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GW遠征記第2弾は、岐阜。大阪での演奏の翌日、 恒例となっている祖父母の田植えの手伝いのため、再び高速に乗った。 祖父母は、84才。今も岐阜の田舎に2人で暮らす。そして、お米を作っている。昔より田んぼの面積は小さくしたものの、 自分のうちのお米だけではなく、農協にも卸している立派な米農家。 しっかり者のおばあちゃんと、陽気かつ努力家のおじいちゃん。このコンビネーションが、ホントに素晴らしい。理想の夫婦。そして何度聞いても飽きない、おじいちゃんの米うんちく、米作りへのプライド。もう60年もやってきた・・・と、おじいちゃんは言う。最初は誰も教えてくれる人がいなかった。でも、自分で失敗や成功を繰り返し、ここまで来た。今では、周りの同業者から教えを請われるほどになった、とおじいちゃんのことを得意げに話すのは、おばあちゃん。「おじいさんの田んぼを、人がお手本に見に来るでねぇ」そして、人が見るから、手を抜けないのだという。穂がばらつかず、均等な高さに育つように、重く垂れるように。ただ量を収穫することだけでなく、見た目の美しさにまでこだわりをもって、育てている。 プロの仕事は、こういうところに潜んでいる。一つの道を究めること。誰のためでもなく、自分のこだわりのために。 忘れたくない、と思う。祖父母のお米で私が育ったこと。私の体は、祖父母のDNAだけでなく、彼らのお米でも作られていること。そして、祖父母がプロだったこと。その血を、自分が引くこと。
May 9, 2006
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ちょっと日記をご無沙汰しました。この3日間、大阪、岐阜、名古屋とはしごをし、夕方帰ってまいりました。 この3箇所の遠征では、どれも大きな出会いや気づきがありました。 まずは、「大阪」から・・・ *************** 15年以上ぶりの、中学吹奏楽部の集まりと演奏。再会の場は、大阪府内某市の文化会館だった。中学時代、演奏会を開いたのもここ、コンクールの予選があったのも、ここ。。。そして、久しぶりの再会と先生を招いての演奏を予定したのも、この会場。 仲間同士、再会の喜びを歓声で確かめ合うのもつかの間、 退院したばかりの先生が登場した。 うわさどおり、げっそり痩せた先生・・・昔はなかった白髪も。飲み物以外、口には入れられないとのこと。。ガンであるという事実が、いやでもこちらに伝わってくる姿だった。それでも、声を聞くとやはりあのときの先生のまま。最近調子が悪いのだけれど、今日はいいと言って、指揮台に立った。 久しぶりのみんなでの合奏。みんな、思うようになんて、現役時代のようになんて、全然吹けない。ずれたり、音が出なかったり、息が続かなかったり、あちこちでミス連発。でも、みんな必死で着いていこうとしていた。先生も、手を抜いたりしなかった。背筋を伸ばして立って、いつものあの鋭い目で、私たちから贈られた新品の指揮棒を使って、全体を見渡し、曲に体を乗せていた。 細くて、筋張った先生の肩。それ以外は、あのときのままだった。わたしには、周りの仲間が、中学の制服に身を包んでいるように見えた。 一曲終えるごとに、みんなかもれる「ふぅっ」というため息と、ちょっと苦笑。でも、 ここで演奏している、先生の前にまた集まれた!という感動が、ずっとわたしたちの根底を流れていた。 先生は、曲の合間に私たちに語りかけた。「着実に悪くなっているのを感じます。でも、負けるつもりはありません。負けるつもりはありません。みなさんから、「気」を送ってください。」 大事なことを二回言うのは、先生のクセ。 変わらないな。負ける気、ないんだね。 「気」なんて、いくらでも送るよ。 奥様に付き添われて、最後に何度も「ありがとう」と言って帰られた先生。「ありがとう」って、そんなに言わないで欲しいな。終わりみたいじゃない? 「もっと練習しとけ。」って言って欲しいよ。今日はロングトーンで息が続かなくて、わたしは曲の途中で休んでました。ごめんなさい(笑)次は、今日よりはましに吹けるようにします。 先生、まだ57歳でしょ?今日来てたお孫さんだって、まだ10ヶ月でしょ?おじいちゃんの出番、これからだよ。今日は目を細めて抱っこしていただけだけど、そのうち追いかけなくちゃいけないよ。幼稚園にも行くよ、小学校にも行くよ。今よりもっとかわいくなるんだよ。ちゃんと見届けて・・・ わたしたちも、これじゃまずい!ってことで、もっと練習しよう、第2回を企画しよう、という話が出ています。また先生に指揮してもらいたいんだから・・・
May 6, 2006
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いよいよ、今夜(正しくは、明日未明)大阪に向けて出発。 今は外は雨・・・でも、明日以降、天気は良くなる様子。わたしたちの帰省も、どんな景色になるのだろう。 この世で起こる「ひとつひとつ」に意味があるとすれば、今回の先生の病状、そしてそれから始まった昔の仲間の集結企画、その企画に伴って、ある人は、連絡の取れない仲間を家まで訪ねたり、ある人は、楽器のない人のために当てを借りて回ったり、 ある人は、希望者に当日演奏する予定の楽譜をひたすらファックスしたり、ある人は、車を出して重い楽器を持つ人の家を回ったり、 みんながやること、やれることを探して、そして集まろうとする、その先にもその途中にも すごくいろんな意味がある気がしている・・・ わたしたちは、先生の元に集まったとき、みなそれぞれ、何を感じるのだろうか。 そして、先生にとって、どんな意味になれるだろうか。 小さなひとりひとりが集まって、先生のために、何か一つの意味になれたら・・・ 中学時代のコンクールの時、みんなが一つになった。それ以来、二度目の、一つになる瞬間。 15年以上の時を経て、再び一つになる瞬間に、私たちはまた新しい意味を見いだす気がする。
May 2, 2006
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