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今年は手作りのクリスマスカードと一緒にミニチュアを添えます。テーマは「ドイツのクリスマス」ということでまだ途中なのですが一部お披露目っ。ドイツに来て目に付くクリスマス小物たちを集めてみました。作成に予想以上に時間がかかるのでもっともと数を作りたいのですが難しいです。これ、ミニチュアなんですけど これくらい小さいんです。 こうやって指を持ってくるとイメージつかめますでしょうか?ミニチュアに大幅に時間がかかってしまったので、カードのほうは先日行ったローテンブルクの写真をプリントして作るという、簡単な物になってしまいました。^-^;今週末にはサンタさんがやってくるので、子供たちと一緒に写真を撮って、カードとクリスマスプレゼントと一緒に来週早々には送る予定です。年賀状はそんなに枚数を送らないのですが、それでも来週は用意を始めないと!やっぱり師走ですね~。
Nov 30, 2004
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ドイツ時間午前1時、日本時間午前9時ですね。クリスマスプレゼントのラッピングに夢中になって気がついたらこんな時間でした。この時期は郵便事情も悪くなり配達に時間がかかるので、しかも国外からだし、早めに送りたいのです。今日は午後から思いついてローテンブルクへ行ってきました。本当はお目当てのミニチュアを購入しにいったのですが、すでに売り切れ、残念。大変だけど自分で作るしかないかーとまだまだクリスマス前にすること山積み状態です。今日のローテンブルク、いつもにも増して日本語を聞く機会が多かったです。やはりこの時期は観光の人増えるんでしょうね。一歩入ってやっぱり素敵。^-^早足で目的の買い物だけを済ますつもりだったんだけどしっかり写真を撮っている自分がいました。笑馬車がよく動いていました、ということはやはり観光客が多いのですね。^-^こんな感じで写真だけなのですが、ざっと載せます。今日はこれからベッドに入って明日また作業開始です。++++++++++++++++++++++++++++全粒粉を使ったクッキー作りました。^-^娘、真ん中のジャムの部分だけなめるんですけど(笑)
Nov 29, 2004
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もう12月も目の前、ってことでクリスマスマーケットが開催され始めています。^-^今日は地元のヴィルツブルクの街の中のクリスマスマーケットに出かてみました。日が暮れるずっと前に行ったのですが、天気が悪かったので、予想通り既にいくつかのイルミネーションが点灯していました。まずはお決まりメリーゴーランド。娘は大好きなのですが、このメリーゴーランドグルグル回転が早いのなんのってこれ何気に怖いです。笑6回乗れるチケットを買うと割引になるので6回チケット購入して、連続で乗りました。笑息子Hの付き添いです。彼は1回止まるごとに、次の目標物に娘を抱えて移動!(笑)おまけもあわせて8回くらいのたと思うんですがそれでもまだ乗りたい!と駄々をこねる娘を無理やり連れてマーケットめぐり。まずは息子にホットドック、娘にプレッツエルと食べながら舞台での演奏を聞いていました。ドイツの街の中はクラシック音楽がとってもあいます。そしてことあるごとにプチオーケストラやバンドが街中で演奏しているのがいいです。^-^マーケットの中お店は通常のお店に加えてやはりクリスマスグッズのお店が多いでしょうか。オーナメントやドイツの木組みの家のミニチュアのお店カゴ、絵、香辛料、食べ物関係。^-^このお店はいろんなナッツを計り売りしています。^-^私たちはハニーとお砂糖がかかったのをGET!香ばしくてとってもおいしかったです。ここは所狭しとドイツらしいロウソクたてやオルゴールが売られていました。すっごいかわいーっ!でよーく見てみると私が夫の家族にクリスマスプレゼントとして購入したの、同じのがありました。値段が、1.5倍。わっ高いねぇ、と思わず日本語で。でも誰もわからないからいいのね、おばさんもニコニコしていました。^-^;ミニチュアグッズも一杯でしたっ。ここはお菓子屋さん。クッキーからキャンディからいろんな甘いもの置いてます、かわいいです。一番大きいクリスマスツリーもライトがつきました!お店の屋根の上にサンタさんがこの時期はイルミネーションがとってもいいです。アメリカにいたときもこの時期って好きだったけどドイツのクリスマスは雰囲気がもう少し厳格で好きです。^-^この舞台にはいくつかのグループが参加しているみたいです。あるグループが賛美歌なのかな?歌っていたときは、見に来ている人たちもみんな声をあわせて歌っていてとっても美しくてなんだかジーンと来ました。ここヴィルツブルクは80%以上の人がカソリックのクリスチャンです。私は歌の意味もわからなかったけど神聖な気持ちになっちゃいました。^-^クリスマスリースやキャンドルたてこのお店は色でコーナーが飾られていて素敵でした。人、人、人、なので子連れにはちょっと厳しいのですが機会があれば大きな街のクリスマスマーケット巡りしたいです。
Nov 27, 2004
