行政書士徒然日記

行政書士徒然日記

PR

Calendar

Favorite Blog

くたびれてたなあ New! もっちん4476さん

素盞嗚(スサノオ)… 素盞嗚さん
*Sowing Seeds In H… Sakura_sakuさん
桜と向日葵と秋桜に… はあちゃん0408さん
風に吹かれて 唯我独尊7さん

Comments

きゅうりやのばんちゃん @ Re:病気入院(11/16) きょう、足跡を見つけました。 うれしか…
kotona♪ @ あけましておめでとうございます タケルさん、早く良くなってくださいね♪ …
総徳 @ 謹賀新年 明けましておめでとうございます まだ…
総徳 @ え! 大丈夫? なんだ、なんだ! 緊急入院ですか! …
Mrs. Linda @ Re:病気入院(11/16) 暫く更新がないのでどうなさっているのか…

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

タケル0127

タケル0127

Freepage List

2009.08.20
XML
カテゴリ: 歴史

画像 253.jpg

 源実朝は、鎌倉幕府の第三代征夷大将軍である。

 鎌倉幕府を開いた源頼朝の子として生まれ、兄の源頼家が追放されると12歳で征夷大将軍に就く。政治は始め執権を務める北条氏などが主に執ったが、成長するにつれ関与を深めた。官位の昇進も早く武士として右大臣に任ぜられるが、その翌年に鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に襲われ落命した。子はおらず、源氏の将軍は実朝で絶えた。

 歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。家集として金塊和歌集がある。

画像 264.jpg

 建久3年(1192年)8月9日巳の刻、源頼朝の次男として鎌倉で生まれる。幼名は千幡。母は頼朝の正室である北条政子、乳母は政子の妹である阿波局が選ばれた。千幡は若君として誕生から多くの儀式で祝われる。12月5日、頼朝は千幡を抱いて御家人の前に現れると、「みな意を一つにして将来を守護せよ」と述べ面々に千幡を抱かせた。

 建久10年(1199年)に父の頼朝が薨去し、兄の源頼家が将軍職を継ぐ。

 建仁3年(1203年)9月、比企能員の変により頼家は将軍職を失い伊豆国に追われる。母・政子らは朝廷に対して9月1日に頼家が死去したという虚偽の報告を行い、頼家の弟への家督継承の許可を求めた。これを受けた朝廷は7日に実朝を従五位下征夷大将軍に補任する。10月8日、遠江国において12歳で元服し、実朝と称する。儀式に参じた御家人は大江広元、小山朝政、安達景盛、和田義盛ら百余名で、理髪は祖父の北条時政、加冠は平賀義信が行った。24日にはかつて父の務めた右兵衛佐に任じられる。

 元久元年(1204年)12月、京より坊門信清の娘を正室に迎える。正室は始め足利義兼の娘が考えられていたが、実朝は許容せず使者を京に発し妻を求めた。

 元久2年(1205年)1月5日に正五位下に叙され、29日には加賀介を兼ね右近衛権中将に任じられる。

画像 261.jpg






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.08.22 16:18:47 コメント(4) | コメントを書く
[歴史] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: