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私の好きな小泉純一郎さんの口癖は、
「感動した!」
小泉さんってどんな人?
任期満了まで支持率の高かった総理大臣。
小泉さんの事を、好きな人と嫌いな人は、はっきり分かれると思う。
好きな人は大好きだって言うし、嫌いな人は大嫌いだって言う。
私が小泉さんを好きになったのは四半世紀も前の事。
大蔵省の内部を知って、郵政大臣になって、初めて日本国民のお金が、
郵便局の貸付窓口を通して、いらない公共事業にジャブジャブ使われている事に
気付き、愕然とした。
今までの『官僚に口出しをしない多くの大臣達』と一線を画して、
官僚に物申す大臣になった。
それが、彼の孤独との戦いの始まりだった。官僚に、党からさえも孤立させられた。
その時、渋谷で一人暮らしをしていた私は、たまたま見ていたテレビのニュースで
多くのマイクを突きつけられ、無言で車に乗り込む彼を見た。
あの時の目が忘れられない。どこか哀しげで、それでいて奥底に燃える信念のような
眼光があった。その時は、まさか、この人が総理大臣になるだなんて思いもしなかった。
そのくらい、小泉さんって政治家の中では異色な存在だったの。
その頃大半を占めていた族議員とは全然違ってた。
田中角栄が間違いだとは言わない。確かに『日本列島改造論』の頃は、必要な事
だったと思う。でも、そのシステムが長すぎたの。郵便局は国民のお金を勝手に
国に際限なく貸し出し、いらない公共事業や箱物事業がジャンジャンできた。
バブルの頃、銀行はお金を民間の会社にどんどん貸し出した。「借りてください」って
言い続けた。首都移転の噂が出る度に、そこの土地が値上がりし、買占め、
噂に踊らされ、『土地ころがし』と言われる現象が起きた。
もちろん、国債による国の借金は増える一方。当然のように、突然の方向転換。
蛇口が閉められた。バブルは崩壊した。
その時、思ったの「あぁ、小泉さんの言ってる事に間違いはなかったんだ」って。
小泉さんが心配してたのは、この事だったんだって気が付いた。
小泉さんのテーマは初めから一貫してた。
行財政改革。
何て険しい道のりなんだろう。
今、改めて、そう思う。
その事を思い、6年以上も、たった一人で、首相公邸の夜を過ごした。
孤独と重責。
なんて強い精神力なんだろう。
きっと、押しつぶされそうな時だってあった筈。
でも、彼は国民の前に顔を見せる時、いつも、おおらかで明るかった。
それだけでも、景気は回復する。トップリーダーが明るいと国も明るくなる。
辛いときも、テレビに映っている時は演技をしてでも明るく振舞った。
そんな彼が、子供のように、こぶしで流れ落ちる涙を拭っても拭っても、
あふれ出す涙で言葉が、しゃくりあげたようになってしまった時が一度だけある。
あれは、訪ブラジルの時の事。
彼のいとこは、ブラジル移民だった。彼は暖かく迎えてくれたブラジルの子供達と
彼のいとこの今までの苦労を思い、涙した。堰を切ったように泣き出した。
日本では泣けなかった涙が溢れ出した。
彼自身、苦労の意味を痛感している時だった。