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先日両親と旅行へ出かけた際に、娘のお気に入りの耳あてつき毛糸の帽子を無くしてしまいましたー。涙ショックなのですが、なくなってしまったものは仕方がない。アメリカにいるときにGAPで購入した手袋もセットになっているものなのですが、こっちで探しても同じようなものはありそうでないのですね。でもピンクの可愛い帽子を見つけましたよー。^-^そしてその帰りに、クリスマス用品で場所が占領されてしまっている手芸用品コーナーへ行ってみました。すっごく手触りのいい毛糸を見つけたので、オフホワイトを購入!(さっきピンクの帽子買ったばかりなんだけど・苦笑^-^;)なくした帽子は手編み風なのですがちゃんと裏地がついていて、ちくちくしないのでそれもお気に入りの理由でした。で、できあがったものは帽子のトップにお花の房をつけてみました。始めはマフラーにもおそろいのお花の房をつけたのですが重たくなってしまったので取っちゃって2つだけにしました。マフラーはコートの中に入れちゃうのでそのほうがゴロゴロしなくていいかも。着用画像はこんな感じで、お花意外はいたってシンプルです。^-^;
Nov 26, 2004
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アメリカ人の夫にはとっても大切な日、サンクスギビング。今年は夫が家にいないので静かなサンクスギビングです。毎年この日には夫が料理をフルコースでしてくれます。通常は前日から仕込んで朝早くから料理をする夫、もう何回もターキーを料理するのを見ているので私にも出来ると思うのですがやっぱり夫がいないので止めました。小さなハムを買ってきて、あとはベジタブル尽くしで息子と娘とささやかに感謝を込めて食事しました。ちなみに去年のサンクスギビングディナーをもう一度お披露目^-^今年は息子とそれぞれで夫に感謝のメールを送りました。こうやって暖かい食事が出来るのも、暖かい家にいられるのも夫の働きのおかげ。たくさんの災害があった今年ですが、家族離れ離れとはいえ、みんな健康で今年また、この日を迎えることが出来ました。毎年なぜか結婚記念日前後には何かと離れ離れになることが多い私たちなのですが、今年は更に感謝祭も離れ離れでやはり寂しいです。しかし、これも世界中で起こっている様々な状態を考えればこうやって祝えること自体感謝です。++++++++++++++++++++++++++++娘が「ダディ」といってダディの写真を私のところに持ってきました。^-^またまた「ダディ」そして「Hくん!」「ママ」「ベビー」ってこれは娘が赤ちゃんのころの写真。^-^そんな娘の初めてのお化粧?目を放した隙にヤラレタ!(TvT)はりきって「チーズ!」言っていました。笑
Nov 25, 2004
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昨夜は冷えるなぁtって思っていたら今朝は外が真っ白でした!写真を撮ろうとベランダに出たら、うっ寒いっ。急いで写真を撮って中に入りました。暖かい部屋から外を眺めているときれいでいいですねぇ。^-^この分だとクリスマスもホワイトクリスマスになるのかな。昨日町に出てみたら、町中がクリスマス一色でした。ちょっと暗くなりかけたときにイルミネーションがつく時に行きたいです、きれいだろうなぁ。これからクリスマスマーケットめぐり、楽しめそうです。実は今年に限ってもうクリスマスプレゼントの買出しはほぼ終了なんだけど、また素敵なものを見つけそうで、怖いです。笑ウキウキクリスマスマーケットの画像もお届けできれば、と思っています。^-^
Nov 24, 2004
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今日は娘をディケアに1日預けることが出来ました。やった!お店が開くまでの時間、まずは掃除!と思ってかたずけながら、洗濯開始。洗濯が終わるころにはお店が開く時間になったので、乾燥機を動かしながらいざ出陣。先週は1週間ドイツ語クラスで全く買い物へ出かけられませんでした。なので、細々したものリストがたくさんありました。まず文房具関係、そしてコンピューター関係、欲しいDVDもあったしっとゆっくり楽しみながら回っていたら既に2時間経過!時間がたつのが早すぎるーーーっ!しかも今の時期、クリスマス用品でどこもかしこもあふれていて、ツイツイ足が止まってしまうっ。欲しいものがなくなる前にと思って目に付いたらちょこちょこと買って気がつくとかなりの袋が。夫サイドの家族関係のクリスマスプレゼントはほぼ完了、といってもいいくらいです、はは。後は息子たちと娘のクリスマスプレゼント、と忘れちゃいけないのがその前の娘の誕生日!わんこが大好きな娘。(昔は怖くて震えて泣いていたのですが。笑)最近は自分で遠くの物を取りに行った後「ワン!」などといい、しかもほっぺをペロペロと犬になりきっている娘。笑本当はパピーを、といいたいところですが、これ以上手のかかるものはいりません。笑なので、電気仕掛けのワンワン言うの、どうかな、と思っています。^-^とりあえず、一度買い物を切り上げて駐車場へ戻りました。で、その後食料品のまとめ買いに出かけて、気がつくともうそろそろお迎えの時間。もっと時間が欲しい、、、(--;)仕方がないので夫へ送る荷物の箱を用意して、義姉&義母へ手紙と娘の写真を送って、イリノイ州の子供たちにも送るものがあったので箱詰めして、あららもうお迎えの時間です。というわけであっという間でしたが自分のペースでお買い物できて楽しめましたっ。^-^+++++++++++++++++++++++++++ノイシュバンシュタイン城 UPしましたっ!
