『交通誘導員 ヨレヨレ日記』柏耕一 フォレスト出版
私には、数人の「これが面白い」と本の情報を提供してくれる知人がいる。
当然と言えば当然だが、「面白い本」というのが様々で、そのことが面白い。
実は、この本は、たまたま新聞一面の一番下段に載っている本の広告を読んで知っていた。
「当年 73 歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます」という文章が目に入った。 73 歳と言えば今の私と同じ年である。急にこの本のことが身近になった。
これは全くの偶然だが、この広告を目にした午後に、知人とコーヒーを飲みながら話をしていた。知人は、「これ面白かった」と言いながらバッグから出してきたのがこの本だった。その「面白い点」とは何なのか。
簡単に言えば、「全然知らない業界の中身を覗ける面白さ」と知人は言っていた。
車に乗っていたり、街を歩いていると、どこかで交通誘導員の人たちを目にすることがある。よく行くスーパーの駐車場にも数人の誘導員の人を見かける。
道路工事などで片方の道路しか通行できなくなった時に、誘導員の人が、赤い旗と白い旗を持って、「ストップ」と「行ってよし」を示して車の流れをコントロールしている。
この本は「日記」となっているが、すべて「某月某日」となっており、副題がついている。
例えば、最初のエピソードの題名は「トイレ掃除」、副題は、「警備業法違反を隊員に強いる隊長の弱み」となっている。
この本の下段には注がついている。例えば「隊長」。どう書いてあるか。
警備員が多人数の現場や長期の現場では警備会社が決めた隊長がいる。小規模な現場ではその中からなんとなく責任者を決める。隊長といっても、責任が重いだけで、日当は一般隊員と変わらない人も多い。 P12
さて、「警備業法違反を隊員に強いる隊長の弱み」とはなんなのか。
この日の仕事は、マンションの通路天井の電気系統の補修とエレベーター前のタイル張替えの見守りと住民への注意喚起。
2 基のエレベーターの間にはアクリル様の半透明の仕切りが通路の半分ほど占めている。そのうえタイル工が作業をしているので一目でエレベーター 2 基の稼働状況を見渡すことが出来ない。 ( 中略 ) エレベーターに乗る住人は半透明のアクリル板と囲い ( タイルが乾くまで立ち入れないように ) 内に立ち入れないことから、 2 基のエレベーターの停止階確認のために動かなければならなかった。
2 基のエレベーターの中間に位置する私は両方を見渡せるので「右のエレベーターが (1 階に ) とまっていますよ」と教えてやることはできた。そうすべきかなと考えた瞬間だった。 2 人でエレベーター前に来て左右を確認したうちの 30 代と思しき 1 人が私に向かって大声で恫喝し始めた。
「てめえ、警備員ならどっちのエレベーターが止まっているか教えろってんだよ。ふざけんじゃねえぞ、この野郎 ! オレたちの金で警備しているんだろ」 P15~6
よく報じられるのが、「相手が反撃してこないことを知ったうえで暴言を吐いたり、暴行
を行う輩」だが、これは典型的なケース。ついでに、警備会社からも命じられるのは「もめ事を起こすな」という事なので、著者は結局、本来業務ではないエレベーターボーイのまねごとをすることになる。
さて、問題はここから。
梅沢から、無線を持たされていない私の携帯に「警備服を脱いで私服で至急作業員トイレに来てほしい」と呼び出しがあった。
なんで私服でと不審に思ったが急ぎ私服に着替えトイレに駆けつけた。ここのトイレは建設現場によくある移動型仮設トイレではなく個室が 3 つ小便器が 5 つの本格的な仮設トイレである。
すでに梅沢と警備服の隊員が 1 人待っていた。梅沢はわれわれに向かって仮設トイレのベニヤ壁を誘導灯で指しながらトイレ掃除をしてほしいという。壁はきれいなものである。個室を覗くと 1 つの便器がかなり盛大に汚れていた。
「ハハア、警備服でやらせれば警備業法違反になるから私服に着替えさせたわけだ。なんであれ自発的に善意で私がトイレ掃除をしているとさせたいわけだ」と私なりに考えた。 P17~8
隊長は、仕事先に迎合してトイレ掃除を思いついたのだろう。
さて、「警備業法違反」とは。
交通誘導警備は警備業法第 2 条第 2 号に「人若しくは車両の雑踏する場所における負傷等の事故の発生を警戒し、防止する業務」と定められている。よって交通誘導員にこれ以外の業務を押し付ければ警備業法違反となりかねない。私の同僚は、現場道路の清掃 (70~80 メートル ) を隊長に命じられ、「警備業法違反」と拒否して翌日からその現場の勤務を外された。 P18
その拒否した人の代わりに、他の人が派遣され、その人が「警備業法」を知らなかったら、
現場道路の清掃をいやいやながらやっていただろう。
さて、「隊長の弱み」とは何か。著者は、「あなたのことは会社に通報しますよ」といい、
「私は警備員になったんで、トイレ掃除で雇われてきたんじゃないですよ」と告げる。梅沢
は家庭の事情から会社の寮に入っており、通報を受けて責任を取らされることを恐れたの
か、日ごろの高圧的態度はどこへやら、低姿勢で詫びてきたという。
ここだけ見ると、著者はずいぶん権利意識の高い人なんだなと思いがちなのだが、この場
合、この梅沢という隊長が、著者に対して理由もなく怒鳴ったり、軽蔑したような態度をと
ったという事が背景にある。もしもこの梅沢と著者との人間関係が円滑に行っていれば、著
者は、「警備業法」の存在は知りながらも、「梅沢さんの頼みならしかたないですね」とトイ
レ掃除をしただろうし、頼む方も、「本来業務じゃないんだけど頼むよ」という言い方をし
ただろうと思う。
この「日記」のエピソードの大半を占めるのは、このような人間関係にまつわるエピソー
ドである。
著者の夢は、「本書のベストセラー化により、警備員生活からの卒業」だそうである。私
は図書館から借りたのだが、心ある、そして少しお金がある方はこの本を書店で買い上げて
頂きたい。
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