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京都2R未勝利戦快勝「ナニハトモアレ」号久々の自分的にはキャッチーなネーミングだ。「アイアムコノテイド」級だ。馬名としての品格はないと言われるかも知れないけれど、「ためいき」的なところがいい。しかし、さすがにダービーを勝ってしまうと自分もちょっとどうかと思うけど、それはないだろう。不景気な今日この頃、景気のいいやつも結構いるんだけれど、不景気の波をもろにかぶっている人たちを見ると、ナニハトモアレ・・・ってとこですか。その次のレース「ナナイロカメン」登場。こっちは後方から「疾風のように」追い込んでくるかと思いきや、後方のままで終わる。そういえば「疾風のように」はゲッコウカメンだった。明日の根岸ステークスなにはともあれ、あの馬からいきます。
January 31, 2009
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AJCC杯のエスポワールシチーゴール手前でかわされ2着でした。友駿ホースクラブの会員としては、クラブの馬が重賞競走に出走すると、もちろん応援するのですが、やっぱり、どこか複雑な気持ちです。「ああ、あれが俺の馬だったらなぁ~」っていう溜め息が漏れてくるんですよね。キョウトシチー、地方競馬との交流が始まった頃ダートで稼ぎまくりました。自分の愛馬も、中央がだめなら、ダートの出稼ぎなんて、望みをかけたものです。一番強烈だったのはタップダンスシチー、うらやましい・・・・・・・・・・・・でもあの騎手服が凱旋門で走るだけでも興奮しました。こんなことを話題にしたので、自分なりに総決算しました。昭和62年に会員になり、もう20年以上続けています。今まで持った馬は50頭(代替馬も含め)半分が代替と考えても、4万円×25で100万会費+かいば料が月平均約5000円×12×20で120万で、入ってきた賞金は月平均1000円×12×20で24万円大幅な赤字ですわ。でも、夢を買えましたからね・・・それに、20年という月日はどんな数字も大きくしてしまう、例えば、一日にうんこを500gするとして、20年でなんと4t。500gは多いとして仮に大幅に少なく見積もって100gとしても0.8t。そう考えるとあの数字も大したことないかもね。しかし、やっぱり撤退します。今はボンビーな自分にはかなりの負担です。ボンビーは桃太郎電鉄だけで十分ですわ。残りあと2頭です。この2頭が引退すれば即撤退と思ってますが・・・
January 25, 2009
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ちょっと風邪気味なのに、中京競馬参戦したのがまずかったのか、風邪が悪化しました。ちょっとつらい毎日です・・・・前回の続きですが、一つだけ付け足しです。帰路快速みえの車内おばちゃんが4人おしゃべりで盛り上がっていてうるさいこと、うるさいことおしゃべり自体は、退屈しのぎにもなるんだけど、3分おきくらいに、4人の笑い声が車内に響く。これが極度にやかましい。別に競馬に負けた訳でもないのに、ほんと腹が立ってきましたねぇ・・・昔、指圧師の浪越徳治郎さんが「笑いは健康の源」みたいなことを言ってましたけど、あんだけ笑えれば、長生きできますわ。腹立つより、だんだんうらやましくなってきましたわ。 中館騎手です。いつの間にか髪の毛微妙になってました。でも、いいかんじです。的場勇人騎手は、今風イケメンでした。
January 21, 2009
