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波乱万丈の幕開け の続きです。。。私を出産後、退院して家に帰ってみると家の家財道具が全て無くなっていたのを見た母は某残としたそうです。そりゃそうですよね(笑)そんな母と私を心配した祖父や親せきに支えられながら母は必死に私を育てながら色々と頑張ってくれていました。でも父は相変わらず、家にお金を入れないその上、借金を繰り返す。。。そんな現状に母な絶望し、私を道ずれにガス自殺を図りました・・・ですが、おんぼろアパートだったのでガスが隣に漏れ、直ぐに発見されて私はこうして今も生きております。こんな父ですが、腕の良い溶接工でその当時から、かなりのお給料をもらっていたそうです。手先も器用で、人の面倒見がよく、家族親戚以外の人たちからはいい人で通っていました。。。父は13人兄弟の末っ子で、昔父が初めてのお給料を袋のまま母親に渡したとき「 お前が一生懸命働いたお金だからお前の好きに使いなさい 」と言われたのが始まりだそうで、父は死ぬまでその生き方を貫いたまま生涯を閉じたのです。そんな父のこと、死ぬほど嫌いでした。許せなくて、嫌で嫌でしたかがなかった。なんでこんな家に生まれたんだろうってほんの数年前まで何度も何度も思い悩み、そして苦しみ続けてきました。そんな私ですが、ここ最近は、やっと?!私は、この父と、母の子供に生まれてきて良かった!!私は私に生まれてきて良かったと心から思えるようになったんです。そんな私の心の変化を少しづつ、ここでお話していこうと思います。
2020年02月21日
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小さな町の助産院の産婆さんによって取り上げられた私は何故か新聞紙にくるまれ、そこにやってきた父に手渡された。その瞬間に私が泣いて、びっくりした父に危うく落とされるとことだった(笑)まさか新聞紙の中身が私だとは夢にも思わなかったらしい。。。この父に私は翻弄されながら生きていくことになる。何を隠そう、この父は母と結婚して7年間も家に一円も入れることなく過ごすのである。私を生んで家に帰ってみると、家に中にあった家財道具一式何もなくなっていたのです。はい、父が全て質屋に持っていってしまったのです。母はと言うと、私を妊娠してから10月10日ほとんど何も食べられないほどつわりがきつく出産のときも何度も貧血で気を失いかけ、その度にほっぺたを叩かれて出産が終わるころにはほっぺたが腫れ上がっていたそうですそんな状態だったので母乳は凄く出たそうですがなんせ栄養が無いので私が育たないということで親戚や周りの人たちはありとあらゆる物を用意してくれたそうです色々な種類の粉ミルクはどれも飲まず、ヤギの乳もダメそんな中、唯一近くのお豆腐屋さんの搾りたての豆乳だけごくごくと飲んだとのこと!!だから今でも私は豆腐料理が大好き♪私が妊娠した時もつわりのときでもお豆腐はいっぱい食べたなぁ。。。今でも牛乳より断然、豆乳派です!!とりあえず今回は私が生まれた頃のことを振り返ってみました。
2020年02月13日
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