えていたのでしょう」「あなた様はひどい方だ。どうして作戦を私に打ち明けてくださらなかったのです?」「だって、カーステアーズ。あなたは、あまりにも、そのフリと言うのか、 演技が下手なんですもの。思っていることがすぐに態度に出るじゃないの。 だから、申し訳ないのだけれど、あなたごと騙すことに決めたのよ」エレノア、マイアミの空港で、君と落ち合った時の喜び。幸せな未来のことしか頭になかったのだよ。君の笑顔、涙、全てを私は愛していたのだ。「なぜ、すんなりとエレノアの願いをきかなかったの?」「それは、もちろん、あなた様にご迷惑をおかけしたくなかったからです」「私は、あなたが封筒の中身を聞かせてくれるかしらと思っていたのに、 自分の部屋からとうとう出てこなかったわね」「ヤンスカ様!あなたは意地が悪い!マルセルとのデートを心待ちにされていらっしゃった ではないですか」エレノア、サロンカーでヤンスカ様と一緒にいる君を見て、私がどれほどショックを受けたかわからないだろう。君の変貌、いや本当の姿を見てしまったこともだが、昔愛した女が、今、私の大切な方の命を脅かしているということにだよ。「カーステアーズ、あなたはバカよ、バカ男!エレノアがあなたをたらしこみやすいように 私が小芝居を打っていたことも通じないなんて」「バカ男だなんて、失礼な!私の目には、あなた様がマルセルに夢中でいらっしゃるようにしか 見えませんでしたがね」「かわうそが、途中であんな事を言い出した時には、しまったと思ったのよ」「どうしてですか?」「だって、私たちが仲がいいなんてエレノアが知ったら、 嫉妬して、あなたに危害を加えるかもしれなかったでしょう?」私は、心を覆っていた殻が、パリパリと音をたてて崩れていくのを確かめた。「では、ヤンスカ様、私とあなた様は、かわうその言うところの、好きなもん同士 なのですね」「カーステアーズ…」ヤンスカ様が、私をまっすぐな目で見つめている。「ええ、錯覚だなんて、うそよ。ずっと、どうしたらいいのかわからなかったわ。 自分の気持ちの正体がなんなのか、答えを出すのも怖かったから」「私を、どうぞ、もっと好きになってはいただけませんか?今すぐでなくていい、 いつか、気づいたら私を愛するようになっていたというぐらい、ゆっくりでいいので」ああ、言ってしまった。ヤンスカ様が、私の腕の中に飛び込んできた。私は、心をこめて、大切な人を抱きしめる。そして、私たちは、やっと、思う存分にお互いを見つめ合う。さあ、がんばれ私。このままひといきに…。エレノア。さようなら、君は狂ってる。マルセルに向かって銃を撃った時、信じられない思いだった。いや、待て。なんかすごく大事なことを忘れていないか、私?マルセルに撃って、倒れたのに、なななな、なんで、彼は無傷で立ち上がったのだ?その光景が異様だったから私は倒れたのではないのか?「カーステアーズ?」どうしたのという表情で、ヤンスカ様が私を見上げている。「ああ、申し訳ありません」「やめてよ、そんな口調で言われたら、笑ってしまうわ。ねえ、どうしたの?変よ」「あの、不思議に思ったことがあるんですが」私たちは、身体を離して、いつの間にかご主人様と、いつものカーステアーズの距離に戻っている。「なんなの?言ってごらんなさい」「マルセルは、確か、エレノアに銃撃されたはずでした。間違いない! 私はこの目で見たのです。 でも、どうして、ケガひとつなさっていらっしゃらないのでしょうか?」ヤンスカ様は、面白そうに笑って答えてくれた。「カーステアーズ、あの方はね、冥土喫茶の管理人よ。 もうこの世の身体ではないから、傷つくことも、亡くなることもないのですって」ゾンビということなのか!このような場所で、冥土のものを口にしたならば、何が起こるかわからないではないか?「いけません、ヤンスカ様。ディナーはお断りして、すぐに帰りましょう」「あら、私はさっきカクテルをいただいてしまったわ。あなたもいたじゃない」「ああ、何ということ!私は考え事で頭がいっぱいでした」屋敷のどこかで、食事の準備が整ったと言うベルの音が鳴っている。「さあ、行きましょ。私をエスコートして頂戴」私は、これまでもそうしてきたように、腕を差し出すと、今までとは違う力の加減で、彼女が手をかけてきた。その指の温もりは、初めて感じるものである。「ねえ、カーステアーズ。毒を食らわばって言葉があるでしょう」「はい、存じております」「私ともっと仲良くなるということは、そういうことよ」「承知いたしておりますよ」「これからは、あなたと、もっと色んな冒険ができるのよね」「光栄に存じます」そして、大変洗練されたマルセルの屋敷のダイニングルームからは、弦楽四重奏によるクリスマスソングが聴こえてくる。隣を歩く人の、横顔を確かめる。微笑みを返してくれる私の恋人。不覚にも、目がうるみそうになって、私は正面を見る。そうだ、これからは公私にわたって、この方を守るのだ。(全三話 完)
2012.12.22
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「ああ、ウィル、ウィルなのね!嬉しいわ」私は、何も言えずに黙り込んでしまった。エレノア。昔、私がCIAのエージェントだった時代に、監視していた女。敵国のスパイの愛人。そして、私は彼女を愛してしまい、二人で逃亡しようとしたのだ。ケイマン諸島に財産を移し、私たちは無事にマイアミ空港にたどりついて、旅立ちに乾杯しようと彼女に言われた。「ウィル、愛してるわ。やっと、自由になれるのね」彼女は私の両ほほを柔らかな両手で引き寄せて、初めてのキスを交わしたのだ。情熱的で、頭が真っ白になるような…。そして目覚めたら、私はマイアミの湿地帯の中にシャツとショーツだけの姿で縛られて転がされていたというわけだ。強烈な睡眠薬をしこまれたらしい。私の絶対安心な偽名のパスポートで、エレノアは自分の愛人と逃亡に成功したのだ。まんまと、私はだまされたってわけ。だのに、あの緑の瞳を思い出すと憎み切れない。私を殺そうとしたら、できたはずなのに、自力で生き延びられる状況に私を置いていったのは、せめてもの情けなのだろう。「エレノア、何のつもりだ」「ウィル、許してちょうだい、昔のことを」すっかり、聴きなれたヤンスカ様の少しだけ低めの安定した声と違って、エレノアは、細くて高い声で話す。今も、ささやくような、意識を集中させないと聞き取りにくいような声で私の耳の中に、頭の中に、そして、心の中にと入りこんでくる。「助けて、ウィル。あなたしか頼りにできないの、お願い」「待て、エレノア。落ち着いて話すんだ。何があった? そもそもどうして私の居場所を知った?」「冥土喫茶の、マルセルからきいたのよ。貴方がここにいるって」なぜ、マルセルが出てくるのだ。「なぜ、あんな場所を君が知っているんだ?」「ウィル!私のあの人が、死んでしまったのよ。殺されたの。 だから、私、死んだ人に会えるという冥土喫茶に行きたいの。 問い合わせたら、そこへ行くには特別な乗り物でないとだめだっていうじゃない。 貴方の列車に尋ねてみたらいいと、管理人が言ったのよ」「聞くんだ、エレノア。私の列車ではないのだ。オーナーはヤンスカ様と言うお方だ。 彼女のための列車であり、私はただの運輸部長に過ぎない。残念だが彼女のゲストしか この列車には乗ることができないのだ」「お願い!どうか、その方に頼んで!私にできることなら、何でもするわ。お願い!」「だめだ、エレノア。あそこに行ってはいけない」「貴方は一度いらしたんでしょう?そのオーナーと一緒に。聴いてるのよ、マルセルから」「君は、あの世に行くつもりなのか?絶対にダメだ」急に黙りこくったエレノアの様子を、私は後になってから変だったと思いだす。泣きながら彼女は言った。「そうね、あんなひどいことをした私を、貴方が許してくれるわけがないわね」「そうじゃない!大切な人を亡くして、君も辛いだろう。だけど、生きて行かなくては」「ウィル。もう、いいわ。わかったわ」「エレノア、冥土喫茶に行くこと以外で、私にできることがあれば…」「いいえ、ウィル。私がかなえたいことは、たった、ひとつよ」そして、電話が切れた。再度かけなおすと、この電話は使われていないと言う案内が流れてくる。なんともいえない不安と、過去から蘇った彼女が今どんな姿をしているのかと考えながら私はいつまでも、テーブルに肘をつきながら座り続け、知らぬ間に眠りに落ちていたらしい。ドンドンという、ノックの音で立ち上がり、急いでドアを開けるとマリアが血相をかえて立っていた。「カーステアーズさん、大変なことになったわ。この列車が乗っ取られたの! すぐにいらしてください」「どういう事だ、マリア?」「クリスマスの寄付金を集めに、教会のシスターがお越しになったのです。 ヤンスカ様がお茶を差し上げなさいとおっしゃるので、中にお通ししたら、 おお!神様、シスターがヤンスカ様に銃を向けて、この列車を冥土喫茶に 向かわせろと言うのですよ」「冥土喫茶に?わかった、すぐに行こう」ヤンスカ様のサロンカーに入ると、私は信じられない光景を見た。わがオーナーの右手とシスターの左手が手錠でつながれており、シスターの右手はヤンスカ様の頭に銃をつきつけている。「おはよう、ウィル」「どういうこと?カーステアーズ!この女はあなたのお友達なの?」ヤンスカ様の目は怒りで燃えさかっていて、銃が向けられていることなど気にもなさっていない様子だ。「エレノア、なんで、こんな真似をするんだ。どうしてここへ」「エエ~っ!もしかして、カーステアーズをまんまと騙した、あの麗しのエレノア?」ヤンスカ様は、シスターをまじまじと眺める。「緑の瞳じゃないわ」「黙りなさい。カラーコンタクトってものを知らないの?バカ女」エレノアが、鼻を鳴らす。「んまあ~!バカ女って言ったわね~。確かに列車へ入れた私はバカだけど、 カーステアーズ、あなたの好きだった方はサイテーよ」とたんに、エレノアはヤンスカ様のこめかみを銃で殴り、ヤンスカ様は崩れ落ちた。私は駆け寄ろうとしたが、すぐさまエレノアがヤンスカ様の頭に銃を向けて笑う。「はあ、手のかかる女ね。さて、倒れちゃったから私も座らせてもらうわね。 ウィル、列車を出しなさい。冥土喫茶へ。それから、外部への連絡は無理よ。 ここに来る前に、全ての通信を不可能にする細工をしてあるからね」「ウィル、貴方も銃を持っているのね?私を撃つならどうぞ。でも、このバカ女も 道連れよ。さあ、出発しましょう。いう事をきいて」マリアには、ウー様と奥の部屋に籠っているように言い渡してある。ヤンスカ様だけでなく、小さな子供が乗っていると知られたら、ウー様も危ない。「エレノア、よく聞くんだ。まず、この列車は普通のエネルギーでは走行しない。 オーナーの並外れた妄想力が動力源なんだ。だから、この方を傷つけてはいけない。 彼女の手当てをさせてくれ。必ず君の願いはかなえるから」そこへ、何も知らない私の妄想列車かわうそが入ってきてしまった!「おはようございますう~ご主人様あ。あれ、何やってるんですかあ?」エレノアは、びっくりしてミニチュア汽車を眺めている。そして、かわうそに銃を向けて私に言う。「まさか武器じゃないでしょうね?」と。「とととと、とんでもないですう~、ボクはただのカーステアーズ様の妄想列車ですよ」「喋るの?このオモチャは」「あ~!言ったな。小さくたってボクは役にたつきかんしゃなんだからあ~」「かわうそ、黙るんだ」私が、冷静に声をかけても、オモチャ呼ばわりされたかわうそは黙らない。「なんで、シスターのくせに銃なんか持ってるんだよう~、あ、カーステアーズ様あ、 昔、角川映画で、シスターがやくざっていう設定の映画ありましたよね。ね、ね。 そのモノマネなのかなあ~。それより、ヤンスカ様にこんな事しちゃって、 ボク知りませんよう~、すっごい怖いんだからあ! それにね、ボクのご主人様はヤンスカ様のことすっごい好きなんだから、やめてあげてよう」あちゃあ、かわうそ、それを言うのか。エレノアは、にやりと笑って私を見つめる。「ウィル。さあ、彼女を起こしましょうか。早く」かわうそが、ヤンスカ様の耳元で汽笛を鳴らす。意識を戻したヤンスカ様は、エレノアを睨みつける。エレノアはすました顔で、冥土喫茶に向かうようにと、理由を話し出した。私を騙した後に、ケイマンへ旅立った二人は、そこからさらにブエノスアイレスへ飛び、しばらく暮らしていたこと。やがて、また悪の道に舞い戻ったエレノアの愛人は、ニューヨークで暗殺されてしまったこと。どんなに堕ちていった男であろうとも、エレノアは彼を愛していたこと。なんてことか。ヤンスカ様は、涙と鼻をふきながら、エレノアの話に聞き入っているではないか。「あなたって、本当にその方のことを愛してらしたのね。ステキだわ~」そして、私に冥土喫茶へ向かうように指示するのであった。「だって、私はマルセルとディナーの約束をしているじゃな~い。ついでですもの、 ご一緒すればいいじゃない」そうして、妄想列車は冥土喫茶に向かって走るのであった。「エレノア、私は着替えをしたいのよ、だからこの手錠を外してちょうだい」「それは、ダメよ。本当に到着するまで、あの人に会えるまではダメよ」「ちょっと、待ってよ!私はデートのためにバレンシアガのキュートでセクシーな ドレスを着なくてはいけないのよ!」「ええ!ヤンスカ様~、カーステアーズ様のことはどうなるの?」「なあに?かわうそ」わがオーナーが目を細めてかわうそを睨みつける。「だって、だってえ、二人とも好きなもん同士じゃなかったのお~? ああ、イワン様がいたらなあ~、ご主人様、なんでちゃんとヤンスカ様に 好きだって言わないんだよう~!他の人とデートなんかして平気なの?」わがオーナーは、私を無表情に眺め、抑揚のない声でおっしゃったのだ。「あれは、錯覚だったのよ、かわうそ」と。(後編に続く)
2012.12.22
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「本当に、休暇をもらってもいいんだね、愛しのオーナー」質問の形をとりながらも、すでに旅支度に身を包んだイワンがヤンスカ様に尋ねる。「ええ、もちろん。今回はケンとどこに行くの?」「ヨーロッパのクリスマスを見せてあげたいからね、オスロでね、氷のホテルに泊まるんだよ」「まあ、寒いのに物好きね」「意外とあったかいんだよ、ミーラチカ。ベッドには毛皮が敷きつめられていてね、 氷の壁にキャンドルの灯りがキラキラとしていて、ロマンチックなんだ。 あなたは行ったことないの?」「残念ながら。私の分までたのしんでらっしゃいな、イワン。よい旅をね」ヤンスカ様が差し出した右手の甲に、イワンが唇をつける。二人は、一瞬だけ親しく見つめ合って、そして、イワンは微笑みながら部屋を出て行った。先のバルセロナでの旅では、頑なに心を閉じてしまわれたヤンスカ様だが、やがて何事もなかったかのように、以前の態度を取り戻されたのだ。私は、この平和な状況の復活を喜ばなくてはいけないのに、心の一部がきしむような痛みをおぼえているのだ。元の二人。たしかに、少しは甘い感情がお互いを行き来したはずなのに。「カーステアーズ」私を呼ぶ声に、はっとして彼女の方をみると、一通の封筒を差し出している。「なんでございますか?これは」「自分でよくごらんなさいな」口元は笑っているが、瞳には怒りというのか、苛立ちのような感情があらわれている。なんなのだ!まったく。封筒の差出人を見ると、おお、なんということか、わが心の小部屋の恋人エレノアからだ。「クリスマスカード、ですね。よく私の居場所がわかったものですね」言いながら、急いで私はジャケットの内ポケットに、それをしまう。動揺していた。「ねえ、少し冷え込んできたから、暖炉の火を大きくしてちょうだい」「はい、かしこまりました」「そして、もう、あなたも下がってよくてよ。明日の準備もあることだしね」そうそう。ヤンスカ様は、なんと秋に訪れた冥土喫茶の管理人マルセルからクリスマスディナーの招待をお受けになったのだ。長身で、黒髪。銀縁のメガネ。黒づくめの服装。あの世から死者を呼び出せる力をもつ得体の知れない男。大変クールな表情をたたえたハンサムなので、ヤンスカ様が目をつけたことには気づいていたのだが…。実際あのお方は、この妄想列車のスタッフにスカウトしなさいよなんて、私におっしゃっていらしたし。(そして、私はそのまま放っておいたのだが、それはヒミツだ)マルセルは、グレー地に銀の縁取りをほどこした、高級なレターセットで優雅な招待状を送り届けてきた。《私の美しい女神よ、お変わりなく世界を明るく照らしているのですか? それとも、憂いを胸にかかえて、涙の雨を降らせているのでしょうか。 どうか、女神よ、世界中の恋人たちが愛を与え合う聖なる日に、 この世の神秘について語り合おうではありませんか。 私の館で、お待ち申し上げております》私は、見たくて見たのではない。ヤンスカ様に届けられるものを確認するのは私の役目だから、明らかに私信と記されてないものは、私が封を切るのだ。何が、私の美しい女神だ。あのお方は女神でも復讐の女神ネメシスとか、インドの女神カーリーとか、そっち系である。何というのか、どうして、スラスラとあんな文章を綴ることのできる男がいるのだ。また、それを読んでくすくすと嬉しそうに笑うヤンスカ様も情けない。「カーステアーズ、聴いているの?私のバレンシアガの黒のドレスを用意するように マリアに伝えておいてね。靴はジミー・チュウの赤のヒールにしようかしら」「私は、あのドレスはいきすぎかと思いますね」ヤンスカ様が、冷ややかな一瞥を送ってくる。「あなたの好みが、関係あるのかしら?もう、いいわ。下がって、カーステアーズ」そして、私のジャケットに向けられた目線を見て、気づいた。エレノアからの手紙を気にしているのだろう。私は、少し勝ち誇った気分になり、右手で何気なく封筒のおさめられた辺りを触ってから、一礼して、彼女の部屋を出て行った。私の執務室で、デスクからペーパーナイフを取り出して、封筒を開ける。たたまれた便箋を広げたとたん、《あいたいの、ウィル。あなたしか頼れる人がいません》の文字。そして、連絡先の電話番号。どうする私。ともかく、話を聴くしかあるまい。少し指が震えたが、書かれている番号を呼び出した。(中編に続く)
2012.12.22
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ああ、しまったなあと、良彦は最終バスの車内に乗り込むなり後悔した。右肩には、自分のショルダーバッグと息子のリュックサック。左手には、バスに乗り込む前にコンビニで買った牛乳と食パン、ヨーグルトの入った袋。で、さらに左腕で、ぐずる良樹を抱いている。「おとうさん、すわりたい」「よしき、もう、おきゃくさんがいっぱいだから、お父さんのだっこでガマンしなさい」「いや~、すわるう!」疲れ切った大人だらけのバスの中に、甲高い良樹の声が響き、一斉に、咎めるような目線が良彦に向かってくる。大の男だけど、泣きたくなるよなあ~と、良彦はチクチクする思いを抱えながらすっかり癖になってしまった、すみませんを連発する。どうせ、うわべだけの謝罪だって、みんな判ってるはずだ。右手で、なんとかつり革をつかみながらバランスをとり、小さな息子におどけた顔をして見せる。同世代の、身軽なサラリーマンの姿をみて、良彦は考える。ああ、自分も単身で動けたら、どんなにか楽だろうな。今日も、朝、保育園に良樹を預けてから出勤し、夕方からは研修が入ったので、いったん良樹を迎えに行って、街中の深夜までやっている託児所に連れて行った。研修後、参加者たちは楽しそうに飲みに出かけて行ったが、自分にはできない。今の生活を恨む気は、もちろん、ない。ひとりで良樹を育てていくと決めてから、自分のことより息子の事を何よりも優先してきた。良樹だって、よく頑張っている。母親のことを話題にもしない。「あの~」気が付くと、おかっぱ頭の若い女が自分を見上げている。「お父さん、私の席を使ってください、あそこに取ってあります」小柄な女は、背の高いボクに言いたいことが届いてるのか心配だとばかりに、必死に話しかけてきた。娘は、全身ピンク色で、靴までピンク色だ。そして、こちらの返事も待たずに、「カバン、持ちます」といって、バスの後部にある椅子へと向かう。人をかきわけて。そして、椅子の上の彼女の荷物を除けて、「はい、ぼく、すわって」と子ども向けの甘ったるい声で良樹に言う。「良樹、ありがとうは?」「よしきくんっていうの?夜遅くまでエライねえ~」と言ってから、ハッとした顔でボクを見て、すみませんと謝る。「ごめんなさい、ご用があったんですよね、あたしったら変なこと言って、 嫌な気持ちにさせてしまいましたよね?ほんとにすみません」「いえいえ、いいんですよ。お席をどうもありがとうございます。 正直、助かりました」おかっぱ娘は顔を真っ赤にして、手を横に振りながら「困っている時はお互い様ですから~、あ、じゃあ、あたし次のバス停なんで失礼しまあす」と、出口に向かって人をかきわけていった。なんか、いい娘だな。全身ピンクってのは、いただけないけど。良彦は一日の終わりに、人の優しさにふれて、しんみりとした気分になった。彼女を降ろしたバスが、バス停を去る時に、一瞬こちらを見上げて、小さく手を振ってくれていた。久しぶりに、人恋しく感じる良彦であった。次の日。良彦は、勤務先である星山女学院高校の職員室で掲示板を見ていた。【3年B組 大西教諭がご出産のため、産休の間、幸多教諭が担任を代行。 なお、本校に新任の夢野教諭を副担任として配置する。】「幸多先生、そんなに驚かれましたか?」良彦は、とりあえず笑顔を同僚に見せて、動揺なんかしていないと平静なふりをする。「夢野先生って、うちの理事長の孫娘らしいですよ~」なんで、そんなのと、自分が組まされなきゃならんのだと、良彦の顔がひきつる。「ていうか、ボクは、全く聞いてなかったから、ちょっと、ね」いや、担任を代行することは聞いていた。離婚して、生活のリズムが激変して、担任を持つことが難しいであろうと3年前から良彦はフリーの立場であった。部活動の顧問も外してもらった。なんとなく、自分が戦力外の人間になった気がして、いつも満たされない思いを抱えていた良彦にとって、たとえ産休の代理担任でも、心から嬉しいと感じる辞令だったのだ。しかし、新人の指導役も兼ねてとなると、素直には喜べない。ただ、私立ゆえ、理事長の采配ひとつで良彦の立場など簡単に取り上げられてしまう。「まあ、やるしかないですから」そうつぶやいて、自分の席に戻りかけた時、「おっはよ~ございます!今日からお世話になります、夢野乙女と申します」若い女の声が背後から響き渡った。もしかして、この声は?振り返った、その時「ああっ!バスのおとうさん!」ピンクのスーツに、ピンクの上靴、ピンクのカバンを提げたおかっぱ頭の娘は絶叫した。良彦も、頭の中が真っ白になったが、「幸多 良彦と申します。専門は現国。あ、これから一緒に3年B組を受け持つことになっていますので、よろしくね」と、挨拶をした。「ああ、ええ~、どうしよう!」夢野乙女は、顔を真っ赤にして良彦を見つめている。そして、なんということか、いきなりこんな発言をするのであった。「幸多先生、とおっしゃるのですね、ああ、再会できてよかった! あたし、あたし、昨日の夜、運命の恋人を見つけたってわかったの。 なんだか、夢みたい。御仏に感謝せねばなりませんね。 法然上人さま、ありがとうございます。あたしたちは深い縁で結ばれているんですわ」宗門系学校であるため、教室と職員室には、法然上人像と、御仏の祈りと言う額がかけられている。夢野乙女は、うっとりと上人像を見つめて手を合わせる。おいおい。わけがわからないぞと、良彦は相手を凝視する。「いけません、幸多先生。そんなにあたしを見つめないでください」そういって、夢野乙女は気絶してしまったのである。そして、仕方なく良彦は、崩れ落ちる彼女を受け止めこの困ったピンク色の小娘を抱きかかえて保健室へと向かうのであった。その場にいた同僚たちの好奇心には気づかないふりをして。☆つづく☆
2012.11.28
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生きていたら、駆け引きが必要な場面もあるだろう。浮かぶのは、何かの交渉だったり、場の空気のコントロールだったり。これをするから、あれを頂戴。これを手にしたいなら、あれをやって。ここは譲るから、あれは譲れない。でもね、それを自分の愛すべき対象にやるだろうか?残念ながら、そういう人もいるみたい。いい子にしていたら、どこどこに連れて行ってあげますよ。勉強がんばったら、これを買ってあげますよ。親が子どもにやりがちかも。こんなに愛してるのに、どうしてわかってくれないの?こんなに尽くしているのに、なんで返してくれないの?恋人のはずなのに、憎しみを持つこともあるかもしれない。ああ、愛情に計算は要らないわ。相手の思いから自分の思いを引き算して、おつりが出たから私の勝ち!なんて思いたくもない。あなたの持つものの全てを、ありのままに受け止めて、自分とは違っていて当たり前なんだと、認めて、自分が愛したいから愛するのだと言うのは、エゴだと自覚して、出会えたことに、心から、感謝して、空気のような愛を送れたらと思う。わが子に対しても、好きな人たちに対しても。
2012.11.18
