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ダイアリー・フォー・アファメーション
2009年07月31日
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この本からの気づき

◎日本には物作りとか金儲けとか、現生の富貴や栄達を追求する者ばかりでなく、それ以外にひたすら心の世界を重んじる文化の伝統がある
◎低く暮らし、高く思う
◎いま地球の環境保護とか、エコロジーとか、シンプル・ライフということがしきりに言われているが、そんなことは我々の文化の伝統から言えば当たり前の、あまりにも当然過ぎて言うまでもない自明の理であった
◎慳貪とは、辞書によれば、欲深くして愛しみの心がないこと、むごいこと、貪欲なこととあり、つまり自分さえよければ他人のことはどうでもいいというもののことだ
◎人がしあわせになるかどうかは富貴か貧乏かによるのではない、ひとえにただ人の心のありようによるのである
◎人間は生きていくうえで必要欠くべからざるだけのがあれば良い、それ以外の物なぞ何も持たないのが真の自由人というものである
◎足ることを知らば貧といえども富と名づくべし、財ありとも欲多ければこれを貧と名づく
◎身辺をつねに欠乏の状態すれすれに置くことは、それ自体が感謝をもって生きることの工夫である

◎自分が生きて今存在しているという、これに勝る喜びがあろうか
◎死を憎むなら、その喜びをこそ日々確認し、生を楽しむべきである
◎なのに愚かなる人々はこの人間の最高のたのしみをたのしまず、この宝を忘れて、財産だの名声だのというはかない宝ばかりを求めつづけているから、心が満ち足りるということがないのだ
◎生きているあいだに生を楽しまないでいて、いざ死に際して死を恐れるのは道理に合わぬことではないか
◎人がみなこのように本当に生きてある今を楽しまないのは、死を恐れないからである
◎いや、死を恐れないのではない、死の近いことを忘れているからに外ならない
◎世間のままに動いていては心の充実は得られない、世間並の生から距離をとって己の心をしかと見つめよ、それこそ存命の喜びを楽しむことだ
◎まことの人は、智もなく、徳もなく、功もなく、名もなし
◎人間性をとりもどすために、われわれは生活をもう一度根本から考え直す必要がある
◎もう一度、人が生きるためには一体何が必要で何が必要でないかを自分のために考えなければ、われわれはただ世間並に流され、「一生は、雑事の小節にさえられて、空しく暮れ」てゆくだけだろう

今日の宣言





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最終更新日  2009年07月31日 18時58分37秒
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