全16件 (16件中 1-16件目)
1
続きものには すべて 二面性がある善と悪 光と影 美しいと 醜さ男と女右と 左喜びと 悲しみどちらかだけだと 片側の 良さが わからない生きるとは感じること両方を味わうことと 私は 思っている最初に味わわせてくれたのは 父親である彼は 二つの 顔を もっていたとっても とっても静かな 静かな顔と大きな声で暴れ 騒ぐ顔一週間のうち おそらく四日はのんで帰ってきた熟睡してたらおきなかったけどあんまりにも騒いでいたら目がさめたよく 壁に むかってしゃべっていたなぁばーちゃんが たまーに泊まりにきていたけどそれをみてお父さんはきっと きつねとしゃべっているんだといっていたばーちゃんが泊まりにきているとよっぱらいお父さんも子供になりばーちゃーん と いってなにやらばーちゃんに訴えていたがお母さんに対しては狂暴でよく 夜中に格闘していたうちのお母さんは気が強く負けていなかったがしかし女性なので力で負けていたかもしれない飲んでいないときはほとんど話さないが たまーにお母さんにぐちっていたらしい子供たちはおかえりなさいと言わないとだってそんなに仲良くないしよくわかんない家庭だしと おもっていわなかったかもむかーし 姉が生まれたあとあまりの酒乱で母は 実家に逃げたらしいけど父は 母に手紙をだしそれを読んだ母は泣いて父のところに戻ったらしいと おばさんから聞いたことがあるお母さんは あまりいろいろ教えてくれないそのあと 私がお腹にできたのだろうきっと私ができたときこの男と やっていこうと 芯から決意したんじゃないかなぁ勝手な 想像だけどそんな気がする二面性は 奥が 深い私は 人と 接するときいつもそれを 感じ取る自分自身にも体に染み付いているんだろうなぁ と 思います
2008.07.30
コメント(2)
続きこのころ 書いていた私の詩は 自然がテーマなものが 多かった新聞に載せていただいたのは夕焼けがテーマでしたあとはもみじとか基本 赤い色が スキだったのかなぁ夕焼けの赤とかもみじの赤とか秋の 紅葉が 美しい山が大好きだった色 が好きなんだ
2008.07.29
コメント(0)
この 小学3.4年の頃ってとっても大切な時期に思います17の 日記にも 書きましたが 算数の問題解けなくて泣いてしまったりクラスでも とってもさわやかで人気者の 男の子が 国語の授業で 本を おもしろおかしく読み間違えて 先生含め全員で 大爆笑 して 泣いちゃって 意外だー とおもったり 自尊心に 芽生える時期なんだろうなぁ私は この頃 表現することが とてもスキになったこの町には 小さくてかわいい山があり たいがいそこに学校で、遠足や 絵を 描きにいったが 自然に 囲まれながら 絵を描くのが とても 好きだった詩も 書くのが 好きだったこのころ よく 絵で 入賞したり新聞に 私の詩が 載ったりした輝かしい思い出 である多感な時期好きなこと どっぷりやること っていーことだよね!感性を 研く って素敵なことです私は ロケット開発されている植松さんが ダイスキですダイスキなことをとことんやっている大人が大好きなことをもっている子供に とことん教える学校を これから 建設されるそうですすばらしいことだと思います私も 参加させてほしいなぁ とおもいます\(~o~)/
2008.07.23
コメント(0)
私は 子供のころから 算数が苦手でした高校では 数学1をとり夏休みは補習で学校へいった経歴もあります(T_T)小3の ときだったかなぁ割り算の授業あの あまり・・3とか4とかでてきたころみんないとも簡単に解けていくのに 私には どうにもこうにもわからないこれは 簡単だよなあ などの 先生のことばにテンパりますますわかんねーーー(T_T)/~ (☆。☆)パニックに!先生が 近づいてきたどぉだあ?わかったかあ?声をかけられたときには(T_T)/~な な 涙がーーーーーき き 気まずいーーーんあれは 悲しかったあ涙ぽろりん の思い出ですあのころの私に伝えたい算数なんてできなくっても十分生きていけるぜーい好きなことだけやってなさい (^O^)/ってねみんなができることが容易にできないことが多かったかも時計が読めなかったりリボン結びができなかったりその都度姉にからかわれ母にはくどくどいわれどーでもいーじゃんと 開き直るのであった (;^_^A
2008.07.16
コメント(0)
今日は 担任だった先生の思い出話です小三 小四だったときの 〇〇先生は 明るくて 楽しくて やさしくて みんなの 人気モノでした 先生の自宅まで みんなで遊びに 行くくらい 大好きだったある日 先生は スクリーンを つかって各生徒の よいところを 表で 説明しながら なんと 点数を つけていた私は 80点だったなおこは 絵で賞を とったからな では 賞を とっていなかったら私は???一番低い点数の子は 75点きっとわたしも 75点一番 点数のよかった子は本当に 素直で やさしい子だったそっか あの子なら 納得無理矢理 納得しようとした先生は 素直でいること やさしさが もっとも 大切なんだよって教えたかったんだろうけどいまだに 謎だし日記を アップしながら不快感を 感じる私が今 大好きになったり 尊敬する人たちは常に どんな人にたいしても 平等に 接し 誰かと 比較なんかしない私がリーダーでいるときはこれが 基準この指針をつくった最初の出来事 かもしれません先生は スキですしかし この思い出は不快ですこんなに 大人になっても覚えているんだもん
2008.07.16
コメント(0)
続き私が 小三から 小四のとき やたらとまわりの友達たちが お金持ちで 美しい家族と過ごしているように 感じたある友達のいえはいついっても美しく整理され お母さんが焼いたクッキーを だしてくれた う う うますぎる! なにやら麦芽胚芽やらとゆー代物を 入れているらしい紅茶なども 出していただいて リッチな午後なのだあじゃがいもふかしたのも いただいたことがありましたが そのときだされた バターの うまいこと うまいことその家の友達は 年より おとなっぽく 落ち着いている子でした 彼女の 食生活が 羨ましくてしょうがなかったのでしたあとは 近くのお家にすんでいた友達のパパは 木材やさんの社長さん彼女は 突然私に尋ねたねーねー 手袋の反対は?んーーー ろくぶて(☆。☆) 六回おもいっきり なぐられたひょえーーー!だって 六回ぶて っていったでしょ? だってびっくりだ腹はたたないがお金持ちの人は そういうとこ あるのかなあ?など 自分なりの解釈をした彼女は ピアノを習い 絵を習い お嬢様満喫していたがなんか パンチのある子だった しとやか ではなく 強さがあった家には 二台のピアノ 部屋もいくつもありおもちゃはなんでもある彼女の家にいけば どんな遊びもできた自由だったその家ではじめて キーウイなるくだものを食べた こんなものがこの世にはあったのだこの家で 漫画本 エースをねらえ! を 読ませてもらい わたしの バイブル本に なりました宗方仁を 知ることが できたのは 彼女のおかげです あと 病院の家の子供もいた 彼女は ぼんぼんジュースは のまない パパがのんじゃだめ っていうから って ふーん こんなにおいしいのに 可愛そうに医者の子供って大変だなど ぼんぼんジュースを ぴゅーーーんと 口に入れながら おもっていた貧富の差 家庭の違いなどを感じることの多い年令でした
2008.07.14
コメント(0)
この間 絵本作成のため 人と会い 話をしていましたそのとき 思い出した わが弟は たぶん 六歳のとき 自転車まだ乗れないのに手で 押しながら どこかにいってしまった たくさんたくさん 探して連絡がきた 20キロくらい先にある おばさんの家まで行っていた乗り物が大好き 走っている車の名前を さらりというどっかに びゅんと いなくなる自閉症の子供はとにかく 自由にしていたいんだろうな自分のしたいことに忠実人には 関係ないのだ人は したいことを自由にしてよいんだよ神様からのメッセージを彼をより深く識ることで気付きがありました社会に適応するため研かれ 彼は かわっていったもしも時をもどせるなら 繊細できめ細やかな SLの絵 線路 人の絵記憶力沢山 沢山 させてあげたかったよあるがままが一番 その人のもともと もっている 能力を ひき出せるんじゃないかなぁ って今はおもいますもちろん 沢山彼が社会にでていくために努力した母の がんばりに敬意を 払います
2008.07.13
コメント(0)
今日 金スマを みていて森三中の 大島さんが10年間 不細工という理由で いじめられつづけていたという内容でしたそれは それは つらかったとおもいますでっかいつらいことが あった人は 同じ分だけ 幸せがまっていると思うからもし今 彼女のようになにも悪いことしていないのにひどい目にあっていらっしゃる方がいましたら近くにいる信頼できる大人に すがってくださいなんていえばよいかわからなかったらただじっとみるだけでもいい信号を 送ってくださいあなたは ひとりぼっちでは ないからねでも 私も いわなかったなあ だれにもなんていっていいかわからなかったしすがる気持ちにすらならなかったなれなかったでも 10年は 長すぎる (;_;)きっと大島さんは我慢強く 心やさしい子だったんだろうな親に 心配かけない今日は 動物の話私が 小一のときよく野良猫?が 遊びにきていた 普通に 家にいれ遊んでいたあるとき 新しいあまりみたことのない 野良猫が 遊びにきたそのことも 遊んだある日 いつものように よくきていたねこちゃんと遊んでいたら新入りねこちゃんもあらわれ 仲良しになってもらおうと同じ部屋にいれたらきゃーーーーーーーー!!記憶が 定かじゃないけどたぶん 噛み殺したとおもう(☆。☆)新入り子猫は死んだわたしのせいだショック (T_T)私は 野良犬に よく すかれたきたないけど顔がとってもかわいらしい目がきれいな わんこに 気に入られずーーっとやつは ついてきたおかあさんと一緒にバスに 乗ろうとしたら わんこも一緒に乗ろうとしたお母さんが追い払ったけど一緒に 乗せてあげたかったよいまも あの わんこは 忘れられない確か 小4のときセキセイインコの チッチと 太郎を 家で飼っていたいつも 籠のなかには いなく たいがい 電気のかさのところに とまっていたなぜか お母さんがいなくてきょうだい 三人で だらだらしていたところたまたま洗濯機を 回していてその近くに 三人でいたインコの太郎も 近くにきたやな予感・・・太郎は なにを おもったかぐるぐる回る洗濯機の中へ(◎-◎;) (◎-◎;) きゃーーーーー!!!きょうだい三人 大パニック・!!!太郎は ぐるぐるまわっているどうしてよいやらわかんなかった太郎は あきらかに助けを もとめていたそんなとき 小2の一番ちっちゃい弟が えいっと 手を つっこみ太郎を 救出した(◎-◎;)みんな 動揺した弟も どきどきしていたどきどきしながらなにか いっていた太郎も びっくりしていたすこしづつ私は冷静になりながら弟に 男気を 感じたたのもしい!普段は ぬいぐるみがダイスキで寝る前には枕の横に両側に 五個づつくらい並べて寝ている弟が太郎を 助けてくれたえらいよ 弟あんたは えらい!さすがは 我が家の長男坊!以上 動物の 思い出 でした
2008.07.12
コメント(0)
今 現在私は 42才です今 本当に 幸せ 絶好調ですこの 過去日記は やっと10才くらいまで辿り着きました書きながら涙がでてきたこともありました日記が前に進めないときも ありますしかし どんな出来事も マイナスなんてことはなくて自分のための メッセージであることその出来事で 自分の魂を 研いているのだ ということを 私の過去を 表現しつつ 伝えられたら という思いから 始めていますまだまだつづきますいつでも 遊びにいらしてください今後は 絵本の出版も したいと 考えております