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26年前の、運命の夜に起きた事。夜中の12時に、彼はジュースを飲みに自室から出た。そして、朝日が差す頃に、「救急車をよんで」と下宿人に頼み、息絶えてしまったらしい。7時に、下宿のおかみさんが、彼の実家に電話をかけた。彼の母は気絶し、すでに出勤していた彼の父親が、彼の下宿に向かった。部屋には、喘息の症状をやわらげる薬と吸入器が転がっていたらしい。その光景を、今ようやく私は冷静に頭に思い浮かべることができる。乾いた絶望を抱きながら。涙をこぼすこともなく。アホやなあ、気いつかいの彼は、本当にダメだと思った瞬間まで人の助けを呼ばなかったに違いない。こんな時間やし、迷惑になるわと。しかし、私はその日の夜明け前に、彼の幻を見ている。遠く離れた下関のホテルの一室で。「なんで、こんなところにおるん?」とビックリした私におどけた顔をして、すまんすまんって言いながら消えたんだけど、今みたいに携帯があったら、救えた命だったかも知れない。先に書いた時系列でいうと、下宿の人に助けを求める前に、私の所にあらわれたのだ。私は、仕事を控えていたから、気になりながらもベッドに横たわり、無理やり眠ったものの、怖い夢で目覚めた。彼がおぼれている。私は、必死にその手をつかまえようとするのだけど、どうしてもつかめない。あかん!と思った時に目が覚めて、自分は涙でぐしゃぐしゃだった。そして、彼が亡くなったという連絡を、仕事の後に聞かされた。そこからの記憶が、もう、ないのだ。彼のお母さんは、お葬式に私が遅れて到着したこと、その時に体を支えられながら、号泣してよろよろしていたと話してくれたのだが、私にはまったく記憶がないのだ。真っ白のまま、時間が流れて、いなくなってしまったその人の事だけを想い続けていた。何度か、ここの日記にも書いたてっちゃまという私の亡き友は、あまりにも、強烈な人過ぎて、実際に一緒に過ごしたのは1年半ぐらいのものなのに、私だけでなく、同級生や、先輩・後輩の心の中に今でも生き続けている。おかしな話だが、私は本当に彼の死が受け入れられなくて、目の前にはいないが、地球の裏側を旅している途中で、通信手段がないゆえに音信不通なのである、という妄想に頼り切って生きてきた。やがて、死んだには死んだが、私の中の一部になって生きているのだと考えを変えた。いつも、何かを考える時に、心の中の彼に問いかけ、祈っていた。本当にいないのだと、考えるなんてできなかったのだ。彼は、毎日自宅で私の話ばかりしていたらしい。とてもユニークで、自由に生きていて、ママみたいな変わったファッションが好きやねん。ママみたいに、強そうに見えるけど、ほんまは弱い子やから、見といてあげなあかんねん。ママとそっくりやねん、で、そう言うたら、気持ち悪いねん、マザコン!って、バカにしたような顔して笑うねん。ママみたいに、黒い洋服が似合う子やねん。実は、こんな細かい事をきかされたのは、今夜が初めて。そう、夕方に彼のお母さんから久しぶりに電話をいただいたのだ。彼の命日を前にして、ちょっと話がしたかったのよと。私は、自宅からかけなおして、実はやっとこの土曜日に、友達とてっちゃまの眠るお寺にお参りに行ったのだと伝えた。お母さんはとても喜んでいた。私達仲間に感謝していると。で、唐突に「今、NHKの朝ドラを観てるのけどね、あの子とヤンスカちゃんも、こんな風になったのかしらと重ねて観てるのよ」と言われた。申し訳ないけれど、私は観た事がなく、知識もないので、すみませんと謝ったのだけど。で、お母さんは言ったの。「もうね、アナタに会ってはいけないなあと思ってね。会えば、いつも涙してしまうし、アナタに色んなものを背負わせてきてしまった。2回離婚したのも、うちの子がアナタの中にいたから、それも関係あるでしょう?もちろん、友達以上の関係ではないとわかってるけど、精神的な結びつきの方が、時として嫉妬を招くものやからね。アナタが結婚してはった時にも、私はすっかりヤンスカちゃんに依存してきたでしょ。時には、アナタは飛んできてくれたわね。本当に甘えてきてしまって、ごめんなさい。こんな事をしていたら、アナタの未来をダメにしてしまうから、もう、アナタは自分の道を歩かなくてはね。で、それは、私が言いださないといけないと思ってね。うちの子の亡くなった日は、いつもアナタの誕生日と繋がっているから、そうだ、今年はお誕生日の前に、私からの思いを伝えないとってね」。私は、本当に驚愕した。これまた、何度も書いたけれど、今年は私にとって、過去との訣別の年。ウーの父親の再婚によって、私はすっかり、心が自由になった。大好きだったけど、私を苦しめた人。その人との生活の中で、亡きてっちゃまは常に私の味方でいてくれて、私を支えてくれていた。だけど、もう、私は大丈夫。いったん、守護神のような彼とは離れて、私自身の心のままに生きていきたいと思えるようになったのだ。だから、てっちゃまとは、きちんとお別れをしなくてはいけないと素直に感じるようになったのだ。で、彼の眠るお寺へ行こうと決めたものの、でも一人で行く勇気はなかった。そんな時に、私は悪夢を再び観た。また、友達がおぼれている。てっちゃまとも一緒に、よくつるんでいた仲間。あっと思った私は、必死に手を伸ばして、なんとか手をつかむことができた。で、目覚めたらまた涙でぐしょぐしょ。あの頃と違って、今はすぐに連絡できる。とりあえず、メールを送って、数時間後にちゃんと普通に生活していることを確認し、安堵したと同時に、この人に一緒にお墓参りに行ってもらおうと即思ったのね。てっちゃま、頼むから、この人を守ってください。そういう思いもこめて。で、私たちは、土曜日の午後に、お寺を訪ねた。ろうそくと線香をお供えし、私はてっちゃまに語りかけた。てっちゃま、アナタの事だから、もう私がここに来た理由を知ってるよね。今まで本当にありがとう!だけど、いったん、私たちは離れてみましょうね。いつも、私が泣き言をいうから、アナタは旅立てなかったのよね。もう、安心してね。私は大丈夫やから。あの頃、好きでいてくれた私を取り戻したから。もう、自分の気持ちをごまかしたりしないし、悔いのないようにやっていくからね。だけど、だけどだよ。どう語りかけても、そこに、彼はいないのだ。で、友達にそれを話してみると、同意してくれた。そうなんだ。お墓なんかに納まってる彼じゃないのだ。なんだ、せっかく会いにきたのに、彼は留守じゃんか。これが、26年目の決心に対しての結末。今日、彼のお母さんから電話をもらって、わかった。彼がね、何らかの形で、母親に私の思いを伝えたんだよなと。そうしたら、本当に、私が自由になれるはずだからと。てっちゃま、ありがとう!ちゃんと、アナタのしてくれたこと、受け取ったからね。そして、アナタがいなくなった日を迎えるけれど、安らかに、なんて祈ってやんないよ。生きている私を観て、悔しがんなさいね~、ちゃんとアナタの分も楽しむからね。
2012.11.12
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添乗員時代からの友達夫婦に会ってきた。どうしても、確かめたいことがあって。この2人は、私と、元夫の共通のお仲間。私と彼とは、別々の道を行くことになったけれど、じっと見守ってくれた。で、元夫は、この夏に再婚したのだが、その結婚式にも友達は参加したと聞いていた。実は、私は、再婚相手の事を元夫にきちんと訊ねていなかった。心の中では、もしかして、あの人かな?という推測をしていたけれど、そして、元夫の言葉から、おそらくそうであろうなと確信していたけれど、まだ、どこかで、真実と言うか、現実をみたくない自分がいて。***************************************秋のはじめに、私と元夫は、数年ぶりにまともな会話をしたのだ。自分で言うのもなんだが、私は別れ方がキレイなのだ。もう、別れると決めたら、いっさい、何もきかない、言わない。ごねるなんて、あり得ない。感情を凍らせて、理性だけで、相手に向き合って最後の日を迎えた。ウーの面会の際にも、さらっと近況報告を伝えて、即、ウーを預けて私は帰るというパターン。一人になって、もうすぐ3年。私は、この夏に、久しぶりに(実に18年ぶり!)誰かを好きになり、そして失恋し、自分の中にも、まだ感情というものが残っているんだと気づけた。と、同時に、元夫と過ごした過去の日々にも、純粋に感謝の気持ちを持てるようになったのだ。先の面会日に、私は彼に「話をしたいの」と告げた。意外にも、彼は表情を明るくして応じてくれて、私たちは、穏やかに会話をした。「私は、あなたにありがとうって言わなきゃいけないと思ったの。こんな展開になったけれど、ウーを授かったこと、ちゃんと楽しかった日々も存在したのだということ、やっと私自身の人生を取り戻したことに、感謝してる」彼は、かつて私を魅了した笑顔で、応えた。「僕こそ、心から謝らないといけない。本当にあなたを傷つけたことを」「知らなかったらよかったと、思った時もあったけど、それは無理だった。私はあまりにも敏感に色んな事に気づく性質だったから」「あなたに甘えすぎてたんですよ。少しよそ見をしても、帰っていきさえすれば許してもらえるものだとね」「私は、あなたを縛り付けないようにしてきたわね。でも、それは、信じていたからよ」「本当に、許してもらえないとは思わなかったから」「残念だったわね。それに、別れる原因になった時には、私がふられたのよ。好きな人ができたといって」コーヒーカップをお皿に置いて、彼は言った。「実は、再婚した」「そう、おめでとう!」よく、そんな言葉がさらっと出せたなあと思う。いったん出たら、もう、転がるように彼への祝福と激励が口から飛び出していた。言いながら、涙があふれて、また傷口がパカッと開いた。でも、彼への未練じゃない。選ばれなかった過去の自分への自己憐憫と、選ばれた彼女への嫉妬だ。「あなたは、筋を通したわけね、なら、いいわ。そうでないなら別れた意味がないもの」単なる不倫じゃなかったということ。本気の恋愛だったということ。私はともかく、子どもと別れても手にしたかった未来があったということ。正直な人なんだわ。***************************************友達にも、訊かれた。「なんで、ごねたりせえへんかったん?」と。「だって、心変わりした人に、何ていうの?私を捨てないでって?」と私。「やっぱりね、ヤンスカさんはそういう人やね」「うん。愛情がないのに、傍にいてなんて、あまりにもひどすぎるもん」「世の中には、でも、形だけを懸命に守る夫婦も多いよ」「私は、そんなの無理。寂しすぎる」そう。私は自分が愛されているんだという(それが錯覚だとしても)実感があれば、他の事などなにも望まなかったのに。その、一番自分が大切にしているものを失って、とってもきつかったあの頃。ま、そんなわけで、今になって、友達に質問できるようになった。「ねえ、あの人の奥さんて、下の名前、○さん?」「そう」と、嘘をつかずに答えてくれた。ついでに、私はまだ、解けていなかった過去の問題を解くことにした。「もしかして、あの時に、彼は○さんと会っていたでしょう?」正解。ああ、やっぱりね。苦笑するしかないけど、いまさら。なんだか、本当にスッキリした。ホッとした。ごまかさないでいてくれた友達にも、感謝してる。まあ、私の性格を知ってくれてるからだろう。友達奥さんの方に、「どうして、そんな風に許せるの?」と訊かれた。だって、遊びじゃなかったと判ったからよ。人生を賭けて、一緒になりたいと思った女性と歩く決意をしたんだから。ある意味、誠実なオトコだったというわけね。再婚宣言を聴いた日から、私の中で、彼は急速に過去の人になっていった。答え合わせが済んでから、もう、完璧に過去の人になったわ。どうでもいい。帰り道、私はサンバを口ずさみながら夜道を進んだ。さあ、自分。今、とってもニュートラルモードやん。いらん荷物は捨てて行こう!大事なものだけ、持って行こう!そして、何度か書いた、他界した学生時代の友達てっちゃまのお墓参りにやっと行こうと思えるようになり、実行すると決めたので、「私、ちゃんと訣別できたで」と報告したいと思う。26年もの間、てっちゃまの事に関しては、冷静に考えられなかった。お葬式の記憶がないのも、そう。で、20歳の私の誕生日が、お葬式だったから、私は、ずっと自分の誕生日を、どこか悲しい気持ちで過ごしてきた。こんなに生き延びてしまったのに、てっちゃまに対して恥ずかしい人生だ!と。もう、辞める。今年は、自分の誕生日を、しっかり祝おう。私が、勝手に彼を封じ込めて、泣いていただけ。てっちゃま、いったん、あなたともお別れをしましょう。本当は、あなたこそ、それを望んでいたかもしれない。だから、私の心を変えさせたのかもね。さようなら、過去の私。かわいそうだと思い込んでいた私。今、私はあなた達=私達を、ひとりひとり、抱きしめてるわよ。あの頃には、未来の私が笑って待っているなんて思えなかったでしょ?でも、やっと、そんな時がきたのよ。
2012.11.04
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まるで、刷毛でサッと描いたような雲が青空に浮かんでいる。秋のフライトは、澄んだ空気と、陽光に祝福されているね。ボクは、イワン。ヤンスカ様の所有する妄想航空のキャビンクルーさ。このごろ、新しい読者が増えたからねえ、こういう紹介入れとかないとだめなんだ。ボクのオーナーは、マダム・ヤンスカ。正直なところ、彼女が何をしている人なのか未だに謎だね。ほら、叶姉妹みたいなものでね。恋と妄想に生きる貴婦人だ。そして、今、彼女のそばに控えているのが、妄想鉄道の運輸部長であり、彼女の世話役でもあるウイリアム・カーステアーズ。と、彼の小さな妄想列車かわうそ。ボク達は、バルセロナへ向かっている。ヤンスカ様が、ブイヤベースを食べたいと思いついたので、出発した。ボクは、彼女をミーラチカ。ロシア語で、かわいこちゃんと呼ぶ。ワガママで、情熱的で、快楽的な、ラテン気質なわがオーナーをボクは、けっこう気に入ってるんだよ。そして、気に入ってるどころか、完全にオーナーに思いを寄せているのがカーステアーズなんだ。ボクなんかは、まだまだ最近ヤンスカ様にスカウトされたばかりだけど、カーステアーズはね、もう10年以上、彼女に仕えている。最初は、雇主と従業員だった。だけど、オーナーが一人になってからは、彼女の身辺の世話をし、いつしか、秘書と言うのか、執事と言うのか、とても近しい仲になったんだよね。ボクは、恋愛対象が男性だけど、でも恋の仕組みはよくわかってる。カーステアーズは、どんどん、オーナーへの思いを募らせていったんだ。ヤンスカ様が、あっちこっちと理想の恋人を探す旅路を共にしながらも、ずっと、胸の奥を焦がしながら、彼女を見ていたんだよ。彼女の涙や嘆きを受け止めて、励まして、何層にも重なった思いを抱えたまま、彼女を見ていたんだ。こないだ、とうとう、彼の感情のふたが開いてしまった。ヤンスカ様が、自分に心を閉ざしていることに腹をたてて、ついに、彼は、自分の立場を忘れて、オーナーに自分の胸の内を吐きだした。で、彼女を抱きしめたことに、自己嫌悪を抱いて、妄想列車を去ったんだ。ヤンスカ様は、必死に彼を求め、ボクといっしょに、彼の居場所を見つけてカーステアーズを無事に連れ戻すことが出来たんだけど…。笑えるほど、ぎこちないんだよ、二人は。あんなに、以前は、二人っきりで過ごしていたくせに、今では、必ず、ボクやかわうそに一緒に居て欲しがるんだ。でね、ボクとも二人っきりになろうとしない。彼女を抱きしめたり、優しくスキンシップをするのは、癒し担当のボクの仕事なのにね。ミーラチカの中で、カーステアーズを意識するあまり、平気だった行動にブレーキがかかっているんだよ、おかしいね。「でね、教えてよ、リーアム。二人はどうなってるの?」ボクが聞くと「何がだ?イワン」と、早々とそれ以上の会話はしないという意志のこもった一言が返ってくる。マジで彼を怒らせるのは避けた方がいい。温和で物静かな彼の外見に騙されちゃダメ。じゃあと、開放的なヤンスカ様に訊ねても、実はあの方は、本気だからこそ慎重になさっているかして、決して教えてくださらない。ボクからすると、本当にイライラするよ。さっさと、恋人になればいいのに。そうか、わかった。きちんと、決定的な言葉がないから、先に進めないんだね。ボクは、かわうそを呼び出してギャレイに籠る。「イライラしない?かわうそ」「ああ~、でもボクのご主人様は、妄想ばっかしてるから、ボクの車体も少し立派になったでしょう?」確かに、最初はプラレールほどの大きさだったのが、今は二回りほど成長している。「てことは、リーアムは何とかしたいんだよねえ?」「ええ。ボクには妄想列車としての守秘義務がありますからねえ、いくらイワン様にでもご主人様の妄想内容はお話しできないんだよ」と、ニヤニヤしている。ギャレイのカーテンがさっと開けられて、ヤンスカ様が立っている。「イワン、かわうそ、何をしているの?私が頼んだブラック・ベルベットはまだ?」かわうそが、いそいそと、ゴブレットを準備する。ボクも、急いで、シャンパンとスタウトを出してきて、彼女に微笑みながら注ぎ込む。「ミーラチカ、どうしたの?向こうで待っててよ」「いいえ、あなた達に、言っておきたい事があるの」あああ、目が笑ってない、ヤンスカ様。「なんでしょうか?」とかわうそが媚びるが、無視である。「私には、自分の感情がわからないのよ、イワン」「リーアムへの、気持ちということ?」こくりと頷く彼女をみていると、いったい、いくつなんだよ!と叫びたくなるボクがいるけど、今までのヤンスカ様の恋愛データベースにない展開だから、仕方がないのかもね。「あの人のことを、どう考えたらいいのかしら」かわうそが、したり顔で答える。「ヤンスカ様あ~、頭で考えるものじゃなくって、心に感じるものでしょう?」怒られるぞ、かわうそ、と思ったら、わが愛しのオーナーは、床に座り込んでしまった。ボクは急いで、彼女を立たせて、これまでもそうしていたように、柔らかく抱きしめる。ヤンスカ様は、緊張していて、まるで、ボクを嫌っているかのような固まり方をしたので、そっと、手をほどいて、背中を押しながら、ソファまでお連れしたんだよ。「イワン!この方に何をしたんだ」リーアムが厳しい声でボクに言う。まったくなあ。「リーアム、聴いて!ボクから見たら、完全に二人はお互いに惹かれあってる。どうして、さっさとヤンスカ様を恋人にしないんだよ?」二人が、同時に声を放つ。「やめろ!」「やめて!」ヤンスカ様は、うつむいたまま告げる。「お願い、言葉にしないで。そんな言葉で私たちを縛らないで」リーアムは、無言で、彼女を観ている。「カーステアーズは、それが仕事だから、私に良くしてくれるだけ。私が弱っていたから、あなたは私を支えようとしてくれたのね、ありがとう、カーステアーズ」どうした?リーアムったら、何で黙っているんだよ。「もちろん、わがオーナーの望みのままにお仕えするのが私の務めだから。なんて、いっちゃダメだよ!ご主人様!あなた様の本当の気持ちを言葉にしなきゃ!」かわうそが叫ぶ。「いいえ、言葉にしないで。聴いてしまったら、私はそれを信じたくなるわ。そして、信じてしまったら、私は夢をみるようになるでしょう。でも、もう、夢から覚めたり、夢が破れるようなことは体験したくないの。だから、言葉にしないで」彼女は、立ち上がると、自分の部屋に入ってしまった。リーアムは、彼女のカクテルを手にして、後を追う。そして、すぐに、部屋から出てきた。あえて感情を出さない彼の心の内を読み取りたいけれど、不可能なんだよ。コックピットから、まもなくバルセロナへ着陸すると連絡が入った。重苦しい沈黙の中、ボクは、安全確認をし、ヤンスカ様の様子を見に行く。何のために、ボクらは旅を続けていくんだろう。あなたの求めるものは、そこにあるのに。
2012.10.12
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先日、勤め先のデイサービスに、見学の親子さんがやってきた。お子さんに、発達障害の診断がついて、かなり動揺し、しばらく家から出られなかったそうだが、やっと、一歩をふみだして、尋ねてきてくれたのだ。そう、私たちは、勇気をふりしぼったお母さんたちが最初に、のぞきに来てくれる場所にいるのだ。ナチュラルに迎えたいと思うし、リラックスして思いを吐きだしてほしいとも思う。で、困っているお子さんに、心配するな、私たちはありのままのキミと仲間になって、キミのペースで、少しでも楽に生きていけるようにお手伝いさせてねと心を目一杯、発信することにしている。初めての場所。誰だって、不安だし、自分が何をしたらいいのかもわからないはず。お母さんには、ギア姉さんがついて、お子さんには通常の保育の中で参加できる部分のみ一緒に遊んでもらうことに。何が好きかな?興味をひかれているのはドレ?こっちも、必死に受信するようにお子さんを見る。途中、お母さんが、ギア姉さんを相手に泣いている姿が目に入った。声をあげて、泣いている。お子さんは、一部、ウーの特性とかぶる行動もあるんで、私もできる限り穏やかに、でも、保育の目的を、譲らぬようにを心がけて遊んだ。まったく、目も合わせてくれないし、感覚が過敏なのか、手もつながせてくれない。でも、私が、そっと距離をつめても、許してくれた。で、いっしょに親子でおやつタイムを過ごし、少しお母さんともお話ができた。お子さんが、同い年で、1年早く療育をスタートさせた別のお母さんが「わかる~、本当に発覚した時には辛かった。でも、今は面白いの。 この子のおかげで、私の世界が広がったのよ~、いつか、そう思えるから、 今はうんと、泣いたらいいよ」と発言して、私まで涙が出そう。帰り際に、なんと、その子は玄関で、私の顔を見てバイバイしてくれたの。もう、本当にこういう瞬間というのは、尊いものねえ。私をわかってくれて、ありがとう!私は、キミの味方だから、安心してね。情けない話だが、お子さんたちから笑顔や好意をもらえることで、たぶん私自身がいちばん癒されているのよ。先生なんて立場だけど、本当は、お子さんたちや、あと専門学校の学生さんたちから確実に私の方が学ばせていただいてると思うわ。保育後に、あれこれ翌日の準備などしながら、先輩の保育士さんとお喋りをした。「ここで、泣いてくれたということは、ここは彼女の安全地帯だと思ってもらえたのかな?」先輩が言う。私は、その気持ちよくわかる。誰彼の前で泣けるわけじゃあないから。下手に泣いたら、意味を勘違いされてしまうこともあるから、泣くような話すら、避けるのだ。なんだろう。直感めいたものも多分にあるのだよ。初めて会った人なのに、同じ魂の物差しを持つ人ってわかるでしょう。いいのよ、心を開きなさいと、真正面から迎えてくれる人が。何か、とてつもなく、辛いことが起きたら、しばらくは、泣けやしない。怒りと疑問と、ざわざわする思いが自分をいっぱいにするから。どのくらい続くのかも、見えないからただ、自分の嵐の中に立って、嵐と一体化するのよね。誰かにも話せない。本当は、たくさんの人が、自分を案じてくれてるのだけど、その優しさでさえも、きついから。自分が渇望する願いを、その人たちが当たり前に持っていることにすら黒い心を持ってしまうから。泣けない自分を冷静に見つめて、何て自分は情けない人間なんだろうとか、薄情なんだろうとか責めてしまう。そうして、風化するのを待つのだ。そうなるんだと信じて。私は強いのだと、呪文をとなえて。そうして、やっと自分の武装を整えて外に向き合えるのだ。うまくやったじゃない、自分!もう、平気やん、自分!呪文をとなえて。で、やっと周りの人を見られるようになった時に、同じ周波数を持つ誰かと出会ったら…。うそでしょ?もう、クリアしたはずのこと。解決済みのファイルに綴じたはずの感情があふれてしまうのよね。そこに、たどりついて、その人に、たどりついて、やっと泣けるのだ。泣かなくちゃいけない。みっともなくても。自分でダムの底に沈めていた感情を、流して、流して、やがて、蒸発させてしまうまで。空っぽにしたら、後は、新しいものを詰めようではないか。心の風通しを良くしたら、ちょっとぐらいの、辛さなんて、飛ばせるから。泣けるようになったら、ゴールはもうそこ!お母さん、いっぱい泣いてね。私も、色々と泣けない辛さを知ってる。その場所にいたから、だからこそ、自信を持って言えるのよ。泣ける場所に出あえたら、そこからが、新しいアナタの始まりよと。
2012.09.29
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ギア姉さんの恋愛格言は、ほんまにタメになる!少し前に、私が、失恋の傷痕のかさぶたが剥げて、泣きたい夜に、まったく空気を読まず「なあ、ヤンスカちゃんは、ずっと一人でいてね。 だって、知り合って以来最高に、今おもろいねんもん! ヤンスカちゃんの恋人は仕事とお金。 それが、一番あってるわ~」とウキウキと傷にタバスコを塗ってくれたこともある。しかし、姉さんの男女観察力は鋭い。恋する乙女の化けの皮をべりべりとはがしまくる。夢をみる男の純情を火にくべて、お湯をわかし、お茶を飲む。でも、いい大人やから、いちいち本人に指摘したりしない優しさも持ち合わせる。姉さんの持論は、恋愛はいかに素晴らしい演技で相手を騙すか、これが大事らしい。演技といっても、シナリオを描いて演じるのではない。自らの持てる能力を自在に足し引きする感覚のことなんだそうな。相手ののぞむ理想の女の部分を提供するための足し引きである。では、実例をあげてみよう。【電球考】部屋の電球がきれてしまった。あなたなら、どれか?1.「電気がきれて、こわかったの~」と夫または恋人が帰宅した際に 暗い部屋で待っている。2. 彼が帰ってきた際に暗い部屋なんて、かわいそう。 なんとか、自分で交換しておこう。1のアレンジとしては、「電気きれちゃった~」と仕事先に連絡する、会社から帰ってきてもらうなどのものもある。2に関しては、交換したことすら別に彼に伝えもしないというものもある。私はね、想像つくだろうが、2の人よ。不器用だから大工仕事はできないが、電球交換は脚立があればなんとかね。しかし、姉さんは、幸せな結婚生活のためには、1でないといけないと断言する。電球に限らず、できることがあっても、できないフリをするのがいいと。「たとえば、ヤンスカちゃんは、自分で運転してどこへでも行くよね? しかも、長距離ドライバー並みにタフよね、で、道もよく知ってるよね。 これは最大の欠点やねん」いや、私から言わせると、運転交代できたらお互いに楽やんかと思う。しかも、私は同乗者が全員ぐーすか寝ようが、いっこうに気にならん。非常におおらかではないか。ただ、一部のプライド高い男の車に同乗するのは勘弁。道を間違えているから、先のポイントで元の道に行けるよう誘導するとキレられたりとか、新しい道が出来ているから、教えると無視されたり、あげくそんなんで渋滞にはまるとか難儀やなあと思う。女に言われるのはキライか?下り道で、酔いそうにブレーキ踏むからギアを変えろという私は間違っているか?カーナビだと思えばよかろうに。で、害虫を駆除できる能力も隠し、彼にやらせろと。そんなもん、私にいわせりゃ、男女関係なく、虫が得意か苦手か、それだけ。やれるもんが、退治したらいいやんと思うのだが。しかし、反発する私に姉さんは余裕の表情で言う。「やらせることは、相手を、自分は強い男であると思わせるための優しさ。 たかだか、電球かえたぐらいで感謝され、あなたってスゴイといい気分になり もっと、がんばろうと思わせるための調教の一歩である」私はひえ~っと、思う。いいやん、相手が弱い男なら、私が守ったるやんというのではダメなのか?答。あかんらしい(笑)。さらに、講義は続いた。「ある程度の束縛は必要である」。私は自分が、自由奔放に生きているゆえ、相手も縛るつもりはない。お互いに、一緒に居たいのなら、その時々に約束すりゃええやんと思う。記念日も誕生日も、自分に関しては、その当日に何ぞイベントとかしなくてもかまわん。もちろん、相手がそういった事を大切に思う人ならば、誠実に対処する。ウーに関しては、子どもなんで、もちろんイベントはやっている。で、姉さんに激しく叱られた。「なんで、そんなに醒めているのか」と。いや、お誕生日にお祝いされたら嬉しいですよ。でも、そのために相手の時間をとるのが恐縮であるということよ。仕事してるのに、抜けさせるとかね、迷惑だろうと。自分がね、これまでの仕事で、世間のイベントも関係なく働いてきたから、正直、大人になってから、お誕生日を特別に祝うとか無かったから、仕方ないわ。自分でケーキ買って、自分の好きなご飯作って、それを他人に寂しいと言われても、なあ。一方で、姉さんはこうも言う。「ヤンスカちゃんは、一人で生きていけるタイプを体現したような女やが、 だからといって、行動力イコール強さではないのよ。 これだけは、おぼえとき、もし、ヤンスカちゃんの在り方を、自分との係わりで、 本当は弱い女なのであるなんて書き換えしようとする男はまやかしやで!」きょとんとする私に姉さんの解説が入る。「色々と語ったが、やっぱり、ヤンスカちゃんには演技は通用しないスキルやねん。 自分でできることを全力でする、その行動力をまるごと尊敬してくれて、 そんなヤンスカちゃんやから、愛おしいのだと思ってくれる人が本物。 男に好かれるために、本当は弱い自分、みたいな幻覚を見せんでもよろし」姉さんと、フレンチトーストを分けっこしていたんだけど、私は午後の喫茶店で、号泣。噛みながら、号泣。そうよ、私は泣き虫である。即、涙腺がゆるむ。というか、決壊する。姉さんが言う。「ヤンスカちゃんは、弱虫よ。弱い自分と向き合いなさいよ! 誰かに、君は一人でも大丈夫って言われたら、ちがうわって、吠えなさいよ」ああ、姉さん。私は一生姉さんについていきます。姉さんのような男と出会いたかった。うるうると姉さんを見つめる私に、姉さんは笑顔で言うの。「ただねえ、私もそやけど、ヤンスカちゃんも見た目の貫録があるからねえ~ 痩せていて泣き虫なら、可愛いんだけどねえ~」アメとムチの女である。