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この日曜、中京競馬に参戦しました。この開催、3回開催という変則で、しかも、重賞が一つも組まれていない、寂しい開催だ。事実、自分は11時頃中京競馬場前駅に到着したのだが、自分と同じ両で中京競馬場前駅で下車したのは、なんと自分だけだった。降車の際、「このくそ競馬おやじ!」と乗客に視線を浴びせられているようだった(笑)。これはすいているぞ~と競馬場に向かったが、結構人はいましたね。通常中京開催の場合は同地区の公営は開催されてないことが多いのだが(多分)例年にない、変則開催ということからか、この日は笠松も開催されていた。そこで、後半は笠松へと行くことにした。7Rが終わり、向かおうとしたのだが、京都8Rが気になってしまい、踏みとどまったのが、結果的には失敗だった。笠松と中京は名鉄電車によって、直接結ばれている。そのため、結構近いという思いこみがあった。でも、乗車券で780円分思ったより遠かった。残っていた青春18切符で中にJRをはさみ向かったのだが、(JRの快速をはさんだ方が時間的にも早い)結局、メインレースに間に合わないことが、尾張一宮で確定。何とその日、メインの次の最終は1時間以上も空いていて、(中で佐賀メインをはさむので)待たなければならないは、1Rしかできないは、雨は降ってくるはで結局行くのは打ち切りになりました。一日で中京・笠松またげる滅多にないチャンスを逸しました。話は変わるけれど、「中京競馬場」は、豊明市にありますが、「中京競馬場前駅」は、名古屋市緑区にあることが、今回初めて分かりました。まぁ小ネタですけどね。
January 20, 2009
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【送料一律500円】テイチク「名鉄特急パノラマカー 河和→新岐阜(犬山線経由)」 DVD(TEBD29...先日のパノラマカーの引退を記念してか、名鉄杯がオープン競走に昇格した。それが、ど~やと普通の競馬ファンなら思うところ。しかし、このレースのレアなところは、1000万条件にもかかわらず、生ファンファーレがあったところ。ふつうはG1かローカルの一番重賞くらいしかないのだが、このレースだけ特別なのだ。しかも、その音楽は名鉄電車の警笛音(ミュージック・ホーン)。やっぱり、これに飛びつくマニアもいて、YouTubeにもかなり取り上げられていました。それが オープン特別に昇格。でも 条件戦のままの方が、レア感はする。重賞ならともかく。京王杯も京成杯も阪急杯も京阪杯も競馬場沿線の私鉄の冠競走は重賞なんだから、重賞でもいいんだけれど・・・なんて、馬券予想はそっちのけでどうでもいいことを考えていたら、やっぱり、馬券はとれませんでした。そうそう、自分はこの日、名鉄杯のファンファーレを聞きに中京競馬場へ行くつもりでしたが、ヤボ用が出き断念。でも、あとで聞くと、その名鉄が、いたずらで10時くらいから2時くらいまで運転見合わせしていたようで、出かけていたら、中京競馬場にはたどり着けないところでした。いたずらされた踏切が中京競馬場前駅の手前で名鉄杯に照準をあわせた、名鉄かJRAに恨みのあるものの仕業ですかねぇ? そうそう、昨日気になったのが、中山競馬場のスタート地点のあたりの民家のベランダでスターターに合わせ、タオルみたいなもの振っている人がいるんですけど、フェアリーSのスタートの時、子どもまで動員して何か振ってました。いろんな人いますね、世の中には・・・(こんなことに気付く自分も、「いろんな人」の仲間かも)競馬ファンとしては、一度くらいあんな競馬場直近のところへ住みたい気もしますけどあれはねぇ・・・そういえば、以前小倉競馬場のゴールのところで馬の入線も見ず、カメラ目線で毎度飛び上がっている男たちもいましたね。テレビ局的には迷惑だろうなぁ?