2008.07.10
コメント(2)
続き私にとって いまも ちょっと心にのこっていることが あります 今思えば たぶんいろんなことが 大変でイライラしていたり余裕がなかったりしていたんだろうなぁとあとから 理由はいくらでも考えられるけど大人になったいまなら ね当時は せつなかったなああるとき友達と買い物していました父の日でもあったので友達が プレゼントを買っていて つきあってたんだけど彼女が わたしにも 買えば? と 勧めてきた私は ほとんどお金をもっていなくて無理だと 訴えたが 貸してあげるよといわれひらめいたお母さんと お姉ちゃんから すこしだしてもらえばみんなでだせば 買える とふんで借りることにした靴下を買ってかえった家に帰ってさっそく お母さんに伝えた めっちゃ 恐い顔になりなに 勝手なことしてんの!!!お金ないのに!!!借りてまで プレゼントなんて買うもんじゃない!!返してこい!!!と想像していなかった返答だったため いーじゃないか!みんなでだせば いーじゃないか友達も よろこんで貸してくれたのだしみんなであげたいのにーーーーーーー!!!私が 怒って 返事を 返したら もっともっと 叱られた鬼の形相だとにかく 店に 返してこい! 金も そのまま 返してこい!!!わーーーーーーーーーん!!! (;_;) (T_T)/~ (T_T)/~ (T_T)/~ (☆。☆) (☆。☆) そのころには 父は家に 帰ってきていてこまった顔を していた母は がんとして 考えを まげなかった涙が とまんなかったやさしい気持ちを一切汲んではもらえなかったみんなであげたら喜ぶだろうなあ という かわいい気持ちが ふみにじられたおとうさん (;_;) 悲しいよ 泣いて泣いて 結局 返品して 友達にも お金を 返した友達は こまった顔を していた悪いこと したなあ みたいな・・・こうやって書くと 鬼みたいな 母だが父のことやら 弟のことやらで ほんとに 大変だったんだろうなぁ と今は思える母は 我が家では 父親のようでしたあの母だからこそ我が家はもっていたんだと 思います強い 強い人ですでも あのときの 私は 返品しても お金返しても よかったんだけど一言お父さんに なにか 買ってあげたかったんだねと 一言気持ちを汲んでもらいたかったんだ と 思いますせつない思い出 です
2008.07.10
コメント(2)
我が家は 貧乏だった父親は 酒乱だが 世間的には 硬い仕事を していた 酒乱には しっくりこないような 仕事である私は 父の仕事には 誇りさえかんじていたしかし 父は 本当は 歌を歌うのが好きだったらしい歌の 勉強をしたかったらしいが そんなお金もなく その仕事に ついたらしいいまも詳しくは しらないけど なにか 土地なのか?豆? なのかしらないけど お金もうけのために 手をつけて 失敗したらしく大きな借金を 作ったらしく母の実家にも頭をさげて お金を 借りていたらしいしかし当時の子供である 私や姉には だれかの保証人になりそのせいで 借金を返すことになったんだよだからうちは 貧乏なんだよと 母から 説明を うけた家は 転勤が 多く 父の勤める会社とくっついていた日曜日には よく そこで遊んでいた銀行なのでした生銀行ごっこができたのでしたその離れにある 社宅の我が家は ぼろぼろで 二部屋しかなかった父は いつも貧乏くじを 引いていたらしいほかの人の社宅より ぼろ家が多かったそんなぼろ屋に 友達を 連れてきたことがあり友達が ともだちに 耳打ちしていた カジんちって→ 私のあだ名 貧乏なの?思いっきり 聞こえてきたわたしは はりきって答えたそうなの! わたしんち 貧乏なの! 貧乏だよ!彼女は ばつの 悪い顔をして 早めに 帰ったそうさ うちは 貧乏さ・・・・こども って 正直だ子供って 残酷だと 思うその気持ちが ハングリー精神を つくり 私は 30代の ときかせいだなあがんばったよ あたし(^O^)/ この経験は よかったのかも しれなーい (*^_^*)
