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もっちん4476さんComments
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中門
西院伽藍
南大門を入って正面のやや小高くなったところに位置する。向かって右に金堂、左に五重塔を配し、これらを平面「凸」字形の回廊が囲む。回廊の南正面に中門(ちゅうもん)を開き、中門の左右から伸びた回廊は北側に建つ大講堂の左右に接して終わっている。回廊の途中、「凸」字の肩のあたりには東に鐘楼、西に経蔵がある。以上の伽藍を西院伽藍と呼んでいる。金堂、五重塔、中門、回廊は聖徳太子在世時のものではなく7世紀後半頃の再建であるが、世界最古の木造建造物群であることは間違いない。
中門(国宝)
入母屋造りの二重門。日本の寺院の門は正面の柱間が奇数(3間、5間、7間等)になるのが普通だが、この門は正面柱間が4間で、真中に柱が立つ点で特異である。門内の左右に塑造金剛力士立像を安置する。日本最古(8世紀初)の仁王像として貴重なものであるが、風雨にさらされる場所に安置されているため、補修が甚だしく、吽形(うんぎょう)像の体部は木造の後補に代わっている。門は現在、出入り口としては使用されず、金堂等の拝観者は回廊の西南隅から入る。

金堂
金堂(国宝)
入母屋造の二重仏堂。ただし上層に部屋等がある訳ではなく、屋根を二重にしたのは外観を立派にするためである。金堂に見られる組物(軒の出を支える建築部材)は、雲斗、雲肘木などと呼ばれ、曲線を多用した独特のものである。この他、二階の卍くずしの高欄(手すり)、それを支える「人」字形の束(つか)も独特である。これらは法隆寺金堂・五重塔・中門、法起寺三重塔、法輪寺のみに見られる様式で7世紀建築の特色である。
二重目の軒を支える四方の龍の彫刻を刻んだ柱は構造を補強するため鎌倉時代の修理の際に付加されたものである。金堂の壁画は日本の仏教画の代表作として国際的に著名なものであったが、1949年、壁画模写作業中の火災により、初層内陣の壁と柱を焼損した。寺内大宝蔵院東側の収蔵庫に保管されているが、非公開である。なお、解体修理中の火災であったため、初層裳階(もこし)部分と上層のすべて、それに堂内の諸仏は難をまぬがれた。この火災がきっかけで文化財保護法が制定され、火災のあった1月26日が文化財防火デーになっている。堂内は中の間、東の間、西の間に分れ、それぞれ釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来を本尊として安置する。

五重塔
釈迦三尊像(国宝)
623年、止利仏師作の光背銘を有する像で、日本仏教彫刻史の初頭を飾る名作である。図式的な衣文の処理、杏仁形(アーモンド形)の眼、アルカイックスマイル(古式の微笑)、太い耳朶、首に三道(3つのくびれ)を刻まない点など、後世の日本の仏像と異なった様式を示し、大陸風が顕著である。
薬師如来坐像(国宝)
東の間本尊。木像の脇持とされる日光・月光菩薩像は別に保管されるが、作風が異なり、本来具のものではない。
阿弥陀三尊像(重文)
鎌倉時代の慶派の仏師・康勝の作。元来の西の間本尊が中世に盗難にあったため、新たに作られたもの。全体の構成、衣文などは鎌倉時代の仏像にしては古風で、東の間の薬師如来像を模したと思われるが、顔の表情などは全く鎌倉時代風になっている。脇持の勢至菩薩像は明治時代に寺外に出て、現在フランス・ギメ美術館蔵となっており、現在金堂にあるのは模造である。