January 12, 2009
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今日午後まさにフジ系の競馬中継がはじまったと同時に、愚妻が「どこかへ連れて行け」ってなことを急に言いだし、出かけることになった。そして、T市の山奥深く奈良県境に近い、南北朝時代の武将「北畠」氏をまつる神社に出かけた。夕暮れ近くであったので、人はまばらでありました。駐車場に到着すると、胸の携帯が振動。人目を忍んでメールを見ると、それは競馬のメルマガ。中山金杯の結果でありました。しまった!買うの忘れていました。しかも、○→◎と来てやがる。京都のメインは買ってましたが・・・中山金杯はJRAプレミアムレース。そのキャッチコピーにつられて損をしている人多分たくさんいて、取り返そうとしている人も同じくらいいて、自分もその中の一人なんですが・・・でも、家にいて勝馬投票していたら、一番人気のオペラシーボに惑わされて、気持ちが変わっていたかも知れませんけれど。帰り道、スーパーに立ち寄ったら、店員さんが、正月飾りをはずしていました。正月もおわりですなぁ。今年は一日プラスでしたけど。競馬のお正月はあと一日続きますけれど。明日は京都金杯。今年は金杯が4日と5日に分割です。「金杯で乾杯」のチャンスが1日増えました。明日は「あの馬」で乾杯です。
January 4, 2009
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自分的去年のヒット購入商品一位は地デジです。何せ競馬が大きくワイドな画面で鮮明に見れる。これが一番。そして、民放BSが見れる。ショッピング番組が多いのが玉に瑕ですが、地味な番組が見れる。また、マニアックな番組が見れる。坂崎幸之助のBSフジの番組に嵌っています。BSフジでは鉄道番組もいいです。このあいだはワイルドワンズの武道館コンサートもやっていて、ゲストに沢田研二と加山雄三が出てきたのには、思わず興奮しました。そして、ヒット商品 ナンバー2はついに買ったよブルーレイです。夏休みに子どもたちが食中毒で入院したのですが、その時の給付金みたいなのが、今ごろ臨時ボーナスとして入ってきたんで、それで買いました。前述のように、民放BS・NHKBSに嵌り、録画しまくってしまい、見る時間がありませんけど。ブルーレイディスクはまだまだ高くて、HDDへ貯めまくってますけど。Panasonic(パナソニック)[ブルーレイディーガ/Blu-ray DIGA](250GB)HDD搭載ハイビジョンBD/DVD...
January 3, 2009
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あけましておめでとうございます。去年は娘と一昨年は息子の受験で、正月はおめでたい気分にはなれませんでした。そして、今年は思いっきりめでたい気分になるぞ~っと思っていたんですけど・・・自分が幼い頃は、お正月は思い切りめでたい日でした。まず、12月30日ころ、家族総出でお餅つきをします。どこかで笹を切ってきて大掃除もしましたね。大晦日はやっぱり紅白歌合戦でしょう。小学校2年くらいまでは、近所にテレビのない家庭もあって、その人たちが、我が家へ紅白を見に来てにぎわってました。でも、年越しそばを食べる習慣は、まだ自分らの地域にはなかったなぁ。そんな諸々で、否が応でもお正月気分を掻き立ててくれます。そして正月。朝、母がいっちょらいの服を着せてくれます。小学校低学年の頃までは、自分らの地域では登校日になっていて、小学校へ登校します。全校で集まり、お祝いをします。紅白の饅頭をもらい家へ帰ってきます。そして、お楽しみのお年玉をもらいます。入っていたのは百円札でしたね。そして、一日中お正月番組を見て過ごします。お正月からやている店なんかなかったですし、どこの家庭もテレビか初詣だったんでしょう。ムラの神社は、明治の合祀で村の中央にまとめられ、離れたところにあります。いっそうのこと、もっと離れた伊勢神宮に近鉄または国鉄でお参りにいきます。もちろん自家用車はどこのうちもありませんから。あったとしてもミゼットでは行きません。少年の頃寂しかったのは、父が昔にしては珍しく兄弟が少なかったので来客が少なかったことです。近所の農家には、都会から親戚が大挙してやってくるのがうらやましかったもです。お年玉の金額でなく、にぎわってない我が家がうらめしかったものです。また、母は当時すでにその父母が亡くなっていて、実家というものがありませんでした。友だちは、みんな母親の実家へ帰っていくのですが、自分にはそれが出来ないのがさみしかったものです。でも、子どもの頃の自分にとっては、やっぱりお正月は特別の日でした。だいたいあんなに遅くまでテレビが見れるのも、一年に一回大晦日だけでしたし。日に日に、テレビ番組からお正月番組が少なくなっていくのがさみしくてしょうがなかったものです。もちろん、それは3学期が始まり近づいているということでもあって「アラーの使者」の再放送を見ながら「もうすぐ学校がはじまる・・・」とため息もついてしまうのでした。昭和30年代のお正月の話でした。やっぱり、自分はどこかであの頃の理屈じゃない「ハレ」の気分が抜けないでしょうね。
January 2, 2009
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