Nov 23, 2004
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今日どなたかのページでお好み焼きを見ました。それも広島風お好み焼き。うーーーっ食べたい、どーしても食べたいっ!まずは近所のグロサリーストアにてキャベツを購入、問題なし。お好み焼き粉とマヨネーズはあるので焼きそばを探しに中国人の方が経営するアジア物食品店へ行ってみました。おたふくソースがありました!すごいっ思っていたような焼きそばはなかったのですが韓国産のインスタントの焼きそばがあったので購入。さて、後は鰹節が欲しいところです。お店の人に「鰹節」ありますか?と聞いてみたいのですが鰹節のドイツ語がわかりません。中国人なので漢字でもいいよ、といわれたのですが鰹節って漢字書けませんでした。涙乾燥させた魚を削ってフレーク状にしたもので、と英語で説明してみると一人のおじさんが「!」と見せてもらったものはかつお風味の粉末だしの素。近いところいっていたんですけどねぇ。で、車の中からドイツ語辞書を出してきてひいいてみたら、ありました鰹節。発音できないので辞書を見せて読んでもらいました。あぁ、昔は置いてあったんだけどね、こんな小さな袋で2ユーロとかして高いから置くの止めたのよ。と言われてしまいました。涙仕方ないなーっと帰ってきたのですが帰ってきてみたら鰹節、ありました!うれしーっということで広島風お好み焼き息子にはヌードルなしのほうが好きだな、と言われてしまいました。娘は焼きそばだけを食べました。ちなみにもう一つ食べたいもの。たこ焼き。プリプリのたこの入ったたこ焼き食べたいです。
Nov 22, 2004
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日記リンクさせていただいているkokoroさんのページを読んで思い出したことを書きとめてみたいと思います。私が始めてホームページを持ったのは約10年前、息子が生まれてまもなくのころのことでした。世間はWindows95の発売でお祭り騒ぎで、秋葉原では夜中にサラブレーションが行われたほど。(と言うと年齢が、、、笑)でその勢いののって私も初めてのmy computerを購入。そしてホームページを作ろうと思ったのは、私の周囲にいる人すべてに感謝したい気持があふれかえってきたからでした。そのころは元夫との結婚生活真っ只中でしたが、何かしらいつもトラブルがあった生活でした。一番大きかったのは義母のくも膜下出血。私の3月の復職を直前の夜中11時、突然電話義母からがかかってきました。「何かおかしいんだ、来てくれる?」すごく強い人で滅多なことでは弱音をはかない、そして助けて欲しいなどと言わない義母がこんな夜中に電話をしてきて手助けを求めている。ただ事じゃない震える手で当時5ヶ月の息子Hを抱えて夫の実家へ急ぎました。車を飛ばして飛ばして普段は40分くらいかかるところを20分で到着。玄関に義母が倒れていました。直ぐに救急車を呼んで思いがけず来てくれるまでに時間がかかり息子を抱きながらどうしようも出来ずにただただ義母にくっついていました。看護婦なのに何にも出来ないんです。病院へ運ばれてみると義母はクモ膜下出血でした。助かるのは30%の確立でしょうと言われて手術が始まり夫の兄弟姉妹へ連絡しました。「仕事があるからなぁ」なんていう呑気な返事を聞いたとき私は信じられませんでしたがこれが何もかもの始まりでした。そしてその日の朝、あのオウム地下鉄サリン事件が起きたのです。兄姉はそのころ新宿に住んでいました。しかし彼らは車を使っていたため問題ありませんでした。結果を言ってしまえば義母はこの時1ヶ月の集中治療室を経てかなり回復しました。集中治療室にいる義母を抱えて、そして4月からの復職を目の前にしていた私は悩みながら、それでも復職の道を選びました。はっきり言って大変な毎日でした。乳児を抱えての3交代勤務、と言うことを想像しただけでも大変なのに更に付き添いの必要な義母を抱えていました。毎日、病院から保育所、そして病院への行き来だけで寝る時間もありませんでした。この時私は人生で最高に体重を落としてしまいます。やっぱりがんばったんだなーって今でも思います。そしてそんな時に支えてくれたのは職場の仲間でした。今でも忘れません。日勤が終わって深夜勤に出る前義母の病院で寝るまでつきそいをしてそしてその足で息子だけ家においてまた仕事のために病院へ行きました。そんな私の生活を知ってか知らずか自分の休憩時間をくれて私を寝かしてくれた先輩。元夫の仕事が朝早いので保育園までの間息子を預かってくれた友人。みんなに助けられて生活していました。自分ががんばっているとみんな手を差し伸べてくれます。本当に感謝の毎日でした。息子と言う天使を授かり(そのときは天使だった・笑)そしてたくさんの天使たちを知ることが出来ました。そんな私の初めてのホームページの名前は「天使がいるよ」でした。^-^いつも思います。自分が選んだ道、歩み出せば必ず手は差し伸べられると。いや、なんていうか宗教ぽくなってるかな?そういう意味ではないんですけど人間って捨てたものじゃありません。そして自分ももし人に手を差し伸べることが出来れば自分がたくさんそうしてもらったように、少しでも力になることが出来れば、と思っています。kokoroさんのゲーテの話を読んだとき久しぶりに昔の自分を思い出しました。昔は随分多忙な日々を送ったので今の平穏な生活に慣れるまで時間がかかりました。なんというか、貧乏性なんですよね。平和すぎて穏やか過ぎて心配がなさ過ぎて心配。笑高校生のころ少しかじったゲーテを読み始めてみたいな、と思いました。そして今、ドイツにいる私。これも何かの縁と感じずにはいられません。
Nov 21, 2004