2008.07.09
コメント(2)
続き多分私が小学校3年生のときだったかなぁその頃の私は いやなこと、悲しいことはとにかく忘れるようにしていたしこの記憶も薄らいでいますが授業中突然 小一の 弟が教室の扉をがらっ と開けて なおこー! と言ってまた どこかにいってしまうことが たまにあった彼は 教室の廊下に おしっこなどもしていた私より二個上の姉のところには いかずなぜか 私の 教室にやってきたはずかしい・・・本当にはずかしいとおもった はじまり今思えば大人になった今なら私を頼って 教室まできてくれた弟をいとおしいとおもうけどあのときの私にはそんな度量もなくただただ はずかしかった自閉症の弟が書く絵は それはとてもとても可愛らしくきめ細やかで天才的だった実家にまだあるだろうか?今見たら 泣いちゃうだろうな探してみようとおもう
2008.07.07
コメント(2)
つづき私は 小3のときある夢を みました担任の先生に 愛の告白をされましたじっと 真っすぐ見つめられて好きですと起きたあとなぜぜんぜん好きでもないあのみるからに おじさんに告白される夢なんてみたんだろうか?先生は 私のこと 好きなんだろうか?夢で 告白されたり 好きあってる夢みるとその人のことが気になったり好きになっちゃったりしますよね?大人になってからもモッくんとか北野武さんとかに愛されてる夢みてなお一層好きになったなぁーーー (*^_^*)そういえばちっちゃいころは多分もっとお父さんに愛されている実感がほしかったんだろうなぁo(^-^)oと 思います
2008.07.06
コメント(2)
とにかく私の父は 転勤が多かった 旅芸人ほどではないと思いますが二年に一度は転勤していました小学校2年のとき 違う町へと 転校しましたいじめられたし 学校では心を開かない暗めな私でしたが担任のY先生は 若くてかっこよくって やさしくて楽しくて好きだったしかし 担任もかわるし この転校は 私にとって よいタイミングであった(^-^)その新しい町でも やはり人に自分から話し掛けないのはかわらずだったから 最初はいぢめに あったけど 前の町ほどでも ないし すこしづつ楽しくなっていたこのときぐらいかなあひとりお店やさんごっこを はじめたのは新聞にはさまっている広告の紙が ダイスキだった 電化製品とか カラーで載っているやつみて わくわくしていた写真にそって 切ってみたまた わくわくだしまいには 並べて ひとりお店やさんごっこだ心で お店のひとと お客さんを 演じていたかなり 楽しかったちゃんと とっといたつもりなのに お母さんに ごみだとおもって 捨てられたとき ぷんぷんに 怒ったあれは 大切な私の 商品なのだーーーーーあの行動は その後の私の将来のお仕事を 示していたなんたって20年以上販売のお仕事してたんだもんちっちゃいときから予行練習していたなんて(*^_^*)我ながら すごいや\(~o~)/一人遊び上手でした本当のことなのか空想なのか わかんなくなることが よくありましたこのころ (;^_^A
2008.07.04
コメント(2)
