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2007年07月06日
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この本からの気付き

◎当時日本を指導していた軍部が、本当は何かを意図していたのか、その意図は一体なんだったのか、恐らく誰にも分かるまい
◎というのは、日華事変の当初から、明確な意図などはどこにも存在しなかった
◎ただ常に、相手に触発されてヒステリカルに反応するという「出たとこ勝負」を繰り返しているに過ぎなかった
◎意図が無いから、それを達成するための方法論なぞ、最初からあるはずもない
◎従って、それに応ずる組織も勿論ない
◎そして、ある現象が現れれば、常にそれに触発され、慌てて対処するだけである
◎非常識な前提を常識として行動する
◎生命としての人間を重視しない

◎「動員数」だけをそろえて実数がない
◎実数を無視して、この数をある数量と見ないものには何らかの資格がない、といった発言は、滑稽を通り越して馬鹿である
◎ところが奇妙なことに、昔も今も、このばかげた発想が存在するのである
◎こういう状態でも命令は来る。だがその命令は、“員数”を“実数”と仮定しての命令だから、初めから実行不可能だ
◎それに対して、どのように実状を説明しても無駄なのである
◎結果として一切が水増しとなり、すべての「数」が虚構となる
◎それを知ったとき、最終的には全ての命令も指示も理論も風化し、人はただ自己の経験則だけを頼るのである
◎一体我々は戦後、戦前に比較してどれくらい“科学的”になったのだろうか。小児でも疑問をもって然るべき記事を、なぜやすやすと信じてしまうのだろうか
◎恐怖心に裏付けられた以外の秩序がない
◎しかし、人々は忘れている。人間という生物の社会機構の基本とは、実は、食物を各人に配給する機構だという事実を
◎人の口に食物を届けることが社会機構の基本であって、これが逆転して機構のため食物が途絶すれば、その機構は一瞬で崩壊する-資本主義体制であれ、社会主義体制であれ、また、日本軍の“鉄の軍紀”であれ・・・

◎戦後は「自由がありすぎる」などという。ご冗談を!
◎どこに自由と、それに基づく自由思考と、それを多数に行う自由な議論があるのか
◎それがないことは、一言で言えば、「日本にはまだ自由はない」ということであり、日本軍を貫いていたあの力が、未だに我々を拘束しているということである


今日の宣言
私は日本、そして日本人が敗北を喫する因子を理解し、自覚したので、それらをきちんと心にとどめ、決して忘れないようにします!そして個人が尊重され、本当の意味で日本が自由な社会になるための努力を継続します!





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最終更新日  2007年07月06日 16時52分50秒
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