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私、熱心な仏教徒でもなければクリスチャンでもありません。でもなんとなく、小さなころ読んだ小説や話で死んでも生まれ変わってくるのかな、なんて思っていました。実は夫に、次に生まれ変わったらまた一緒になる?っていう話をしていたんです。そんな夫の答えは「No」!!!夫の父親は牧師です、リタイアしましたが。そんな夫はもちろんクリスチャン。でも彼が育つ過程でもいろいろあって今はほとんど教会には行きませんが。。でもさすがに聖書よく読みこんでいるし私と違う考えだなって思うことも良くあります。で、そんな夫は死んだら天国へ行くのです。そして天国でずっと今の自分として暮らすのです。輪廻転生は仏教の考えだったのね、と始めて気付く私。(^^;)私「そっかー じゃ、私も死んだら天国に行くの?」夫「それは自分が信じるか信じないかだよー」私「ええっじゃ、信じるよーっ。笑」こんなでいいのでしょうか。笑天国いけますか?この間遺言状の話をしていました。夫の財産はどうやって分けてって言うのも大事なんですが私たちには子供がいるので子供のこともとっても大きな問題です。夫がいなくなったら誰が育てる、私と夫と両方いなくなったら、、等々。これも話すとまた長くなるので、置いておいて、その次に自分が死んだらその遺体をどうする、と言う話になりました。私、死んだら日本に帰りたいです。死んでから言葉で苦労するの嫌だなーとかやっぱり、埋葬された後に誰も訪れてくれなかったらさみしいなーとか私なりにいろんな理由があるのですが。で、私が先に死んだ場合は焼いて骨にしてもらって日本の両親のお墓に入れてもらおうと思います。(元気なんですけど既に両親のお墓があるのです)じゃ、夫は?夫も一緒に日本へ行くと言ってくれました。笑でも、もし夫が先に死んでたくさんの日本人の中に一人だけアメリカ人だと寂しいかもしれないから私、夫を骨にして持ち歩きます。問題があったら、お寺かどこかに預かってもらおうかな、そして一緒に墓に入ることに決まりました。笑(クリスチャンなんですけどいいんですかね?)この話は息子にもちゃんと伝えておかないとそして、ちゃんと数年に一回は忘れずにお墓参りをすること。今度日本に帰ったら必ず一緒にお墓参りをしてやり方覚えてもらわないと。笑+++++++++++++++++++++++++++やってみました大江戸前世占い私の前世は「姫」だったそうです。笑で、夫「遊女」!笑そんな2人の相性は22%!(--;)そして懲りずにもう一つ 前世占い私:あなたは前世でモーリタニアに住んでいました。仕事は芸能人でした。あなたはずばり女でした。タレントで言えば、椎名林檎 さんのような人です。そして、28歳の時に結婚しました。相手は保坂尚輝さんのような人でした。1人の子宝に恵まれ、82歳の時、たたみの上で幸せに亡くなりました・・・そして夫:あなたは前世でニウエ島(ニュー・ジーランド)に住んでいました。仕事はテキ屋でした。あなたはずばり女でした。タレントで言えば、永井美奈子 さんのような人です。そして、15歳の時に結婚しました。相手は定岡正二さんのような人でした。2人の子宝に恵まれ、36歳の時、エイズで亡くなりました・・・やっぱり夫、前世は女性だった可能性が高し。笑
Nov 20, 2004
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今日はいつも写真でご紹介しています「マリエンベルク要塞」へのツアーです。写真の後ろに見えるこの丘の上の要塞。13世紀始めに建設を始めその後18世紀まで政治の中心、そして司教の住宅として使われた要塞です。要塞、と言う名のとおり外は何重もの壁や堀で囲まれています、「城」ですね。丘の上を登っていくとまず、囲まれている高い塀が見えます。そこを通り過ぎるとまず、ルネッサンス様式の比較的新しい建物が見えてきます。昨日出てきた魔女狩りのユリウス・エヒターの時代です。現在は美術館になっていて彫刻家リーメンシュナイダーなどの美術品が見られます。さぁ、ツアーの始まりです。案内してくれたのはアメリカ人でドイツ在住8年の方。彼女は「ドイツ人のハンサムな夫に惚れて帰れなくなりました」と言っていました。笑ヴィルツブルク一帯の観光地案内をしてくれます。やはりよく知っている方に案内してもらうと(実は個人では何度も行っているんですけど)いいですね。この日は雪がチラツク、風の冷たいとっても寒い日でした。そんな日に丘の上の要塞、風が更に強い(--;)あまりい選択ではありませんでした。外の観光はほどほどに、みんなで博物館が開館するのを待ち早々に入っていきました。笑さて、博物館に入る前に、先ほどのルネッサンスの建物とはかなり雰囲気の違ったバロックの城に入っていきます。ここは13世紀、人殺しのキリアンの時代です。(一番初めの写真の中の刀を天に向けている宣教師キリアン)まっすぐ入っていくと聖母マリア教会があります。この日は修復作業中で塔が見えませんでしたが入り口に2人立っている2人です。向かって左側の人右手に鍵を持っています。これは天国へ行くためのカギだそうです、よ。 赤い色のほうの石は雨水、風によるダメージが激しいです。教会の中はこんな感じで床には彫刻が施されていて歴代のビショップの心臓が埋められているそうです。体のほうは大聖堂に埋葬されているということです。夜のマリエンベルク要塞。暗闇の中ライトアップされている姿もきれいです。^-^
Nov 19, 2004
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マルクト広場を抜けて左、駅のほうへ商店街沿いに歩いていくとあたる「ユリウスプロメナーデ通り」ここにまた、ヴィルツブルクにゆかりの人の像があります。彼の名前は「ユリウス・エヒター」15世紀の領主司教です。この司教、という立場政治上も宗教上もトップの位置で最高の勢力を持っていたのは想像できますね。この人がこの道路の直ぐとなりにある慈善事業のための施設を建てました。ユダヤ人墓地だった土地に貧しい人、障害を持つもの、年老いた人、身寄りのない人たちのためのユリウスシュピタールを建てたのです。そこは現在も病院として残っています。そして、なぜこのユリウスシュピタールがそれほど有名かというとここにはヴィルツブルクの中で3番目に大きなブドウ畑を所有しているのです。そうです、ワインを造っているのです。病院とワイン,不思議な組み合わせてすが昔はワインがお金の代わりに使われていたこともあり慈善事業施設とはいえ労働者に支払いをするためにこのワインを造り、報酬として支払う、という方法が大変理想的な組み合わせだったようです。またこのユリウス・エヒター慈善事業などをして名前を残したほかに大規模な魔女狩りでもまた、名を残しています。