2012.09.26
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「やあ、ミーラチカ、気分はどう?」目を開けたら、イワンが私の顔をのぞきこんでいたわ。ハッとして、起き上がり、自分の状況を確認しようとした私に、「カーステアーズがね、アナタをベッドまで運んできたんだよ。 悪いけど、ボクがアナタのお着替えをしたんだ、怒らないでね」。私は、夢でなかったあの明け方の出来事を思い出す。カーステアーズに、彼の本当の思いをぶつけられて、とてもショックだった私。私よりも、私のことを知っている彼。憤りに燃えたあの目と、きいたことのない激しい口調で、まっすぐに、向かってきた彼。カーステアーズったら、抱きしめ方も不器用で、イワンのようなスマートさはないけれども、その力強さに身をゆだねるのは、とても心地よかったわ。思いきり泣いて、泣いて、彼の上着をめちゃくちゃにしたけれど、泣き疲れて、眠りに落ちた私を、それでも、抱きしめてくれていたわね。「リーアムのことを、考えてるの?」「ええ、すっかり迷惑をかけてしまったわ。失態もさらけだしてしまって、 オーナーとしては、最悪よね」イワンは、微笑んでいるけれど、どこか表情がかたい。「何か隠しているの?イワン」「アナタには、嘘はつけないからね、ミーラチカ」そういって、封筒を私に手渡してくれた。少しクセのある、強い筆跡。カーステアーズからの、手紙だ。「リーアムが、アナタにってさ。このバラもね」銀のトレイにのった、カップと紅茶のポットの横に、私の好きな、淡い淡いオレンジのバラ。「ボクは、朝食の支度をしてくるからね、ちょっと失礼するよ」***********************************親愛なる、わがオーナーへあなた様への、暴言と、失礼な振る舞いを、どうかお許しくださいませ。親しき仲にも礼儀ありという、素晴らしい格言が存在いたしますのに、自制心を忘れた自分を、情けなく、恥ずかしく思っております。勝手ながら、私は、今後の事も思案いたしたく、無期休暇をいただき、猛省しながら、答えを見出したいと存じます。心からお詫び申し上げます。旅の空の下、いつでも、貴女様のお幸せをお祈り申し上げております。永遠に、貴女様の忠実なる友・ウィリアム・カーステアーズより**********************************馬鹿。カーステアーズは、本当に馬鹿。ああ、彼なら、こういう行動に出るはずだと、想像できたでしょう?ヤンスカ!行かせてはいけないわ。彼は、答えを見出したからこそ、もっともらしい言い訳で私のもとを去っていったんだわ。戻ってこないつもりなんだわ。「イワン!あの人はどこへ行ったの?」私は、部屋を飛び出して、食堂車に向かう。「ミーラチカ!そんな恰好では風邪をひくよ、どうしたの?」「どこ?カーステアーズは、どこに行ったの?」イワンは私をショールで包みながら、ソファに私を座らせて、自分の携帯の写真を見せてくれる。「さっき、着信しているよ。あの小さな汽車も一緒みたいだ」広い公園に、たくさんの人が集まっていて、かわうそ機関車が、どや顔で、写っている。あ、太陽の塔!!!「場所がわかったわ、イワン。ねえ、飛行機を使って行きましょう」きっと、いざ、飛び出したものの、行くあてもなかったのね、カーステアーズ。おそらく、かわうそにねだられて、野外イベントかなんかに行ってるんだわ。でも、彼の性格上、こんな写真を送りつけるはずもないから、あのお調子者のかわうそが、自分で撮って、イワンに送信したんだわ。そう、イワンに話すと、「さすがだね、愛しのオーナー、ボクもリーアムらしい行動じゃないって 思ってたんだよ。ていうかね、彼、携帯持ってないじゃない?」「なら、かわうそが携帯を持っているってこと? いつの間に、イワンのアドレスを知ったのかしら?」「ヤツは、油断ならないんだよ、ミーラチカ。ボクの隠し撮り写真をね 勝手に販売したりしてるのさ」「んまあ!でも、今回は、かわうそのおかげで居場所がわかったじゃない、 今は急ぎましょう」そうして、私とイワンは、万博記念公園の中で場違いな英国紳士然とした彼を見つけた。声をかけようとしたら、かわうそがピーっと汽笛を鳴らしたので、カーステアーズに気づかれてしまったわ。「やあ、ご主人様のオーナー!こんにちは!いい一日ですね!」うるさいわ、かわうそ。目顔でイワンに指示を出すと、すぐにかわうそをバスケットの中に入れて運び去ってくれたわ。そんな時、激しい雷鳴が起こり、一瞬にして、空は暗くなり、雨の匂いがしてきた。いやだわ、夕立かしらと思っていたら、あっという間に大粒の雨が落ちてきたの。カーステアーズが、自分の上着を脱いで駆け寄ってくる。私の頭から、それを被せて、私の手をとりながら、近くの東屋へ連れて行ってくれた。「大丈夫ですか?ヤンスカ様。濡れてらっしゃいませんか」あなたこそ、濡れているではないの。「ありがとう、カーステアーズ。で、悪いけど、あなたの無期休暇はおしまいよ」彼が、驚いた顔で私を見る。「どうして、ここが、おわかりになったのでしょうか?」「あなたの妄想列車に感謝なさいな。かわうそが、写真をイワンの携帯に 送ってきたのよ、太陽の塔をバックにね」「ああ、何たる失態!」と、大きな雷の音と閃光に私はビクッとする。カーステアーズは、反射的に、私をかばおうとした。大抵のことは平気だけど、雷は苦手だから、こんな時に外にいるなんて、普段はあり得ないのですもの。「ヤンスカ様、怖がることはありません。でも、怖いなら、 思いっきりわめいたってかまいません。私がおりますので、大丈夫です」もう、涙が出そうに怖いのだけど、こないだの晩に続いて、また彼に弱いところを見せるなんて、絶対にいや。「か、雷なんて嫌いよ。早く終わってほしいわ」「あなた様の強情さと言ったら、雷の方が可愛いぐらいでございますがね」私は、思い切り睨みつけたのだけど、カーステアーズの眼差しが、あまりにも、優しくて、とても、感情にふたをするなんて、できなかったわ。「あなたは、ひどい人ね」私は、精一杯の威厳を保ちながらも、彼に寄り添う。カーステアーズは、また自分の上着を私の頭の上から被せて「こうなさったら、音も光も遮られるでしょう」と言う。そうして、上着越しに私の肩を抱き寄せてくれた。私たちは、何も語らないままに、嵐が去るのを待った。雨があがって、私たちは、そそくさとお互いの距離をあける。だけどね、カーステアーズ。あなたと私は、前よりも、確かに心の距離が近づいているわ。私の中に、生まれている、この、あなたへの新しい感情は何かしらね?昔ならば、あやふやなものが怖くて、信じられなくて、すぐに遠ざかっていたわね、私。だけど、今は、簡単に答など出したくないわ。大好きで、大切な私の心の友、カーステアーズ。「ここに、いたんだね、リーアム、オーナー。 見て、大きな虹が出ているんだよ。かわうそ君が何枚か写真を撮ったよ」「イワン、いつの間にかわうそと仲良くなったの?」「それがね、ミーラチカ、この子ってば、なかなか、面白いんだよ。 さっきも、隣で虹を撮影していた男の人に、話しかけてさあ」かわうそが、得意げな表情で、話を続ける。「その人さあ、一人で、ニヤニヤしながら虹の写真を撮ってね、 恋人に送ったんだって。そうしたらね、その彼女がね、 その虹の写真を大切に、待ち受け画面にしますって、返事したんだよう」「んまあ、そんな事を見ず知らずの方から聴きだすなんて、 礼儀をわきまえなさい、かわうそ」イワンが割って入る。「でもね、ミーラチカ。彼は、嬉しそうで幸せそうだったよ。 ボクはね、かわうそが、あの彼の喜びを一緒に分かち合ったこと、 とっても良かったと思うよ。本当は、恋人と一緒に虹を観たかったはずなんだ。 でも、ボクらが祝福したことで、彼だってさびしくないじゃない? それにしてもね、離れていたって、呼び合う恋人たちのハートってステキだよねえ!」かわうそが、しれっと口をはさむ。「イワン様、ケン様にも同じように送ったらいかがですか?ボクの画像使っていいですよ」「きゃあ~、かわうそ、ボクも、虹にメッセージを添えて、送ってみるよ」私と、カーステアーズは、同じタイミングでお互いを観て、敵いませんわという感情の目線を送りあう。そして、私たちは、自然に微笑み合う。「さあ、皆、帰りましょう」私は声をかける。「ええ!カーステアーズ様、無期限の休暇じゃないんですかあ? ボク、まだ観に行きたい野外コンサートとかあるんですけどお~」「予定を変更して申し訳ないな、かわうそ。 しかし、私はオーナーの要望によって、また現場へ復帰しなくてはならないんだ。 なんなら、君だけでも楽しんできたまえ」「そんなあ~、もうボクは、野良の妄想列車でいたくないよう。 ご主人様から離れないよう」で、媚びるように私を見上げる。「かわうそ、全然可愛くないから、そんな顔はおやめなさい! 拗ねるんじゃないわよ、そんな事をするのは、一人だけで十分なんですからね。 だけどね、かわうそ、今回はあなたのお手柄よ。 心から、お礼を言わせて。 カーステアーズを、私のもとに戻してくれてありがとう! かわうそ、あなたは、ずっと、私たちと一緒にいていいのよ」調子にのった汽笛の音が、うるさいのだけど、今日は、許してあげましょう。後ろから、本当にちゅーもしていないのかとうるさくわめく声が聞こえてくるけれど、これも、今日だけは、見逃してあげましょう。さあ、今夜はどこへ行こうかしら?
2012.09.17
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先週から、ご縁があって、ダウン症、知的障害と、発達障害のお子さん(未就学児)の親子通園デイサービスにて、指導員のお仕事を週に2日担当させていただくことになった。まだまだ、私もダウン症児の母歴は7年弱だが、今、必死に前を向きたいお母さんの半歩前を進んでいるという立場から私にできることがあるはずだという思いで、勤めることに決めた。おもに、2歳から5歳の間のお子さんがやってくる。その、お母さんたちの表情の中に、数年前の自分と重ねてしまうこともある。我が子の障害を、受け入れることのできた人、そうでない人。教育ママならぬ、療育ママになっている人、無関心な人。誰かと、繋がりたい人、離れていたい人。ただ、共通していえるのは、私もそうだったが、皆、わが子の就学問題について、すでに頭を悩ませる日々であるということ。この子は、大人になって、一人で生きていけるのかということ。きっとね、お母ちゃん歴が更新されるごとに、「この子たちにとっての、自立の定義づけ」が劇的に変わるはずだから、私は、これまでも、絶対に、説教めいたことは口にしないようにしている。ただ、母が期待のハードルを上げて、無理やり子どもを飛ばせないように、見守らないといけないなと思っている。あと、本当に必要なのは、子どもたちへの訓練のみならず、親たちに、心の殻をやぶる機会を提供することだと、切実に感じている。笑いでもいいねん。美しいものに触れてもいい。温かい力に、励まされるのもいいし。何かをみて、感じて、響く心を備えていてほしいねん。で、自分は、独りで全てを背負わなくていいねんよ~と、知ってほしいの。私が、私で良かったことの理由には、調べもの好きなのと、フットワークが軽いのと、素晴らしく、ユニークな友人たちが周りにいてくれることがあげられる。これは、ウーを授かる前から変わらないことだが、この要素に、どれだけ助けられたかわからない。私は、自分の好きな仲間が、さらに色々と繋がりあっていくのが大好き。ウーが生まれてからは、さらに、面白いご縁が加わって、楽しくて仕方がない。だから、こうして、出会ったからには、私と知り合ってしまったからには、今後、ずうっと巻き込むわよ(笑)。デイで、保護者と先生という立場だけど、友人の始まりよ。できるかぎり、たくさんの情報を届けられるように、柔らかな気持ちで、過ごしていただけるように、私なりの誠意で向き合っていこう。さて。いきなり、感じたのは、子どもたちの姿勢や身体の不安定さを気にしないお母さんが、けっこういるぞ~ということ。あと、ちゃんとした靴を履かそうぜ~と、気になった。ウーはダウン症だから、筋力のなさは周知の事実で、赤ちゃん時代から、体操や理学療法を受け、今も動作法をやっているが、発達障害のみを持つ子のお母さん、もしかしたら、認知にばかり働きかける訓練しかやってないのかな?と感じる事がある。もちろん、それも大切だけど、私は、去年の自閉症の訓練を受けた時に、勉強会で、自分のボディマップを知らないと、一足飛びに認知にはいけないという話を聴いて、心から納得しているのね。身体で感じたことが、知覚に届き、認知に到達するのだから。ウーも、つま先歩行がメインで、モヤモヤする私だけど、たいしたもので、支援学校では、本当に身体を意識したカリキュラムが多くて、ウーにできる動作が増えてきたし、歩行も少しはマシになってきた。そもそも、姿勢は、健常児だって大切なこと。大人の我々にも。姿勢には、自分の心の持ちようや、怖いことに品性まであらわれてくると、私は思う。こればかりは、小さなうちに、親が意識づけておく方がいい気がする。それに、やはり姿勢のいい人って、単純にカッコいいんだもの。ウーにも、そうあってほしいし。いずれは、ギア姉さん、ブレーキ妹と、ダウン症児のデイを開きたいので(勤務先の先生も承知の上で採用してくださってる)いっぱい、子どもたちから学び、自分も進化し続けたい。勉強することが、まだまだあるというのは、ものすごい幸せ!ウーがいなかったら、私にこんな現状はなかった。今頃、優雅なマダムとして、アドリア海のクルーズなんかしていたはず(笑)。自分の未来予想図ではそうだったの。でも、そうじゃないおかげで、かえって妄想力には磨きがかかり、どこまでが現実やねん!と、謎めいた女にもみられるようになり(笑)、日々楽しいので、申し分ないのであるよ。
2012.09.17
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夜風が気持ちいい季節が巡ってきた。私は、星空のきれいな場所にわが列車を停止させて、ヤンスカ様の深夜のティータイムにお付き合いしている。このところ、あのお方と私の間には、微妙な空気が流れていた。ちょうど、1週間前の夜に、遡ってみよう。ウー様のお父上が、ウー様と久しぶりの面会にやってきた。いつもなら、挨拶をかわし、すぐにウー様をお預けになっておしまいだが、今回、ヤンスカ様は私に話していた。「カーステアーズ、私、今回は彼と久しぶりに向き合ってみるわ」と。私は、先週、あの方が列車の中から夜のウイーンの街を眺めて涙を流す姿を見守ってきた。いや、あの方は、私がそれを見ているとは知らない。古い観覧車や、ライトアップされた大きな教会や、シェーンブルン宮殿を見て、何時間もお一人でいらしたのだ。おそらく、時間を巻き戻して、確かにそこに存在したウー様のお父上との幸せだった日々を見つめていらっしゃったのであろう。私は、もちろん、オーナーの幸せを一番に祈っているので、もしかして、ヤンスカ様が、やはりウー様のお父上のことを愛していらっしゃるのなら誰よりもそれをお喜びし、支えなくてはと思っている。ヤンスカ様の幸せが、私の幸せ。呪文のように、心の中で何度も繰り返す。しかし、一方で冬のロンドンの曇天のような灰色の気持ちがじわじわと私を覆っているのも事実である。当日、私は、ヤンスカ様を送り出して、ひたすら待っていた。あの方は、明け方に戻ってきて、上機嫌であった。でも、何があったのか、教えてはくださらなかった。先ほど、あなたも一緒にお茶を飲みましょうと言われ、私は丁寧に入れた、台湾の緑茶を、私のとっておきの白磁の茶碗に注いで、ヤンスカ様にお出しした。「あなたも隣におかけなさい、カーステアーズ」おだやかな口調に、何を言われるのかと身構える自分。「いつもいつも、心配をかけてごめんなさいね。 今日は、しっかりと、あなたとお話をしましょうね」「イワンを呼ばなくてもよろしいのですか?」微笑みながら首を横に振り、おっしゃる。「あの子は、まだ若くて、私に希望ばかりを吹き込もうとするでしょうね、 だけど、今の私は、あなたに、ありのままを聴いてほしいのよ」私は、自分が息をのみこんだ音が、オーナーに聞こえてやしないかと緊張する。「ウーの父親はね、この夏に再婚したのよ」「なんと申し上げたらいいのか…」「あのね、カーステアーズ。あの人は、自由と、新しい愛情を求めて私のもとを去った。 努力しても、仕方のない状況ならば、送り出すことが私の精一杯の、最後の愛よ。 だから、あの人が、再婚して幸せになってもらわないと、 見送った甲斐がないというものでしょう?」「それほどまでに、あのお方のことをお好きでいらっしゃったのですね」「そうよ、どんなに傷つけられても、とても、好きだったのよ」私は、どうしても、タオルミーナの月夜に思いがとぶ。無理に訣別を迫ったことで、この方を苦しめていたのだろうかと。いやはや、それにしても、この夏、ヤンスカ様はせっかく見つけた新たな恋にも破れ、メチャクチャな状況ではないか。「なぜ?なぜ、あなた様は笑顔でそれを私に語れるのでしょうか」「笑うしかないのよ、カーステアーズ。 私はね、先週、考え抜いて、あの人にきちんとありがとうと伝えなくてはと思ったわ。 悲しい終末を迎えた私たちだけど、笑顔で過ごせた時間も確実に存在したの。 憎しみを越えて、前に進むためには、この儀式が必要だった」「どうして、許せましょうか!」「カーステアーズ、彼を許すと同時に、私は自分自身をも許さなくてはいけなかったの。 愛って、エゴよね。本当に暴力と紙一重なんだわ。 私は、結婚生活で、あの人の心を殺し、自分をも殺していた気がしていたのよ」「しかしヤンスカ様、結婚とは契約でしょう? 何があっても、手をたずさえて乗り越えていくものでしょう」ヤンスカ様は、大笑いをなさる。「ああ、カーステアーズ!可愛いお馬鹿さん。 契約しなきゃ実行できないことなんて、そんな程度のものなのよ」私はちょっぴり傷つく。ヤンスカ様は、私を優しい目でみながら、おっしゃる。「ごめんなさい、あなたも、私も恥ずかしいけれど、根っこではロマンチストでしょう? だからこそ、結婚という契約などなくたって、 相手を大切にできるはずじゃない?と言いたかったのよ」「あの人は言ったわ。私がとても元気そうなのをみてね。 今まで、自分の人生を私にも歩かせていたんだね、悪かったと。 そして、出会ったころの快活さを取り戻した私を見て、 自分が、私の輝きを封じ込めていたんだとね」「しかし、もし、あの方の心変わりがなければ、あなた様はそれなりにお幸せだったはず」「いいえ、カーステアーズ、タラレバはやめましょう。事は起きたのよ そして、私は数年がかりで、自分の人生を生きる喜びを感じることができているのよ」わがオーナーは、なにゆえに、これほどまでに強靭でいらっしゃるのか。ある日、ぷっつりと切れてしまったりはしないのか。もし、そんな事があれば、このお方は、笑いながら落下されるに違いない。私が手を伸ばしても、つかもうとなさらないはずだ。「どうしたの?カーステアーズ。どうして、そんな怖い顔をしているの?」「怒るのです、ヤンスカ様、暴れてもよろしゅうございます! なぜ、なぜ、悟ってしまわれるんです? いや、あなたは、臆病になっていらっしゃるんだ。 外に向けては、まあ、よろしいでしょう。 しかし、心を閉ざされて、私にまで心をあけわたせないというのは、 大変な侮辱です!」「……」「裏をかえせば、今のあなたは、誰よりも信じられる存在を求めているんだ。 信じても、本当に大丈夫だと思えるまで、傍にいて支えてほしいくせに」ヤンスカ様は、ショックをうけている。私だって、同じぐらいにショックをうけている。おかげで、私の言葉遣いはメチャクチャであるし、いまや、感情が流れ出して、止まらないのである。「あなたは、いつも私の事を誠実だと褒めてくださるが、 じゃあ、あなたはどうなのか? 自分自身に誠実でいると、胸をはって私におっしゃることができますか? さびしい、苦しいという感情をなぜ、認めないのですか? みっともなくて、いいでしょう。 自分に誠実であれば、人からどう思われたっていいではないですか!」私は、言いすぎてしまった。隣で震えている私のオーナーは、その場で消えてなくなりそうな様子である。「強いあなた様はおおいに結構でございます。 あなた様は明るすぎる夏の日差しのようなお方ですが、 光が強ければ、強いほどに、その影も濃いのです。 いいですか?ヤンスカ様。 あなた様の光も影もすべて受け入れてくださるお方を待ちましょう、 そこに、気づかない男など、つきあう価値がないのですよ」ヤンスカ様は、いまや、涙をはらはらと流し、嗚咽をこらえている。「カーステアーズ、私は、私は…」さあ、私。この時こそ、私の肩をお貸しする時だ。素早く深呼吸をして、一気に、彼女を抱き寄せる。甘え方すら知らない、頑固なお方だから。自分は、好き勝手に私にちょっかいをかけるくせに、守ろうとすると、するりと逃げてしまうのだから。空の色が変わるまでは、私に、あなたを預からせてほしい。やがて、あなたはバツが悪くなって、また日常の扉の向こうへ行ってしまうだろう。もしかすると、もう私と顔を合わせることを拒まれるやも知れない。だから、今は、ひたすらあなたを抱きしめていたいのだ。
2012.09.14
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怒涛の週末を越えて、かなり私はホッとしている。何より「かんだら終了!」が楽しくて楽しくて最高だったこと。これは、関西のナレーターやアナウンサー、タレントなどがライブで、初見の原稿をかまずに読み切れるかを競い合うナレーションバトル!ナレーション祭り!主催されたサムライナレーターズの先輩方、スタッフ・関係者の皆さま、そして、お客様や、ネットで観てくださった皆様、関心をもっていただいた皆様、本当にありがとうございました!そして、今回は私と相方の21百貨も物販をやらせていただき、あわせて、大阪の心臓移植を待っている1歳の男の子のためにもご理解・ご賛同をいただけたこと、心から感謝しております。売り上げは、全て、寄付させていただきました。ウーが生まれてから、私はほとんどの声の仕事を失い、もう転職まで考えたりもしたのだけど、いえいえ、あたくしは骨の髄まで表現者!バカバカしいことが大好きで、ちょっと乙女で、かなりオッサンで、生真面目なんだけど、奔放で、こんな要素を全て活かせる仕事など他にはありゃしないのである。だから、久々に、「かんだら終了!」のような場に出ることができて本当に嬉しかった。まず予選が合って、12名が本選に進める。2名ずつ6組のトーナメント方式で、戦いは展開するのね。当日、リハーサルで、くじを引いて対戦相手ならびに、その段階で自分の原稿も決まってしまう。もちろん原稿は教えてもらえないけど。私は6組目、若手の男子君と当たったの。でも、う~んと考えた。トップバッターで、華麗なる業界の姉さんが見せ場を作るはず。最初の方が、ドッカ~ンとくるとね、後のものはすんげえプレッシャーよ。で、隠しネタを投入することにしようかと。それは、コスプレ。しかし、と考える。イベント全体の空気感をぶち壊してはいかんだろうなあと。で、主催の先輩方にお伺いをたててみると、「好きなようにやれ!お客を楽しませろ」とおおらか。で、持参した衣装でバトルにのぞむことにした。それは、妄想鉄道の鉄道員。添乗員時代の黒いスーツ、白シャツに、ネクタイと制帽(これは、大学のM先輩がウーに下さったお宝)白手袋である。運転士もしくは車掌に見える。ま、一部、陸上自衛隊とか、中川家さんみたいと言われたんだけど(笑)。しかし、見た目のインパクトなんぞ、すぐに慣れてしまうもの。あたくしの妄想列車の世界を出そうと思い立ち、対戦相手の若手くんとこっそり相談。「ステージにただ出ていくのはつまんないから、あたくしをエスコートしてね」まあ、見事に応えてくださった。ステージから、私に手を差しのべ、マイク前までお連れくださいましたわ。舞台上から、お客様のええっ!な表情をみられたら、こちらも満足。で、対戦後も、ハグをして退場。1回戦の原稿は本当にラッキーでしたの。和装についてのあれこれ。もし、スポーツ記事なら、終わってた。しかし、相手も読み切ったので、その場合は恐怖の早口言葉対決!オリジナルのすごいのん。「ポニョの子、子ポニョ…以下もう再現できん!」かろうじて、勝たせていただいた私は2回戦へ。2回戦も、また別の若手くんが、次は腕をかしてくださりエスコート。ネタの活用ですわ。でも、メンズに導かれるなんて、ネタでも嬉しい私。これまたね、すごい仕掛け原稿が用意されていたの。カタカナでクワガタの名前だらけのとか、ひらがなだらけのびーとるずしょうかいとか、そして、私がまんまと噛んでしまった「きゃりーぱみゅぱみゅ」地獄原稿。ああ、くじ運も含めて実力のうちなんだろう。そして、いつも、車のラジオで「きゃりーぱみゅぱみゅ」を危なっかしく紹介するDJさんたちを(ああ、大変ですね)と完全に他人事としてとらえておったんで、その甘さが、私の足元をすくってもうたのよ~。出場者の控室では、いかにも出てきそうな単語として、皆で「きゃりーぱみゅぱみゅ」の練習をしていたそうだ。さすがです!皆さん!私が、発車オーライの振りや、敬礼を練習してる間に、泣きながら、猛特訓をなさっていたのだもの。はい、負け惜しみですが、言うわ。「きゃりーぱみゅぱみゅ」じゃない原稿だったなら、あたくし、必ずや決勝に出ていましたわっ。こうして、私の妄想列車は、脱線し、車庫に帰ったの。ああ、甲子園の球児の気持ちがわかった気がするわ。達成感と。汗と涙と情熱と。負けても、スッキリ!このイベントに参加できた幸せを忘れないわ。で、同業の皆様には、ぜひに、参加してみてくださいと、おススメします。新人もベテランも関係ない、自由で、自己決定のできる素敵な現場。仕事やないから、枠がないのも魅力。他人と闘ってるようで、自己との闘いの姿を見られるこの凄さ。一般の方にも観に来てほしい~、ナレーションなんて、テレビやラジオをつけたら、そこに在るもの。かも知れないが、私たちは、自分を磨いて、楽しんで、表現の先にあるものを目指しているから。その、思いを届けたいから。本当に、ありがとう!
