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2023.05.12
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テーマ: 読書(8559)

書名



標本作家 [ 小川 楽喜 ]

感想


2023年100冊目
★★★★

記念すべき、2023年100冊目!

第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作にして、著者のデビュー作。
2023年2月10日放送、NHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」で紹介されていた本。
ラジオには著者御本人も登場されていた。
(対談の様子は、読むらじる。「 【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ~作家 小川楽喜さん~」 」で読めます)

ここでも仰っていたし、あとがきにもあるのだけど、「自分の小説の書き方が間違っているんじゃないか」と思ったときに、保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』、高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』に感銘を受けて、筆を折らずに書き続けることができたのだという。


人類が滅亡し、高等知的生命体「玲伎種」が統べる世界。
「不死固定化処置」を経て再生したーーー標本化された作家たちは、研究のために「終古の人籃」という施設へ収容され、彼らのために作品を執筆し続けていた。
恋愛小説家。ファンタジー小説家。ゴシック小説家。SF小説家。ミステリー小説家。ホラー小説家。児童文学者。分類不能な小説家。国民的作家。流行作家。
才能と作風を混淆する装置をもって、壮大な共著を生み出す作家たち。
老いることなく、死ぬことなく、小説を書き続けるだけの存在。
ただ一人、作家ではない人間である編集者、「巡稿者」メアリ・カヴァンは、彼らに言う。
「やめませんか?あなたひとりで書いたほうが、良いものができると思います」

もうラジオで設定を聞いただけで「なにそれ面白そう、読みたい」と思って、読み始めて最初はワクワクしながら読み進めた。
舞台が英国に設置されている施設だから、そこにいる作家も英国作家ばかり。
それぞれが有名な作家のモデルがいるようなのだけど、私には数人しかピンとこなかった。
自己の虚構化について悩んだ作家のところは、二次創作性について考えさせられる。


けど途中から、ちょっと「うーん」となっていった。
巡稿者のメアリがなあ…。
こいつ何やねんとなって来る。
そしてセルモスとの関係性が明らかになるにつれ、何なんコイツらツンデレヤンデレいちゃいちゃしやがって…と思う。笑

結局この「読み手」は物語を乗っ取って、自分を主人公にした物語を書かせたんじゃないか?

いやいや〜いくら自分のこと見て!知って!読んで!そして私を物語にして!と言っても、書簡…みんなに読ませるの…?
キャッ!私の独白を皆に読ませるの恥ずかしい★みたいなこと書いてるけど、それ単なる羞恥プレイじゃない?絶対楽しんでるやん。
選評に、本の内容として「わたしが愛した作家の未完の作品を完成させたい」という言葉があったけど、彼女の場合それもあるけど、それ以上の部分があったんじゃないかと思った。
(作中作の、少女小説家と男性読者の話、美しかった。)

彼女の懊悩は、わかりすぎるほど分かる。
世界中の皆が自分よりも素晴らしく、彼らの喜びも苦しみも自分の理解を超えている。
だから本を読む。

彼らが自殺せず、心中もせず、発狂することもなく、立派に人間としてふるまい続ける、その強さと美しさに圧倒されては、途方もない挫折感と劣等感、さらには、人々と同調して生きていけない罪悪感におそわれて、自己を、否定するしかなかったのです。


メアリは自分を一番底辺に置き、ただただ世界を仰ぎ見ている。
物語を崇めている。
それは私の読書とも同じだ。
知りたい。なぜ世界はこうなのか。なぜ私はこうなのか。
狂っているのは、世界なのか、私のほうなのか。

世界なのだとしたらーーー皆が平然と生きているのは、なぜ?
その皮膚で覆われた中には、本当は何があるの?
誰も見せてくれない、その内側を。
見たい。
皮を剥いで、その中身を検めたい。
詳らかにして、白日の下に晒して、仔細に見分したい。
物語を読むことは、その内側を見ることだ。
その剥いだ皮を被って、内側から世界を見ることだ。
擬似的にその世界の見え方を感じることだ。

メアリといっとき親しく付き合った作家・クレアラは、

皆、私と同じ世界で生きているはずなのに、どうしてこうも他の人たちは、それらに押し潰されずに生きていけるのか、不思議でならなかった。


と言う。彼女は「書けた」。
創作という手段で表現し、発出し、理解されることが出来た。
創作という行為を持ち合わせなかったメアリは、読むことで生きてきた。

無我夢中で乱読した日々。おのれの精神の生き死にをかけての読書。他者の生みだした物語の世界をわたり歩き、支配するのではなく、隷属するかのように受け入れていく。それでいながら、虚構のなかに住む人々の内面を、妥協なく読み解こうとする。そんな彼女のおこないは、幸運にも、辻島ほどには奇異に映らなかったろう。傍目には、ただ本を読みふける、ひとりの女性にすぎないのだから。


読むことは食べることだと、私は思う。
食事をするように、息をするように本を読む。
そうすることで、なんとか日々を生きながらえている。
自分が決して属したと感じられないこの世界へ、届くような気がして読む。
けして自分が触れられない、皆が当たり前のように息をしている場所。
深海から明るい水面を焦がれるように。

永遠に作り出される物語は劣化していく。
そして唯一の読者となった彼女がーーー残された名だたる作家たちに望んだことは。

物語を読む。
ばらしたその内面を見る。あるいはその内側から世界を見る。
けれど見ても、見ても、わからない。
生温かく湯気の立つ、脈打つ臓器を、それを「こころ」と呼ぶのなら。
ぬめるこの皮の内側にあるなにかを、「こころ」と呼ぶならば。
それらが、魂と、精神と、生きていることと同義なら。
私は、生きていないのだから。

だからもし、世界でなく、狂っているのは私のほうなのだとしたらーーー。

私は、私を解剖して、世界へ問う。
内側を晒し、暴き立てて、物語の皮を被って。
逆説的に、私を世界の一部にしてほしい。

さあ、私のために書け。
私の物語を完成させろ。

その主張を要約すれば、この私を満足させるために、死ぬるつもりになって書け、という、ひどく暴力的で、利己的なものになる。


作中、ある作家はメアリのことをこう言う。

「あいつ、何様のつもりだよ」


本当にこれな。
メアリはもう完全に狂ってる。
自分をモデルにした未完の小説を回収するために、彼女は一瞬のタイムワープも許されない160万年の原稿回収に赴く。
すべての苦痛と災厄にあうように仕組まれたその時間旅行で。
160万年分、すべての記憶を持ったまま旅して。
そうして「今」に至った瞬間、彼女はすべての記憶を手放すのだ。
いみわかんないよもう。なんなんだよそれ。なにがおまえをそこまでさせるんだよ。
かなしいよ。

彼女は書き手になれなかった。
受信器でしかなく、発信器ではなかった。
たまたま世界とチューニングがあい、受け入れられた幸運な作家たち。
けれど壊れた受信器は、その発信を受け取れるんだろうか。
人間であるとはどういうことかが、わからない者たち。

作家たちは、書き始める。
それは、これまでのヒューマニズムを裏切る物語。
人間でありつづけることが苦痛である人間を救う物語。

作家であること。物語を書くこと。
読者であること。物語を読むこと。

日本の作家・辻島は言う。




世界は終わる。
人類は滅びる。
作家は消滅し、
読者も消える。

これまでに生まれた物語はどこへ行くのだろう。
降り止むことなく、積もる端から消える雪のように。
流氷と硝子の海に、浮かんで。

それでも人は物語を希求して止まない。
誰かの頭の中にあるだけの言葉を、渇望して止まない。



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最終更新日  2023.05.15 06:33:08
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