とべばいいのさ!

≪T-1≫01:君の手のぬくもり



セントラルは数年振りの大雪に包まれた。
ターミナルは既に機能を失い、ぼくはそこに取り残されていた。

帰る町までは徒歩三時間。
一時間一本の国営バスには長蛇の列。
タクシーはひとしきり出て行ったきり帰ってこない。
ぼくはとりあえず雪がおさまるのを待つことにした。

ベンチに腰掛けて、缶コーヒーを口にする。
缶コーヒーが与えてくれるのは、一瞬の温もり。
身体の奥底のしんしんとした冷たさは増すばかりだった。

ああ、寒い。
大雪のせいだろうか。
それとも風邪でもひいたのだろうか。
ここのところ、随分と立て込んでいたから、そうかもしれない。

セントラル勤務になってから半年が経った。
ハリボテのような街。
ドライでクールな人々。
全てが全て、生まれ育ったイーストシティとはまるで違う。
慣れろというほうが無理な話だ。

けれども、ぼくは着実に順応していっていた。
四角いビルの群れを見分けることもできるようになったし
すぐさま仮面のような笑顔を貼り付ける術も身につけた。

セントラルの空気は、紫煙のようにぼくを毒していく。
この大雪は、ぼくから音も熱も帰路すらも奪っていく。
ぼくという肉塊の中に、ぼくは閉じ込められていく。

溜息が白く、漆黒の空へ消える。
ぼうっとそれを眺めているところに、ふと一人の少女がやってきた。

「しつれい」

彼女はそう言って、ベンチの端に座った。
手袋もしていない手で、白いニット帽に降り積もった雪を払う。
その仕草は、まるで猫が顔を洗うようだった。

年は十代の中頃くらいだろうか。
ニット帽からちらりと伸びる栗色の髪。
黄色いコートを羽織っていたが、ミニスカートを穿いた足元は寒々しい。

「きみ寒くないの?」
「さむくない」

彼女は足をすり合わせながら、強がりを言った。

「嘘つかないの」
「うそじゃないもん」
「嘘。震えてるじゃないか」

ぼくは呆れたように言った。
彼女はなにか言いたげで、でも何も返せずにいた。
視線を宙に泳がせた後、彼女はぼくに言う。

「おじさんも帰れないの?」
「……そうだね」

おじさんと呼ばれるほど年をとっていないけれど。
そう見えてしまうほどに、疲れた顔をしていたのかもしれない。
心配そうに、彼女はぼくの顔をじっと見た。

「だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ」

ぼくはそう言って笑って見せた。
すると彼女はぶすっとした顔をした。

「うそだね」
「嘘じゃないよ」
「うそだよ。笑ってないもん」

彼女はじっとぼくを見据えて言った。
ぼくはどう返していいのかわからず、視線を逸らした。

びゅうびゅうと風が鳴って、雪が横へ流れていた。
あまりの寒さに、ぼくは思わず身を縮こませた。
彼女は身体を丸めて、しばらく震えていたけれど
急に、なにか思い切ったように立ち上がった。

そして彼女はぼくの隣へ座って
ぎゅっと、ぼくの手を握った。

「……さむい」

そう言って、そっぽを向く彼女。
ニット帽からちらりと、真っ赤に染まった耳が見える。

「そうだね」

ぼくはそう言って、手を握り返す。
凍えきった手はぼくの手の中で、ぬくもりを取り戻す。
思わず、頬が緩んだ。

「あったかいね」
「うん、あったかいね」

手の冷たい人は心が温かい。
そんなことを、誰かが言っていたのを思い出す。

冷え切った君の手は、ぼくの手で暖めてあげる。
だから、温かな君の心で、凍えたぼくの心を溶かしてほしい。
そんなことを、ぼくはあの時ふと思ったのだ。

これが彼女との出会い。
ぼくと彼女の、ひとつめのお話。




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