2012.09.11
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やっと、新学期が始まった。いきなり、ウーはスクールバスに乗れず、自主通学。初日から(笑)。思えば、夏休みに入ったころも、混乱して、学校のカバンを持って「がっこういくの~」と数日間は騒いでいたなあ。一応、カレンダーや写真を使い、まもなく学校でっせ~と伝えたつもりだったんだが、はい、つもり、だけだったよう。まだまだ、今週いっぱいは短縮授業で、幼稚園よりも早く帰宅するため、ちょいと仕事の調整が難儀だが、自分の時間ができたことには感謝なり。一番やりたいことは、ウーのいない間に、ゆっくりお風呂に浸かること。ああ、ささやか~。なんて、ささやかな希望!ウーの奇行について、メモしておこう。クリスマスツリーに異様にこだわるウー。この夏休みにひっぱりだした、小さなツリーは、もちろん今も飾られっぱなし。てか、ウーはツリーを人形のように扱っている。ツリーにご飯を食べさせてみたり、布団に入れて寝たり、ついに、先日は、ツリーを風呂に持ってきたので、激しい攻防がなされたし。こないだは、ツリーも連れてスーパーに行ったわ。って、私もツリーを家族みたいに扱ってるが。だって、仕方がない。もう、皆さんの「みちゃだめ!知らん顔しましょう」の顔つきや、逆にガン見されることも、生活の一部として、すっかり慣れたんだわ。去年、通った自閉症の療育の担当の先生が、ユニークで素敵な方で、私の中では「神」なんだけど、「人を傷つける、命に危険をおよぼす、ものすごい迷惑をおこす以外の事は、認めましょう。 何が自分のよりどころか、なんて、自分の自由。ほっといてくれっちゅう話」こんな事をさらっとおっしゃるの。この先生のおかげで、ウーの行動を笑えるようになった自分がいる。おもろいなあと。これを書いてる今も、ウーはツリーの端っこを握りながら寝息をたてている。私は、タオルケットを、ウーとツリーにかけてやるのだ。自分の枕の半分をツリーに分けてやっているウーがいじらしい。先日は、家業である花屋向けの秋冬コレクションの展示会場に出かけたのだが、ウーは、大きなクリスマスツリーの前でピタッと止まって、1時間も眺めておった~。そんなに楽しめるのは、もはや才能であろう。営業マンさんも、ビックリ。ウーは、ツリーに向かって「かわいいわ~、いいなあ」と称賛の言葉を言い続け、涙まで流して、ツリーに首ったけだったのな。帰るときも、ポップコーンで釣らなくてはいけないほどに、ぞっこん。さて、もうひとつのこだわり、水。トイレの水洗レバーを激しく何度もさわって、流水がみたい。お風呂に入ると、必要ないのに、浴槽にすぐお水を足して水の落ちる様を凝視。雨の日が大好き。延々と水が降ってくるのだから、たまらないのだろう。川はもちろん、用水路、どぶに至るまで気になって仕方がないので、急ぐ時には、道中、水トラップがないか、私はルート選択に苦労する。で、大阪梅田には、川の流れる阪急3番街というショッピングや飲食のゾーンがあるんだが、つい、うっかりウーを連れて通ってしまったら、あら大変。興奮して、大声をあげながら、床に這いつくばって眺めようとするんで、かつぎあげて脱出を試みるも、激しい抵抗を受けてしまった。ピンチにこそ、ヒントはあったわ。川べりの店に入り、川ビューの席を陣取ればいいじゃんと。で、私は実行に移したが、いったん生の川を見てるものだから、ごまかされてくれない!大慌てでお茶をして、ウーはずんずんと進み、川が流れ込む場所に座り込みまた1時間動かなかった。もうね、私も一緒に座って見てた。なんで、これがウーには面白く感じるんだろう。泣くほど面白いって、どうよとか思いながら、最高の笑顔を見せる息子を見て、川を見て。思いっきり通行人に見られて。「おかあさん、かわへいきましょう」と、中に入ろうとしたのでさすがに、担いで強制終了かけたが、いつか、落ち着くんだろうか。泣いて暴れるため、阪急電車に乗るのだからと新たなエサで釣って機嫌をなおしてもらう。これまた、電車の中では、車掌さんのアナウンスをいちいちマネするんで勘弁してくれと思いつつも、なかなか、その人の癖ごとコピーしているから感心もする私。耳がいいんだろう。で、降りるのをしぶったりするもんだから、電車にバイバイって手を振ろうと言って釣る。またまた、ホームから離れたくないとごねるならば、切符をみせて、改札に切符を入れに行こうと釣る。切ないことに、ウーは毎度釣られてくれる。その無邪気さに、胸が痛くなることもあるが、それは、こちらの勝手であって、本人にとっては、次々と楽しいことが連なっていてやった~!てなもんだろう。ウーは、私に難題もつきつける。寝かしつける際に「おかあさん、ドナウ歌って~」と言うてきた。ヨハン・シュトラウスのアレ、美しく青きドナウ、である。ウィーンフィル大好きなウーは、何曲も頭の中に入っていて、音楽に合わせて、うまくリズムをとり、口ずさんでおる。で、負けじと私がハミングすると、途中でダメだし。かなり細かいところを、ウーに訂正されてマジでへこむ私。でもね、まあね、こんなにウーが夢中になれるものとこの世界で出会えてよかったな。
2012.09.03
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私には、会いたくても会えない友達がいる。だけど、その人は、確実に私の中に存在していて、いつも私を見守ってくれているはずだと思えるのだけど、時々、彼の姿かたちを恋しく思い、どうして、今ここにいてくれないのだろうと痛みが胸を刺すのだ。彼のお墓はない。彼は、大阪の一心寺で、骨仏になっている。なぜだか、私は、そこへ行けない。かわりに、私は彼が生まれ育った町に暮らし、彼の見たもの、語ってくれたものを発見しながら、彼の存在を感じる日々である。辛いことが起きた時よりも、嬉しくて小躍りしたい時に、その友が傍にいないことが悲しい。「カーステアーズ、あなた、妄想列車の行先には不可能な場所はないんだったわね」「ええ、もちろんですとも、ヤンスカ様」「亡くなった、あの人に会いに行きたいの」「……」カーステアーズは、黙り込む。「それは、テッチャマのことですね」と、しばらくしてから返ってくる。「彼は,ふらっと私の夢にあらわれるのよ。だから、私が彼のもとに現れたって たまにはいいんじゃないのかしら?」「もう、秋がやってきましたからねえ」と、カーステアーズは言う。そう、彼が亡くなってから、もう四半世紀が過ぎて行ったのだ。晩秋に別れをむかえるとも知らずに、最後の夏と秋を、私たちは笑って過ごしていたのだ。少しやわらいだ日差しの中に、ひんやりしてきた、夜風の中に、いつまでも、記憶が映し出されるのだ。「お願い、カーステアーズ。どうしても、彼に会いたいの」少し首をかしげて、運転士と相談してきますと去り、やがて、心配そうな目をしながら戻ってきて、いつにない優しい口調で言う。「ヤンスカ様。運転士の許可をもらいましたので、冥土へ参りましょう」「ありがとう!」「ただし、お約束していただきたいのです。あなた様をお連れするのは、 特別な面会用の、冥土喫茶でございます」「なに、それは?」「この世側から、唯一アクセスできるポイントでございまして、 一度にお一人しか面会はできません。そして、10分しか、時間はございません」「え?短いわ、カーステアーズ」こほんと、咳払いをして、彼は続ける。「この冥土喫茶の給仕人が、大変魅力的な人物でして、その、面会が終わる際に あなた様に、小さなグラスに入ったお飲み物をお出しするでしょう。 それを、飲むと、冥土へ渡ることができるのでございます」ええっ!「まさかとは存じますが、私は、あなた様を信じております」「カーステアーズ、なんてことを」「あなた様が、あの方に対して抱く思いが別格なのは、私もよく存じ上げております」「そうね、いつも、あなたは、私のよき理解者よ」「何度も伺うのですが、テッチャマとの間に、恋愛感情が無かったというのは 本当なのですね?」「彼は、大学時代の大切な仲間よ。まるで、私の片割れのような友人よ」そしてね、カーステアーズ。彼にこだわるのはね、友人としては、この上ない愛情を私にくれたからなのよ。当時の恋人なんて、ただの恋人なだけ。私の内部をえぐりだし、まるごと私を認めて好きでいてくれたテッチャマ。お互いの夢や目標を、応援しあった心の友。失った時に、本当に私も死にたかった。いや、いっぺん、心は死んだ。私の列車は、闇の中を音もなく駆け抜けていく。「ヤンスカ様、もしも、あなた様が冥土へ渡ったら、私もすぐに参りますよ」私は、じいっと彼を見つめる。ここにも、よき友がいるのだわ。やがて列車は、大きな川べりの館に横付けされた。この建物が、冥土喫茶らしい。カーステアーズが、受付まで付いてきて、びくびくしている。「大丈夫よ、私を信じて」「いいえ、あなた様に裏切られても、私は必ず参ります」濃紺のスーツに身を包んだ、ブルネットに眼鏡の男が私を呼ぶ。「マダム・ヤンスカ。私はご案内係のマルセルです」「マルセル。そう、よろしく」「では、さっそく、お席にご案内しましょう。 真っ白なエプロンの裾をさばきながら、マルセルは時折微笑み、振り返り 私をキンモクセイの香りが漂うテラスに導いた。そこには、ああ、そこには!白いジャケットに、赤チェックのシャツを着た彼が座っていた。私を見ると、立ち上がってかけよってきて、昔のように身体をさわりまくるのだ。で、私は素早く手をはらいのける。これは、あいさつ。「テッチャマ!元気そうね」マルセルが、ジェスチャーで、ストップをかけて、砂時計を示す。「さあ、マダム。この砂が落ちるまで」そして、立ち去る。「ああ、びっくりするでしょう。すっかり私は年をとってしまったから。 いつまでも、変わらないのね」「びっくりしないよ。いつでも、ヤンスカのそばにいて、見ていたから」「ありがとう。たまに、あなたの気配を感じて、探してしまうことがあるの」「ちゃんと、わかってる。気づいてくれてるなあと思ってたよ」「今日はね、今日は、どうしても伝えたいことがあったの!」「もしかして、こないだのこと?ヤンスカの友達の」「本当に、ちゃんと見ていてくれてるのね。そうよ、彼女のこと。 ずっと、さびしくて、辛い思いをしていたけれど、そんな彼女に 運命の恋人があらわれたのよ。嬉しくて嬉しくて、私も誰かとこの喜びを 分け合いたかったの。で、テッチャマにお礼をいいたかったの」「おれは、何もしてないよ」「だけど、あの遠い日々に、私をまるごと好きでいてくれたでしょ?」「そりゃ、君はおもしろかったし、おれらは、お互いに似ていたから」「あのころ、それは当然のことと思っていたのよ」私は、彼を目に焼き付ける。「そんなに見るなよ、本当は男として好きなんだろう」「ありえないわ!」一呼吸して、一気に伝える。「友達だから、私を丸ごと認めてくれてるんだと思ってた。 でも、ちがったわね。あなただからこその、私への友情だった。 大人になって、色んなきついことがあってもね、私には、あの愛情が存在するから こうして一人でいても、辛くないのよ」と。誰かにきちんと大切にされていると実感すること。それは、愛のベースね。あなたが私にくれた、最大の贈り物なのよ。若かったあの頃に、あなたが私に与えてくれたからこそ、私は、たくさんのあふれる思いを、別の誰かにリレーできるのよ。「失礼いたします。そろそろお時間でございますが、お飲み物はいかがですか?」マルセルが、小さなグラスを私の目の前に置く。これが、冥土に渡るグラスね。「マダム、本当はこの方とご一緒に居らっしゃるほうがお幸せではないですか? 現世にお戻りになったら、もう、姿かたちを持つこの方を見ることはできません。 こうして会話をすることもね」「ヤンスカ!帰らないといけない」テッチャマが静かに言う。マルセルは、私の手にグラスを握らせる。赤ワインのような、香りがして、美味しそう。「いけません、ヤンスカ様!」キンモクセイの茂みから、飛び出してきたのはカーステアーズだ。と、同時に、テッチャマも、私の手からグラスを叩き落とす。茫然とする私の横で、カーステアーズはテッチャマに向き合い、握手を交わしている。律儀に自己紹介までして。「時間だ、ヤンスカ。会えて嬉しかった。だけど、これからも いつも、そばにいるから、二度とここには来ちゃいけない」言葉の出ない私に、さらに言う。「形だけを、信じるな!君には見えないものをみる心があると、 あのころ、たくさん伝えたじゃないか。 君が、おれに会いたいとおもっている時には、すでに隣にいるんだ」私は、テーブルを立ち、もう一度彼を見つめる。ありがとう、大好きな友達。私は振り返らずに出口をめざす。カーステアーズが、すすり泣きをしている。「どうしたの?あなた」「ヤンスカ様、どうか、このような所へは二度とお越しにならないでください。 今のお方のようなご友人にはなれないかもしれませんが、 あなた様の喜びも苦しみも、私が受け止めます。全力で。 だから、もっと、楽しいところへ行こうではありませんか!」「それにしても、マルセルって彼、ちょっといい感じじゃなかった? 私を慰めたいなら、あの子をうちのスタッフにスカウトしてらっしゃいな」いつもの空気に戻してあげるのも、オーナーとしての愛というものよ。
2012.09.01
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ボクは、自分でいうのも何だけれど、あっ!ってときめいた出会いを、自分に引き寄せる才能があると思うんだ。ネコみたいな目、だなんて言われるけど、ボクは、もっと大きなネコ科の仲間さ。恋多き男とも言われるけど、ボクが、恋人にしたいと思った男があらわれないかぎり、簡単に恋にはおちたりしない。今のボクには、素敵な彼がいて、お互い同業者だからね、なかなかデートの時間を持つのは難しいけど、いつも、愛してるって言葉を交換しあうことだけは忘れないのさ。ボクの仕事は、ある貴婦人のプライベートジェットのキャビンアテンダント。愛しのオーナーは、ボクがこれまでに出会った女性の中でも風変りだけど、ボクの嗜好や、感性や、何もかもを認めてくれていて、複雑だけど、ボクを男として欲しがってはいない、不思議な人だ。たいていの女性はね、ボクを獲物のように見つめてくる。まあ、ボクは、男であれ女であれ、称賛してもらうことは嬉しいし、自分の姿かたちが、周りに感銘を与えてるってことも自覚してるからね、ペットのように、ボクを求めるオーナーとは、とても気楽な関係だよ。さて、このオーナーは、贅沢な乗り物をたくさん持っていて、中でもピカイチなのが、彼女の妄想列車なんだ。ぼくの乗務する小型ジェットも素晴らしいんだけど、妄想列車はね、彼女の舞台。速度も自由自在だし。なんといっても、素敵な男が列車を管理してるんだ。ウィリアム。英国系のアメリカ人なんだけど、ちょっと、若い頃のキアヌ・リーブスに似てるなって思うこともある。物腰が優雅でね、ボクは彼を見ると、大人の男ってこうでなくちゃって感じるんだ。テンションの高さなんて、まったくないんだ。生真面目で、堅苦しい。でも、ボクは知ってる。こういう人ほど、内側に秘めた情熱は激しいんだって。オーナーにとことん忠実で、ふりまわされていて、でも、彼女のことが好き。決して口に出さないけれど、余計に思いは拡散してるのにね。ボクは、最近ふらふらになっているリーアムをお茶に招いたんだ。彼はね、オーナーが少し彼に休暇を与えて、留守にした間、心配と愛がまじった妄想に苦しみ、自分の妄想列車を生み出してしまったんだ。これは、イタイ出来事だったよ。信じられない、不細工なおもちゃみたいなミニ列車なんだ。しかも、きかんしゃトーマスって、わかる?あれみたいに顔がついていて、またベラベラしゃべるんだ。美しいものをこよなく愛するボクとしては、許しがたい存在だけど、これも、彼の一部なんだから、面倒みてあげなくてはいけないわ、とボクらのオーナーが言うもんだから、今は一緒に、過ごしているんだ。でも、リーアムが、妄想しなければ、ミニ列車はカゴの中で寝ているからね。「イワン、いい器だ」ボクの自慢のオールドノリタケのティーセットを眺めて、彼は褒めてくれた。「リーアム、あなたも日本の陶器が好きでしょ?」「私は、古伊万里の、小さな器に目がないんだ」「いつか、見せてくれる?あなたの私室って興味があるなあ」ボクは、フツーに会話として言ってるだけなのに、なぜかリーアムは顔を赤らめる。そう、そういう、彼のシャイなところ、そのくせ妄想炸裂なところが好きでさあ、いじめたくなるんだよね。ボクは、ショートケーキを用意していた。本当はひとつづつ、好きなものを食べきればいいんだけど、つい、からかいたくなってね。「リーアム、半分こしようよ」と言いながら彼のモンブランをボクの銀のフォークでつっついた。「あ、あ、ならば、私がカットしよう」席を立ちあがるもんだから、彼の手をつかんで、「だーめ」と見つめてやった。くにゃ~んと席に腰をおろす彼を見て、心底残念だなあと思うボク。かなり、好みなんだよね、リーアムは。こういう人って、おとすには超難しいタイプだけど、恋人になったら、きっと、ボクだけをみてくれて、ずっと一緒にいてくれるはずって、わかるんだ。それに、彼は男との恋愛には興味はないし、何といってもオーナーへの思慕があるからなあ。まあ、ボクには、彼氏もいることだし、裏切ることはないけれど、リーアムは、かなり、そそるんだよね。ボクばかりが、リーアムのモンブランを手前から崩していって、固まってる彼が手元をぼうっと見ているから、ボクは、ひとすくい、ケーキを彼の口におしこんだ。ふふ、間接キッス。完全に動かない彼をみてるのは、楽しいね。ボクって、残酷なネコ科の生き物。ここで、彼のへんな妄想列車の汽笛がなると思ったんだけど、鳴らないや。つまり、ボクとの間には妄想もありえないってことだろうね。「リーアム、ねえ、ごめんてば」「イワン、君といると、なんとも(以下むにゃむにゃ)」「ねえ、オーナーは今どうなの?」「ああ、今はね、他人様の妄想でご多忙だよ」「他人の妄想???」「あのお方は、変な勘が備わってるだろう。誰が誰を好きだとかそういう類の」「ああ、縁結び、好きだよね~オーナーは」「自分の恋愛は、すっかり横において、夢中になっておられるのだ」「でもさ、けっこう、ちゃんと見てるのさ、オーナーは。 自分はね、高速で行くくせに、他人の応援は徐行でね」「ご自分も、そのように、慎重にふるまえばよろしいものを」「リーアム、本命には、そうかもよ」ハッとして、彼がボクを見たよ。その、単純さ。すぐ自分だと思っちゃうんだからさあ~。「愛しのオーナーはね、ボクがみても、かなり二面性があるじゃない?」パーッと、思いのままに行動したり、一目ぼれしたり、にぎやかだけど彼女は反面、怖がりで、本当に壊したくないものには、神経質になるんだ。さっと通り過ぎる付き合いの人なら、オーナーを浮気性な人だと錯覚するだろうね。だけど、彼女は雰囲気を楽しんでるだけ。彼女は、深い魂を持つ人しか、本当に愛さないんだよ。「イワン、オーナーに対して言葉が過ぎるぞ」「リーアム、わかってるはずだよ。彼女はね、心から、魂の恋人を求めていて そのために、色んな可能性を見つけようと積極的なんだよ」空気を変えようと思って、ボクは、まだ手をつけてない自分のシブーストをリーアムの前に差し出す。「食べてよ、リーアム。いたずらしないから」彼はね、オーナーと一緒。自分の考えにはまったら、周りが見えないんだよ。いや、見ないんだね。ボクの存在なんか忘れてるかのように、ケーキを食べる彼。あ、リーアムの口のはしに、ケーキのかけらがついてる。かわいいなあ。彼のうすい唇はね、冷淡そうではなく、揺れ動く感情がね、瞳以上にあらわれるんだよ。そんな事を本人に言ったら、また固まるし、警戒されるじゃない?だから、ボクは無言で指をのばして、クリームをぬぐい、彼に見せつけるように、自分の口に運ぶのさ。「イワン!何をするんだ、よせよ」「いたずらはしないって言ったけど、あなたがかわいいから手が出たんだよ」ピーっ!きたきた、汽笛。「やあ、呼んだ?ご主人様~」「呼んでないよ」ボクと彼はぴったりと声を合わせてヤツに言う。でも、今回は内心嬉しいボク。一応、このボクに妄想してくれたんでしょ?リーアム。
2012.08.30
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日が変わってしまいましたが、昨日は私と相方にとって大きなイベントがありました。関西のナレーター・役者の有志のお力と、スタジオさんの全面協力をいただいて、「子育て応援CD」の録音を行ったのです。無事に、和やかに、笑いあり涙ありで収録が済みました。わたしの大先輩であり、業界のスターナレーターであるHさん、本当に本当に、ありがとうございました!(CMのゴンタのお声の方ですわよ)そして、事務所を越えて、ご賛同いただき、お声をいただいた皆さま、グダグダの進行にもかかわらず、素晴らしい世界を提供してくださいました。心から、感謝しております。ありがとうございます!この企画は、障害をもって生まれてきた赤ちゃんと出会った家族、健常であっても、育児が不安だなあって思う方たちに、「でも、やっぱり、命って尊いし、生きるってすごい奇跡で、 ちょいと力を抜いて、子育てを楽しもうね~」という思いをこめて明るい気持ちになれる、自分を見つめる思いになれる詩を集めて朗読したものを、広げようというものです。私と相方の小さなお店と共に、発信してくださる声の仕事人たち。有名な作品もありますが、耳で味わう詩の世界をお楽しみいただければと思います。これから、編集し、どんどん作品集として形にしていく作業です。人との繋がりなしには、実現しなかった企画。詩の選考で係わってくださった方々もあり、励ましてくださった方々の存在もあり、胸がいっぱいになっております。それにしても、普段目にすることのない、同業の皆様の生仕事に、感激です。なんちゅう贅沢。ウーと、相方の娘のナナちゃんも、ブースに入って録音初体験しました。堂々たるものでしたよ、二人とも(笑)。帰宅後も、心地よい余韻に浸りながら、幸せをかみしめています。何度でも申しますが、皆さま、本当にありがとうございました!
2012.08.29
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「はい、お電話ありがとうございます。 誠に申し訳ございませんが、どの会員様からのご紹介でしょうか? 私どもは、完全紹介制となっているもので」思い切って、電話をかけてみた私に、優しくも毅然とした声が応対する。「あ、ユミコさんからです」すると、少し相手の口調がやわらぎ、丁寧に事務所へのアクセス方法の説明がなされた。詳しくは、会ってからでないとお話しできないのですと、その女性は言った。大阪市内のオフィス街にある、レトロな建物群の中に、その事務所はあった。ドキドキしながら、扉をあけると、電話の主らしい40代半ばの女がシックなインテリアに囲まれて、リラックスした表情で、頬杖をついていた。私に気づくと、あら、ごめんなさいねと席をたって、キビキビと大きな歩幅で歩み寄ってきて、さっと片手を出した。「ようこそ、いらっしゃいませ。所長のヤンスカと申します」「あ、マリと申します」「そうぞ、おかけになって、マリさん。うちのシステムについて お話しをさせていただきますね。 まず、あなたが、どんな場面においてエスコートを希望なさっているのか お伺いいたします」「あの、私、恥ずかしいんですけど、一緒にリゾートホテルで過ごしてくれる方を 探しているんです。あ、もちろん泊まりです」「基本は24時間拘束よ。うまくスケジュールを組んでね。 そうしたら、1泊2日も可能ですよ。移動手段はどうなさいますか?」「できたら、車がいいです」「お好みのタイプの車種はありますか?」「選べるんですか?」「もちろん。お客様の願いを完璧にかなえるのが、私どものモットーよ」「特に、車の好みはないのですが、彼に合ったものをオマカセでもいいですか?」所長は、にっこりとほほ笑みながらパソコンのモニターを私に見せる。「ユミコさんから、色々と聞いていらっしゃるのね。わかりました、 早速、彼を探しましょうか。うちの自慢のメンバーは、 全員きびしいトレーニングを1年間受けています。 さらに、1年間、専門知識の充実のために現場研修の後 試験に合格しなくては、働くことができません」話を聴きながら、私はすでに、モニター上の彼に目をとめる。なんて美男!猫のような瞳。長身でしなやかな手。モデルから、キャビンクルーに転身かあ。「マリさん、お断りしておきますが、うちのメンバーたちは 一切クライアント様とは、深い身体の接触はいたしません。 手をつなぐ、ハグをする、ここまでが基本の設定です」私は頷く。もちろん、それでいい。そう、私が求めているのは、たまに素敵な思いをさせてくれる、ややこしくない男。彼氏は要らないのだ。だいいち、私は結婚していて、夫には愛情も感じている。ただ、トキメキが欠けているだけなのだ。夫と旅行に出かけても、家庭の延長みたいなの。やれ、服はどこだ、靴下を出して。ねえ、お散歩に行こうと誘っても、テレビを観てるから一人で行ってこいよとか。違うの。いつまでも、手をつないだり、黙って寄り添い、夕日を眺めたり、そういうことがしたいだけなのに。そんな愚痴をユミコにもらした時に教えてもらったのが、このエスコートサービス。まったく広告も出さず、取材も一切お断り。あらゆる場面と、細やかな設定に応えてくれると聞いて私は、夫が出張に出る週末に、このサービスを利用しようと決めたのだ。私が考えたのは、自宅まで車で彼に迎えに来てもらい、楽しく会話をしながら、海辺のホテルへ行く。散歩をしたり、プールサイドでカクテルアワーを過ごして、そして、おめかししてディナーをとり、波の音を聴きながらまたお喋り。で、もちろん、部屋は別。翌朝は、彼にコーヒーを運んでもらい、バルコニーで朝食を。景色のよい道をドライブし、高台のオーベルジュでランチ。そして、私が気持ちよく車の中で眠る間に彼に送り届けてもらう。「わかりました。で、マリさん、荷ほどきや、荷造り、チェックインなどの 手続きなどはいかがなさいます?あなたの設定では、受け身でよろしいですか?」「はい、ぜひそうしてください。完全なるエスコートを希望しているんです」「うちで、最も人気の高いコースですよ。必要ならば、アイロンがけや、 髪のセットもできますよ」「あ、でも、そこまでお願いしてしまうと、なんだか執事っぽくなりますよね」「マリさん、私どものデータにおいて、ほとんどの女性は、恋人ではなく、 執事を求めていらっしゃることがわかっております。 せっかく、お代金をいただいて提供させていただくサービスですから、 遠慮なくお試しくださいな」そっか、執事なのね。ならば、さっき見た、超セクシーなハンサム男よりも、この人がいいかもしれない。へえ、職業は鉄道員。ハンサムだけど、親しみやすい感じ。とても誠実そうだし、なんだか器用そう。「じゃあ、この人にしたいんですけど」「お目が高いわ。彼は、おすすめよ。固定ファンも多いので、 先々のご予定があるなら、まとめてのご予約が間違いないですわよ」「皆さんは、どうされてるんですか?」「そうですね、決まった彼を利用していただくもよし、 用途に応じて彼を選ぶのもよし、ですわよ。 さっき、ごらんになっていた彼は、オペラやバレエの鑑賞なんかで 映えるタイプよ。ダンスの相手にもおススメね。マッサージはプロ級よ」ああ、選ぶだけで、ワクワクするわ。「もし、あなたのオリジナルの設定が浮かばない場合は、 当社のオリジナルシナリオで、おまかせにもできますからね」私は、申込用紙に記入しながら、それだけで、一気に気分が華やぎ、帰りに、新しい口紅を買ってかえろうと思い立つ。ユミコ、本当にありがとう。私も、もうちょっとだけ自分で楽しんでから、ヒミツのお仲間をスカウトするわ。
2012.08.25
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私は、このところの、情けない自分にほとほと嫌気がさしている。ちょっと、ヤンスカ様への思いが暴走しかかってしまった。それに、イワンめ、私を巧みに挑発しやがって…。あのお方がキャンプから戻られた夜。本当は、私だって、あの方のために、列車をあげて歓迎モードに入っていたのだ。キャンプ場のバルコニーから、ヤンスカ様は待機する私に連夜「もうかえれ。それにしても、めしそまつ」という信号を懐中電灯で送り続けてきた。どうせよと?食堂車のスタッフをキャンプ場に送り込めばよかったのか?しかし、40名に美味しくふるまえるだけの人員を確保しなくてはいけないし、うちのシェフは、食堂ごと自分の芸術的な料理にふさわしい調度に変えろと大騒ぎするであろうし、何より、ヤンスカ様の真意がわからず、そのまま、見守るしかなかったのだ。だからこそ、帰宅の晩餐には、あの方のお好きなものを並べて私にできる限りのおもてなしをしたかったのだが、あのお方は、私が列車を待機させていたことが気に入らず、私に連絡も下さらなかった。イワンの所に行くのだろうなと思っていたら、その本人が現れて、一緒に自分のキャビンへ行こうと言うではないか。「リーアム、ねえ、きっと愛しのオーナーはボクのところへ来るからさ、 一緒に迎えようよ」そうして、私に腕をからませる。「それに、興味あるんじゃないの?ボクとどんな風に過ごすのかって」私は、心の中を読まれているのか。と、部屋の片隅から、ピーという間抜けな汽笛が響いたのだ。「きゃっ、何?リーアム。何の音?」のろのろと、私の妄想列車がこちらへ走ってきた。「やあ、こんにちは!ぼくは、カーステアーズ様の妄想列車だよ」イワンは、一瞬固まり、そうでなくても白い肌の色がいっそう青白くなり、次の瞬間、今まで聞いたことのない男らしさ全開の笑い声がとどろいた。「や~、わはははは!信じられない!わはははは~」長い身体をふたつに折って、涙をぽろぽろとこぼしながら(多くの女性たちならそんなイワンすら美しいと思うのだろう)私の身体をパシッと叩きつつ、泣き笑いが収まらなかった。私が、一番、泣きたいのだ。どうして、あんな妄想なんかしてしまったのか?で、なんで、この小さな汽車は、私のちょっとした心の動きに合わせてこんな安っぽい汽笛を鳴らすのか。「ねえねえ、ご主人様~、ぼくは、あなたの妄想をエネルギーにしているんだもの、 そんな顔をしないでよ~。じゃあ、あの人のことを考えなきゃいいんだよう」こんな、ちび汽車に、私の心は見透かされているのか。あああ~。やっと、落ち着いたイワンが、この汽車をしまっておく方がいいと提案し、私は仕方なく、自分のアタッシェケースに汽車と燕尾服の人形をしまったのだ。そして、あの晩の光景が待っていた。ヤンスカ様は、私の汽車をみて笑うイワンを叱り、恥ずかしながら、拗ねきっていた私に優しい言葉をかけてくださり、そして、あの抱擁があったのだ。あのお方は、そもそも情熱のかたまりでいらっしゃるから、強いお気持ちがそうさせただけに、違いない。甘やかな気配などを求めてはいけない、と私は必死に自分に言い続けた。私の首に巻きついたあのお方の腕と、頬に感じた温もりを意識したとたんにバカ汽車がピーピーと、汽笛を鳴らせまくったのだった。どれほど、自分も抱きしめたかったことか。だけど、私のそれは、イワンがあのお方に与えるそれとは違うから、決して、自分は、行動してはならないと、自制心を取り戻したのだ。ヤンスカ様は、まもなく私から離れると、イワンの方へ行ってしまわれた。これでいいのだ。私は、忠実なる運輸部長であり、規則を重んじる男なのだから。あれから。ヤンスカ様は、あんな出来事などすっかり無かったかのように振る舞っていらっしゃる。今日は、私に相当な無茶ブリを強いていらっしゃるのだ。白洲次郎ごっこ、である。「カーステアーズ、着替えて頂戴」イワンが、見立ててくれたという、ラルフローレンの白いスーツを見て私は驚く。くっきりとしたネイビーの縦じまシャツに、同系だがトーンを変えたドットのネクタイ。イワンはクラヴァットと、言っているが。「早く着替えて、カーステアーズ。私とドライブに行くのよ」ええっ!列車ではなく?ヤンスカ様の妄想ガレージから届けられたのは、まさに次郎モデルのベントレー3リッター。「ふ、二人で行くのですか?ヤンスカ様」イワンがニヤッとしながら言う。「これに3人は無理だよ、ボクはね、ブガッティで同行するよ」ホッとしたような、残念なような。イワンも、身体にぴったりとしたツイードのジャケットを着て、田舎で過ごす若い貴族のようないでたちである。長身のイワンこそ、次郎役にぴったりであろう。ヤンスカ様の設定では、白洲次郎が親友の英国人貴族と欧州をドライブ旅行された状況をやってみたいそうなんである。しかし、ヤンスカ様は、ルーマニアの田舎を見たいのだそうだ。そこは、事実に忠実でなくとも良いらしい。しかし、こんなすごいクラシックカーを運転するとは。大抵のことは難なくできる私であるが、正直に申し上げて、もっと現代の車の方が快適ではないかと思う。21世紀の光景とは思えない、田園地帯を私たちは進みゆく。ひまわり畑の続くなだらかな丘を越えて、山積みの藁を運ぶ荷馬車を追い越して。東方正教会の、ひっそりとした修道院を眺めながら。「あなたって、やっぱり、何でもできるのね」大声でヤンスカ様が叫ぶ。私は、会釈だけして、前方を見つめる。「私のために、たくさんの素敵なみんなが働いてくださってるけれど、 カーステアーズ、あなたがいなければ、だめ」私は、正面を向いたまま、聞こえないふりをした。隣から、睨みつける視線を感じたが、ひたすら気づかないふりをする。私の腕をたたいて、あのお方が車を停めて、あの教会を散歩しましょうとおっしゃる。後続のイワンも当然ついてくるのだが、私が停車しても、こちらへ近寄ってこない。いつもなら、素早くやってきて、ヤンスカ様の扉をあけて、手をさしのべるくせに。ヤンスカ様が、じっと私を見つめるので、仕方なく車を降りて、あのお方が降りるのをお手伝いした。「行きましょう、この中庭のものさびしいこと。あのベンチに腰かけて 夕暮れを待つのよ」ベンチに、私は白いハンカチを広げてあのお方を座らせる。イワンがバスケットを下げて、ゆっくりとこちらに向かってくる。「あの…」と私が言いかけた時に、「カーステアーズ、私、この間はあなたを困らせてごめんなさい」と小さな声でヤンスカ様が謝られた。「いいえ、困らされてなどおりませんよ。 あなた様は、とても、感情表現が大きい方でいらっしゃいますからね」風が通り抜けて、夕刻の祈りの声が流れてくる。私にはわからないが、イタリア語にも似た調べが心地よい。「カーステアーズ、お願いよ、いつまでも私のそばにいてね。 もちろん、変な意味じゃないのよ。あなたは、私の大切な人なの」私の内側に、恋の面影のメロディが流れ出す。♪恋のきらめきが、あなたの瞳にあらわれているわ 微笑みで隠そうとしても、無理よ。 言葉で伝えられないくらい、多くのことを語っているから。 そう、私の心に、それがきこえるのよ ああ、私の息はとまってしまうわ~また、私の胸にズキズキとするような痛みが走る。「ピー!」イワンの持つバスケットの中から、私の妄想列車が音をたてて転がり出てきた。かわうそ機関車は、ノリノリで歌っている。♪泣かせの効いたラブソングなんて すてっちまい~ むきだしで~ハーハ!カモン!???隣で、燕尾服の人形が黒い細長いものを放り投げている。は!こいつは動けるようになったのか?リボンのような黒いソレをつまみあげて見てみると、「E.YAZAWA」と赤い文字が書かれている。ヤンスカ様が、つかつかと歩み寄ってきて、かわうそ列車をつま先で蹴とばした。「カーステアーズ、あなたって、矢沢ファン?」「何のことでございますか?」「悪いけれど、私の世界観には少し合わなくってよ」かわうそが、自力で戻ってきて少年ボイスで答える。「ボクの前のオーナーがね、永ちゃんファンだったんですよ~ 今のご主人様の、せめぎ合う心を、ボクはうまく表現したつもりだったのにい」「呆れた。使いまわしの妄想列車なんて、初めて聞いたわ」「ご主人様はね、甘ったるい歌を思い浮かべて、また悲しそうだったからねえ」イワンが、涙を流しながら、肩で笑っている。ヤンスカ様は、ムッとしながら私に命令する。「もう、バカげたドライブはおしまいにするわっ。 今すぐ私の列車を呼んでちょうだい!」「かしこまりました」私はウィリアム・カーステアーズ。主に忠実で、かなしいほどに、規則を重んじる男である。
2012.08.22
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昨夜、アクセルとブレーキ、ギア姉の3組のダウン症親子が集まり、秋以降の活動についてと、新製品の確認をしながら、子どもらにご飯を食べさせ、自分らも食べるという会合を開いた。定例会場は、地元のサガミ。個室で、座敷で(子らが遊んだり寝たりすることもあるため)お店の方も、あらまた来たのねん、な感じで慣れているし、駐車場代もかからんし。大人だけならば、雑談もワイワイできるが、なんせ、待ちきれない子ども×3人なんで、さっさと近況報告。で、食事が運ばれてくるまでに、ブレーキが披露した新作を見分。どれも、可愛いよ~!ストラップだけではなく、カバンにつけれるのやら、ペンダントもできた!相方は、ほんまに素晴らしい才を持っておる。皆、自宅では子どもが寝静まった深夜にしか作業ができず本当に、時間をしぼりだしているんだが、そんな制限の中で常にベストを尽くせる相方を尊敬する。ギア姉は、今回、オーダーいただいたお客様の分に加えて、新たな販路を開拓すべく、在庫を大量に持ち帰り自分の営業ルートに持っていってくれる。で、アクセルは、新作用のラッピング用品をブレーキから預かり、今後考えている動きや、可能性について報告。来月は、具体的に目標をしぼって、売上の一部をある心臓病の男の子のために役立てたいと考えている。まだ11か月の男の子で、心臓移植をアメリカで受けるために周りの方々が必死に応援している。その子の力になれないかと、先のキャンプで、別の活動をしているお母さん仲間から持ちかけられて相方共々、自分らも心臓病児の親として協力すべしと思った次第。命についての、様々な意見はあると思う。寿命だから仕方がないという意見もあろう。だけど、それが、自分や家族や友人に降りかかった時に、達観できるものか?ベストを尽くしたいと、私なら思う。相方も同じだ。ささやかでも、さざ波のようなものでも、寄り添って、集まれば、大きなものになるから。支援なんていうと、いやらしいんやけど、なんていうか、おせっかいさせてもらって、懸命に生きる姿から、色んなことを感じさせていただき、学ばせていただくことに感謝という立場で応援していきたいと思う。もう、何度でもいうけど、普通に呼吸をしたり、動いたり、話したり、聞こえたり、見えたりってのは奇跡の積み重ね。それが揃ってないから不幸というわけではないが、不自由という点は否めないのだ。もっと、不自由な人の観点で世界を見られたら、まだまだ変えられるものがいっぱいあるはず。で、五体満足とか、五感が揃っている多数派の人に合わせられた基準以外の豊かな文化の存在を、知っていただき、へえ~って思ってもらいたい。うちの商品は、小さな小さなものだけど、熱い壮大な願いを込めて、作っております。もうすぐ、正式にオープン。たくさんの人と繋がっていきたいものですわ。お子たちは、満腹になり、一人は爆睡、二人は、とっとと場所を去りたがる。こうなったら、会合は解散なり。楽観はアカンが、楽天的にいきたいもの。
2012.08.21
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「どうして、結婚すると、メールがワンワードになるんでしょうね」「帰る」「飲むから」「何時到着」(これはお迎え要請や、帰宅と同時に飯を食いたいなど用)「どこのダンナもそうなんかしら?」と、私と事務所の同僚はお茶を飲みつつ、語り合う。そうそう。で、外の女性には、10行以上の文章を書いたりするのな。私も、元夫と離婚してから、ああこの人、こんなに長文が書けるのだと感心している。私がヨソさんになったからだろう。今は、あいさつから始まって、私の様子を気遣い、本文に入り、また私の幸せを願う締めくくりと、完璧なメールである。元夫でなければ、惚れているであろう。そんな会話をしつつ、妄想の話になる。嬉しいことに、同性の友人たちは、私の妄想列車シリーズを楽しみにしてくださっていて、物語への要望や、好きなシーンを教えてくれたりする。同僚はとっても素敵な役者さんであり、本人を知っていても虚構の世界を演じる彼女にググッとひきつけられる才能の持ち主である。え?そんなの当然じゃんて思う?いやいや、なかなか。本人はステキやけど、演技はどうよな方も悪いけどおるねんて。まあ、そんな方が、私の妄想列車を舞台にできたらいいなあと話題にしてくれてお世辞でも舞い上がった私である。彼女が演じるマダム・ヤンスカはカッコいいだろうなあ。しかし。私らは言うてもうた。「声だけならオトコマエがたくさんいてるけど、外見も求めるとなあ…」(すんません、同業者の男性方。お互いさまでございますわね)「誰がイワンをやれるのか!」(おらんわ!)私の中では、カーステアーズは、若い頃のキアヌ・リーブスが3割入っておる。カーステアーズは、あまり背が高すぎちゃダメで、私のデータベースにおいては、小柄な男性に色気のあるタイプが多いので、そこらへんは、こだわりたいのだ。「もう、アニメしかないのではないか」。というところで、次なる話題へ。オッサン論。どういうオッサンがステキで、尊敬できて、カッコええわ~と思うか。逆に、アカンやろうと思うオッサンはどんなんか。結論。エロスと感じさせるか、エロと思わせるかは大きいポイントやなあと。いっそ、枯れきったおじいさんのようなオッサンが好ましいとか。そうなんである。一部のオッサンの難儀なのは、一緒に飲む→手を出してもいいんだの箱に入れるような思考回路の方がおるっちゅうこと。「人生経験豊かなオッサンに、話をきいてもらい、ただただ飲む自分に付き合ってもらう。 そんな関係は、ありえないんでしょうかねえ?」と同僚の遠いまなざしが、切ないわ。で、彼女のオッサントラップからの脱出話(フツーにホテルのラウンジでお茶していたら勘違いしたオッサンが誘ってきた系)をきき、自分も思い出した。とある番組のエライさん。打ち上げをミナミの日航ホテルでやりますと言われ、宴会場に来てみれば、円卓はあったよ、確かに。しかし、そこにはオッサンと私のみ。でだな、テーブルの上にルームキー。「みんな、来られなくなったから、部屋で飲もうか」あたくしは、トイレに行ってきますと微笑みながら退場し、自分史上最速の走りで、玄関を出て、タクシーに飛び乗って「梅田へ行ってください!」と叫んだんだった。「お客さん、地下鉄のが安いですよ」と言われたが、とにかく、離れたかったのだ。ほんまになあ。好きなら好きと言ってくれ。てか、断るけど。だましうちするんじゃねえ。何で、ソチラに選ぶ権利があると思っているのか不思議なのが難儀なオッサン達の特徴である。こっちにも、選ぶ権利はあるんだぜ。もう、オバちゃんたる我々世代が、韓流スターだの、嵐だのに妄想恋愛するのはしゃあないのである。ぐだぐだ、しゃべって、タイムオーバーかというところでやっと本題。個人的なお願いの根回しなり。実に1分以内で済む用事だが、余分に思える会話の中で、価値観の確認や摺り合わせやら、諸々やるのが、オナゴの習性と思いなせえ。
2012.08.20
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「ミーラチカ!おかえりなさい」タラップから、音もなく駆け下りてくる、子猫のような、イワン。力強いのだけど、柔らかなハグの後、私の手をとり、キャビンへ連れて行ってくれる。「カーステアーズには、会ったの?」「いいえ、今日は、真っ先に、あなたにただいまって、伝えたかったの」「嬉しいな、愛しのオーナー。その、ボトルは何?」私は、ウーとの4日間のキャンプを終えて、飲み明かしたい気分。ウーが、生まれた年のワインを見つけたので持ってきたの。ただ、どこで手に入れたのか、もう記憶にない。読めない文字が何か国語も書かれている。ヨーロッパのどこかの国の、小さな食堂の自家製ワインだ。イワンは、ラベルを読んで、ニコリと微笑んでいる。そして、美味しくいただけるようにと、ワインを冷やしに行った。「なぜ、カーステアーズに会わないのさ?」戻ってくるなり、イワンは挑発的に言う。「あの人、キャンプに行く前、おかしかったのよ。 私が、なにか仕出かすのではないかって、心配ばかりしていたわ」「ふふっ、リーアム、いや、カーステアーズはね、休暇を迷惑がっていたよ」「イワン、あなたは、どんな風に過ごしていたの?」「ぼくはね、ミコノス島で、彼とのんびりビーチ三昧だったよ」「どの彼よ?」「やだなあ、ミーラチカ。こないだ、焼酎をくれたケンだよ」「もっと、時間をたっぷりあげたらよかったわねえ」「そのお気持ちだけで十分だよ、愛しのオーナー」そして、イワンは私をとろかせる笑顔で、正面から見つめてくるのだ。「きいて、イワン。キャンプ場の窓から夜中に外を眺めたら、 上空に私の列車が停まっていたわ」「きっと、彼は心配のあまり、控えていたんだろうね」「まったく、気分が悪かったわ。何が心配だというのかしら」「あなたが、自分の目の届かないところで、新しい恋におちていたらと 気をもんでいたんだよ、ミーラチカ」信じられない。最初に、キャンプ場の係員が現れた段階で、「妄想の余地なし」と判定して4日間平穏に過ごしたというのに。まったく、どうやって、あんなにときめかない男たちを集められたのか不思議。修道院にだって、もっとイケメンな神父様がいらっしゃるに違いないわ。「私、バルコニーから、懐中電灯で、帰りなさいって、信号を送ったのよ」「そんな事で引き下がる彼じゃないよね」「ええ。結局、解散するまでいたわね」激しく大笑いするイワン。私の隣に座り、私の肩を抱きながら、くつろいだ様子で言うの。「ねえ、愛しのオーナー、あなたは、カーステアーズのこと、どう思う?」「誠実で、実直で、でも少し皮肉屋さん」「彼って、普通にカッコいいじゃない?」「イワンは、今でも狙っているの?」「こないだ、猛烈にアタックしたけどね、彼の中には誰かいるんだよ」「ああ、心の中の小部屋の類まれなエレノアね」「違うよ、ミーラチカ、彼が今一番…」ガタガタっと音がして、サイドボードの影から何かが転がり出てきた。「イワン!何を馬鹿なことを」カーステアーズ。いったい、ここで何をしているというの。寄り添う私たちの姿を見て、赤面するカーステアーズ。「ごめんなさい、ミーラチカ。彼をよんだのは、ボクが考えたことなんだよ。 確かにね、カーステアーズは、ちょっと心配症すぎてね、 あなたを怒らせてしまったよね。でも、それはね、 オーナーへの愛がなせるワザさ。 ね、今の言い方ならいいでしょ?リーアム」ウィンクを送るイワン。「申し訳ございません、ヤンスカ様。私、4日間もお暇をだされるなど まったくもって、信じがたく、混乱をきたしたようでございます」「お暇を出すって、カーステアーズ、私はあなたに休暇をあげたつもりだったのよ」「私には、必要ないのでございます。いかなる時も、あなた様にお仕えし、 お傍にいるのが私の務めでございますゆえ」ニヤニヤしながら、イワンが私の肩から手を放し、カーステアーズが手に提げているアタッシェケースの方を顎で示して我慢しきれずに、ふきだす。「ねえ、愛しのオーナー、あの中を見せてもらってごらん」「カーステアーズ、見せて頂戴」赤面した上に、汗をはげしくかきながら、手をふるわせて、蓋をあけるカーステアーズ。私の顔をみようとしない。「んまあ!これは?プラレール?」顔の付いた蒸気機関車が一台と、小さな燕尾服のおじさんの人形が一体入っている。きかんしゃトーマスに、こんなキャラクターはいただろうか?しかし、何ともいえない顔。あ!吉田戦車の描く、かわうそ君に似ているんだわ。「やあ、こんにちは!ぼくはサドー島からやってきたんだよ。 あなたは、ぼくのご主人様のさらにご主人様なんだよね!」うわあ~。パチモンくさい、少年ボイスだわ。オッサン声でいいじゃないの。それにしても、このオモチャは、何なのかしら?イワンが答える。「愛しのオーナー、わかってないようだね。 これはね、カーステアーズの妄想列車なんだよ。 あなたへの心配から、妄想が膨らんで、 気が付けばこの小さな汽車が足元にいたんだってさ」私は、こんなに驚いたことはないわ。私の妄想列車はもちろん、所有する全てのものは、それはそれは、素晴らしいものばかり。「カーステアーズ、ビックリね。コレは、何で動くの?」代わりにかわうそ顔の汽車が得意げに答える。「もちろん、わがご主人様の妄想がボクの燃料なんだ」と。「あなた、どうやって、カーステアーズを乗せるの?」「実は、乗せられないんですよ。大きくてもハムスターが精一杯ですかねえ」「虫かアマガエルしか、無理そうね」「ボクもはやく、役に立つ立派なきかんしゃになりたいなあ」「本家みたいなことを言うのね。それに、サドー島ってどこよ?」「ボクの島のモデルは、新潟県の沖合に浮かぶ大きな島なんだ」はあ?佐渡。サドー島…。カーステアーズが、気の毒になってきたわ。「ねえ、きかんしゃさん、ちょっとあなたのケースに戻っていて頂戴」「わかりました。では、ご主人様、おやすみなさい」イワンは、涙を流して身をよじっている。「ボクも、初めて見た時に、悶絶したよ。 今でもやっぱりおかしいけれど」「イワン、おだまりなさい!」私は、気づいた時には、今までに出したことのない声で叫んでいた。「カーステアーズ、こっちにきて、おかけなさいな」「私は、本当に情けないですよ」「いいえ、恥じることなどないのよ。 イワン、人の妄想を笑ってはいけないわ。 それは、あなた達自身をも笑うことになるのよ」「ごめんなさい、ミーラチカ」「勿体ないお言葉です、ヤンスカ様」私は、現実の用事に追われて、この大切な私のお仲間を忘れていた4日間をふりかえってみる。充実した時間ではあったが、やはり、鮮やかさに欠けた光景だった。「私が悪かったわ、カーステアーズ。ずっと、待ち続けてくれてありがとう」「とんでもない、あなた様がお謝りになることではございません」「本当はね、心配してくれて嬉しかったのよ。 でも、安心して。本当に何の妄想のネタもなかったわよ」カーステアーズは、うつむいたまま首だけで返事をしている。「まあ、たしかに、あなたのアノ妄想列車は微妙だけど、 でも、あなたもオーナーの仲間入りよね」イワンは、そっと席を離れてギャレイに入っていく。「私ではなく、イワンのところにいらっしゃるのだろうと 思っておりましたが、実際に、おくつろぎになっているあなた様を 見ていたら、もう、私の列車は必要ないのではないかと感じました」「カーステアーズ、何を馬鹿なこと言ってるの?」「ヤンスカ様。あろうことか、私はあなた様の行動を妄想し、 嫉妬心を抱いたがために、あのような醜い列車を呼んでしまったのですよ。 私は、あなた様の誇りである妄想列車の運輸部長だというのに」相変わらず、こちらを見ようとはしないので、私は彼の顔を両手ではさんで、こちらに向けてやったわ。「私を見なさい、カーステアーズ、。 人間ですもの、妄想なんて当たり前のことよ。 あなたの世界で私が何をさせられようが、私は気にしないわ。 でも、私があなたを必要としないのではないかという妄想だけは、やめて」気が付けば、私は彼を抱きしめていた。でも、でも、カーステアーズは自分の両手を私にまわそうとはせず、それどころか、握りこぶしを作っていたわ。あなたなりの、誠意なのよね。私は、彼から離れ、ギャレイにいるイワンを見にいった。「ミーラチカ、あなたの持ってきたワインを飲もうよ」そして、左手でトレイを持ち、右腕を私に差し出す。「ねえ、さっきから、ケースの中で汽笛が鳴ってるよ」イワンは、すべてお見通しという顔で私を見おろす。「カーステアーズが、もう自分の列車なんか必要ないだろうって言ったから、 つい、そんな事は言わないでって、伝えて、でね、彼を抱きしめたの」「ウラ~!あの彼に、そんなことしたの」「もちろん、彼は自分の手を握りしめて何もしなかったわ」「だから、アノ豆列車がピーピー鳴ってるんだね」「私、もう、二度とこんな事しないわ。彼、困っていたもの」「ミーラチカ、困ってないから、汽笛が鳴るのさ」カーステアーズは、私がいない間に、いつものすました表情を取り戻していた。イワンも、何事もなかったように、私を座らせて、グラスを並べ、コルクを抜いて、白ワインを注いでくれる。「さあて、愛しのオーナー、そして騎士たるリーアム、 このワインの名前を知りたいかい?」「ステキだよ、伝説っていうんだ。 心魅かれないかい?リーアム。じゃあ乾杯しようよ」ガタガタ。バタン!と例のアタッシェケースが開いて、やたら明るい少年ボイスが響き渡る。「やあ、今伝説って言わなかった?ボクの島も伝説の島って言われてるんだよ~。 ねえねえ、知ってる?」かわうそのくせに、媚びたような表情で、カーステアーズの小さな汽車がまくしたてる。私は眼力で殺せるほどに、この汽車を睨みつけたが、へらへらと喋りつづけていて、全く効果がない。イワンは、小声で、ケースごと空中に放り投げようかと提案してきたが、よく考えてみたら、カーステアーズの分身みたいなもの。ああ、コレごと、私は受け入れなくってはいけないのね。こんなのを、呼び出すなんて、カーステアーズはよほど妄想がお粗末らしいわねえ。
2012.08.18
