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2014.01.19
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自我像


額装裏面に『大阪フォルム画廊』ラベルあり。

『平野遼~研ぎだされた自我』152頁の文章を紹介します。
(原文のまま)
~『裸形の風景』と同じ1982年の6月21日に、彼はこんな文章を書いています。
自己の仕事の大系を創り出す・・・
自画像は始めであり終りである・・・
という無限の円形に似た主題をもって自己の内に確固とした足跡を創り出したいのである。
これによって見ることの事実からいっそう奥深い、見えてくる現実実相であり魂であり生命の根源のようなものである。

彼は、このとき以後、数多くの自画像を描き続けていますが、この文章を読むと『裸形の風景』が象徴するような仕事をすることと自画像を描くことが深く相応じているのがわかります。
もちろんその場合の自画像は、1955年の『自画像』とは違っています。
あの自画像は、すぐれた作品ではあっても、まだ『見ることの事実』を充分に脱し切ってはいないようなところがあった。
散乱状態への抵抗が、或る外面性を強いているようなところがあった。
ところがこれらの自画像においては、そういったものは拭い去られています。
画家は、自分の『外』を眺めると同時に、しなやかに自分の『内』に入り込む。
かくして、混沌とした世界から『現実実相であり魂であり生命の根源』である自己が、いかにも自然に身を起こしてくるのです。
『裸形の風景』が『人間の実相』を表わし、さらにその底にある彼自身と響きあっていたように、これらの自画像も、単に彼自身を描くだけに留まらず、彼を包む世界全体の『実相』と響きあっているように思われます。





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最終更新日  2014.02.09 22:04:00
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