ちなみにどんな人が魔女と言われたのか気になっている私です。 そして世界遺産に登録されているレジデンツヴィルツブルクにきたら、何はあってもここを見ないと!です。13世紀から行政の中心であったマリエンベルク要塞から18世紀このレジデンツに領主司教が住宅を移しました。まずは正面、フランコニア女神の像がお出迎えです。手にはあちこちで見かけるヴィツルブルクの旗を持っています。そして彫刻家リーメンシュナイダーフランコニア女神の足元にもいますね。宮殿の正面にはズラーッと彫刻が立っています。何度きても、彫刻とわかっていても誰かに見つめられている気分です。反対側の庭のほうからの眺めです。第2次世界大戦でほぼ全滅したレジデンツですが宮殿内のフレスコ画はオリジナルのまま残っています。建物は21億円かけて修復され、今もまだ作業中です。現在は340室のうち42室が公開されている他、博物館、大学付属研究所、公文書館、事務所、職員住居などになっているそうです。私もレジデンツに住んでみたい。。なんと!あのマイケルジャクソンが自分の住居として購入しようとした、と言う噂があるそうです。真偽のほどは不明です。^-^レジデンツの中は写真撮影禁止なので載せられないのが残念ですが天井一面に広がるフレスコ画、大変美しいです。さて、引き続き明日はマリエンベルク要塞をお届けします!^-^
Nov 18, 2004
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両親が帰国して1週間、毎晩、娘を寝かしつけているうちに私も眠ってしまって気がついたら朝。唯一の私の自由時間が取れないこの頃でした。それでも今週1週間は毎日取っているドイツ語コースのおかげで自分のペースで物事が出来、有意義に過ごせました。が、娘のほうはディケアで楽しみながらも私と一緒でなかった毎日が寂しかったのでしょうか帰ってきてからはいつも以上にべったりそして眠りにつくにもいつもの倍以上の時間がかかりました。こうやって静かに一人で日記をつけられるのも久しぶりです。++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++さて昨日の続きで今日は町の中心のマルクト広場へ行ってみます。 ←こんな感じで12人の像が立っています。12人の像の立つアルテマイン橋を渡ってずっと進んで左手に折れるとそこはマルクト広場です。まず目に付くのが朱と白のこの建物。 この建物は聖母マリア礼拝堂。主任司祭がいないので教会(Church)ではなく礼拝堂(Chapel)だそうです。14世紀にはこの一帯にユダヤ人街があったそうです。その後ここ一帯は焼き払われることになるのですがこの悲しい歴史を償うために礼拝堂を建てたとされています。この礼拝堂の数ある入り口の一つの彫刻。今でもカソリックが大部分を占めるヴィルツブルクなのですがこの教会もカソリックの教会です。教会には聖書の話を元にした彫刻などが飾られています。そのうちの一つがこのドアの上の彫刻です。見えるでしょうかね?上にいる神様がマリアの耳に笛のようなもので懐妊を知らせるためにささやいているそうです。そしてその笛を滑って降りてくるキリスト。そしてもう一つ、伝説のグリーンマンが見れます。わかるかな?緑の草で顔を覆われているので見つけにくいのですがこういうところまでこだわっているところがさすが芸術家!とうなってしまいます。このネットは鳥よけです。鳥たちが止まって粗相をしないように大事な彫刻作品にかかっています。さて場所は変わって反対側の入り口。ここにももちろん彫刻がなされています。扉の上は聖母マリアに冠が与えられている彫刻です。そしてドアの両脇に「アダムとイブ」がの彫刻が飾られています。これは複製で本物は美術館にあるのですが作者の「リーメンシュナイダー」彼は中世ドイツの屈指の彫刻家です。このリーメンシュナイダーはヴィルツブルクで市長を務めたこともあり大変重要な人物の一人です。中に入ってみると、こんな感じです。右側にロウソクを灯す台が設置されていて私は日本の寺院を思い出しました。アメリカから来ている人たちは同じようにクリスチャンでもこうやってロウソクを灯す習慣は始めてみたようです。私はクリスチャンではないので宗派やその辺のことは良くわからないのですがへえ、この人たちにはそういう習慣がないのね、って新しい気付きでした。また再び外へ出てこの礼拝堂の隣にあるのがこのやわらかい黄色の建物。屋根に止まっているのは鷹です。「鷹の家」という名前にちなんで止まらせたようです。宗教関係意外では最も美しい建物と、だそうです。^-^確かにそばを通ると目に止まります。現在は町のインフォメーションセンターになっています。そして少しマルクト広場のお店の雰囲気です。野菜や果物の日常品から、時にはお菓子のお店や絵画、キッチン用品等々出店が出されます。 再び長くなってしまったので続きは次回へ。まだまだ見所たくさんです。
Nov 17, 2004
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今日は少しだけ私が今住む町ヴィルツブルクの紹介です。作曲家のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは「美しく華やかな待ち」という言葉でこのヴィルツブルクを表現したそうです。多数の詩人や哲学者、芸術家、知識人が様々に賞賛したといわれている大変美しい町並みのヴィルツブルク。今年なんと町が誕生してから1300年と言う記念の年を迎えました。これは記録に残っている、という意味でもっと古くから町自体は存在したそうです。マリエンベルク要塞からのヴィルツブルクの町の眺め美しい町並、周囲にはブドウ畑が広がり、マイン川が流れ素晴らしい景色です。さて、このヴィルツブルクの有名な観光スポットアルテマイン橋。これは5月ごろに取った写真ですがこの橋から見る数々の尖塔、美しいです。この橋の両側には12の像が立っています。そのうちの一つ、ヴィルツブルクで重要な人物宣教師キリアン奥に見えるのがマリエンベルク要塞です。うちの窓からもこの要塞が見えます、夜はライトアップされてきれいです。(お散歩&夕焼け で写真が見れます)さてこの宣教師キリアン、ヴィルツブルクにキリスト教を布教した人物です。