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私たちの留守中にも、たくさんのご訪問、ありがとうございました。カーステアーズって、人気あるのねえ。私にとっては、いつも傍にいるのが当然の存在なんだけど、なぜ、彼をちゃんと意識しないのかって、お便りをいただくと私、ゲラゲラ笑ってしまうのよねえ。さあ、4日も家を空けると悲惨ねえ~。空気はよどんでいるし、なんだか、時間が止まったままで、一気に家が老け込んだ気がするわ。雷雨がひどかったけれど、窓を開けて、空気を入れ替えて、ごめんねって、家の中を見て回ると、守ってくれていた、ちっこい小人さんらが、たしかにおった感じがするなあ。さて、ウーのキャンプ。結果からいうと、参加して本当に良かった!臨床動作法という訓練を集中して行うので、(いつもは月に1回)なんだか、姿勢も一気に良くなった感じがするし、自信をつけて、気持ち的にも安定したウーと過ごせたのはいい経験。いつもは、私にべったりなウー。しかし、大学院生のお兄さんやお姉さん、そして、たくさんの先生方と、参加しているお兄ちゃんお姉ちゃん、同級生の存在が嬉しくて、あまり私に対して執着を示さなかったウー。私が、わざと「お母さんに好き好きってしてよ~]とお願いしても素っ気なくしてきたウーを見て、なんだか、親離れ第一歩かなと嬉しく思いました。ウーには、学校で、大好きな女の子がいるんだけど、学生のお兄さんに、「ウーは、好きな子いるの?」と訊かれて、「☆☆ちゃん!」とか、得意げに答える姿をみても、おお、成長したなあと感じたり、のびのび、自分の思いを出している様子をみて、あらためて、ホッとしたりしたのでした。今回は、同い年の男の子と、3年生のお兄ちゃんと相部屋でした。男子の遊びって、面白いねえ。皆、輪になって、自分のipadや、DSで遊んでる。別々のことしてるのに、「一緒に遊んでおもしろかった~」(ウーの感想)らしいのだ。兄弟いないんで、貴重な経験です。テンション上がりまくりで、ハラハラしましたが、訓練も本当によくがんばっていました。腹筋をきたえて、変な体の反りが軽減されたらいいなあ。ありがたいことに、ウーの支援学校の先生方も参加されていて、(学部はちがいますが)同じ班だったので、心強かったです。いっぱい、ほめていただいて、励ましていただいて、ありがとうございます!去年、参加した時にも、この先生方との出会いで、こんな先生方がいらっしゃる環境なら大丈夫だと思わせていただいたステキな先生方。ウーは、本当に伸び伸びと楽しんでいます。今回は、他の支援学校の先生に、ウーの食事の時の支援法をみっちりと教えていただける機会があり母ちゃんは本当に助かりました。丸飲みしてしまい、汁物は喉につかえやすいウー。食べこぼしは激しいし、気は散りやすいし、時間はかかるしで、毎日私もウンザリしております。まず、私は、食べさせやすいように細かく刻んでいたつもりでしたが、まだ大きすぎることが判明。丸飲みしやすいものほど、小さくするようにとのこと。やはり、消化のためよろしくないので、肥満防止のためにも、細かくすること、歯ごたえがよくて、噛まなくてはいけないものは、そこそこの大きさでよし。プロの先生にかかると、あらま、ウーは先生の意のままにしっかりと噛み、言われるままに口開けて、咀嚼の状態を見せて、「あと5回かみかみしなさい」という指示に素直に従っている。親では無理なことも、先生ならば、がんばれる。本当に、感謝です。そして、親同士の交流が何といっても楽しみで、色々な情報交換、馬鹿話で爆笑しあったり、先輩お母さんから、素晴らしい育児のアイデアをいただいたり、皆で、本音をさらけだして喋りまくれるこの機会は貴重なものです。なかなか、障害児を連れて、お泊りで出かける機会はありません。私もですが、他の母ちゃんたちも、お風呂ひとつにしても、自分の身体をロクに洗えていない日々なもんで、今回は、ウーと別々に入れて、幸せでした!ウーも、先生や介助のお兄さんたちと入ったのが楽しかったようで「大きいお風呂、おもしろかった。お兄ちゃんと入りたい」と何度も言ってます。ともかく、ケガもなく、トラブルもなく、皆が元気で帰宅できたことが一番。家事から解放されて、気分転換もできたし、さて、秋に向けてがんばろうっと思える自分がいます。ウー、夏休みの宿題、微妙な進行具合だわ(笑)。全然、強制でも何でもないのですがね、私も全く宿題を計画的にできない子だったもので、わが子にエラそうには言えないが、せめて、ウーには、コツコツスピリットを身につけてほしいんだけどなあ。私は、口がうまかったの。小学校から短大まで、壮大な妄想言い訳で、歴代の担任を笑わせて、勘弁してもらえてたから。のんきな時代だったのねえ。今、根気とか、気力とかを求められるウーの子育てに向き合っている現状を思うと、ちゃんと、ズルできないような仕組みになってんのよねえと感心する私。というか、恥ずかしながら、今ようやく、努力して成果をだすことの尊さに気づかされてるのよなあ。ウーは、ちっこくて、私の子どもでありながら、心の師匠でもある、不思議なお子なんである。そんなことをグルグルと巡らしながら、美味しいワインを1本あけてもうたっちゅうねん。やっぱり、自分のお家って、いいものねえ。
2012.08.18
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やれやれ。わがオーナーが、ウー様とキャンプにお出かけになるので、私も強制的に休暇を強いられている。好きに、列車を使いなさいとのことだが、あのお方の妄想力こそが、わが列車の燃料なのだから、好きにせよと言われても、どうにもできないのである。4日間も、私の目の届かぬところにヤンスカ様がお出かけになるのは何とも落ち着かないものだ。「カーステアーズ、何の心配もいらないわよ。ただのキャンプ」しかし、あなた様は、以前、よその美形のご主人を驚愕の目で眺めていらっしゃいましたね。いくら、他人様の男には興味がないと言っても、もし、フリーのお方がいらしたら、暴走なさらないか、私には心配でならないのだ。「カーステアーズ、ついてきてもいいのよ。 見たら、安心するわよ、私は修学旅行に行く小娘とは違うのよ。 今回は、本当に、お仲間の皆さんと楽しくお話をして、のんびりするのが目的」修学旅行の意味がわからない私に、ヤンスカ様が説明してくださった。「小学校とか、中学校とか、卒業の前に、みんなで旅行に行くのよ。 あなたの学校には、そういうの、なかったの?」私は少年時代から、国を離れて英国の全寮制の男子校に行ったので、日々、他人との共同生活であり、就学旅行の概念がピンとこない。なんでも、修学旅行においては、引率者の目を盗み、好きな子に告白したり、誰が好きか同性同士で語り合ったり、どうも、そちらの方がメインなんだそうだ。ヤンスカ様いわく、小学生の就学旅行は、就寝中に激しい金縛りにあい、卒業文集に書かれるほどの騒動になったらしいし、(その後、何度かその土地へ行かれたが、やはり壮絶な金縛りにあうので用事がない限り行かないことにされている)中学時代は、好きな男子とおしゃべりする機会を得たが、相手がひたすら無言なもので、怒ってとっとと帰ったらしい。その後、お相手からプレゼントをもらっても、「意味がわからなかったわ、いったい全体あの時間が楽しかったとはいえないもの」だそうだ。わがオーナーに、繊細な男の気持ちなどわかるはずもない。高校は、女子校だったため、かえって楽しかったらしい。しかし、ここでも、また不思議な現象が起きて、同室のメンバー皆で集団金縛りにあったらしい。何なのであろう?「だからね、カーステアーズ、今回は皆子連れだし、何も起こりようがないの」ふむ。金縛りに怪奇現象か。私も何度かヤンスカ様を救出したことがあるが、その都度、あのお方に、新鮮な空気をお吸いなさいませ、楽になさるのですよと言い続けてきた。私が、お側にいなければ、お一人でどうなさるんだろう。夜中のバルコニーに出て、佇むあの方に、「どうかされましたか?」と声がかかる。「少し気分が悪くなったもので」とあのお方が答える。それは、夜間の警備をしているキャンプ場の若い男で、よく日に焼けた肌と、引き締まった体格に、子犬のような人懐っこい瞳をしているのだ。いかんいかん、確実にヤンスカ様はアクションモードに入るであろう。または。金縛りの中で、現れたのが、憂いに満ちた美男系幽霊だったら、あのお方は、冥土を越えて押しかけるであろう。ピッピー。私の足元から、きかんしゃトーマスの親友パーシーみたいな汽笛が聴こえる。ハッとして、見おろすと、顔のついたちっこい機関車と、ちっこい燕尾服のオッサンが、こちらを見ているではないか。これはいったい?「やあ、こんばんは。ぼくらはサドー島からやってきた、 あなたの妄想列車だよ。嬉しいなあ~」そんな、馬鹿な!プラレール程しかないではないか。私の運営する、この妄想列車とは、あまりにも、レベルが違いすぎる。「がっかりさせたようだね~、あなたの妄想では、ぼくらが精一杯なんだ。 つまりね、まだ、あなたの妄想力が出し切れてないってことなんだよ」なんで、いちいち、明るい少年ボイスでしゃべるのか、この列車は。ちっこいオッサンはよく見ると、人形だし。「あ、一応、ぼくだけだとカッコ悪いかなあと思って連れてきたんだよ。 あなた次第で、きっと彼もいつか人間になれるさ」頭がくらくらする。それに、この機関車の微妙な顔立ちといったら…。まったく。すべて、わがオーナーのせいである。もっと、安心させてくれたなら、私も平穏に過ごせるものを。ペラペラと喋りまくる私の妄想列車を見つめながら、休暇なんて嫌いだと、叫びだしたくなる私である。
2012.08.15
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皆さま、こんばんは。私の住む町では、2日間にわたって、とんでもない雷雨に見舞われたのですが、皆さまの所は大丈夫かしら?お水が大好きなウーは、不謹慎ですが、叩きつける雨をみて「かっこいい」と見つめ続け、「お外に行きたい」とせがみましたが、もちろん拒否した私です。さあて。明日から私たち親子は、臨床動作法という身体訓練の3泊4日のキャンプに参加してきます。まあ、障害を持つ子ばかりなので、近場で、安全で清潔な施設を利用して行われます。ユースホステルみたいな2段ベッドのある大部屋で、わいわいとやってきます。お盆に入り、あまりにもウーとの密着ぶりがしんどくなりかけてきたので(笑)、もう、荷物が多かろうが、やることの準備が大変だろうが、逃避できる喜びで、ウキウキします~。明日から、しばらく、炊事からは解放されるぞ!掃除や洗濯は皆でやるから大丈夫。酒類持ち込みは禁止なんで、健康的な4日間になるわ。母ちゃんは寝だめしてきます。先生方、学生さん方、すみません。このイベントが、ウーの夏休みのハイライト。去年も本当によくがんばった。今年も、たくさん食べて、大きなお風呂を楽しんで(学生さんと入るのだ)同部屋のボーイズと遊んで、いっぱい「たのしい!」という声をきかせてね。そんなわけで、カーステアーズとイワンにも、4日間の休暇を与えました。全従業員にも、休むように言ったのだけど、自分たちでシフトを組んで、私が必要としたら、すぐに列車や飛行機を出せるように待機するらしいです。キャンプで、どんな妄想が浮かぶというのでしょう?オトコマエのキャンプ指導員でも登場すれば楽しみですが。お母ちゃんたちは、子どもの訓練中に、ごろごろしながら世間話に花を咲かせるだけで、十分楽しいので、今回は、本当にユルユルと過ごしてまいります。ではでは、また。
2012.08.14
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珍しく、ウー様がお母上なるヤンスカ様とご一緒に、サロンカーでくつろいでいらっしゃる。ウー様のシッターであるマリアは、夏季休暇中。盆休み、ではない。彼女はカトリックであり、8月15日の聖母被昇天祭を故郷で過ごすための休暇なのである。まあ、子供というものは、見ていて退屈しない。が、思いもよらぬ行動に出られるもので、私としては緊張も強いられている。「おとーさん」ウー様に、呼びかけられて、仰天する私。「カーステアーズ、ごめんなさいね、この子は、大人の男性をみると、 皆に、おとうさんって呼んでしまうのよ。気を悪くしないで」私は、実は、ウー様のお父上を存じ上げない。ヤンスカ様から、聞きだした情報から、想像するだけの存在である。なんでも、ウー様は、お父上にそっくりなお顔なんだそうだ。ヤンスカ様が、まだ結婚生活を続けていらっしゃった頃。その時代にも、私はこの妄想鉄道を運営し、数々の旅をご一緒してきたものだ。しかし、今のような関係には程遠いものだった。「カーステアーズ、聞いて。今度、この子は彼に会うのよ、父親に」「さようでございますか。ウー様もお喜びでしょう」「とっても、久しぶりに話をしたのだけどね、 彼は、相変わらず魅力的だったわ」どう、答えろと?目顔で、聞いておりますと訴えるしかないではないか。「私はね、初めて彼を見た時に、絶対この人と結婚するんだわと感じたのよ」「そんな、確信が持てるものなんですか?」「空から降りてきたのよ、カーステアーズ。確信がね」「で、本当になったのでございますね」「私にとっては、わかりきっていた、未来だったのよ」「その未来も、過去に変わったわけですがね」ヤンスカ様が、私をにらみつける。「ずいぶんと、意地悪ね、カーステアーズ」だって、おかしくないか。最後には傷つけあって、別れに至ったお二人である。そんな、過去の男に、まだ魅力など感じるものなのか。「あの人、とても可愛い人だったわ」そう、ウー様のお父上は、年下だったはず。ヤンスカ様のことだから、せっせと母鳥のように向き合っていたのだろう。「色々なことがあったわね、最近は。嵐が去ってみて、 私の心が静まっている状態で、彼の声を聴いてみたら、 純粋に懐かしさと、あの頃抱いた思いがよみがえってきたのよ」「まだ、思いが残っているということでございますか?」「ちがうのよ、カーステアーズ」そういって、ヤンスカ様は微笑む。「今思っているのではなくてね、そう感じていたあの頃が、愛おしいという話よ」「あの人はね、旅人」「あなた様も、そうでしたね」ヤンスカ様は、懐かしそうに思い出し笑いをなさる。「私たちは、趣味も興味もバラバラだった。 普通にしていたら、絶対に交わらなかった人よ。 でも、旅というキーワードで、二人は繋がって、お互いを知ったの」「いいところも、たくさんあったのよ、カーステアーズ。 何と言っても一緒に暮らしたのですからね、この私が家庭をもってね」こればかりは、全くもってヤンスカ様の奇跡に違いない。かなり女性としてはアレで、無頼で、たいていの男性ならばあのお方を恋愛対象外の箱に入れるはず。または、異性の友人として、面白おかしくつきあう仲間の箱に入れるか。「あなた、この間、言ったわね。過去を慈しむ思いで眺めることができる日がくると」「ええ、さようでございましたね」「私は、今回の失恋で、思わぬものを手に入れたわ」「と、申しますと?」「今さらながら、ウーの父親への色んな思いよ。 二人の一番末期の姿でなく、本当に幸せだった日が存在したことに対する、感謝」ヤンスカ様は、身を乗り出して、私に向き合う。「ねえ、聞いて、カーステアーズ。私ね、一番愛されているなと感じた出来事があったの。 それは、二人で京都に出かけて、インド料理を食べた後にね、 ちょっと、感じのいいカフェで腰かけていたのよ。 お洒落なお客が、映画のワンシーンのようにくつろいでいたわ。 でね、私、急に気分が悪くなったと思った瞬間、 その場でマーライオンになってしまったのよ」かの、マーライオンですか!あの、お口からビュウ~っと噴いてるアレでございますか!「店中が、一瞬にしてどよめき、私は気づいたら、自分もテーブルも とんでもないことになっていたのよ」私は、顔色を変えぬようにしながら、うなずいて聴く。「彼はね、さっと動いて、店の人を呼び、私を労わりながらも、 笑顔のままで手早く掃除をし、周囲に謝り、 私をふいてくれて、ごく自然に外へ連れ出してくれたわ。 すれ違う人が、私の姿をじろじろ見ようが、私の手を取り いつも、これが当然だといわんばかりで、新しい洋服を買ってくれたわよ」たしかに、素晴らしいホスピタリティだ。「ちらりとも、嫌悪感を示さなかったわ。茶化しも叱りもしなかった」ヤンスカ様は、ウトウトしているウー様の頭をなでながらおっしゃる。「今思えば、たいした人だったのよ、彼は」もしかしたらと、私は案じる。再び、お二人が寄り添うこともあるんだろうかと。「カーステアーズ、お馬鹿さん」「何がでございます?」「あなた、私がまだ未練でいっぱいだって、思っていて?」「そのように、とれないことも、ございませんね」「ちがうわね」さあ、飲みましょうとヤンスカ様がグラスに向かって顎を上げる。ウズベキスタンの赤ワインである。「あの人の、数年前のお土産よ、カーステアーズ」「私や彼のような人種はね、近寄りすぎてはいけないのよ。 ふっと、たまに会うとね、それはそれは、魅了されるのよ、お互いにね」「一緒に舞台に立つのはいいのよ、でも、舞台裏でまで過ごすのはダメな相手よ。 結婚生活は、舞台裏だらけでしょう? こうして離れてみて、忘れていた彼の良さを、再評価できるようになった、 ただ、それだけ」「しかし、それは、やはり惚れ直したということでは?」「あなたは、友達に惚れたりしないの?カーステアーズ、人として、よ」残念ながら、私は結婚したこともなく、今後もするつもりもなく、ましてや、わがオーナーの独特な価値観が、たまに理解不能なんである。「わからないのね?カーステアーズ」「はあ、なんとも不可解なのですよ。あなた様は、あんなに悲しまれて、 苦しんでいらっしゃいました。私は、はやく元気になっていただきたかった。 タオルミーナへお連れしたのも、そういう理由でした」「訣別しろと、あなたは言ったわね」「ええ、あなた様には、自由でいらしていただきたいから、 笑ってお過ごしいただきたいからです」「だからよ、カーステアーズ。あなたのおかげで、新しい恋にもぶつかり、 そして、壊れて、やっと、やっと、スタートラインに立ったのよ」だから、どうしてそれが、ウー様のお父上の再評価につながるのか。「恨みつらみを、脇においてみたらね、 ああ、この人は家庭の中に波乱万丈な風を運んでも仕方がない、 なんだか、スッキリと認められたのよ。 優しい人よ。ルックスも気前もいいの。 エスコートが、素敵で、デートするのが楽しかったものよ。 きっと今もモテているはず。 舞台裏にいる時には、それが私を苦しめたけれど、 今はまたどちらも舞台でしか会うことはないわ。 だからこそ、素直にあの人の好さを懐かしく思えるのよ」なるほど。私はまだ微妙な気持ちではあるが、一応納得した。「ウーには、いつまでもステキなお父さんの幻想を与え続けてほしいの。 そこだけは、誠意のある人だと思いたいの。 で、あの子の前では、私たちは、どちらも、ウーを心から愛していると 表現しつづけるわ」「でも、また、ウー様はお父上と離れ離れになるでしょう?」「カーステアーズ、この子はね、旅人の息子よ。 いつも、ウーは彼と会って別れる時に、また父親が遠くへ長い時間旅に出た、 そう、受け止めているのよ」「悟っていらっしゃるのですね」「ええ、お父さん、またお仕事に行っちゃったって、言ってるわ」「いつか、ウー様が、ご両親の眺めた世界の光景を、 ご覧になれたらよろしいですね」「いつかね、父親と二人で旅に出してやりたいというのが、私のひとつの夢よ」私がグラスに口をつけないものだから、ヤンスカ様は、再度うながす。あなた様は、これから、どんな夢を求められるのでしょうね。相変わらず、ささやかな一目ぼれと、気まぐれと、大騒ぎに満ちた時間を私は、あなた様の傍らから見つめ続けるのでしょうか。「ワインって素敵ね、カーステアーズ。時間とともに味わいが変わるんですものね」何が、変わるんですものね、だ。私は、変わらない。何があろうと、ヤンスカ様への見方は変わらないのに。「カーステアーズ、何を怒っているの?」「いえ、何も怒ってなどおりませんよ」「まるで、私の男みたいに、拗ねるのねえ~」ヤンスカ様が、立ち上がって私に近づいてくる。私の腕をとり、私の好きな、ちょっとだけ低めの声でおっしゃる。「お願いがあるのよ」と。動揺を隠しながら、わがオーナーのお顔を見つめると「さあ、景気づけに、エールをきってちょうだい!」落胆なんて、してないぞ私。これでいいのだ、これでこそ、わがオーナー。「腰が入ってないわ、カーステアーズ!甘いのよ」ちがう甘さを期待した私こそ、甘うございましたですとも。
2012.08.12
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もう、夏は終わりに向けて流れているのに、今さらながら、やっと、ウーの散髪をした。赤ちゃん時代から切ってくださってる子ども美容室へわざわざ連れて行くんである。大人のヘアサロンも併設されていて、今日はやたら、若い娘さんが多い。「今日は結婚式が多いみたいですよ」と先生。なるほど、髪のセットか。しかし、きょうびのお嬢さん方は、スタイルよろしいね。そこそこ、みな別嬪さんに見えるし、私の若い頃よりうんと自由。色んな女の子の在り方がOKになってきたんやねえ。そんな風に思いながら、ウーの散髪に付き合う。まあ、暴れるんである、これが。私が両手をおさえ、助手さんが、体をささえ、先生が、素早くカットしていく。ワンワン泣きながら、バカ力で反撃してくるので、ウーも散髪嫌いだろうが、母ちゃんも毎度、気力体力使い果たしますわ。やっと、落ち着いて、ウーが体をきれいにしてもらってる間、オバちゃんレーダーに、娘さん同士の会話がひっかかった。「私、ちゃんと披露宴のりきれるかなあ?」「どうしても、アカン時は一緒に出よう」と友人。ただいま、妄想列車が0番線から出発いたしま~す。ふむふむ。私も、そないに経験はないけれど、婚礼の司会をやらせていただいたことがあるの。まあ、色んなドラマがあるわよね。打ち合わせの時から、主役のお二人と話していくうちに、当日起こりそうないいことも、悪いことも、頭の中ではじき出していくのな。誰が、キーパーソンなのか、特に配慮しなあかんお客様とか、披露宴テロリストはいそうか?(マジであるんだい、式場にくる元彼・元カノ)乗り込みはないにせよ、微妙な電報やらメッセージが会場に来ることもあるんだな。(電報局って、どうみてもおかしいヤツでも、発送しなきゃダメなの?)一番ひどかったのは、お弔い用のを送りつけてきたパターン。あ、主賓のオッサンが、新婦に祝辞いうんやが、自分と過去に何かあったぜ的なニュアンスこめて、泣き出した時は、私も、「お父様がお嬢様を思うような深い愛情でいらっしゃったのですね~」というしょうもないフォローしかできなんだよ。もちろん、円満な披露宴の方が圧倒的に多いが、女子トイレでのお客様同士の会話とか、こえ~よって思うことも多々あった。ドレスについて、演出について、料理について云々…。私の時代には、披露宴に異性の友人を招待するのって、珍しかった。二次会はありやけど、同性の友人のみ。時代は変わって、若い子は、男女関係なく招待しておる。元彼や、元カノも。これには、慣れるまでは私は仰天したが、誘うなよと内心思う。で、参加するなよとも。話しやすいタイプのカップルを担当した時に、招待者リストで、新郎の元カノという方があり、私はオバちゃんなんで、ちょっと教えてほしいが、このような方をよんで問題ないのですか?と訊ねたら、「ああ、へーきですよ。今は、ただの友達だしケジメのためにも見せとかないと」ですと。お二人は授かり婚で幸せ絶好調、まあ、正直周りが見えてない。で、当日ですわ。その方は、顔色もよくないし、必死に座っている様子で、私も、ものすご~く、気にかけながら進行した。お色直しの入場で、主役のキスシーン見た時に、彼女はポロッと涙をこぼし、スポットライトが移動している間の闇にまぎれて、席をたったのな。スタッフから、気分が悪いので中座なさいましたと連絡を受けて、私のお客様は主役の二人なんだが、心の中では、元カノさんに感情移入してもうた。ほんまに、何がしたいのかと腹もたった。で、見たくないのに見に来てしまった元カノさんの思いも、色々あったんやろなあと想像するしかなかった。その場面を、美容室の娘さんらの会話から連想してもうた私。まだ、心に思いのある相手なら、揺れますわなあ。とことん、現実を受け入れるのもひとつの手かも知れんなあ。でも、いっそ、それなら披露宴テロする意気込みで闘え!よくも、やってくれたわね~と、乗り込むのだ。映画の「阪急電車」みたいのんも、アリやで。ヒドイこと、すすめてる?私。だけど、一番すすめたいのは、もう、揺れてるなら、行くな!自分の人生からそんな奴らは締め出してしまえ~。見せつけるのが目的の人たちには、見ないこと、関わらないことで、反撃あるのみ。ウーの散髪代払いながら、オバちゃんは娘さんの顔をみる。キレイなサーモンピンクのミニドレスに、品の良い顔立ち。ああ、こんな娘さんをいたぶるやなんて、どんなヤツやねんとオバちゃんは乗り込んでいきたい気になったが、心の中で祈っておいた。「ぜったいに、いいことあるから、無理せず逃げろよ。 このまま気が変わってドタキャンしてもええねんで」と。暴れまくったウーから、マクドに行きたいとリクエストされ(受診や検査などなど、ウーががんばった時にはご褒美でつれていくのだ)私も、夕飯作る気力がなくて、帰り道のドライブスルーに寄った。まあ、お盆なんで、激混み。順番を待ちながら、あのお嬢さんは、行ったんかなあと、また考える。私が彼女のオカンやったら、ええのに。もう、とことん話きいて、あんたは悪るないで~、でも、もう、そういう人らからは離れなさいやと熱く語るのに。なんぼでも、泣かせてあげるわ。気のすむまで。で、うちの番がきて、ウーお楽しみのポテトにチキンナゲットを注文。自宅で、袋をあけたらね、チキンナゲットが、なかとですよ!入っとらんとです。レシート見たら、確かにお金は払い済み。なんで、即、電話いたしまして、後日いただけることになりましたが。ナゲットがないショックで、ウーは号泣ですわ。泣いて泣いて、おさまりませぬ。よその娘さんに、そうさせたげると言うたように、ウーの気のすむまで泣かせてあげた私だ。たしかに、ナゲットないのは辛かったな。しかし、泣く間に、まだあったかいポテトを食いなはれやと思うんだが。
2012.08.12
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昨日は、友人がイベントを行っている大阪市内のスペースにお邪魔した。彼女は役者さんで、お洋服や雑貨の作家もしている。私とは、専門学校の同僚なんだけど、通常の講義でなかなかお話しをする機会がなかった。いつも、カラフルで、自分の好きなものを身に着けて、キラキラしていて、本当に気になっていた私。で、聞けば、自分で作ったものだというので、ちょいとラブコールをさせていただいた。「よければ、私と相方がやっているお店とコラボしませんか」と。で、今回の催しを教えていただき、のぞかせていただいたが、やられましたね~。出張カフェのオーナーさんとのコラボで、玉造の長屋を舞台に、素敵な空間が展開されていたの。エアコンないけど、風が通り抜けて、快適。身体にいい、野菜の定食をいただき、その優しい味付けに感動!ちょいと、ものをナナメから見る私は、「エコ」「オーガニック」「ロハス」とかのキーワードをみるとそういうのって、素直に取り入れられない自分がおるのな。ファッションの一部なんやろ?とか悶々と考えてる間に距離が開いていく。でも、まあ、自分も成長したのだ。「オーガニック」だから美味しいのやのうて、美味しいものは、美味しいんだと。今回、写真ぐらい撮っておけよ自分(カバンの中のデジカメは一体なんのため)と思うくらい、夢中にいただいてしまった。デザートも、ほうじ茶のゼリーとか、ぶどうのタルト、あ、ナスのコンポートというのか、こんなに、美味いなんてびっくり。イチジクっぽい食感。友人の作品(タイパンツ、バッグ、小物)も展示されていて、私に似合いそうなのはコレっと選んでいただいたのを試着し、購入。確かに、好きな色み。柄。ようわかってはる。さらに、私の内面にもずばっと、斬りこんでくる。「ヤンスカせんせって、尽くす人でしょう?」「ななな、なんでわかりますのん?」「うふふふ~、わかるんです。」そうよ、私は忠犬ハチと優勝争いができるレベルだと思う。別に恋愛に限らず、男女問わず、頼られたら放っておけないのよな。甘えられたら、守ったらなあかん!と使命感すら抱く。だから、まあね、正直、今は気楽よねえ。家庭内で尽くす相手はウーだけ。しばらくぶりに、自分の本能の命ずるままに、自分のことをやっておられる。「だから、へんな人に気を付けてくださいね~」了解!心の底から了解。やっぱり、私の恋愛対象はお仕事なり。数日前は、あんなにへこんだが、おかげさまでやることがいっぱいあって、すっかり、心は地ならしされてるんである。まあね、大泣きしながらでも「声帯をいためないように」泣いてた自分。私は、自己実現の道を行くし、幸せの王道を、手を振って歩いていくの。イケてない恋人はいらない。イケイケの友人や先輩後輩方がいっぱいいるんだもの。チャラさと優しさを混同しないように、いいかげん、学習しよう、自分。和やかな、イベント会場の中で、静かに猛省した私。本気の感性に触れさせていただいたおかげであろうなあ。友人も、障害者福祉について、とても関心を寄せている。表現を生業にする自分たちにできることについて語った。一緒に、楽しめること、で、なにより、オシャレでステキなアプローチをすること。ウーの通う支援学校に出すバザー用の商品も提携してもらえるとのことで、21百貨は、また進化できるかと思う。本当に人との繋がりって、一番の財産よね。いい一日だったわ、オデコさん、ありがとう!ぜひに、子連れ家飲み会をやりましょう。
2012.08.11
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「リーアム、素敵なインテリアだね。少し、昔風で、豊かな優しさがあって」なぜ、イワンが私の自慢の食堂車に座り、テーブルを共にしているのか。しかも、私の名をウィルと呼ぶ者はいても、リーアムとは、いやはや。ふっと、イワンの左手が私のグラスに伸びて、次の瞬間には、口元に運ばれていて、そうしながら、私をじっと見おろし(そう彼は長身なのだ、座っていても)右手を素早く私の手にからめてくる。で、ウインクを送ってくる…。おおっと。私は、女性が好きである。好きであるはずなのだが、こういった、イワンの悪戯には、つい動揺してしまうのだ。この猫男め!ヤンスカ様の新たな旅立ちを盛り上げるべく、お心を慰め、励ますために、私は晩餐会を思いついたのだ。私ひとりの力には、限界がある。妄想鉄道の運行にかけては、完璧だと言えるのだが、私は、どうも、わがオーナーにとって「癒し」の担当には向かないらしい。ただ、誠実にあの方のために、お仕えするだけ。失恋を打ち明けた夜。私とヤンスカ様の間には、親密な空気が、確かに流れていた。エレノアは、過去を彩る私の宝物だが、今、私がお慕いし、そして守りたい存在は、ヤンスカ様のみ。まあ、お守りしたいなど、決してあの方の前では口にできないが。「カーステアーズ、あなたって最高ね」わがオーナーの言葉が、何度も何度も胸の奥によみがえる。私は、あの方のお手をとるのが、精一杯だったが、本当は…。「リーアム、あなたって、感情が煙のように流れて、わかりやすいね」「は、はあ?」イワンと一緒だと、どうも調子がおかしい私だ。「ふふっ、まあ、いいよ、気づかなかったことにする」「え、何の事だろうか?」「だから、いいじゃない、リーアム。 でさ、愛しのオーナーのためのメニューはもう決まったの?」私は、快適な空調のなされているはずのわが車内だというのに、汗をふきふき、イワンに説明する。「ヤンスカ様は、昔ベルギーの警官とちょっといい思い出があっただろう?」「ウラー!ボクは、初めて聞くね」「ブリュッセルの、グランプラスで、わがオーナーは、石畳にヒールをはさまれて 転倒されたのだ。その時に、馬で通りかかったのが、ムッシュ・モロだ」「へえ、どうなったの?」「ムッシュ・モロは、あのお方を馬に乗せて、滞在先のホテルに送って行かれた」「ボクも、そんなことされたら、ぐっとくるね」「あのお方は、単純だから」「で、オトコマエだったんでしょ。ヤンスカ様ってさ、まず顔ありきじゃない?」「イワン、言葉をつつしみたまえ」「だってさ、ホントじゃない、リーアム。なんだかんだ言ってもね、 あなたもボクも、ヤンスカ様の好みのタイプなんだよ」私は、言葉がでない。「ねえ、で、ムッシュ・モロとはどうなったの?」「たしか、奥様を亡くされて、小さなお嬢さんと暮らしておられたのだ。 ヤンスカ様は、例によって、勢いよく接近されたが、 お相手は、自分の身の上を気になさってか、デートにいらっしゃらなかった」「ああ、お気の毒な愛しのオーナー!」「それで、我々はパリに行って、気晴らしをしようと出発の準備をしていたのだ」気のせいか、イワンと私の距離が近い。「ブリュッセル・ミディ駅から、動き出した私たちの目に飛び込んできたのは ムッシュ・モロと、その手に掲げられた赤いバラの花束だった」「あのさ、リーアム。この列車は自由なんだから停めてあげたらいいんじゃないの?」おっしゃるとおり。しかし、イワン、早く君もあのお方のパターンに慣れなくてはな。「ヤンスカ様は、劇的なのがお好きなのだ。停車して、世間話をしたら 平凡な展開ではないか、イワン」「でも、珍しくうまくいきそうだったじゃないか」私は、ぶるぶると首を横に振る。「わがオーナーは、両手を伸ばしてこうおっしゃった。 【わたしたち、こうなる運命なのねラファエル!いつまでも、忘れないわ】」「ははっ、それは、ウソだよね。だけど、愛しのオーナーは順調なのも怖いんだね」ようやく、私は本題に入る。「でだ、イワン。成功体験である、あのベルギーの日々を思い出すべく、 パリからシェフを招いている。ムッシュ・シャロームだ」「え!あの、ゴー・ミヨの20点満点の彼?」「ピカルディ料理を用意する。たしか、あのお方はムッシュ・モロと ブリュッセルの下町のビストロで、チコリを召し上がって、 お気に召していたからな。」「で、わがオーナーと、君は、とても深く繋がっているから、 今から試食に付き合ってもらい、感想が欲しいのだ」そこへ、ウー様のベビーシッターであるマリアがそわそわとバラを生けた花瓶を運んできた。ちっ、目当てはイワンを観ることだ。「やあ、マリア。こちらで会うのは初めてだね」イワンは、相手が欲しがる表情を、きちんと提供する。天使の祝福でも受けたかのように、マリアは赤面し、満足げに会釈して去っていく。 「リーアム。ボクは彼女の癒しの天使だよ。ただ、それだけ。 あなたの方が、ずっと、オーナーのことを理解しているさ」「そしてね、ボクはあなたのことを、よく理解しているよ。 リーアム、愛しのオーナーは、赤いバラ、苦手だよね、 あなたは、ちゃんと彼女の好きな色のを用意してるじゃないか」それは、夕焼けか、朝焼けか。切ないまでの柔らかな色味を帯びたバラ。「ボクは、そのバラの花ことばは知らない。 でも、その名前は知ってるよ、ダーリンっていうんだよね」じっと、正面から私の目をみつめて、そして顔中で微笑み、さ、食べようと屈託なく私の手をとるイワン。私はいったい、どうしたのか?
