きままな日記

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BONJOVI1962

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February 9, 2009
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カテゴリ: 歴史

春日山は標高180メートルの急峻な独立峰。
そこに、本丸や天守閣、二の丸、三の丸をはじめ、武将が住むための数多くの曲輪、さらには謙信が信仰した毘沙門天を祭る毘沙門堂、出陣前に五壇護摩を修した護摩堂等、数多くの建物が建立されました。
特に、謙信が移住する山頂部分は「実城(みじょう)」と呼ばれ、越後では謙信を「御実城さま」と呼びならわしていた(ちなみに景勝はその住まいにちなんで「御中城<おちゅうじょう>さま」と呼ばれました)。
春日山の頂上から見下ろすと、関東や信濃、北陸方面に通じる主要な街道や、豊かな実りをもたらす頸城(くびき)平野、さらには直江津の湊と共に日本海まですべて見通すことができ、いかに地の利を得た城であったかがわかります。
それだけではありません。
春日山城の周辺には数多くの砦が築かれ、越後各地に通ずる街道の要衝にも数多くの山城が築かれていました。
それらすべてを含めて広義の春日山城と呼ぶ事もある。
御館の乱でも、景勝側がいち早く城を押さえた事が勝利を導きました。
春日山城こそは謙信、景勝、兼続の心のふるさとなのです。





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Last updated  February 10, 2009 01:39:17 AM
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