オレンジ・ピール・フランベの部屋

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2010.05.14
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カテゴリ: カテゴリ未分類
○赤坂紀尾井町にある老舗の高層ホテル
エレベーターを3階まで降り、ホテルの旧館を抜け、外に出る天野真美(46)。
台風の名残の小雨が降っている。
○通り越しに見えるパン屋
ホテルに面したホテル経営のパン屋で、ホテルのロゴ入りの大きな紙袋2つ、大量のパンを受け取る真美。
真美「うわー、重い!パソコンで注文してるうちに、ついつい、多くなっちゃって。」
店員A「うふふ。両手にパンですね。ありがとうございます」
   紙袋を両手に、パン屋を出、再び旧館を抜け、エレベーターに乗り、35階で降り、部屋に入る真美。
○ 305号室 カーテンが空いていて自然光

部屋に戻る途中、ホテル内の売店でヨーグルトを買い、再びエレベーターに乗る真美。と、その時、エレベーターに乗ろうと待っている女Aがいるのに気付き、『開』のボタンを押したまま、女Aに声を掛ける。
真美「上ですか?どうぞ」
女A「すぐ来ますから・・・」
   気まずい間が空き、『閉』のボタンを押す真美。エレベーターのドアが閉まる。
真美「いくら、エレベーターが6台あって、高速エレベーターだからって、いちいち、一人ずつ呼んでたら、電力が無駄じゃない」
   真美は35階のボタンを押す。部屋に入り、TVをつけると、台風が関東地方を通り過ぎたと言っている。
真美「傘も送っちゃえば良かったかな・・・」
ヨーグルトを食べ、煙草を1本吸い、歯を磨く真美。薬を飲み、電話をかける。
真美「あっ、もしもし、私。・・・うん、うちに着くのは、7時頃かな。パン買ったよ。良かった台風過ぎて。・・・うん。重いよ。でもキャリーに全部入ったし、パンは送らないで今日中に家に持って帰るからね。知香に取りに来るように言っておいて。・・・はい。はい。そうするよ。もう、チェックアウトの時間だから。・・うん。じゃあね。」
ベッド脇の時計を見、慌ててTVを消し、キーを持ち、キャリーバッグを重そうに引き、ドア近くにある部屋の主電源を切り、ドアを出る真美。
○エレベーターの前

真美「あっ、乗ります」
開いているエレベーターに急いで駆け寄る真美。中には佐藤章之(38)佐藤典子(37)佐藤裕太(5)が乗っている。真美が乗り終わるまで、『開』のボタンを押しながら、にこやかに声を掛ける章之。
章之「1階でいいですか?」
真美「あっ、はい。ありがとうございます」
○ エレベーター内

と、その時、どどどどどどおおおおおおおおおおおんんん、という轟音と共に、エレベーターが激しく上下し、4人は床に叩きつけられる。エレベーターの明かりは消え、壁に叩きつけられるような横揺れが続く。放心状態だった裕太が、我に帰ったように突然大声で泣き出す。しばらくして、明かりが点くと、階数を示すライトは、2階を示している。床にうずくまる4人。裕太を抱きしめる典子。
典子「何があったの?」
章之「解からん。地震かも知れない。大丈夫か?」
典子「ええ、私は大丈夫。ほら、泣かないの裕太。痛いところある?」
   ぎしっつ、ぎしっつ、金属がきしむような不気味な音がする。
章之がふらふらと立ち上がり真美に手を差し出す。章之の顔のアップ。
章之「大丈夫ですか?」
差し出された手に礼を言うのが精一杯の真美。腰をさすりながら、
真美「ありがとう」
章之が緊急ボタンを押す。応答がない。ざわざわとホテル内から声が聞こえる。章之が緊急ボタンを押し続け、マイク部に向かって呼びかける。
章之「何があったんだ!2階で故障が起きたぞ。止まってるんだ!」
   応答は一向にない。章之は座り込んだ。そして、つぶやくように言う。
章之「地震が故障の原因だとしても、待てば復旧されるだろう。震源はどこなんだ。震度
は、どの位だったんだ・・・」
章之、思い出したようにポケットに手を入れ、携帯電話を取り出す。
章之「駄目だ。受信できないどころか、電波も通じてない。ここは圏外じゃない筈なのに・・・議会に間に合うかな・・・」
   真美の正面に座った章之の胸に議員バッジがついている。
真美「衆議院本会議ですね。私、傍聴に行くんです。地元の議員さんの秘書さんに案内してもらう約束なんです。私、香山真美と言います」
章之「地元?どちらから入らしたんですか?」
真美「栃木県足利市です」
章之「栃木県2区で衆議院。もしかして自明党の真木先生ですか?」
真美「そうです!」
章之「私、自明党の衆議院議員ですよ。いわゆる大泉チルドレン!佐藤章之といいます」
真美「私、大泉さんのファンなんですよ。今日も大泉さんをお顔が見たくて傍聴するんです。すみません。佐藤さんのお顔知らなくて」
章之「いや、メディアに取り上げられる議員ばかりじゃないですしね。大泉チルドレンだった佐藤と言ったら、女性の佐藤先生の方が有名ですからね。これは妻の典子と、息子の裕太です」
   裕太は泣きやんでいたが、典子にしがみついている。典子が笑う余裕もなく、会釈する。真美は床を這って典子の隣に座り、典子に、大丈夫・と無言で語りかけるように背中を擦った。
真美「昨夜一泊して・・・そう言えば、昨夜の天気予報で第風8号が接近するって言ってましたけど、今朝のうちに台風は過ぎたみたいですね。これ、台風のせいじゃないですよね」
章之「そうですね。台風は過ぎたみたいです。あぁー、もう、12時40分か」
   章之は携帯の文字盤を見てため息をつく。そして立ち上がり、エレベーターのドアを叩く。
章之「おーい、聞こえないか!」
と、その時、ぎしつっつと、不気味な音がエレベーターの上部から響く。
章之「ワイヤーの音だろうか・・・」
章之は慌てて叩くのをやめ、ドアから離れる。
真美「私、12時30分に衆議院第二会館へ行く約束だったんです。あー、傍聴できないな。真木さんの秘書さんにも悪いなぁ・・・」 
章之「携帯が通じれば、私から連絡入れて差し上げられるんですが、電波が通じない」
   言葉が尽きたように静寂が訪れる。
真美「人の気配がありませんね・・・」
   携帯の文字盤の時計を見ながら、章之が言う。
章之「今、衆議院本会議、終わりましたよ」
   真美が腕時計を見ると、1時10分。真美がすっとんきょうな声で言う。
真美「えっつ、だって、議会開始から、まだ10分しか経ってない筈」
章之「今日の議会は10分間なんです。決議に10分。決定事項のおさらいみたいなもんです。ちなみに野党はほぼ欠席。私は異例です。欠席って嫌いでね。議会を欠席する事を『寝る』って言うんですけどね。ほら、机の名札が寝てるでしょ。多数決に不利益な時の、野党の常套手段ですよ。それでも議会は粛々と」
真美「そういうもんなんですかぁ」
章之「衆参とも、本会議にはシナリオができているようなもんです。実際は、委員会を積み重ねて、そこまで持っていってあるんです。そ・れ・と、残念ながら傍聴席からは大泉さんは見えませんよ。総理経験者は全てを見渡せる後部席で、ちょうど傍聴席の真下になるから」