大変重要な人物なのですが、この写真の中のキリアン、左手に持っている刀を天に向けています。この刀を天に向けているという仕草は「人殺し」の意味なんだそうです。宣教師は聖なる職業なのですが彼は人殺しを命じたことがあり「殺人者」キリアンとして、彼の像は必ず天に向けた刀を持っています。ということで聖職者の像が刀を持つことはあっても通常はその刀は下に向いています。さて、橋を渡って市内へ向かいます。今はまさにクリスマスに向けての飾りつけ真っ盛りです。アチコチにクレーン車でツリーの飾り付けをしている姿が見れます。 橋を渡って少し歩くとこの噴水が見えます。ヴィルツブルクで最古の噴水だそうです。そして反対側には市庁舎があります。うっ高すぎて写真に取れない。市庁舎ですが塔の一番上で日本でいう火の見櫓の役割も果たしていたそうです。中は第2次世界大戦の写真、模型などが展示されていました。このように大戦により破壊されてしまったヴィルツブルク今現在の姿は一部を除き複製です。空襲は15分、その後は2週間燃え続いたそうです。。ドイツのお肉屋さん、行くたびとってもドイツらしい!と思うのは私だけではないはず(のはず・笑)チーズもハムもソーセージもたくさんっ。さてまだまだ続くヴィルツブルクの案内。今日はとりあえずこのへんで。
Nov 16, 2004
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ドイツ語の授業、楽しいです。今回は英語が母国語の人たちの中で英語で受けているのですが、ドイツ語の発音のたびに「上手ね」と褒められて言い気分です。私にとっては英語よりもずっと発音が楽で、わかりやすいです、うれしい。^-^英語よりも燃えちゃうかもっ。笑両親が滞在中のこと。ある日母が「今日気になる夢を見たのよね。いとこが夢に出てきておばさんがなくなったって言うのよねぇ。」私は気になる夢を見ると必ず確認する人なのです。それが家族や親しい友人の場合にかぎりますが。。ただ単に嫌なことって話しておけば正夢ではなくなるって私なりのジンクスがあるのですがなんとなく話してみると、何かしら知っておきたいことがあったりします。凡人なもので特別な力とかがあるわけではないのですが(笑)なんとなく母から受け継いできたきたのかな、連絡を取るための一種のきっかけですね。日本へ帰国した母、成田について携帯電話の電源を入れました。まず始めに留守中のメールを確認したところ「おばさんがなくなったので連絡ください」とやっぱり連絡が入っていたそうです。母の夢の中でそのことを伝えていたいとこが実際に一生懸命母の所在を探していたようです。母もえええーっそんなことがあるんだって鳥肌が立ったといって言ました。すごく頻繁に会う親しい間ではないので、今回のドイツ旅行も伝えずにいたのですが、そんな間の人でもこうやって通じることがあるのね?なんて本当私もシミジミ感心しちゃいました。ちなみに母、こんなことがあったのは今回初めてです。今朝は朝から霜が降りて日中もものすごく寒い一日でした。そんな寒い中も娘は顔を真っ赤にしながら外で遊んでいました。これは今日の写真ではないのですが最近の娘のお気に入りのお人形用のストローラー。どこへ行くにも押して行きます。そして人形用なのに自分も座っている人。この後案の定、このストローラー壊れました。後ろのプラスチックの部分が娘の重みに耐え切れず折れてしまったのできちんと開いて安定しません。で、今日、2代目を購入してきましたが相変わらず一頻り歩いた後自分が座ろうとしているので要注意です。
Nov 15, 2004
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明日月曜日から1週間初々級(と言わせてもらいましょう)ドイツ語コースを取ります。なんだかんだでバタバタとしていまして観光日記のアップはもっともっと後になりそうです。なので、日々の日記にチョコチョコと書いていければと思っています。ボチボチと皆様のところに訪問させていただきますね。^-^さて、私が現在住むヴィルツブルクはロマンティック街道の北の始点として有名な町です。今回の両親のドイツ旅行もこのロマンティック街道を中心に回りました。父は何回か旅行で訪れているものの、母にとっては初めてのドイツ。やっぱりドイツらしい!と思うところへ行こうと思いました。平日の息子Hの学校のあるときは市内や近場をそして週末は南の始点である(終点かな?)フュッセンというよりはノイシュバンシュタイン城へそしてミュンヘンでも1泊して帰ってきました。(ミュンヘンでビール!という父の希望で^-^)滞在も終盤の火曜日、以前も日記に書きましたローテンブルク へ行ってきました。中世の町並みがとっても美しい、そしてかわいい町並みです。あいにく前日からの雪で、当日も吹雪いていたのですが家にこもっているのはもったいないので出かけました。運転している30分の間に娘は夢の中。なのでここは何度も行っている父に娘を車の中で見てもらい母と私は雪の町の中へ。かわいいお店がたくさんある中でお買い物を満喫したかったので父には申し訳ないけど、女2人楽しみました。で、今日はここでずっと行きたかったけど娘がいるのでいけなかった「人形とおもちゃ博物館」に行ってきました。中には18世紀からの古い人形やおもちゃが展示されています。ドールハウスがもうすごくかわいくて、狂喜しながら見ていました。中にはドールハウス用のミニチュアも売られているのですが全部買い占めちゃいたいくらいにかわいいです。で、洗脳されやすい私。早速作成に取り掛かっています。笑うちの母も義理母もこういうの大好きな人たちなのでまずは義理母へクリスマスプレゼントです。でも実は義母には既にクリスマスプレゼントとしてこういうの↓買っちゃったんですよね。でもいいかボチボチ作ってみようと思います。上手くいかなかったら自宅用ということで(笑)そうそう、一つとってもうれしいお知らせが入りました!先月オークションでお譲りした海賊衣装。買っていただいた先のお子様が大変気に入ってくださったようでハロウィンだけでなく海賊ごっこでたびたび着て出かけているようです。^-^で、なんとお友達からも欲しいといわれている!というメールを頂きました。すっごーいっ感激です。感謝祭やクリスマスを目の前ににわかに忙しさを増している「あおいそら家」でした。