2012.08.09
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ウーと私は、K病院に入院していた頃にお友達になったミンちゃん(仮名)親子と久しぶりにご対面するため、甲子園までお出かけしてきた。対面は、久しぶりだが、ネットでは毎日交流しているんで、お互いの生活やらわかっている分、会っても、いきなり本題に入れるのがすごいね。ミンちゃんも心臓病を持つダウンちゃんで、ウーとは同い年。赤ちゃん時代は、見た目もそっくりで、看護師さんたちから「わあ、二人よく似てる~双子みたい」と言われるほどそっくりさんだった。心臓カテーテルのための入院という、シリアスな状況だったにも関わらず、ミンちゃんの母は、穏やかな笑顔を浮かべて、決してユーモアを忘れずそんな方やから、速攻で私ともお友達になったんだった。とっても、若い友人だけど、精神的な成熟の度合いはね、とっても大人。数年ぶりに会ったけれど、彼女はいまでも少女にしか見えない。ミンちゃんを先頭に、弟・妹の3人の子育てをがんばっている。ミンちゃん。よく日に焼けて、精悍な顔立ちになり、言動もいっぱしのお兄ちゃん。ウーは、相変わらず真っ白で、マイペースで甘えたな一人っ子。お互いに、じゃれあって、相手を意識する姿に母たちはジーン。K病院というところは、循環器専門のところで、西日本では、ダントツの実績をもつところ。ていうか、ここに紹介されて来ちゃうというのは、本当に、大変な状況の方ばかりということ。ミンちゃんは、ヘリで運ばれてきたんだった。うちは、たまたま地元だったから、夜に緊急入院が決まった時にタクシーで行けたけどね、運転手さんが何ともいえない表情で私とウーをミラー越しに見ていた光景が、今も思い出されるわ。乳児の病棟は、2親等までしか入室不可。だから、私の妹は、ウーが検査で移動する時に、廊下で一瞬対面したのだった。厳しい規則と、徹底した衛生管理。そこには、独特の空気があって、出産後の晴れやかなムードはないのね。うちは、ここに来る前にY病院のNICUにいたから、様々な病気と障害を持って生まれてきた赤ちゃんの姿を目の当たりにして、驚きと、そして、素晴らしい生命力にふれて、自分がどんどん価値観の書き換えをせざるを得ない状況でよっしゃ~、やったる!な気持ちになっていたんだけど。K病院では、悲しい現実も見なくてはならず、毎日とは言わないが、あれ、あの子の姿が見えなくなっている、もしかして…と胸をしめつけられる場面にも出くわす。誰かのオペが成功したら、皆で喜びあい、そして、情けない現実も見たものだ。とんずらする、父親たちである。産後すぐにやってきた母子を見捨てて、離婚届をおいて失踪した馬鹿男もいたわ。私たちは、労わりあって、励ましあって、世間の幸せそうな産婦さん達とは、歩く道が違ってしまった自分たちを認め、戦友になったのだ。無事にオペが成功したのに、合併症で命をおとした子たちもいた。私たちは、泣いて泣いて、その子の分まで残ったものが命を繋ぐのだと固く誓った。いつ、わが子が天に連れ戻されるやも知れないという恐怖におびえたあの日々。小さな小さな心臓病の赤ちゃんたち。私などは、何か起きた時に自力で15分以内にK病院に行ける立地にしか住むつもりはない。いまだに、覚悟の火種は自分の中にあるのだ。だから、だからこそ、ミンちゃん共々、小学生になった今、母たちは感慨深いものを覚えながら、再会を喜び合った。本当に嬉しいねえ。で、ランチをしようとお店に入り、私はウーとミンちゃんの間に座った。人懐っこいミンちゃんは、すぐに私にも臆することなくあれをとって~、これをして~と可愛くおねだり。ダウンちゃんの見えない言語については、そうとう私も通訳がうまくなった(笑)。ウーで、鍛えられた連想ゲームのおかげ。そうしたら、ウーが吠える。「うわああああ~」と。で、私の腕をひっぱり、自分を見てくれとアピール。ヤキモチやいてるんである。最近では、オレにかまうな的な態度をとることもあったんで、ちょいと嬉しいわ、母ちゃんは。で、関心をひくために、色んなモノをテーブルの下に投げる。ミンちゃんも、それをみて負けじと水を床にぶちまける。ふっふっふ。母たちをなめんなよ。動かざること山の如し。毅然とした態度で、モノを拾い、たいしたことなんてないのだと子たちにアピールする私たち。まあ、周りの方にはご迷惑やから、ちゃんとフォローはいたしますが。で、食事をすすめていくが、戦場でももっと気楽に飯を食うに違いないと思われる大変さ。とにかく、目が離せない。自宅でも、たった一人のウー相手でも、朝なんか、私は立って食事をすませなきゃいけない事が多々あるのだ。外食に関しては、まだまだハードルが高いのである。一緒に過ごすうちに、ミンちゃんとウーの共通項がわかった。ちょっとでも、食べ物や飲み物が手や顔に着いたり、テーブルに落ちたりしたら、大騒ぎをする。早くとってくれと。一粒のコメでもだ。家では、片っ端から電気をつけないと気が済まないのよと私が話すと、ミンちゃんもそうらしい。関係ない廊下や玄関、トイレにお風呂までスイッチをつけまくるらしい。で、母は消して回り、また隙をみては電気をつけて回る子とのいたちごっこ。自分が食べ終えたら、もう待てないので、家族で同時進行でなごやかな食事とか無理!ってこと。はい、今回も、子供たち、自分たちが食べ終えたら当然のように椅子から降りてどこかへ行こうとゴソゴソ。どこへ行くっちゅうねん。私は、デザートとコーヒーを自己最短記録でやっつけましたとも。まあ、そんな状態の中でも、私たちは必死におしゃべりしましたがね。会計を済ませて、店を出て、駅に向かう途中で忘れ物に気づく私。あちゃ~しまった。と、いうのは、ウー、行動の途中変更不可な人。もう、駅に行くと思い込んでるので、なぜにまた逆行するのか受け入れられないのだ。「ごめん、ウーちゃん、お母さんが悪かった」と謝り倒すが、メソメソと泣きながら、市場へ売られていく仔牛のように反抗する。ミンちゃんも、同じく。半ば引きずりながら、忘れ物を受け取り、お別れをして解散。せっかく、ららぽーとに来たのに、ウインドーショッピングすら無理。とんでもない疲労感が襲ってくる。ほんまに、私たち、いつもようやってるわよ。ウーよりもはるかに小さな子が、単独で歩道を歩く姿を見て思う。でも、でもだね。絶対にうちの子と取り換えっこなんてしないもん。色々あるんだけど、私の可愛いウー。何億積まれても、養子になんて出さないわ。白昼の妄想列車が出発するのである。
2012.08.08
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そうです、ひと夏の恋が終わりました。私、一晩中泣いて泣いて、朝がきて、頭きりかえて、ウー連れて、友達と会って、明るい気分になれたけれど、阪神電車から阪急に乗り換えた後、気が付いたら、電車の床に倒れていた。そりゃ、寝てない、飯は食ってない(ランチもいつもほどは食わず)ではいかんわね。そばにいたオバちゃんたちが起こしてくれて、さすがに、自分の行動を、反省してしまった。途中下車して、実家に立ち寄り、気分悪いから寝せてほしいと、2時間ほどウトウト。そして、夜にウーと2時間ドライブしながら、大泣き。もう、感情のままにまかせて。この場をお借りして、プライベートで、私の苦しみを共有して、見守ってくれた先輩方と友人に、心から感謝を申し上げます。強がりではなく、本当に大丈夫です。皆さまのお顔をみたら、そら、泣いてしまうかもしれません。でも、ちょうど昨夜から24時間が過ぎた段階で、確実に、前進した私がいます。昨夜は妄想の中で、何千回も死にました。飛び降りたり、飛び込んだり、はねられたり。今日の私は、うっすらとできたカサブタをはごうか、はぐまいか見ている感じ。夏が終わるころには、傷痕を、かゆいかゆいとボリボリ掻けるはず。そうイメージして過ごすようにしています。ああ、辛い結果になったけれど、まだ誰かを好きになれる自分に戻れて良かった。離婚した時に、絶対もうあり得ないと思っていたのでね。この恋をして、長いつきあいの同僚にも「やっと、あなたらしさが戻ってきたね、おかえり」と言われ自分がどんなにひどい有り様だったのか、改めて恥ずかしく感じた。私が、自分を取り戻すために必要だった出会いなのだという、先輩方の言葉が、私を慰めてくれます。言葉は悪いけれど、ステップの恋人。撤退する理由は、好きになってはいけない状況の方だから。最初は、知らなかったのです。どんどん魅かれて、疾走しかかった時に、真相がわかりました。若い頃の私だったら、どうしていたかなあ。余計に加速していた気がする。でも、今の私はそうでないから、ボロボロになりながらでも、遠のかなきゃいけないと、思う。本当に、その人と縁があるならば、また必ず交差するのだから。だから、いったんは、手放さなくては。いやあ~、しかし、お母ちゃんしながら、失恋プレイというのは滑稽なものよ。ウーと歌って踊ってしつつ、大泣き。ご飯作りながら、大泣き。洗濯物たたみながら、大泣き。そして、この経験だって、私の芸の肥やしなんだからと思うしたたかな自分もいて、歳をとるというのは、ええシステムやなあとも、俯瞰する自分が考えていたりするの。ね、こんなんだから、大丈夫ですわ。今夜は、シルクヱビス飲んで、一気に寝ますわ。
2012.08.07
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学生の皆さん、卒業生の皆さん、暑中お見舞い申し上げます。日々、エンジョイなさっていますか?私は、昨日、皆さんの学校で行われた、夏の講師会に出てきました。相変わらず、私たちは皆、熱いせんせの集団です。皆さんの、目標を少しでも叶えたいと、盛り上がっていましたよ。そして、私はいつものように、バニラエッセンス程度の毒をはきました(笑)。さあて。在校生の皆さん、もうすぐ前期試験ですわね。私は、いつも、試験の課題を先にお教えして、読み合わせもチェックしてからお休みを迎えていただきます。さらに、後期1回目の授業にて、再度読み合わせもありーので、本番に臨むという、学年一優しいせんせだと自負しておりますの。え、ちがう?だからね、とっても期待してますからねえ~。ナレーションてね、何も考えずに回数やっても無駄よ。私の考えだけど。瞬発力は必須よ。そして、自分のデータベースがどんだけあるかということが、決め手になるのよ。私の意見よ。発音やアクセント、滑舌は言うまでもないけれど、それらを備えていても、無難な表現しかできない人と、技術は荒いが、とんでもない感性を持ってる場合は、後者が勝っちゃうというのも、アリな世界よ。でね、あなたが、何を考えて、何を蓄えているのか、原稿を読んだだけで、全て筒抜けになるのよ~ん。よく、私、皆さんの性格や行動を当てて、びっくりされるけど、表現者たる者、このくらいの観察力は皆備えてるものなの。どうか、さらけだして。または、うまく、私をだまして。皆さんぐらいの時はね、300の力出して、やっと良くて80の結果になるの。これが、キャリアを積むと、燃費がよくなるのね。イイことなのか悪いことなのか、わからないわ、いまだに私は。でも、その時々の究極の感性を注いでね。あなたが、感じなければ、私も感じないのよ。私がくやしいって思う試験にしてね。卒業生の皆さん、フェイスブックなどで、皆さんの活動を拝見しています。舞台や声の仕事に進んだ方、堅気になってる方、そして今も思案中の方、あの学生時代には、皆が同じ場所に立っていたけれど、どんどん、個の生き方に向き合っていることでしょうね。そう、あなたの人生はあなたのものだから、誰かに流されないで。自分でデザインすること。ロクデナシになってもいいから、誰かの魂をわしづかみにできるような、表現者でいてね。これは、普通のお仕事でも同じよ。美意識を、大切にしてね。皆さんも、いつか年をとっていくのよ。外見で勝負できるのは今だけ。それを活かせる仕事をとるなら、今最大限に努力しなきゃいけないわ。でも、年齢を重ねた表現者の魅力は、品格よ。内面ってことね。これだけは、にわかに身につけられないの。今のうちから、どうか忘れないで。カッコいいあなたでいてね。いっぱい、遊んでくださいね。バイトづくしなら、そこで、見えるものをしっかり頭に刻むの。人がいるところ、全て、物語があるから。私たちは、そういうものを読み取れる感性を鍛えましょうね。よい、夏を!わかってると思うけれど、在校生さんは、読むだけね。コメはなし。
2012.08.07
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そう、神様って、気まぐれ。突然、私に恋を押し付けて、ためらいながら、私がそれに応えたら、あっという間に、とりあげておしまいになるのよ。何のために、あの人に出会ったのか。つかの間の夢を、見せたかっただけなの?「カーステアーズ、あなたに話があるのよ」「なんでございますか」あら。私が話す前から、口元がこわばっているわ。まったく、この人ったら、侮れないわね。「私、今夜、失恋しました」「……」見事ね、カーステアーズ。あなたには、動揺するということが、ないのね。「ヤンスカ様、それは、誠でございますか?」「ええ、彼の口からはっきりと、妻帯者だと言われたの」さすがに、カーステアーズは、胸元で十字をきるしぐさをする。「あなた、カトリックだったかしら、カーステアーズ」「いいえ、私は英国国教会ですが、今、私に必要で、なおかつ 心の状態にぴったりなアクションは、これしか浮かびません」「ごめんなさいね。あなた、この列車をものすごく改造したのよね」「あなた様の新しい出発に備えまして、万全の体制を整えたまででございますよ」「出発する前で、よかったわ」カーステアーズは、珍しくソワソワしていて、意味なく客室の端から端まで動き回る。「ヤンスカ様、くわしくお聞かせ願えませんか?」「出会った時には、彼の背景が全くわからなかったのよ。 でも、私に素敵な言葉を贈ってくれたり、私をときめかせたわ」「なぜに、最初の段階で、お尋ねにならなかったのです?」「そんなこと、必要じゃなかったのよ。 理屈じゃなくて、ガツンと恋に落ちたんですもの」カーステアーズは、天を仰ぎみて、手のひらをヒラヒラさせる。「あなた様の、その単純さが、時にうらやましく思いますよ」私とあの人は、ゆっくりと距離を縮めて、おだやかに、進んでいける。本当に、そう、思っていたの。もう、私はあせらずに、一歩一歩、踏みしめていきたかった。これから、始まるというところなのに、あの人は言ったの。実は、妻がいるのだと。「カーステアーズ、あなたは私を誇りに思っていいのよ。 私、できる限り、冷ややかな笑顔で、彼を見据えて、 くるりと向きをかえたわ」「ヤンスカ様…」私は、必死に逃げたわ。でも、それは、気持ちだけで、実際には体中が震えて、息が止まりそうだったのよ「あの人はね、もし、君と先に出会っていたら、 なんて陳腐な言葉を口にしたわ」「私なら、運命の女性に出会ったのだとわかれば、 多くの人を傷つけても、その人を、わが手にするでしょうね」カーステアーズは、目線を床に落とし、咳払いをする。「昔、私にも天からの賜りもののような恋人がいたのです」「それは、いつのこと?」「私が、CIAのエージェントをしていた頃の話ですよ」「お相手は?」「敵国のスパイの愛人でした」んまあ!ベタな展開ねえと思わないでもないけれど、そういう事ってあっても不思議じゃないですものね。「彼女を張り込んでいたのですが、悲しげな表情をたたえた緑の目と 怒りの炎を思わせる赤毛の女に、すっかり魅せられたのです」「その方は、愛人でいらっしゃることを楽しんでいるようではなかったというの?」「ええ、いつも、窓の外を眺め、何度も同じレコードをかけておりました。 たまに、彼女の男があらわれると、時にはひどい暴力を受けることがあったのです。 それで、私は、捜査員としてのあやまちを犯してしまったのです」「もしかして、彼女を助けに行ったの?」ああ、カーステアーズの、お馬鹿さん。だからこそ、私は、彼を必要としているのだけれど。「彼女は、最初、私の事を警戒しておりました」「それは、そうね」「しかし、私は、あなたを救い出したいのだと、懸命に伝えたのです」「その方に、伝わったの?」カーステアーズは、耳の付け根まで赤くなったわ。「いつしか、彼女は私を信じ、彼女の男から離れて逃げたいと言ったのです」「まあ、それって、カーステアーズと一緒にということ?」「私だって、ルールを犯した身ですから、組織にはおられません。 まずは、ケイマン諸島に飛ぼうと計画したのですよ」「そんなドラマティックなことが、あるのね」「彼女の男が、留守にするという情報が入り、 いよいよ、脱出の日が来ました。 私たちは、無事にたどり着いたマイアミ空港のロビーで、 ささやかな乾杯をしたのです」カーステアーズは、ここで、大きく深呼吸をして続けたわ。「シャンパンの前に、あなたを」カーステアーズの瞳がうるんでいる。「そういって、彼女は、私に口づけたのです」この男に、そんなロマンスがあったなんて。「私は、愛する女性を勝ち得た喜びで、頭の中が真っ白になり… そうして、目をあけると、マイアミの湿地帯の中に縛られて 転がされていたのですよ」「まあ!睡眠薬をしこまれたってこと?」「ええ、彼女はまんまと、自分の男と逃亡に成功したのですよ」「よく、ワニに食われなかったことね、カーステアーズ」「たいした、女性でしたよ、まったく」「つらかったわね、カーステアーズ」「あの頃は、自暴自棄になりましたとも、ヤンスカ様」「どうやって、あなたは、心の穴を埋めたの?」「手当たり次第に、目の前の女性と付き合ったこともございました。 または、私が、そんな相手になったこともございましたね」私は、顔をしかめて、彼を見たけれど、すました顔をしているわ。「それで、解決できたの?あなたは」「いいえ」「じゃあ、どうしたの?」「私、ある時に、やっと、涙があふれてきたのです。 失ったばかりの時には、泣けなかったのですよ。 顔をひきつらせて、笑ってばかりいたのです。 ですが、過ぎ去りし時のことを、憎しみではなく、 哀しみと、慈しみの思いで手にとることができた時に、 私は、やっと、感情を露わにすることができたのです」「私には、まだ、無理ね。心は大泣きしているのに、 涙が出てこないわ」カーステアーズは、私の前にひざまづいて、私の両手を握りしめる。強く、しっかりと。「あなた様のお手をとる無礼をお許しくださいませ。 ヤンスカ様、つかの間の恋にせよ、あなた様の輝きは本物でございました。 永らく失われていた、快活で、楽しいあなた様が しばらくぶりにあなた様自身の身体に戻られたのですよ。 この出来事は、あなた様の復活の序章に過ぎません。 むしろ、私などは、あなた様に灯りをともしたその方に お礼を申し上げたいくらいですよ」たしかに、そう。私は、何年も開いたままの心の穴を、この恋で閉じることができたのだわ。毎日がどんなに、キラキラと輝いて見えたことでしょう。あの方の存在に、どれほど、慰めを得たことでしょう。こんな思いを、感じられるようになったこと自体が奇跡だったのよ。「あなた様は、これから、その方にとって取り逃がした忘れえぬ女性に おなりなさいませ。どんどん、進むのですよ。追いつかれぬように」「カーステアーズ、あなたは、最高の人ね」「イワンにも、そう、おっしゃるのでございましょう?」「今日のところは、あなたが、一番よ、カーステアーズ。 ねえ、教えて、あなたの忘れえぬ緑の瞳の方の名前をね」「ああ!まったく類まれな麗しのエレノア! それが、私の心の中の小部屋の肖像画の女性ですよ」「カーステアーズ、私も、しばらく、あの方の肖像画を飾るかもしれないわ、 でも、ごく小さなものをね」私たちは、握り合っていた手をはずし、シャンパンを掲げる。「エレノアに乾杯!」「いいえ、類まれな、麗しのエレノア、でございますよ」明けない夜はないわ。私の旅は、これからなのですもの。
2012.08.06
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昨夜は、いっぺん目覚めて、軽く飲みなおしてまた小一時間ほど寝た私。誰かが、私の頭を優しくなでていて、たまに、ぎゅっとハグしてきて、おおおお~、また、ちっこいオッサンが出てきたのか、妄想が進化して、触覚にまで影響が出てきたのかと一気に目覚めたら。とろけるような笑顔で、ウーが私の枕元に居て、「おかーさん、おはよう」と。そして、私に抱きついて、私の布団にもぐりこんでくる。「おかーさん、だいすき」といって、私の頬に、いっぱいチューしてくれるウー。ああ、息子ってかわゆーい。生んで良かったわあと、心から思う瞬間である。そら、姑が嫁をいじめるのとか、あってもおかしくないわな。私もウーと手をつないで(まあ、この子の場合は手をひかないと危険だからしゃあないが)お散歩とかしてると、幸せな気持ちに満たされるもの。息子って、ちいさな恋人もどきよね。でも、私はそんなきしょい母親になるつもりはないので、チューも、ほっぺにしかさせたことないし、今後も、フツーに外の女性と恋愛してほしいと思っておる。とはいえ。ウーが、「おかーさん、だっこしてえ」と私の膝にのっかってぎゅうっとお互いにくっついているのは、本当に幸せ。ああ、いい朝だわ~と、顔がほころびまくる私に「おかーさん、だいすき」とさらなる言葉。私はね、ウーのためなら、何だってできるわとあらためて、思い返していたら、「だいすきよ~、クリームパンたべたいの」……。こいつめ、こいつめ。隠していたパンの存在をしっとったんかい。「あれは、あかん。」私の秘密のおやつやのに。ウーのためなら何だってできるとたった今思うたはずやが、それは、違う話ということで。6歳児の駆け引きに翻弄される情けないリアルな私なんである。
2012.08.06
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昨夜、大学の先輩の花火パーティーでお知り合いになった方を車にお乗せして、帰ることになった。たまたま、方向が一緒で、電車の時間もきびしいかなあという状況だったし、お相手も、初対面の私をよく信用してくださったなあと思うが、年も近いし、趣味も同じ、とても楽しいドライブになったの。そう、趣味は山登り。白山の麓の原生林の話や、小さな温泉の話、立山の上から眺めた星空の見事さや、屋久島の縄文杉に、ウィルソン株に…。ウーが生まれる前は、山歩き、昔の街道のウォーキング、よく出かけた。添乗員の仕事としても、本当によく行った。すごい時は、日帰り大台ケ原の9キロのコースを、週に3回同行したり。2泊3日の大台ケ原縦走も、思い出深い。どしゃぶりの雨と、霧の中を、なんのために、私たちは歩くんだろう。白神山地の、ぶなのマザーツリーをマタギさんのガイドと訪ねたり、コースの下見で、ガイドさんと営業さんと御在所岳にも登ったなあ。彼女と、そんな話をした。面白いことを、その方が言っていて、「低い山の方が、単独行は怖いですよね、 高くなればなるほど、安心してのぞめると思いませんか?」うんうん。私も、単独で、奈良の春日山原生林の石仏を観に行った時に、変な男のハイカーに追いかけられて、必死に走って下山したことがあるわ。以降は、絶対に独りでいかんけど。確かに、本格的な登山に挑む人たちは、品格の違う男が多い気がする。女が一人で頂上をめざすときに、変な手助けはしない。が、山の仲間として、気にかけてくれる。一言も話さないまま、前後して、分岐点に来た時に、「お気をつけて」と声をかけあう。私が山から遠ざかった頃に、彼女は山に近づいたらしい。へえ、6年かあと、私たちは後部席でぐっすり眠るウーの姿を意識する。ショートヘアで、よく日に焼けた生き生きとした顔。私は、あの頃の自分を彼女の中に見た気がする。「山ガールなんて言葉がない頃ですよね」と彼女。「女の山屋って、言われてました」と私。「私も、この時代に山屋です」見たらわかりますよと、私も答える。そして、初対面の二人は、いきなり深い話に入る。独身のいいところ、つまんないところ。結婚の意味、子供を持つこと、仕事のこと。旅先のルームメイトだなあ、と感じた。バックパッカーの旅をしていた頃、ウーの父親と一緒だったが、貧乏旅行なんで、基本はユースホステルや、安宿。しかも、ドミトリー。海外では、男女ミックスの部屋も多くて、男ばっかの部屋に私一人泊まったこともある。男女別なら、夕飯食べて解散したら、ルームメイトと雑談することになる。日本人の子がいたら、たいてい、数時間後にはお互いのリアル友人以上に深く知り合ってるんじゃないかというほど語り合ったりした。時には、外国人の女の子も加わり、世界共通の恋バナに花が咲いたりもしたわねえ。もちろん、一人旅の男の子とも知り合ったりした。長い旅をしていると、元の夫とは、単なる旅仲間のようになってしまっていた。ある時、初めて会ったばかりの人に、そっと「本当に彼氏なんですか?二人の間の空気が信じられないんですけれど」と言われ目の前の雄大な景色が一瞬にしてかすんだ事もある。私は、きかないふりをしたけれど、精一杯、笑顔で相手をみたんだけど、彼は冷静な表情だった。あの、スイスの山での朝の光景が、何年もかけて、シチリアのタオルミーナの夜の光景にゆるゆると繋がっていくことになるのだ。旅という、非日常の世界だから、人は、心をさらけだせるし、いつも見えないものに気づいたりするのよね、きっと。だから、通りすがりの旅人同士で、一気に互いの深みを知り合えるのだわ。けど、逆もあるのよね(笑)。ゲレンデの恋といっしょで。日常で会ったら、がっかりということも、確かにあったわ。まあ、それも、みんなわかっているのかもね。だから、連絡先を交換しても、結局会わずじまいとかね。そんなことを、頭の片隅に思いながら、隣の彼女の話を聴きつづける。「行きましょう」と、強い口調で私に呼びかけてくれる。「ウー君もつれて、きれいな空を眺めたり、 原生林を歩きましょう。私、ご一緒しますから!絶対に」なぜか、その声には、本当に叶いそうな響きがあって、私も、素直にそうしたいなあと思った。彼女を、車から降ろす時にも、また、お会いしたい人だなあと思わされた。M先輩、素敵な方に出会わせていただいて、ありがとうございます。いつか、また、登山靴を履く日を夢見て、体力作り、がんばります。山辞めてから、8キロ太りましたからねえ~、まずいですわ。
2012.08.05