真美「そうだったんですかぁ。どっち道、お顔は見られなかったんだぁ。でも、本会議場の建築様式は、見てみたいなぁ。テレビの国会中継を、よく見てて、ロココ調って言うんですか?私、建築の勉強を少しした事があっって、興味あるんですよね」
章之「それなら、一見の価値のある建物ですよ。あの木造の彫刻なんかも。なんでも、ドアノブ以外は全部日本製だそうです」
二人の落ち着いた話し振りに安心していた裕太が、ぐずり出す。
裕太「ママー、おなかすいたぁー」
   ぐずる裕太を見て、真美が思い出したように言う。
真美「これ、全部パンなんです」
   真美がキャリーバッグを叩く。
真美「こんな高級ホテル、そうそう泊まれませんけど・・・時々泊まる度、買って持って帰るんです。ここのホテルのパン凄く美味しくて、大量に買い込んで・・・重くてもキャリーバッグで、今日の内に引きずって帰って、家に着いたら冷凍しちゃうんです。パンって、冷凍しても風味が落ちないんですよ」   
真美が、話しながら、バッグのファスナーを全開にすると、典子が目を丸くする。
典子「まぁ、ほんとに全部パン!」
真美「元々入れて持ってきていたスーツやコスメや着替えを全部宅配で送っちゃって、パンだけ今日中にお持ち帰り!凄い量でしょう?ここのホテルブレッドは生地の肌理が細かくて、濃密で重くてしっとりして弾力があるのが特徴なの」
真美が典子の手の上に、メイプルの食パンを乗せる。
真美「ね、思ったより重くて、弾力あるでしょ」
典子「あら、本当!重―い!」
   典子がパンを手で押して、弾力を確かめて喜ぶ。
典子「凄い弾力!」
真美「裕太ちゃん、はい、チョコデニッシュ」
典子「いいんですか?」
真美「メイプルの丸パンと、メイプルの食パン、クリームチーズの食パン、十勝のミルク食パン、豆乳食パン、これが全部2個ずつ。それとチョコレートデニッシュが4つ・・・万が一よ、万が一、・・・助けがなかなか来なかったら・・・、万が一、計画的に食べましょう。ね、佐藤先生?」
真美が真顔で章之を振り返る。
章之「先生はやめてくださいよ。ありがとうございます。それにしても、家で冷凍するなら、冷凍便で送っても同じじゃないかなぁ」
真美「あら先生!ヤダ!私、思い付きもしなかった」
   閉じ込められたエレベーターの中、笑いが満ちる。
章之「だから、先生はやめてくださいって」
   典子が笑いながら
典子「そうですよ。この人が先生だなんて!教師でも医者でもあるまいし。小学校からずっとの付き合いですから、私なんか、未だにピンと来なくて」
真美「まぁ、小学生から?」
典子「大学まで」
真美「初恋が実ったの?」
章之「いや、伴侶として意識したのは、大学卒業後、典子が熊本に帰郷してからです」
真美「解かった!離れてみて、初めて幼なじみの存在の大きさに気付いたって、ところ?」
典子「この人、毎日のようにうるさく電話してきて。私、そのころ、ミス熊本に受かって、で熊本の観光大使で、大忙しだったのに。それで、私が、『私は故郷をアピールする仕事をしているけど、あなたは、証券会社で何がしたいの?』って言ったら、突然会社辞めて、地元から選挙に立候補しちゃったんです。当選したら、結婚するって大見得切って」
真美「ステキ!自明党の議員さんに、こんなロマンスがあったのね」
典子「真美さん、ご結婚は?」
真美「私、シングルなんです。もう、46なんですけど、結婚は卓越しちゃいました。父が亡くなって、母と住んでます。妹は嫁に行きました。私の世代の女って、独身が多いんですよ。いわゆる新人類って言われた世代。女が自立するのがかっこいいって風潮とバブルの真っ只中に青春を過ごした、計画性のないおばかさんです。負け犬って言葉、はやりましたよね。女性の喫煙率も私の世代が最も高い。私も、喫煙者から、未だにぬけられないんです」
典子「真美さん、たばこ吸いたいんじゃないですか?いいですよ」
真美「いいえ、ここは公共の場ですから。それより、実は私、安寧剤の必要な体質なんねす。計画性もなく職を転々とした挙句、神経を病んじゃって・・・朝、安定剤を飲んでいなかったら、今頃パニックでした。薬は、病院から処方された二日分を、多めに持ってきてあるんですが・・・」





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Last updated  2010.05.14 11:39:53
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