Nov 14, 2004
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らいおんさんのところで子供の食事についての話題が出ていたので私もひとつ。夫の息子たちRとBがいるときの食事風景を書いてみます。まず私の一言。子供に食事をさせるのがこんなに難しいことだとはRB兄弟に会うまで知りませんでした。日本人の「好き嫌いが多いのよ、うちの子」っていうレベルではありません。レベルが違うってどのくらい違うかって言うと例えばピザ日本では何種類も具の乗っているピザが普通ですがアメリカでは具一つ、サラミだけ又は更にチーズだけって言うピザが幅をきかせています。(いや本当に)で、うちのRB兄弟ピザはもちろんチーズのみのピザです。もしサラミがのっかっていたら?私なんかはよければいいでしょう?と思うのですがのっているのを見たら、食べません。マッシュルームやピーマンなんてもってのほかです。バーガーキングに行ってキッズミールを頼んだら?Rチーズ抜きのハンバーガーにケチャップをこれでもかっていうほどかけて食べます。チーズのみのピザしか食べないくせにハンバーガーにはチーズは嫌いです。Bチーズバーガーは食べるけど、半分ですね。理由は中のハンバーグが嫌いのようです。フレンチフライは2人分でも食べられます。で、我が家でする食事の話。始めは私も知らぬが仏でそれでも子供受けのするような食事を作っていました。毎回食事を作り出すとRB兄弟の偵察があります。笑RB「これ何?」私「ポークだよ」RB[ポークって食べたことない、嫌い」私「一度食べてみな、Hは好きだよ」RB「昔食べて嫌いなの知っているから食べなくていい」私「今食べたことがなくて嫌いって言ったくせに」で、夫に「どーしよう」と相談。夫「細かく切って出してビーフだと言えばわからない」私「え?でも2人とも料理するの見てるよ」夫「大丈夫、大丈夫」食事の時間です。ビーフだよといって出すポーク。ここでおもしろいのはRB兄弟の行動。もしRが「うん、ビーフの味、食べれる」というとBが「まずい、うえっ」と吐き出そうとするもしBが黙って食べ始めるとR「嫌い、食べられない」という。この2人、一人が好きだと必ず反対側は自己主張のつもりですかね?反対の意見を言います。で、例えば去年の夏に出してRが好きといった料理を今年出してBが始めに好きと言うとRは嫌いになります。面白い相互関係です。話が横にそれましたが私としても子供たちに嫌いまずいとばかり言われるのは嫌なのでなるべくこどもっちが好むようなものを心がけて作ろうと努力します。違う日に作って食べたものもその日の気分によって食べれなくなるRB兄弟。単なるわがままで食べられないときは夫、厳しいです。だいたい「お腹が一杯」と言う理由で食卓を去ろうとするRB兄弟。それは結構。今夜はデザートなしね、ということになります。で、それで逃れられるかと思いきや明朝に残り物を食べなくちゃいけないことさえあります。大体夫は仕事へ出かけてしまうのでそれを実行しなくちゃいけないのは私です。(決して気分の良い仕事ではない・泣)なのでそういうことがないように予めRB兄弟だけ野菜抜き等の特別メニューを用意しています。それでも食べれない、と涙目になるときは夫の怒りのボルテージが上がって食事の雰囲気ではなくなるので私はこっそり彼らのお皿から自分のお皿に移します。うちの夫は料理が好きです。新しい料理に挑戦したとき、私やHは喜んで挑戦するのですが(大体はおいしいし!)RB兄弟は新しいものには基本的に拒否反応です。誰だって自分の作った料理に嫌な顔されれば嫌ですよね。こんな時は息子Hの好き嫌いなしに感謝します。これはよその家に御呼ばれのときも同じです。好き嫌いの習慣は小さいころからの大人の関わり方がとても大きいと思います。特にRB兄弟は母親が偏食でしかも料理をする人ではなかったらしく、いろいろな食べ物に挑戦して味覚を広げていく時期に全く配慮がされませんでした。今後も新しい味に挑戦する、などということは彼らには難しいことでしょう。日本料理はいろんな食材が使われていますよね。お味噌汁一つとっても味噌、何種もの野菜、海草類など。アメリカの子供たちはマメから作られた味噌も、海藻類を取る習慣もありません。こういうものを自然にとっている日本食生活は好き嫌いが多いのよ、といってもRB兄弟とは天と地の差です。彼らは「ゆで卵」さえも食べたことがなかったのですよ。ゆで卵を切って中に入っている黄身を「チーズ?」と聞いてきたB。(彼はそのとき7歳・汗)私の母も最初のうちはどれくらい偏食かっていうレベル、理解できませんでしたよ。そんなレベルです。苦笑で、気がついたのは恐ろしいことに、このRB兄弟、すごく特別なわけではないのです。友人宅に御呼ばれして行くバーベキュー。来ている子供たちは多かれ少なかれ偏食です。で、親がまた気にしないのね。「食事を食べなさい」とはいうものの、ソーセージ1本とマカロニチーズを食べさせて、ケーキだチョコレートだって上げちゃうんですよ。これじゃ偏食、しかたないですね。そんな偏食王たちとの戦いは、また来年の夏に再開されるのは確実です。今から考えると憂鬱
Nov 13, 2004
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何かしらこまごまとした用事で依然ネットの時間が取れません。ドイツ観光日記を書けるようになるまでもうしばらくかかりそうです。皆様のところにも伺いたいのですが、もうしばらくかかります。m(_ _)m今日は息子Hの通知簿受け取り&先生との懇談会でした。再びオールA。(クラスで1人だけ!)これ以上の良い成績はありませんね、と言われ我が子ながら感心して帰ってきました。日本で幼稚園の卒業を果たせずに渡米、その後言葉や環境の違いがあるため、とにかく楽しく学校へ行ってくれれば、とその願いだけで毎日学校へ送り出していました。そんな母の予想に反していつも持って帰ってくる通知簿はオールA。ただしおしゃべりが多いです、などの行動面ではいつもネガティブコメントをもらっていました。夫はこんなHに例えばA-があると、A+にできるはず!と葉っぱをかけるのですが、私は現状で満足でした。もし行動面で改善できれば、、、しいて言えばそれが当面の目標でした。先々月、Hの行動面で先生と連絡を取り合い一悶着あってからというもの、行動面の改善がようやっとみることが出来ました。今日先生から「much better」の言葉を聞いたときは本当にうれしかったです。で、こうなると人間、もっともっとと欲が出てくるのですね。息子自身にやる気があるなら、いろんな可能性を試させてあげたい、と思った今日の母でした。^-^