今日は 姉との 関係を 書いてみたいとおもいます姉は とってもいぢわるであった とにかく いぢわるだ→ 私にとって鼻がぺったんこなことと 唇が厚いことを よく指摘され 何度もからかわれたおばけの漫画が大嫌いなのに 朝がた ふと 目がさめて 姉も起きていて なぜか おばけの 話になり なんでそんなに 怖いのか? といわれ いきなり おばけの気持ち悪い漫画の絵を 見せられ ぎゃーーーーーん!!!と叫んで泣いたわーーーーーーーーん!!なんていじわるなんだーーーーーー!おねーちゃんの ばかーーーーー!!小学生の姉は ファンキーだった 学芸会だか クラスの お楽しみ会の発表で友達と出し物をやる といって 練習を みさせてもらい 腹をかかえて 笑ったおねえちゃん おもしろすぎるよいぢわるで 楽しくて かわいくて みんなの人気者学芸会では いっつもお遊戯だったね ちっちゃかったからね小6くらいになったら 彼女は 井上陽水に はまり 顔はへんなんだけど声がいい などといい水谷豊にも はまっていたそんなものがスキになる姉が かっこいいとおもいわたしも 陽水、 豊を 好きになったまねっこであるでも好きになったからしょうがないおねーちゃんからどうやったら赤ちゃんができるのか教えてもらったイヌがしているとこみちゃったなどといいなにをいっているのかさっぱりわからなかったが知ったときは衝撃的だったお嫁にいったら自然にお腹がおおきくなるんじゃないんだあ(☆。☆)おねーちゃんは お父さんが暴れて お母さんを なぐって 頭から血が でたら親戚のおじさんに 電話して 呼んでくれたね怖かったね一回だけ 酔っ払ってお父さんに私がたたかれたとき →今思えば 痛くなかったような気もするけどびっくりしてわーーーーーーーん!!!と泣いたときやめてやめて 許して お父さん!と とめてくれたねおねえちゃんなんか いろいろあったねおねえちゃんお父さんが酔っ払ってかえってきたときテープに録音して どんなにか うるさく 一人でしゃべっているか わからせたかったのに朝聞かせても つらーっと なんの返答もしなかったね お父さん覚えていない の一点ばりだおねえちゃんとは仲良しのような 仲あまりよくないような自分のことでいっぱいいっぱいだったような助け合っていたようなそんな 感じだったね
2008.07.02
コメント(2)
皆さんは ご存じでしょうか? 心理学の療法で 交流分析というものがありますが それに 人生脚本というものがあります子供時代に 親たちを中心とする周囲の影響のもとで 発達し その後の対人関係を含めた人生体験によって強化され 固定化されてきた いわば 人生の青写真 みたいなものです 人は 六歳くらいまでに 自分の生き方 役割を 決めてしまう というものです たとえば 父親が 体を大切にしなさい といっていたのに 当の本人がシゴトで無理をして早くに亡くなった それをみていた息子は なにごとにも無茶をしすぎる生き方を してしまう というような私は6.7才までに ありとあらゆる感情を味わったように おもいますもちろんいろんな人から 愛情は いただいたし 友達からの愛情 もあったししかし 両親からは自分のほしい愛情は十分満たされず 淋しい気持ち 悲しい気持ち 愛が不十分に感じていたこと おねえちゃんは みんなの人気者で 私は いとこに わたしのほうがスキでしょ?わたしのほうを すきでしょ? と 強要したりしていて あとで ばれて 恥ずかしい気持ちになったり 弟と 酒乱の父のことで いっぱいいっぱいで あんまり お母さんは 温和では なかったし 楽しい団欒も 少なかったし 不安 怒り 混乱 自己卑下 心配 劣等感 無力感 傷心 ライバル意識 やきもち 落胆 憤り 悲哀 羨望 恨み かんしゃく 孤独感 虚無感 むなしさ 焦燥感 甘えたい気持ち いじめられたりもあったからこんなちっちゃいときに こんなに 沢山の気持ちを かかえていた私はこのときに 自分から人に 近づくのはやめようみたいな ものを 決めたような気がするそしてこのたくさんの感情を 知ったことで人の感情 気持ちの 察知力を 身につけていったのでしたと あとからおもいました私は 人の 気持ちがわかるのですわかることが 多いのです
2008.07.01
コメント(2)
全16件 (16件中 1-16件目)
1
![]()

![]()