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おはようございます。ぼくは、きのう、おかあさんのだいがくのせんぱいのおうちにいったの。くるまにのって、ならまでおでかけしたよ。しかはいなかったけど、きんぎょがいっぱいいるの。みんなでね、ごはんをたべて、はなびをみるんだって。まえのひから、うれしくて、おかあさんにずっと、はなびみるよね?って、なんかいもきいちゃったよ。おかあさんのせんぱいは、みんな、かわいいんだよ。すらっと、せがたかくて、びじんなおねえさんに、いろじろで、おめめがきらきらの、やさしいおねえさん、ふらめんこをやってる、ろくさいのぼくがみても、いろっぽいおねえさん。ぼくは、おかあさんのこどもでよかったとおもったよ。じぶんのははおやが、ざんねんなたいぷでも、こんなつながりがあるなら、もんくないよ。おかあさんが、しゃこうてきでよかったなあ。あのね、すごいごちそうだった。おかあさんは、うそびーるをのんで、おねえさんのりょうりをがつがつたべてたよ。だいえっと、してたんじゃなかったのかなあ。ぼくは、はなびがまちきれなくて、まだかなあと、まったけれど、8じになって、みんなで、3がいのおへやにいったら、まどの しょうめんに、はなびがあがったよ!はなび、だいすき。ほんとうに、きれいだよね。ぼくはこうふんして、おおさわぎしたけれど、おねえさんたちは、にこにこして、おこらなかったよ。せっかくだから、いっぱいあそんでもらったの。でね、ぼくは、すごいおみやげをもらいました。あんまり、うれしくて、ひみつにしたいから、みたいひとは、おかあさんにいってね。ほんとうに、おねえさんたち、ありがとうございました。うーより。
2012.08.04
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私は、先ほどまでショックで固まっていた。今朝も我が家は5時から生活がスタートし、ウーの食事も済ませて、書きかけの原稿を仕上げようとパソコンに向かっていた。書きものの神様が、言葉を授けてくださったんで、一気に作業をしたところで、我が家の勝手口の外で、ガタンと物音が。様子をみに、ほんの20秒ほど席を離れたとたんに、ウーがダッシュして、私のパソコンのキーを押し、あっという間に、原稿が天に召されちまったぜい。あああああああ……。椅子から引きはがし、それまで遊んでいた場所へ連れて行くが、もう、ショックでショックで、たまらない。わずかな時間でも、ちゃんと保存しようと、固く心に誓う自分。あの、フレーズは、もうかえらない。紙にメモしておくべきなんだろうが、今回は、ダイレクトに打ち込んじゃった。私の表情をみてか、ウーが泣き出す。で、おもらし。マンマ・ミーア!で、着替えさせて、お尻を洗ってやって、なだめて…。「子育ての苦労は皆同じよ」と、健常ちゃんのお母さんに言われるが、お宅のお子さんは、6歳でも、ひとりで出来ることや、分別がありますよね~。善悪の概念もありますよね~。この年で、ティッシュペーパーを箱から全部出したり、ご飯のたびに、そこらじゅうが汚れたり、引き出しや押入れなんかから、モノをひっぱりだして、ばらまいたりなんか、しませんよねえ。ウーも、色々退屈なのよね。ああ~、夏休みなんて、きらいよ。と、思うのはこんな時。とにかく、朝おきると、色んなものを引きずり出して散らかす→回収の繰り返し。せっかく、たたんだ布団もなぜか出してきて、その上で遊びたがる。で、なんでか、布団のカバーを外してしまう。面倒なんですけど。私の服に興味津々で、洗ったばかりのを着てくれて、で、鼻をふいてくれたりする。いっぱい、そばにいて、遊んでいるつもりなんだけどなあ。ああ、しんどいなあ。毎日が賽の河原状態で、せっかく泣きながら積んだ小石の塔が必ず鬼に崩されておしまい!な感じ。いやあ、ほんものの賽の河原には、炊事洗濯掃除はないだろうから、アッチの方が好条件じゃんとも思う私。カラカラと賽の河原で回る色あせた風車。それが、私の日常の一部。だからこそ、めくるめく妄想世界がバージョンアップしていくのな。この日記は、自分の身内も読んでいたりするんだが、いつもいつも、バカバカしい妄想ワールドにお付き合いいただいて、ありがとう。けっこう、皆さんも、妄想お好きね。カーステアーズやイワンのモデルは誰かとか、本当に私の恋愛遍歴が書かれてるのかとか(マジで思ってくれてるなら、光栄だわ~真相はヒミツね)リアルでお話しして、盛りあがれるのが嬉しいです。お好きな俳優やタレントをあてはめて、今後もお楽しみください。まだまだ、イイ男がでてきます。実直なカーステアーズ、癒しのイワンときたら、ハードボイルドなんとか、理性的なクールなんとか、欲しいでしょう?カーステアーズの忘れえぬ恋人も登場します。彼らは、もう勝手に動き回っているので、私は記録していくだけ。最高のメンズに囲まれて、一途に心の恋人を想う私。妄想は、最高です。さあて。妄想もですが、いつもリアルな皆様に助けていただいてありがとうございます!特に、大学の女先輩方、この夏はお騒がせばかりで申し訳ありません。今日は、奈良にお住まいのM先輩のお宅にウーとお邪魔して、ご自宅から花火を見る予定。おいなりさんをこしらえてくださるんですって!私は何を持っていこうかなあ。なかなか、自分ひとりで、花火なんて連れ出せないし、人ごみは、ウー、苦手だし。去年も、離れたところに車を停めて眺めたなあ。ウー、花火大好きなんで、ありがたいです、先輩。いっぱい、おしゃべりしましょう。ドライバーなんで、飲めないのが残念ですが。来週は、地元でも花火大会があるんですが、これがまた、モノレールに乗って眺めると最高ですの。私があっこの社員なら、イベント列車のアイデアを出すんですけどね。ではでは、賽の河原から、たくさんの愛をこめて。きっと、お地蔵様が助けてくれますものね。
2012.08.04
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彼が、唇に微笑みを浮かべながら、いたずらっぽい表情で音もなく動き回る姿は、ネコ科の動物を思わせるの。192センチの長身。女に見えなくもない、繊細な顔のライン。そして、なんといっても、手。まるで、違う生き物のようにイワンの手は、感情と同化している。今も、銀のトレイを持つ指先が、踊りださんばかり。いいことが、あったのね。「ねえ、ミーラチカ。あなたの好きな焼酎だよ」若いイワンは屈託がない。オーナーである私の事をかわいこちゃんと呼べる男は彼だけ。「どうしたの?森伊蔵じゃないの。あ…もしかして新しいボーイフレンド?」「あたり。前にヒースローで会った日系キャリアのクルーからもらった」イワン。私の癒しの天使。彼はまったく、女には興味がないのね。だけど、女たちは、皆イワンに夢中になる。仕方がない。こんなにキレイな男など、滅多にいないのだから。私が、彼をスカウトしたのも、その美しさにハッとさせられたから。パリのファッションシーズンだったわね。ジャン・ポール・ゴルチエのステージを闊歩するあなたは、ランウェイの堕天使と言われていたわ。私の隣のヴォーグの記者が、興奮して大騒ぎ。すぐに、私のものにしようと決めた瞬間だったわね。「あなた、カーステアーズに誘いをかけたって、本当?」顔中で笑うと、イワンは頷いた。「ミーラチカ、あなたの使者だなんて思わなくて、いい男だなって思ってさ」「たしかに、彼はいい男よ」「で、私には敬愛なる婦人がおりますゆえ、とか、そんな事言ったんだよ。 おかしいでしょ。だけど、オーナーがあなただと知って、すぐに辞めちゃった」「悪かったと思ってるのよ。だって、あなたが辞めなければ、 今頃、アンドレイ・ペジックは世に出ていなかったはず」イワンに似たタイプの中性的なモデルだ。ゴルチエのお気に入りになったものね。イワンは、私の右手を両手で包みこみ、私の耳元でささやく。「あなたは、私の、喜び」カーステアーズには、絶対ありえないアクションなのね。「さあて。オーナー、今日はどうしてボクのキャビンにやってきてくれたの?」「今ね、あっち(妄想鉄道)は、大々的なメンテナンスを始めたのよ」「どうして?」私は、新しく舞い降りた恋について、イワンに言うべきか迷ってしまった。「わかったよ、ミーラチカ。新しい奇跡が起きたんだね!おめでとう」「あなたには、しょっちゅう、奇跡が起きてるようだけど」「いじめないで、愛しいオーナー。ボクは、毎回その奇跡を全力で受け止めてるんだよ」イワンには、不思議なところがあって、とても年下なのに、母性のような温かいものを持っている。今も私の手をとり、肩を抱いてこう言う。「ミーラチカ、おいで、あなたのベッドに行こう」そして、献身的に彼の自慢のマッサージを施してくれるのだ。「どんな人か、このイワンに教えてよ。獲ったりしないよ」そして、つい、私は彼にのせられて、語ってしまうの。「そっか。ボクならば、当たって砕けるけどね、 ほら、ボクは、どうせいつか死んじゃうんだから、悔いなく生きてやるってのが 信条なんだもの」「イワン、あなたは若いわ。まだまだ希望が連なっているわ。 私は、怖いの。で」「怖さを感じるぐらいに、本当に悩んでいるんだね、ミーラチカ」私の目から、涙がこぼれ出る。頬をすべりおちて、シルクのシーツの上に丸く形づくり、そしてフッと消える。イワンは、母のように抱きしめてくれて、私に諭すようにいうの。「愛しのオーナー、あなたは、永遠がどこかから降ってくるって思ってる? ちがうよ。少なくともボクは、自分で永遠を作り上げる努力をしてるんだよ。 あなたも、いつかは、立ち向かわなきゃ」そうして、私たちは、氷のほとんど溶けたグラスを鳴らし、夜が更けていくの。ねえ?こういう時ウーはどこにいるのかって、マジメに質問メールをくださる方があるわね。もちろん、子供部屋があるのよ、私の飛行機には。ベビーシッターの、マリアがいるから、安心してね。
2012.08.03
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買い付けに、新作の考案にと、精力的に活動した今週ですが、昨日、パワーを使い果たしてしまいました。情けないのですが、とっても、モチベーションがアレでして、本日は、休みます!なんか、心の中に、ちがう空気を入れてきます。これから、ウーをデイサービスに預けて、逃避なり。久しぶりの映画よ。ローマ法王の祝福を受けてまいります。では、チャオ!
2012.08.03
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「ねえ、カーステアーズ。今は夜の終わりなの?それとも、朝の初め?」私のオーナーは、長椅子に寝そべって、車内にかけられているショパール製の掛け時計を見つめている。私は、この方にお仕えしていつも驚かされるのだが、わがオーナーが持っていないものなど存在しないのではないのか。しかし、古きよき重厚なものを愛する英国人の血を引く私には、このような、ダイヤモンドで飾られたきらびやかな掛け時計など、申し訳ないが、称賛に値するものではないのだ。長針は、エメラルドでできていて、短針はルビーである。いやはや、なんともなデザインに、毎度心の中で舌打ちをする。その針は、午前4時を示している。「あなた、また、この時計を呪っていたわね」と、目を細めて、ヤンスカ様がおっしゃる。この時計は、ラスベガスで出会った、テキサス男のハリーからヤンスカ様に、恋の思い出として贈られたものだ。あれは、ひどかった、あのイエローのポルシェ、明るすぎるブルーの目に、砂色の髪。虚飾に満ちた、あの街にはお似合いだったが。わがオーナーは、宝石などには興味はない。あの方が欲しいのは、常にそのお相手の心である。当然のことながら、つかの間の出来事として、私は淡々と業務をこなし、彼が去った時には、乗務員一同、食堂車で乾杯したものだ。さて、スミノフ(イワンから贈られたものであろう)に、絶対、メキシコのライムを入れて飲みたいのと我がままをいうこの方のために、ベラクルースに行き、リモン・ペルサを仕入れてきた。私は、酸味の強いメヒカーノ種が好みだが、あの方は、種が嫌だとかおっしゃるし、まだ収穫には早いので、渋々、手に入れたライムを、私の手で絞ってお渡しする。「カーステアーズ、まだ、答えてないわ。今は夜?それとも」「ヤンスカ様。何があったのです」「あなたには、強い面影を残した人っているの?」そういうことか。夜なんてこなければよいと、この仕事をしていると感じることがある。太陽に満ちた時間帯の、この方は、はつらつとしていて、悩みなど何もなさそうに見えるのだが、夜の闇が支配する頃には、たいてい、物思いにふけっておられるから。妄想列車は、わがオーナーの影から出発し、日の当たる場所を探し続ける宿命なのである。「まさか、ハリー様のことでは、ございませんね。今だから申しますが、 あれは、不適格なお方でございましたね」「カーステアーズ。質問に質問で返すことで、私をはぐらかしたつもり?」ドキ。「ええ、おりますとも。誰にだって心の小部屋の中に、 忘れえぬ方の肖像画をかけているものでしょう」「その絵を外すことは、ないの?」「男というものの多くは、何枚かの絵を飾るものかと思われますよ。 まあ、私は、一枚の絵のみですが」「なぜ、外さないの?」「それは、今現在、私にこれだという女性が存在しないから、 自分の記憶の中の最高の方を、拠り所にしているような感じでしょうか」オーナーは、窓の外の薄れゆく月光をしばらく見つめて、両足を床におろし、立ち上がる。私がスリッパをお持ちする前に、すたすたと窓辺へ向かわれ、あろうことか絶叫する。「私は、永遠の絶対になりたいの~」と。何でも叶えてさしあげたいと、私は常に思っている。お好みの場所になら、どこにだってお連れできるが、お相手さまの気持ちまで、私にはどうこうできないのだ。ヤンスカ様を見守ることしか、できないのだ。「私はね、私と出会ったことで、そんなあなたのいう、心の小部屋なんて破壊してもいいというほどの、強い存在になりたいの」充分すぎるほど、強いあなた様ですがと、もちろん言葉にだしはしないが、わがオーナーの欠点について考える。白か黒か。ゼロか100か。極端なんである。二つしか、選択肢がないからこそ、あの方の苦悩は尽きないのだ。大体、夜と朝の狭間など、どうでもいいではないか。その時々で、夜だと思えばいいし、朝を感じてもいいのではないか。私ほど、ヤンスカ様の本質を知りつくし、それでも、健気に尽くす者もいないであろう。「思い出を大切にすることは、悪でしょうか?」私は訊ねる。「大事なのは、今と未来でしょう?」「当然です。しかし、誰が何を大切にしようと、 あなた様が口をお出しになる権利はないかと存じます」「私は、肖像画なんて掛けたりしないもの。 いつだって、目の前の人が最上ですもの」「ヤンスカ様。私たちは、同じ話題について語り合っているとは、 とうてい思えませんね。 よろしいでしょうか?心に小部屋を持つことと、 現実のその方を愛することは、同時にできるのですよ」「嘘。そういうのって、私には耐えられない」まだ、ライムが残っていたので、私はキャビネットから自分用のウォッカとコアントローを取り出し、カミカゼを、わがオーナーに処方する。「おあがりなさいませ、ヤンスカ様」「考えてみるのですね。あなた様は、経験も積まれている方でございます。 これまでに愛した方から、あなたは何も受け止めなかったということでしょうか?」「どういう、意味?」「持って生まれたあなた様の感性に彩りを添えたり、 新しいあなた様を付け加えてくださったり、自信を与えてくれたこともあったはず。 もちろん、苦しみや、憎しみもあったかと存じますが、そんなことも全て、 過去からの贈り物ではないでしょうか」「……」「あなたが、好きになった方も、そのようにして過去から育まれて輝いていらっしゃるのだと 考えてみてはいかがでしょうか?」ヤンスカ様は赤面されて、顔をおおう。やはり。「カーステアーズ、私は、別に好きな人なんかできていません」いえ、お顔にそうかかれていますから。おお、グラスを一息に傾けた。「あなた様に、思いつめるなとは申しません。でも、追いつめてもなりませんよ」「いつもと、違うの。カーステアーズ。私はいつだって、欲しいものは手に入れたのに、 今度はね、大切すぎて、そっと眺めていたいのよ」新しいパターンだ。後の乗務員会議でも、さっそく報告せねば。しかし、眺めているだけで、この方が満足なさるわけがあるまい。そして、秘めた思いこそ、我らが妄想鉄道の最高の燃料となる。なんと、まだまだ未知の世界へとわが線路網が広がるらしい。運転スタッフとの緊急ミーティングが必要だ。さて、行かなくては。「ヤンスカ様、せめて、あなた様のお相手が、小部屋の存在を気づかせないような 聡明な方でありますよう、お祈りしていますよ」本当は、こう言いたいのだ。正しいと思う数なんて、人の数と同じだけ存在するのですよと。無数の思惑の中から、たったひとつ繋がる奇跡を考えれば、ごちゃごちゃ言うなと。ヤンスカ様、ぶつけてみればいいのですよ。なぜ、あなたは、そう考えるのかと?見ているものが違っていても、魅かれてしまう、それが恋というものでしょうと。
2012.08.03
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私は、率直なんです。と、どこでも繰り返し申し上げるが、感銘を受けたり、ステキやわあと感じたら、それを、発信した方に伝えずにはいられない!性分なんです。見た目のことだったりもします。だって、自分のスタイルというものを持つ人ってかっこいいし、似合うものを選ぶ感性を持ってらっしゃることに、素直に憧れるしなあ。あ、単に髪型がステキだとか、目の形がいいわあとか、なんてキレイな手をしてるんだろうとか、いい皺だわ~とか、褒めずにおられないの。老若男女問わずね。自分も、以前あったの。阪急電車の中で、途中から乗ってきた年上の女性から、「あなた、なんて素敵なの!見ただけで、どんな方かわかるわ。 とても、エネルギッシュな人よね~、で、きれいなものがお好きでしょう」と、声をかけられ、あれこれ話したんだが、最後に、「本当に今日のコーディネートも素晴らしいけど、足元をもっと工夫しなさいよ。 ブーツもいいけれど、ヒールにすべきよ、もっとエレガンスになるわよ~」と、言われて十三で降りていかはった。まあ、気持ち悪がる人もあろうが、私は危険でないかぎり突発的な出来事は面白がれるので、彼女のアドバイスも嬉しかったし、自分も言うていこうと思ったのよ。誰かのいいところを見るのは嬉しいし、また、素直に受け止めて、発見できるニュートラルな状態にある自分もわかるし、褒めた相手が、教え子さんたちやったら、私に会うごとに、バージョンアップしてきてくれて、せんせ、ほめてほめて!がんばってみたから~な目線で向かってきてくれるのも本当に感激するの。中には、私に下心があるのかとか勘ぐったり、テレまくって固まる方もあるけど、慣れてね。普通に、私のコミュニケーションの一部よ。そんな母を持つウーは、ステキな女性を見ると、速攻で「かわいいねえ」と発言するのよ。初めは看護師さん、次に療育の先生方や保健師さん、で、保護者のママンと相手が広がり、保育園に入ってからは、複数の女の子たちを「かわいい」に分類し、ちゃっかりその子たちにそばに収まり、4歳にしてファーストキスも済ませた男なり。まあ、保育園でも、誰と誰がラブラブやねんとか、誰々くんと付き合いたいとか、おばちゃんは、よく園児さんからも相談を受けていたからなあ。でも、ウーのチュー相手を教えてもらった時には、仰天したもの。めっちゃ可愛い女の子で、多分ウーがお兄さんになった頃には、そんな女子は無理ですと言い切れる。チャラい息子は、小学校で、またお気に入りの女の子に出会い、夏休み前に学校からいただいた1学期のアルバムの中の彼女と写っているスナップを、毎日眺めておる。「おかーさーん、☆ちゃん、かわいいねえ、ほんとかわいいねえ」はいはい、一途なのは母にそっくりですね。だのにですよ、一歩外に出ると、スーパーのレジの方、ドラッグストアの店員さんに、銀行の方、ただ、信号などで一緒に待ってる方…それこそ、年齢だって果てしなく上の女性にまで「おねえさん、かわいいねえ」と話しかける。複数いらっしゃる場合は、わざわざ目当ての方の前に行き、「このおねえさん、かわいい」とか強調。あらま、ウーちゃん、いつのまに「この」なんて言い回しが可能になったんだと感心するより、恥ずかしくてたまらない。だって、けっこう、的確に、「かわいい」「きれい」「かんじいい」方をピックアップしておるのだ。単独ならよかろう。しかし、女の世界というのは、修羅の世界ゆえなあ、息子よ、複数いる場合は平等に接するのが鉄則なり。こないだ、レジにいた私と同世代の方なんて、ウーに「おねえさんかわいい」と言われて、真っ赤になって、ありがとう、嬉しいですって返事なさっていてね、私も萌え~でした。私もね、いやあ~、小学生まで魅了するなんて素敵ですわと追加して、ますます相手のお顔を赤くさせてきたりしたんだけどね。そう、そやねんて。言葉ひとつで、楽しくなったり、ときめくんやったら、いっぱい、発信しあいましょうよ。ではでは、今日もよい一日を。
2012.08.02
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はい、私と今日の大半を一緒に過ごしたちっこいオッサン達も、午後2時には解散していき、今頃になって頭がスッキリな私。猛省しとります。相方、すまなんだ。今宵は、新しいコピーの作成に励みます!飲みませんから。お茶と水だけ、ほんまに。さて、今扱っている新作のコンセプトは、「恋する乙女」。あ、私たちが商っているのは、プリザーブドフラワーと、風船とオリジナル雑貨。相方が生み出すストラップが、ただいま大阪ミナミで飛ぶように売れております、おかげさまで。ただ、ストラップって、ガラケーのアクセサリーが主流でしたでしょ。今みたいに、スマホ時代になると、ストラップというものの存在価値が問われてきますわね。ミナミの主なお客様は、大人が多いんで、今はいいけれど、私たちは、もっと先を見越して、走らなきゃなんない。たかが雑貨、されど雑貨。お客様というのは、ありがたくて、私たちが生み出したものを、ちがう意味をもたせて命をふきこんでくださったり、ああ、こういうのが欲しかったと、出会いを待っていてくださったり、厳しい意見もいただきながら、私たちを育ててくださるのね。ストラップに関しては、相方が、ひたすら資材を選択し、デザインをし、仕上げる。私の役目は、彼女の世界観を言葉で表現し、コピーとパッケージを作り、販路を開いていくこと。花の制作に関しては、お互いに、思うままデザインして各自仕上げる。で、私が、コピーとパッケージを提案する。そう、うちの商品は、すべて、言葉とワンセット。そこが、ただの花屋とは違うところ。私たちは、心から、まだ見ぬお客様と相思相愛になれますようにと毎日、祈り続けてます。そして、将来は、障害を持つわが子や、お仲間たちが、この店で、一緒に仕事できるような環境に整えることがミッションです。たくさん、勉強することだらけですが、この子らの、生き方の選択肢を広げていきたい。ここだけは、妄想ではなく、実現させなくてはと強い思いを抱いてます。ところで。先日、悩んでいた、前のデイサービスとのお別れを、先ほど無事に済ませました。ウーの施設利用の受給者証を返却しに来てくださったスタッフさん。ピンポーンと、我が家のベルが鳴り、私、どんな顔して会おうかなとギリギリまで悩みながらドアを開けると、笑顔で立っていらっしゃいました。「短い期間でしたが、ウー君と過ごせてとても楽しかったです。 また、いつか、ご縁があれば、よろしくお願いしますね」あ~あ、先に言われちゃった。情けない自分。「本当に、色々とお世話になりました。今回のことは…」「いいんですよ!謝ることじゃないですよ。それぞれの思いがありますからね。 では、お母さんもお体に気を付けて、ウー君もお元気でね」とことん、笑顔で去っていき、私はいつもそうしていたように車が道の曲がり角に消えていくまで、手をふって見送った。やられちゃったなあと、感じたのね。そういう振る舞いも仕事のうちだというのはたやすいけれど、誠実な笑顔は、とってつけられるものじゃないですからねえ。なんかね、いかなる時も、こういう後味を残せる大人でありたいなあと、ずっと、思い続けている今の私なんである。
2012.07.31
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ノリで、ぐいぐいやっちゃいけません、私。昨夜は、私の尊敬する、そして、大阪で一番エロかっこいいナレーターの大先輩と深夜のお電話。赤ワインを、麦茶のように飲み、先輩のステキすぎる声に、うっとりしつつ、でも、会話の中身はオッサントークで、久々に爆笑させていただいた。先輩、本当に、日が変わって、お誕生日だというのに、真っ先に話した相手が、私って、申し訳ないっす。先輩はそんなにかっこいいオッサンですのに、決定打の彼女さん、おらへんのですか?私、よく考えてみたらですね、こんなに、身近に才能も頭も光りまくりの素敵な独身男性がおるというのに、なんで、ときめかへんのでしょうね。まあ、RBSの男先輩方は、皆さん、先輩以外の何物でもないんですけどね。貴重な存在です。警戒心なく、楽しく過ごせる異性なんて、社会に出たら、なかなか出会えません。まあ、先輩も私を女の姿したオッサンの後輩とみなしてるのと、同じですかね。お互いに、ええ彼女、彼氏を見つけましょうね。先輩のためにも、乾杯しております。誕生日本番の(笑)今日こそは、ええ、夜を、お過ごしください。あらためて、お誕生日おめでとうございます!そして、私の頭の中には、ちっこいオッサンたちが、大勢でポルカを踊っております。自分の決めた、停止線を越えたバツでしょう。二日酔いでございます。タイレノールを、投入し、冷たい風呂なんぞに浸かったりしてみても、オッサンたちがなかなか、退場してくれません。でも、先輩。ウーの弁当も作ったし、ちゃんと学童にも送り込みました。お母ちゃん業だけは、気合でクリアしとります!仕事モードに頭もきりかわってるんですが、ちっこいオッサンたちも、一緒についてくるそうです。安全運転で、行ってまいります。
2012.07.31
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