Nov 12, 2004
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あっという間に終わってしまいました、両親の訪問。楽しい時間はどうして過ぎるのがこんなに早いのでしょう。。今回ふと気がついたこと。年の割りにスポーツマンな私の父。私は今までは父に重いものを持ってもらうのをためらったことはなかったのですが、今回は重いものは私が持つように無意識のうちに常に気を使っていたようです。そんな自分の行動を振り返ると、やっぱり父が年を取ってきたことを私自身しみじみ感じているんだろうなと思いました。恒例になっている両親への手紙。当日の分かれるときには泣きたくないので前日の夜にお礼の手紙を書いています。(それでも前回はひどく泣いてしまって大変でしたが・苦笑)両親が寝静まった夜中1時過ぎ、手紙を書きました。大好きなお父さん、お母さん、と書き始めてすでに熱いものがこみ上げてくる未熟な私。笑それでもこの時は思う存分泣きながら書けるのでいいのです。言いたいけど当日は絶対に言えないだろうっていうこと(泣いちゃうから)遠いところを会いにきてくれて、私や子供たちにたくさんの愛情を注いでくれる両親へのお礼。夫がいない今、空港で両親との別れの際に泣いても自分がしっかりとして運転して帰らなければならないので、泣かない、泣かない、と言い聞かせ、なるべく他のことを考えるようにしていました。両親がチェックインを済ませ、平静を装いながら「バイバイ」を言い順調に行っていたのですが、やっぱり手荷物検査を受ける列に並んでいる両親の後姿を見ていると熱いものがこみ上げてきました。息子がそっと抱きしめてくれて、2人で頭を寄せ合って娘のストローラーを押して駐車場に戻りました。駐車券の支払いを済ませ、アウトバーンに乗ったころすぐ目の前の空を飛行機が横切っていきました。また地球の反対側に行っちゃうんだなーって思うとさっきまでの時間がとても貴重に思え、もう人目も気にしなくて良いので泣きながら運転して帰ってきました。私も両親も元気です。離れていても話も出来るしまた会えます。今度会う時はもっと私たちを誇りに思ってもらえるようにがんばるぞ、と新たに決意しながら家に着きました。寝不足を解消しながら日記を少しずつアップしていきます。皆さんのところにももう少しで訪問できると思います。^-^
Nov 11, 2004
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今日はまちにまったノイシュバンシュタイン城観光です。何回かドイツに来たことのある父も始めてのノイシュバンシュタイン城。なんと無謀にも下調べなしで行ってしまったので道に迷うわ、オフシーズンなのでホテルを見つけるのに苦労はするわでちょっと大変でした。ノイシュバンシュタイン城のある町のホテルはオフシーズンのためか?宿泊を扱っていないところが多かったです。で、15分ほど車で運転するとある町のホテルに泊まりました。後で知ったのですが「地球の歩き方」をみると同じホテルがお勧めホテル!と読者の方に投稿されていました。^-^料金もお安く、そしてホテルで働く人みんあとても感じいい方ばかりでした。レストランのウェイターさんは本にも書かれてあったとおり!(笑)片言の日本語を話して楽しませてくれました!さて、朝起きてみるとあいにく霧がかかって真っ白け。それでも雨や雪が降らないだけまし、と気を取り直して出発。チケットセンターでお城の入場券を購入します。ノイシュバンシュタイン城のふもとにホーエンシュバンガウ城というお城がもう一つあるのですがあわせて購入で18ユーロくらいでした。前日泊まったホテルでゲスト割引を頂いたので1人15.5ユーロくらいになっていたと思います。娘無料、息子も無料チケットもらいました。^-^ まずはこちらのホーエンシュバンガウ城。ノイシュバンシュタイン城を建てたルートビッヒ2世両親の別宅ですね。(本宅はミュンヘンにあります)ルートビッヒ2世はこのお城からノイシュバンシュタイン城の建築を見ていたそうです。その当時の望遠鏡もありました、見えなかったけど。^-^ちょっとした丘を登っていくと見えてきましたお城。そしてノイシュバンシュタイン城のほうを見ると、、、見えますか?笑真ん中にぼんやりと移っているのがノイシュバンシュタイン城。笑霧が濃くてこんな感じだったのですが1時間後には晴れました!^-^後ろのほうに見えるのがノイシュバンシュタイン城です。^-^ノイシュバンシュタイン城はかなり山を登ったところにあるので娘連れの私たちは馬車に乗りました。馬車に乗るとお城の下まで連れて行ってくれます。お馬たちのお尻。^-^寒いのにがんばってくれました。到着!ふふ、いよいよお城見学です!うわーっやっぱり素敵なお城!っていうことで、ものすごく興奮しながら見て歩きましたっ。 オーディオで日本語があるのを知らなかったので英語ツアーに参加した私たち。説明を訳していると説明を逃すので、全部訳することが出来ずに両親には悪いことしました。ノイシュバンシュタイン城をきれいに見ることが出来るスポットがある、と聞いていたのですがそれがこの↑マリエン橋。えええっあんなところに行くの?ってちょっとびびりました。笑怖いので息子は橋には行かず、娘も待っていてもらいました。笑お城の案内ツアーが終わってそのマリエン橋のほうへ降りていくとさっきのホーエンシュバンガウ城が良く見えます。^-^で、この写真がマリエン橋から取った写真です。やっぱりきれいですねぇ。 実は次の日は雪になりました。雪のノイシュバンシュタイン城ももちろん綺麗なのですがなにしろベビー連れの私たち。結構辛い観光になって(涙)必死で思うように写真も撮れませんでした。ま、これも思い出っていうことで。^-^
Nov 6, 2004
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